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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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35 件 (全巻)/ 1–35件を表示

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追録8-No.535-6軍用料寄付者への太平布賞賜通知旧記雑録暫定版確認度 中

軍用料を寄付した出水の松野次兵衛へ太平布十足を賜う通知

原の6の通知。出水麓町人松野次兵衛が去夏の英船渡来時、出水御備組の出陣に軍用料金百両を差し出し、以前にも度々品物を施行したこと、今回の急変でも別に寄付したいと申し出たことを聞き、太平布十足を賜うとする。地頭が宅で本人へ伝え、品物の渡し方は御勝手方へ知らせるよう命じる。八月式部、子八月十七日北條織部取次の申渡注。太平布の原単位を保持し、軍用料百両と今回の金額不記の寄付申出を合算しない。

登場人物
出水麓町人松野次兵衛、式部、北條織部、地頭、御勝手方、出水御備組
宛先
松野次兵衛への賞と地頭・勝手方への通知
キーワード
原六出水麓町人松野次兵衛、去夏英船渡来出水備組出陣軍用料金百両、以前品物施行今度寄付申出、太平布十足賞、地頭宅通知勝手方品物渡、八月式部子十七北條織部取次
後編3-No.605記録確認度 高

諸家大概二渡氏伝

二渡氏伝が、伊地知伯耆守の三男が二渡家の養子となり、二渡次兵衛を称したことを記す。朝鮮出陣前、五百石相当の軍役を自力で勤めれば帰国時に五百石を与えるとの命を受け、養父が取り立てて軍役を負担させ、次兵衛は渡海して軍功を立てた。その後、兵具奉行に任命されて勤務したとする。

登場人物
二渡次兵衛、伊地知伯耆守
宛先
—
キーワード
二渡氏伝、二渡次兵衛、伊地知伯耆守三男、養子、自力軍役五百石、朝鮮渡海、軍功、兵具奉行
後編3-No.978文書確認度 高

太田友一書状

太田友一が薩州少将の側近へ、前日十五日に大坂便船があった一方、内府徳川家康の使者・山口勘兵衛が五日に大坂を出船したとの風聞はあるものの、佐賀関にはまだ着いていないと報告する。山口が少将方へ直行した場合と当地へ着岸した場合の双方を想定し、渡次兵衛を飛脚として遣わして直談させる手配を述べる。当地にいる自分へ用件があればいつでも命じるよう求め、寺沢広高も十日に大坂へ着船したと知らせる。

登場人物
太田友一(美作守)、島津忠恒(薩州少将)、徳川家康(内府様)、山口勘兵衛、渡次兵衛、寺沢広高
宛先
薩州少将様人々御中
キーワード
太田友一書状、薩州少将、徳川家康、内府様、山口勘兵衛、大坂、便船、佐賀関、着岸、直行、渡次兵衛、飛脚、直談、寺沢広高、十二月十六日
後編5-No.873文書確認度 中

伴天連人数書付

逃亡した伴天連トウマス次兵衛(三十八歳)と、小者甚吉(三十歳)の二人について、氏名・年齢・身分を記した人数書付。

登場人物
トウマス次兵衛・甚吉
宛先
—
キーワード
伴天連、トウマス次兵衛、甚吉、三十八歳、三十歳、小者、逃亡者、人数書付
追録1-No.1800覚書旧記雑録暫定版確認度 中

新納喜右衛門(久行傍注)覚書

新納喜右衛門が有馬次兵衛・真壁親方へ、来年の江戸使者に備え、前年に指示した献上品を重ねて確認し、衣裳や道中乗掛・支度が粗略とならぬよう整えることを命じる。江戸の宿方とも事前相談し、当夏の名護按司上国についても出船が遅れ順風に間に合わなくならぬよう報告を求める。

登場人物
新納喜右衛門(久行傍注)、有馬次兵衛、真壁親方、名護按司
宛先
有馬次兵衛殿、真壁親方
キーワード
新納喜右衛門、久行傍注、有馬次兵衛、真壁親方、来年江戸使者、献上品、麁相、衣裳、道中乗掛留保、宿方、名護按司当夏上国、出船順風
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 514覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

赤川次兵衛尉・瀬戸山種左衛門尉連署覚

赤川次兵衛尉・瀬戸山種左衛門尉は御改奉行柳元喜左衛門尉へ、寛永十二年の宗門改めで人を隠した三件の科人について報告する。八十歳余りの盲人、男女四人、三十七歳の病人孫七をそれぞれ隠したため捕縛され、五人組預けとなったが、長期拘束が難しく五人組の相談で縄を解いて引き続き預かった。第一・第三件では五人組一人につき二貫文を納め、第二件は隠し人を申告したため科料なしとする。第二・第三件には、寛永十五年二月に旧改奉行野村監介・後醍院喜兵衛尉から赦免の書状が曖衆へ届いたことも記す。

