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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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41 件 (全巻)/ 1–41件を表示

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後編3-No.229文書確認度 高

島津忠恒書状

島津忠恒が本田源右衛門尉に、三原諸右衛門尉を通じて先に伝えた事項を確認し、奥地への出勢が決まったため、人馬を早急に渡海させるべく八木民部左衛門尉・関帖右衛門尉を派遣したと報じた書状。幸侃が上洛した場合の情報収集を命じ、遅滞や讒言を戒める。

登場人物
島津忠恒、本田源右衛門尉、三原諸右衛門尉、八木民部左衛門尉、関帖右衛門尉、幸侃
宛先
本田源右衛門尉殿
キーワード
島津忠恒、本田源右衛門尉、三原諸右衛門尉、八木民部左衛門尉、関帖右衛門尉、幸侃、奥地出勢、人馬、渡海、上洛
後編3-No.950文書確認度 高

伊集院忠真書状

伊集院忠真が平野源右衛門尉・高島新蔵に対し、幸侃を糺明せず成敗し、自身も去る三月以来進退を封じられたことを非道と訴える。表裏の行為や龍伯・兵庫頭の神文違背などを別紙に列挙して両所への取成しを求める。また武庫入との会談、大坂が静謐であることを伝え、今後の書信と親交を望む。

登場人物
伊集院忠真(源次郎)、伊集院幸侃、島津義久(龍伯)、兵庫頭、武庫入、平野源右衛門尉、高島新蔵
宛先
平野源右衛門尉殿・高島新蔵殿
キーワード
伊集院忠真書状、伊集院幸侃、糺明、成敗、進退、表裏、龍伯、兵庫頭、神文違背、別紙、取成し、武庫入、大坂静謐、平野源右衛門尉、高島新蔵、十一月六日
附録1-No.98文書確認度 高

賦所達書

賦所が、諸士と従者の人数、夫役、船数、乗船地、飯米の受領方法を定めて平田狩野介・上原源右衛門尉へ達した文書。如瀬浦・名護浦へ移動し、山田主計助の指示で乗船すること、三枚帆三艘への割付や三日分の飯米を用意することなどを命じる。

登場人物
賦所、指宿内蔵助、種子田喜右衛門、荒田助左衛門、山田主計助、平田狩野介、上原源右衛門尉ほか
宛先
平田狩野介殿・上原源右衛門尉殿
キーワード
賦所、平田狩野介、上原源右衛門尉、山田主計助、如瀬浦、名護浦、乗船、夫役、飯米、船
附録1-No.102文書確認度 高

青巌寺法印政遍書状

青巌寺法印政遍が、少将の勘気を受けて流浪していた矢野主膳について、川上四郎兵衛尉・本田源右衛門尉へ取り成しを依頼した書状。矢野主膳を青巌寺に招いて勤めさせているが、俗人の寺住まいは不相応であるため、少将への赦免の働き掛けと惟新への伝達を求める。

登場人物
青巌寺法印政遍、川上四郎兵衛尉、本田源右衛門尉、矢野主膳、少将、惟新
宛先
川上四郎兵衛尉殿・本田源右衛門尉殿御宿所
キーワード
青巌寺法印政遍、川上四郎兵衛尉、本田源右衛門尉、矢野主膳、少将、惟新、勘気、流浪、赦免、青巌寺
後編4-No.1066文書確認度 高

南郷忠重書状

十一月二日、南郷忠重が三河国吉田から、京都出立後、大津・草津・水口・関地蔵・桑名・岡崎などを経た一行の宿泊日程、雨天による逗留、女房衆の進行、今後の道筋を報じた書状。

登場人物
南郷忠重、本田源右衛門尉、京都・東海道関係者
宛先
本田源右衛門尉殿参人々御中
キーワード
南郷忠重書状、東海道、京都、大津、草津、水口、桑名、岡崎、三河吉田、道中報告
附録2-No.232文書確認度 高

比志島国貞書状

北郷賀州の案件を国府で裁くため出頭するはずが、祭礼・関係者の病気・奥州下向後の京都用務・自身の腫物で遅れたことを詫び、紹益老人と相談して近日参上すると伝えた書状。

登場人物
比志島国貞、島津惟新、北郷賀州、島津奥州、本田源右衛門尉
宛先
本田源右衛門尉殿
キーワード
比志島国貞、島津惟新、北郷賀州、国府、裁許、祭礼、病気、腫物、島津奥州、遅参
後編2-No.1300文書確認度 高

