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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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84 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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前編2-No.121文書確認度 高

宮内大輔今川三雄書状

宮内大輔今川三雄が周防右京亮に、島津上総介の自訴について京都での吹挙を求め、代官では認められないとの先の仰せに対し、子息は本人同然であり支障はないとの仰せを得た旨を披露するよう依頼した書状。

登場人物
今川三雄(宮内大輔)、島津上総介、周防右京亮
宛先
周防右京亮殿
キーワード
今川三雄、宮内大輔、島津上総介、周防右京亮、自訴、京都、吹挙、代官、子息、書状
後編2-No.236文書確認度 高

島津義久琉球渡海朱印状

島津義久が、大隅国根占湊の小嶋丸船頭・橋本右京亮に琉球への渡海を許可した朱印状。航海と積荷を島津氏の統制下に置いた史料で、豊臣軍との戦時下にも南方航路が維持されていたことが分かる。

登場人物
島津義久、橋本右京亮
宛先
船頭橋本右京亮
キーワード
島津義久、橋本右京亮、根占湊、小嶋丸、琉球、渡海、朱印状、船頭、海上交通
後編4-No.20文書確認度 高

本田正親書状

本田正親が大井右京亮へ、今回の知行配当では先祖以来の由緒を訴える取次が法度によりできないが、後日適切な時期に申し出れば尽力すると答えた書状。以前、水俣に肥後勢がいた際、大井が黒渡の船などを手配して長島への交通を確保した功績を忘れておらず、将来披露すると約している。

登場人物
本田正親、大井右京亮
宛先
大井右京亮殿・人々御中
キーワード
本田正親、大井右京亮、知行配当、取次、法度、水俣、肥後勢、黒渡船、長島、交通確保、功績
附録1-No.446文書確認度 中

今川三雄書状

今川三雄が周防右京亮に、長く注進がないことを案じ、早々に来援して力を添えるべきところ、高久勢を待っているため果たせていないと伝えた書状。翌日にも軍勢が到着すれば急ぎ赴くこと、大手からの書状一通を送ること、以後も諸事を知らせるよう求める。

登場人物
今川三雄(宮内大輔三雄)、周防右京亮、高久勢
宛先
周防右京亮殿
キーワード
今川三雄、宮内大輔三雄、周防右京亮、高久勢、注進、来援、軍勢、大手、書状、入来院氏文書
附録1-No.447文書確認度 高

今川三雄書状

今川三雄が周防右京亮に、郷北方・中村郷楠本村・市比野名地頭職・倉野村について、澁谷五郎重頼の申請どおり相違なく沙汰してほしいと求めた書状。

登場人物
今川三雄(宮内大輔三雄)、周防右京亮、澁谷五郎重頼
宛先
周防右京亮殿
キーワード
今川三雄、宮内大輔三雄、周防右京亮、澁谷五郎重頼、郷北方、中村郷、楠本村、市比野名、地頭職、倉野村、所領安堵
前編2-No.331文書確認度 高

宮内大輔今川三雄挙状

No.121と同文のため本文を省略した別伝。宮内大輔今川三雄が、島津上総介の自訴について京都での吹挙を求め、子息による代官でも差し支えないとの仰せを披露するよう依頼した文書。

登場人物
今川三雄、島津上総介、周防右京亮
宛先
周防右京亮殿
キーワード
今川三雄、宮内大輔、島津上総介、周防右京亮、自訴、京都、吹挙、代官、No.121同文、本文省略
追録8-No.719-5松井周防守・堀右京亮への謹慎沙汰旧記雑録暫定版確認度 中

松井周防守と堀右京亮に謹慎を命じる

松井周防守・堀右京亮を名書し、謹慎を命じる。日付は四月十五日。太政官から伝えられた旨の問合があると末に記す。謹慎の理由や具体的な期間は本文に示されていない。

登場人物
松井周防守(棚倉藩主康英原注)、堀右京亮(椎谷藩主之美原注)、太政官
宛先
松井周防守・堀右京亮
キーワード
原719の5松井周防守棚倉康英堀右京亮椎谷之美謹慎被仰付四月十五太政官仰渡御問合
前編2-No.170記事確認度 高

山田氏系図

『山田氏系図』が、前掲譲状の虎王丸を山田氏六代久興とし、四郎・右京亮・出羽守、入道名玄威の異名と、延文四年九月廿六日に鹿児島宮地で誕生したことを記す。

登場人物
山田久興(虎王丸・四郎・右京亮・出羽守・玄威)
宛先
—
キーワード
山田氏系図、山田久興、虎王丸、右京亮、出羽守、玄威、鹿児島宮地、延文四年、記事
前編2-No.1605記事確認度 高

文明記

文明十七年三月、加治木・吉田・正八幡宮社中らが上井城を攻め、菱刈右京亮らの討死を経て城を陥落させたのち、和泉・高城・湯田・水引・帖佐方面で攻防と城主交替が続いた経過を記す文明記記事。

登場人物
加治木右衛門尉、加治木二郎太郎、吉田氏、正八幡宮社中、菱刈右京亮、島津三郎太郎成久、薩摩守重久、東郷右馬允、東郷松法師丸、祁答院衆
宛先
—
キーワード
文明記、文明十七年、上井城、加治木、吉田、正八幡宮、菱刈右京亮、和泉、高城、湯田城、水引、帖佐、攻防
後編1-No.433記録確認度 高