登場人物
赤川次兵衛尉、瀬戸山種左衛門尉、野村監介、後醍院喜兵衛尉、柳元喜左衛門尉
宛先
柳元喜左衛門尉(御改奉行)
キーワード
寛永十六年三月十五日、赤川次兵衛尉、瀬戸山種左衛門尉、柳元喜左衛門尉、野村監介、後醍院喜兵衛尉、加久藤、栗下村、中福良村、宗門改め、隠し人、盲人、男女四人、孫七、病人、捕縛、五人組預け、縄解き、科料、一人二貫文、申告、赦免
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:14-18書状・城中合戦奮戦賞賛/敵二人首級+後続系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

二月廿九日片山次兵衛尉重次書状

片山次兵衛尉重次が薩摩様配下の指宿内蔵助へ、前日に城中で初めて対面して見た働きは筆舌に尽くしがたいほど比類なく、敵二人の首級を挙げた手柄に驚いたと伝えた二月二十九日付書状。重次自身も首級を拾ったが、今になって思えば拾うべきではなかったと述懐し、薩州衆の前日の働きについても重ねて言及する。後続系譜には、出水・福山居住、忠能以下の没年・法名・婚姻・養子関係、弥作が七島口之島に住んだことまでを記す。

登場人物
片山次兵衛尉重次、指宿内蔵助、薩摩様、薩州衆、敵二人、忠能、忠方、忠寿、忠陳、元知、元喬、元寛、元徳、弥作、本田権右衛門親定、平田氏女、種子田氏女
宛先
薩摩様御内・指宿内蔵助様人々御中
キーワード
二月廿九日、片山次兵衛尉重次、指宿内蔵助、薩摩様御内、薩州衆、城中初対面、比類なき働き、敵二人、首級、手柄、出水、福山、忠能、忠方、忠寿、忠陳、元知、元喬、元寛、元徳、養子、婚姻、法名、七島口之島、弥作
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w6:487文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

喜入次兵衛・相良主税連署覚

喜入次兵衛・相良主税が連署した覚。津曲清兵衛が先頃江戸で身を捨てて格別に奉公した忠節を賞し、褒美として知行高百石を拝領させる。あわせて梶山見廻の勤めについては追って指示すると伝える。延宝五年六月九日付。

登場人物
津曲清兵衛兼治、相良主税長清、喜入次兵衛久甫
宛先
津曲清兵衛
キーワード
喜入次兵衛・相良主税連署覚、津曲清兵衛、肝付兼治、相良主税、喜入次兵衛、江戸、奉公、忠節、褒美、知行百石、梶山見廻、延宝五年
後編5-No.872文書確認度 中

榊原職直・仙石久隆連署書状

榊原職直・仙石久隆が、ある村の山中に潜伏していた伴天連とその妻が山狩りの際に逃亡したため、領内へ入った場合は捕縛するよう各地へ命じた書状。

登場人物
榊原職直(飛騨守)・仙石久隆(大和守)・伴天連トウマス次兵衛・甚吉
宛先
松平大隅守家老中
キーワード
榊原職直、仙石久隆、伴天連、キリシタン、潜伏、山狩り、逃亡、捕縛、領内
追録2-No.1293記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津忠置、近衛家熙へ謝使を遣わす

北郷家伊豆忠置の譜に、元禄十五年十月、忠置が右大臣家熙へ使者をもって謝したいと太守綱貴へ願い、許可を得て家臣北郷次兵衛久高を上洛させ、礼を述べさせたと記す。叙述記事のため宛先欄は空欄とし、謝礼対象を概要・人物欄で記録する。

登場人物
北郷忠置・太守綱貴・右大臣近衛家熙・北郷次兵衛久高
宛先
—
キーワード
島津忠置、北郷家、近衛家熙、右大臣、島津綱貴、謝使、許可、北郷次兵衛久高、上洛、謝礼、元禄十五年十月、記事
追録6-No.181-74報告書旧記雑録暫定版確認度 中

