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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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222 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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前編2-No.1350文書確認度 高

島津氏重書目録

藤野氏蔵本に収められた島津家伝来文書の目録。源頼朝の御状・下文、畠山重忠自筆状、足利将軍家の御教書、歴代の譲状・置文・綸旨などを文書種別と通数ごとに整理し、鎌倉以来の島津氏の所領権・家督継承を裏付ける文書群を示す。

登場人物
島津氏、源頼朝、畠山重忠、足利義持ほか
宛先
—
キーワード
島津氏重書目録、藤野氏蔵本、源頼朝、畠山重忠、足利将軍家、下文、御教書、譲状、置文、綸旨、文書通数
後編4-No.597文書確認度 高

宝性院法印政遍書状

慶長十四年七月九日、宝性院法印政遍が島津家久に、高野山蓮金院は源頼朝草創と伝わる金剛峯寺の別院で、義弘・家久の連署した再興記が永代の証文になると述べ、学業を修めた住持を置いて島津氏の護持寺とするよう願った書状。

登場人物
宝性院法印政遍、島津義弘、島津家久、成正院主頼真、源頼朝
宛先
島津家久(羽柴陸奥守)
キーワード
宝性院法印政遍書状、島津家久、島津義弘、高野山、蓮金院、源頼朝、寺院再興、護持寺、住持
後編4-No.599文書確認度 高

青巌寺法印政遍書状

十二月、青巌寺法印政遍が島津家久に、源頼朝の願所と伝える蓮金院を弟子が再興し、学問所・茶の間などの院家が完成したことを報告して造営援助に謝し、翌春に使僧を遣わす予定と油煙・筆の贈答を伝えた書状。

登場人物
青巌寺法印政遍、島津家久、源頼朝、成正院
宛先
島津家久
キーワード
青巌寺法印政遍書状、島津家久、蓮金院、源頼朝、寺院再興、学問所、茶の間、造営、使僧、油煙、筆
後編5-No.1005文書確認度 低

島津光久書状

「光久公御譜中」の記事。前年冬に父・島津家久が病臥した際、光久は江戸にいて見舞えなかった。寛永十四年二月、家久は平田盛右衛門純正を介し、島津家伝来の愛染明王像・摩利支天像・鷹之巣の御刀・鳥利作の太刀・光忠作の腰刀を光久へ譲った。愛染明王像は弘法大師作で「谷渡愛染」と呼ばれ、源頼朝が所持したのち信濃深草山の光忍を経て家久へ伝来したと記す。本文は宛所・署名のない譜記事であり、索引の「文書・島津光久書状」と形式が相違する。

登場人物
島津光久、島津家久、平田盛右衛門純正、弘法大師、源頼朝、光忍
宛先
—(譜記事・宛所なし)
キーワード
島津光久、島津家久、平田盛右衛門純正、光久公御譜中、譜記事、江戸、病臥、愛染明王、摩利支天、谷渡愛染、鷹之巣の御刀、鳥利作太刀、光忠作腰刀、弘法大師、源頼朝、信濃深草山、光忍、家宝、譲渡、索引形式相違、寛永十四年二月
附録2-No.1143文書確認度 高

島津久兵添書

僧観覚宛の源頼朝判入り掛物一幅について、前年に江戸で名越右膳が求めて進上した品であり、後世まで御記録所で堅固に保管するよう指示した島津久兵の添書。

登場人物
島津久兵、源頼朝、観覚、名越右膳
宛先
御記録奉行
キーワード
島津久兵、源頼朝、観覚、名越右膳、掛物、花押、御記録所、保存
附録2-No.1144文書確認度 高

西某・谷村某連署添書

源頼朝筆とされる掛物一幅を下付するので、御記録奉行に引き渡して厳重に保管するよう求めた西某・谷村某連署の添書。

登場人物
西某、谷村某、源頼朝、黒田嘉右衛門
宛先
黒田嘉右衛門・御記録奉行
キーワード
西某、谷村某、源頼朝、黒田嘉右衛門、掛物、御記録奉行、引渡し、保存
附録2-No.1145文書確認度 高

児玉喜藤太添書

源頼朝筆とされる掛物を古筆了意に鑑定させ、判形の模様や補修部分を検討した結果、偽物ではなく頼朝の真筆に疑いないとの回答を得た旨を報告した児玉喜藤太添書。

登場人物
児玉喜藤太、源頼朝、古筆了意
宛先
島津家
キーワード
児玉喜藤太、源頼朝、古筆了意、掛物、古筆鑑定、判形、補修、真筆
後編4-No.481記事確認度 中

