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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

72 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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前編2-No.2037文書確認度 高

大内義興書状

大内義興が本田三河守に、近年匠作との関係が不安定だと聞いたので旧来の筋目を守ることが肝要であり、詳しくは杉三河守が伝えるとした書状。

登場人物
大内義興、本田三河守、匠作、杉三河守
宛先
本田三河守殿
キーワード
大内義興、本田三河守、匠作、杉三河守、和睦、書状
附録1-No.307文書確認度 中

新納忠勝書状

新納忠勝が杉三河守に、乱劇のなかで不適切な事態があったことに触れ、義伝芳院が事情を詳しく知っているので確認できると伝えた書状。従来の親交を踏まえて、今後も変わらぬ助力と取り計らいを依頼する。

登場人物
新納忠勝、杉三河守、義伝芳院
宛先
杉三河守殿
キーワード
新納忠勝、杉三河守、義伝芳院、乱劇、親交、助力、披露、取次
前編2-No.2016記事確認度 高

樺山玄佐自記

世間騒動のなか、本田因幡守の娘婿方である太郎左衛門尉と本田三河守広久が結び、大永五年九月二日に清水隼人城と小濱生別府城を同日に奪取したことなどを記す。

登場人物
樺山玄佐、本田因幡守、本田三河守広久、太郎左衛門尉、付三郎五郎真実
宛先
—
キーワード
樺山玄佐自記、本田三河守広久、太郎左衛門尉、清水隼人城、小濱生別府城、騒動、大永五年
前編2-No.2131文書確認度 高

大内義隆書状

大内義隆が島津忠朝に、日向安国寺を渡唐の副使にする件について了承と意見を求め、詳しくは陶安房守・杉三河守から伝えるとした書状。

登場人物
大内義隆、島津忠朝、陶安房守、杉三河守
宛先
島津豊後守殿
キーワード
大内義隆、島津忠朝、日向安国寺、渡唐、副使、陶安房守、杉三河守、十月六日
後編1-No.17記事確認度 高

島津尚久譜

弘治元年三月二十七日の帖佐攻めで、薩摩勢は別府川南、大隅勢は岩野原に布陣。島津尚久は薩摩南方衆を率いて牛渡で敵を遮り、自ら大太刀を提げて高樋橋口へ進んだ。強敵の鑓兵は家臣山本三河守が討ち、味方は城門を破って放火したが、尚久の厳命で神社仏閣は焼失を免れた。敵首二十六を挙げ、四月二日夜に帖佐・新城・山田の敵が退去した。

登場人物
島津尚久、島津忠将、島津貴久、島津右馬頭忠勝、山本三河守、薩摩南方衆、大隅衆、帖佐方
宛先
—
キーワード
島津尚久譜、帖佐攻め、別府川、岩野原、牛渡、高樋橋口、大太刀、山本三河守、強敵の鑓兵、二十六首、神社仏閣保護、新城、山田
後編1-No.453記録確認度 高

箕輪伊賀覚書

永禄十一年八月十九日、大口勢が深水三河守を大将として堂崎に陣を取り、伊東勢も桶比良へ進出した。義弘は飯野へ戻り、菱刈表から援兵が送られたが、大雨で誘引・伏撃策は実行できなかった。大口方は馬越・田中河内で番替え部隊を襲い、川上丹波守・堀之内二郎左衛門と是枝大膳坊が戦死した。日新は長陣と損耗を避けるため山野を相良方へ譲って一時和睦するよう勧め、感応寺和尚の仲介で和議が成立した。

登場人物
箕輪伊賀、島津貴久、島津義弘、島津忠良(日新)、深水三河守、板橋半助、二宮囚獄介、川上丹波守、堀之内二郎左衛門、是枝大膳坊、相良頼房、島津義虎、感応寺和尚
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、永禄十一年、堂崎、桶比良、深水三河守、島津義弘、大雨、伏兵、番替、是枝大膳坊、島津忠良、山野、相良氏、和睦
後編1-No.606文書確認度 中

島津忠平書状

島津忠平が上原長門守の書状を読み、懸念していた一件に変化がないと知って安心した旨を伝える。詳細は川上三河守との相談内容に合わせ、適当な時機に面会して協議するよう求めた書状。

登場人物
島津忠平(義弘)、上原長門守、川上三河守
宛先
—
キーワード
島津忠平書状、島津義弘、上原長門守、川上三河守、十一月二十三日、相談、面会、連絡
後編2-No.313文書確認度 中

福智長通書状

福智三河守長通が兵庫頭へ、羽柴秀長が翌十四日に都於郡を出発し、中務殿も同行する予定だと知らせた書状。秀長が兵庫頭の病状を案じているため、可能なら鹿児島へ赴き、難しければ子息を出頭させるよう勧める。使僧へ自分の考えを残さず伝えたので、その説明を聞いて判断してほしいとも述べる、豊臣方との接触を調整する実務連絡。

