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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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87 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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前編2-No.2090文書確認度 高

島津日新感状

日新が冨松左京亮・野村兵部少輔に、従来の忠勤を賞し、神妙大慶であるとして、今後も相談しながら頼みとする旨を伝えた感状。

登場人物
島津忠良(日新)、冨松左京亮、野村兵部少輔
宛先
冨松左京亮殿・野村兵部少輔殿
キーワード
島津忠良、日新、冨松左京亮、野村兵部少輔、忠勤、感状、大永七年
前編2-No.2351文書確認度 高

島津日新証状

日新公が富松左京亮・野村兵部尉に、弓箭の初めから忠節を尽くしたことを賞し、今後も変わらぬ奉公を期待する旨を伝えた証状。

登場人物
島津忠良(日新公)、富松左京亮、野村兵部尉
宛先
富松左京亮殿・野村兵部尉殿
キーワード
島津日新証状、島津忠良、富松左京亮、野村兵部尉、忠節、弓箭、三月廿二日
後編3-No.207文書確認度 高

伊集院抱節・比志島国貞連署証状

伊集院抱節と比志島国貞が、兵船の渡海が困難ななか自力で参陣した高城左京亮の働きを賞し、知行十石を充行う旨を証した連署状。

登場人物
伊集院抱節、比志島国貞、高城左京亮
宛先
高城左京亮殿
キーワード
伊集院抱節、比志島国貞、高城左京亮、兵船、渡海、参陣、忠節、知行十石、連署証状
後編3-No.747文書確認度 高

本村半右衛門尉指出

本村半右衛門尉が高城左京亮に、高四十石の指出として、慶長元年十一月廿日に主従二人で出立し、慶長三年二月に御供から帰朝した経歴を記す。その間、所から六か月分の御盛を受け、残る十八か月分は自ら堪忍したと申告する。

登場人物
本村半右衛門尉、高城左京亮
宛先
高城左京亮殿
キーワード
本村半右衛門尉指出、高城左京亮、高四十石、主従二人、御供、帰朝、六か月分、十八か月分、慶長四年五月廿一日
後編4-No.968文書確認度 高

山口直友書状

慶長十七年閏十月二日、山口直友が鎌田左京亮へ、本多正純の指示により硫黄二百斤ほどを進上するよう求め、上様が鷹野のため関東へ下向したことも伝えた書状。

登場人物
山口直友、鎌田左京亮、本多正純(上州)、徳川家康(上様)
宛先
鎌田左京亮
キーワード
山口直友書状、鎌田左京亮、硫黄二百斤、進上、鷹狩、関東下向
後編4-No.1044文書確認度 中

島津忠嘉久賀書状

二月二十九日、島津忠嘉が鎌田左京亮へ、高麗入・大脇の二所をめぐる安楽五郎左衛門と鎌田玄蕃助の所領争いについて、両者を召して熟談・調停するよう求めた書状。

登場人物
島津忠嘉、鎌田玄蕃助、鎌田左京亮、安楽五郎左衛門
宛先
鎌田左京亮
キーワード
島津忠嘉書状、鎌田左京亮、安楽五郎左衛門、鎌田玄蕃助、高麗入、大脇、所領争い、調停
附録1-No.659文書確認度 中

某書状

島津氏久が、相手の参会と承諾を喜び、島津又三郎との談合、年貢・補任状、京都での沙汰や預所に関する処置について平山左京亮へ指示した書状。

登場人物
島津氏久、平山左京亮殿、島津又三郎、京都関係者
宛先
平山左京亮殿
キーワード
島津氏久、某書状、平山左京亮、島津又三郎、談合、年貢、補任状、京都、預所
附録1-No.752文書確認度 高

島津日新忠良契状

島津忠良(日新)が富松左京亮と野村兵部少輔に、合戦で以前から抜群の忠勤を尽くしたことを賞し、今後も頼みにする旨を伝えた契状。互いに疑心を抱かず、讒臣があっても相談し、島津貴久とも同意のうえであり、この義に背けば天道に任せると誓約する。