島津忠恒書状

忠恒が烏丸兵部少輔を急ぎ差し渡すこと、自身の渡海も近いこと、龍伯の上着が迫ることを知らせる。さらに秀吉の意向で左遷された近衛信輔が坊津に下るため、道中案内の人選を詳しく協議する。 幸侃との折衝の末、本田源右衛門尉に鹿島右衛門祐を添えて案内させる方針を報告した、配流受け入れの舞台裏が分かる書状。

登場人物
島津忠恒、図書頭、近衛信輔、島津龍伯、本田源右衛門尉、鹿島右衛門祐、伊集院幸侃
宛先
図書頭殿
キーワード
島津忠恒、図書頭、近衛信輔、坊津配流、本田源右衛門尉、鹿島右衛門祐、伊集院幸侃、島津龍伯、渡海、案内役
後編2-No.1599文書確認度 高

島津義弘書状追而書

義弘は追而書で、栗野衆を帖佐まで移す一方、鹿児島への大量移転は事情があって見合わせたと伝える。 帰朝時に詳しく面談し、本源右衛門尉の件も処置するとし、領内の人員移動と配置を具体的に知らせる。

登場人物
島津義弘、鳴津又八郎、栗野衆、本源右衛門尉
宛先
鳴津又八郎
キーワード
島津義弘、鳴津又八郎、栗野衆、帖佐、鹿児島、人員移動、本源右衛門尉、帰朝、面談、追而書
後編3-No.852文書確認度 高

新納旅庵長住外二名連署銀子借用書

新納旅庵長住・本田源右衛門尉・河上四郎兵衛が、惟新の用のため材木屋与兵衛から銀子二貫目を借用した証文である。一貫目につき一か月四十匁の利息を付し、本利とも年内に返済すると定める。天下一統の徳政があっても他の債務と混同せず返済し、連署三人のうち一人だけになっても弁済することを約す。

登場人物
新納旅庵長住、本田源右衛門尉、河上四郎兵衛、島津義弘(惟新)、材木屋与兵衛
宛先
材木屋与兵衛殿
キーワード
銀子借用書、新納旅庵長住、本田源右衛門尉、河上四郎兵衛、島津義弘、惟新、材木屋与兵衛、銀子二貫目、月利四十匁、年内返済、徳政除外、連帯弁済、慶長四年八月十日
後編3-No.1009文書確認度 高

島津義弘(惟新)書状

島津義弘(惟新)が又八郎に、前年十二月十一日付の書状が同月二十八日に届き、詳しく披見して意向を承知したと返答する。当地の様子は本田源右衛門尉へ申し含めて派遣したため、書状では詳述しないとする。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒(又八郎)、本田源右衛門尉
宛先
又八郎殿
キーワード
島津義弘(惟新)書状、又八郎、十二月十一日付書状、十二月二十八日到着、本田源右衛門尉、当地の様子、正月十四日
後編3-No.1010文書確認度 高

島津義弘(惟新)書状

島津義弘(惟新)が又八郎に、存松への伝言を承知したと述べ、遠方から音信として銀子五枚と長刀一振を贈られた厚意に感謝する。諸件は本田源右衛門尉へ申し含めて派遣したので、書状では詳しく述べないとする。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒(又八郎)、存松、本田源右衛門尉
宛先
又八郎殿
キーワード
島津義弘(惟新)書状、又八郎、存松、銀子五枚、長刀一振、贈答、遠方、本田源右衛門尉、正月十四日
後編3-No.1017文書確認度 高

島津惟新書状

島津義弘(惟新)が又八郎に、大明の人質「ういひん」を春に薩州から明へ渡すよう命じられたと伝える。内府徳川家康が明へ送る書状をたい長老が調えたので、又八郎も加判するよう求め、詳細は本田源右衛門尉から聞いて確実に処理するよう命じる。日本と明の和平は前代未聞の重大事であるため、渡航船の乗員も改め、慎重を期すよう重ねて注意する。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒(又八郎)、徳川家康(内府)、本田源右衛門尉、たい長老、大明人質ういひん
宛先
又八郎殿
キーワード
島津惟新書状、又八郎、大明人質ういひん、薩州、渡唐、徳川家康、内府、明宛書状、たい長老、加判、本田源右衛門尉、日本明和平、乗船者改、正月十九日
後編3-No.1112文書確認度 高

