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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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49 件 (全巻)/ 1–49件を表示

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前編2-No.1162文書確認度 中

沙弥天用寄進状

沙弥天用が、島津長門守久俊の御伴料として、薩摩国給黎院下長吉内にある鈴源兵衛の塩屋一宇、三百文相当を伊集院廣済寺へ寄進し、先例どおり知行するよう定めた文書。

登場人物
沙弥天用(判)、島津長門守久俊、鈴源兵衛
宛先
伊集院廣済寺
キーワード
沙弥天用、島津久俊、薩摩国、給黎院、下長吉、鈴源兵衛、塩屋、三百文、伊集院廣済寺、寄進状
後編3-No.429文書確認度 高

島津竜伯書状

島津義久(竜伯)が島津又八郎に、送られた馬を源兵衛尉・平七らに試乗させた結果を報告した書状。馬はおおむね静かで歩みに大きな難はないが、速歩・駆け足に乏しく自分の好みには合わないと評する。又八郎が望むなら渡し、不要なら返答があるまで預かること、船のことにも油断せず国元へ厳しく申し伝えることを述べる。

登場人物
島津義久(竜伯)、島津又八郎(忠恒)、源兵衛尉、平七、萬吉
宛先
又八郎殿
キーワード
島津竜伯書状、島津義久、島津又八郎、馬、試乗、源兵衛尉、平七、歩様、速歩、預置、返答、船、国元、萬吉
後編3-No.1318記録確認度 高

神戸久五郎咄覚

国元から島津義弘(惟新)の陣へ後詰衆が多数到着した際、河田源兵衛と野村弥次郎が曽根の先手で敵を誘い出して交戦し、源兵衛が目立つ騎馬武者を鉄砲で射落とした。本田伊賀守も加勢し、翌朝、石田三成は若年の源兵衛の手柄を賞して腰物を与え、義弘も本田伊賀守へ腰物を与えた。

登場人物
神戸久五郎、島津豊久(中務大輔)、河田源兵衛(河内源五)、野村弥次郎、本田伊賀守、石田三成、薩摩からの後詰衆
宛先
該当なし
キーワード
神戸久五郎咄覚、島津豊久、河田源兵衛、野村弥次郎、本田伊賀守、石田三成、曽根、先手、鉄砲、敵将射落とし、褒賞
後編3-No.1377記録確認度 高

帖佐宗辰覚書

慶長十六年夏、文右衛門が島津義弘(惟新)存命中に再会したいとして薩摩へ下り、帖佐宗辰に取り次ぎを頼んだ。本田源兵衛を介して上聞に達し、義弘は文右衛門を召して関ヶ原当時を語り、加治木に留めて饗応した。文右衛門は入道して「一作」の名を与えられ、褒美を受けて帰った。

登場人物
帖佐宗辰、島津義弘(惟新)、文右衛門、本田源兵衛
宛先
該当なし
キーワード
帖佐宗辰覚書、島津義弘(惟新)、文右衛門、本田源兵衛、慶長十六年、再会、加治木、入道、一作、褒美
後編4-No.112記事確認度 中

島津家久譜

大久保忠隣と本多正信が九月二十五日付の連署奉書を島津忠恒へ送り、領国内にある五百石積み以上の船は商船であっても献上し、淡路国岩屋で九鬼長門守へ引き渡すよう命じた記事。久永源兵衛尉・向井将監も現地にいると伝える。

登場人物
島津忠恒、大久保忠隣、本多正信、九鬼長門守、久永源兵衛尉、向井将監
宛先
—
キーワード
島津忠恒、大久保忠隣、本多正信、五百石船、商船、献上、淡路、岩屋、九鬼長門守、久永源兵衛尉、向井将監
後編4-No.121記事確認度 高

島津家久譜

島津家久譜の記事。島津忠恒が、帰国に関する謝礼、平戸に漂着した琉球船の件、領内を検分したものの命令に応じ得る大船がなかった件などを伝えるため、三原諸右衛門尉重種・喜入吉兵衛尉久洪を使節として駿府および淡路国岩屋へ派遣し、各所で事情を述べさせた。詳細は本多正信・久永源兵衛尉・向井将監・山口直友の返報に見えると記す。

登場人物
島津忠恒、三原重種(三原諸右衛門尉)、喜入久洪(喜入吉兵衛尉)、本多正信、久永源兵衛尉、向井将監、山口直友
宛先
—
キーワード
島津忠恒、三原重種、三原諸右衛門尉、喜入久洪、喜入吉兵衛尉、帰国謝礼、琉球船、平戸、領内検分、大船、使節、駿府、淡路国岩屋、本多正信、久永源兵衛尉、向井将監、山口直友、返報
後編5-No.229文書確認度 高

久永某外五名連署請取状

久永源兵衛ら六名が、進上された大小の角石合計百本を確かに受け取ったことを連署して証明した請取状。

登場人物
久永源兵衛、森川金右衛門、池田図書、駒井次郎左衛門、天野妻右衛門、石野六左衛門
宛先
—
キーワード
久永源兵衛、森川金右衛門、池田図書、駒井次郎左衛門、天野妻右衛門、石野六左衛門、角石、百本、請取状
附録2-No.472文書確認度 高

