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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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37 件 (全巻)/ 1–37件を表示

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後編3-No.763文書確認度 高

大山稲介覚書

大山稲介が町田勝兵衛尉に、八歳で島津久保に従って朝鮮へ渡り、二十歳で帰朝した経歴を述べる。庄内山田城攻めでは長寿院の組下で普請と仕寄に従事し、志和知・大手口の垂れの一つを焼き落としたこと、山の口では椎之大蔵・谷山次郎右衛門尉・伊地知民部少輔らと籠り合い、戦う出家を突き伏せて奉公した戦功を覚書として報告する。

登場人物
大山稲介、町田勝兵衛尉、島津久保、長寿院、椎之大蔵、谷山次郎右衛門尉、伊地知民部少輔
宛先
町田勝兵衛尉殿
キーワード
大山稲介覚書、町田勝兵衛尉、島津久保、朝鮮出兵、帰朝、庄内の乱、山田城、長寿院、仕寄、放火、戦功、慶長十四年八月十六日
附録2-No.287文書確認度 高

島津惟新書状

大風後の屋敷普請の進捗を問い、駿河と大坂の不和との風聞を受け、陸奥守は東国奉公に専念すべき立場なので、江戸・駿河へ早く使者を送り、国元の雑説に惑わされず書面どおり判断するよう命じた書状。

登場人物
島津惟新、島津陸奥守、町田勝兵衛、鎌田左京亮、猿渡新介
宛先
町田勝兵衛殿
キーワード
島津惟新、島津陸奥守、町田勝兵衛、大風、屋敷普請、駿河、大坂、不和、江戸、使者、風聞
附録2-No.443文書確認度 高

佐敷王子書状

六月二十八日付書状を八月二十二日に受け、仲賢に関する問題を三司官と熟談し、諸人の目安をもって申し上げたと報告した。仲賢が王位は日本の代になり迷惑だと語ったとの嫌疑について、鹿児島で神文を提出した以上そのような発言はないと否定し、事情を理解するよう求めた書状。

登場人物
佐敷王子、町田勝兵衛尉、比志島紀伊守、伊勢兵部少輔、仲賢、三司官、阿波根
宛先
町田勝兵衛尉殿、比志島紀伊守殿、伊勢兵部少輔殿
キーワード
佐敷王子、仲賢、三司官、阿波根、琉球王位、日本、神文、嫌疑、弁明、鹿児島
後編3-No.254文書確認度 高

島津竜伯書状

島津義久が島津義弘に、軍勢加増の要請を受けて肥後勝兵衛尉を差し上せ、急用の道具を先に整えて渡海させ、残りは追って送ると報じた書状。軍事行動は八月と聞くため、石田治部少輔が又八郎の帰朝延期を了承したこと、渡海衆不足にも対処することを伝える。

登場人物
島津義久(龍伯)、島津義弘、島津又八郎、肥後勝兵衛尉、石田治部少輔
宛先
羽柴兵庫頭殿
キーワード
島津義久、島津義弘、島津又八郎、肥後勝兵衛尉、石田治部少輔、軍勢加増、軍需品、渡海、八月、帰朝延期
後編3-No.255文書確認度 高

島津竜伯書状

島津義久が又八郎の五月二十三日付書状を六月三日に受け、肥後勝兵衛尉を差し上せて急用の道具を先に整え、遅陣を避けるため渡海させると報じた書状。残りの人員・物資は追送し、八月の軍事行動と又八郎の帰朝延期について石田治部少輔が了承していることを伝える。

登場人物
島津義久(龍伯)、島津又八郎、肥後勝兵衛尉、石田治部少輔
宛先
又八郎殿
キーワード
島津義久、島津又八郎、肥後勝兵衛尉、石田治部少輔、軍需品、遅陣、渡海、追送、八月、帰朝延期
後編3-No.698文書確認度 高

伊東祐兵書状

伊東祐兵が羽柴兵庫頭(島津義弘)へ、たびたびの書状を喜び、当地の様子は当分変わりないと伝える。詳しい事情は町田勝兵衛に申し含めたので書状では省略するとし、近況を簡潔に報じる。

登場人物
伊東祐兵(豊後守)、島津義弘(羽柴兵庫頭)、町田勝兵衛
宛先
羽柴兵庫頭殿
キーワード
伊東祐兵書状、羽柴兵庫頭、島津義弘、便札、近況報告、町田勝兵衛、後三月三日
後編3-No.1144記録確認度 高