島津義弘(惟新)書状

島津惟新が少将殿に、四月二十一日付書状を伏見で披見し、内府の指示で上洛を延期した事情を了承したと伝える。庄内関係の礼を内府へ申し上げるため本田与兵衛を案内者付きで大坂へ遣わし、内府からの返書を持たせて帰したこと、本田源右衛門尉が近日上るので詳細を聞くこと、他の上洛人員も責任者を定め法度を説明して早急に差し上げることを求める。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒(少将)、徳川家康(内府)、本田与兵衛、本田源右衛門尉
宛先
少将殿
キーワード
島津惟新書状、島津忠恒、徳川家康、上洛延期、庄内、御礼、本田与兵衛、本田源右衛門尉、大坂、法度、人員派遣
後編4-No.915文書確認度 高

島津義弘書状

慶長十七年七月二十五日、島津義弘が宗善へ、肩衝茶入と焼物、唐船商売の銀子、長谷川左兵衛佐・本多源右衛門尉を介した取次について依頼した書状。

登場人物
島津義弘、宗善、長谷川左兵衛佐、本多源右衛門尉、唐船商人
宛先
宗善
キーワード
島津義弘書状、宗善、肩衝茶入、焼物、唐船商売、銀子、長谷川左兵衛佐、本多源右衛門尉
後編4-No.920文書確認度 中

島津義弘書状

慶長十七年七月二十五日、島津義弘が寺沢志摩守へ、本多源右衛門尉の書状を読み、関東参上の事情と御越しの際の面会、船便などについて伝えた書状。

登場人物
島津義弘、寺沢志摩守、本多源右衛門尉、関東関係者
宛先
寺沢志摩守
キーワード
島津義弘書状、寺沢志摩守、本多源右衛門尉、関東参上、面会、船便
附録1-No.82文書確認度 高

新納久元書状

新納久元が、先日の参上時に受けた厚遇へ謝意を述べ、惟新の体調を尋ねた書状。川上四郎兵衛尉と本田源右衛門尉へも書状で事情を伝えたので、相手方と相談して適切に披露するよう頼む。

登場人物
新納久元、惟新、川上四郎兵衛尉、本田源右衛門尉
宛先
鎌倉人様御報
キーワード
新納久元、惟新、鎌倉人、川上四郎兵衛尉、本田源右衛門尉、参上、病気、談合、披露
附録1-No.204文書確認度 高

島津久元外二名連署書状

島津久元・伊勢貞昌・比志嶋國隆が、新納仲左衛門尉に縣へ使者として赴くよう命じた連署書状。当日には間に合わないため翌朝早く参上して意向を承り、本田源右衛門尉・比志嶋掃部助と相談して出発するよう指示する。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、比志嶋國隆、新納仲左衛門尉、本田源右衛門尉、比志嶋掃部助
宛先
新納仲左衛門尉殿人々御中
キーワード
島津久元、伊勢貞昌、比志嶋國隆、新納仲左衛門尉、縣、使者、参上、本田源右衛門尉、比志嶋掃部助、談合
附録1-No.934文書確認度 高

島津龍伯書状

島津龍伯が、贈られた知行への礼として河上七郎次郎を派遣したことを伝える。また、本源右衛門尉が治少老から神文血判を求められたとの風聞に疑念を示し、心得のため知らせるので他言しないよう求めた書状。

登場人物
島津龍伯、島津家久、河上七郎次郎、本源右衛門尉、治少老
宛先
島津家久(又八郎殿)
キーワード
島津龍伯、島津家久、又八郎、知行、河上七郎次郎、本源右衛門尉、治少老、神文血判、内密、六月二日
附録2-No.191文書確認度 低

島津義弘(惟新)書状

島津義弘(惟新)が、本田源右衛門尉への指示を承知し、出水へ遣わす使者の書状を翌日の面談で詰めると伝え、唐製の見事な火打袋二つを受け取った礼と翌日の来訪を待つ旨を述べた書状。本文範囲内に島津義久・龍伯の表記や明示的宛所はないため、義久関係人物・キーワードから除外した。

登場人物
島津義弘(惟新)、本田源右衛門尉
宛先
宛所記載なし
キーワード
島津義弘、惟新、本田源右衛門尉、出水、使者、書状、唐物、火打袋、面談、宛所なし
附録2-No.470文書確認度 高

