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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

39 件 (全巻)/ 1–39件を表示

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前編2-No.604文書確認度 高

田代清久置文

田代清久が、島津氏久から七郎入道清久および左衛門尉へ与えられた五通の書下と、串良院上条・鹿屋院の地頭職・弁分を列挙し、宗次郎の後代がこれに従って知行するよう定めた置文。

登場人物
田代清久、島津氏久、宗次郎
宛先
宗次郎後代
キーワード
田代清久、島津氏久、宗次郎、串良院上条、鹿屋院、地頭職、弁分、書下、置文
前編2-No.605文書確認度 高

田代清久譲状

田代清久が、大隅国田代内の宗次郎分について、遊喜田村・土橋村・原村・有里小野村・山野などの境界と自作分を列挙し、知行すべきことを示した譲状。

登場人物
田代清久、宗次郎
宛先
宗次郎
キーワード
田代清久、宗次郎、大隅国、田代、遊喜田村、土橋村、原村、有里小野村、山野、境界、譲状
前編2-No.607文書確認度 高

田代清久置文

田代清久が、大隅国田代内の宗次郎分について村・山野・自作分・屋敷などを列挙し、違乱する者は清久の子孫と認めないとして知行の維持を定めた置文。

登場人物
田代清久、宗次郎
宛先
宗次郎後代
キーワード
田代清久、宗次郎、大隅国、田代、村、山野、自作分、屋敷、違乱停止、置文
前編2-No.763文書確認度 高

平田親宗譲状

平田親宗が田代宗次郎へ、日向国柏原保内原村を二十五貫文で譲り渡し、三年後の請戻し条件を置いた譲状。村は蒲生方の祈所として給付された所を親宗が買得したものと説明する。

登場人物
平田親宗、田代宗次郎、蒲生方関係者
宛先
田代宗次郎殿
キーワード
平田親宗、田代宗次郎、日向国、柏原保、原村、二十五貫文、請戻し、蒲生方、祈所、譲状
前編2-No.798文書確認度 中

島津玄仲宛行状

島津玄忠が田代宗次郎に、島津御庄大隅方田代村を本領として宛行い、先例どおり領知するよう命じた宛行状。巻末目録標題は『島津玄仲宛行状』とする。

登場人物
島津玄忠(島津元久)、田代宗次郎
宛先
田代宗次郎殿
キーワード
島津玄忠、島津元久、島津玄仲、田代宗次郎、島津御庄、大隅方、田代村、本領、領知、宛行状
前編2-No.814文書確認度 高

島津玄忠証状

島津玄忠が田代宗次郎の大隅国田代村内の知行分について、縦天役を含む万雑公事以下を特に停止することを証した証状。

登場人物
島津玄忠(島津元久)、田代宗次郎
宛先
田代宗次郎殿
キーワード
島津玄忠、島津元久、田代宗次郎、大隅国、田代村、知行分、縦天役、万雑公事、諸役停止、証状
後編2-No.1614文書確認度 高

伊集院幸侃・本田三清連署返状知目録

川内の平佐村・天辰村・宮里村・高江村、入来院塔之原村、祁答院久富木村など、返地となる村々と石高を列挙する。 北郷宗次郎に宛て、所領替えに伴って返還すべき土地の範囲を数量で確定した連署目録。

登場人物
伊集院幸侃忠棟、本田三清貞親、北郷宗次郎
宛先
北郷宗次郎
キーワード
伊集院幸侃忠棟、本田三清貞親、北郷宗次郎、返地目録、平佐村、天辰村、宮里村、高江村、塔之原村、久富木村
後編2-No.1412記事確認度 中

島津家久譜

北郷宗次郎は十月二十九日、唐島から釜山浦に着き、辰刻に方浦を経て金海川口へ至った。降雪と強風のため船を追ったが乗員数を把握できず、巨済岸に帰着した経過を記す。 加徳島の水主らを船内で捕え、船上の綱などを接収したという。冬の朝鮮沿岸における船舶追跡と捕縛の実情が分かる。

登場人物
北郷宗次郎、島津家久、島津義弘、加徳島の水主
宛先
宛先なし(譜の記事)
キーワード
北郷宗次郎、唐島、釜山浦、方浦、金海川口、巨済岸、加徳島、強風雪、船舶追跡、水主捕縛
後編3-No.219文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が又八郎に、自身は五日前に壱岐まで渡ったが順風がなく出船が遅れていると報じた書状。又八郎の帰朝について北郷宗次郎を介して指示したが、石田治部少輔から高麗で交替させる旨の早飛脚が来たため、帰朝時期は改めて知らせるので準備を怠らないよう求める。