島津家久譜

島津家久父子が高野山金剛峯寺を信仰し、祖島津忠久にちなむ宿坊として蓮金院を創建するため、白銀を投じて院地を取得し、比志島紀伊守を奉行として寺宇・仏具・文庫等を整備したことを記す系譜記事。

登場人物
島津家久、島津忠久、源頼朝、比志島紀伊守
宛先
—
キーワード
島津家久譜、高野山、金剛峯寺、蓮金院、島津忠久、源頼朝、宿坊、寺院建立、比志島紀伊守
附録1-No.500文書確認度 高

林信篤跋

林信篤が鎌倉将軍右大将公の自筆文書の後に記した跋文。文書が永禄年間に器中へ封蔵され、豊臣氏滅亡後も島津家に伝わった経緯と、頼朝以来の由緒ある自筆を忠実に保存する意義を述べる。元禄十四年春三月に閲覧して作成した旨を記す。

登場人物
林信篤、源頼朝、鎌倉将軍家、豊臣氏、島津氏
宛先
該当なし
キーワード
林信篤、林鳳岡、跋文、源頼朝、鎌倉将軍、右大将、自筆文書、永禄、豊臣氏、島津氏、伝来、保存、元禄十四年
前編1-No.54-3文書確認度 高

源頼朝下文

No.226と同文として本文を省略した源頼朝下文の重出。島津荘に関する頼朝の処分を示す文書として番号を立て、本文は参照先に譲るという『旧記雑録』の重出処理が分かる。

登場人物
源頼朝
宛先
—
キーワード
源頼朝、下文、No.226、同文、省略、重出
前編1-No.78文書確認度 高

源頼朝書状

源頼朝が遠江四郎に、書状二巻を額田判官代へ届けるよう命じた書状。額田判官代が京都へ送るべき用件を申しているため、先度の指示に違わず至急持参し、使者の往来を滞らせないよう求める。

登場人物
源頼朝・遠江四郎・額田判官代
宛先
書状
キーワード
源頼朝、遠江四郎、額田判官代、書状送付、遵行
前編1-No.79文書確認度 中

源頼朝書状

僧観覚が申す河内国古市郡内の竜井・壺通法寺敷地と浮免等について、解状・証文を添えて処置を求めた源頼朝書状。原資料に年次未詳・本文疑義の注記がある。

登場人物
源頼朝・池大納言
宛先
河内国古市郡
キーワード
源頼朝、池大納言、僧観覚、河内国古市郡、寺敷地、浮免、書状
前編1-No.86文書確認度 高

源頼朝下文

源頼朝が、平信兼の謀反により没収した伊勢国波出御厨を惟宗忠久へ与え、地頭職に補任した下文。忠久に先例どおり所務を執行させ、御年貢・公役を怠りなく勤めるよう命じる。

登場人物
源頼朝・惟宗忠久
宛先
伊勢国波出御厨
キーワード
源頼朝、惟宗忠久、伊勢国、波出御厨、平信兼、地頭職、補任、下文
前編1-No.89文書確認度 高

源頼朝下文

源頼朝が惟宗忠久を島津御庄下司職に補任した下文。庄官・住民に補任を承知させ、領家下文と先例に従って庄務・年貢収納を執行し、違失なく下司職を勤めるよう命じる。

登場人物
源頼朝・惟宗忠久
宛先
島津御庄
キーワード
源頼朝、惟宗忠久、島津御庄、下司職、補任、庄務、下文
前編1-No.90文書確認度 高

源頼朝寄進状

源頼朝が、院から与えられた平家没官領の若狭国玉置領を三井寺へ寄進した文書。仏法興隆のため寺領として知行させ、寺領を妨げないよう命じる。

登場人物
源頼朝
宛先
三井寺・若狭国玉置領
キーワード
源頼朝、三井寺、若狭国、玉置領、平家没官領、寄進、寺領
前編1-No.97文書確認度 高

源頼朝下文

源頼朝が惟宗忠久を信濃国塩田庄地頭職に補任した下文。庄内の所務を執行し、御年貢以下の公事を先例どおり納め、地頭として現地支配を行うよう命じる。源頼朝下文に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。