某覚書

比志島紀伊守の下向時に申し渡した件を本田源右衛門尉から聞き、提案事項を丁寧に聞くこと、各方面の情報や書状を慎重に確かめ、軽々しく命令しないことを求めた。また源二郎家中の者が他国へ誘われる可能性、加久藤・主膳の意外な動き、北郷作左衛門尉の離別などを記した覚書。

登場人物
比志島紀伊守、本田源右衛門尉、源二郎、北郷作左衛門尉
宛先
—
キーワード
比志島紀伊守、本田源右衛門尉、源二郎、北郷作左衛門尉、情報確認、書状吟味、家臣勧誘、離別、政治覚書
前編2-No.1479文書確認度 高

島津立久書状

島津立久が改年の祝意を述べ、報恩寺里主との面会や旅程・参会の希望、使者への返答などを伝えた書状。

登場人物
島津立久、報恩寺里主、源右衛門尉
宛先
—
キーワード
島津立久、書状、改年、報恩寺、源右衛門尉、参会、使者、二月廿三日
後編3-No.34文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が又八郎へ、朝鮮在番衆の辛労をねぎらい、図書頭・石田治部少輔らの供奉、伊勢弥九郎の上洛、光明院・神徳院による渡海祈念について伝えた。さらに、明の勅使来朝に伴い、朝鮮在番衆の各主将は人数を残して帰朝すること、約七百人を伊集院抱節・比志島紀伊守・鎌田出雲守のもとに残し、又八郎らは直接京都へ上ることを指示した。船数を確実に整え、不足時は国元へ連絡すること、残番衆の士気や帰国用の船に配慮し、小西摂津守と相談することなども求めた書状。

登場人物
島津義弘、島津又八郎(島津忠恒)、図書頭、石田治部少輔(石田三成)、伊勢弥九郎、伊集院抱節、比志島紀伊守、鎌田出雲守、小西摂津守(小西行長)、木脇三左衛門尉、本田源右衛門尉、光明院、神徳院、明勅使、朝鮮在番衆
宛先
又八郎殿
キーワード
島津義弘、島津忠恒、図書頭、石田三成、伊勢弥九郎、伊集院抱節、比志島紀伊守、鎌田出雲守、小西行長、木脇三左衛門尉、本田源右衛門尉、光明院、神徳院、明勅使、朝鮮在番衆、帰朝、上洛、京都、残留兵、七百人、船、渡海祈念、書状
附録2-No.616文書確認度 高

島津義弘書状

年頭の祝儀として家久から太刀一腰・馬一疋を贈られたことに謝し、義弘側からも同じく太刀と馬を返贈して恒例の賀礼を表した書状。

登場人物
島津義弘、本田源右衛門尉
宛先
島津家久(又八郎)
キーワード
島津義弘、島津家久、本田源右衛門尉、年頭、太刀、馬、返礼、贈答
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:107-6判物・知行目録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊集院幸侃判物知行目録

文禄五年十二月二日、伊集院右衛門入道幸侃が上原源右衛門尉へ、薩州大口郡山村二十九石九斗八升一勺一才、横河上乃村十九石九斗四升四合八勺九才、曽於郡重久村五十石七升五合の合計百石を配分した判物知行目録。そのうち四十九石九斗二升五合を加増分と明記し、幸侃の花押を据える。付属記事は同月二十二日、幸侃が上原尚氏と平田狩野介宗應へ書状を送り、重久名の件を協議させたと記す。

登場人物
伊集院右衛門入道幸侃、上原源右衛門尉(上原尚氏)、平田狩野介宗應
宛先
上原源右衛門尉殿
キーワード
伊集院幸侃判物知行目録、正文家蔵、文禄五年十二月二日、伊集院右衛門入道幸侃、上原源右衛門尉、上原尚氏、薩州、大口、郡山村、二十九石九斗八升一勺一才、横河、上乃村、十九石九斗四升四合八勺九才、曽於郡、重久村、五十石七升五合、合計百石、四十九石九斗二升五合、加増、配分、花押、十二月二十二日、平田狩野介宗應、重久名、協議
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:107-7書状・奉公知行由緒旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊集院幸侃書状