登場人物
島津忠良(日新)、富松左京亮、野村兵部少輔、島津貴久
宛先
富松左京亮殿、野村兵部少輔殿
キーワード
島津忠良、日新、富松左京亮、野村兵部少輔、忠勤、契状、島津貴久、五月十三日
後編3-No.1706文書確認度 高

島津忠長起請文

島津忠長が歌道門弟となることを許された際、伝授された内容を一言も他言しないと誓った起請文。違反時には日本国中の神々、とりわけ住吉・玉津島の神罰を受けるとする。

登場人物
島津忠長、片山豊後守、安田左京亮、飛鳥井雅庸
宛先
片山豊後守・安田左京亮
キーワード
島津忠長起請文、慶長七年九月十一日、島津忠長、片山豊後守、安田左京亮、飛鳥井雅庸、歌道、門弟、伝授、秘密保持、他言禁止、住吉、玉津島、神罰
附録2-No.219文書確認度 高

本田親商書状

島津龍伯が吉野で鷹狩りをして加治木へ赴く予定だったが、当日は雨天のため出発できたかを尋ね、島津惟新から番所まで状況を問い合わせるよう命じられたため飛札を送った書状。

登場人物
本田親商、島津龍伯、島津惟新、鎌田左京亮、阿多甚左衛門尉
宛先
鎌田左京亮殿・阿多甚左衛門尉殿
キーワード
本田親商、島津龍伯、島津惟新、吉野、鷹狩り、加治木、雨天、出発確認、番所、飛札
前編2-No.2103記事確認度 高

町田氏系図

町田氏の支流について、石谷高久から左京亮頼本・伊賀守梅吉・忠榮・八郎左衛門尉らへ続く系統と法名を記す系図記事。

登場人物
石谷高久、左京亮頼本、伊賀守梅吉、忠榮、八郎左衛門尉、法名心傳
宛先
—
キーワード
町田氏系図、石谷高久、左京亮頼本、伊賀守梅吉、忠榮、八郎左衛門尉、法名心傳
後編1-No.855文書確認度 高

島津義久書状

島津義久が義弘に、川上左京亮からの報告を踏まえた境目の軍事談合について問い合わせ、現地足軽の状況を見極めるよう求める。熊鷹の羽一手と適期の竹を求め、出陣案と境目の情報を詳しく調べて神慮を伺う意向を伝えた。

登場人物
島津義久、島津義弘、川上左京亮、雅楽助
宛先
島津兵庫頭義弘
キーワード
島津義久書状、島津義弘、川上左京亮、境目、足軽、出陣談合、熊鷹、竹、神慮
後編2-No.47文書確認度 中

木脇祐昌辞世

肥後の花之山で鎌田左京亮らとともに戦死した木脇祐昌が、敵も味方も同じく現世の夢を見終えるという趣旨を詠んだ辞世。 激戦の最期を背景に、討つ者と討たれる者を等しく無常の中に置く武将の死生観が表れた、印象的な一首である。

登場人物
木脇祐昌、鎌田左京亮
宛先
—
キーワード
木脇祐昌、鎌田左京亮、肥後、花之山、戦死、辞世、敵味方、無常、死生観
後編2-No.155記録確認度 高

長谷場越前自記

長谷場越前自記。七月六日、筑紫方との防戦を破って町口・板城戸を突破し、筑紫広門の居城へ攻め入った過程を描く。河上左京亮が十文字・八ツ花形に切り回って奮戦し、多数の傷を負って倒れ、介錯された最期を中心に、城内へなだれ込む島津兵と双方の死者を記す。岩屋城ではなく、筑紫方居城攻略の白兵戦を伝える。