登場人物
源頼朝・惟宗忠久
宛先
信濃国塩田庄
キーワード
源頼朝、惟宗忠久、信濃国、塩田庄、地頭職、補任、年貢
前編1-No.102文書確認度 高

源頼朝下文

源頼朝が島津御庄の濫行を停止した下文。地頭惟宗忠久の下知に従わせ、庄民への押領・追捕を止め、年貢以下を忠久の沙汰で納めるよう庄官・住民へ命じる。

登場人物
源頼朝・惟宗忠久
宛先
島津御庄
キーワード
源頼朝、惟宗忠久、島津御庄、濫行停止、庄民、押領、追捕、年貢、下文
前編1-No.103文書確認度 高

源頼朝下文

No.102と同文として本文を省略した重出。島津御庄での押領・追捕などの濫行を停止し、地頭惟宗忠久の下知に従って庄民を安堵し、年貢以下を納めさせる源頼朝下文である。

登場人物
源頼朝・惟宗忠久
宛先
島津御庄
キーワード
源頼朝、惟宗忠久、島津御庄、No.102、同文、省略
前編1-No.105文書確認度 高

源頼朝下文

源頼朝が、島津御庄で千葉介常胤の代官紀太清遠らが行った押領・狼藉を停止した下文。庄内の地頭・庄民への非法を止め、忠久の所務を回復し、国司・本家への年貢と公役を正しく勤めさせる。

登場人物
源頼朝・千葉常胤代官
宛先
島津御庄
キーワード
源頼朝、島津御庄、千葉常胤、紀太清遠、非道狼藉停止、庄務、下文
前編1-No.117文書確認度 高

源頼朝下文

源頼朝が薩摩国牛屎院を惟宗忠久の所領として安堵した下文。小城八郎重道らによる押妨・押領を停止し、忠久側の由緒と旧来の知行を認めて院内の所務を回復させる。

登場人物
源頼朝・惟宗忠久
宛先
薩摩国牛屎院
キーワード
源頼朝、惟宗忠久、薩摩国、牛屎院、小城八郎重道、押妨停止、下文
前編1-No.118-3文書確認度 高

源頼朝下文

No.117と同文として本文を省略した重出。薩摩国牛屎院について小城八郎重道らの押妨を停止し、惟宗忠久の旧来の知行と所務を回復・安堵するよう命じた源頼朝下文である。

登場人物
源頼朝・惟宗忠久
宛先
薩摩国牛屎院
キーワード
源頼朝、惟宗忠久、牛屎院、No.117、同文、省略
前編1-No.121文書確認度 高

源頼朝下文

源頼朝が藤内民部遠景の使人らによる島津庄への押領・追捕・住民拘束を停止した下文。遠景側の使者を庄内から退け、惟宗忠久の地頭支配と庄民の生活を妨げないよう命じる。

登場人物
源頼朝・藤内民部遠景
宛先
島津庄
キーワード
源頼朝、藤内民部遠景、島津庄、押領停止、捕縛、狼藉、下文
前編1-No.132記事確認度 高

源頼朝伝

源頼朝の奥州征伐記事。文治五年七月十九日に鎌倉を発し、多数の軍勢を率いて伊達次郎泰衡・西木戸太郎国衡らを追討する。奥州平定後、十月二十四日に鎌倉へ帰着するまでを記す。

登場人物
源頼朝・伊達泰衡・国衡
宛先
奥州
キーワード
源頼朝伝、文治五年、奥州征伐、伊達泰衡、国衡、鎌倉
前編1-No.134文書確認度 高

源頼朝下文

源頼朝が島津庄地頭忠久へ、庄官らを召集し、足軽・武器を整えて参陣するよう命じた下文。帯兵杖の者を率い、七月十日以前に関東へ到着して奥州追討の忠節を尽くすよう求める。