島津氏老臣某覚書

又八郎の求めに応じて詮議すべき事項として、馬乗源兵衛尉、土井神五郎への役命、樺山権左衛門尉への放中役、村尾の処遇、伊集院忠棟が相良吉右衛門尉を代官に任じた件を列挙した老臣覚書。

登場人物
又八郎、馬乗源兵衛尉、土井神五郎、樺山権左衛門尉、村尾、相良吉右衛門尉、伊集院忠棟
宛先
—
キーワード
又八郎、馬乗源兵衛尉、土井神五郎、樺山権左衛門尉、村尾、相良吉右衛門尉、伊集院忠棟、役職、代官、人事
後編2-No.802文書確認度 高

島津久保覚書

島津久保が、又八郎を公家に取り立てる件、知音の確保、小嶋屋道察への相談、馬乗・旅中役・代官などの担当者を箇条書きにした覚書。上井神五郎には二役、樺山権左衛門尉には旅中の役を命じるなど、久保周辺の随行・家政・交渉を担う人員配置を具体的に示す。

登場人物
島津久保、又八郎、小嶋屋道察、馬乗源兵衛尉、上井神五郎、樺山権左衛門尉、村尾笑栖、相良吉右衛門尉、幸侃
宛先
—
キーワード
島津久保、又八郎、小嶋屋道察、馬乗源兵衛尉、上井神五郎、樺山権左衛門尉、村尾笑栖、相良吉右衛門尉、幸侃、人員配置
後編3-No.1406記録確認度 高

大重平六覚書

大重平六が十四歳で島津義弘(惟新)の朝鮮出兵に供奉した覚書。慶長三年、泗川付近で明軍約二十万が城へ迫るなか、義弘は鉄砲を控えさせて機を待ち、城外へ斬り出して大軍を崩した。敵首三万八千七百余を集め、のち撤退時には小西行長救援や番船との戦闘があり、奪われた義弘の馬印を黒田宅右衛門が敵船から奪還した。

登場人物
大重平六、島津義弘(惟新)、島津忠恒(家久)、川上忠兄、菱刈源兵衛、黒田宅右衛門
宛先
該当なし
キーワード
大重平六覚書、大重平六、島津義弘(惟新)、島津忠恒(家久)、朝鮮出兵、泗川、明軍、鉄砲、敵首、川上忠兄、菱刈源兵衛、小西行長、黒田宅右衛門、馬印
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:107-15書状・上原氏系譜考証/系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

上原尚演書状

霜月二十六日、上原大蔵尚演が上原源兵衛へ、先日の来訪時は病中で十分相談できず残念だったと詫び、系図について税所次郎右衛門へ尋ねて改めて報告し、正月の再訪時に詳しく話したいと伝えた書状。尚演は病状が日増しに回復していることも喜んで報じる。朱書の季安按は、この書状と休兵衛自記に系図がないことから、上原氏に系図が伝わらず、藤原流への接続や古文書中の中原姓も後世の誤りではないかと疑い、曽於郡止上権現の社家に古系図が保存されていたものの、季安自身が十六、七歳頃に上原形部へ頼んで見た内容を覚えておらず、古文書との整合も直接再確認しなければ評価できないとする。付属系図は尚敷・尚盛・尚朝・尚治・尚輔らの家督、養子、婚姻を記し、寛永九年の伊豆守の食禄百五十一石、尚敷の百二十二石、万治二年十二月の百三十八石八升などを掲げる。

登場人物
上原大蔵尚演、上原源兵衛、税所次郎右衛門、伊地知季安、上原形部、上原尚敷、上原尚盛、上原尚朝、上原尚治、上原尚輔、比志島宮内少輔国隆
宛先
上原源兵衛様
キーワード
上原尚演書状、正文家蔵、霜月二十六日、上原大蔵尚演、上原源兵衛、病中、相談未了、税所次郎右衛門、系図照会、正月再訪、病状回復、伊地知季安按、休兵衛自記、系図無之、藤原流疑義、中原姓疑義、曽於郡、止上権現、社家古系図、上原形部、十六七歳、朱書、前文書行間、上原尚敷、上原尚盛、上原尚朝、上原尚治、上原尚輔、家督、養子、婚姻、寛永九年、伊豆守百五十一石、百二十二石、万治二年、百三十八石八升、比志島国隆
追録6-No.2234記事旧記雑録暫定版確認度 中

重豪が父母を養った源兵衛の孝行を褒める

始羅郡帖佐郷餅田村の農夫・源兵衛は幼い頃から父母を世話し、社の集まりで得た食べ物も持ち帰って父母に差し出した。郷里の人々はその孝行を知り、集まりのたびに父母へ分ける品も用意した。父幸左衛門が安永九年に病没した後も、老いた母を世話し続けたため、天明五年夏に重豪が若干の品を賜って褒めた。

登場人物
島津重豪、源兵衛、幸左衛門(父)
宛先
該当なし(記事)
キーワード
島津重豪、源兵衛、幸左衛門、始羅郡、帖佐郷、餅田村、父母、孝行、社の集まり、褒賞、若干品
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:15-1文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島津源兵衛願書