箕輪伊賀自記

小苗代原合戦の別方面で、馬越・加治木・市来・伊集院・川辺勢が敵二千余騎を受け止め、肝付兼寛が軍配を執ったことを記す。新納久継が負傷する一方、鎌田政年が敵味方の間を駆けて指揮し、面高真連坊が鉄砲で八代の牧野次郎左衛門を倒し、田実右京亮がその首を取った。日暮れに双方が退いた。

登場人物
箕輪伊賀、肝付兼寛、新納久継、鎌田政年、牧野次郎左衛門、面高真連坊、田実右京亮
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、小苗代原、肝付兼寛、新納久継、鎌田政年、牧野次郎左衛門、面高真連坊、鉄砲、田実右京亮、討取、撤退
後編2-No.1351文書確認度 高

島津義弘覚書

御料人を急いで迎える件について、伊集院幸侃が石田三成の前で命じられた経緯を記す。内城の女房衆から御供を選ぶ必要があるが、適任の年長女性がいないという奥向きの事情も挙げる。 久四郎の在京生活は順調なので心配無用とし、五代右京亮の上洛、祈念のための医王院派遣、鎌田与兵衛による費用相談も指示する。婚姻後の家族・供奉体制を整える覚書。

登場人物
島津義弘、伊集院幸侃、石田三成、久四郎、五代右京亮、医王院、鎌田与兵衛尉
宛先
宛先なし(覚書)
キーワード
島津義弘、御料人、伊集院幸侃、石田三成、女房衆、久四郎、五代右京亮、医王院、鎌田与兵衛、上洛
後編2-No.1359文書確認度 高

島津義弘書状

義弘が久四郎と又八郎忠恒に対し、まだ在京しているなら心遣いが多いだろうと気遣う。龍伯義久への配慮はもちろん、今後の事は石田三成の指導に従って判断することが肝要だと諭す。 五代右京亮を上洛させて久四郎の側で奉公させると伝え、朝鮮の戦線は現在異状ないと報告する。家族への心配と豊臣政権内での身の処し方を同時に示す義弘の私信。

登場人物
島津義弘、島津忠恒、久四郎、島津義久、石田三成、五代右京亮
宛先
久四郎殿・又八郎殿
キーワード
島津義弘、島津忠恒、久四郎、島津義久、石田三成、五代右京亮、在京、上洛、朝鮮在陣、家族書状
後編3-No.267記事確認度 高

島津常久譜

『島津常久譜』から、宇多与右衛門尉が上京して安宅三河守へ訴状を提出したため、五代右京亮らを招いて糾明した経過を記す。関係者の申状・答書を京都へ送り、太守兄弟から与えられた書状もあわせて記録したとする。

登場人物
島津常久、宇多与右衛門尉、安宅三河守、五代右京亮、有河助兵衛尉、帖佐彦左衛門尉
宛先
—
キーワード
島津常久譜、宇多与右衛門尉、安宅三河守、訴状、糾明、五代右京亮、京都、答書
後編5-No.499文書確認度 中

小森某・時任某連署請取状

小森隼人佐と時任右京亮が、本田助之丞の蔵に関し、真米三石三斗六升六合六勺七才を加治木蔵へ、銀子二百八匁を鹿児島御蔵へ納め、石高分を含む合銀二百七十七匁四分四厘を皆済したことを証した連署請取状。

登場人物
小森隼人佐、時任右京亮、本田助之丞
宛先
本田助之丞か
キーワード
小森隼人佐、時任右京亮、本田助之丞、真米、銀子、加治木蔵、鹿児島御蔵、二百七十七匁四分四厘、皆済、請取状
後編5-No.600文書確認度 中

猿渡某・時任某連署請取状

猿渡城之介・時任右京亮が本田与八郎へ出銀の皆済を認めた連署請取状。高百五十四石九斗六升を基礎に、米・鳥目の銀換算を記し、銀二百三十二匁四分四厘を受領した。

登場人物
猿渡城之介、時任右京亮、本田与八郎
宛先
本田与八郎殿
キーワード
猿渡城之介、時任右京亮、本田与八郎、請取状、出銀、皆済、石高、米、鳥目、銀換算、二百三十二匁四分四厘
後編5-No.705文書確認度 低

島津家久袖判条書

入来院右衛門尉・伊勢右京亮の退任に伴い、両者の支配地・衆中・給付・役務・役人交替などを調査・整理し、家老衆の談合で処置するよう条項ごとに命じた島津家久袖判条書。

登場人物
島津家久、入来院右衛門尉、伊勢右京亮、家老衆、地頭・代官・奉行衆
宛先
―
キーワード
島津家久、入来院右衛門尉、伊勢右京亮、支配地、衆中、給付、役務、役人交替、家老談合、袖判条書
前編2-No.1514記事確認度 高

北郷氏庶流系図

北郷氏庶流系図として、文明八年六月二十一日の都城再拝領と安永からの移転、北郷氏一族による都城受取を記す記事。

登場人物
北郷敏久、北郷右京亮、北郷左京亮、北郷圖書助
宛先
—
キーワード
北郷氏庶流系図、北郷敏久、都城、安永、北郷右京亮、北郷左京亮、北郷圖書助、文明八年
前編2-No.1573記事確認度 高

