SEARCH THE ARCHIVE

文書を探す

『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

検索範囲
すべての文書
読込量の目安
小
数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

49 件 (全巻)/ 1–49件を表示

ページ 1 / 1

前編2-No.2606文書確認度 中

伊集院孤舟書状

伊集院孤舟が遠方ゆえの無音を詫び、貴久次男の越山奉公や忠親との関係について述べ、今後の調儀を求めた書状。

登場人物
伊集院孤舟、貴久、次男越山
宛先
日杵殿
キーワード
伊集院孤舟書状、伊集院孤舟、貴久、越山、奉公、忠親、調儀、日杵殿
後編5-No.155文書確認度 中

某覚書

出水を預かる椛山美濃守の休息、亀山家の次男・三男と藤野への知行給付、種子島にいる人物と比志島国隆との接触禁止、平田太郎左衛門の子の所在調査、七島、高岡の御蔵入、水引城付村の扱いなどを列挙した行政覚書。

登場人物
椛山美濃守、亀山殿の次男・三男、藤野殿、比志島宮内少輔国隆、平田太郎左衛門の子ほか
宛先
—
キーワード
出水、椛山美濃守、亀山、藤野、知行、比志島国隆、種子島、七島、高岡、御蔵入、水引城、要確認
後編5-No.156文書確認度 高

島津久元・伊勢貞昌連署条書

亀山家の兄弟に五十石・三十石、藤野に五十石を与え、町田勘解由次官は加増して計三百石とする。弟子丸越後入道を真幸吉田へ移して五十石、村田刑部少輔を穆佐へ移して旧知行から三百石を返付するなど、知行配分と移住を定める条書。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、亀山殿の次男・三男、藤野殿、町田勘解由次官、弟子丸越後入道、村田刑部少輔
宛先
—
キーワード
島津久元、伊勢貞昌、亀山、藤野、町田勘解由次官、弟子丸越後入道、村田刑部少輔、知行、加増、移住
追録4-No.1344達書旧記雑録暫定版確認度 高

幕府老中達書

幕府は、島津継豊の家では次男以下は分地せず陪臣として扱ってきたと聞いているため、次男以下への松平称号の下賜については沙汰しないと達した。この旨を継豊へ伝えるよう命じる。

登場人物
島津継豊、島津家次男以下、幕府
宛先
島津継豊
キーワード
次男以下、分地なし、陪臣、松平称号、沙汰不要
追録8-No.48証状旧記雑録暫定版確認度 高

島津久備証状

島津登久備が島津安藝へ出した実名の字の使用許可。従来は次男以下に「久」「郷」の二字を人物に応じて使うことを許していたが、今回の願いにより特別の思し召しをもって次男まで実名に「久」を用いてよいと伝える。天保十年九月十五日付で久備が継印・判を付す。宛先の人物注は今和泉家の忠喬とする。

登場人物
島津登久備、島津安藝(忠喬。本文人物注)、次男
宛先
島津安藝殿
キーワード
島津久備、島津安藝、忠喬、次男、実名、久、郷、命名許可、継印
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:57下文・弁済使職停止と補任旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

弘長元年七月日島津庄預所下文

島津庄預所が鹿屋院の弁済使職について、兼賢の死後に次男兼世の願いを受けて一度は宛てたが、兼世は御年貢などの沙汰を怠り、収納使から訴えられたと記す。そこで嫡子実兼からの願いを認め、兼世の職を停止して実兼を補任し、実兼には恒例・臨時の御公事を怠らず沙汰するよう、土民らには補任を承知して違失しないよう命じた。弘長元年7月の日付欠落の下文で、預所法眼和尚位の花押があり、『旧記雑録前編一』636号文書と『家わけ二』肝付文書191号文書との同文注記を付す。

登場人物
兼賢、次男兼世、嫡子実兼、収納使、預所法眼和尚位、鹿屋院の土民等
宛先
嶋津御庄大隅方鹿屋院(土民等に承知を命ずる)
キーワード
弘長元年7月、嶋津御庄大隅方鹿屋院、兼賢、次男兼世、嫡子実兼、弁済使職、御年貢不沙汰、収納使訴え、兼世職停止、実兼補任、恒例臨時御公事、土民、預所法眼和尚位、旧記雑録前編一636号、家わけ二肝付文書191号
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P03-NENESAITO-D0665沙弥行智讓狀案旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:沙弥行智讓狀案

沙弥行智が次男力壽丸へ郡本内西本の諸薗、竹崎・大多牧、別府分・田地分・光松内等を譲る。関東御下文・御下知以下証文と信親の去状等を添え、信親知行分等の永代領掌、郡本公事の御佃米五斗・御饋物十足とその他の御公事の沙汰を記す。

登場人物
力寿丸
宛先
次男力寿丸
キーワード
次男、田地、証文、公事
前編1-No.749文書確認度 高

阿仏譲状

沙弥阿仏が次男左近将監兼基へ、肝付郡岸良村の弁済使職と田畠・山野・狩倉等を譲る。所領の東西南北の境界を列挙し、御佃・用作・公事、甘葛煎壺、在家・移花、饌除など村内の諸権益を含め、書載せた譲状を守って支配するよう定める。