神戸久五郎咄覚

神戸久五郎の聞書として、徳川家康が大坂から江戸へ下向する際に島津義弘(惟新)へ伏見城在番を頼んだが、鳥居・内藤・落合らが本丸を引き渡さなかった経緯を記す。石田方の攻城時には松丸口の仕寄を久来院又七・久留休斎・松岡勝兵衛らが担当し、敵近くまで築いた仕寄の働きにより、勝兵衛が義弘から賞賛と饗応を受け、一命を捨てて奉公すると決意したという。

登場人物
神戸久五郎、島津義弘(惟新)、徳川家康、鳥居元忠、内藤氏、落合氏、久来院又七、久留休斎、松岡勝兵衛
宛先
—
キーワード
神戸久五郎咄覚、徳川家康、島津義弘(惟新)、伏見城在番、本丸引渡拒否、鳥居元忠、松丸口、仕寄、久来院又七、久留休斎、松岡勝兵衛、賞賛、奉公
後編3-No.1146記録確認度 高

神戸久五郎咄覚

神戸久五郎が、八月朔日の伏見落城時、松丸口で父松岡勝兵衛が五代舎人と先頭に立ち、矢狭間を開いて槍で戦ったことを記す。勝兵衛は草摺を鉄砲で撃ち抜かれて瀕死の深手を負い、財部傳内は門内で敵と組み討死した。勝兵衛は島津義弘(惟新)の毎日の見舞いと薬により助かり、大柿への供を望んだが歩けず、のち大坂で米六十石を与えられたという。

登場人物
神戸久五郎、松岡勝兵衛、五代舎人、財部傳内、島津義弘(惟新)
宛先
—
キーワード
神戸久五郎咄覚、伏見落城、松丸口、松岡勝兵衛、五代舎人、鉄砲傷、財部傳内討死、島津義弘(惟新)見舞い、大柿、大坂蔵米六十石
後編3-No.1319記録確認度 高

神戸五兵衛覚書

井尻弥五助が島津方の書状と孔雀の尾羽二羽を徳川家康へ届け、良い返事を得た。帰路、水口で厳重な検問を予想して書状を焼き判だけを隠したが、不審者として二十日間拘留された。伊勢参詣と島津義弘(兵庫頭・惟新)の家臣松岡勝兵衛との関係を説明して釈放され、拘留に耐えた奉公を賞され、のち伏見城攻撃でも働いた。

登場人物
神戸五兵衛、井尻弥五助、徳川家康、島津義弘(兵庫頭・惟新)、松岡勝兵衛、伏見城攻撃参加者
宛先
該当なし
キーワード
神戸五兵衛覚書、井尻弥五助、徳川家康、島津義弘(兵庫頭・惟新)、江戸、使者、孔雀尾羽、水口、検問、拘留、松岡勝兵衛、伏見城、褒賞
後編3-No.1388記録確認度 高

瀬戸口休五郎覚書

松岡勝兵衛は、伏見籠城時の恩や関ヶ原で子まで伴ってもらった恩を理由に、島津義弘(惟新)がどこへ向かっても供奉すると述べた。家族は七反帆の船を用意し、大坂の番所を通過して泥雨の中を船着場へ急いだ。馬を買い取り、豪雨で諸船が浮いた機を得て出船した。

登場人物
瀬戸口休五郎、松岡勝兵衛、島津義弘(惟新)、有川助兵衛
宛先
該当なし
キーワード
瀬戸口休五郎覚書、松岡勝兵衛、島津義弘(惟新)、有川助兵衛、伏見、関ヶ原、大坂、番所、家族、七反帆、馬、豪雨、出船
後編3-No.1389記録確認度 高

瀬戸口休五郎覚書

兵庫沖で、堺方面から赤幕を掲げた高速船が近づいたため敵船を疑い鉄砲を構えたが、木脇休作・矢野弓次を認めて島津義弘(惟新)の船と判明した。松岡勝兵衛が小早で義弘船へ移ると、義弘は浅黄の手拭で頭を包み屋形におり、再会を喜ぶ一同は涙を流した。その後、勝兵衛は本船へ戻り船団に続いた。

登場人物
松岡勝兵衛、島津義弘(惟新)、木脇休作、矢野弓次
宛先
該当なし
キーワード
瀬戸口休五郎覚書、兵庫沖、堺、島津義弘(惟新)、松岡勝兵衛、木脇休作、矢野弓次、赤幕、早船、鉄砲、再会、船団
後編3-No.1393記録確認度 高