登場人物
源頼朝・島津庄地頭忠久
宛先
島津庄
キーワード
源頼朝、島津庄、地頭忠久、庄官、武具、兵粮、参着、下文
前編1-No.136-2文書確認度 中

源頼朝御教書

源頼朝が奥州征伐に関して忠久へ軍勢の催促・先陣の勤仕を命じた御教書。家譜記事中に引用され、八月十五日付を持つ。

登場人物
源頼朝・島津忠久
宛先
奥州征伐
キーワード
源頼朝、島津忠久、文治五年、八月十五日、奥州征伐、先陣、御教書
前編1-No.145文書確認度 中

源頼朝御教書

北郷弥太郎兼秀の訴える弁済使職について、解状を提出させ、相違なく安堵・処理するよう命じた源頼朝御教書。

登場人物
源頼朝・北郷弥太郎兼秀
宛先
島津庄ほか
キーワード
源頼朝、北郷弥太郎兼秀、弁済使職、解状、安堵、御教書
前編1-No.155文書確認度 高

源頼朝下文

源頼朝が島津庄住人に対し、忠久の下知に従わないとの風聞は不当であるとして、忠久の命令に従うよう命じた下文。あわせて、僧を殺害した故二院平八成直の行為を敵対行為とし、その所知を忠久の沙汰とするよう定める。前書には『島津譜』が頼朝から忠久へ故二院を賜ったと記す旨、後注には御文庫三番箱中の文書を写した旨がある。年月日は索引の括弧補記どおり「(建久二年)十二月十一日」を保持する。

登場人物
源頼朝・島津忠久・故二院平八成直・島津庄住人
宛先
島津庄住人
キーワード
源頼朝、島津忠久、島津庄住人、下知、故二院平八成直、僧殺害、所知、沙汰、敵対行為、島津譜、御文庫、建久二年
追録2-No.191願文旧記雑録暫定版確認度 高

源頼朝五百年忌法華経供養願文

源頼朝五百年遠忌に、護持施主が大乗妙法蓮華経十部を供養し、五輪塔婆一基を彫刻して奉納する願文。頼朝の出生・東国草創・平氏征討などの事績と、嫡苗に当たる島津綱貴との系譜を述べ、頼朝の追善、島津家・封域の長久、衆生の利益を祈る。

登場人物
源頼朝、島津綱貴、護持施主
宛先
—
キーワード
源頼朝、島津綱貴、護持施主、五百年遠忌、大乗妙法蓮華経十部、五輪塔婆一基、出生、東国草創、平氏征討、追善、封域長久、衆生利益
追録2-No.673下文旧記雑録暫定版確認度 中

源頼朝袖判下文写

源頼朝が大秦元光へ、薩摩国牛屎院を元光の所領として安堵し、相伝の証拠を持たない小城八郎重道の主張を退けた下文写。元光に牛屎院を知行して島津荘惣地頭惟宗忠久の下で先例どおり公役を勤めるよう命じ、文治三年五月三日付の頼朝袖判を写す。

登場人物
源頼朝
宛先
大秦元光
キーワード
源頼朝、大秦元光、薩摩国、牛屎院、小城八郎重道、所領安堵、相伝、知行、公役、島津荘、惣地頭、惟宗忠久、文治三年、袖判下文
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:119-3御教書・帰国許可/郡司職安堵旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

源頼朝御教書

文治五年十一月二十四日、源頼朝の袖判のもと、平盛時が奉じて伊豆藤内へ伝えた御教書。薩摩国鹿児島の藤内康友が頼朝の奥州下向に供奉したのち暇を与えられて帰国を命じられたこと、康友が鹿児島郡司職を以前から相違なく知行していると申したため、その旨を心得るよう命じる。国分氏伝来の古写で、『旧記雑録前編一』247号および『家わけ六』国分文書43号と同一と注記される。

登場人物
源頼朝、鹿児島藤内康友、伊豆藤内、平盛時
宛先
伊豆藤内殿
キーワード
源頼朝御教書、頼朝公御袖判、文治五年十一月二十四日、鹿児島藤内康友、奥州供奉、給暇、帰国、鹿児島郡司職、知行安堵、伊豆藤内、平盛時奉、古写在国分氏、旧記雑録前編一247号、家わけ六国分文書43号
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:10-1下文・本領安堵/課役勤仕命令旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

文治三年五月三日源頼朝下文

源頼朝が大秦元光に対し、薩摩国牛屎院を従前どおり安堵した文治三年五月三日付下文。小城八郎重道が証拠を有すると申し立てたため、島津庄惣地頭・惟宗左兵衛尉忠久を介して郡司・弁済使の処置がなされたが、重道には相伝の根拠がないとしてその沙汰を停止し、元光を本領へ復帰させる。一方で、牛屎院内では庄方・国衙方の双方について先例に任せ、怠りなく課役を勤仕するよう元光に命じる。

