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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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320 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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附録1-No.683文書確認度 中

御感給旨所望輩交名

軍功に対する御感状・給付を望む者百八十三人を、名乗りと家督、親子・一族の討死、軍功などの注記を付して列挙した交名。

登場人物
島津家臣団、軍功者、戦死者遺族
宛先
—
キーワード
御感給旨、所望輩、交名、百八十三人、軍功、討死、家督、家臣団、遺族
追録8-No.877-3平常年功による身分取扱いと加増・抜群者召出を分ける達旧記雑録暫定版確認度 中

平常の年功勤労では身分の取扱いをせず功労に応じ加増等とし、文武軍功と抜群者召出を別に扱う

従来は諸向の勤方の年功勤労により身分・品能を定めることもあったが、制度刷新に伴い、今後は文武および軍功を除く平常の年功勤労について身分の取扱いを行わず、功労に応じて加増等を行うと定める。才器・徳望が抜群な者を召し出す扱いは別段とし、関係先へ知らせるよう求める。朱明治二年己六月四日、知政所。原の評価基準と例外を区分し、すべての昇進・加増の禁止や個人への適用済み結果とはせず、加増額・対象人数は補わない。

登場人物
知政所、諸向勤方、文武・軍功ある者、才器徳望抜群の者、関係向々
宛先
関係向々
キーワード
原877の3諸向勤方年功勤勞身分品能制度新文武軍功之外平常年功身分取扱不許功労加増等才器徳望抜群召出別段朱明治二年己六月四日知政所
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 333-18人名書上旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

軍功衆人名書上

有吉舎人佐・澤村宇右衛門・築紫大膳・萩図書(編者注『薮カ』)の各組について、軍功衆の氏名を列記した人名書上。年月日・宛先や各人の具体的な働きは本文に記されない。

登場人物
有吉舎人佐組・澤村宇右衛門組・築紫大膳組・萩図書組(編者注『薮カ』)の軍功衆
宛先
宛先なし(人名書上)
キーワード
軍功衆、人名書上、有吉舎人佐、澤村宇右衛門、築紫大膳、萩図書、薮カ、寺尾元馬、香山左助、荒木彦太夫、芦田孫作、服部武右衛門、山内三太夫
追録8-No.1220-1達書旧記雑録暫定版確認度 中

家禄・軍功禄を現米と代金で支給する換算・取扱い

家禄・軍功禄の総額と現米払・代金払の内訳を示し、石高別の現米・代金換算を定める。秋の収入不足米は過去三年の平均相場で大蔵省から受ける石代金とし、家禄高に応じて現米を按分し、不足分を代金で渡す。旧藩士族の家禄取扱いと関係各課の分担を整理する。

登場人物
鹿児島県庶務課・出納課・学務課・租税課・聴訟課
宛先
家禄・軍功禄受給者
キーワード
家禄、軍功禄、現米、代金、石高、換算、収入不足米、平均相場、大蔵省、旧藩士族、庶務課、出納課
追録8-No.1237-2達書旧記雑録暫定版確認度 中

家禄・軍功禄の一部を代金で支給する達

従前士族・旧附士以下の家禄・軍功禄について、五分五厘分を代金で支給し、米による支給分との扱いを定める旨を布告する。

登場人物
鹿児島県出納課
宛先
士族・旧附士以下の家禄・軍功禄受給者
キーワード
家禄、軍功禄、士族、旧附士、五分五厘、代金支給、米、出納課
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 370合戦軍功・首注文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

市来宗友等合戦太刀打・手負・首注文

寅二月二十八日に有馬原城本丸へ乗り込んだ者と、市来八左衛門尉に従って戦場へ同行した者について、氏名と軍功・被害を列記した注文。市来八左衛門尉、三原大蔵太輔、平山七兵衛尉、新納佐左衛門尉、有馬九郎左衛門尉、福崎新兵衛尉らをはじめ、多数の人物ごとに鑓合、鉄砲・弓、首、討捕、手負、戦死、屏越、本丸乗などを記す。中途に『出水衆討捕、合頸数百三拾八』と総数を掲げ、その後も市来八左衛門尉の戦場同行者らを続ける。末尾には曽木衆有村掃部助、坂本四郎兵衛尉、福崎覚兵衛尉の本丸乗を記し、寅三月朔日付。作成者・宛所は記載されない。編者注は『旧記雑録後編五』二一七〇号文書と同文とする。