瀬戸口休五郎覚書

松岡勝兵衛は伏見で三百石を約束されていたが、帰国後は五百石を与えられ、奉公したことを記す。

登場人物
松岡勝兵衛、島津義弘(惟新)
宛先
該当なし
キーワード
瀬戸口休五郎覚書、松岡勝兵衛、島津義弘(惟新)、伏見、知行、三百石、五百石、奉公
後編3-No.1394記録確認度 高

瀬戸口休五郎覚書

上方勢の下向が噂されたため、島津義弘(惟新)を蒲生城へ籠める案が立ち、城の守備や矢倉の担当が協議された。松岡勝兵衛は塩井戸口北の尾崎の矢倉を預かり、籠城時には番を務める予定とされた。

登場人物
島津義弘(惟新)、松岡勝兵衛、瀬戸口休五郎
宛先
該当なし
キーワード
瀬戸口休五郎覚書、島津義弘(惟新)、松岡勝兵衛、蒲生城、上方勢、籠城、塩井戸口、尾崎、矢倉、守備
後編3-No.1533記事確認度 高

旧記抄

慶長五年末、上方勢の薩州来攻や加藤清正の水俣進出との風聞を受け、蒲生城の普請・籠城準備を進めた経緯を記す。松岡勝兵衛の指図で矢倉を上げ、城内へ諸士を召し移した記事。

登場人物
島津忠恒(家久)、島津義弘(惟新)、島津義久(龍伯)、加藤清正、松岡勝兵衛
宛先
—
キーワード
旧記抄、慶長五年、薩州、加藤清正、水俣、蒲生城、城普請、籠城準備、松岡勝兵衛、矢倉、諸士召移
後編4-No.18文書確認度 高

某覚書

文書二十一通、別の文書三十二通、巻物六つを列挙し、慶長十年二月二十七日に町田勝兵衛尉が鹿児島へ持参したことを記した覚書。

登場人物
町田勝兵衛尉(町田久幸)
宛先
—
キーワード
町田久幸、町田勝兵衛尉、鹿児島、文書、巻物、持参、覚書、数量記録
後編4-No.55記事確認度 中

島津常久譜

島津常久の動向をまとめた譜記事。五月四日の端午祝礼で単衣二領を賜ったこと、十四日に町田勝兵衛尉とともに福島左衛門大夫を訪ねて贈物を届けたこと、十八日に伊勢貞昌の案内で本多上野守へ太刀・馬代・段子を進上したこと、六月朔日に警衛のための宅地を与えられたことなどを記す。

登場人物
島津常久、島津忠恒(太守)、別府舎人佑、町田勝兵衛尉、福島左衛門大夫、伊勢貞昌、本多上野守
宛先
—
キーワード
島津常久、端午、単衣、町田勝兵衛尉、福島左衛門大夫、伊勢貞昌、本多上野守、太刀、馬代、段子、宅地、警衛
後編4-No.80記事確認度 中

島津常久譜

七月十七日戌刻、島津忠恒が島津常久の宿所を訪れ、樺山権左衛門尉・伊勢兵部少輔・町田勝兵衛尉らと酒食をともにした記事。翌十八日に忠恒が伏見から大坂へ向かう際に常久も供奉し、二十日に博多へ出航した船を川舟で追ったが、命により大坂へ戻り、翌日伏見へ帰着した。

登場人物
島津常久、島津忠恒、樺山権左衛門尉、伊勢兵部少輔、町田勝兵衛尉
宛先
—
キーワード
島津常久、島津忠恒、樺山権左衛門尉、伊勢兵部少輔、町田勝兵衛尉、宿所、饗応、伏見、大坂、博多、供奉、船
後編4-No.110文書確認度 高

島津忠恒書状

島津忠恒が島津常久に、長い在京勤務をねぎらい、番替として伊集院肥前入道を上京させるので、町田勝兵衛尉らと交代して帰国するよう命じた書状。

登場人物
島津忠恒、島津常久(又吉殿)、伊集院肥前入道、町田勝兵衛尉
宛先
島津常久(又吉殿)
キーワード
島津忠恒、島津常久、又吉、在京、番替、伊集院肥前入道、町田勝兵衛尉、帰国
後編4-No.445文書確認度 高