年未詳十二月二十二日、伊集院右衛門入道幸侃が平田狩野介宗應と上原源右衛門尉尚氏へ、重久名の件が持合で未解決となり各所に難しい問題が生じているため、二人で談合して処理するよう求め、詳細は追って協議すると伝えた書状。付属する由緒記事は、慶長四年に島津義久(龍伯)が尚氏を兵具奉行とし、平田宗應・三原七左衛門・川上彦左衛門らと兵具方を掌らせたため、尚氏が朝鮮出兵を免除されたと記す。前年に島津義弘・忠恒が朝鮮から帰国し、忠恒が朝鮮での功により五万石を加増され少将任官と宝刀を受けると、龍伯は国政を忠恒へ譲る意向を強め、二月に尚氏へ時雨御旗を持たせて京都の忠恒へ届けさせ、忠恒は二十日に受領して謝恩した。尚氏は初め朝鮮へ出役しなかったものの、この使者勤仕を忠恒から賞され、隅州敷根小牧門三十二石五斗・末吉深川十八石を加増された。本文は加増を五十一石と記す一方、内訳の通計を五十石五斗とし、慶長六年二月三日に比志島国貞・平田増宗・鎌田政近・島津忠長が目録を授けたとする。龍伯は尚氏の使者勤仕には百石が相当で五十石では少ないと不満を述べたとの季安按も付される。

登場人物
伊集院右衛門入道忠棟(幸侃)、平田狩野介宗應、上原源右衛門尉尚氏、島津義久(龍伯)、三原七左衛門、川上彦左衛門、島津義弘(惟新斎)、島津忠恒、比志島紀伊守国貞、平田太郎左衛門尉増宗、鎌田出雲守政近、島津図書頭忠長、伊地知季安
宛先
平田狩野介宗應殿、上原源右衛門尉尚氏殿
キーワード
伊集院幸侃書状、正文家蔵、十二月二十二日、重久名、持合、未解決、談合、伊集院忠棟、伊集院幸侃、平田狩野介宗應、上原源右衛門尉尚氏、慶長四年、島津義久、龍伯、兵具奉行、兵具方、三原七左衛門、川上彦左衛門、朝鮮出兵免除、島津義弘、惟新斎、島津忠恒、朝鮮功、五万石加増、少将任官、宝刀、国政移譲、時雨御旗、京都使者、二月二十日受領、隅州敷根、小牧門、三十二石五斗、末吉深川、十八石、五十一石、通計五十石五斗、数量不一致、慶長六年二月三日、比志島国貞、平田増宗、鎌田政近、島津忠長、百石相当、伊地知季安按、旧記雑録附録二一〇〇号
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:107-11連署加増目録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津忠長外三名連署加増目録

慶長六年二月三日、島津図書頭忠長・比志島紀伊守国貞・平田太郎兵衛尉増宗・鎌田出雲守政近の四名が上原源右衛門尉へ、隅州曽於郡敷根の小牧之門三十二斛五斗と、末吉・深川之内十八斛を加増として宛行った連署目録。個別高を合計すると五十斛五斗となるが、本文の『惣合』は五十一斛と記すため、この数量不一致を原文どおり保存する。

登場人物
島津図書頭忠長、比志島紀伊守国貞、平田太郎兵衛尉増宗、鎌田出雲守政近、上原源右衛門尉
宛先
上原源右衛門尉殿
キーワード
島津忠長外三名連署加増目録、慶長六年二月三日、島津図書頭忠長、比志島紀伊守国貞、平田太郎兵衛尉増宗、鎌田出雲守政近、上原源右衛門尉、隅州、大隅国、曽於郡、敷根、小牧之門、三十二斛五斗、末吉、深川之内、十八斛、惣合五十一斛、加増、宛行、花押、数量不一致
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:74書状・幸侃成敗への異議と処遇糺明の嘆願旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

慶長四年十一月六日伊集院忠真書状

伊集院源次郎忠真が平野源右衛門尉・高皇新蔵へ、幸侃の罪科を糺明しないまま成敗したことを迷惑だと訴え、忠真自身も三月以来取り籠められ、誠実な申し立てが非道と受け止められていると述べる。竜伯・兵庫頭と通じたなどの嫌疑は根拠がなく、忠真は今後も毛頭背くつもりはないとして、内府様に事情を申し上げる機会を求める。薩州へ使者一人を出して公に説明し、必要なら自分一人で出頭して咎めを受ける覚悟だとし、志摩守による取次ぎと召し出しの手配を両人に頼む。本文末の年次は慶長4年11月6日だが、欄外には慶長5年かとの推定が付く。付属の包紙については、庄内の騒動時に忠真が寺澤志摩守へ示した証文の後証として伏見で志摩守・惟新が封目に判を据えた旨の説明がある。