登場人物
作成者記載なし(市来宗友らの軍功名簿)
宛先
宛先記載なし
キーワード
市来宗友、市来八左衛門尉、合戦軍功注文、有馬原城本丸、本丸乗、戦場同行、鑓合、鉄砲、弓射通、首、討捕、手負、戦死、屏越、出水衆討捕、合頸数百三拾八、138、三原大蔵太輔、平山七兵衛尉、新納佐左衛門尉、有馬九郎左衛門尉、福崎新兵衛尉、曽木衆有村掃部助、坂本四郎兵衛尉、寅二月二十八日、寅三月朔日、宛先なし、旧記雑録後編五2170号同文
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 371大口衆軍功・首注文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

大口衆合戦太刀打・手負・首注文

寛永十五年二月二十八日未刻、肥前有馬原城本丸で鑓を働かせた大口衆を中心に、手負、首取得、射撃、屏越、戦死などを列記した注文。高城七郎左衛門尉、肱岡左近丞、松下惣左衛門尉、濱川西市丞らの手負と各証跡人を記し、続く『首注文』では松木平兵衛、小城弥左衛門尉、寺師刑部左衛門尉、帖佐喜兵衛、原田新兵衛らについて首一つずつと証跡人または無証跡を区別する。さらに敵への弓射、敵の鑓・道具の取得、屏越、加賀守鑓場・本丸での戦死を記す。本文に作成者、宛所、差出日はなく、目録年月日欄も空欄。編者注は『旧記雑録後編五』二一四三号文書と同文とする。

登場人物
作成者記載なし(大口衆軍功名簿)
宛先
宛先記載なし
キーワード
大口衆、大口衆軍功注文、寛永十五年二月二十八日未刻、肥前有馬原城本丸、鑓、手負、首注文、首1、証跡人、無証跡、弓射、屏越、敵鑓取得、敵道具取得、加賀守鑓場、戦死、高城七郎左衛門尉、肱岡左近丞、松下惣左衛門尉、濱川西市丞、松木平兵衛、小城弥左衛門尉、寺師刑部左衛門尉、帖佐喜兵衛、原田新兵衛、目録日付空欄、宛先なし、旧記雑録後編五2143号同文
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 339-8記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

記事

各家中の討死・手負を一手ずつ吟味し、諸大将から神文をもって上使衆へ達したとしたうえで、二月二十八日の総軍引取り後、本丸一番乗をめぐる申出を吟味した経過を記す。長岡佐渡守が松平伊豆守の陣場を訪れ、伊豆守は細川勢が三ノ丸を崩して本丸へ最初に人数と旗を入れたのを見届けた一方、柳川家中や他家の侍にも証拠を添えた一番乗申出が多いと説明する。佐渡守は各所から同時に入れば複数の一番乗があり得るとして、無用の争論を避けるよう求めた。

登場人物
松平伊豆守・長岡佐渡守・諸家の一番乗申出者
宛先
宛先なし(軍功吟味記事)
キーワード
家中討死手負、神文、上使衆、二月二十八日、総軍引取、本丸一番乗、長岡佐渡守、松平伊豆守陣場、細川勢、三ノ丸、旗、柳川家中、他家侍、証拠、軍功吟味、争論回避
追録8-No.541戦功と賞賜方針を軍勢へ伝える通知旧記雑録暫定版確認度 中

禁闕防戦の功への勅書と今後の軍功賞賜方針を伝える通知

去月十九日の長州勢の襲来で諸家の警備が崩れ公卿御門が危うかった際、軍勢が駆け付け、鳥丸通で戦って敵を退け天朝の危急を救ったことへの勅書を伝える八月帯刀の通知。家の面目を示す功労に満足し、今後の軍功への賞も考えているが、在陣中は軍功に応じた賞を個別に定めにくいため、後で取り調べるとして心得るよう求める。子八月廿一日、二本松御屋敷で一統へ拝見を命じ、後日写したとの注を持つ。武功評価と今後の賞賜方針を伝える文書で、ここには各人の確定軍賞額を収めない。

登場人物
軍勢一統、帯刀、天皇(勅書)、二本松の拝見対象者
宛先
一統の軍勢・拝見対象者
キーワード
去月十九長州公卿御門危急鳥丸通防戦全勝叙述、天朝危急救援勅書家面目、今後軍功賞在陣中不取調後日賞査、八月帯刀子廿一二本松御屋敷拝見後日写置
追録8-No.917-1海陸兵軍功に高一万三千三百石を三年間下賜する文書旧記雑録暫定版確認度 中

従三位源朝臣忠義に海陸兵軍功による高一万三千三百石を三年間下賜する

海陸兵の軍功により、従三位源朝臣忠義に高一万三千三百石を三年間下賜する旨を記す。明治二年己巳九月、二年に枠と朱イ注。旧御番所御文書四番箱中、包紙には島津従三位忠義とあり、広紙一通との注がある。石高・期限・包紙・保管注を区分し、日付や発給者を補わず、No.917の2・4の石高と重ねて合計しない。