登場人物
源頼朝、大秦元光、小城八郎重道、惟宗左兵衛尉忠久(島津忠久)
宛先
大秦元光
キーワード
文治三年五月三日、源頼朝下文、大秦元光、薩摩国牛屎院、小城八郎重道、相伝知行、證拠、島津庄惣地頭、惟宗左兵衛尉忠久、郡司、弁済使、重道沙汰停止、本領安堵、庄方、国衙、課役勤仕
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:10-2御教書・帰国命令/取次奉書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

文治三年五月三日源頼朝御教書

源頼朝が伊豆藤内に対し、薩摩国住人・大平基光と弟の後平二元能が鎌倉へ参上して見参に入ったので、両人を帰国させる旨を承知させるよう命じた文治三年五月三日付御教書。末尾に『盛時奉』とあり、盛時が頼朝の仰せを奉じて取り次いだことを示す。本文は大平の名を『基光』と記し、前項w6:10・10-1の『元光』表記と異なる。

登場人物
源頼朝、大平基光、後平二元能、盛時、伊豆藤内
宛先
伊豆藤内殿
キーワード
文治三年五月三日、源頼朝御教書、薩摩国住人、大平基光、後平二元能、参上、見参、帰国命令、盛時奉、伊豆藤内殿、人名表記差
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:13-1同文省略・源頼朝下文/系譜接続注記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

文治三年五月三日源頼朝下文(同文省略)

前項の『頼朝公之御教書曰』を受けるが、『諸家系図文書』10の1号文書と同一であるため本文を省略した参照注記。参照先は文治三年五月三日、源頼朝が大秦元光へ牛屎院の本領を安堵し、庄方・国衙方の課役勤仕を命じた下文である。続いて元能を『後平二』と示し、鎌倉の公事奉行・平五盛時が鎮西守護・天野藤内遠景へ送った文書を次項に掲げることを予告する。

登場人物
源頼朝、大秦元光、元能(後平二)、平五盛時、天野藤内遠景
宛先
大秦元光(参照先w6:10-1の宛所)
キーワード
文治三年五月三日、源頼朝下文、同一文書、省略、諸家系図文書10の1、大秦元光、牛屎院、本領安堵、元能、後平二、鎌倉公事奉行、平五盛時、鎮西守護、天野藤内遠景、次文書予告
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:13-2同文省略・源頼朝御教書/大平氏庶流系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

文治三年五月三日源頼朝御教書(同文省略)・大平氏庶流系譜

冒頭は『諸家系図文書』10の2号文書と同一のため、源頼朝御教書本文を省略する。参照先は文治三年五月三日、大平基光と弟・後平二元能の見参後の帰国を伊豆藤内へ命じた御教書である。続いて、大平家から大平・牛屎・羽月・山野・鳥越・淵辺・太田・青木・入山・屋代・入田の十一家が分かれ、羽月・山野・太田・青木・入山・淵辺・屋代・入田の八家は牛屎院、大平・鳥越の二家は祁答院に村を持ったと説明する。国元(同太郎)の系統では、嘉禎三年四月十九日の足利義氏邸での将軍御遊後、大平太郎が新田太郎とともに第二の御馬の引手を務めたことを記す。元兼(同左衛門尉・法名元覚)は建長二年正月二日の将軍頼経の椀飯で畠山三郎国氏と、同三年正月三日の椀飯で足利三郎家氏と御馬を進献した。元茂の家では、子がなかった妻が二羽の鶴が飛来して食物とともに口へ入る夢を見た後に男子を産み、子孫が繁昌したため『向鶴』を定紋としたという家紋起源譚を載せる。末尾は元尚(大隅守・法名恵仏)、高元(牛屎左近将監・法名普光)へ続き、正平十二年十月五日の島津師久書状を次項へ導く。

登場人物
源頼朝、大平基光、後平二元能、平五盛時、天野藤内遠景、国元、大平太郎、将軍家、足利左馬頭義氏、畠山三郎、日記五郎、新田太郎、元兼(大平太郎左衛門尉)、将軍頼経、畠山三郎国氏、足利三郎家氏、元茂、元尚、高元、島津左衛門尉師久
宛先
伊豆藤内殿(参照先w6:10-2の宛所)
キーワード
源頼朝御教書、同文省略、諸家系図文書10の2、大平基光、元能、帰国命令、大平家庶流、牛屎、羽月、山野、鳥越、淵辺、太田、青木、入山、屋代、入田、牛屎院、祁答院、嘉禎三年四月十九日、足利義氏邸、御遊、御馬引手、新田太郎、大平太郎、建長二年、建長三年、将軍頼経、椀飯、畠山国氏、足利家氏、向鶴、二羽の鶴、夢想、男子誕生、家紋起源、牛屎左近将監高元、島津師久
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:89御教書・北郷兼秀の弁済使職訴訟旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