島津忠昌譜

文明十六年十一月十七日、郡本と熊田原の両陣が帰還する途中で合戦となり、部隊が散開して諸士に戦死・退却者が出た経過を記す譜記事。

登場人物
島津忠昌、三原次官、同二郎太郎、蒲地右京亮、木原藤七、西牟田三河守
宛先
—
キーワード
島津忠昌譜、文明十六年、郡本、熊田原、三原次官、蒲地右京亮、西牟田三河守、戦死、退却
後編3-No.1905文書確認度 高

御蔵分衆中借用分

御蔵分の衆中借用額を日付・名義人・受取人別に列記した注文。慶長七年から同九年正月にかけての貫文単位の金額を記し、御祈念、御遊などの用途を含む。関玄蕃允以下、多数の担当者・受取人を掲げる会計記録。

登場人物
関玄蕃允、福永勘解由允、葉田八郎右衛門、黒田与一左衛門、黒田七兵衛、山中十右衛門、田中監介、本田助之丞、平山七助、海老原掃部助、和田右京亮、内山乗右衛門、大脇内蔵助
宛先
(衆中借銭注文)
キーワード
御蔵分衆中借用分、慶長九年正月十四日、借銭、注文、御蔵衆中、貫文、関玄蕃允、福永勘解由允、葉田八郎右衛門、黒田与一左衛門、黒田七兵衛、山中十右衛門、田中監介、本田助之丞、平山七助、海老原掃部助、和田右京亮、内山乗右衛門、大脇内蔵助、会計
後編5-No.744文書確認度 中

長田某外二名連署請取状

焼酎壺二つを確かに受け取り、御蔵へ納め置いたことを記す三名連署の請取状。

登場人物
長田某、宇都長兵衛、宮里右京亮、鎌田出雲守
宛先
鎌田出雲守様・人々御中
キーワード
焼酎壺、受取、御蔵、長田某、宇都長兵衛、宮里右京亮、請取状
追録8-No.717-3下京・中京・上京の取締を諸侯に分担させる三通の沙汰旧記雑録暫定版確認度 中

紀伊・眞田、南部・藤堂、稲葉・京極に京都三区域の取締と引合を命じる

四月八日付の京都取締に関する三通を収める。紀伊中納言と眞田信濃守には下京中の取締を命じ、蜂須賀阿波守と引き合わせて十分行き届くよう勤めることを求める。南部美濃守と藤堂佐渡守には中京中の取締を命じ、加賀中納言と引き合わせて勤めるよう求める。稲葉右京亮と京極佐渡守には上京中の取締を命じ、島津修理大夫と引き合わせて勤めるよう求める。

登場人物
紀伊中納言(徳川茂承原注)、眞田信濃守(幸民原注)、蜂須賀阿波守、南部美濃守(利剛原注)、藤堂佐渡守(高聴原注)、加賀中納言、稲葉右京亮(幾通原注)、京極佐渡守(朗徹原注)、島津修理大夫
宛先
第一:紀伊中納言・眞田信濃守、第二:南部美濃守・藤堂佐渡守、第三:稲葉右京亮・京極佐渡守
キーワード
原717の3四月八下京紀伊中納言眞田信濃守蜂須賀阿波守引合中京南部美濃守藤堂佐渡守加賀中納言引合上京稲葉右京亮京極佐渡守島津修理大夫引合急度行届三通
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W05_文書0074書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

宮内大輔三雄書状

宮内大輔三雄が周防右京亮へ、島津上総介の自訴について京都での吹挙と沙汰を依頼された件を伝える。代官による申し立ては認められないとの先の命で差し控えていたが、子息による申し立ては本人と同じで差し支えないとの命を受けたので、その旨を披露してほしいと求める書状。

登場人物
宮内大輔三雄、島津上総介(師久との注)、周防右京亮、代官、子息
宛先
周防右京亮殿
キーワード
宮内大輔三雄、周防右京亮、島津上総介、自訴、京都吹挙、代官、子息、披露
前編2-No.1592記事確認度 高

島津忠昌譜

文明十七年二月十九日、修理亮忠廉が入来山を越え、翌日に祁答院藺牟田城を攻めた際、城の崩落や戦闘により班目右京亮ら多数の死傷者が出た経過を記す譜記事。

登場人物
島津忠昌、修理亮忠廉、班目右京亮、菱毛五郎右衛門尉、寺田平七、木下彦太郎
宛先
—
キーワード
島津忠昌譜、文明十七年、修理亮忠廉、入来山、祁答院、藺牟田城、攻城、死傷
前編2-No.1636記事確認度 高

島津忠昌譜

文明十七年九月、修理亮・村田肥前守・下野守・東郷右京亮らが入来・山崎・大村方面へ進み、祁答院方と交戦した経過を記す。伏兵、囮陣、集落への放火を用いて連日攻防し、帖佐勢・薩摩守方も加勢した。内山田への進撃後、各隊が帰陣するまでを追う島津忠昌譜記事。