播磨国に住む島津源兵衛の願書。先祖の系譜と感状を根拠に島津家との同族関係を訴え、困窮した家筋を取り立てて奉公を許してほしいと薩摩の役人に願い出る。明和七年十月付。

登場人物
島津源兵衛、彦兵衛家嫡三、三右衛門嫡子次郎、次郎、御太守、家系相績仕候、御役人衆中
宛先
次郎右衛門上揖保庄龍野町、之内女子壱人他家、御太守、御役人衆中
キーワード
島津源兵衛願書、系図・由緒、寺社・宗教、役職・人事
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:187文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 低

久永源兵衛外五名連署請取状

久永源兵衛らの連署請取状として掲げるが、本文は第46号文書と同文のため省略されている。この箇所だけでは内容を確認できない。

登場人物
久永源兵衛外五名
宛先
—
キーワード
久永源兵衛外五名連署請取状、史料内容
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W06_7自記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

瀬戸口源兵衛秀勝・姫木家由緒考(仮題)

瀬戸口源兵衛尉秀勝と姫木家の由緒をめぐる考証。瀬戸口氏の家伝、豊州・清水・姫木との関係、居住地の移動、土地の相伝を古文書や口伝と照合する。

登場人物
瀬戸口源兵衛尉秀勝、姫木家関係者
宛先
宛先明示なし
キーワード
瀬戸口源兵衛秀勝・姫木家・由緒・所領・清水
後編4-No.129文書確認度 高

久永重勝書状

久永重勝が島津忠恒に、段子三端の贈答へ礼を述べ、領内に五百石積み以上の船がないとの報告を駿府・江戸へ伝えるとした書状。十六端帆の船でも五百石を超えるなら淡路へ回すよう指示する。

登場人物
久永重勝(源兵衛)、島津忠恒(陸奥守)
宛先
島津忠恒(陸奥守)
キーワード
久永重勝、島津忠恒、段子、五百石船、十六端帆、駿府、江戸、淡路、船舶調査
後編5-No.351記事確認度 中

鎌田政勝譜

家久の十男・鎌田政勝について、政由・政昭・政道・正信・松千代丸・筑後蔵人などの名、寛永二年六月十三日の誕生、母、鎌田治部政統の養嗣となったこと、伊集院家との養子関係や滑川居住に関する考証を記す系譜記事。

登場人物
鎌田政勝、島津家久、牧源兵衛胤親、鎌田政統、伊集院久族、十右衛門久朗
宛先
—
キーワード
鎌田政勝、島津家久、松千代丸、鎌田政統、伊集院久族、滑川、養嗣、系譜
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 356-9送状・兵站文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

飯米賦渡送状

『飯米賦渡送状』は、十一月二十一日、鮫島源兵衛主従へ真米一斗五升・赤米一斗五升を割り当てる。末尾では、市来湊の七端帆船の上乗として出水へ向かうため、十一月二十二日から主従三十日分の飯米を三原源右衛門・永山覚右衛門が渡すよう命ずる。

登場人物
平田宗直方 三原源右衛門 永山覚右衛門 鮫島源兵衛主従 鮫島源兵衛
宛先
三原源右衛門・永山覚右衛門/鮫島源兵衛主従
キーワード
飯米賦渡送状 平田宗直方 三原源右衛門 永山覚右衛門 出水 市来 鮫島 寛永14年11月21日(飯米算定開始は11月22日)
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:47文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

久永源兵衛外五名連署取状

幕府役人らの連署取状。進上された角石百本を受け取ったことを確認し、石の大小がある旨を記す。寛永六年三月二十六日付。

登場人物
久永源兵衛外五名、石野六、天野麦、駒井次郎、森川金
宛先
—
キーワード
久永源兵衛外五名連署取状、儀礼・贈答、目録・所蔵
追録7-No.526記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪御鷹の鶴拝領(目録526)

家斉が松平源兵衛を芝邸へ遣わし、御鷹が捕らえた鶴1雙を賜った。斉宣が記事の語り手に代わって恩旨を奉じ、老中邸へ赴いて謝恩したと記す。出典は重豪公御譜中、目録も重豪の鶴拝領記事。本文の数量1雙を保持し、使者の実名や代受理由は補わない。

登場人物
家斉、松平源兵衛、斉宣、重豪
宛先
独立宛名なし
キーワード
御鷹鶴、一雙、松平源兵衛、芝邸、斉宣代受、老中謝恩
追録7-No.2074達書旧記雑録暫定版確認度 高

家老座達書

不斷光院寺中の源寿院が、重豪寿像の安置を願って許可されたことを伝える達書。寿像は仏師へ内々に調達させ、増上寺から国家鎮護・武運長久の法文を受け取ったので、別紙図面どおり神殿を造立するよう命じる。完成時には家老が代理参詣し、以後の修覆等は寺が請け持つとする。十月付、文政八年は朱注。家老座に正文控があり、取次として図師崎源兵衛を記す。

登場人物
家老座、不斷光院源寿院、図師崎源兵衛
宛先
不斷光院(御取次経由)
キーワード
家老座、不斷光院、源寿院、島津重豪、寿像、仏師、増上寺、国家鎮護、武運長久、図面、神殿造立、家老代理、修覆、図師崎源兵衛
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 233-1覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