島津惟新書状

慶長十三年四月八日、島津惟新が島津家久に、琉球からの使僧への返答を今回確定すべきであり、龍伯とも相談するよう求め、詳細を町田勝兵衛尉・相良新右衛門尉へ申し渡した書状。

登場人物
島津惟新、島津家久、島津義久(龍伯)、町田勝兵衛尉、相良新右衛門尉
宛先
島津家久(少将)
キーワード
島津惟新書状、島津家久、島津義久、琉球、使僧、返答、談合、町田勝兵衛、相良新右衛門
後編4-No.646記事確認度 高

島津家久譜

島津家久譜の記事。家久が琉球平定の恩賞に謝意を表すため、町田勝兵衛久幸を上使として礼物を携えさせ、徳川家康・秀忠の両御所へ派遣し、本多正信・正純にも奉書を届けたことを記す。

登場人物
島津家久、徳川家康、徳川秀忠、町田勝兵衛久幸、本多正信、本多正純
宛先
—
キーワード
島津家久譜、島津家久、琉球平定、恩賞、町田勝兵衛久幸、上使、徳川家康、徳川秀忠、本多正信、本多正純、礼物
後編4-No.649文書確認度 高

本多正信書状

十二月二十日、本多正信が島津家久に、琉球平定の礼として進上された品々を大御所が満足して受け取り内書を送ったこと、自身も段子五巻を受領したことを謝し、詳細は町田勝兵衛が言上すると伝えた書状。

登場人物
本多正信、島津家久、町田勝兵衛久幸、徳川家康
宛先
島津家久
キーワード
本多正信書状、島津家久、町田勝兵衛久幸、徳川家康、琉球平定、進物、内書、段子、謝礼
後編4-No.812記事確認度 高

島津家久譜

島津家久譜の記事。慶長十六年三月六日に徳川家康が駿府を発して上洛し、後陽成天皇から皇太子への譲位を受け、家久が町田勝兵衛久幸を京都へ遣わして祝賀を奉じたことを記す。

登場人物
徳川家康、後陽成天皇、後水尾天皇、島津家久、町田勝兵衛久幸
宛先
—
キーワード
島津家久譜、徳川家康、上洛、後陽成天皇、後水尾天皇、譲位、町田勝兵衛、祝賀
附録1-No.122文書確認度 高

島津家久掟書

島津家久の掟として鹿屋壱岐守が示した条書。夜間の門限と門番の厳守、夜間外出時の町田勝兵衛発給の切手、大酒・見物の禁止、喧嘩口論の禁止、普請その他の公役を怠る者の拘束、無断外出の禁止を定める。

登場人物
島津家久、鹿屋壱岐守、町田勝兵衛、門番、普請衆
宛先
(宛所記載なし)
キーワード
島津家久、鹿屋壱岐守、町田勝兵衛、掟、門限、切手、大酒、喧嘩、公役、無断外出
附録2-No.489文書確認度 高

島津家久書状案

江戸へ年寄衆を交代で詰めさせることとし、当年は町田勝兵衛尉を派遣するので、諸事を指導してほしいと本多正信へ頼んだ書状案。

登場人物
島津家久、本多正信、町田勝兵衛尉
宛先
本多佐渡守老
キーワード
島津家久、本多正信、町田勝兵衛尉、江戸詰、年寄衆、交代、派遣、指導
附録2-No.505文書確認度 高

某覚書

江戸滞在中は酒と女を慎み、屋形の番・普請を怠らず、客人を待たせず応対し、みだりに見物や物詣でをせず、諸事を町田勝兵衛尉と相談し、夜間の外出と下々の喧嘩・口論を禁ずるよう定めた覚書。

登場人物
島津家久、町田勝兵衛尉
宛先
江戸詰家臣
キーワード
島津家久、町田勝兵衛尉、江戸詰、酒色、屋形警備、客応対、外出禁止、喧嘩禁止、家臣統制
後編3-No.1392記録確認度 高

瀬戸口休五郎覚書

日州飫肥の稲津掃部が佐土原城を攻めたという知らせを受け、御上様・宰相殿は八代へ直行し、義弘は佐土原を見舞った。佐土原では島津源七郎が出迎え、八代で一宿した夜には宿の近くの放火者を討ち取った。語り手は父と暇を賜って真幸海道を進み、義弘は浜之市へ向かい、義久に対面するため出立し、帖佐へ着いたと記す。語り手らも帖佐へ到着し、村岡掃部左衛門の客屋にしばらく滞在した後、家作屋敷を与えられた。