登場人物
島津忠昌、修理亮、村田肥前守、下野守、東郷右京亮、薩摩守、帖佐勢、祢答院勢
宛先
—
キーワード
島津忠昌譜、文明十七年、修理亮、村田肥前守、入来、山崎、大村、祢答院、伏兵、囮陣、放火、内山田
後編1-No.70記録確認度 高

長谷場越前自記

島津方が菱刈陣を攻め、忠平自ら敵二人を斬り、村田越前守・三原右京亮らが奮戦、樺山助太郎らが戦死し、敵首三百余を挙げたとする。蒲生方は降伏して祁答院へ退去。境目で悪口過言を重ねた白尾半右衛門尉は落人に紛れたところを猿渡大炊入道に捕えられ、口を裂き舌を抜かれたという苛烈な処罰も記す。戦後の蒲生・帖佐・山田・松坂以下、大隅各地の地頭・領主配置を詳述する。

登場人物
島津忠平、島津忠勝、菱刈左馬権頭、村田越前守、三原右京亮、樺山助太郎、貴島助五郎、濱田藤五左衛門尉、蒲生範清、白尾半右衛門尉、猿渡大炊入道、比志島美濃守
宛先
—
キーワード
長谷場越前自記、菱刈陣、島津忠平、菱刈左馬権頭、敵首三百余、樺山助太郎、戦死、蒲生降伏、白尾半右衛門尉、猿渡大炊入道、口裂き、舌抜き、地頭配置、大隅
後編2-No.1357文書確認度 高

島津義弘覚書

「本文書は一三五一号文書と同文につき省略」と注記された義弘覚書。御料人を迎えるための女房衆選定、久四郎の在京状況、五代右京亮の上洛、医王院による祈念、鎌田与兵衛の費用相談を扱う。 婚姻後の御料人の供奉体制と在京者への配慮をまとめた覚書で、具体的な本文はNo.1351を参照する。

登場人物
島津義弘、伊集院幸侃、石田三成、久四郎、五代右京亮、医王院、鎌田与兵衛尉
宛先
宛先なし(No.1351と同文)
キーワード
島津義弘、御料人、伊集院幸侃、石田三成、女房衆、久四郎、医王院、婚姻、本文省略、No.1351
前編2-No.1073記事確認度 高

殉国名藪

応永三十四年十月二十七日、北郷義知と樺山知音が山東須田木の合戦で同時に戦死したことを記す。

登場人物
北郷右京亮義知、樺山次郎知音、大岳公
宛先
山東須田木
キーワード
殉国名藪、北郷義知、樺山知音、山東須田木、合戦、戦死、応永三十四年
前編2-No.1074文書確認度 高

北郷義知系図

北郷氏庶流系図として、義知が讃岐守義久の六男であることと、応永三十四年十月二十七日に山東須田木で戦死したことを記す。

登場人物
北郷義久、北郷右京亮義知
宛先
—
キーワード
北郷氏、北郷義知、北郷義久、系図、庶流、六男、山東須田木、戦死
後編1-No.64記事確認度 高

島津国史

弘治三年の島津氏関係事績を編年で記す。四月十五日、貴久父子らが北村の菱刈陣を攻め、忠平が先登して楠原某を討ち、火矢で塁壁を焼いて陥落させた。忠平は重傷、菱刈左馬権頭は自害。十七~十九日、蒲生範清が降伏し、貴久は降人を殺さず祁答院へ送った。蒲生・松坂・帖佐・山田の地頭配置、後奈良天皇崩御・正親町天皇践祚、南林寺建立も記す。

登場人物
島津貴久、島津義久、島津忠平、島津忠将、島津尚久、菱刈左馬権頭、楠原某、村田越前守経定、三原右京亮、蒲生範清、比志島美濃守国員、後奈良天皇、正親町天皇
宛先
—
キーワード
島津国史、弘治三年、北村、菱刈陣、島津忠平、先登、楠原某、火矢、重傷、菱刈左馬権頭、自害、蒲生範清、降伏、地頭配置、後奈良天皇、正親町天皇、南林寺
後編1-No.73記事確認度 高

島津貴久譜

弘治三年四月十五日、島津貴久父子らが蒲生を救援する菱刈氏の陣を攻めた記事。険阻な陣で忠平が敵将楠原某を討ち、島津軍が陣を陥れて多数を斬り、四月二十日に蒲生方が城を焼いて退去した経過を記す。

登場人物
島津貴久、島津義久、島津義弘、島津忠将、島津尚久、菱刈左馬権頭、楠原某、村田越前守、三原右京亮
宛先
—
キーワード
島津貴久譜、弘治三年、菱刈陣、蒲生、島津忠平、楠原某、攻城、落城、地頭配置
後編1-No.75記事確認度 高

島津義弘譜

蒲生を救援して北村境に築かれた菱刈氏の陣を、弘治三年四月十五日に島津軍が攻めた経過を記す。忠平(義弘)が楠原某と一騎討ちして首を取り、陣を攻め落としたが、自身も刀傷を負って退いた。

登場人物
島津義弘、島津貴久、島津義久、島津忠将、島津尚久、菱刈左馬権頭、楠原某、村田越前守、三原右京亮
宛先
—
キーワード
島津義弘譜、忠平、菱刈陣、北村、楠原某、一騎討ち、刀傷、攻城
後編1-No.428記事確認度 高