登場人物
従三位源朝臣忠義(包紙は島津従三位忠義)、海陸兵
宛先
従三位源朝臣忠義
キーワード
原917の1高壹萬三千三百石海陸兵軍功三年間下賜従三位源朝臣忠義明治二年己巳九月枠朱イ包紙広紙一通旧御番所四番箱
追録8-No.1168-2戊辰戦争の軍功賞典禄と戦死者祭祀料の支給を定める達旧記雑録暫定版確認度 中

戊辰戦争軍功賞典禄

戊辰戦争で奥羽・北越へ出軍した者への軍功禄を、朝廷の指令に基づき九月から軍功賞典禄として支給する。戦死者約四百人には祭祀料として給米三か年分を支給し、追加願の裁定までは各人が心得るよう通知する。

登場人物
鹿児島県庁、戊辰戦争出軍者、戦死者遺族
宛先
奥羽・北越出軍者・戦死者遺族
キーワード
戊辰戦争、奥羽、北越、軍功禄、軍功賞典禄、戦死者、祭祀料、給米三か年、鹿児島県庁
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:111軍功書上・合戦/地頭職旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

上原氏軍功書上

元亀三年から天正十五年まで、上原長門守ら上原氏諸人の外交・地頭職・合戦での働きを年代順に列挙した軍功書上。元亀三年には禰寝方との和談使者を上原長門守・忠元・久治の三人が務め、同年三月中旬の伊地知方との合戦、天正元年三月十八日の肝付方との合戦では長門守が軍功を立て、天正四年には高原地頭を与えられた。天正六年十一月の耳川合戦では長門守と太郎五郎が軍功を挙げ、天正八年十月の矢崎城合戦で勘解由左衛門・内蔵助が戦死し、同年十一月の肥後合志方との合戦、天正十二年三月二十四日の島原合戦にも長門守・右衛門尉・勘解由兵衛尉らが参加し、彦五郎の分捕を記す。さらに天正十四年六月の筑紫出陣、天正十五年四月六日に京勢が日州高城へ着陣した際の防御人数に上原長門守を挙げる。

登場人物
上原長門守、忠元、久治、上原長門守尚近、上原太郎五郎、上原勘解由左衛門、上原内蔵助、上原勘解由兵衛尉、上原右衛門尉、上原彦五郎
宛先
—
キーワード
上原氏軍功書上、元亀三年、禰寝方、和談使者、忠元、久治、伊地知方合戦、天正元年、肝付方合戦、上原長門守尚近、天正四年、高原地頭、天正六年、耳川合戦、上原太郎五郎、天正八年、矢崎城、上原勘解由左衛門、上原内蔵助、戦死、肥後合志方、天正十二年、島原合戦、上原右衛門尉、上原勘解由兵衛尉、上原彦五郎、分捕、天正十四年、筑紫、天正十五年、京勢、日州高城、防御人数
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID sar:24-28記録・覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

『征韓録』文禄二年正月条抄并猿渡掃部兵衛軍功考証

『征韓録』巻十一から、文禄二年正月に加藤清正が甲山から帰陣して北青城の相良頼房を救援した記事を抄出する。島津義弘が敵地を通る使者に猿渡掃部兵衛らを選び、鉄砲火の中を突破して軍情を伝えた軍功を考証し、義弘・久保の感状と石田三成書状へ続くことを示す。

登場人物
加藤清正、相良頼房、島津義弘、猿渡掃部兵衛、島津久保、石田三成
宛先
—
キーワード
征韓録、文禄二年正月、加藤清正、相良頼房、島津義弘、猿渡掃部兵衛、甲山、北青城、敵地通過、軍功
追録8-No.732祖先の軍功による拝領高の繰替と奉公を求める藩内通達旧記雑録暫定版確認度 中

蔵入分を外持高で繰り替え、譲渡した高の取纏めと相応の奉公を求める

私領・持切在を与えられた者や祖先の軍功による拝領高を持つ家にも、家の盛衰で上地したり他人へ譲ったりした分があると聞いたと述べる。それでは祖先の功労が立たず家にも遺憾であるため、特別の取計として蔵入高の分を外持高で繰り替えるとする。他人へ譲ってある高についても、心を尽くして精々取り纏め、十分相応の奉公を勤めるよう命じ、その旨を向々へ知らせるよう五月に龍衛・隼人が伝える。朱注は辰。

登場人物
私領・持切在の受領者、祖先の軍功による拝領家、諸人、龍衛・隼人(島津久芳原注)
宛先
該当する面々および向々への申渡
キーワード
原732通達留私領持切在祖先軍忠勲功拝領高家盛衰上地諸人譲渡祖先功労遺憾当世特別取計御蔵入高外持高繰替譲渡置高心尽取纏相応奉公向々申渡朱辰五月龍衛隼人島津久芳
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 376有馬原城本丸合戦軍功名簿旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