登場人物
阿仏・次男左近将監兼基
宛先
肝付郡内岸良村ほか
キーワード
岸良氏文書、沙弥阿仏、左近将監兼基、岸良村、弁済使職、田畠、山野、狩倉、四至、譲状
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P03-NENE-KAGODAI-KENMU-ASHIKAGA-D0768譲状旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:角清宣譲状

清宣は孫女への譲与として西本の居屋敷、河原田三段などを列挙する。 佐多村内の伊佐敷名内の村と、明應元年十一月廿四日の所領証文を記す。 「一子孫八郎清智討死、依為彼嫡女」と譲与理由を述べ、孫女名を記すが難字は留保する。 縦令この所領への妨げがあっても相違を認めないとし、清宣の名で結ぶ。

登場人物
清宣、孫八郎清智、清度(原表記・比定未確認)、次男渡佐守(原表記・比定未確認)
宛先
—
キーワード
孫女、一子、居屋敷、河原田三段、譲状
追録6-No.2408届書旧記雑録暫定版確認度 高

次男富之進を奥平大膳大夫家の急養子とする願いを届ける

重豪は、病気が重い奥平大膳大夫に男子がなく妾腹の娘がいるため、次男島津富之進を急養子にしたいとの願いを承知した旨を届ける。奥平家の願書と重豪の届書は御用番水野忠友へ提出され、奥平家の願書は親類木多忠典の名義で出された。

登場人物
島津重豪、島津富之進(昌高)、奥平大膳大夫、水野忠友(出羽守)、土方雄貞(宇源太)、木多忠典(中務大輔)
宛先
江戸幕府
キーワード
島津重豪、島津富之進、島津昌高、奥平大膳大夫、急養子、養子願、水野忠友、土方雄貞、木多忠典、届書
追録6-No.2412書状旧記雑録暫定版確認度 中

次男富之進を奥平家の急養子として移したことを知らせる

重豪は藤崎に、相手の機嫌を喜び、自身も息災であると述べたうえで、次男富之進を奥平大膳大夫の急養子として前日に奥平家へ移したことを知らせ、万事よろしく取り計らうよう頼む。

登場人物
島津重豪、島津富之進(昌高)、奥平大膳大夫、藤崎
宛先
藤崎
キーワード
島津重豪、島津富之進、島津昌高、奥平大膳大夫、急養子、引越し、藤崎、書状
追録6-No.2435伺書旧記雑録暫定版確認度 高

次男富之進の奥平家遺領相続に伴う礼式を伺う

重豪は、次男富之進が養父奥平大膳大夫の遺領を相違なく相続することになったため、自身はどのように御礼を行うべきかを伺う。

登場人物
島津重豪、富之進、奥平大膳大夫
宛先
江戸幕府
キーワード
島津重豪、富之進、奥平大膳大夫、養子、遺領相続、御礼、伺書
追録1-No.1780記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津菊次郎誕生記事

島津綱貴の次男菊次郎が延宝八年八月二十一日に生まれ、天和元年六月二十三日に死去したことを記す記事。

登場人物
菊次郎、島津綱貴
宛先
—
キーワード
菊次郎、島津綱貴、出生、次男、死去、記事
追録2-No.2424文書旧記雑録暫定版確認度 低

平松時方書状

平松中納言時方が五月十四日、薩摩守吉貴へ、暑気に向かう時節に相手方の健固を喜び、このたび次男が誕生したことを祝って書状を送る。

登場人物
平松時方
宛先
島津吉貴(松平薩摩守)
キーワード
平松中納言時方、薩摩守吉貴、暑気、健固、次男誕生、御歓、愚札、五月十四日、珠玉重存旧引用除去
追録2-No.3154覚書旧記雑録暫定版確認度 中

金太夫・辨之助の別名字をめぐる覚書

十一月二十二日の覚は、金太夫・辨之助へ名字を賜る扱いを示す。辨之助は頼母の次男だが、頼母家の次男に平屋を賜るのとは別に、辨之助に限り権田とする。金太夫も同様の扱いと記す。

登場人物
郷原金太夫・権田辨之助・頼母
宛先
郷原金太夫・権田辨之助
キーワード
郷原金太夫、権田辨之助、頼母次男、平屋、別名字拝領、次男名字規定、覚
追録3-No.285文書旧記雑録暫定版確認度 高

島津久當達書

十一月三日、島津将監久當が島津淡路守へ、島津采女家の三男以下は久の字と御称号を避け、家号は格を見合わせて申し付けるよう伝える。実名は采女の先祖名乗りの二字を用いてよいが、本家に遠慮すべき字なら別の字へ改める。采女方へも同じ趣旨を伝え、采女の次男には所定の格式を申し付けたという。吉の字は実名では遠慮すべきだが、仮名に用いることは差し支えないと答える。