佐久間村央(留守居)首尾書

日光山法会が滞りなく済んだことへの祝儀と、国許への御暇を仰せ出されたことを、使者に伝えるよう仰せ付けられた旨を記す。その御口上に応じて、今日、使者を勤めた首尾を、四月十八日に佐久間新左衛門が左中様へ報告する。法会終了への祝儀、帰国の御暇、使者への御口上伝達を分けて示し、帰国が既に済んだとの記述にはしない。 これに先行する日付のない覚には、御老中松平右近将監の取次香取庄右衛門、松平右京大夫の津田庄次兵衛、松平周防守の小田五左衛門、阿部伊豫守の太田藤蔵を載せる。御側御用人板倉佐渡守の記載に続き、取次富岡又吉がある。後半の「若御年」には「寄脱カ」の注があり、小出信濃守の取次早田軍治、松平摂津守の佐藤六左衛門、水野壹岐守の山本喜兵衛、酒井石見守の梅野八右衛門、鳥井伊賀守の小笠原丹下を載せる。取次覚と十八日付首尾の各内容・日付を分けて示す。

登場人物
佐久間村央(新左衛門)、御使者、島津久金(左中)、松平右近将監、香取庄右衛門、松平右京大夫、津田庄次兵衛、松平周防守、小田五左衛門、阿部伊豫守、太田藤蔵、板倉佐渡守、富岡又吉、小出信濃守、早田軍治、松平摂津守、佐藤六左衛門、水野壹岐守、山本喜兵衛、酒井石見守、梅野八右衛門、鳥井伊賀守、小笠原丹下
宛先
左中様
キーワード
佐久間村央(新左衛門)、御使者、島津久金(左中)、松平右近将監、香取庄右衛門、松平右京大夫、津田庄次兵衛、松平周防守、小田五左衛門、阿部伊豫守、太田藤蔵、板倉佐渡守、富岡又吉、小出信濃守、早田軍治、松平摂津守、佐藤六左衛門、水野壹岐守、山本喜兵衛、酒井石見守、梅野八右衛門、鳥井伊賀守、小笠原丹下、前置取次覚、若御年、寄脱カ、御口上、御国許、御暇、四月十八日
追録6-No.801記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪、家臣の忠僕を褒賞する記事

加治木家臣市来太次兵衛の僕清八が、太次兵衛に仕えて力を尽くしたので、この年冬十月、青銅三百匹を与えて褒賞した記事。加治木家臣に続く注は、圓徳公の大統入承後に嗣なく、今は加治木家跡と称する旨を説明する。出典は御譜中。

登場人物
重豪、加治木家臣市来太次兵衛、僕清八、圓徳公(注)
宛先
—
キーワード
市来太次兵衛僕清八、忠勤、冬十月褒賞青銅三百匹、加治木家跡注
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 195記録・記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某記事

長崎古川町の次兵衛が寛永十二年以来出奔していたところ、寛永十四年六月十五日、片淵助右衛門の訴えによって召し捕らえられ斬罪となった記事。次兵衛が戸町御番所西方の大岩の裂け目に金鋲を隠し、後世その場所を金鋲谷と呼んだとの伝承を記す。

登場人物
次兵衛、片淵助右衛門
宛先
なし
キーワード
某記事、次兵衛、片淵助右衛門、金鋲谷、長崎
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 378合戦手柄称賛書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

片山重次書状

片山次兵衛尉重次が、前日の城中で初めて会った指宿内蔵助の働きと手柄を比類ないものと称賛した書状。指宿が敵二人の頸を切り捨てたこと、片山自身も頸を切り捨てたが、後から捨てなければよかったと思っていることを述べ、指宿も同様に考えているだろうと推量する。追而書では、薩州衆の前日の働きは申し尽くせず各所で評判になっているとする。二月二十九日付。編者注は『旧記雑録附録一』一三四号文書と同文とする。

登場人物
片山重次(片山次兵衛尉)
宛先
指宿内蔵助様・人々御中(薩摩様御内)
キーワード
片山重次、片山次兵衛尉、指宿内蔵助、薩摩様御内、人々御中、城中、前日の働き、手柄、敵2人、頸切捨て、片山自身の頸切捨て、後悔、薩州衆、評判、二月二十九日、旧記雑録附録一134号同文
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w9:114系図・平姓加世田氏旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平姓加世田氏系図

平姓加世田氏の長大な系図で、桓武天皇五代の平良文を祖とし、村岡・鎌倉などの系線から薩州へ続くとする家伝、各代の婚姻・養子・官途・法名を載せる。景通を源頼光朝臣の四天王の一人とし、信道らを代々川辺の城主と記す。益盛には十三歳で肥後の首級を得たこと、高城での働きと知行加増の記事があり、忠吉には平治元年の追罰による琉黄島への流罪を記す。後代では家長が慶長三年に朝鮮国の番船で戦死し、子がなかったため景昌が跡を継いだとする。末尾の別紙には加世田新兵衛尉の朝鮮国での戦死、弟次兵衛の別家創設、折田清七郎三男を養子に迎えたことを記し、嫡流と分家の継承を補う。