登場人物
瀬戸口休五郎、松岡勝兵衛、島津義弘(惟新)、島津義久(龍伯)、御上様、宰相殿、稲津掃部、島津源七郎、村岡掃部左衛門
宛先
該当なし
キーワード
瀬戸口休五郎覚書、松岡勝兵衛、島津義弘(惟新)、島津義久(龍伯)、御上様、宰相殿、稲津掃部、島津源七郎、佐土原、八代、真幸海道、浜之市、帖佐、村岡掃部左衛門、家作屋敷
後編4-No.1367文書確認度 高

町田久幸外二名連署条書

河道の変化や岸崩れによって田畠が川成となった場合の残地の算定と付分、以前の検地後にさらに流失した土地の再検について定める。また、門屋敷周辺や山野内の仕明田畠は領主の裁量とし、開地や川端などにある田畠の扱いも規定した、町田久幸ら三名連署の条書。

登場人物
町田久幸、紀伊守、勝兵衛
宛先
—
キーワード
町田久幸外二名連署条書、紀伊守、勝兵衛、田畠、川成、河道変化、岸崩れ、残地、付分、再検、門屋敷、山野、仕明田畠、領主裁量、開地、川端、元和二年八月二十六日
後編1-No.1128文書確認度 中

島津氏老臣連署坪付

薩摩国牛屎院小木原名一町の内、年々不作の二反を含む田地や堀町など、合計一町二反二十を内田主馬首へ示した坪付。確定版年月日は二月吉日だが、本文年紀は天正八年三月吉日と読める。

登場人物
三原諸右衛門、伊勢兵部少輔、比志島紀伊守、町田勝兵衛、内田主馬首
宛先
内田主馬首
キーワード
島津氏老臣連署坪付、内田主馬首、牛屎院、小木原名、一町二反、年月日相違、編年位置注記
後編4-No.855文書確認度 高

樺山久高外四名連署琉球納物目録

慶長十六年九月十日、琉球の各島から毎年納めるべき上布・下布・芭蕉布・綿・莚・皮などの品目と数量を列記し、樺山久高らが連署した納物目録。

登場人物
樺山久高、比志島国貞、伊勢貞昌、町田勝兵衛、三原重種、琉球島々
宛先
琉球関係者
キーワード
琉球納物目録、樺山久高、比志島国貞、伊勢貞昌、上布、下布、芭蕉布、綿、莚、皮、年貢
後編4-No.860文書確認度 高

樺山久高外三名連署掟書

慶長十六年九月十九日、樺山久高らが連署した琉球統制の条目。唐江交易、由緒不明者・女性・私的従属、寺家、琉球人売買、日本人との渡海、京判外の商船、法令違反者の処罰などを定める。

登場人物
樺山久高、比志島国貞、伊勢貞昌、町田勝兵衛、琉球商人・役人
宛先
琉球関係者
キーワード
連署掟書、樺山久高、比志島国貞、伊勢貞昌、琉球、唐江交易、人身売買、商船、渡海、法令、処罰
後編3-No.1391記録確認度 中

瀬戸口休五郎覚書

森江の船で御上様の乗物を焼き捨てていたため、細島に上陸して出立する際、代わりの乗物に事欠いた。語り手の母が持参した乗物を借りることとなったが、父は自家の女房の駕籠を御上様に差し上げるのは畏れ多いとためらった。細島にほかの乗物がないため供用し、御上様は「日州八代」まで使用した。八代に迎えの乗物が到着すると母の乗物は返され、母には細島から八代まで公儀より馬が与えられた。日州は日向国で、八代は現在の宮崎県国富町八代地区方面とみられる。

登場人物
御上様、瀬戸口休五郎、瀬戸口休五郎父、瀬戸口休五郎母
宛先
該当なし
キーワード
瀬戸口休五郎覚書、細島、森江、御上様、瀬戸口休五郎、瀬戸口休五郎父、瀬戸口休五郎母、松岡勝兵衛、乗物、駕籠、日州八代、日向国八代、国富町八代地区方面、乗物返却、公儀、馬
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 369送状・兵站文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平田宗直諸浦加子相立候曳付留帳 浦水手送状

『平田宗直諸浦加子相立候曳付留帳』に対応する十一月二十三日の浦水手送状。勝兵衛尉・正左衛門・休七・主取太兵衛尉・五郎左衛門以下の十四人を列記し、秋目から立てた浦水手として受け取るよう、永山覚兵衛尉・三原源右衛門へ命ずる。