島津忠長譜

永禄十一年二月二十八日、島津忠長と肝付兼寛が馬越城から市山城へ赴き、新納忠元と大口城攻略を相談した後、小苗代原で敵の偵察兵と遭遇した経過を記す。忠元・兼寛・忠長らが応戦し、新納久継が負傷、面高真連坊が鉄砲で敵将を倒した。忠元は白坂で戦って左脇を刺されたが城へ退き、城壁を越えようとした敵三人を守兵が討って退散させた。

登場人物
島津忠長、肝付兼寛、新納忠元、新納久継、鎌田政年、面高真連坊、田実右京亮、竹添丹後守ほか
宛先
—
キーワード
島津忠長譜、永禄十一年、小苗代原、島津忠長、肝付兼寛、新納忠元、大口城、市山城、鉄砲、負傷、白坂、防戦
後編1-No.429記事確認度 高

新納忠元勲功記

永禄十一年二月二十八日、小苗代原で敵が不意に出た際、新納忠元が薬師堂の板に詩句を書き終えるまで動かず、家臣久保勝八に引き退かされた直後、竹添丹後守の鑓で左脇を突かれた逸話を載せる。忠元はなお敵三人を討ち、自身も六箇所の傷を負ったため、貴久から使者を通じて感賞と見舞いを受けた。三月二十三日の曽木・市山攻撃では、未平癒ながら出陣し白坂と永福寺口の守備を指揮した。

登場人物
新納忠元、島津忠長、肝付兼寛、久保勝八行重、竹添丹後守、川畑藤七兵衛、春成外記、三原右京亮、長谷場純辰、宮原景種、佐多久政ほか
宛先
—
キーワード
新納忠元勲功記、永禄十一年、小苗代原、新納忠元、薬師堂、詩句、久保勝八、竹添丹後守、六箇所負傷、感賞、曽木城、白坂、永福寺
後編1-No.431記録確認度 高

長谷場越前自記

永禄十一年二月二十八日、小苗代原で大口方の大軍と戦った経過を詳述する。肝付兼寛が諸軍を指揮し、新納久継が負傷、鎌田政年が敵中で下知を行い、面高真連坊が鉄砲で敵将牧野を倒した。新納忠元は白坂口で的場五藤と戦って数箇所の傷を負い、求麻方の勇士三名を守兵が討った後、貴久の使者から軍忠と市山在番への感謝を伝えられた。

登場人物
長谷場越前、新納忠元、肝付兼寛、新納久継、鎌田政年、面高真連坊、田実右京亮、的場五藤、川畑藤七兵衛、春成外記ほか
宛先
—
キーワード
長谷場越前自記、永禄十一年、小苗代原、新納忠元、肝付兼寛、鎌田政年、面高真連坊、鉄砲、的場五藤、白坂、負傷、感賞
後編1-No.872記録確認度 高

高原城合戦従軍者交名

天正四年八月十九日の高原城合戦に従軍・軍労した者を、竹崎表・霧島越山路などの大将と各地域別に列挙する交名。北郷時久、新納忠実、上井覚兼、樺山久高、柏原勝監らの名を載せ、後の戦死地などを注記する。

登場人物
島津義久、島津義弘、北郷時久、新納忠実、上井覚兼、樺山久高、柏原勝監、濱田右京亮ほか
宛先
—
キーワード
高原城合戦、従軍者交名、北郷時久、新納忠実、上井覚兼、樺山久高、柏原勝監、軍労、地域別
後編3-No.736文書確認度 高

島津義弘覚書

島津義弘の覚書で、内府から借りた黄金二百枚による借銀利分の返済と国元での本銀皆済、出水移衆への支配、金子百枚の返弁を記す。さらに渡唐の仕立て、納戸の品と船荷の売却奉行、南林寺・日新寺・雪窓院への年頭礼、太田六右衛門尉と前田新三の知行、路地の植栽や『源氏』一部の進上など、具体的な処置を列挙する。

登場人物
島津義弘、徳川家康(内府)、上床藤右入、和田右京亮、岩崎藤左衛門尉、平左衛門尉、太田六右衛門尉、前田新三
宛先
—
キーワード
島津義弘覚書、黄金二百枚、借銀返済、出水移衆、渡唐、納戸物売却、船荷、南林寺、年頭礼、知行、太田六右衛門尉、前田新三
附録1-No.208文書確認度 高

八重尾某覚書

八重尾氏の人物が、木浦木への移住と小林・須木間の山林境界、狩場利用の先例を記した覚書。先祖以来の境を示し、須木衆による木場利用、村尾殿への鹿倉貸与、地頭上井次郎左衛門時代の境界神事、米十五石・銭十五貫文の支給などを詳述する。

登場人物
八重尾氏、小林衆、五代右京亮、川上四郎兵衛、村尾殿、上井次郎左衛門、有村隼人佑、須木衆
宛先
(宛所記載なし)
キーワード
八重尾氏、木浦木、小林、須木、山林境界、狩場、鹿倉、木場、神事、米十五石、銭十五貫文
後編6-No.199記事確認度 中