登場人物
桓武天皇、平良文、景通、信道、益盛、忠吉、家長、景昌、加世田新兵衛尉、加世田次兵衛、折田清七郎
宛先
なし(系図)
キーワード
平姓加世田氏系図、桓武天皇、平良文、村岡、鎌倉、薩州下向、源頼光四天王、川辺城主、益盛、肥後首級、高城、知行加増、忠吉、平治元年、琉黄島流罪、家長、景昌、慶長三年、朝鮮国番船戦死、家長無嗣、加世田新兵衛尉、次兵衛、折田清七郎、別紙、養子、分家
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID A:6-18文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某書状

田中藤次兵衛の交替人について相談し、不慣れな者では勤まらないとして長崎長右衛門と徳永半左衛門の起用を提案し、同意があれば申し渡すと伝えた九月十八日付の書状。追伸では、程村紙の紙漉き枠一つを川野長右衛門方から受け取れると知らせる。

登場人物
田中藤次兵衛、長崎長右衛門、徳永半左衛門、平田清右衛門、川野長右衛門
宛先
平田清右衛門
キーワード
田中藤次兵衛、長崎長右衛門、徳永半左衛門、平田清右衛門、川野長右衛門、人員交替、程村紙、紙漉き枠
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID A:6-37返答書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某返答書

田中藤次兵衛の役渡し後に亀の役を免じ、後任に徳永半左衛門を充てると指示する。御記録の外題は福昌寺内の長田という出家に書かせるよう命じた返答書。

登場人物
田中藤次兵衛、徳永半左衛門、長田、平田清右衛門
宛先
平田清右衛門
キーワード
田中藤次兵衛、徳永半左衛門、平田清右衛門、福昌寺、長田、御記録外題、役替、書写
追録1-No.399文書旧記雑録暫定版確認度 高

新納忠清証状

坪村の年貢高・知行分について申理を認め、当毛から取納してよいことを証した新納忠清の証状。

登場人物
新納忠清
宛先
田代次兵衛
キーワード
新納忠清、田代次兵衛、坪村、知行、年貢、取納、証状
追録5-No.892書状旧記雑録暫定版確認度 高

島津久柄・島津久郷家老連署書状

主殿久柄・主鈴久郷が六月六日、平田靭負正輔・市来左中政方へ、延岡領宮崎郡長峯村の百姓男女九十一人が先月七日に逃散し、同九日に穆佐へ入った件を知らせる。御目付藤野次兵衛・横目石川正右衛門を差し向け、十五日の報告を受けた後、穆佐からの書通と宮崎代官との対談により事情を調べた。前年の年貢取納が不適切だったため、百姓らの頭取は延岡へ訴えていたが、返答を待ちきれず退散したという。宮崎大郡役の清水五郎右衛門から渡邊今右衛門を遣わし、逃散の事情を承知したこと、首謀者の罪の軽重を定め、赦免される者もあろうことを説き、帰参を勧めた。しかし百姓らは当分このまま召し置いてほしいと願い、急に引き取らせるのは難しいとの報告があった。正徳五年、延岡の百姓四百人余が穆佐へ逃れて来た際には、江戸・大坂・長崎への先入来の御届を命じられ、ほどなく帰った例がある。この先例に照らし、今回すぐに帰参しないならば同じ三所へ御届を出すこと、隅州に伺い、御届書を調べ、近日の飛脚で申し上げることを求める。百姓らが心から帰るよう、先例を示して延岡の家老へ書通し、必要なら彼方の役人とも対談してほしいと依頼する。藤野次兵衛一人では難しい場合もあろうと相談し、留守居岩下佐次右衛門を差し向け、昨日穆佐へ出張させたと記す。

登場人物
嶋津主殿久柄・島津主鈴久郷・藤野次兵衛・石川正右衛門・清水五郎右衛門・渡邊今右衛門・岩下佐次右衛門(方隆)・平田靭負正輔・市来左中政方・隅州・長峯村百姓男女九拾壱人
宛先
平田靭負正輔・市来左中政方
キーワード
延岡領宮崎郡長峯村、百姓男女九十一人、先月七日逃散、九日穆佐入来、十五日報告、年貢取納、訴願、帰参勧告、罪の軽重、赦免、正徳五年、百姓四百人余、江戸・大坂・長崎御届、隅州、飛脚、延岡家老、留守居岩下佐次右衛門
追録8-No.215-1縁組使の記録・問合控の本文群(の1~の2)旧記雑録暫定版確認度 中