登場人物
勝兵衛尉 正左衛門 休七 太兵衛尉 五郎左衛門 正介 久次郎 次郎作 百介 孫三 善作 勘拾郎 惣五郎 松右衛門 永山覚兵衛尉 三原源右衛門
宛先
永山覚兵衛尉・三原源右衛門
キーワード
浦水手 秋目 十四人 加子
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::91文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

犬追物手組

日付を記さない「二日之壱番手組」。家久様、北郷掃部助、町田勝兵衛尉、村田刑部少輔らの射手を列記し、検見を島津十郎左衛門尉、喚次を島津六郎兵衛尉とする。

登場人物
家久様、北郷掃部助、町田勝兵衛尉、村田刑部少輔、島津摂津守、島津十郎左衛門尉ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬追物手組、二日之壱番、家久、検見、喚次、日付なし
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 396-4送状・兵站文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

水手送状

十一月二十七日、串木野から立てた水手五十五人を列記し、三原源右衛門・永山覚右衛門へ受取りを命ずる。助兵衛尉・吉兵衛・惣右衛門から作左衛門・孫市までの五十五記載が本文の合計と一致する。助七・太郎作・次兵衛尉など同名が重複する箇所も名簿上の別記として保持し、推定で統合しない。

登場人物
助兵衛尉 吉兵衛 惣右衛門 作市 萬兵衛尉 萬右衛門 与四左衛門 徳介 勘左衛門 利兵衛尉 平蔵 次兵衛尉 助七 太郎次 助七 五郎作 七左衛門 金作 清兵衛尉 与次郎 与左衛門 久蔵 三之丞 十介 長吉 長三郎 太郎助 善作 又左衛門 半右衛門 少五郎 助八 太郎作 傳蔵 惣次郎 勝兵衛尉 覚兵衛尉 佐市 太郎兵衛尉 五兵衛 藤吉 太郎作 久左衛門 彦市 善左衛門 佐蔵 次郎介 松左衛門 助次郎 六兵衛尉 六蔵 次兵衛尉 数左衛門 作左衛門 孫市 三原源右衛門 永山覚右衛門
宛先
三原源右衛門・永山覚右衛門
キーワード
水手五十五人 名簿 串木野
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-OF-P04-D001番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:源頼朝袖加判平盛時奉書寫

翌日の「こふのこなた」の「ちむのはら」に御すくすべき旨を記す。 あかうそ三郎に言及し、「ひか事すな」「らうせきすな」と指示して、連れた者への周知を求める。 庄司次郎と「けふのひくわん」、当日の狼藉者への沙汰と翌日の宿について述べる。

登場人物
あかうそ三郎(原表記留保・比定未確認)、庄司次郎、盛時奉、庄司次郎殿(原表記・比定未確認)、源頼朝、島津忠久(原表記・比定未確認)、畠山重忠(原表記・比定未確認)、頼朝、税所勝兵衛尉(原表記・比定未確認)、兒玉作左衛門尉(原表記・比定未確認)
宛先
庄司次郎殿
キーワード
奉書(刊本標題の種別)
追録2-No.922記事旧記雑録暫定版確認度 中

北郷久嘉江戸ニ赴ク

北郷久嘉が島津綱貴の命を受け、薩摩府を出発して江戸へ赴き、芝御屋敷で番頭を勤めた記事。大嶺勝兵衛安明が随行した。

登場人物
北郷久嘉
宛先
島津綱貴
キーワード
北郷久嘉、島津綱貴、薩摩府、江戸、芝御屋敷、番頭、勤番、大嶺勝兵衛安明、随行、北郷久嘉譜、記事、元禄十四年
後編4-No.13記事確認度 高

島津家久譜

島津忠恒が町田勝兵衛尉久幸を使者として豊臣秀頼へ年頭の祝儀を進上し、秀頼から黒印の返書を受けたことを記す譜記事。進上品は太刀一腰・馬代銀子十枚・段子十巻で、使者の町田久幸は秀頼に対面し、返礼として太刀一腰・馬代銀子十枚・段子五巻を受けた。

登場人物
島津忠恒(後の家久)、町田久幸、豊臣秀頼
宛先
—
キーワード
島津忠恒、町田久幸、豊臣秀頼、年頭祝儀、黒印、太刀、馬代銀子、段子、進上、返礼、譜記事