登場人物
長谷場越前、河上左京亮、筑紫広門、島津軍、筑紫方
宛先
記事
キーワード
長谷場越前自記、長谷場越前、河上左京亮、筑紫広門、町口、板城戸、居城攻略、白兵戦、介錯、討死
後編2-No.156記録確認度 高

勝部兵右衛門聞書

勝部兵右衛門聞書。七月六日、境目に出た筑紫広門方の軍勢を追い崩し、鷹取城・和賀山を落としたのち筑紫の居城へ押し寄せた戦闘を記す。外構・本丸口で数度の合戦となり、河上左京亮が諸方を駆け回って戦い、多数の傷を負い倒れた。No.155と同じ攻略戦を別証言で照合できる記録である。

登場人物
勝部兵右衛門、筑紫広門、河上左京亮、島津軍、筑紫方
宛先
記事
キーワード
勝部兵右衛門聞書、勝部兵右衛門、筑紫広門、河上左京亮、鷹取城、和賀山、外構、本丸口、居城攻略、白兵戦
後編2-No.160記事確認度 高

島津忠隣譜

島津忠隣譜の記事。筑紫進攻で副将となった忠隣は、七月六日の鷹取城攻撃で外門へ迫り、強敵と槍を合わせて八か所余りの傷を負いながら生還した。家臣の脇元城介は忠隣をかばって一歩も退かず討死し、河上左京亮も同日に戦死した。翌七日には忠隣が板添口から岩屋城へ直進して攻略に加わったと記し、忠隣本人が岩屋城で戦死したわけではない。

登場人物
島津忠隣、脇元城介、遠矢信濃守、木脇伊賀、河上左京亮、島津義久
宛先
記事
キーワード
島津忠隣譜、島津忠隣、脇元城介、鷹取城、外門、槍傷、家臣の討死、河上左京亮、板添口、岩屋城
後編2-No.444文書確認度 高

細川玄旨・石田三成連署状

細川幽斎・石田三成が新納忠元へ、二月五日付の書状を京都で受け取ったと知らせ、寒中の肥後出兵と島津義弘の働き、とりわけ忠元が先手を務めて一国平定に貢献したことを賞した連署状。相良氏の逆心で上洛路が塞がれているため通路を整えるよう求め、八代・芦北の処置を了承する。忠元の子・左京亮についても、希望に沿うよう秀吉へ申し上げ、追って返事をすると伝える。

登場人物
細川幽斎(玄旨)、石田三成、新納忠元、島津義弘、新納左京亮
宛先
新納武蔵守殿(新納忠元)
キーワード
細川幽斎、石田三成、新納忠元、島津義弘、新納左京亮、肥後国人一揆、先手、相良氏、八代、芦北、上洛路、連署状
後編2-No.573文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が、左京亮の奉公ぶりと母への配慮を新納武蔵入道へ伝え、京都が平穏であることや飯野の留守態勢を報告した書状。 一郎の暇願い、召し下しの可否、現地事情の探索なども京尭を通じて確認するよう求め、在京者と国元の家族・家臣を結ぶ具体的な連絡内容を含む。

登場人物
島津義弘、新納武蔵入道、左京亮、京尭
宛先
新納武蔵入道
キーワード
島津義弘、新納武蔵入道、左京亮、京尭、京都、飯野、留守、家族、暇願い、書状
後編2-No.849文書確認度 高

島津久保書状

島津久保が、左京亮の普請での苦労をねぎらい、留守中の国元の諸事を新納忠元に任せると伝えた書状。渡唐船がまったく回らず体面を失いかねない窮状を訴え、船を確保して島津義弘に従い渡海できるよう尽力を求める。

登場人物
島津久保、新納忠元、島津義弘、左京亮
宛先
新納武蔵入道殿(新納忠元)
キーワード
島津久保、新納忠元、島津義弘、左京亮、普請、留守居、国元、渡唐船、船不足、朝鮮出兵
後編2-No.949文書確認度 高