登場人物
福智三河守長通、兵庫頭、羽柴秀長、中務殿
宛先
兵庫頭
キーワード
福智長通書状、福智三河守長通、兵庫頭、羽柴秀長、都於郡、鹿児島、中務殿、病気、子息出頭、使僧
後編2-No.314文書確認度 中

福智長通書状

福智三河守長通が桑山修理亮の側近へ、二通の書状を披露したことを伝え、兵庫頭に翌日参上するよう返事を出すべきだと相談する。兵庫頭を同道して太平寺へ赴き、豊臣秀吉への礼参が遅れている件を協議するよう求めており、島津方家臣の出仕と礼儀を豊臣方が具体的に調整した書状。

登場人物
福智三河守長通、桑山修理亮、兵庫頭、豊臣秀吉
宛先
桑山修理亮参人々御中
キーワード
福智長通書状、福智三河守長通、桑山修理亮、兵庫頭、豊臣秀吉、太平寺、礼参、同道、出仕調整
後編2-No.405文書確認度 高

島津竜伯書状

川上三河守らと同様に、遠慮なく諸事を相談し、物事が滞りなく進むよう奔走することが肝要だと伝える。家臣相互の協調と実務遂行を求めた簡潔な指示書状。

登場人物
島津竜伯(島津義久)、川上三河守
宛先
—
キーワード
島津竜伯書状、島津義久、川上三河守、相談、家中協調、政務、実務遂行
後編2-No.1148記事確認度 中

島津豊久譜

文禄二年六月、諸将が大軍で晋州城を攻めた際、島津豊久も城内へ突入したことを記す。 横目の片桐主膳正・藤懸三河守が戦況を記録し、味方の戦死者も出たという、豊久隊の晋州城攻撃参加を示す譜記事。

登場人物
島津豊久、横目片桐主膳正、藤懸三河守、坂元伴助
宛先
—
キーワード
島津豊久、晋州城、片桐主膳正、藤懸三河守、坂元伴助、朝鮮出兵、突入、戦死、譜
後編3-No.267記事確認度 高

島津常久譜

『島津常久譜』から、宇多与右衛門尉が上京して安宅三河守へ訴状を提出したため、五代右京亮らを招いて糾明した経過を記す。関係者の申状・答書を京都へ送り、太守兄弟から与えられた書状もあわせて記録したとする。

登場人物
島津常久、宇多与右衛門尉、安宅三河守、五代右京亮、有河助兵衛尉、帖佐彦左衛門尉
宛先
—
キーワード
島津常久譜、宇多与右衛門尉、安宅三河守、訴状、糾明、五代右京亮、京都、答書
附録2-No.1299文書確認度 高

島津義久書状

島津義弘の旗下で奉公する新納長住に対し、川上三河守らと同様に遠慮なく諸事を相談し、奉公が行き届くよう尽力することが肝要だと諭した島津義久書状。系図中に収載される。

登場人物
島津義久、新納長住、島津義弘、川上三河守
宛先
新納長住
キーワード
島津義久、新納長住、島津義弘、川上三河守、奉公、相談、家臣統制、十二月五日
前編2-No.1573記事確認度 高

島津忠昌譜

文明十六年十一月十七日、郡本と熊田原の両陣が帰還する途中で合戦となり、部隊が散開して諸士に戦死・退却者が出た経過を記す譜記事。

登場人物
島津忠昌、三原次官、同二郎太郎、蒲地右京亮、木原藤七、西牟田三河守
宛先
—
キーワード
島津忠昌譜、文明十六年、郡本、熊田原、三原次官、蒲地右京亮、西牟田三河守、戦死、退却
前編2-No.1879文書確認度 高

犬追物手組

永正十三年と注記された犬追物について、各組の射手と射数を列記した手組。

登場人物
島津殿、島津左衛門尉、廻兵部少輔、本田三河守
宛先
—
キーワード
犬追物、手組、島津殿、島津左衛門尉、廻兵部少輔、本田三河守、永正十三年
前編2-No.1889文書確認度 高

犬追物手組

永正十四年九月十六日の犬追物について、二日二番の射手と射数を列記した手組。

登場人物
島津忠隆、吉田若狭守、本田三河守、桑波田孫六
宛先
—
キーワード
犬追物、手組、島津忠隆、吉田若狭守、本田三河守、桑波田孫六、永正十四年
前編2-No.1167記事確認度 中

殉国名藪

島津忠国のため菱刈三河守元隆が川辺で戦死したこと、川田三郎太郎義清が肥後津奈木の戦いで宗徒数十人とともに戦死したことを記し、いずれも年月不詳として考証を付す記事。

登場人物
菱刈三河守元隆、川田三郎太郎義清、島津忠国(大岳公)
宛先
—
キーワード
殉国名藪、菱刈元隆、川田義清、島津忠国、大岳公、川辺、肥後、津奈木、戦死、年月不詳
前編2-No.1568記事確認度 高

殉國名藪

文明十六年の田野・飫肥・三俣方面における伊東方と新納・島津方の戦闘を日付順にまとめた殉死者記事。入佐孫六、伊東祐国、新納忠続、西牟田三河守、佐多忠山らの出陣・戦死を戦場と対応させ、連続する合戦で生じた人的損害を記録する。