登場人物
島津久當、島津淡路守、佐土原島津家中
宛先
島津淡路守様
キーワード
島津久當、島津淡路守、島津采女家、三男以下、久字称号回避、家号格見合、先祖実名二字、本家遠慮字別字、次男格式、吉字実名遠慮仮名御構無、十一月三日
追録6-No.348系譜旧記雑録暫定版確認度 高

甘露寺矩長女親類書

「右ニ相添別冊」として甘露寺前大納言の姫の親類を列記した書付。母は黒田故甲斐守の姫、兄は甘露寺侍従、姉は鍋嶋摂津守奥方。同じ姉欄の世代姫には母が脇坂故淡路守の妹、清水御殿田鶴宮様御上臈との注がある。芳岡殿と妹阿喜姫の母にはそれぞれ家女房と記す。父方の叔母寶壽院には勧修寺故大納言高顕卿の奥方、母方の伯母には唐橋宰相奥方を挙げる。父方の甥欄の鍋嶋常丸には実父が勧修寺故大納言高顕卿という注が付く。続く從弟・同断の欄には万里小路前大納言、桜町院様御女中で勧修寺高顕卿の姫、清浄院、万里小路前大納言奥方(同前大納言の姫)、新典侍を列記し、母方の唐橋大夫、同断の黒田豊松が続く。兄欄の成就院には清水寺、甘露寺前大納言の猶子、実は倉橋二位の次男と注記する。「右之通御座、以上」で結び、寺田自然軒・藤木玄蕃の名と八月廿九日、明和三年の朱注がある。宛所の記載はない。目録題は甘露寺矩長女親類書で、No.346末尾の別冊親類付送付に対応するが、この書付自体に姫の名を綾姫とは記さない。

登場人物
寺田自然軒、藤木玄蕃、甘露寺前大納言(矩長、目録題)、甘露寺前大納言の姫、黒田故甲斐守、甘露寺侍従、鍋嶋摂津守奥方、世代姫、脇坂故淡路守の妹、芳岡殿、阿喜姫、寶壽院、勧修寺高顕、唐橋宰相奥方、鍋嶋常丸、万里小路前大納言、清浄院、新典侍、唐橋大夫、黒田豊松、成就院、倉橋二位
宛先
—
キーワード
親類書別冊、甘露寺前大納言の姫、母・兄姉妹、父方叔母・母方伯母、鍋嶋常丸実父注、從弟欄、田鶴宮御上臈、成就院、猶子・実倉橋二位次男、寺田自然軒・藤木玄蕃
追録8-No.1163華族・士族の家督相続規則を改正・追加する布告旧記雑録暫定版確認度 中

華族・士族家督相続規則

明治六年一月二十八日布告の華族・士族家督相続規則について、第一章を改正し一章を追加する。総領男子を原則としつつ、死亡・廃篤疾等の場合の次男・三男・女子・養子への相続、婦女子が相続した後の夫または養子への承継、血統者への相続等を定める。

登場人物
太政大臣三条実美、鹿児島県庁、華族、士族
宛先
華族・士族
キーワード
華族、士族、家督相続、総領男子、次男、三男、女子、養子、血統、三条実美
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:106系図・前田諸左衛門家旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

前田諸左衛門家系図

庄内高城士前田諸左衛門家の短い系図。前田内記は『従是上世自不知出所』と祖先の出所が分からないとされ、薩州から召し移されて高城に住んだ。内記には男子がなかったため、瀬戸山丹波の次男を養子に迎えて兼行(諸左衛門)とし、その下に兼次(作左衛門)と、さらに兼次(諸左衛門)をつなぐ。同じ名の兼次が二代続くことと、養子の実父を明示することが特徴である。

登場人物
前田内記、兼行(諸左衛門)、瀬戸山丹波、兼次(作左衛門)、兼次(諸左衛門)
宛先
なし(系図)
キーワード
前田諸左衛門家系図、庄内高城士、前田内記、祖先の出所不明、薩州から高城へ移住、瀬戸山丹波次男、兼行養子、兼次作左衛門、兼次諸左衛門
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:419文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

長谷場純阿譲状

沙弥純阿が次男の兵庫允久純に、薩摩国鹿児島郡内の坂本名長谷場五段、甘子木村内比牟田五段、長谷場薗二所などの田薗を、阿妙・阿実の譲状を添えて永代譲与した譲状。兄弟が協調し、公方役・地頭年貢を分限に応じて勤めるよう定める。貞和六年二月十五日付。

登場人物
沙弥純阿、兵庫允久純、阿妙、阿実
宛先
兵庫允久純
キーワード
長谷場純阿譲状、沙弥純阿、兵庫允久純、阿妙、阿実、薩摩国鹿児島郡、坂本名長谷場、甘子木村、比牟田、長谷場薗、次男、永代譲与、公方役、地頭年貢、貞和六年
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w6:527文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津庄預所下文