米良九右衛門・左近允与太夫連署覚

御納戸奉行の米良九右衛門・左近允与太夫が、二十目の御持筒一挺について、石神源兵衛・重永重次作との銘があることを示し、九字筒の帳面では照合できないため、委細の由緒を知らせるよう求めた連署覚。本文は丑十二月十八日付だが目録年月日欄は空欄。

登場人物
米良九右衛門、左近允与太夫、石神源兵衛、重永重次
宛先
宛先なし(御納戸奉行連署覚)
キーワード
米良九右衛門、左近允与太夫、御納戸奉行、二十目、御持筒一挺、石神源兵衛、重永重次、九字筒、帳面、由緒照会、十二月十八日
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:101覚書・上原氏由緒旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某覚書

正本家蔵の上原氏覚書。本名字を伊作田入道甫済と伝え、市来の伊作田名と同所の小原城に由来する名乗りだが、系図がないため何代目から上原を称したかは不明とする。源右衛門の名は三代が相伝し、二代目は国分にいた島津義久へ特に奉公し、平田狩野、のち三原七左衛門・川上彦左衛門・川越三右衛門と兵具方を務めた。朝鮮出兵には義久の側に留め置かれたため出陣加増を得なかったが、家久への代替りに際して墨色の『雨之御旗』を運ぶ使者となり、加増五十石を受け、名寄も残るという。妻は吉田作州の娘で、一人娘が鹿嶋駿河守の妻となったため、弟源六左衛門―源兵衛の子・喜左衛門を兄方の養子とし、現源右衛門の父とした。原山の御狩では、本文に伏字を含む出来事で義久に働きを賞され、鉄砲・銀を拝領し、のち兼光作の長刀も受けたが、喜左衛門の江戸上洛中に二品とも家内から盗み出され、行方不明になったと記す。さらに大隅国曽於郡地頭となり、国中の城下ろしの際に城門道具を与えられた記事へ続くが、末尾は『自是切テ無し』として欠落する。

登場人物
伊作田入道甫済、上原源右衛門(二代目・三代相伝名)、島津義久、平田狩野、三原七左衛門、川上彦左衛門、川越三右衛門、島津家久、吉田作州、鹿嶋駿河守、上原源六左衛門、上原源兵衛、上原喜左衛門
宛先
—
キーワード
某覚書、正本家蔵、伊作田入道甫済、上原氏、本名字、市来、伊作田名、小原城、系図欠如、名乗り由緒、上原源右衛門、三代相伝名、国分、島津義久、平田狩野、三原七左衛門、川上彦左衛門、川越三右衛門、兵具方、朝鮮出兵、留守奉公、島津家久、代替り、雨之御旗、墨色御旗、使者、加増五十石、名寄、吉田作州、鹿嶋駿河守、上原源六左衛門、上原源兵衛、上原喜左衛門、養子、原山御狩、鉄砲、銀、兼光長刀、盗難、行方不明、大隅国曽於郡地頭、城下ろし、城門道具、末尾欠落
後編3-No.1537文書確認度 高

島津忠長外三名連署知行目録

比志島国貞・鎌田政近・平田増宗らが、薩摩国加世田小湊村の田畠を源兵衛尉へ安堵した知行目録。日新が以前寄進し、天下の命で召し上げられていた所領を、少将忠恒の命により再び付与した。

登場人物
島津忠良(日新)、島津忠恒(家久)、比志島国貞、鎌田政近、平田増宗
宛先
源兵衛尉
キーワード
島津忠良(日新)、島津忠恒(家久)、比志島国貞、鎌田政近、平田増宗、源兵衛尉、加世田、小湊村、知行安堵
追録5-No.499文書旧記雑録暫定版確認度 高

伊勢貞起申渡書

伊勢貞起が上原十郎左衛門・中馬源兵衛へ、家督相続は願いのとおり島津兵庫に仰せ付けられたと申し渡す。宗信の逝去を公表する際に、詰合の者へこの旨を伝えるよう命じる。

登場人物
伊勢貞起
宛先
上原十郎左衛門・中馬源兵衛
キーワード
伊勢貞起、島津兵庫、家督相続、宗信逝去、御弘め、上原十郎左衛門、中馬源兵衛
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4F-D0590証狀旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:建部重虎証狀

小根占・大根占・田代郷原村の田畠・山畑・下屋敷について、面積と米・大豆高、作人を列挙する。 水田の都合を八段四畝十五分・九斛七斗、畠大豆の都合を五斛二斗二升六勺と記す。 重虎が右の所領と加扶持を村山源兵衛尉へ遣わしたことを証する。

登場人物
肥後甚介、下村五兵、後兵、肥後利右衛門尉盛貴
宛先
村山源兵衛尉
キーワード
建部重虎証狀、所領、加扶持、村山源兵衛尉
追録6-No.181-20達書旧記雑録暫定版確認度 高