登場人物
入佐孫六、伊東祐国、新納忠続、西牟田三河守、佐多下野守忠山
宛先
—
キーワード
殉國名藪、文明十六年、入佐孫六、伊東祐国、新納忠続、田野、飫肥、三俣、戦死、出陣
後編3-No.95文書確認度 高

安宅秀安書状

安宅三河守秀安が島津又八郎(忠恒)へ、布二巻と書状への礼を述べ、大明勅使と豊臣秀吉の対面後に朝鮮在陣衆が帰朝する見通しを伝えた。しかし地震で伏見・大坂の城内対面所が損壊したため唐人の御礼が延期され、伏見城の天守・矢倉も損壊した一方、島津義弘の屋敷と石田治部少輔(三成)の家は無事であること、三成が注文した桑木の風呂材に満足したことなどを報じた書状。

登場人物
安宅三河守秀安、島津又八郎(忠恒)、大明勅使、朝鮮在陣衆、島津義弘、石田三成
宛先
島津又八郎様(参御報)
キーワード
安宅秀安、島津忠恒、大明勅使、豊臣秀吉、朝鮮在陣衆、帰朝、地震、伏見、大坂、対面所、唐人御礼延期、天守、矢倉、島津義弘、石田三成、桑木、風呂材、書状
前編2-No.1308文書確認度 高

犬追物手組

文安三年二月に行われた犬追物の手組を記し、各組の射手・配置と検見役などを列挙する。陸奥守を中心に、島津・本田・村田・伴・祢寝・新納・肝付らが参加した。

登場人物
陸奥守、又三郎、村田三河守、本田因幡守、島津三郎太郎、島津下野守、伴兼忠、祢寝重清、新納忠治、肝付氏
宛先
—
キーワード
犬追物、手組、陸奥守、島津氏、本田氏、村田氏、伴兼忠、祢寝重清、新納忠治、肝付氏、検見
前編2-No.1854文書確認度 高

犬追物手組

永正十一年十二月九日の犬追物について、殿以下の参加者と検見・喚次を配列した手組。

登場人物
島津忠治、島津左衛門督、税所左衛門尉、竹田藤次郎、本田三河守、島津尾張守、島津豊後守、島津宮房丸、島津塩鍋丸、島津源左衛門尉、石井中務少輔、伊地知新左衛門尉、吉田若狭守、島津十郎
宛先
—
キーワード
犬追物、手組、島津忠治、検見、島津豊後守、喚次、島津十郎、永正十一年、十二月九日
前編2-No.1880文書確認度 高

犬追物手組

永正十三年八月二十九日の犬追物について、各組の射手と射数を列記した手組。

登場人物
島津左衛門尉、島津十郎左衛門尉、加治木筑前守、本田三河守
宛先
—
キーワード
犬追物、手組、島津左衛門尉、島津十郎左衛門尉、加治木筑前守、永正十三年
前編2-No.2015記事確認度 高

樺山信久譜

本田次郎左衛門尉の専横、本田因幡守の娘と樺山信久の婚姻関係、曽於郡の給付と返還をめぐる経緯を記し、大永五年九月二日に因幡守と太郎左衛門尉がそれぞれ城を築いたとする記事。

登場人物
樺山信久、本田次郎左衛門尉、本田因幡守、本田三河守、島津忠兼、太郎左衛門尉
宛先
—
キーワード
樺山信久譜、本田次郎左衛門尉、本田因幡守、島津忠兼、曽於郡、清水隼人城、小濱生別府城、大永五年
前編2-No.2125文書確認度 高

杉与重書状

杉興重が島津忠朝に、国内の鉾楯を鎮めるため早急に無事の調停を進めるよう求め、詳しい事情は傳芳院から伝えると述べた書状。

登場人物
杉三河守興重、島津忠朝、傳芳院
宛先
島津豊後守殿
キーワード
杉興重、島津忠朝、傳芳院、調停、鉾楯、書状、大永八年
前編2-No.2126文書確認度 高

大内義興書状

大内義興が島津忠朝に、国内騒乱の調停について意向を伝え、詳しくは杉興重から申し述べるとした書状。

登場人物
大内義興、島津忠朝、杉三河守興重
宛先
島津豊後守殿
キーワード
大内義興、島津忠朝、杉興重、国内騒乱、調停、書状、大永八年
前編2-No.2127文書確認度 高

大内義興書状

大内義興が新納近江守に、近年の対立を和らげ和睦を整えるよう求め、詳しくは杉興重から伝えるとした書状。

登場人物
大内義興、新納近江守、杉三河守興重
宛先
島津近江守殿
キーワード
大内義興、新納近江守、杉興重、和睦、調停、書状、享禄元年
後編1-No.16記事確認度 高

島津義久譜

弘治元年春、平松城を拠点とする島津方が帖佐を攻めた経緯を記す。三月二十七日、軽鋭の歩卒五人が高樋口で敵一人を斬り一人を捕え、島津尚久らが牛渡で敵を遮断して追撃、計二十六の首級を挙げた。尚久は城下放火の際に神社仏閣を厳しく保護した。四月二日夜、帖佐・新城・山田の敵が祁答院へ退去し、島津方が掌握した。