島津庄預所が伴実兼を鹿屋院弁済使職に補任した下文。兼賢の死後、次男兼世に同職を宛てたが、年貢などを沙汰せず不忠が甚だしいとして収納使が訴えたため、嫡子実兼の申請を受けて兼世を停止し、実兼を補任した。恒例・臨時の御公事と年貢を怠りなく沙汰するよう命じる。弘長元年七月日付、預所法眼和尚位の花押を伴う。

登場人物
伴実兼、兼賢、兼世、島津庄預所、収納使
宛先
鹿屋院土民等
キーワード
島津庄預所下文、鹿屋院、弁済使職、伴実兼、兼賢、兼世、次男、嫡子、年貢、不忠、収納使、訴申、停職、補任、弘長元年、預所法眼和尚位、花押
前編1-No.636文書確認度 高

島津庄預所下文

島津庄預所が、大隅方鹿屋院の弁済使職に伴実兼を補任した下文。先例、前職者の死去、次男兼盛との関係、年貢・公事の未納や職務執行を検討し、実兼に寺社・荘園所務を勤めさせる条件を定める。

登場人物
伴実兼
宛先
島津庄大隅方鹿屋院
キーワード
島津庄預所下文、伴実兼、島津庄、大隅方、鹿屋院、弁済使職、補任、前職死去、年貢、公事、所務
前編2-No.456記事確認度 高

島津国史

島津国史の記事として、島津氏久(齢岳公)が鹿児島で六十歳で没し、大姶良の龍翔寺に葬られ、男子二人の長男を島津元久(恕翁公)、次男を島津久豊(義天公)としたことを記す。元久は貞治二年に大姶良で生まれ、母は伊集院長門守忠國入道道忍の娘で、嘉慶元年に二十五歳で襲封した。氏久は鹿児島から大姶良・志布志を経て鹿児島へ戻り、狭い東福寺城の拡張を望んだが死去し、元久が鹿児島へ移った際に別城を築いて鹿児島本城(清水城)と称した経緯と、移居時期に関する諸史料の異同を考証する。さらに嘉慶改元・事始と、今川宮内大輔に属して凶徒討伐に忠節を尽くすよう命じた軍事書状を収める。

登場人物
島津氏久(齢岳公)、島津元久(恕翁公)、島津久豊(義天公)、伊集院忠國(道忍)、元久の母、今川宮内大輔
宛先
—
キーワード
島津国史、島津氏久、齢岳公、島津元久、恕翁公、島津久豊、義天公、伊集院忠國、道忍、大姶良、龍翔寺、鹿児島、志布志、東福寺城、鹿児島本城、清水城、襲封、嘉慶改元、今川宮内大輔、凶徒討伐
後編3-No.1443文書確認度 高

本田助允案文

本田助允(元親)が自身の知行内訳と加増約束を記した案文。本箇所はNo.1453と同文のため本文省略。永吉村など計百八十石、勝次郎の次男分の新地、京都への領国安堵使節の功による加増二百石の約束を内容とする。

登場人物
本田助允(元親)、本田勝次郎、島津忠恒(家久)
宛先
該当なし
キーワード
本田助允案文、慶長六年、本田助允(元親)、本田勝次郎、島津忠恒(家久)、知行百八十石、加増二百石、京都使節、No.1453、同文省略
後編3-No.1453文書確認度 高

本田助允元親覚書

本田助允(元親)が自身の知行を整理した覚書。永吉村・入来裏名村・帖佐舟津村・蒲生久徳村・馬越徳満村など計百八十石の内訳と、勝次郎の次男分としての新地、京都への領国安堵使節を重ねた功による加増二百石の約束などを記す。

登場人物
本田助允(元親)、本田勝次郎、島津忠恒(家久)
宛先
該当なし
キーワード
本田助允元親覚書、慶長六年正月十九日、本田助允(元親)、本田勝次郎、永吉村、入来裏名村、帖佐舟津村、蒲生久徳村、馬越徳満村、知行百八十石、加増二百石、京都使節
後編4-No.1570記事確認度 高

島津家久譜

徳川秀忠の上洛命令を受け、島津家久が十五歳の次男又八郎忠平を伴い、元和五年二月上旬に鹿児島を発って京都へ向かい、島津久元・町田久幸が随行したことを記す。

登場人物
島津家久、島津忠平、徳川秀忠、島津久元、町田久幸
宛先
島津家久
キーワード
島津家久譜、徳川秀忠、上洛、又八郎忠平、島津久元、町田久幸、鹿児島、京都、元和五年二月
後編4-No.1576記事確認度 高

島津家久譜

島津家久が本多正純・土井利勝と面会し、将軍還御後の江戸越年、病が回復した次男又八郎忠平を翌年江戸へ出して島津家の質とすることなどを相談し、逐一許可を得て伊勢貞昌を江戸へ遣わしたことを記す。

登場人物
島津家久、徳川秀忠、本多正純、土井利勝、島津忠平、伊勢貞昌
宛先
島津家久
キーワード
島津家久譜、本多正純、土井利勝、江戸越年、又八郎忠平、質人、伊勢貞昌、元和五年
後編4-No.1710文書確認度 中