登場人物
伊集院源次郎忠真、幸侃、平野源右衛門尉、高皇新蔵、竜伯、兵庫頭、志摩守、島津義弘(包紙注記)、寺澤広高(包紙注記)
宛先
平野源右衛門尉殿、高皇新蔵殿
キーワード
慶長4年11月6日、慶長5年かの傍注、伊集院源次郎忠真、幸侃成敗、罪科糺明、三月以来の取籠め、竜伯・兵庫頭との内通嫌疑否定、内府への説明、薩州使者、単独出頭の申出、志摩守取次、平野源右衛門尉、高皇新蔵、包紙、伏見、封目判
後編4-No.168記事確認度 高

島津家久譜

島津家久譜の記事。慶長十一年二月上旬、島津忠恒が江戸へ向かうため鹿児島を発ち、官道を通って同月十五日に京都へ着き宿泊した。供奉の家老は比志島紀伊守国貞・伊勢兵部少輔貞昌・山田民部有栄で、ほかの従者名は伝わらない。島津義弘は本田源右衛門尉親同・伊勢平左衛門尉貞成および旗手の士を遣わし、忠恒を乗船地の港まで見送らせたことを記す。

登場人物
島津忠恒、島津義弘、比志島国貞(紀伊守)、伊勢貞昌(兵部少輔)、山田有栄(民部)、本田親同(源右衛門尉)、伊勢貞成(平左衛門尉)、旗手の士
宛先
—
キーワード
島津忠恒、島津義弘、江戸下向、鹿児島、京都、官道、供奉、比志島国貞、伊勢貞昌、山田有栄、本田親同、伊勢貞成、乗船地、見送り
後編2-No.123記録確認度 高

上井覚兼日記

天正十四年二月十八日から同月末まで、上井覚兼が参会・贈答・酒宴・連歌・寺社参詣と、豊後・肥後方面の軍事情報や秘密書状の取次を記した日記区間。二十三日条では、関白となった豊臣秀吉から九州の停戦と国境裁定の受諾を求める書状が、細川玄旨・宗易の副状とともに届いた件を終日協議する。義久は秀吉を「無由来仁」と評し、頼朝以来の由緒を持つ島津家と対比して低く見るとともに、その関白への返書を「笑止之由共候」と評した。一方で勅命を伴う停戦要求には従う姿勢を示し、細川玄旨を介して返書を整える。九州征伐直前の島津側の秀吉観と、反発しつつ現実的に外交対応する姿勢を伝える著名な記事。

登場人物
上井覚兼、島津義久、豊臣秀吉、細川幽斎(玄旨)、千利休(宗易)、伊集院忠棟、本田源右衛門尉、平田新四郎ほか
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、天正十四年二月、島津義久、豊臣秀吉、無由来仁、笑止之由共候、頼朝以来、関白、九州停戦命令、勅命、細川幽斎、千利休、九州征伐
附録2-No.312文書確認度 高

島津義弘書状

国元への出立時に三山まで見送られたことと在京勤番をねぎらい、普請について老中・両院へ取り次ぐよう頼んだ。義久の帰国許可を祝い、自身が公家成りして羽柴薩摩侍従となる命を受けたこと、左京亮は人質扱いではないので一旦下向させる意向を伝えた書状。

登場人物
島津義弘、島津義久、新納忠元、又一郎、左京亮、本田源右衛門尉
宛先
新納武蔵入道殿
キーワード
島津義弘、島津義久、新納忠元、勤番、普請、帰国許可、公家成り、羽柴薩摩侍従、左京亮、人質
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:151文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

伊集院忠真書状

伊集院忠真の書状。幸侃の処分後の自身と家中の立場、庄内をめぐる交渉、惟新・龍伯らとの行き違いを説明し、公平な取次ぎを求める。慶長十四年十一月六日付、平野源右衛門尉宛て。

登場人物
伊集院忠真、難奉、内府、出候、如何、右之走可然、平野源右衛門尉、伊源二郎寺志摩守
宛先
無腹蔵御両所、薩州、何方、内府様、如何、右之走可然、平野源右衛門尉、伊源二郎寺志摩守殿、於伏見士山摩守
キーワード
伊集院忠真書状、寺社・宗教
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 402送状・兵站文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