虎寿丸・信君縁組使の上京報告と問合控

印刷「の1~の2」を収める縁組使の記録と問合控。虎寿丸と近衛右大臣忠熙の女子信君の縁組を整えるため、国許から上京して相手方の用人等と掛け合い、二月十九日の勤めに支障がない旨を田尻次兵衛から得たと記す。十八日に大坂を発ち伏見へ着き、十九日に錦御屋敷・竹之間で右府・大納言・信君への時候口上と手扣書を伝え、虎寿丸が当六歳であるとして縁組と御許容を願う。翌二十日には返答書と中川讃岐守の奉札、面会や料理・茶、御太刀等の拝領、用人間の調整を記す。紗綾三巻・真綿五把、右府の色紙五枚、大納言から八丈縞二端の授受も記し、使者の御礼と早い帰参に備え、留守居を通じた相談や諸太夫・用人への酒料金子五千疋を贈ったことを述べる。末尾の「の2」は右府御方との問合書で、使者の勤務状況を江戸へ知らせる控とする。

登場人物
虎寿丸、若殿の父斉彬、近衛右大臣忠熙、近衛大納言忠房、信君、家老嶋津豊後久宝、田尻次兵衛、横田鹿一郎、中川讃岐守、諸太夫、増田庄司、京都留守居
宛先
若殿へ。問合控は近衛右府御方へ、江戸宛ての勤務報告
キーワード
縁組使、虎寿丸六歳、近衛信君、忠熙忠房、上京伏見錦御屋敷竹之間、御許容願、返答奉札、諸太夫用人面会、紗綾真綿色紙八丈縞、酒料金子五千疋、右府問合控
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 396-4送状・兵站文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

水手送状

十一月二十七日、串木野から立てた水手五十五人を列記し、三原源右衛門・永山覚右衛門へ受取りを命ずる。助兵衛尉・吉兵衛・惣右衛門から作左衛門・孫市までの五十五記載が本文の合計と一致する。助七・太郎作・次兵衛尉など同名が重複する箇所も名簿上の別記として保持し、推定で統合しない。

登場人物
助兵衛尉 吉兵衛 惣右衛門 作市 萬兵衛尉 萬右衛門 与四左衛門 徳介 勘左衛門 利兵衛尉 平蔵 次兵衛尉 助七 太郎次 助七 五郎作 七左衛門 金作 清兵衛尉 与次郎 与左衛門 久蔵 三之丞 十介 長吉 長三郎 太郎助 善作 又左衛門 半右衛門 少五郎 助八 太郎作 傳蔵 惣次郎 勝兵衛尉 覚兵衛尉 佐市 太郎兵衛尉 五兵衛 藤吉 太郎作 久左衛門 彦市 善左衛門 佐蔵 次郎介 松左衛門 助次郎 六兵衛尉 六蔵 次兵衛尉 数左衛門 作左衛門 孫市 三原源右衛門 永山覚右衛門
宛先
三原源右衛門・永山覚右衛門
キーワード
水手五十五人 名簿 串木野
後編6-No.220文書確認度 高

佐多門弥外十一名連署起請文

佐多門弥ら十二名が、召し出された際には命令に従い、内密の事柄を漏らさず、徒党や企てに与せず、不正を知れば申し上げ、親類・縁者をえこひいきしないことなどを誓った連署起請文。違背した場合には梵天・帝釈、国内諸神、熊野権現ほか多数の神仏の罰を受けるとする。

登場人物
佐多門弥、上井采女正兼延、町田次兵衛久次、廣瀬吉左衛門宗親、海老原宇左衛門為、細江内匠助吉、竹下前後宗長、岩城求馬助重廣、向井主馬首友次、伊地知軍弥重詮、河口平左衛門、本田小吉親次、島津光久
宛先
—
キーワード
佐多門弥、上井兼延、町田久次、廣瀬宗親、海老原、細江、竹下、岩城、向井、伊地知、河口、本田、島津光久、起請文、連署、内密、徒党、不正告発、親類縁者、神文
追録1-No.1433達書旧記雑録暫定版確認度 高

桂忠保達書

桂忠保が、秋の渡唐船に積む銀・買物と諸士への配分、帰帆船の運用、鉄炮・石火矢等を琉球から唐へ持ち渡すことの禁止、違反船の捕縛・処置などについて関係者へ伝えた達書。

登場人物
桂忠保、喜入次兵衛、相良主税、李右衛門ほか
宛先
—
キーワード
桂忠保、渡唐船、帰帆船、銀、買物、荷物、鉄炮、石火矢、琉球、唐、達書
追録1-No.1965-2記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津光久帰国・謝礼使記事(重複印字枝番2)