島津忠広一流系図

島津忠広が義弘の長女御屋地の所領を受け、朝久の二男でありながら延宝五年に光久の命で豊州家を離れ忠朗の次男に準じられ、元禄十六年に没して萬山孤峯大居士と号したこと、および子孫を示す一流系図。

登場人物
島津忠広、島津義弘、島津光久、島津忠朗
宛先
島津忠広
キーワード
島津忠広一流系図、島津義弘、御屋地、豊州家、島津光久、島津忠朗、萬山孤峯大居士、延宝五年、元禄十六年
後編6-No.318記事確認度 高

殉国名藪

殉国名藪の記事。竹下蔵人春綱の次男・重次は入来院伯耆守重国の家臣で、寛永二十年五月十七日に主君の死後を追って殉死したことを記す。

登場人物
竹下蔵人春綱、竹下某重次、入来院伯耆守重国
宛先
—
キーワード
竹下蔵人春綱、竹下重次、入来院伯耆守重国、家臣、殉死、殉国名藪、寛永二十年、五月十七日
追録1-No.1383書状旧記雑録暫定版確認度 高

安智軒書状

安智軒が松平薩摩守へ、伏見へ昨日到着した際の飛札と焼酎一壺・琉球雑用器への謝意を述べ、首尾よく暇を得て帰国することを祝う。次男内匠(久住の傍注)が、大隅殿の御定によって家来の島津又八郎の養子となり、今回国許へ同道するとの知らせを承知し、江戸の一門も無事だと伝える。詳しくは書状で申し達するとする。

登場人物
安智軒、島津綱久、島津内匠、島津又八郎
宛先
松平薩摩守(島津綱久)様
キーワード
安智軒、島津綱久、島津内匠、島津又八郎、伏見、帰国許可、焼酎、琉球雑用品、養子、同道、書状
追録1-No.1384記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津綱久帰国

寛文十一年五月十四日、島津綱久が帰国の暇と例年どおりの拝領品を受け、六月三日に次男内匠を伴って江戸を発った。大坂・播州絵島を経て、参勤途上の父光久と対面し、七月に薩摩へ帰着したのち、仁礼平吉を江戸へ派遣して献上品を届け、帰国許可を謝した記事。

登場人物
島津綱久、島津光久、島津内匠、仁礼平吉
宛先
—
キーワード
島津綱久、島津光久、島津内匠、仁礼平吉、帰国許可、江戸、大坂、播州絵島、京泊、鹿児島、献上、謝礼、記事
追録2-No.3123覚書旧記雑録暫定版確認度 中

佐多豊前へ島津名字を下す手続を定める覚書

御座の間で佐多豊前が召し出され、月番家老から島津名字を下す旨を伝える手続を記す。家老は判物を手渡し、次男以下は従来の佐多姓とすることも伝える。正文が島津本久武にあると付記する。

登場人物
月番御家老(本文記載)
宛先
佐多豊前
キーワード
佐多豊前、島津名字、佐多姓、月番御家老、御座の間、判物、島津本久武、覚書
追録2-No.3151覚書旧記雑録暫定版確認度 中

島津家庶流の名字候補と授与手続を記す覚書

島津家庶流の次男に名乗らせる名字と手続を示す覚書。三木原・平屋・柳・細籠・岩越・大熊・板鼻等の名字を対応する家へ示し、月番家老から伝達する。嫡子以外に名字を名乗らせる件では書付の有無に応じて用人・月番家老への書付で指示する。

登場人物
記載なし
宛先
記載なし
キーワード
島津家、庶流、二男、三木原、平屋、柳、岩越、大熊、板鼻、月番家老、右筆、覚書
追録4-No.454達書写旧記雑録暫定版確認度 高

幕府達書

益之助を大隅守の嫡子とするよう仰せ出され、先に竹姫の猶子となることが決まっていた事情について、竹姫出生の子が女子なら格別、男子でも相極めた家法どおり次男以下は陪臣となるので、出生の時からその趣で取り計らうよう述べ、すでに承知していることではあるが改めて申し聞かせるとする書付。

登場人物
益之助、松平大隅守、竹姫、大田備中守、竹姫用人・女中等
宛先
竹姫君用人・女中等(大田備中守を介する申渡し)
キーワード
益之助、松平大隅守、竹姫、嫡子、家法
追録4-No.455達書写・添書旧記雑録暫定版確認度 高

幕府達書添書

益之助の嫡子・竹姫猶子としての扱いと次男以下を陪臣とする家法について、遠山久四郎から送付された達書の写し。

登場人物
益之助、松平大隅守、竹姫、遠山久四郎
宛先
松平大隅守
キーワード
益之助、竹姫、嫡子、遠山久四郎、家法
追録4-No.1006記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津忠紀、越前島津家を相続す