文治五年十月三日源頼朝御教書

源頼朝の御教書として、北郷弥太郎兼秀が訴える弁済使職について事情を知らないため、まず解状を送るよう宗兵衛尉に命じる。兼秀の申立てに相違がなければ職を安堵すべきだとし、奥人の供をするなど奉公した者でもあると付言する。本文末は文治5年10月3日付、盛時奉。冒頭には『市来士北山新兵衛蔵』の所蔵注記と、『本ノママ』を伴う嘉暦4年9月日という異なる年次の記載があり、両者を同じ日付として扱わない。

登場人物
源頼朝、北郷弥太郎兼秀、盛時、宗兵衛尉(惟宗忠久の傍注)、市来士北山新兵衛
宛先
宗兵衛尉殿(惟宗忠久の傍注)
キーワード
文治5年10月3日、嘉暦4年9月日付記、本ノママ、市来士北山新兵衛蔵、源頼朝御教書、北郷弥太郎兼秀、弁済使職、解状、申立てに相違なければ安堵、奥人の供、奉公、盛時奉、宗兵衛尉、惟宗忠久、旧記雑録前編一145号同文推定、家わけ三町田文書13号同文推定
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:90下文・島津庄の押領使任命と遠景使者の入部停止旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

文治三年九月九日源頼朝下文

源頼朝の下文。藤内遠景が惣追捕使と称して下知し、使者を島津庄へ入れて庄家を侵害しているとの報告を受け、それが事実なら甚だ無道だとする。今後は遠景の使者の入部を停止し、庄目代忠久を押領使として庄の沙汰に当たらせるよう島津庄へ命じる。文治3年9月9日付で、遠景側の権限行使を止め忠久の役割を定める二段の処置が特徴。

登場人物
源頼朝、藤内遠景、島津庄目代忠久
宛先
島津庄(『下 島津庄』)
キーワード
文治3年9月9日、源頼朝下文、島津庄、藤内遠景、惣追捕使、使者の入部、庄家侵害、使者入部停止、目代忠久、押領使、庄務の沙汰、旧記雑録前編一122号同文推定、家わけ三町田文書8号同文推定
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w9:147同文省略・参照注記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高(本文は同文省略)

文治三年五月三日源頼朝下文

巻末目録は文治三年五月三日の源頼朝下文とするが、冊子本文は『諸家系図文書』一〇の一号文書と同一として本文を省略する参照注記のみである。本項から下文の宛先・所領・命令内容は確認できない。

登場人物
源頼朝(巻末目録標題のみ)
宛先
本文省略のため本項では確認できない
キーワード
文治三年五月三日、源頼朝下文、巻末目録標題、諸家系図文書一〇の一号文書、同文省略、本文不掲載、参照注記
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w9:157-2下文の同文省略注記・系譜記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高(省略注記・系譜付記の範囲)

文治三年五月三日源頼朝下文

巻末目録では文治三年五月三日の源頼朝下文に当たるが、この箇所は『諸家系図文書』一〇の一号と同文として下文本文を省略する。併記された系譜記事は元能(大平後平二)を掲げ、鎌倉の公事奉行平五盛時と鎮西守護天野藤内遠景に触れて『其状曰』と次の文書へつなぐ。下文が誰に何を与えたかは、この省略箇所だけでは確定できない。

登場人物
源頼朝(巻末目録)、元能、平五盛時、天野藤内遠景
宛先
本文省略につき本項からは確認不可
キーワード
文治三年五月三日、源頼朝下文、同文省略、諸家系図文書一〇の一号、元能、平五盛時、鎌倉公事奉行、天野藤内遠景、鎮西守護
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w9:157-3御教書の同文省略注記・系図記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高(省略注記と系図記事の範囲)