幕府廻状

五家の家臣が二月廿四日、松平右近将監から受け取った書付の写を同席の諸家へ廻す。右近将監に召し出され、御用人小堀十太夫を介して書付一通を渡され、同席各家へ通達するよう命じられたと述べる。内容を承知して署名し、右近将監への御請使者を出すこと、在国・在邑の家でも承知のうえ御請を行い、その方法は先例どおりに取り計らうことを求め、数通を作成して持廻りさせる。嫡子がいる家では附衆にも伝達するよう後書する。署名は細川越中守家の中川郡兵衛、松平陸奥守家の谷田作兵衛、松平出羽守家の布施源兵衛、藤堂和泉守家の金谷三郎左衛門、松平薩摩守家の東郷源五。続く一覧は伝達先を四つの経路に分け、上杉大炊頭・松平大膳大夫等へ通達する分、藤堂和泉守家から通達する分、松平出羽守家から通達する分、松平陸奥守家から通達する分として諸家を列挙する。

登場人物
松平右近将監、小堀十太夫、中川郡兵衛、谷田作兵衛、布施源兵衛、金谷三郎左衛門、東郷実孝(源五)
宛先
上杉大炊頭、松平大膳大夫、松平信濃守、伊達遠江守、松平安芸守、松平大和守、松平播磨守、宗対馬守、佐竹右京大夫、松平大学頭、立花左近将監、松平左京大夫、松平筑前守、松平左兵衛佐、丹羽若狭守、松平土佐守、有馬中務大輔、松平阿波守、松平相模守、松平内蔵頭、松平光丸、松平加賀守、松平越前守の各家
キーワード
松平右近将監、小堀十太夫、書付写、同席、御請使者、在国、在邑、先例、持廻り、嫡子、附衆、伝達先一覧
追録5-No.2809重豪、中山王をして家重の訃を弔わしむ旧記雑録暫定版確認度 要

重豪、中山王をして家重の訃を弔わしむ

惇信院の訃報が琉球へ届き、中山王尚穆は前年に豊見城親方へ弔書を託したが、逆風で那覇へ戻り、荷が沈んで装備も潮水で損なわれたため渡航できず、今年改めて豊見嶺親方を遣わした。六月十四日の薩府到着後、重豪は清水源兵衛盛容を継使、田中甚助を宰領として江戸へ遣わし、一行は七月十八日に薩府を発ち、八月二十七日に芝邸へ着いた。九月八日、留守居の案内で清水が秋元凉朝・板倉勝清へ重豪の添翰と尚穆の弔書を届け、忠寄・武元・輝高宛の書状も凉朝が受け取った。十月八日、凉朝・勝清ら各邸で奉書返札と尚穆への報翰を受け、十五日に江戸を発ち十一月二十日に薩府で復命すると、家老は豊見嶺親方に老中報翰・家老添翰を渡し、老中報翰を写して上呈するよう命じた。

登場人物
島津重豪・琉球中山王尚穆・豊見城親方・豊見嶺親方・清水源兵衛盛容・田中甚助・秋元凉朝・板倉勝清・酒井忠寄・松平武元・松平輝高・徳川家重・留守居・家老(氏名不記)
宛先
記載なし(御譜記事)
キーワード
惇信院訃琉球尚穆前年豊見城逆風那覇沈荷、今年豊見嶺六月十四薩府、清水盛容田中甚助江戸七月十八発八月廿七芝、九月八弔書添翰取次、十月十五江戸発十一月廿薩府復命報翰、十月八日返札報翰、報翰模写呈上
追録8-No.218-12家来回覧書状(追記付)旧記雑録暫定版確認度 中

安藝守・越中守関係者の法令回覧書状

大御目付から廻状と御書付写し一通が届いたので、安藝守・越中守が各家への通達を命じ、廻状数通を認めて持ち回らせる旨を伝える九月二十三日付書状。三通のうち一通にある追記として、嫡子がいる家はその方や附衆まで通達するよう求める。本文は清田新兵衛・田中八郎兵衛・福田源兵衛、安藝守内の福永小太夫、梶川銀次郎・中野冨三郎・福永助左衛門を列記し、薩摩守・陸奥守・南部美濃守の留守居へ宛てる。御次第不同の表示を伴う。

登場人物
大御目付(個人名不記)、松平安藝守、細川越中守、清田新兵衛、田中八郎兵衛、福田源兵衛、福永小太夫、梶川銀次郎、中野冨三郎、福永助左衛門、御嫡子・附衆、松平薩摩守・松平陸奥守・南部美濃守の留守居
宛先
松平薩摩守・松平陸奥守・南部美濃守様の御留守居中様
キーワード
大御目付廻状、御書付写一通、安藝守越中守、家来持回り、嫡子附衆への通達、九月廿三日、三家留守居宛、御次第不同
追録8-No.767奥州越後等の戦死者十二名への葬式料と親類への伝達指示旧記雑録暫定版確認度 中