二百余年断絶していた越前島津家を再興し、島津吉貴の次男壮之助を後継者として一万石・系図・文書を与え、忠紀と改名させる。

登場人物
島津吉貴、島津継豊、島津忠紀、島津忠綱
宛先
—
キーワード
島津忠紀、越前島津家、家名再興、一万石、系図、改名
追録4-No.1474記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津忠紀の元服儀礼と進物・拝領

元文五年三月二日、七歳の壮之助が大隅館で元服し、継豊の病中滞府により貴儔が代わって加冠、比志嶋範房が理髪を務め、忠字を賜って島津周防忠紀と称した記事。忠紀は太刀一腰・塗木弓十張・征矢百本・裸背馬一疋・三種六樽を進上し、三献の盃と短刀を拝領した。吉貴へ太刀一腰・縮緬五巻・馬代白銀三枚・三種六樽を進上し、短刀一腰、桐丸・十文字紋の旗一流、鎧一領、香代金二百疋・樽代金三百疋等を賜った。久周を介して忠顕へも太刀一腰・馬代白銀三枚・三種六樽を進めて謝礼する。竹姫へ干鯛一箱・樽代金、菊姫へ縮緬三巻と三種四樽、須磨方・喜代方等へ香代樽代、栄御方へ干鯛一箱と樽代、嘉久方へ縮緬二巻・干鯛一箱・樽代、幾方へ太刀一腰・縮緬三巻・馬代白銀二枚など、家老・親族・奏者等にも太刀・馬代・紗綾・香代を贈る。元服の祝儀として須磨方の時服、信證院・栄御方・小源太等の干鯛、徳姫御方の紗綾、貴儔の実馬一疋等も列記し、忠紀家の将来の次男以下の男子が、人品に応じて久・紀を実名に用いる命まで記す。

登場人物
島津忠紀、島津継豊、島津吉貴、島津貴儔、比志島範房、頴娃久周
宛先
—
キーワード
忠紀、元服、大隅館、加冠、理髪、忠字、進物、旗、鎧、返礼
追録6-No.976-11覚書旧記雑録暫定版確認度 中

児玉早之丞覚書―浄岸院親類関係の問いと御守殿の回答

浄岸院の親類について確認したい事柄を記し、付札の回答を朱書で残した覚書。寿光院は清閑寺前大納言の兄弟と聞くが、妹であったかを問い、付札には妹とある。冷泉侍従宰相と藤波三位については、浄岸院の兄弟のうち冷泉家・藤波家へ嫁いだ方々との続柄を尋ね、両人の「御懐様方」が浄岸院にとって姉か妹かを問う。付札は、実方の妹久姫が冷泉家へ嫁ぎ、当冷泉侍従宰相・藤波三位・留姫の三人が生まれたこと、冷泉家の次男が藤波家へ婿養子に入ったことを示す。勘解由小路権大夫を「御又娚」とする記載に対しても、浄岸院の兄弟の孫に当たるのか、誰の家の孫なのかを問い、付札には勘解由小路家へ嫁いだのは姪の留姫とある。末尾に辰十二月十九日、児玉早之丞の署名。御前へ差し上げたところ、御守殿年寄へ問い合わせがあり、付札で返答されたので朱書で記録したと付記する。

登場人物
児玉早之丞(原署、目録は児玉実門)、浄岸院、寿光院、清閑寺前大納言、久姫、冷泉侍従宰相、藤波三位、留姫、勘解由小路権大夫、御前、御守殿年寄(原表記大少藤)
宛先
正文は御前へ差し上げた記録。付記に「兼役園橋の御方へ」の表記あり
キーワード
実方・養方の親類照会、婚姻・婿養子、付札回答
追録7-No.無番号_0103書上旧記雑録暫定版確認度 高

近衛基前親類名書(印刷の2)

印刷「の2」の別紙。近衛基前の親族を区分別に並べる。御母は圓臺院宮(経熙室・嶺子王女)、御簾中は維君(徳川氏・泰子)、御嫡は大納言(忠熙)、御縁女は都君(斉興養女)、御弟は大覺寺門跡(充深)と實相院門跡(義海)、御妹は大樹御臺所と享君(東本願寺門主室)とする。御外甥の列には西丸右大将家慶、峯姫(家斉女)、紀伊宰相(家斉男・斉順)、浅姫(家斉女)、元姫(右同)を記す。次頁の御妹子の列には文姫(家斉女)、清水保之丞(家斉男・斉明)、田安要之丞(右同・斉荘)、盛姫(家斉女)、松平乙五郎(家斉男、原注は斉衆と読める)、和姫(家斉女)、溶姫(右同)、松平銀之助(家斉男・斉民)を並べる。末尾に光養君(東本願寺門主嫡)、孫君(同次男)、聖護院宮、田安中納言殿簾中(斉匡)を連記する。全二十五名と傍注を保持し、末尾の「同」の親族対応と松平乙五郎実名注の比定は要確認とする。日付・署名・宛名は本文に示さず、一件の添付として扱う。