〔文治三年〕五月三日源頼朝御教書

巻末目録は〔文治三年〕五月三日の源頼朝御教書とするが、本文は『諸家系図文書』一〇の二号と同文として省略される。その後に続く牛屎氏系図は、国元・元兼(大平左衛門尉、法名元覚)らの系線を示し、嘉禎三年の将軍家の遊興、元兼の将軍頼経への椀飯進献、元茂の鶴にまつわる出生譚を記す。さらに正忠・宗衡・宗正らの大嶋村稲荷神社の墓石、延文三年の筑後合戦で忠長と文済が別方に属した記事、元尚が祁答院から牛屎院へ移り牛山城を居城とした由緒を載せる。省略された御教書の発給内容と、後代の系譜・逸話は分けて読む必要がある。

登場人物
源頼朝(巻末目録)、国元、元兼、元茂、正忠、文済、忠済、元尚、島津師久
宛先
御教書本文省略につき本項からは確認不可
キーワード
〔文治三年〕五月三日、源頼朝御教書、同文省略、諸家系図文書一〇の二号、国元、元兼、嘉禎三年、椀飯、元茂、鶴出生譚、大嶋村稲荷神社、延文三年、筑後合戦、祁答院、牛屎院、牛山城、元尚
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID A::7文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

源頼朝下文

源頼朝が大秦元光に対し、北城八郎重道の訴えによって一時処分された薩摩国牛屎院について、重道に相伝の証拠がないとしてその沙汰を停止し、元光を本領に安堵した下文。島津庄方・国衙方の区別にかかわらず、先例どおり課役を勤仕することを条件とする。

登場人物
源頼朝、大秦元光、北城八郎重道、惟宗忠久
宛先
大秦元光
キーワード
源頼朝、大秦元光、北城八郎重道、惟宗忠久、牛屎院、本領安堵、郡司、弁済使、島津庄、課役
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID A::8文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

源頼朝御教書

源頼朝の意を奉じた平盛時が伊豆藤内殿に、薩摩国住人大平基光と弟の後平元能が鎌倉へ参上して見参を遂げ、帰国を許された旨を伝えた御教書。季安は、大平氏を薩州伊佐郡祁答院の一族とし、基光・元能を牛屎・羽月・山野・烏越・洲辺・太田・青木・入山・屋代・入田など諸家の祖と考証する。

登場人物
源頼朝、大平基光、大平元能、平盛時、天野遠景
宛先
伊豆藤内殿(天野遠景)
キーワード
源頼朝、大平基光、大平元能、平盛時、天野遠景、鎌倉、薩摩国、見参、帰国、御教書
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID A::11-2文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

源頼朝御教書

大平家所蔵の源頼朝御教書はNo.8と同文のため本文を省略する。続く考証では、伊豆藤内を天野伊豆守の子・天野藤内に比定し、源義経が薩摩へ落ちたとの風聞を受けて下向した事情に触れる。

登場人物
源頼朝、伊豆藤内、天野伊豆守、天野藤内、大平基光、大平元能、源義経
宛先
天野伊豆藤内
キーワード
源頼朝、伊豆藤内、天野伊豆守、天野藤内、源義経、薩摩下向、御教書、大平家、同文省略
附録2-No.1146文書確認度 高

某添書

建武四年十二月二十日付・島津大夫判官宛文書について、年号と判形を足利尊氏に比定し、宛所を島津貞久の子で氏久の兄に当たる島津宗久と推定した考証添書。

登場人物
源頼朝、足利尊氏、島津宗久、島津貞久、島津氏久
宛先
島津大夫判官
キーワード
建武四年、足利尊氏、島津宗久、島津貞久、島津氏久、判形、宛所、文書考証
前編1-No.87文書確認度 高

源頼朝下文

No.86と同趣旨の下文。平信兼旧領の伊勢国波出御厨について、惟宗忠久を地頭職に補任し、領内の所務を担当させるとともに、先例に従った御年貢・公役の勤仕を命じる。

登場人物
源頼朝・惟宗忠久
宛先
伊勢国波出御厨
キーワード
源頼朝、惟宗忠久、波出御厨、地頭職、補任、下文
前編1-No.91文書確認度 高

源頼朝下文

No.89と同文として本文を省略した島津御庄下司職補任下文の重出。惟宗忠久を下司職に補任し、領家下文に従って庄務と年貢収納を行わせる内容で、季安の注記を添える。

登場人物
源頼朝・惟宗忠久
宛先
島津御庄
キーワード
源頼朝、惟宗忠久、島津御庄、No.89、同文、省略、季安注記