戦死者十二名に五十両ずつを下賜し、親類への伝達を大隊長へ命じる

雑録中。東郷助之丞、有馬十郎次、樺山清五郎、伊勢佐七郎、大迫市郎右衛門、吉田喜右衛門、木村〔名一字判読留保〕次郎、堀添平左衛門、児玉源兵衛、上村珍樹、濱田藤介、阿多新吾の十二名に、金五十両ずつを掲げる。奥州・越後等で戦死したため葬式料として下賜するので、それぞれの親類へ知らせる旨を大隊長へ伝えるよう命じる。末は七月、圖書。追記は七月十四日にこの通り仰せ渡されたと記す。下賜と伝達の指示であり、親類への現金受渡完了までは記していない。

登場人物
圖書(目録島津久治)、東郷助之丞、有馬十郎次、樺山清五郎、伊勢佐七郎、大迫市郎右衛門、吉田喜右衛門、木村〔名一字判読留保〕次郎、堀添平左衛門、児玉源兵衛、上村珍樹、濱田藤介、阿多新吾、各親類、大隊長
宛先
大隊長(各戦死者の親類へ伝達)
キーワード
原767雑録金五拾両宛十二名奥州越後等戦死葬式料親類伝達大隊長七月圖書七月十四仰渡東郷有馬樺山伊勢大迫吉田木村堀添児玉上村濱田阿多
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 358帳簿・船賦旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平田宗直船賦帳 船賦出船申付状

『平田宗直船賦帳』所収の出船申付記事。五枚帆四艘(各水手八人)と四枚帆一艘(水手七人)について主取と上乗を列記し、小湊から出水への出船を命ずる。さらに市来湊船の七端帆一艘(船頭神兵衛尉、水手六人、上乗鮫嶋源兵衛尉)と串船の壱端帆一艘(船頭徳右衛門、船頭・水手十人、上乗永井与兵衛尉)を掲げ、小松原で御上米の積込を終えた運賃船を出水へ出すよう記す。

登場人物
平田宗直 孫右衛門尉 川越四右衛門尉 隼人佐 池田長左衛門 与四右衛門尉 川越善兵衛 次郎左衛門 前田久左衛門 大蔵兵へ尉 神兵衛尉 鮫嶋源兵衛尉 徳右衛門 永井与兵衛尉
宛先
なし(帳簿記事)
キーワード
船賦 五枚帆 四枚帆 運賃船 御上米 小湊 出水 市来湊 串船
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 424覚書・一揆参加村一覧旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

天草覚書

中村の古城を十一月初めに山城伝兵衛が取り立てて籠ったが、寺沢方への熊本勢の加勢を聞き、十二月三日ごろ一揆勢が退いて原城へ集まったと記す。切支丹に与した村々を列記し、多くは村全体の参加とする一方、町村では庄屋源兵衛一人が味方であったと注記する。末尾の集計は十七か村で、千々石内の木場山一村も敵となったと記す。

登場人物
山城傳兵衛 庄屋源兵衛
宛先
なし(覚書)
キーワード
参加村 原城移動 十七か村 庄屋
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4F-D0591証狀旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:建部重虎証狀

十石衆の村山源兵衛尉に関して、田畠・居屋敷と石高、森山・藤為・北之三郎などの作人を列挙する。 惣合を九反五畝九ト・十石九升八合、京押の右之分を十三石三斗一升七勺と記す。 重虎は右の知行を遣わしたことが実であるとして証状を出す。

登場人物
村山源兵衛尉、森山、藤為、北之三郎、須美越右衛門尉重曉、根占掃部介重能
宛先
—
キーワード
建部重虎証狀、知行
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4F-D0592証狀旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:根占重張・野久尾重忠連署証狀

田畠・屋敷などの知行地と、御加扶持の分を列挙する。 田方五段九畝十五分・八石一斗七升二合、畠方一町貳反三せ一分・十一石八斗九升四合と記す。 惣合一町八反貳畝十六分、分米廿斛六升六合の知行を村山源兵衛尉へ遣わしたことを証する。 野久尾加賀右衛門尉重忠と根占掃部助重張が署判する。

登場人物
村山源兵衛尉、東九兵衛尉、二宮志摩助
宛先
—
キーワード
知行、御加扶持
追録5-No.1363申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

平田正輔申渡書

平田靱負正輔が中馬源兵衛の名を掲げ、治水手伝の御用銀調達について申し渡す。入用額は未確定だが概ね十四・五万両ほどを見込み、当地から差し上げるのは調達が難しいため、上方で借り入れるほかないとする。当面別の重い御用はなさそうで、銀主の協力を頼み、出銀できる時には少しでも金を出すよう段々に事情を説明して熟談することを求める。上原十郎左衛門・久保七兵衛及び京都・大坂の算用役と相談し、こちらからの出金をできるだけ少なくする方針を示す。重年公御譜中・扣正文在家老座の注を持ち、正月の書付である。

登場人物
平田靱負正輔
宛先
中馬源兵衛(冒頭名書)
キーワード
治水助役、御用銀、十四五万両、借銀、銀主、上原、久保
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 354-14送状・兵站旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

飯米賦渡送状

鮫島源兵衛尉主従へ真米一斗五升・赤米一斗五升を渡す。市来湊の七端帆を加世田衆の上乗船とし、二十二日以後三十日分の飯米を支給する。

登場人物
—
宛先
是枝喜右衛門/鮫島源兵衛尉主従
キーワード
飯米賦渡送状、市来湊、小松原
追録1-No.733書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津久茂書状