登場人物
島津義久、島津貴久、肝付三郎五郎、伊集院治部少輔、野村民部少輔、島津右馬頭忠勝、島津左兵衛尉尚久、山本三河守、北郷次郎、肝付河内守、祢寝右近将監
宛先
—
キーワード
島津義久譜、平松城、帖佐攻め、高樋口、岩野原、牛渡、軽卒五人、捕虜、二十六首、島津尚久、神社仏閣保護、新城、山田、祁答院
後編1-No.452記録確認度 高

長谷場越前自記

永禄十一年八月十九日、大口勢が堂崎の通路に陣を構え、伊東勢も桶比良に進出して加久藤・馬関田の村々へ放火した。貴久・義久は菱刈表から援兵を送り、伏兵で誘い出そうとしたが大雨で失敗した。のち大口方が田中河内に伏兵を置き、番替え中の川上丹波守・堀之内某を討ち、救援した是枝大膳坊も戦死した。長陣に疲れた相良方は出水感応寺の僧を介して和議を求めた。

登場人物
島津貴久、島津義久、伊東氏、大口勢、深水三河守、川上丹波守、堀之内某、是枝大膳坊、相良頼房、出水感応寺西堂
宛先
—
キーワード
長谷場越前自記、永禄十一年、堂崎、桶比良、加久藤、馬関田、放火、伏兵、番替、川上丹波守、是枝大膳坊、感応寺、和議
後編1-No.496記録確認度 高

箕輪伊賀覚書

五月六日の戸神尾合戦を詳述する。家久が兵糧輸送を装い、三十余騎で大口方数千騎を誘引した。伏兵が早く起とうとした際、忠元・兼寛が団扇で制して好機を待ち、家久が敵中深く引き込むと一斉に挟撃した。相良・菱刈方は大敗し、武将の首百三十六、雑兵の首八百余を数え、討ち漏らされた者は大口城へ籠った。

登場人物
島津家久、島津貴久、島津義久、島津歳久、島津幸久、島津忠長、新納忠元、肝付兼寛、大野駿河守、宮原筑前守、前田豊前介、深水三河守
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、永禄十二年、戸神尾合戦、島津家久、兵糧輸送、偽装、誘引、新納忠元、肝付兼寛、伏兵、百三十六首、八百余、相良氏、菱刈氏
後編1-No.631記録確認度 高

長谷場越前自記

伊東方の大軍が加久藤を攻めた際、島津義弘が木崎原へ横撃して伊東文次郎・落合源左衛門らを破った戦いを記す。島津方は鎌田大炊助・野田越中坊・曽木播磨守らを失ったが、義弘自ら敵中へ斬り込み、古陣原・本知原の敵陣を次々に崩して小林方面まで追撃した。多数の戦死者を弔うため戦場に六地蔵を建てたことと、義弘の信心・武運を讃える。

登場人物
島津義弘、伊東文次郎、落合源左衛門、伊東加賀守、伊東新次郎、伊東修理亮、伊東右衛門尉、久富伴五左衛門、鎌田大炊助、野田越中坊、曽木播磨守、有川雅楽助、川上三河守、鎌田刑部左衛門
宛先
加久藤、木崎原、古陣原、本知原、小林、六地蔵
キーワード
長谷場越前自記、元亀三年、木崎原合戦、島津義弘、加久藤、伊東文次郎、落合源左衛門、古陣原、本知原、小林、六地蔵
後編1-No.1232記録確認度 高

勝部兵右衛門聞書

五万三千余騎とする島津軍が八景尾・銭亀尾・熊牟礼・軽石尾などに布陣し、水俣城を昼夜包囲した長文記事。矢文連歌の応酬とその故事を記し、相良義照が水俣・津奈木・湯浦・佐敷・市之瀬を差し出して和議を求めると義久が許し、嫡子に島津家の通字を与えて四郎太郎忠房と名乗らせたとする。

登場人物
島津義久、島津義弘、島津歳久、島津家久、新納忠元、瀧聞美作守、奥越前守、相良義照、深水三河守、相良忠房
宛先
—
キーワード
勝部兵右衛門聞書、水俣城包囲、五万三千余騎、八景尾、銭亀尾、熊牟礼、軽石尾、矢文連歌、五か所献上、和議、相良忠房
後編1-No.1327記事確認度 高

島津義久譜

天正十一年三月の島津義久の政務記事。鹿児島で居所を得た南蛮僧を父・貴久以来の禁制により追放させ、八代では秋月・龍造寺の和平、田尻への兵船、八代への移転、大矢野氏の処置、出勢時期を評議した。さらに相良忠房の来訪・献上、八代を守護領として城門・郡郷を諸将へ配分する命令、忠房の起請文提出と饗応を記す。