島津久保書状

島津久保が新納忠元へ、留守番のため現地に残っていると聞き、その苦労を察すると労う。持ち場を精いっぱい守り、油断なく番を務めるよう依頼した。 左京亮が格別に奉公していることにも触れ、朝鮮出兵で主力が不在となるなか、薩摩国内の守備を担う忠元への信頼を示す書状である。

登場人物
島津久保、新納忠元、左京亮
宛先
新納忠元(武蔵入道)
キーワード
島津久保、新納忠元、武蔵入道、左京亮、留守番、国内守備、警固、朝鮮出兵、奉公
後編2-No.1543文書確認度 高

米良勝右衛門尉差出

米良勝右衛門尉が、高城左京亮・新納狩野介の承知事項や、高麗で久保が借り上げた銀子の処理、上地田数、延命寺分、太平寺への付分などを石高別に列挙した差出。 総石高を三百二十九石二斗七升一合、そのうち上地分を七十四石七斗九升三合と算出する。朝鮮出兵時の貸借を在地の土地・寺社領勘定へ組み込んだ経過が分かる史料である。

登場人物
米良勝右衛門尉、高城左京亮、新納狩野介、久保、延命寺、太平寺
宛先
なし(差出・勘定書)
キーワード
米良勝右衛門尉、財部米良氏、高城左京亮、新納狩野介、久保、高麗、借銀、石高、上地田、延命寺、太平寺、勘定書
後編3-No.56文書確認度 中

島津義弘書状 翻刻・訳文あり

島津義弘が宰相殿へ、平松の家作が粗末で雨漏りし、家中の者も難儀しているため、平松の役人に修築を申し付けたことを述べる。使者や家臣の動向、伊東孫八の書状到着、又八郎忠恒の帰朝・上洛と迎えの国分左京亮派遣、高麗への出船、求聞持修行や平田豊前の子の大峯入峰に祈念を命じたことなどを報告し、返書を求めた書状。

登場人物
島津義弘、宰相殿、島津忠恒(又八郎)、国分左京亮、伊東孫八、平田豊前、藤次郎
宛先
宰相殿
キーワード
島津義弘書状、慶長元年五月朔日、島津義弘、宰相殿、平松、家作、雨漏り、修築、家中、伊東孫八、島津忠恒、又八郎、帰朝、上洛、国分左京亮、高麗、出船、求聞持修行、平田豊前、大峯入峰、祈念、返書
後編3-No.58文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が忠恒へ、明使来朝により高麗在番衆の主力を帰朝させ、忠恒にも上洛命令が出たため国分左京亮を迎えに遣わしたと伝える。残番衆約七百人は抱節・比紀伊守を主取として兵粮を確保し、風説に動揺せず隣所へ持場を明け渡さないよう厳命する。帰朝希望者を安易に伴わず、留守居と番所の仕置を徹底するよう求めた書状。

登場人物
島津義弘、島津又八郎(忠恒)、石田三成、大山勘右衛門、国分左京亮、抱節、比紀伊守、高麗残番衆
宛先
島津又八郎殿
キーワード
島津義弘、島津忠恒、明使、高麗、帰朝、上洛、国分左京亮、残番衆、七百人、抱節、比紀伊守、兵粮、番所、留守居
後編4-No.1152記事確認度 高

慶長十九年御日記抄(八月七日~十月朔日)