島津久茂が国元の役人らへ、将軍家綱の機嫌を聞く使者と書状の取次ぎ、島津光久への礼使・使者の手配、在府家臣の配置と留守居について報告・指示した書状。

登場人物
島津久茂、島津光久、徳川家綱、川口源兵衛、太守、右衛門
宛先
島津図書、島津筑前、鎌田筑後、伊勢兵部、新納右衛門、町田勘解由、鎌田源左衛門
キーワード
島津久茂、島津光久、徳川家綱、機嫌伺い、使者、礼使、在府家臣、留守居
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 362-3送状・兵站文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

浦水手送状

十一月二十二日、片浦から立てた浦水手の受取を命ずる送状。船頭壱岐・蔵右衛門・市右衛門・弥九郎と宇兵衛尉以下を列記し、第一群を三十二人とする。さらに助之丞・与介・惣五郎・弥右衛門・三右衛門尉・神介・少右衛門・杢之介の八人を別に掲げ、永山覚兵衛尉・三原源右衛門へ受取を申し付ける。

登場人物
壱岐 蔵右衛門 市右衛門 弥九郎 宇兵衛尉 市十郎 長三郎 善十郎 宗三郎 大蔵 彦助 長左衛門尉 小平次 助三郎 助太郎 弥介 拾三郎 宇左衛門尉 杢左衛門 助拾郎 弥四郎 長右衛門 弥五郎 長十郎 源兵衛尉 三次郎 河右衛門 五郎左衛門 源右衛門 長吉 清三郎 勝八 助之丞 与介 惣五郎 弥右衛門 三右衛門尉 神介 少右衛門 杢之介 永山覚兵衛尉 三原源右衛門
宛先
永山覚兵衛尉・三原源右衛門
キーワード
浦水手 片浦 三十二人 八人 船頭
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 672人数究帳・鹿児島衆天草出陣の人数日数集計旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

鹿児島衆天草立軍衆人数究帳

寛永十五年正月から三月まで、鹿児島衆から天草へ出陣した諸士について、一人ごとに主従の内訳、従軍期間、延べ日数を列記した人数究帳。大身衆から多数の家臣までを連続して記録し、末尾で被官・夫を合わせた人数九万五千三百七十六人と集計し、寛永二十一年正月二十六日に一日賦として照合した旨を記す。

登場人物
黒田三左衛門 土持左馬権頭 鳴海豊後守 喜入摂津守 北郷佐渡守 東郷若狭守 肝付三郎四郎 入来院石見守 吉利下総守 伊地知拾左衛門 宮原五兵衛 藤井伊左衛門 有馬久右衛門 伊地知堅右衛門 大馬場源兵衛
宛先
なし(人数究帳)
キーワード
鹿児島衆天草立軍衆人数究帳 寛永十五年 正月 三月 天草 主従 被官 夫 従軍日数
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 747-3人数差出・在陣延べ日数旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

有馬陣立人数差出

加久藤地頭仮屋に伝わる有馬陣立差出。伊地知重政の主従21人について、与力・供人を帰還日別に列記し、正月十六日からの在陣日数を計算する。二月八日唐津から帰還した組、二月十七日・二十三日および三月八日に有馬から帰還した組を記し、惣合日数1342日とする。寛永十八年二月十二日付、谷口次郎左衛門と伊地知弥右衛門の署名がある。

登場人物
伊地知重政 谷口次郎左衛門 伊地知弥右衛門重延 立久井七介 喜左衛門 但馬介 源兵衛 助市 休右衛門 松岡長右衛門 荒竹弥五右衛門 池上内膳亮 彦作 西田七左衛門 長崎与吉 江平清右衛門 中馬弥市 ほか供人
宛先
なし(人数差出)
キーワード
有馬陣立 主従 与力 帰還 延べ日数 差出
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w02:22法度旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

山法錠之事

山狩の法度。犬・猪・鹿を射る際の射手と矢の扱い、獲物の分配、行司の役割、狩場での振る舞いを細かく規定する。末尾には山野・水・海の神々に誓う長い起請文を付し、違反を戒める。

登場人物
鎌田覚後、奥山太郎、狩人、射手、行司、山野御神、海龍王、水神
宛先
奥山源兵衛・納山狩野介ほか関係者
キーワード
山法錠、狩猟法、射手、矢、犬、猪、鹿、獲物分配、行司、起請
前編2-No.1232文書確認度 高

藤原久景寄進状

藤原久景が廣濟寺へ、薩摩国給黎の下永吉給にある源兵衛塩屋一所を、不盡用公禅門の追善のため寄進し、子孫も相違してはならないと定めた寄進状。

登場人物
藤原久景(判)、不盡用公禅門
宛先
廣濟寺
キーワード
藤原久景、不盡用公禅門、廣濟寺、薩摩国、給黎、下永吉給、源兵衛塩屋、追善、寄進状
追録1-No.317記事旧記雑録暫定版確認度 高

新納忠秀への殉死者名

慶安三年五月八日、新納刑部大輔忠秀に殉死した田代諸右衛門、源兵衛、西田亀右衛門を挙げる。田代は大口衆、源兵衛は忠秀の小者、亀右衛門は家臣で同じく殉死した旨の注が付く。