登場人物
島津義久、南蛮僧、島津忠平、秋月種実、田尻鑑種、大矢野氏、相良忠房、深水三河守、犬童民部、鎌田政景、吉田美作守
宛先
—
キーワード
島津義久譜、南蛮僧追放、禁教、八代評議、秋月氏、龍造寺氏、田尻、大矢野氏、相良忠房、守護領、起請文
後編2-No.1146文書確認度 中

島津義弘書状

朝鮮へ渡海して各地の城番を務める島津勢の配置や、久四郎をめぐる処置について報告し、帰国・上洛後の扱いを相談する。 鉄砲・刀・脇差などの武具の配分、酒宴や家中の振る舞いにも触れ、在陣中の軍務と親族・家中への細かな指示が入り交じる義弘書状。

登場人物
島津義弘、又八郎殿、久四郎、三河守、波多三河守、忠永、竜伯
宛先
又八郎殿
キーワード
島津義弘、又八郎殿、久四郎、朝鮮在陣、城番、渡海、鉄砲、刀、脇差、家中統制、書状
追録8-No.307-1~4本文群(武家諸法度頒布・順達と受領報告)旧記雑録暫定版確認度 中

武家諸法度の同文省略注・順達命令・名面書と西筑の受領報告

印刷第307号の1~4を収める一件。の1は安政六年九月廿五日付武家諸法度を天保九年二月廿一日付と同文として略す注で、法度正文は載せない。の2は今廿六日、間部下総守が御條目写一通を家来へ渡し、御國持四品以上の各家へ順達するよう命じた旨の覚。受領した各家が銘々下総守へ使者を遣わして名面書どおりに順達し、この方へ返却されたら重役にも伝える。の3は相模守・大膳大夫以下、修理大夫・有馬中務大輔・細川左京大夫・南部美濃守等の名面書。の4は西筑右衛門の御名内宛報告で、先月廿六日に阿波守家来へ渡された御條目写一通が有馬中務大輔方から今日到来したため、国許の修理大夫へ知らせ承知のうえ御請を申し上げるとする。十月二日。外標は安政六年未十二月。

登場人物
間部下総守(注:詮勝)、松平陸奥守・松平三河守・細川越中守、名面書に掲げる各家、松平阿波守(注:蜂須賀斉裕)、有馬中務大輔、修理大夫、西筑右衛門
宛先
の2:陸奥守・三河守・越中守側;の3:名面書の各家;の4:御名内
キーワード
武家諸法度、安政六年九月廿五日、天保九年二月廿一日同文略、間部下総守、御條目写一通、今廿六日、御國持四品以上、順達名面書、返却、阿波守有馬中務大輔、西筑右衛門、十月二日国許御請
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:130-27記録・自記抄/曽於郡恩賞撤回と本田氏離反旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

樺山玄佐自記

樺山玄佐の自記から、大永六年の島津忠兼・本田氏関係と河上氏系譜記事を抄出した記録。十一月七日、金吾様に同行した忠兼が鹿児島へ帰陣し、本田因幡守兼親と父三河守親安の無二の奉公により本田氏へ曽於郡を与えたが、ほどなく河上次郎左衛門の姉に関わる事情から召し返したため、本田氏が恨んで出仕を止め、新納殿を頼ったと記す。さらに新納殿が本田氏へ内通した時、大永六年某月二十八日に宮内の社頭が天火かによって全焼したとする。付随記事は、市来氏へ嫁いだ女子の年代矛盾、僧一人、源左衛門の坂元氏養子、厚地吉内左衛門家長の曾祖父が家林から厚地名字を許された由来を記す。

登場人物
樺山玄佐、金吾様、島津忠兼、本田因幡守兼親、三河守親安、河上次郎左衛門、新納殿、市来助次郎、市来因幡守家朝、源左衛門、坂元氏、厚地吉内左衛門家長、河上家林
宛先
—
キーワード
樺山玄佐自記、大永六年十一月七日、金吾様、島津忠兼、鹿児島帰陣、本田因幡守兼親、三河守親安、曽於郡恩賞、河上次郎左衛門、本田氏、出仕停止、新納殿、内通、宮内社頭、天火、全焼、市来助次郎、市来因幡守家朝、年代矛盾、源左衛門、坂元氏養子、厚地吉内左衛門家長、河上家林、厚地名字由来
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:130-33文書・名寄帳抄+系図/浮免返地・河上氏十四~十六代旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

名寄帳抄

慶長十一年正月十九日付の切紙名寄帳抄。〔日か〕州久津良村の浮免坪付を省略し、合計一石四斗四合を衆中屋敷として返地したと記し、高岡御支配所印を据える。付随系譜の十四代忠辰は天正十三年生まれで、島津光久から三河守の名を賜り、家久の出馬に十八歳で馬廻として供奉し、寛永三年に上京した。光久の御題「春の雪」・菊・清見関の梅に応じた和歌を載せ、江戸で奏者番、日州代官役、与頭役を務め、寛文元年十二月十七日に七十七歳で没したとする。十五代久堅は元和六年生まれで光久の扈従となり、笹右衛門の名を賜って援役・与頭役を務め、元禄二年十一月十九日に七十歳で没し、子女・養子・婚姻・法名を列記する。十六代家寛は慶安三年生まれで、元禄八年に曾祖父忠宅が改めた源姓川上を上野守久尚へ返進して大蔵姓を再び継承し、援役・与頭役を務め、享保十一年正月二十四日に七十七歳で没したと記す。