光久公御譜中に、貞享三年四月十二日に帰国を許され恩賜を受け、四月二十五日に江戸を辞し、大坂・京泊を経て七月朔日に帰城したことと、家老・用人の随行を記す。家臣桂外記忠剰が命を受け江府へ至り、九月朔日に恒例の錬芭蕉百端・塩鯛一箱・するめ(原鰑)一箱・昆布一箱・樽二荷を献上し、将軍が光久の使者に恒例どおり恩給した。

登場人物
光久、島津帯刀久元、北郷宗次郎忠昭、喜入次兵衛久甫、福屋助左衛門兼貞、村田伊左衛門経景、桂外記忠剰、将軍家
宛先
—
キーワード
光久、貞享三年四月十二日帰国告、四月二十五日江戸辞、七月朔日帰城、桂外記忠剰、九月朔日帰国礼、錬芭蕉百端、塩鯛一箱、鰑するめ一箱、昆布一箱、樽二荷、恒例恩給、重複1965枝番2
追録3-No.1463文書旧記雑録暫定版確認度 中

苗代川の朝鮮人子孫の名字・名乗りに関する達

苗代川に住む朝鮮人の子孫について、名字と名乗りの用い方、書付の提出、旧姓の扱いを定めた達を記す。

登場人物
取次和田次兵衛、御勝手方
宛先
—
キーワード
苗代川、朝鮮人子孫、名字、名乗り、達書
追録8-No.341本文群(久光移徙・出府と子女・家内の取扱、雑集)旧記雑録暫定版確認度 中

久光の二丸日勤・移徙出府予定と家内の居住・待遇・供扶持を定める申渡群

雑集中に並ぶ九内容区分。久光の二丸移徙に備え十三日から担当者を繰り回して二丸で日勤させ、岩松の姉於米は本丸に住み御比合を追って伝える。勝山の子女は二丸へ上がった後の書附等で尊称文字を用い、女子は「御女子様」とする。久光出府に差し立てる中小姓供・守衛等には定役助役を問わず跡の扶持米を下す。三月十四日巳刻の二丸移徙、三月六日午刻の首途・同十六日巳刻の発駕を予定として記す。喜入摂津を迎え役として重富の住居へ使わせる申渡もある。二丸移徙の当分の扱いが不宜として、家老からの願いも踏まえて尊称文字の使用を許容し、表方・奥掛・勝手方で書附を通用させる。最後に石見妻於治・入来院妻於珍・喜入多門妻於寛を御子様同様に扱い「此殿」の文字を用い、大奥では松壽院の振合とする。各条は二月の指示で、十三日・十九日・廿一日・廿四日・廿六日・廿八日の取次・仰渡・持上注を伴う。予定や許容を実施済みとはしない。

登場人物
和泉久光、摂津、筑後、大蔵、伊集院平治、嶋津右門、谷川次兵衛、二階堂源太夫、喜入摂津、嶋津岩松・姉於米、勝山悦之助・於成・眞之助・於浚・芳之進、嶋津石見妻於治・入来院怡妻於珍・喜入多門妻於寛、松壽院
宛先
表方・奥掛・御勝手方、担当者と関係の向々へ
キーワード
雑集九内容区分、久光二丸日勤、於米本丸居住、勝山子女尊称御女子様、出府供守衛跡扶持米、三月十四日巳刻移徙、三月六日午刻首途十六日巳刻発駕、喜入摂津迎役重富、家老願尊称書附通用、於治於珍於寛御子様待遇、此殿松壽院振合、二月取次仰渡
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 794人数差出留・十九日前後の着津者と飯米旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島原軍衆人数差出留

村田市助家蔵の模本から、三原喜太郎・里村十左衛門や谷山・加治木・財部・末吉・大崎・志布志・頴娃・指宿・飯野・高原などの人躰、卒者・夫丸、個人別の随伴人数と着津日を記す。飯米は十日または二十日分を渡し、長嶋ふくら蔵元と米津で分けて支給する例もある。末吉衆中の検見崎兼堯について、家系・移住と島原出陣時の行動を元禄七年の系図申出により補注する。末尾は二十三日条へ続く旨の注。