島津光久譜

島津光久譜の記事。寛永十八年八月三日に将軍徳川家光の子竹千代が誕生したため、光久が島津安芸久雄を江戸へ先発させ、同月九日に久雄が江戸城で祝儀の進上品を献じたことを記す。竹千代へ腰物・脇指・産衣など、家光へ太刀・馬代などを贈り、安藤右京亮・松平出雲守をはじめ城中の関係者や女中方にも銀子・衣類・魚類などを広く進上した詳細な目録を伴う。

登場人物
徳川家光、竹千代、島津光久、島津久雄、安藤右京亮、松平出雲守
宛先
—
キーワード
徳川家光、竹千代、島津光久、島津久雄、安藤右京亮、松平出雲守、誕生、江戸城、祝儀、腰物、脇指、産衣、太刀、馬代、銀子、衣類、魚類、進上品目録、譜記事
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w01:1記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

山田聖栄自記

山田右京亮が谷山郡内の山田本領へ入部する件を親類の常陸守・左馬助と相談した後、右京亮らは大姶良へ移る。常陸守は伊地知新左衛門らと山田城に入って鹿児島への通路を断つが、谷山勢の攻撃で常陸守と弟、門人らが討たれ、城を谷山方に取られたと記す。末尾で季安は関係者を比定し、この経過を考証する。

登場人物
山田聖栄、山田右京亮、山田常陸守、山田左馬助、伊地知新左衛門
宛先
宛先なし(自記)
キーワード
山田聖栄、山田右京亮、谷山、山田城、鹿児島、入部、夜襲、通路遮断
追録2-No.1764口上書旧記雑録暫定版確認度 中

島津吉貴口上書

島津吉貴が酒井右京亮へ、数日中に上使が桜田・芝両屋敷へ来る場合は父子のうち一人に出向いてほしいと依頼し、ほかに頼める者がいないため早急な返答を求めた口上書。

登場人物
島津吉貴(松平修理大夫)
宛先
酒井右京亮
キーワード
島津吉貴、松平修理大夫、酒井右京亮、上使、桜田屋敷、芝屋敷、父子、出向、返答、宝永元年九月二十一日、口上書
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 608-2添状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

豊田重時・坂元源太左衛門連署添状

長崎の情勢を記した前文書を所次で送り、山田土佐守へ届けるよう中馬兵部左衛門・清田右京亮・木原兵左衛門に命じる添状。目録年月日は『七月日』を維持し、本文の七月三日とは区別する。

登場人物
坂元源太左衛門、豊田右近将重時
宛先
中馬兵部左衛門、清田右京亮、木原兵左衛門
キーワード
目録七月日、本文七月三日、坂元源太左衛門、豊田重時、中馬兵部左衛門、清田右京亮、木原兵左衛門、長崎情勢、所次、山田土佐守、送達
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:454文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

長倉祐省外三名連署書状

長倉能登守祐省ら四名が野辺讃岐守に、先に申し出のあった梁瀬屋敷の件を披露したとして、早々に移って奉公するよう伝えた連署書状。小原の百姓に関する扱いや御舎弟の御用との関係にも触れ、前年以来沙汰のなかった件を新恩として扶持する旨を後日のため書き付けた。三月十八日付。

登場人物
長倉能登守祐省、佐土原八郎兵衛尉祐章、荒武右京亮宗置、落合淡路守兼仲、野辺讃岐守
宛先
野辺讃岐守殿
キーワード
長倉祐省外三名連署書状、長倉能登守祐省、佐土原八郎兵衛尉祐章、荒武右京亮宗置、落合淡路守兼仲、野辺讃岐守、梁瀬屋敷、小原、百姓、奉公、新恩、扶持、三月十八日
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:475文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

長倉祐省外三名連署書状

長倉能登守祐省ら四名の連署書状。本文は『諸家系図文書』四五四号文書と同一のため省略されている。参照先No.454では、野辺讃岐守に、先に申し出のあった梁瀬屋敷の件を披露したとして早々に移って奉公するよう伝え、小原の百姓や御舎弟の御用との関係にも触れ、前年以来沙汰のなかった件を新恩として扶持する旨を書き付ける。三月十八日付。

登場人物
長倉能登守祐省、佐土原八郎兵衛尉祐章、荒武右京亮宗置、落合淡路守兼仲、野辺讃岐守
宛先
野辺讃岐守殿
キーワード
長倉祐省外三名連署書状、長倉能登守祐省、佐土原八郎兵衛尉祐章、荒武右京亮宗置、落合淡路守兼仲、野辺讃岐守、梁瀬屋敷、小原、百姓、奉公、新恩、扶持、三月十八日、参照文書
追録5-No.880記事旧記雑録暫定版確認度 高