登場人物
河上忠辰(十四代・大熊丸・治兵衛・勘解由・三河守)、島津光久、和田筑前守義綱、河上久堅(十五代・熊千代丸・平次郎・笹右衛門尉)、河上家寛(十六代・朝久・熊千代丸・彦之丞・十左衛門・次郎左衛門)、本田九郎右衛門尉親豊、大田清右衛門、猿渡喜之助直信、中村主水佐、平田豊前守宗直、萬吉角之介久全、川上上野守久尚
宛先
—
キーワード
名寄帳抄、切紙、慶長十一年正月十九日、久津良村、浮免、坪付略、一石四斗四合、衆中屋敷、返地、高岡御支配所印、十四代忠辰、大熊丸、三河守、島津光久、和田筑前守義綱、馬廻供奉、寛永三年上京、春の雪、菊、清見関、和歌、奏者番、日州代官役、与頭役、十五代久堅、笹右衛門、援役、十六代家寛、元禄八年、源姓川上返進、大蔵姓再継承、川上上野守久尚、没年、法名、婚姻、養子
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:88書状・対関白交渉と日向周辺諸拠点の防備旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

〔天正十五年〕五月七日島津義珍書状

義珍が本田下野守へ、関白への差出をめぐる急な交渉を『一大事』と捉え、福智三河守・石田らを介した調整と十分な祈願を促す。忠棟が日州から船出したとの知らせを受け、その後の所在を尋ねる。入来院は重要な場所として典厩を籠めて固め、真幸は日州・菱刈をつなぐ通路で京衆が通るため強く応対し、祁答院には伊集院肥前守を入れて守備を相談するよう求める。飯野は城が弱く、敵が埋草などで取り寄せれば直ちに対応する必要があるため、諸方面の談合を急がせる。日州安堵が実現すれば宮崎を霧島へ寄進し、高原についても同様に祈願することを勧め、追書では高原の吉田若狭守退去の風聞と庄内への使者派遣に触れ、味方関係を確かめ油断しないよう戒める。5月7日付で、天正15年は目録上の推定年次。

登場人物
島津義珍、関白、福智三河守、石田某、忠棟、金吾、典厩、伊集院肥前守、吉田若狭守、本田下野守
宛先
本田下野守殿
キーワード
5月7日、天正15年推定、島津義珍、本田下野守、関白への差出、福智三河守、石田、忠棟、日州、入来院、典厩、真幸、菱刈、京衆、祁答院、伊集院肥前守、飯野城、宮崎、高原、霧島寄進祈願、吉田若狭守、庄内、使者、無油断、旧記雑録後編二291号同文推定
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w6:540文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

大追物手組

大追物の手組を記した名簿。『殿・與岳』以下、島津左衛門尉、肝付又八郎、本田三河守、島津太郎左衛門尉、伊地知又七、吉田若狭守らの担当疋数を列挙し、検見・喚次を示す。末尾に大寺駿河守を記す。

登場人物
島津左衛門尉、肝付又八郎、本田三河守、伊地知又七、吉田若狭守、大寺駿河守
宛先
—
キーワード
大追物手組、犬追物、島津左衛門尉、肝付又八郎、本田三河守、伊地知又七、吉田若狭守、担当疋数、検見、喚次、大寺駿河守
追録8-No.22-2添書旧記雑録暫定版確認度 高

松平斉民添書

松平三河守斉民の使者が、御条目の写し一通に添えた口上書。二月二十二日に太田備後守から家来へ写しが渡され、大広間四品以上の人々へ順達するよう命じられたため、使者で送り、各家から備後守へ承知の届を出すよう求める。順達後は写しを返却し、回覧先は別紙に添えるとする。同じ写しを松平加賀守にも渡して残る同席の人々へ回す手筈であり、加賀守の順達先も早く届く予定と伝える。

登場人物
松平三河守斉民、太田備後守、松平加賀守、使者・家来(実名なし)
宛先
大広間四品以上の諸大名(順達)
キーワード
松平斉民、武家諸法度、御条目写、順達、回覧、返却、承知届
追録8-No.22-3交名旧記雑録暫定版確認度 中

大広間諸大名交名

大広間諸大名の交名と、武家諸法度の写しが届いた家・次に順達した家を記す一覧。「次第不同」とし、松平越前守・大膳大夫・三河守・因幡守などを掲げ、松平大隅守(島津斉興)に続いて松平陸奥守・阿波守・大和守・右近将監・上総介らの順達先を列記する。書込によれば、有馬玄蕃頭から二月二十五日に松平越前守へ、松平大膳大夫から二十四日に松平大和守へ、上杉伊予守から二十三日昼に上杉弾正大弼へなど、複数の経路で送られた。回覧の個々の到着日と送り先を追える史料であり、単独の差出人・宛先を持つ書状ではない。

