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追録6-No.2578記事旧記雑録暫定版・確認中

重豪の療養帰国願いと帰途・鹿児島到着、久宅の謝恩出府を記す

天明七年二月十八日~八月六日(年は前後記事による)/原整理番号 2578/整理ID 2578

確認度中
この文書は暫定版です

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概要

二月十八日、斉宣が重豪は隠居後も持病が癒えないため領国へ帰って温泉で治療し、あわせて国政にあたることを願い出たと記す。二十六日に老中奉書が出され、翌日斉宣が登城すると、白書院で大老・老中が列座し、水野出羽守忠友が重豪の帰国を許す旨と羽織三領の下賜を伝えた。斉宣は重豪に代わって命を受け、同日大老・老中各邸で謝恩した。重豪は三月十五日に江戸を発ち、若年寄関山紀金暉、側用人矢野男吏清香、側用人兼側役岩下佐次右衛門方恭らが従った。東海道を進み、四月十四日に伊勢桑名から小畑へ行き、翌日伊勢大神宮に参詣、十六日小畑を発って二十日に伏見へ至った。天雨で淀川が増水し渡れず、日を重ねて逗留し、晦日に水が減ると川を下って大坂へ至り、三日滞在した。五月四日大坂を発ち、中国の駅路を経て十八日に長州赤間関へ、翌日豊前大里へ渡り、九州を通って二十六日に肥州日奈久から船で領内の出水米之津へ至った。六月三日に鹿児島へ帰り、矢来門から三本丸へ入った。あらかじめ用人島津矢柄久宅を謝恩使として江戸へ遣わし、七月二十八日、久宅は番頭の資格を仮に与えられて登城した。白書院で家斉に謁し、縮緬五巻・二種一荷を献じて重豪帰国の恩を謝し、水野左近将監が奏者を務めた。久宅自身も太刀一腰・馬代銀一枚・紗綾二巻を献上して謁し、松平右京亮輝和が奏者を務めた。八月六日、老中鳥居丹波守忠意が久宅を城に召し、檜之間で奉書と紗綾二巻を授け、同日大老井伊掃部頭直幸も私邸に久宅を招いて奉書を授けた。

登場人物

島津斉宣、島津重豪、徳川家斉、水野出羽守忠友、関山紀金暉、矢野男吏清香、岩下佐次右衛門方恭、島津矢柄久宅、水野左近将監、松平右京亮輝和、鳥居丹波守忠意、井伊掃部頭直幸

宛先

記事(宛先なし)

キーワード

隠居、療養帰国、温泉、国政、東海道、伊勢参宮、淀川増水、九州、謝恩使、島津久宅、奉書

冊子頁

946~947頁

読込量

小

面白さ

★★★★★

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(7)926~1054頁(天明7~寛政元).pdf