登場人物
村田市助 三原喜太郎 里村十左衛門 木脇三右衛門 江浪勘兵衛 有川源右衛門 柏原但某 鎌田豊前守 鎌田傳左衛門 是枝長左衛門 川上助左衛門 波多与兵衛 池田右近将 市来勘解由 前田喜兵衛 恒吉主膳正 有馬茂右衛門 法元内蔵助 寺師九左衛門 大村次左衛門 有川長二郎 壱岐五兵衛 岩下渡右衛門 圖師平兵衛 江田新兵衛 宮内盛右衛門 新納杢右衛門 二階堂傳右衛門 菱田四市丞 川原正左衛門 川崎拾左衛門 池田五郎右衛門 鳥井与右衛門 黒田清介 野田喜左衛門 山口与四郎 川内主馬允 古郷次兵衛 中神喜右衛門 寺原主馬 竹之内神介 小野傳左衛門 本田九郎左衛門 中山早右衛門 鎌田少右衛門 中戸藤五左衛門 白尾七左衛門 竹下主膳 岩切宗左衛門 田口七兵衛 松下十郎左衛門 久長新左衛門 山城与八左衛門 鎌田孫右衛門 大慶坊 検見崎権之介兼堯 肝付兼泰 村田経宣寿仙 子権左ヱ門兼近 長田勘左衛門 久木元吉右衛門 谷口喜兵衛 松下四郎左衛門 青山治右衛門 落合新十郎 有馬勘解由左衛門 溝辺弥兵衛 黒木孫兵衛 田嶋治部左衛門 原兵右衛門 市来主水 本山分右衛門 岩元丹波守 鎌田新蔵 瀬戸山五右衛門 玉泉坊 伊集院五兵衛 伊十院兵右衛門 大乗院 持寶院 堀内主膳正 肥後吉右衛門 有馬安右衛門 山下勘右衛門 二見傳次郎 大弐坊 山本藤七兵衛 日高二右衛門 中村百左衛門 小城銀右衛門 中嶋七左衛門 岩崎三五郎 木下小左衛門 菱輪軍介 北原半介 田中休兵衛 山口右京 大脇右京 安庄織部佑 瀬崎安右衛門 鎌田少兵衛 長谷五兵衛 坂元才兵衛 大重六左衛門 有留大蔵助 田中六郎左衛門 柳田為左衛門 三石弥九郎 郡山監物助 谷口大蔵卿 柏木縫殿助 相良五右衛門
宛先
なし(人数留)
キーワード
人数差出留 着津 人躰 卒者夫丸 相之夫 飯米 十日 二十日 検見崎兼堯 系図
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W08B_文書0001書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

山田立斎書状

山田立斎が季安に、秘伝島津譜図草稿の意図と、京都で古書・古文書を借りて考証する方法を長く説明する。水府の蔵書目録、玉海・台記・明月記・太平記・東鑑・源平盛衰記などの借覧と写し、寺社旧蔵の古文書探索、近衛家での秘蔵文書の内見を述べ、御用が済むと控えを持ち下る扱いや、広く貸さない制限を記す。譜図の草稿が忠煕の内見と序文・添書を得ること、皇孫の系図を訂正する意図、関係者の取次と、手元に秘蔵する扱いを説明する。古記録探索の発端と先年の勅考、国内巡見時の寺社文書調査、江戸の金子宗耕による軍談と講義への評価も振り返る。末尾で、玉海の書抜には巻・年・月を示し、混雑する時期と出立前の早い見合わせを求める。

登場人物
山田立斎(為正)、伊地知小十郎(季安)、順聖院、近衛忠煕、齊彬、近衛家諸大夫、原田才輔、島豊後(久賢)、堅山武兵衛(利武)、源頼光、田尻次兵衛、中山田一郎左衛門、金子宗耕
宛先
—
キーワード
山田立斎書状、秘伝島津譜図、古書と古文書の借覧、写本、玉海、近衛家、序文と添書、皇孫系図、秘蔵、寺社文書探索、軍談、巻と年月の照合
追録1-No.867連署覚書旧記雑録暫定版確認度 中

有川某・三雲定直連署覚書

松平大隅守家来の証人覚として、島津図書・島津安芸・島津兵庫・新納右衛門・北郷佐渡・町田勘解由らについて、家格、高、年齢、与力高、惣領または孫となる証人を列挙した。有川八右衛門と三雲定直は、子年・丑年の詰番と二人ずつ三替で相詰めること、定詰の証人はいないことを届けた。

登場人物
有川八右衛門、三雲太郎右衛門定直、島津光久
宛先
清水権兵衛殿、高瀬弥次兵衛殿
キーワード
有川八右衛門、三雲太郎右衛門定直、島津光久、証人覚、家格、高、年齢、与力高、惣領、詰番、三替、定詰なし
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w15:10植木本数申出覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

