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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:107-1知行坪付・系譜由緒旧記雑録拾遺暫定版・確認中

上原氏老臣連署坪付

天正8年閏3月吉日(付属系譜記事:天正12年3月~慶長16年ほか)/原整理番号 107-1

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

天正八年閏三月吉日、伊集院忠棟・村田経定・上井覚兼・平田光宗・本田親貞の老臣五名が上原隼人佑へ、薩摩国加世田の津貫名牧壇之門内にある、あまつこみ・谷の口・山の下・牟田・坪・宮田尻・陰俣・上公田・堀町などの田地を列記して与えた連署坪付。総量は九町二杖とされるが、伊地知季安は現存する坪付の記載だけでは九町にならず、紙端の脱落ではないかと疑い、丁・畦・町の換算を示したうえで博古の人の検討を求める。後続の系譜注記は、尚常(尚近とも作る)の軍功を略記し、天正二十年九月五日に没して高崎縄瀬村小牧に葬られ、法名を久全源昌居士としたこと、清水押職を務めた人物や尚張、新納忠堯室となった女子を掲げる。尚張については天正十二年三月の隆信合戦への従軍、慶長十六年の国分から麑府への移住、家久の用不足による百石につき四分一の田禄収公と残禄四百八十二石を記す。上原尚氏は天正十四年十一月、島津義久の豊後大友氏攻めに従軍し、天正二十年六月には日州志布志伊屋松門の二町七段八畦五歩を与えられ、島津忠長・伊集院忠棟ら老中から目録を受けたとする。坪付本文だけでなく、その受給者一族の軍歴・移住・知行変動と次の知行文書の背景まで連続して記す点が特徴である。

登場人物

上原隼人佑(前項の上原尚信)、伊集院忠棟、村田経定、上井覚兼、平田光宗、本田親貞、河野通古、上原尚常(尚近とも作る)、上原尚張、島津義久、島津家久、新納刑部少輔忠堯、上原尚氏(隼人佑・筑前守・源右衛門尉)、島津図書頭忠長、伊集院忠棟入道幸侃、町田出羽守久倍、平田左近将監蔵宗、本田親貞入道三清

宛先

上原隼人佑殿

キーワード

上原氏老臣連署坪付、正本家蔵、上原隼人佑、天正八年閏三月吉日、薩摩国加世田、津貫名、牧壇之門、あまつこみ、谷の口、山の下、牟田、坪、宮田尻、陰俣、上公田、堀町、九町二杖、坪数不整合、紙端脱落、丁畦町換算、伊地知季安考証、伊集院忠棟、村田経定、上井覚兼、平田光宗、本田親貞、旧記雑録後編一二三四号、河野通古、上原尚常、尚近、軍功略記、高崎縄瀬村小牧、久全源昌居士、清水押職、上原尚張、隆信合戦、国分、麑府、田禄収公、四分一、残禄四百八十二石、新納忠堯室、上原尚氏、豊後大友氏攻め、志布志伊屋松門、二町七段八畦五歩、島津忠長、伊集院幸侃、町田久倍、平田蔵宗、本田三清

冊子頁

262~264頁

読込量

大

面白さ

★★★★☆

原文を確認

(2)217~382頁(諸家系図4~5).pdf