記事

寛永十五年二月二十八日、有馬原之城本丸の鑓場で、八左衛門尉の同心衆が敵の鑓・刀と戦った際の人名と軍功を列記した記事。前半は同心衆十七名を掲げ、湯田平兵衛尉の手負と川崎織部の戦死を明記する。後半は『八左衛門尉同心不申衆』二十三名について、鑓働き、首取得、取得首の切捨て、鉄砲、屏への取付きなどを個別に記す。本文に差出・宛所はない。編者注は『旧記雑録後編五』二一五三号文書と同文とする。

登場人物
作成者記載なし(八左衛門尉同心衆等軍功名簿)
宛先
宛先記載なし
キーワード
寛永十五年二月二十八日、有馬原之城本丸、鑓之場、八左衛門尉、同心衆17名、同心不申衆23名、敵鑓、刀合、手負、湯田平兵衛尉、戦死、川崎織部、鑓働き、首取得、首切捨て、鉄砲、屏への取付き、市来万左衛門尉、土持仲左衛門尉、中条権介、貴嶋古左衛門尉、田中勘兵衛尉、中村正左衛門尉、児玉勘解由左衛門尉、村尾筑前守、松下源五左衛門尉、上村清左衛門尉、赤塚源太左衛門尉、作成者なし、宛先なし、目録日付空欄、旧記雑録後編五2153号同文
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 377出水衆合戦軍功・手負注文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

出水衆合戦太刀打・手負注文

寅年二月二十八日、有馬之城本丸で戦った出水衆の軍功・手負を列記した注文。鑓を働かせた衆、刀討の衆、弓で射通した衆に分け、阿多六郎左衛門尉らの人名と、鑓疵・刀疵などを記す。寺領衆の池亀伝左衛門尉は鑓疵、本田蔵右衛門尉は刀疵として別記する。末尾に頭数百三十八、二月二十九日と記す。本文に差出・宛所はない。編者注は『旧記雑録後編五』二一六七号文書と同文とする。

登場人物
作成者記載なし(出水衆軍功名簿)
宛先
宛先記載なし
キーワード
出水衆、有馬之城本丸、寅年二月二十八日、二月二十九日、合戦人数、鑓仕候衆、刀討之衆、弓にて射通衆、鑓疵、刀疵、寺領衆、池亀伝左衛門尉、本田蔵右衛門尉、阿多六郎左衛門尉、指宿内蔵助、伊藤伝次、三原拾左衛門尉、伊藤三郎右衛門尉、入来院源左衛門尉、宮原与左衛門尉、柏木主馬允、頭数138、作成者なし、宛先なし、旧記雑録後編五2167号同文
追録8-No.626軍功への剣・死者祭祀と賜金の沙汰、参内と大坂鎮臺の付記旧記雑録暫定版確認度 中

薩摩少将の軍功を賞し、戦死者の忠魂を祭り金五百両を賜う沙汰と参内記事

薩摩少将へ積年の勤王と朝議の実行・周旋、三日以降の伏見防禦・連戦追撃を賞し、慶喜が浪華城を去ったとの報を受けた感激を述べ、剣を賜う沙汰を収める。続けて藩士の殉国戦死を憐れみ、忠魂を九原の下に慰め、遺族を厚く遇して葬礼を整えるよう命じ、金五百両を藩主へ賜って忠魂の祭祀に充てるとする。辰正月十二日の太守の参内、剣拝領・再拝・戦死人に関する再拝と夜九ツの帰殿を記す。十三日の留守居御用の報として朝廷から松平の称号を止める件、大坂鎮臺を命じられた趣、長州以下の恩賞関係の藩名を付記する。沙汰の評価、賜金目的、参内記事と取伝の付記を区別する。

登場人物
薩摩少将・太守、慶喜、戦死者・忠魂、藩主、朝廷、長州・藝州・藤堂・井伊・土佐・佐土原・因州・備前・大村
宛先
薩摩少将江、死者祭祀・賜金は藩主へ命じる沙汰
キーワード
辰正月十二薩摩少将勤王朝議王道復古伏見連戦追撃慶喜浪華城遁去賜剣軍功評価戦死殉国遺族葬礼忠魂九原祭祀金五百両藩主太守九ツ半参内龍顔拝剣再拝夜九ツ帰殿十三留守居御用松平称号廃大坂鎮臺恩賞長藝藤堂井伊土佐佐土原因州備前大村
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 341逸話旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