慶長十九年八月七日から十月朔日までの御日記抄。島津義弘(惟新)からの伝言をはじめ、島津家久(奥州様)の川内通過と長崎出立、村尾源左衛門尉入道・新納次郎四郎らの長崎出立および出立人数の編成、奥州様への茶の進上、鎌田左京亮による使節と焼葉壺三つの進上、小城権現座主職への善乗院任命、本田伊豆守の鹿児島への使い、新納次郎九郎の見舞いなどを記す。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津家久(奥州様)、村尾源左衛門尉入道、新納次郎四郎、鎌田左京亮、喜入摂津守、東郷長門守、善乗院、本田伊豆守、新納次郎九郎ほか
宛先
—
キーワード
御日記、慶長十九年、島津義弘、惟新、島津家久、奥州様、川内、長崎出立、村尾源左衛門尉入道、新納次郎四郎、出立人数、茶、鎌田左京亮、焼葉壺、小城権現、座主職、善乗院、鳥目百疋、本田伊豆守、鹿児島、新納次郎九郎、八月七日、八月八日、八月九日、八月十一日、八月廿六日、九月廿日、十月朔日
附録1-No.935文書確認度 高

島津龍伯書状

島津龍伯が出船の予定を問い合わせ、東山宛ての書状を持参するよう依頼し、鎌田左京亮にも別件の用務を命じたことを伝える。さらに徳川家康の上着に関する先の風聞は虚説で、真龍の報告では三月十五日時点で未着だったと訂正した書状。

登場人物
島津龍伯、鎌田左京亮、徳川家康、真龍
宛先
少将殿
キーワード
島津龍伯、少将殿、出船、東山、鎌田左京亮、徳川家康、真龍、上着、風聞、虚説、卯月五日
附録2-No.75文書確認度 高

島津龍伯書状

出船予定を問い、東山宛ての書状を鎌田左京亮へ託すよう依頼し、公方の上着という先報が虚説だったことを、上方から下った者の情報に基づいて訂正した書状。

登場人物
島津龍伯、島津家久、鎌田左京亮、徳川家康
宛先
少将殿
キーワード
島津龍伯、島津家久、鎌田左京亮、出船、東山、公方、上着、上方情報、虚説訂正
附録2-No.312文書確認度 高

島津義弘書状

国元への出立時に三山まで見送られたことと在京勤番をねぎらい、普請について老中・両院へ取り次ぐよう頼んだ。義久の帰国許可を祝い、自身が公家成りして羽柴薩摩侍従となる命を受けたこと、左京亮は人質扱いではないので一旦下向させる意向を伝えた書状。

登場人物
島津義弘、島津義久、新納忠元、又一郎、左京亮、本田源右衛門尉
宛先
新納武蔵入道殿
キーワード
島津義弘、島津義久、新納忠元、勤番、普請、帰国許可、公家成り、羽柴薩摩侍従、左京亮、人質
附録2-No.321文書確認度 高

島津義弘書状

年頭を祝い、左京亮の暇が許されない一方、右馬頭は安宅三郎兵衛尉の奔走と朱印拝領により下向が認められたと報告した。大口普請、鉄砲・大仏材木の調達、飯野留守の見舞いを督促し、内裏・大仏・院跡三か所の普請で諸大名に暇がない京都情勢も伝えた書状。

登場人物
島津義弘、新納忠元、左京亮、右馬頭、安宅三郎兵衛尉、島津龍伯、又一郎
宛先
新納武蔵入道殿
キーワード
島津義弘、新納忠元、左京亮、右馬頭、安宅三郎兵衛尉、大口普請、鉄砲、大仏材木、飯野、内裏普請、京都
附録2-No.831文書確認度 高

島津家久書状

琉球へ下す使者について、川上式部太輔ら五人のうち誰を任命するのがよいか義弘の意見を求め、現地では鎌田左京亮が義弘の意向に従うよう申し付けると伝えた島津家久書状。

登場人物
島津家久、島津義弘、川上式部太輔、山田民部、市来八左衛門尉、頴娃氏、佐多越後守、鎌田左京亮
宛先
島津義弘
キーワード
島津家久、島津義弘、琉球、使者、人選、鎌田左京亮
前編2-No.1514記事確認度 高