重年公御譜中の行程記事

四月二十三日、重年が襲封後初の帰国許可を受け、家老義岡相馬久中・鎌田典膳政昌、側用人二階堂林左衛門行通、表用人伊集院十蔵久東、近習役福山平太夫安都・河野安之右衛門通古らと江戸芝邸を発った記事。伊勢路を経て五月十日に伏見、十二日に京都錦小路の假館へ入り、先例に従って松平豊後守資訓の第で将軍家の安否を問い、近衛内前の華第にも赴いて伏見へ戻った。十四日に出船して大坂、十八日に大坂を発ち播州路を経て二十一日に坂越から乗船し、六月二日豊前田之浦、翌三日大里、四日大里発、十三日薩西出水、二十一日麑府に着き、四配館と府城で継豊に謁した。同二十一日に番頭北郷民部久傳が謝恩使として東都へ赴き、二十九日黒崎から乗船、閏六月七日大坂、十日伏見、十一日伏見発、二十七日江戸芝邸着。七月十一日には酒井忠寄・秋元凉朝ら執政・若年寄へ、重年の書翰・連署・格書を届けた。二十八日に白書院で家重へ重年の芭蕉布二十端・三種二荷、家治へ三種二荷を献じ、初帰国の恩に謝した。久傳自身も家重へ太刀一腰・馬代白銀一枚・紗綾二巻、家治へ太刀一腰・馬代白銀一枚を献じ、松平右京亮輝高と井上遠江守正敦がそれぞれ奏達した。八月五日には檜之間で武元が出席し、本多長門守忠就から奉書と家重の紗綾二巻を受け、続いて西城の秋元凉朝の第で家治への謝礼を行い、凉朝から奉書を直接授けられた。十三日に芝邸を発ち、東海道を経て九月十三日に大坂から乗船、十月二十四日に薩西久見崎港、二十六日に薩府へ戻り復命した。

登場人物
島津重年・島津継豊・義岡相馬久中・鎌田典膳政昌・二階堂林左衛門行通・伊集院十蔵久東・福山平太夫安都・河野安之右衛門通古・松平豊後守資訓・近衛内前・北郷民部久傳・徳川家重・徳川家治・松平右京亮輝高・井上遠江守正敦・松平右近将監武元・本多長門守忠就・酒井左衛門尉忠寄・秋元但馬守凉朝
宛先
—
キーワード
島津重年、帰国、四月二十三日、伊勢路、伏見、京都、松平資訓、近衛内前、四配館、継豊、北郷久傳、謝恩使、家重・家治、芭蕉布二十端、三種二荷、太刀、馬代白銀、紗綾、奏達、奉書、久見崎、復命
追録6-No.2575式次第旧記雑録暫定版確認度 中

重豪の隠居礼の名代登城と家督礼・幕府役人への贈答手順を記録する

二月十五日の隠居の礼について、前日到来した老中連名の奉書により名代を五つ時に登城させるよう命じられ、本多豊後守を名代として出した次第を記す。豊後守自身も家督の礼を命じられていたため、当朝六つ半時に早く出宅した。石川榮阿彌を介して直の御請と居残りの礼の扱いを御用番水野出羽守へ照会すると、両人とも同様に扱うとの返答があった。将軍が白書院に出て月次の礼が済んだ後、献上品が御前に並べられ、太刀は奏者番稲葉丹後守が御敷居内に供え、豊後守は障子際で礼をして退いた。続いて献上太刀の御覧の際に再び出て礼をし、上意により敷居内に着座し、労いの言葉を受けて請けを述べ退いた。さらに白書院の縁頬で年寄衆列座の場で居残りの礼を申し上げ、大目付・目付も陪席した。豊後守は松平右京亮の披露により礼を滞りなく済ませ、大老への初礼も済ませて退城し、帰宅後は双方が縁亭で対面して熨斗と茶を出した。豊後守から側役の使いを通じて隠居礼と家督礼が無事済んだ旨の祝意が届き、返答するとともに、こちらからも側役を通じて祝意を伝えた。末尾は隠居・家督に伴う贈答品を列記する。大老・初年寄衆へは太刀一腰・縮緬五巻・馬代黄金十両(一疋)、さらに干鯛一箱・昆布一箱・樽代五百疋をそれぞれ贈る。若年寄衆へは太刀一腰・紗綾三巻・馬代黄金十両(一疋)、さらに干鯛一箱・樽代三百疋をそれぞれ贈る。用頼の御先手・目付と用頼の大目付へは干鯛一箱・樽代三百疋を各々贈る。内々には大老・初年寄衆へ羽二重二十疋と肴一折、御側衆へ羽二重十疋と肴一折、奥右筆組頭へ羽二重五疋と肴一折をそれぞれ贈った。

登場人物
島津重豪、島津斉宣、本多豊後守、石川榮阿彌、水野出羽守、稲葉丹後守、松平右京亮、老中、若年寄、大目付、目付、御先手、御側衆、奥右筆組頭
宛先
儀礼次第の記録(宛先なし)
キーワード
隠居、家督、御礼次第、名代、本多豊後守、白書院、登城、献上、贈答、太刀、馬代、羽二重
追録6-No.2578記事旧記雑録暫定版確認度 中