旧伝集

『旧伝集』所載の逸話。島原で山鹿越右衛門が高所にいた敵五、六人を一人で突き散らしたが、負傷して鑓下の首を取れずにいたところ、永井信濃守家来の侍が敵を追って首を取り、山鹿へ渡した。後年、山鹿が江戸詰めから下る途中に濃州大垣でその侍と再会し、島原での働きを互いに確認した。さらに後の通行時には侍が山鹿を歓待し、酒を酌み交わして器を贈ったとする。

登場人物
山鹿越右衛門・永井信濃守家来
宛先
宛先なし(軍功逸話)
キーワード
旧伝集、島原、山鹿越右衛門、敵五六人、単身突散、手負、鑓下の首、永井信濃守家来、首取、江戸詰、濃州大垣、再会、歓待、酒、器贈与
追録8-No.627島津氏家譜の戊辰初戦・参朝恩賞・軍職辞退・復姓改名の記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津氏家譜に記す鳥羽伏見から姫路までの軍功、茂久の参朝・恩賞と復姓改名

島津氏家譜の記事として、四年正月三日に大坂から伏見・鳥羽へ進んだ徳川側を当藩兵が朝命で止め、退く意志がないため両道で戦い、淀・八幡・大坂へ追い、慶喜が海路で関東へ退いたと述べる。姫路への征討、十二日の茂久の参朝と剣・勅書、戦死者の忠魂への金五百両を記す。十六日の元服奉賀で太刀と御馬代銀二十枚を献じ、十七日の海陸軍総督任命に対して十八日に若年・不材と職責の重さを理由に辞表を出したとして文言を引用する。二十四日の朝命と金二万両、二月朔日の本姓復帰の命を続け、松平を除いて島津に復し名を忠義に改めたと記す。軍功・勝敗の評価と日付は家譜記事に属し、他の系図・履歴の記事とは区別する。

登場人物
茂久・忠義、徳川氏・慶喜、会津・桑名、当藩兵、海陸軍総督、主上、陣亡者
宛先
宛名なし(家譜記事、勅書・辞表を引用)
キーワード
島津氏家譜四年正月三鳥羽伏見両道朝命抑留戦大砲正面田中散開淀八幡大坂江戸姫路十二茂久参朝剣勅書忠魂金五百両十六元服奉賀献太刀御馬代銀二十枚十七海陸軍総督十八辞表二十四金二万両二月朔島津復姓忠義改名
島津世禄記-A33記事関連史料(外伝)確認度 高

義弘主父子軍功之事付久保逝去之後忠恒継家統護朝鮮事并人数帳之事

朝鮮在陣中の義弘・久保父子の軍功、久保の死と忠恒の家督継承、豊臣軍の人数・配置を記す。まず秀吉の軍法を掲げ、放火・人取り・百姓への非分な課役を禁じ、兵粮管理、飢民救済、城郭普請など占領地統治の規則を示す。久保は忠清道で敵を単騎追撃して首級を得たとされる一方、秀吉の朱印状には木曾城・釜山浦・金海・加徳島などを攻守する各大名の人数と配置が詳細に列記される。久保は金海で虎狩りを行った逸話の後、文禄二年九月に巨済で病没し、二十八歳で世を去った。翌年、弟の忠恒(のち家久)が家統を継ぎ、義弘とともに巨済・加徳島へ在陣する。秀吉の求めに応じた虎狩りでは、義弘・忠恒の家臣が危険を冒して虎を仕留め、その肉を献上して褒賞を受ける。さらに文禄四年および慶長二年の軍勢帳・陣立書を大量に収め、小西・加藤・鍋島・島津・黒田・毛利・宇喜多・小早川・船手衆などの人数、釜山浦から各城までの在番、先陣の順序、軍議・注進・築城・野陣の規則を示す。末尾は南原攻略へ向かう陣立に続く。個々の武功や家督継承だけでなく、朝鮮役における全国大名軍の編成・兵数・占領統治を具体的に伝える軍事記録である。

登場人物
島津義弘、島津久保、島津忠恒(家久)、豊臣秀吉、石田三成、小西行長、加藤清正、鍋島直茂、黒田長政、毛利氏、宇喜多秀家、小早川隆景、大山新藤、島津彰久
宛先
—
キーワード
朝鮮在陣、軍法、軍勢帳、久保死去、忠恒継承、虎狩り、陣立
前編1-No.82記事確認度 中

島津家譜頼朝譜

『島津家譜』頼朝公譜の元暦二年記事。平家が京都を退いて西海へ逃れた後、範頼・義経らが追討し、壇浦で安徳天皇・二位尼らが入水して平家が滅亡する経過を記す。さらに頼朝による諸将の軍功評価と官職・所領の処置、鎌倉方の人事、寺社・供養に関する動向を多数の人物名とともに載せる。