北郷氏庶流系図

北郷氏庶流系図として、文明八年六月二十一日の都城再拝領と安永からの移転、北郷氏一族による都城受取を記す記事。

登場人物
北郷敏久、北郷右京亮、北郷左京亮、北郷圖書助
宛先
—
キーワード
北郷氏庶流系図、北郷敏久、都城、安永、北郷右京亮、北郷左京亮、北郷圖書助、文明八年
後編3-No.66文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が忠恒へ、明との和平成立により高麗在番衆の主立った者へ帰朝命令が出たものの、方針が変更され、中途まで帰った者も持場へ戻って勤番するよう命じられたと伝える。義弘は忠恒に代わって渡海する案を石田三成へ申し入れたが、二、三十日ほどの短期で交替すれば忠恒の面目に関わるとして退けられたため、諸人同様に高麗勤番へ戻るよう求めた書状。

登場人物
島津義弘、島津又八郎(忠恒)、石治少(石田三成)、国分左京亮、高麗在番衆
宛先
島津又八郎殿
キーワード
島津義弘、島津忠恒、石田三成、明との和平、帰朝命令、方針変更、高麗、在番、勤番、国分左京亮
後編4-No.1222文書確認度 中

島津家久書状

幕府の法度に反する者がいるとの情報を受け、関係者を召し出して詳しく調査するよう求める。違反の程度と人数を確認し、重い者には相応の処置を行うよう指示した家久書状。

登場人物
島津家久、鎌田左京亮、羽兵庫入道
宛先
羽兵庫入道
キーワード
島津家久書状、法度違反、鎌田左京亮、探索、召出し、処罰、元和元年
前編2-No.122文書確認度 高

沙弥成栄譲状

沙弥成栄が、恩賞として拝領した大隅国多禰島について、嫡子忠勝へ半分、残る半分を左京亮忠元・掃部助忠平へ分け、代々の由緒を踏まえて子孫まで違乱なく知行するよう定めた譲状。

登場人物
沙弥成栄、忠勝、左京亮忠元、掃部助忠平
宛先
子孫
キーワード
沙弥成栄、大隅国、多禰島、忠勝、忠元、忠平、恩賞、知行、譲状、子孫
前編2-No.204文書確認度 高

指宿氏系図

指宿能登守を祖として、忠篤から忠泰次郎・忠勝能登守・忠元左京亮・忠平掃部介へ連なる系譜を示した指宿氏系図。

登場人物
指宿能登守、忠篤、忠泰次郎、忠勝能登守、忠元左京亮、忠平掃部介
宛先
—
キーワード
指宿氏、指宿能登守、忠篤、忠泰、忠勝、忠元、忠平、系図
前編2-No.2030記事確認度 高

庄内平治記

本田氏領曽於郡の土卒が北郷忠相へ通じ、忠相が北郷左京亮・加茂民部らを清水へ派遣し、新納勢とともに城を攻略して曽於郡を領有し、北郷久利を地頭とした経緯を記す記事。

登場人物
北郷忠相、北郷左京亮、加茂民部、有田加賀、北郷二郎右衛門尉久利、本田氏
宛先
—
キーワード
庄内平治記、北郷忠相、曽於郡、本田氏、新納氏、清水、城攻め、北郷久利、大永六年
前編2-No.2031記事確認度 高

伊地知季安考

本田氏の臣が曽於郡で北郷忠相に内応し、忠相が北郷左京亮・加茂民部を派遣、新納忠勝も合流して城を落とし、北郷久利を地頭に据えた経緯を考証した記事。

登場人物
伊地知季安、北郷忠相、北郷左京亮、加茂民部、新納忠勝、有田加賀、北郷二郎右衛門尉久利、本田氏
宛先
—
キーワード
伊地知季安考、北郷忠相、曽於郡、本田氏、新納忠勝、内応、落城、地頭、大永六年
後編1-No.858文書確認度 高

島津義久書状

島津義久が義弘に、庄内方面へ三百人を送る計画は通路・橋の備えや案内人の報告が想定と異なるため今回は見送ると通知する。高原口の判断を優先し、川上左京亮・雅楽助を十六、七日ごろ派遣して詳しく相談させるとした。