登場人物
松平越前守、松平大膳大夫、松平三河守、松平因幡守、松平陸奥守、松平大和守、松平右近将監、松平上総介、松平淡路守、松平大蔵大輔、有馬玄蕃頭、上杉弾正大弼、松平土佐守、松平豊後守、細川越中守、松平肥前守、松平因幡守、松平安芸守、松平伊予守、南部信濃守、松平対馬守、上杉式部大輔、松平肥前守、松平筑前守、南部甲斐守、松平大隅守(島津斉興。本文人物注)、松平阿波守、上杉式部大輔
宛先
宛先記載なし(順達先交名)
キーワード
武家諸法度、諸大名交名、大広間、順達、回覧、二月廿三日、二月廿四日、二月廿五日
追録8-No.22-4首尾書旧記雑録暫定版確認度 高

井上逸作首尾書

井上逸作が央様に、法令写しの回覧到着と受けの手続きを報告する。二月二十一日に出された法令の写しは松平加賀守・三河守へ渡され、有馬上総介から二十五日に島津家へ順達されたため、国元の太守島津斉興へ申し上げる旨の手扣書一通を、担当老中太田備後守の取次恒岡傳八郎へ持参して説明・提出した。取次から老中へ伝えるとの返事を得た。追記は、太守が承知した後に受書を差し出す予定とする。

登場人物
井上逸作、島津斉興(太守)、太田備後守、恒岡傳八郎、松平加賀守、松平三河守、有馬上総介
宛先
央様(本文に記される宛名。実名未比定)
キーワード
井上逸作、武家諸法度、回覧、手扣書、受書、恒岡傳八郎、国元
追録8-No.22-8次第書旧記雑録暫定版確認度 高

武家諸法度頒布次第書

代替わりに伴う武家諸法度頒布の、二月二十一日の儀礼次第。御三家、万石以上の領主、交替寄合が登城し、御座間では紀伊・尾張・水戸の順、黒書院では田安ら、御上段では松平加賀守以下の諸侯へ、将軍が法令を出す旨を伝えた経過を記す。大広間へ渡る際の先導、将軍の着座位置、掃部頭・老中・奏者番・若年寄らの席次、嫡子や菊之間縁の人々の配置も詳しく定める。老中太田備後守が法令を出す旨を伝えた後、将軍と出席者はいったん退出する。御法令を文台に載せて置き、林大学頭が読み上げ、諸侯が謹んで聞いて挨拶の後に退出した。松平三河守は養父看病による御暇との注がある。

登場人物
徳川家慶、紀伊大納言徳川斉順、尾張大納言徳川斉温、水戸中納言徳川斉昭、田安中納言徳川斉荘、徳川宮内卿斉疆、徳川刑部卿慶昌、松平加賀守、水野越前守、掃部頭、和泉守、越前守、中務大輔、伯耆守、備中守、松平讃岐守、松平越中守、酒井左衛門尉、小笠原大膳大夫、林大学頭、御目付・年寄・御取合・若年寄(実名なし)、松平右京大夫、井伊玄蕃頭、松平近江守、松平式部大輔、松平三河守、松平越前守、松平大和守、松平右近将監、松平上総介、松平左兵衛督、松平淡路守、松平大蔵大輔、松平兵部大輔、松平阿波守
宛先
宛先記載なし(儀礼次第書)
キーワード
武家諸法度、頒布次第、御三家、御座間、黒書院、大広間、席次、林大学頭、文台
追録8-No.35-3指図書旧記雑録暫定版確認度 中

幕府老中指図書

松平大隅守島津斉興へ、宰相昇進後の正月二日の登城と、その後の礼席を指示した書。太刀目録は老中が披露し、盃と「引渡」は三方で下すとする。五節句・八朔は白書院で老中が披露し、八朔の太刀目録は老中が持ち出す。敷居の内へ進んで披露を受け、右方へ着座して老中・御取合の退出後に退くとし、近江守・三河守の前へ出るよう指定する。月次は黒書院の縁頬で同じ順に披露を受け、若衆の礼も同様とする。口裏朱注は、転任後の勤向の伺いに関する件として正月二十六日に到来したことを記す。

登場人物
松平大隅守(島津斉興)、御老中、御取合、松平近江守、松平三河守
宛先
松平大隅守
キーワード
島津斉興、宰相、正月二日、五節句、八朔、月次、太刀目録、三方、老中披露
追録8-No.46達書群旧記雑録暫定版確認度 中

幕府老中達書

宰相に昇進した松平大隅守島津斉興への達し四通をまとめた書付群。第一は正月二日の登城で太刀目録を老中が披露し、盃と「引渡」を三方で下すことを定める。第二は正四位下中将からの宰相昇進を今回限りの特例とし、慶事・縁柄・大御所の意向を理由として、今後の家格には及ばない旨を伝える。第三は五節句・八朔を白書院で老中が披露し、敷居の内へ出た後に右方へ座り、老中・取合の退出後に退くことを指示する。第四は月次・若菜を黒書院縁頬で行い、近江守・三河守の前へ進むことを定める。各通の口裏・包紙に大隅守宛とあり、外包は御用番からの書付四通と記す。

