島津久柄・島津久郷家老連署書状
〈寛延四年〉六月六日/整理ID 旧記雑録追録5_文書0892
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概要
主殿久柄・主鈴久郷が六月六日、平田靭負正輔・市来左中政方へ、延岡領宮崎郡長峯村の百姓男女九十一人が先月七日に逃散し、同九日に穆佐へ入った件を知らせる。御目付藤野次兵衛・横目石川正右衛門を差し向け、十五日の報告を受けた後、穆佐からの書通と宮崎代官との対談により事情を調べた。前年の年貢取納が不適切だったため、百姓らの頭取は延岡へ訴えていたが、返答を待ちきれず退散したという。宮崎大郡役の清水五郎右衛門から渡邊今右衛門を遣わし、逃散の事情を承知したこと、首謀者の罪の軽重を定め、赦免される者もあろうことを説き、帰参を勧めた。しかし百姓らは当分このまま召し置いてほしいと願い、急に引き取らせるのは難しいとの報告があった。正徳五年、延岡の百姓四百人余が穆佐へ逃れて来た際には、江戸・大坂・長崎への先入来の御届を命じられ、ほどなく帰った例がある。この先例に照らし、今回すぐに帰参しないならば同じ三所へ御届を出すこと、隅州に伺い、御届書を調べ、近日の飛脚で申し上げることを求める。百姓らが心から帰るよう、先例を示して延岡の家老へ書通し、必要なら彼方の役人とも対談してほしいと依頼する。藤野次兵衛一人では難しい場合もあろうと相談し、留守居岩下佐次右衛門を差し向け、昨日穆佐へ出張させたと記す。
登場人物
嶋津主殿久柄・島津主鈴久郷・藤野次兵衛・石川正右衛門・清水五郎右衛門・渡邊今右衛門・岩下佐次右衛門(方隆)・平田靭負正輔・市来左中政方・隅州・長峯村百姓男女九拾壱人
宛先
平田靭負正輔・市来左中政方
キーワード
延岡領宮崎郡長峯村、百姓男女九十一人、先月七日逃散、九日穆佐入来、十五日報告、年貢取納、訴願、帰参勧告、罪の軽重、赦免、正徳五年、百姓四百人余、江戸・大坂・長崎御届、隅州、飛脚、延岡家老、留守居岩下佐次右衛門
冊子頁
303~304頁
読込量
中
面白さ
中
(2)166~310頁(寛延2~寛延4).pdf