登場人物
島津義久、島津義弘、和田越中守、亀津某、川上左京亮、雅楽助
宛先
島津兵庫頭義弘
キーワード
島津義久書状、島津義弘、庄内、三百人派遣、中止、通路、橋、案内人、高原口、軍事談合
附録1-No.751記事確認度 高

飛松氏系図抄

伊集院氏支流飛松氏の系図抄。久友(富松左京亮)以下の系譜を掲げ、島津忠良から富松左京亮・野村兵部少輔へ与えられた契状を収める。また加世田城攻めに先立ち久友が島津実久方の大山宮内少輔と刺し違えて戦死したこと、落城時にも猿渡氏と市来氏が刺し違え、両者の墓が城門左右に「富松猿渡墓」として残ったことを記す。

登場人物
飛松久友、富松左京亮、長松、弥八、島津忠良(日新)、野村兵部少輔、島津実久、大山宮内少輔、猿渡氏、市来氏
宛先
—
キーワード
飛松氏、伊集院氏、富松久友、加世田城、島津実久、大山宮内少輔、猿渡氏、市来氏、系図
前編2-No.920記事確認度 高

町田氏系図

町田氏の忠良から直久・成久・高久・庸久らへ続く系図を掲げ、法名・官途・子孫と、応永二十年十二月七日に伊集院頼久軍に従って鹿児島小野で戦死した者などを注記する。

登場人物
忠良、直久、成久、高久、庸久、梅吉、伊賀守、左京亮、出羽守
宛先
—
キーワード
町田氏系図、忠良、直久、成久、高久、庸久、法名、官途、伊集院頼久、鹿児島、小野、戦死、系譜
前編2-No.1598記事確認度 高

殉國名藪

文明十七年の郡山川田城攻めをはじめ、各地の戦闘で討死した者をまとめた殉死者記事。町田盛久・忠重、厚地半左衛門尉、鮫坂左衛門二郎、寺田平七、木下彦太郎らについて、戦場と没日を対応させて列記し、島津方家臣の戦死記録を残す。

登場人物
町田六郎左衛門尉盛久、町田左京亮忠重、厚地半左衛門尉、鮫坂左衛門二郎、寺田平七、木下彦太郎
宛先
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キーワード
殉國名藪、文明十七年、川田城、町田氏、厚地氏、鮫坂氏、寺田平七、木下彦太郎、討死
前編2-No.2288文書確認度 高

町田忠親譜

町田忠親の通称・系譜を掲げ、天文五年十二月七日に薩州石谷で戦死し、享年六十一であったことを記す。

登場人物
町田忠親、左京亮、八郎左衛門尉、町田三郎五郎忠光孫
宛先
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キーワード
町田忠親譜、町田忠親、石谷、戦死、系譜、天文五年
前編2-No.2406文書確認度 高

犬追物手組

相模守入道・嶋津上野入道らを左右に分け、各射手の射数を定めた犬追物の手組。

登場人物
島津貴久、相模守入道、嶋津上野入道、嶋津武蔵守、嶋津左京亮
宛先
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キーワード
犬追物手組、島津貴久、相模守入道、嶋津上野入道、嶋津武蔵守、射手、射数
後編1-No.1252記録確認度 高

勝部兵右衛門聞書

相良義照が島津への忠節を示すため阿蘇方へ出兵し、岩下町を破って勝利したのち、響野原で油断したところを甲斐宗運に急襲されて討死した経緯を記す。相良領が騒然となり、新納忠元が八代へ入って鎮めた後、大膳亮の上球磨侵入や八代老衆の要請を受け、翌年島津勢が八代を領有して相良遺児を球磨へ移し、花山に新城を築いて守備を置いたと続ける。