登場人物
源頼朝・源範頼・源義経
宛先
西海・鎌倉ほか
キーワード
島津家譜、源頼朝、源範頼、源義経、平氏追討、壇浦、安徳天皇、二位尼、軍功、所領、人事
前編1-No.128記事確認度 中

島津家譜頼朝譜

『島津家譜』頼朝譜の奥州征伐記事。文治五年、頼朝が伊達次郎泰衡追討のため鎌倉を発し、諸将を率いて奥州へ進軍する。阿津賀志山方面の城郭・陣地を攻め、泰衡・国衡らを追撃し、降人の処置、将兵の死傷、諸将の軍功と恩賞、平定後の帰還までを記す。

登場人物
源頼朝・源範頼・源義経
宛先
奥州ほか
キーワード
島津家譜、源頼朝、奥州征伐、伊達泰衡、国衡、阿津賀志山、城郭攻略、追撃、軍功、恩賞
前編1-No.129記事確認度 中

島津国史

「島津国史」。文治年間の奥州征伐と泰衡追討、頼朝軍諸将の動向、忠久の従軍・軍功と三州守護の由緒を記す。

登場人物
源頼朝・島津忠久
宛先
奥州ほか
キーワード
島津国史、源頼朝、島津忠久、奥州征伐、泰衡、従軍、軍功
前編1-No.130-1記事確認度 中

旧譜

旧譜として、奥州の伊達三郎泰衡の反逆に対して頼朝が征討を命じ、忠久が従軍して軍功を挙げ、所領を受けたとする記事。

登場人物
源頼朝・島津忠久・伊達泰衡
宛先
奥州
キーワード
旧譜、源頼朝、島津忠久、伊達泰衡、奥州征伐、軍功、所領
前編1-No.280文書確認度 高

北条泰時書状

承久の乱で忠時が北条泰時に従い鎌倉を進発し、六月十四日に九十六騎の一員として宇治川を渡った記事。『蘇久次記』を引き、敵七人を討ち二人を生け捕った軍功と、泰時が忠義を賞したことを記す。

登場人物
北条泰時・左衛門尉
宛先
関東・京都
キーワード
北条泰時、島津忠時、承久の乱、宇治川、九十六騎、蘇久次記、軍功
前編1-No.1636文書確認度 高

島津道鑑書下

武蔵修理亮北条英時誅伐の際、指宿左近兵衛忠貞が分取一人・被疵の軍功を挙げたため、その功を認めて沙汰を進めると伝えた島津道鑑の書下。

登場人物
島津道鑑・指宿左近兵衛忠貞・武蔵修理亮英時
宛先
薩摩国指宿郡
キーワード
島津道鑑書下、指宿忠貞、北条英時誅伐、分取、被疵、軍功、恩賞
前編1-No.1649文書確認度 高

山田道慶申状

山田道慶が、北条英時誅伐の合戦で子息諸三郎忠能ら一族が馳向し、忠能が生虜・負傷などの軍功を挙げたと申告した申状。五月廿五日の誅伐後も合戦を続け、先度の注進に基づいて恩賞を受けられるよう奏聞を求める。

登場人物
山田道慶・大隅式部孫五郎宗久法師道慶・子息諸三郎忠能ほか
宛先
薩摩国谷山郡内山田・上別府
キーワード
山田道慶申状、諸三郎忠能、北条英時誅伐、生虜、負傷、軍功、奏聞、恩賞
前編1-No.1660文書確認度 高

後醍醐天皇綸旨

島津式部諸三郎忠能と亀三郎丸らが北条英時誅伐合戦で分取・生虜などの軍功を挙げたことを確認し、道慶方の注進どおりその功を披露するよう命じた後醍醐天皇の綸旨。

登場人物
後醍醐天皇・島津貞久・式部少輔
宛先
薩摩国
キーワード
後醍醐天皇綸旨、島津忠能、亀三郎丸、北条英時誅伐、分取、生虜、軍功披露
前編1-No.1753文書確認度 高

足利尊氏宛行状

軍功の賞として日向国新納院地頭職を島津下野四郎時久に宛て行い、先例に従って領掌させるよう命じた足利尊氏宛行状。

登場人物
足利尊氏・島津時久
宛先
日向国新納院
キーワード
足利尊氏宛行状、島津時久、日向国、新納院、地頭職、軍功賞、領掌
前編1-No.1779文書確認度 高