登場人物
近衛基前、圓臺院宮、維君、大納言、都君、大覺寺門跡、實相院門跡、大樹御臺所、享君、家慶、峯姫、紀伊宰相、浅姫、元姫、文姫、清水保之丞、田安要之丞、盛姫、松平乙五郎、和姫、溶姫、松平銀之助、光養君、孫君、聖護院宮、田安中納言殿簾中
宛先
宛名なし(0102書状の別紙)
キーワード
近衛基前親類名書の二別紙御母圓臺院宮経熙嶺子維君徳川泰子忠熙都君斉興養女大覺寺充深實相院義海大樹臺所享君東本願寺家慶峯姫紀伊斉順浅姫元姫文姫清水保之丞斉明田安要之丞斉荘盛姫乙五郎斉衆和姫溶姫銀之助斉民光養君孫君聖護院宮田安簾中斉匡御外甥御妹子同対応留保
附録1-No.434文書確認度 中

某下文

兼基の次男である左兵衛尉伴兼村に、岸良村の田畠・山野・狩倉などを相伝して知行させる下文。兼基の父阿佛から伝来した所領で、兼基が配分を定めないまま死去したため、妻子の処遇と証文を踏まえ、兼村に相続・領掌させる旨を命じる。

登場人物
兼基、伴兼村、阿佛、兼基の妻子
宛先
伴兼村
キーワード
伴兼村、兼基、阿佛、岸良村、田畠、山野、狩倉、相伝、知行、相続、領掌、下文、岸良氏文書
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:33系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

梶原景久流系図

『上世略』として梶原太郎を号した景久から景長へつなぎ、景時・景季・景高・景茂らの諸流を展開する梶原景久流系図。景久流と、兼純・滋純・助純・信純・義純・重純・政純らの系線を掲げ、北原弥次郎の称号、薩摩国日置、鹿児島城・別府での討死、官途・法名・嫡子・次男・養子関係を記す。吉田上村、島津式部亮、三俣中野、伊地知、玉利・迫田、伊集院野田など諸家との婚姻を列記し、僧慧原・僧超慶・僧祐寿ら出家者も収める。左注には文明六年の『行脚雑録』に梶原主計が見えること、伊地知尾張守重秀の妻が梶原氏女で、天文三年閏正月七日に没し法名を秀窓妙用大姉としたとの記事を掲げ、墨色の違いと続筆関係も注記する。

登場人物
梶原景久、景長、景時、朝景、景貞、景季、景高、景茂、景氏、景綱、景家、景安、景純、助純、兼純、滋純、信純、義純、重純、政純、頼純、久純、小純、好純、純行、昌純、至純、秀純、伊地知重秀
宛先
—
キーワード
梶原景久流系図、上世略、梶原太郎、景久、景長、景時、景季、景高、北原弥次郎、薩摩国日置、鹿児島城、別府、討死、行脚雑録、文明六年、梶原主計、婚姻、養子、官途、法名、伊地知尾張守重秀、梶原氏女、天文三年閏正月七日、秀窓妙用大姉、墨色違い、続筆
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:119正統系譜・職掌由緒旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

惟宗姓執印氏正統系譜

醍醐天皇第五皇子保明親王の子慶頼王が承平六年(936)に惟宗姓を賜ったとの伝承から、具瞻・正邦・孝親・孝言・忠方・友国・国広らを経て康友へ至る系線と、陰陽頭・能登守・伊賀守・筑前守などの官職を示す執印氏正統系譜。康友を執印一代として薩摩国鹿児島郡司・弁済使に位置づけ、文治年間に新田宮執印職・五大院院主職を子孫代々が補任されたこと、次男友久が高城郡国分寺留守および同所天満宮祢宜・別当職を伝えたこと、康友・友久の子孫が寺社領の領主となり鎌倉・室町両将軍家に代々御家人として仕えたことを記す。新田宮祭礼は、かつて禁裏から勅使が毎年下向したが遠境のため康友の子孫が代勤するようになったとし、家紋を蓬莱亀、氏神を稲荷大明神、祭日を十一月三日とする。

登場人物
醍醐天皇、保明親王、慶頼王、惟宗具瞻、惟宗正邦、惟宗孝親、孝言、忠方、友国、国広、忠友、高友、忠康、忠広、成光、忠久、友光、忠季、友兼、友広、康友、友久
宛先
—
キーワード
惟宗姓執印氏正統系譜、醍醐天皇、保明親王、慶頼王、承平六年、惟宗姓、陰陽頭、康友、執印一代、鹿児島郡司、弁済使、新田宮執印職、五大院院主職、友久、高城郡国分寺留守、天満宮祢宜別当職、寺社領、御家人、禁裏、勅使、新田宮祭礼、蓬莱亀、稲荷大明神、十一月三日
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:130-18系図・貼紙/橋口氏七代・八代および家富子女旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