阿野次兵衛覚書

植木の本数を村ごとに数え、苗木の不足と補植の必要を申し出る。郡内の各村で植えた木の数を並べ、役人の確認印を付す。

登場人物
本文記載人物(詳細は本文画像参照)
宛先
―
キーワード
貞享四年、植木、本数、村、補植
追録3-No.138文書旧記雑録暫定版確認度 中

願王院権僧正書状

願王院権僧正が島津帯刀に、南泉院の位牌と不斷光院への納置、清揚院の御牌名、和田次兵衛を介した染筆依頼などを伝え、位牌の扱いを確認する。

登場人物
願王院権僧正、島津吉貴、南泉院、不斷光院、清揚院
宛先
嶋津帯刀様
キーワード
願王院権僧正、島津帯刀、南泉院、清揚院、不斷光院、位牌、染筆、和田次兵衛
追録4-No.1823覚書旧記雑録暫定版確認度 中

大脇為貞の漂着者引渡し・帰国護送と謝礼報告

大脇為貞は、長崎奉行から唐国漂着者二十人の帰国許可を受けた経緯と条件を報告する。川上蒲右衛門・橋口次兵衛・中馬善右衛門らが足軽十五人を伴い小早二艘で護送し、日帳や所持品も返された。為貞は奉行・役人への謝礼の先例と品目を検討し、唐船の船主に米七十俵、漂着者を世話した三官に米三十俵が長崎奉行所から与えられたこと、滞在費・船賃の精算も記す。

登場人物
大脇為貞、長崎奉行、漂着者二十人
宛先
国元家老
キーワード
大脇為貞、長崎奉行、漂着者二十人、帰国護送、川上蒲右衛門、橋口次兵衛、中馬善右衛門、足軽十五人、小早二艘、三官、米七十俵、米三十俵、謝礼、滞在費
追録5-No.1514連署書状・役人名簿旧記雑録暫定版確認度 高

平田正輔首尾書

平田靱負が宝暦四年九月十四日、義岡相馬・鎌田典膳へ、水行御普請関係役人の出立と笠松到着を報告する。勘定頭倉橋武右衛門京平、勘定衆勝谷次兵衛・三木伊左衛門・宮川小十郎・荻田仁右衛門、普請役今井勘助・鶴岡幸助・渡邊傳之助・柑木左兵衛・猪又要右衛門・田村銀八郎・今泉又三郎・笹川雲四郎・和田清助・楢原與左衛門を列記する。江戸留守居が聞き、先月二十七日の飛脚便で伝えたところ、九日に笠松へ到着したという。別の重立つ役人も出立予定で、内藤源八郎が江戸留守居へ連絡したが、まだ御場所へ着いていない。御目付吉田久左衛門住國は先月十五日に笠松へ着き、徒目付衆等も追って到着する見込みとする。到着済みと出立予定・未到着を分けて知らせる。

登場人物
平田靱負
宛先
義岡相馬殿・鎌田典膳殿
キーワード
九月十四日、水行御普請、勘定役、御普請役、笠松到着、御目付
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 180書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津久慶外三名連署覚

急度申候。長崎より相走候とうます次兵衛尉申半天連を不拘得由候間、御分国中に念入れ探索するよう命じる連署書状。諸在郷へ旅人為商買行廻儀を厳しく改め、各御曖中・諸村田畠高を究明し、寛永十二年十二月二十三日、島津久慶外十一名連署で結ぶ。

登場人物
島津久慶外十一名
宛先
なし
キーワード
島津久慶外一一名連署書状、島津久慶外十一名、長崎
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 333-8覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某覚書

八組に属する手負者計二十名を列記した覚書。谷主膳組は釘本十左衛門・山路太左衛門・魚住藤七・杉山七太夫・宇野喜一郎・魚住藤三郎の六名、西郡要人組は伊藤左内・道家清十郎・北村半右衛門の三名、島又左衛門組は友田八太夫一名、小笠原備前組は佐分利彦右衛門・佐々次郎右衛門の二名、松野右京組は安井喜一平次・和田清太夫の二名、坂崎清左衛門組は小崎与次兵衛一名、平野九郎右衛門組は中川佐左衛門・中川長吉の二名、志水伯耆組は中根勘兵衛・矢野吉之助・荒木太郎助の三名。

登場人物
作成者不明
宛先
宛先なし(覚書)
キーワード
某覚書、手負者二十名、八組、谷主膳組六名、西郡要人組三名、島又左衛門組一名、小笠原備前組二名、松野右京組二名、坂崎清左衛門組一名、平野九郎右衛門組二名、志水伯耆組三名、負傷者名簿