島津貞久下文

大隅国始良西俣地頭代官職を、軍功の賞として下野六郎資久に宛て行い、先例を守って領知するよう命じた島津貞久下文。

登場人物
島津貞久・下野六郎資久
宛先
大隅国姶良西俣
キーワード
島津貞久下文、下野六郎資久、大隅国、始良西俣、地頭代官職、軍功賞、領知
前編1-No.1795文書確認度 高

足利尊氏下文

軍功の賞として島津上総入道に薩摩国河辺郡と大隅国本庄を宛て行い、先例どおり領掌させるよう命じた足利尊氏下文。

登場人物
足利尊氏・島津上総入道
宛先
薩摩国河辺郡・大隅国本庄
キーワード
足利尊氏下文、島津上総入道、薩摩国河辺郡、大隅国本庄、軍功賞、宛行、領掌
前編1-No.1803記事確認度 高

重久篤兼譜

建武三年三月二日の多々良浜合戦で、足利尊氏・直義方が菊池武俊軍を破り、尊氏が重久篤兼の軍功を賞したことを記す重久篤兼譜。

登場人物
重久篤兼・菊池武俊・足利尊氏
宛先
筑前国多々良浜ほか
キーワード
重久篤兼譜、多々良浜合戦、足利尊氏、足利直義、菊池武俊、軍功
前編1-No.1813文書確認度 高

足利尊氏御教書

肝付八郎兼重以下の凶徒追討について、守護の催促に従って参陣し、軍功を挙げるよう大平平太郎に命じた足利尊氏御教書。

登場人物
足利尊氏・大平平太郎・肝付兼重
宛先
大隅国横城郭ほか
キーワード
足利尊氏御教書、大平平太郎、肝付兼重、凶徒追討、守護催促、参陣、軍功
前編1-No.1816文書確認度 高

足利尊氏奉行人連署奉書

大隅式部三郎忠能が多々良浜合戦で敵の首を取った軍功について、実否を見知者に問い、起請文を付して注進させるよう命じた足利尊氏奉行人連署奉書。

登場人物
斎藤弥四郎左衛門尉利泰・島津豊後守実忠・高尾張守師泰
宛先
大隅国ほか
キーワード
足利尊氏奉行人連署奉書、島津忠能、多々良浜合戦、敵首、軍功、見知、起請文、注進
前編1-No.1826文書確認度 高

足利尊氏下文

軍功の賞として筑前国三根西郷地頭職を渋谷河内入道に宛て行い、先例どおり領掌させるよう命じた足利尊氏下文。

登場人物
足利尊氏・渋谷河内入道
宛先
薩摩国入来院ほか
キーワード
足利尊氏下文、渋谷河内入道、筑前国、三根西郷、地頭職、軍功賞、領掌
前編1-No.1851記事確認度 高

肝付兼重伝

時盛らが水塞を破った軍功により、百引村地頭代官職へ補任され、官職・恩賞を受けたことを記す肝付兼重伝の記事。

登場人物
肝付兼重・時盛ほか
宛先
大隅国ほか
キーワード
肝付兼重伝、時盛、水塞攻略、軍功、百引村、地頭代官職、補任、恩賞
前編1-No.1852文書確認度 高

島津道鑑宛行状

大隅国肝付郡加世田城の水手を夜討ちで先駆けて攻め落とした軍功を賞し、野上田伊与房を百引村地頭代官職に補任して、先例どおり沙汰するよう命じた島津道鑑宛行状。

登場人物
島津道鑑・野上田伊与房
宛先
大隅国肝付郡加世田城・百引村
キーワード
島津道鑑宛行状、野上田伊与房、加世田城、水手夜討、百引村、地頭代官職、軍功賞、補任
前編1-No.1853記事確認度 高

重久篤兼譜

重久篤兼が建武三年五月以降、式部小三郎ら諸将と王子城・加瀬田城を攻めた経過を記す重久篤兼譜。五月五日の軍勢派遣、六日の渡河・先登、九日の王子城攻撃、本田久兼・大隅入道らの参戦、篤兼の軍功を述べる。

登場人物
重久篤兼・島津忠兼・大将家ほか
宛先
大隅国加瀬田城ほか
キーワード
重久篤兼譜、重久篤兼、王子城、加瀬田城、式部小三郎、本田久兼、渡河、先登、城攻め、軍功
前編1-No.1898記事確認度 高

川上頼久伝

川上頼久が本田資兼・莫禰重貞・貞国・宮里彦七・東条七郎らと進戦し、二月十二日の資兼進撃、十六日の東条合戦、三月二日の負傷などの軍功を重ねたことを記す川上頼久伝。

登場人物
川上頼久・本田資兼・高師泰ほか
宛先
越前国金崎城・播磨国ほか
キーワード
川上頼久伝、川上頼久、本田資兼、莫禰重貞、東条合戦、進戦、負傷、軍功
前編1-No.1929記事確認度 高