飯米送状

『平田宗直万曳付留』所収。真米六斗三升四合、赤米十石九斗三升一合を掲げ、双方に「前かき」と付記する。天草一乱に伴い市来湊・串木野から仕立てる船の舟頭・水手・上乗衆の飯米として、市来湊の当出物蔵衆から受け取るよう永山・三原へ申し付ける。

登場人物
永山覚兵衛尉 三原源右衛門尉
宛先
永山覚兵衛尉・三原源右衛門尉
キーワード
飯米 蔵米 船仕立 前かき
後編4-No.514文書確認度 高

成正院頼真外二名連署蓮金院作事注文

慶長十三年十一月十日、成正院頼真らが伊勢兵部少輔・本田源右衛門尉に提出した蓮金院本堂の作事注文。本堂・護摩堂・客殿・会所・湯殿等の間取り、障子・板戸・畳・天井・仏壇・建具などの数量と配置を詳細に記す。

登場人物
成正院頼真、深及、葛西武右衛門尉
宛先
伊勢兵部少輔、本田源右衛門尉
キーワード
蓮金院作事注文、成正院頼真、深及、葛西武右衛門尉、蓮金院本堂、護摩堂、客殿、会所、湯殿、建具
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 404帳簿・船舶編成旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

天草立ニ付舟取仕立賦帳

市来湊・串木野で天草行きの船を仕立てた賦帳。本船賦帳からの書抜きとし、船主・船頭・加子を船ごとに列記する。市来湊の船別名簿に続き、串木野で仕立てた大小九艘、加子・舟頭計六十六人をまとめ、そのうち五人は伊作小の原浦、一人は永吉之浦の加子と注記する。末尾に上乗衆の送状がある旨を記す。

登場人物
三原源右衛門尉 長山覚兵衛尉 善右衛門尉 彦次郎 伊右衛門尉 早右衛門 助兵衛尉 与四右衛門 七右衛門 三之丞 又左衛門 藤吉 次郎四郎 龍右衛門 孫市
宛先
なし(名簿)
キーワード
船主 船頭 加子 六十六人 船仕立
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 405-1送状・兵站文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

飯米賦渡送状

市来湊から天草へ仕立てる六端帆一艘について、舟頭善右衛門尉に赤米二斗、加子七人に一石五升を掲げる。十一月二十八日以後二十日分の海上飯米を舟頭一日一升、加子一人七合五勺で算用して市来湊で渡すとし、到着先での次の飯米は平田民部少輔の指示に従い手配するよう是枝喜右衛門へ知らせる。

登場人物
善右衛門尉 是枝喜右衛門 平田民部少輔 三原源右衛門尉 永山覚兵衛尉
宛先
是枝喜右衛門
キーワード
送状 海上飯米 舟頭 加子 二十日分
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:107-1知行坪付・系譜由緒旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

上原氏老臣連署坪付

天正八年閏三月吉日、伊集院忠棟・村田経定・上井覚兼・平田光宗・本田親貞の老臣五名が上原隼人佑へ、薩摩国加世田の津貫名牧壇之門内にある、あまつこみ・谷の口・山の下・牟田・坪・宮田尻・陰俣・上公田・堀町などの田地を列記して与えた連署坪付。総量は九町二杖とされるが、伊地知季安は現存する坪付の記載だけでは九町にならず、紙端の脱落ではないかと疑い、丁・畦・町の換算を示したうえで博古の人の検討を求める。後続の系譜注記は、尚常(尚近とも作る)の軍功を略記し、天正二十年九月五日に没して高崎縄瀬村小牧に葬られ、法名を久全源昌居士としたこと、清水押職を務めた人物や尚張、新納忠堯室となった女子を掲げる。尚張については天正十二年三月の隆信合戦への従軍、慶長十六年の国分から麑府への移住、家久の用不足による百石につき四分一の田禄収公と残禄四百八十二石を記す。上原尚氏は天正十四年十一月、島津義久の豊後大友氏攻めに従軍し、天正二十年六月には日州志布志伊屋松門の二町七段八畦五歩を与えられ、島津忠長・伊集院忠棟ら老中から目録を受けたとする。坪付本文だけでなく、その受給者一族の軍歴・移住・知行変動と次の知行文書の背景まで連続して記す点が特徴である。