橋口氏系図

『上世略ス』とする貼紙の橋口氏系図で、河上を小名字とした橋口山城守の諸子・子孫を列記する。家林(次男源左衛門尉、法名道舜)、年家(次男丹波守、法名道慶)、包家(法名永寿)、千代熊丸のほか、僧・女子の人数を記し、年家は薩州祁答院長野口で三十四歳にて戦死したとする。続いて七代家里を次郎左衛門尉・山城守・法名月江、八代守家を次郎左衛門尉・山城守・法名道隣として継承関係を示す。

登場人物
河上家富、河上家里、河上守家、家林、年家、包家、千代熊丸、家富の子女・僧
宛先
—
キーワード
橋口氏系図、貼紙、上世略、河上、小名字、橋口山城守、河上家富、家林、源左衛門尉、法名道舜、年家、丹波守、法名道慶、包家、法名永寿、千代熊丸、僧、女子、薩州、祁答院、長野口、戦死、三十四歳、七代家里、法名月江、八代守家、法名道隣、次郎左衛門尉、山城守
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:1系譜序・天地開闢神話/琉球王統由緒旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

琉球国中山王世系譜

琉球国中山王の世系を説く冒頭序文。未生の初めを太極と称し、混沌から清濁・陰陽が分かれて天地と人物が生じたとする。大地の荒れた時に一男一女が化生し、男女の性に従って夫婦となり、三男二女をもうけた。長男を君王すなわち天孫氏の始め、次男を按司、三男を蒼生、長女を君君、次女を祝祝の始めとし、これによって五倫が備わり大道が開かれ、淳朴・端懿な風俗のもとに神が現れたと述べる。末尾は『是為君真物』以下を略す。

登場人物
天孫氏、按司、蒼生、君君、祝祝
宛先
—
キーワード
琉球国中山王世系譜、太極、混沌、清濁、陰陽、天地開闢、一男一女化生、夫婦、人倫、三男二女、天孫氏、按司、蒼生、君君、祝祝、五倫、大道、淳樸、端懿、君真物、神話
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:403文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

沙弥清本譲状

沙弥清本が孫又七に、大隅国祢寝院南俣内の池縁薗、馬門田・樋渡田、畠田三段、河原小薗などの重代相伝地を、本証文を添えて永代譲与した譲状。嫡子清住とその嫡子清尚の戦死を記し、次男にあたる孫又七へ譲る。天文十三年十一月五日付。

登場人物
沙弥清本、孫又七、右衛門尉清住、弥次郎清尚
宛先
孫又七
キーワード
沙弥清本譲状、沙弥清本、孫又七、右衛門尉清住、弥次郎清尚、祢寝院南俣、池縁薗、馬門田、樋渡田、河原小薗、戦死、永代譲与、天文十三年
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w6:511系図・系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

肝付弥八左衛門家系図

末吉の肝付弥八左衛門家系図。上世の出所は不明とし、肝付石見の実名も不詳とする。兼重(弥八左衛門)は肝付弥左衛門の次男で、八郎兵衛の養子となった。後裔の母方・婚姻を記し、別系の八郎兵衛は井之前半左衛門の次男から養子に入り、法号を教心善阿信士とする。

登場人物
肝付石見、兼重、弥八左衛門、八郎兵衛、井之前半左衛門
宛先
—
キーワード
肝付弥八左衛門家系図、末吉、肝付石見、兼重、弥八左衛門、肝付弥左衛門、八郎兵衛、井之前半左衛門、養子、教心善阿信士、婚姻
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w6:515系図・系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

肝付五左衛門家系図

内之浦の肝付五左衛門家系図。樋脇士・肝付善行院の三男平左衛門は元来清敷衆中で、約五十年前、平田豊前が内之浦地頭であった時に内之浦へ召し移されたという。兼寛に男子がなかったため白坂五左衛門篤盈の次男を婿養子とし、兼通(五左衛門)と名乗らせ、万次郎へ続く系譜を記す。

登場人物
肝付平左衛門、兼寛、兼通、白坂篤盈、万次郎、平田豊前
宛先
—
キーワード
肝付五左衛門家系図、内之浦、樋脇、肝付善行院、平左衛門、清敷衆中、平田豊前、地頭、兼寛、白坂五左衛門篤盈、婿養子、兼通、万次郎
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4E-D0570番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:沙弥仏念譲狀

次男藤原義房へ、曽小河村の弁済使職を譲る。 先例に従う相伝領掌を述べる。 譲状に従い、庄国両方の公事を勤仕するよう定める。 永く領掌する旨を記す。

登場人物
藤原義房
宛先
—
キーワード
曽小河村、弁済使職、公事
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4E-D0573番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:沙弥道勝・藤原義子連署譲狀案

次男藤原義松へ屋敷一箇所と水田を永代譲与し、四至と田地・作人を列記する。 子孫まで相違なく領知し、売却時は兄弟中、不堪の時は一門中で和与して他人の領地にしない条件を記す。 恒例・臨時公事は兄弟相談で置文に従い勤仕し、難治の子細は一門評定に従うよう定める。

登場人物
藤原義松
宛先
—
キーワード
屋敷、水田、兄弟、一門評定