川上頼久伝

川上頼久が大隅式部三郎・大寺弥六・大田六郎次郎らと軍功を立て、足利直義から御教書二通と賞を受けたことを記す川上頼久伝の記事。

登場人物
川上頼久・足利直義・大隅式部三郎ほか
宛先
薩摩国・大隅国ほか
キーワード
川上頼久伝、川上頼久、大隅式部三郎、大寺弥六、大田六郎次郎、足利直義、軍功、御教書
前編1-No.1943記事確認度 高

川上頼久伝

川上頼久が京都へ上り、越前敦賀合戦で大隅前司久長入道道恵・大隅式部亀三郎友久・隠岐七郎行貞らと戦ったこと、益山十郎彦六らを抜いて軍功を挙げたことを記す川上頼久伝の記事。

登場人物
川上頼久ほか
宛先
京都・薩摩国ほか
キーワード
川上頼久伝、川上頼久、京都、越前、敦賀合戦、大隅久長入道道恵、島津友久、隠岐行貞、軍功
前編1-No.1994記事確認度 高

島津国史

建武五年(延元三年)を中心に、島津貞久らの動向と南北朝争乱を編年で記す島津国史の記事。足利尊氏・直義方と南朝方の対立、薩摩・大隅・日向・肥前・越前などでの城攻めと軍勢催促、肝付兼重・新納氏・川上氏・本田氏らの軍功、負傷・討死、所領安堵・恩賞・守護職を、関係文書の日付と発給者を示しながら三頁にわたり詳述する。

登場人物
島津貞久・足利尊氏・新田義貞・懐良親王ほか
宛先
九州・薩摩国・京都ほか
キーワード
島津国史、島津貞久、足利尊氏、足利直義、建武五年、延元三年、南北朝、肝付兼重、城攻め、軍勢催促、所領安堵、軍功
前編1-No.2033文書確認度 高

赤松円心書下

島津忠兼の白旗城での軍功を賞し、播磨国下揖保庄東方地頭職を先例どおり支配するよう命じた赤松円心書下。

登場人物
赤松円心・島津周防五郎三郎忠兼
宛先
播磨国下揖保東方・白旗城
キーワード
赤松円心書下、島津忠兼、白旗城、下揖保庄東方、地頭職、軍功、安堵
前編1-No.2334文書確認度 高

足利尊氏下文

足利尊氏が島津周防三郎左衛門尉忠兼へ、江石見左衛門大夫跡と播磨国布施郷下職などを軍功の賞として宛行い、先例を守って支配するよう命じた下文。

登場人物
足利尊氏・島津忠兼
宛先
播磨国布施郷ほか
キーワード
足利尊氏、島津忠兼、江石見左衛門大夫跡、播磨国布施郷、下職、軍功恩賞
前編1-No.2336文書確認度 高

足利尊氏下文

足利尊氏が島津下野三郎右衛門尉資久へ、大隅国桑郷などの所領・別府半分地頭職を軍功の賞として宛行い、先例を守って沙汰するよう命じた下文。

登場人物
足利尊氏・島津下野三郎右衛門尉資久
宛先
薩摩国ほか
キーワード
足利尊氏、島津資久、大隅国桑郷、別府半分、地頭職、軍功恩賞
前編1-No.2338文書確認度 高

足利尊氏下文

足利尊氏が島津周防次郎忠親へ、甲斐国花崎郷の依田将監跡を軍功の賞として宛行い、先例どおり領知するよう命じた下文。

登場人物
足利尊氏・周防次郎忠親
宛先
越前国花崎郷ほか
キーワード
足利尊氏、島津忠親、甲斐国花崎郷、依田将監跡、軍功恩賞、領知
前編1-No.2372文書確認度 高

足利尊氏下文

足利尊氏が島津上総入道へ、大隅国寄郡内の下大隅郡、大禰寝院、鹿屋院、串良院、西俣村、当小川村などを軍功の賞として宛行い、先例どおり沙汰するよう命じた下文。

登場人物
足利尊氏・島津上総入道ほか
宛先
薩摩国ほか
キーワード
足利尊氏、島津上総入道、大隅国寄郡、下大隅郡、大禰寝院、鹿屋院、串良院、軍功恩賞
前編1-No.2383文書確認度 高

足利尊氏下文

足利尊氏が島津上総三郎師久へ、島津下野守忠氏跡の所領を軍功の賞として宛行い、先例どおり支配するよう命じた下文。

登場人物
足利尊氏・島津上総三郎師久ほか
宛先
薩摩国ほか
キーワード
足利尊氏、島津師久、島津忠氏跡、所領宛行、軍功恩賞、下文