登場人物
上原隼人佑(前項の上原尚信)、伊集院忠棟、村田経定、上井覚兼、平田光宗、本田親貞、河野通古、上原尚常(尚近とも作る)、上原尚張、島津義久、島津家久、新納刑部少輔忠堯、上原尚氏(隼人佑・筑前守・源右衛門尉)、島津図書頭忠長、伊集院忠棟入道幸侃、町田出羽守久倍、平田左近将監蔵宗、本田親貞入道三清
宛先
上原隼人佑殿
キーワード
上原氏老臣連署坪付、正本家蔵、上原隼人佑、天正八年閏三月吉日、薩摩国加世田、津貫名、牧壇之門、あまつこみ、谷の口、山の下、牟田、坪、宮田尻、陰俣、上公田、堀町、九町二杖、坪数不整合、紙端脱落、丁畦町換算、伊地知季安考証、伊集院忠棟、村田経定、上井覚兼、平田光宗、本田親貞、旧記雑録後編一二三四号、河野通古、上原尚常、尚近、軍功略記、高崎縄瀬村小牧、久全源昌居士、清水押職、上原尚張、隆信合戦、国分、麑府、田禄収公、四分一、残禄四百八十二石、新納忠堯室、上原尚氏、豊後大友氏攻め、志布志伊屋松門、二町七段八畦五歩、島津忠長、伊集院幸侃、町田久倍、平田蔵宗、本田三清
後編3-No.1530文書確認度 高

島津忠恒書状

島津忠恒が本田源右衛門に、諸境目の普請は特に念を入れて進めるよう諸方へ命じたと伝え、担当する境でも油断なく実施するよう命じる。詳細は山鹿弥助の口上に託した書状。

登場人物
島津忠恒(家久)、本田源右衛門、山鹿弥助
宛先
本田源右衛門尉
キーワード
島津忠恒(家久)、本田源右衛門、山鹿弥助、境目、普請、国境防備、命令、口上
後編4-No.1738文書確認度 高

喜入忠政外四名連署書下

喜入忠政ら五名が本田源右衛門へ、近年生活が成り立たず各地へ離散する者がいるとして、地頭へ届けず他所に居住する者は知行を召し上げ御内から離すこと、無断で他家へ奉公する者は重罪に処すことを諸所の地頭らへ徹底するよう命じた連署書下。

登場人物
喜入忠政、町田久幸、三原重種、比志島国隆、伊勢貞昌、本田源右衛門
宛先
本田源右衛門尉
キーワード
喜入忠政外四名連署書下、本田源右衛門、離散、無届移住、知行召上、他家奉公、重罪、地頭、御法度、元和八年六月二十四日
附録1-No.402文書確認度 中

伊勢貞昌書状

伊勢貞昌が本田源右衛門に、使者普賢院が九日に到着し、惟新様の書状を受け取ったと伝えた書状。奥州様の上洛延期をめぐり、本多佐州父子や山口殿らが心配していること、駿府・江戸や鹿児島との連絡、御座間敷の整備や進物の沙汰などについて報告する。

登場人物
伊勢貞昌、本田源右衛門、普賢院、惟新様、奥州様、本多佐州父子、山口殿
宛先
本田源右衛門尉殿
キーワード
伊勢貞昌、本田源右衛門、普賢院、惟新様、奥州様、本多佐州、山口殿、上洛延期、駿府、江戸、鹿児島、使者、書状
附録2-No.233文書確認度 高

伊勢貞昌書状

奥州の無事上着と伏見から駿府への下向予定、桑秀坊による佐土原安堵の見通しを報告し、伊勢家の煙草に関する風聞を厳しく取り締まうと約し、上方静謐と尾張・丹後普請の辛労を伝えた書状。

登場人物
伊勢貞昌、島津奥州、本多正信、桑秀坊、伊勢貞豊、八木民部左衛門
宛先
本田源右衛門尉殿
キーワード
伊勢貞昌、島津奥州、本多正信、桑秀坊、佐土原、伏見、駿府、煙草、風聞、尾張普請、丹後普請
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::10文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

犬追物手組

年月日を欠く犬追物手組。島津豊後守・次郎五郎・備前守・源右衛門尉らの射手に三・五・八・十六疋などの犬数を配する。検見には大内左近太輔と島津淡路守殿を挙げる。

登場人物
嶋津豊後守、島津源右衞門尉、嶋津四郎左衞門尉、嶋津淡路守
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬追物手組、無年記、島津氏、射手、犬数、検見