登場人物
相良義照、甲斐宗運、東左京亮、新納忠元、島津義久、相良大膳亮
宛先
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キーワード
勝部兵右衛門聞書、相良義照、甲斐宗運、響野原、戦死、新納忠元、八代領有、相良大膳亮、花山城、相良遺児
後編1-No.1332記録確認度 高

肥後佐敷合戦従軍者交名

天正十一年九月の肥後佐敷在陣、十月七日の堅志田攻略、十二月の八代在陣、有馬への番兵派遣、翌十二年の高来出兵と龍造寺勢との合戦に参加した将士を列記した交名。島津家久を大将とし、豊久・川上氏・平田氏・新納氏ら多数の侍大将・軍士について、戦死・分捕・高名などの注記も付す。

登場人物
新納忠包、新納久饒、丹生民部少輔、川上左京亮、島津家久、島津豊久、川上忠智、新納忠元、新納忠増、上原尚近ほか
宛先
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キーワード
肥後佐敷合戦従軍者交名、佐敷、堅志田、八代、有馬、高来、島津家久、島津豊久、新納忠元、川上氏、平田氏、戦死、分捕
後編1-No.1391記事確認度 中

殉国名薮

天正十二年三月二十四日の島原合戦で戦死した新納駿河守・久永九郎左衛門尉以下の将士と、同年十一月二十六日の戦死者を列記する殉国者名録。各人の実名・父祖・年齢・後裔などを注記する。

登場人物
新納駿河守、久永九郎左衛門尉、酒瀬川武安、四本秀堅、上原尚弘、蓑田杢左衛門、貴島頼辰、稲富左京亮、前田範元ほか
宛先
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キーワード
殉国名蔽、島原合戦、戦死者、新納駿河守、久永九郎左衛門尉、酒瀬川武安、四本秀堅、系譜注記
後編2-No.126記事確認度 高

殉国名藪

天正十四年三月二十七日の伊地知蔵人重増をはじめ、天正年間に豊後・筑前・筑紫・日向などで討死した島津方武士を、氏名・戦場・年齢・所属・同時戦死者とともに列挙する『殉国名藪』。岩屋城攻め、豊後陣、高城・赤城など各地の戦死者を収め、父子・兄弟・主従がともに戦死した例や遺族関係まで付記する。九州統一戦で島津軍が負った人的損失と家臣団構成を具体的に追える名簿史料である。

登場人物
島津方戦死者、伊地知蔵人重増、伊集院宮内左衛門尉忠連、宮原越中守、鎌田源左衛門尉政近、川上左京亮忠堅ほか
宛先
該当なし
キーワード
殉国名藪、島津方戦死者、伊地知重増、伊集院忠連、豊後、筑前、日向、岩屋城、討死、家臣団、戦死者名簿
後編4-No.1180文書確認度 高

島津惟新書状

長年奥方で奉公する江田藤右衛門の老齢と辛労をねぎらい、大窪備前守を交代要員として上らせたので、到着後は帰国してよいと伝える。大坂情勢も熟談して報告するよう求める義弘書状。

登場人物
島津義弘、江田藤右衛門入道、鎌田左京亮、猿渡新介、大窪備前守
宛先
江田藤右衛門入道
キーワード
島津義弘書状、江田藤右衛門、在府奉公、交代、大窪備前守、大坂情勢、慶長十九年十月十三日
附録2-No.287文書確認度 高

島津惟新書状

大風後の屋敷普請の進捗を問い、駿河と大坂の不和との風聞を受け、陸奥守は東国奉公に専念すべき立場なので、江戸・駿河へ早く使者を送り、国元の雑説に惑わされず書面どおり判断するよう命じた書状。

登場人物
島津惟新、島津陸奥守、町田勝兵衛、鎌田左京亮、猿渡新介
宛先
町田勝兵衛殿
キーワード
島津惟新、島津陸奥守、町田勝兵衛、大風、屋敷普請、駿河、大坂、不和、江戸、使者、風聞