登場人物
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宛先
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キーワード
新納忠秀、田代諸右衛門、源兵衛、西田亀右衛門、殉死、大口衆、小者、家臣
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:58系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊東作太夫家系図

伊東作太夫家の系図。祐康は井尻を号し源兵衛を称し、祐能は孫右衛門として伊作久逸に仕え、加世田で戦死したと記す。傍注はその時を久逸が戦死した明応九年庚申十一月十一日であろうとする。祐秀は四郎左衛門で間瀬川に戦死。祐貞は伊賀守として日新公に仕え、天文七年戊戌に日州日知屋へ移って地頭となった。別系の祐盛は伊賀守で功があり、祐盈は太郎四郎を称して京都で没した。末尾の祐義は伊左衛門、寛永十一年生まれで母を仁礼蔵人の女とし、養子で実は喜入休右衛門久守の三男、伊東へ改号したと記す。島津光久の江戸下向時に平戸で没した。

登場人物
祐康、祐能、伊作久逸、祐秀、島津忠良(日新)、祐貞、祐盛、祐盈、祐義、仁礼蔵人、喜入休右衛門久守、島津光久
宛先
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キーワード
伊東作太夫家系図、祐康、井尻、源兵衛、祐能、孫右衛門、伊作久逸、加世田戦死、明応九年十一月十一日、祐秀、四郎左衛門、間瀬川戦死、祐貞、伊賀守、日新公、天文七年、日州日知屋、移住、地頭、祐盛、有功、祐盈、太郎四郎、京都死去、祐義、伊左衛門、寛永十一年、仁礼蔵人女、養子、喜入休右衛門久守、三男、伊東改号、島津光久、江戸下向、平戸死去
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w6:519系図・系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

津曲休右衛門家系図

本文に『伴家津曲氏一流系図』と題する津曲休右衛門家の系図。天智天皇・大友親王から余那足、善名、国通、仲用、兼行以下を連ね、兼善(源兵衛)ら津曲氏諸代の官職・通称・法名、母方、婚姻と分岐を記す。

登場人物
天智天皇、大友親王、余那足、善名、国通、仲用、兼行、津曲氏歴代
宛先
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キーワード
津曲休右衛門家系図、伴家津曲氏一流系図、天智天皇、大友親王、余那足、善名、国通、仲用、兼行、兼善、源兵衛、津曲氏、官職、法名、婚姻
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w09:33加久藤での一向宗本尊差出し報告旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

西田時通外二名連署書状

加久藤で樋口筑後・中堀源兵衛・樋渡弥兵衛らから一向宗本尊を差し出させ、さらに五人組の調べで七兵衛の保管も判明したと宗体奉行へ報告する。

登場人物
本文記載人物(詳細は本文画像参照)
宛先
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キーワード
加久藤、樋口筑後、中堀源兵衛、樋渡弥兵衛、一向宗本尊、五人組
追録5-No.1337家老連署返書(行間朱書)旧記雑録暫定版確認度 要確認

伊勢貞起外五名家老連署返書

国元の伊勢貞起ら六名から島津主鈴・主殿への返書。原本はNo.1336の長文に行間の朱書として返答を収め、末尾に正月十五日の朱日付がある。国元六名から島津主鈴・主殿への返答として、惣奉行・添奉行等の派遣準備、京都所司代・大坂城代及び長崎・近隣への通知、京都・大坂での借入と国元の出金を承知した旨を記す。中馬源兵衛の派遣を記す返答もあり、借入を急ぐ指示への対応が読み取れる。最後に命令書写三通・問合書一通・首尾書六通を受領し、照会・打合せを急ぐと返す。

登場人物
伊勢兵部貞起、義岡相馬久中、新納内蔵久品、鎌田典膳政純、平田靱負政方、市来左中
宛先
島津主鈴久郷、島津主殿久海
キーワード
治水助役、連署返書、行間、惣奉行、添奉行、役人派遣、近隣通知、借銀、受領
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID C:111文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

山法掟之事

御狩の『山法掟』二十条。猪鹿を貴人へ見せる際の並べ方、行司の作法、狩りが延期された場合の獲物の納め先、矢が当たった獲物を誰の手柄とするか、犬を用いた場合の配分などを細かく定める。後半には獲物を解体した際の各部位の配分と、山神などに向けた狩りの祭文を収める。末尾に大山源兵衛・納山狩野介の連判があると記す。

登場人物
山法掟之事、山口四郎、中山三郎、山太郎
宛先
一貴人、毛之方、山口四郎、中山三郎、山太郎
キーワード
山法掟之事、役職・人事、法令・裁許、目録・所蔵
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:15-2文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

三右衛門外一一名連署口上

島津源兵衛の願いを支持する連署口上。源兵衛が自分たちと同姓一族で、系図や感状を所持すると述べ、家筋を認めて取り立てるよう求める。明和七年十月付。

登場人物
三右衛門外一一名、御役人衆中
宛先
御役人衆中
キーワード
三右衛門外一一名連署口上、系図・由緒、寺社・宗教、役職・人事