重豪の療養帰国願いと帰途・鹿児島到着、久宅の謝恩出府を記す

二月十八日、斉宣が重豪は隠居後も持病が癒えないため領国へ帰って温泉で治療し、あわせて国政にあたることを願い出たと記す。二十六日に老中奉書が出され、翌日斉宣が登城すると、白書院で大老・老中が列座し、水野出羽守忠友が重豪の帰国を許す旨と羽織三領の下賜を伝えた。斉宣は重豪に代わって命を受け、同日大老・老中各邸で謝恩した。重豪は三月十五日に江戸を発ち、若年寄関山紀金暉、側用人矢野男吏清香、側用人兼側役岩下佐次右衛門方恭らが従った。東海道を進み、四月十四日に伊勢桑名から小畑へ行き、翌日伊勢大神宮に参詣、十六日小畑を発って二十日に伏見へ至った。天雨で淀川が増水し渡れず、日を重ねて逗留し、晦日に水が減ると川を下って大坂へ至り、三日滞在した。五月四日大坂を発ち、中国の駅路を経て十八日に長州赤間関へ、翌日豊前大里へ渡り、九州を通って二十六日に肥州日奈久から船で領内の出水米之津へ至った。六月三日に鹿児島へ帰り、矢来門から三本丸へ入った。あらかじめ用人島津矢柄久宅を謝恩使として江戸へ遣わし、七月二十八日、久宅は番頭の資格を仮に与えられて登城した。白書院で家斉に謁し、縮緬五巻・二種一荷を献じて重豪帰国の恩を謝し、水野左近将監が奏者を務めた。久宅自身も太刀一腰・馬代銀一枚・紗綾二巻を献上して謁し、松平右京亮輝和が奏者を務めた。八月六日、老中鳥居丹波守忠意が久宅を城に召し、檜之間で奉書と紗綾二巻を授け、同日大老井伊掃部頭直幸も私邸に久宅を招いて奉書を授けた。

登場人物
島津斉宣、島津重豪、徳川家斉、水野出羽守忠友、関山紀金暉、矢野男吏清香、岩下佐次右衛門方恭、島津矢柄久宅、水野左近将監、松平右京亮輝和、鳥居丹波守忠意、井伊掃部頭直幸
宛先
記事(宛先なし)
キーワード
隠居、療養帰国、温泉、国政、東海道、伊勢参宮、淀川増水、九州、謝恩使、島津久宅、奉書
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 49-5自記・家伝旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

山田聖栄自記

谷山郡内山田への入部をめぐり、山田右京亮が親類の式部常陸守・舎弟左馬助と相談したが異見が生じた経緯を記す。伊地知新左衛門尉らが夜に谷山方を攻め、鹿児島への通路を断ち、常陸守と弥三郎が討死したという。伊地知新左衛門尉・井ノムレ衛門四郎らが上下三、四十人を討ったと続く。氏久は鹿児島で事態を聞き、山田への競望を道に背く行為として戒めたと伝える。

登場人物
山田聖栄、島津氏久、山田右京亮、式部常陸守、左馬助(常陸守の舎弟)、伊地知新左衛門尉、井ノムレ衛門四郎、弥三郎(井むの舎弟)
宛先
なし
キーワード
山田聖栄自記、山田氏、谷山郡、入部、合戦、討死、家伝
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 54日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

川上久辰日記

天正六年九月十一日未刻、山東へ向けて発向した際の供奉次第を記す。御剣を本田紀伊守、御幡役を三原右京亮、旗指を色紙金右衛門が務め、鹿児島の人数まで召し連れ、まず諏訪社へ参詣して直ちに出立した。

登場人物
川上左近将監久辰(出典)、本田紀伊守(齋親の原注)、三原右京亮、色紙金右衛門
宛先
なし(日記のため宛先なし)
キーワード
川上久辰日記、山東、発向、御剣、御幡役、旗指、諏訪社
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 734人数賦・飯米支給旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島原立人数賦

加世田士人相徳新介蔵本による人数賦。仁禮右京亮以下の主従人数を次第不同で列記し、追加申出や乗船勤務、夫丸の割付、小松原・出水米之津での飯米支給を注記する。途中に軍士156人・外117人夫と記す。末尾では正月十二日以来二十日分の飯米として真米15石・赤米10石7斗を出水六月田御蔵から受け取り、人躰一人に真米一斗、夫丸一人に赤米一斗ずつ渡したと記す。寛永十五年正月十五日付。

登場人物
仁禮右京亮 鮫島民部左衛門 川村覚右衛門 桑畑杢之助 指宿仁右衛門 井尻九郎左衛門 田實五右衛門 黒川民部左衛門 竹之内善左衛門 愛徳四郎兵衛 宮原傳兵衛 加世田土佐守 本田民部左衛門 二宮藤右衛門 岩崎弥右衛門 森田喜左衛門 有川治右衛門 佐伯戸左衛門 小川少監物 長崎茂右衛門 窪田作右衛門 鮫島助右衛門 佐伯新九郎 小川監物 相徳新介 ほか各従軍者
宛先
なし(人数賦)
キーワード
島原立 人数賦 主従 夫丸 飯米 真米 赤米 御蔵
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 15日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

小川監物日記

加世田士小川監物の日記。正月二十七日、巣元・嶋子から来た百姓に天草の在所数を尋ね、全三十八か所のうち十一村はキリシタンで一揆勢に加わり有馬城へ籠もり、残りには住民がいて総高はおよそ一万石だと聞き取る。仁礼右京亮・愛徳四郎兵衛を曖衆代、本民部右・市伴介・鮫民部左・小川を諸事賦衆と定め、人数の増減が激しいなか、毎日の番衆と飯米の配賦に苦慮したことも記す。

登場人物
小川監物、仁礼右京亮、愛徳四郎兵衛、本民部右、市伴介、鮫民部左
宛先
宛先なし(日記)
キーワード
小川監物日記、巣元、嶋子、天草三十八か所、十一村、キリシタン、一揆、有馬城、一万石、番衆、飯米、配賦