登場人物
松平大隅守(島津斉興)、御用番・老中、松平近江守、松平三河守、大御所、御三家
宛先
松平大隅守
キーワード
島津斉興、宰相、達書四通、正月二日、太刀目録、特例昇進、家格、五節句、八朔、月次
追録8-No.535-3~5本文群(名書・一橋宸翰・長州書付省略と伝達)旧記雑録暫定版確認度 中

原の3~5の名書・一橋中納言宸翰と長州関係書付を伝える文書群

原の3~5を一行にまとめた文書群。原の3は御名の島津茂久と松平三河守・細川越中守ら二十三の官称を列記する名書。原の4は六月廿九日、一橋中納言へ賜った宸翰写で、世上の騒動を憂え、昨年八月十八日の出来事と関白らの意図を結び付ける噂に惑わされないよう述べる。大和への行幸は望まないと申し出たのに延期となったこと、守護職を肥後守に命じたのはその忠誠によることで私情ではないことを説明する。原の5は、長州人の入京を許さない旨の書付と稲葉美濃守の御渡書写で、本文は第533号の2と同文として略すとの注がある。さらに別紙五通を稲葉美濃守と所司代から受けたことを、漏れなく諸郷・私領へ周知する八月摂津の通知を収める。政治判断・噂の否定は宸翰や書付の叙述として読む。

登場人物
御名(注:島津茂久)、松平三河守、松平阿波守、松平相模守、松平讃岐守、松平左近將監、阿部主計頭、板倉周防守、細川越中守、松平安藝守、松平土佐守、立花飛彈守、松平隠岐守、松平兵部大輔、脇坂淡路守、亀井隠岐守、松平美濃守、松平備前守、有馬中務少輔、酒井雅楽頭、松平出羽守、奥平大膳太夫、伊達遠江守、鍋島紀伊守、一橋中納言、天皇(宸翰)、関白、松平大和・肥後守、稲葉美濃守、松平越中守、小笠原大膳太夫(注:忠幹)、摂津、諸郷・私領
宛先
原の4は一橋中納言、伝達は関係の向々・諸郷・私領
キーワード
原三御名島津茂久二十三官称名書、原四六月廿九一橋中納言宸翰写世上騒動八月十八関白風説否定大和行幸延期肥後守忠誠私情否定、原五長州入京不宜稲葉美濃守書付533の2同文本文略、別紙五通所司代八月摂津諸郷私領通知
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::8文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

手組

文安三年二月の犬追物手組。島津次郎三郎・本田因幡守・村田三河守・市来筑前守らの射手と犬数、検見を記す。欄末に平田美濃守を掲げる。

登場人物
島津次郎三郎、本田因幡守、村田三河守、市来筑前守、平田美濃守ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬追物手組、文安三年、射手、犬数、検見、平田美濃守
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::53文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

犬追物手組

永正十一年十二月九日の犬追物手組。殿・島津五郎丸に続き、島津左衛門督、税所左衛門尉、竹田藤次郎、本田三河守らの射手を列記する。検見は島津豊後守、喚次は島津十郎。本文に射手別犬数はない。

登場人物
島津五郎丸、島津左衛門督、税所左衛門尉、竹田藤次郎、本田三河守、島津豊後守ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬追物手組、犬追物、手組
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::56文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

犬追物手組

永正十二年二月十二日の犬追物手組。加治木又八郎・島津又六郎・伊地知又七・本田三河守・税所左衛門尉らを掲げ、検見を島津十郎左衛門尉(義久)・鎌田勘解由左衛門尉、喚次を吉田若狭守とする。

登場人物
加治木又八郎、島津又六郎、伊地知又七、本田三河守、税所左衛門尉、島津十郎左衛門尉ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬追物手組、永正十二年、二月十二日、射手、検見、喚次
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::64文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

犬追物手組

永正十三年八月二十九日の別の犬追物手組。殿二十三疋、島津左衛門尉五疋、肝付又八郎五疋、本田三河守二疋などの犬数を列記し、検見を島津十郎左衛門尉(義久)、喚次を大寺駿河守とする。同日付の前件とは別番号。

登場人物
島津左衛門尉、肝付又八郎、本田三河守、島津太郎左衛門尉、島津十郎左衛門尉、大寺駿河守ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬追物手組、犬追物、手組、系図、肝付
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::65文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

犬追物手組

永正十三年と記す犬追物手組。島津殿・廻兵部少輔・本田三河守・桑波田孫六・税所左衛門尉らの射手を列記し、検見を島津十郎左衛門尉(義久)、喚次を加治木筑前守とする。本文に月日は示されず、犬数もない。

登場人物
島津殿、廻兵部少輔、本田三河守、桑波田孫六、税所左衛門尉、島津十郎左衛門尉ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬追物手組、永正十三年、月日欠、射手、検見、喚次