登場人物
島津義弘、島津又八郎、石田治部少輔、北郷宗次郎
宛先
又八郎殿
キーワード
島津義弘、島津又八郎、壱岐、順風、帰朝、北郷宗次郎、石田治部少輔、高麗、交替
後編3-No.221文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が又八郎に、渡海の見舞いと使者派遣への礼を述べ、逆風のため津浦を漂い、ようやく対馬小浦へ着岸したと報じた書状。又八郎の帰朝を北郷宗次郎に指示したが、石田治部少輔から高麗で交替させる命令も届いたため判断に迷ったとし、小姓だけを帰朝させる案の検討を求める。

登場人物
島津義弘、島津又八郎、石田治部少輔、北郷宗次郎
宛先
嶋又八様 御返報
キーワード
島津義弘、島津又八郎、渡海、逆風、津浦、対馬小浦、北郷宗次郎、石田治部少輔、帰朝、小姓
後編2-No.424文書確認度 高

島津義久書状

新春を祝い、自身が思いがけず上洛してなお滞在中であること、宗次郎兄弟が無事であることを知らせる。義弘と右衛門大夫の上国が朱印で命じられたため、日州口に在宅する北郷時久へ、留守中の領国と島津方諸城を庄内と同様に守るよう頼み、馬二疋を贈った書状。

登場人物
島津義久、北郷時久、島津義弘、伊集院忠棟、宗次郎兄弟
宛先
北郷左衛門入道殿(北郷時久)
キーワード
島津義久書状、島津義久、北郷時久、島津義弘、伊集院忠棟、上洛、留守国、日州口、諸城、馬贈答
追録3-No.1104文書旧記雑録暫定版確認度 中

北郷宗次郎の献上品に対する四名連署返書

松平薩摩守へ、将軍への御機嫌伺いと北郷宗次郎による白銀・琉球織物の献上を受け、披露と取計らいを伝える四名連署の返書。

登場人物
松平薩摩守、水野和泉守、戸田山城守、久世大和守、井上河内守、北郷宗次郎
宛先
—
キーワード
松平薩摩守、北郷宗次郎、白銀、琉球織物、献上、四名連署
前編2-No.618文書確認度 高

田代清久譲状

田代清久が、大隅国田代内の東門田二反、南薗彦四郎屋敷などの水田・薗・狩倉を譲与し、違乱する者は清久の子孫と認めないと定めた譲状。

登場人物
田代清久、宗次郎
宛先
—
キーワード
田代清久、大隅国、田代、東門田、南薗彦四郎屋敷、水田、薗、狩倉、違乱停止、譲状
後編2-No.1180文書確認度 高

石田三成事書

島津久保(又一郎)の死去を受け、弔いを理由とする帰国を厳禁し、義弘の許可を得た百人以外は渡海してはならないと定める。 久保の陣所を老臣・有力者に守らせ、普請・城米・後続船の兵糧収納を急がせ、下人を含む無断帰国を処罰するとした軍中統制の事書。

登場人物
石田三成、島津義弘、島津久保(又一郎)、島津又四郎、北郷宗次郎、伊集院源一郎、入来院又六
宛先
島津義弘(兵庫頭)以下、朝鮮在陣の島津家諸将
キーワード
石田三成、島津義弘、島津久保、又一郎、死去、帰国禁止、陣所、普請、城米、軍中統制
追録3-No.1103記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津吉貴帰国に伴う謝使登営と献上記事

島津吉貴の帰国に伴い、謝使の北郷宗次郎久度が登営し、将軍吉宗へ太刀や銀を献上した経過を記す記事。

登場人物
島津吉貴、北郷宗次郎久度、徳川吉宗
宛先
—
キーワード
島津吉貴、北郷宗次郎久度、徳川吉宗、帰国、謝使、登営、献上
追録8-No.913-1馬術射術鎗術長刀の師家を免じ希望者への指南は許す達旧記雑録暫定版確認度 中

各術の実用の利が少ないとの評価で列記師家を免じ、懇望者に術を指南することは差し支えないとする

通達留。馬術の比志嶋静馬・町田平・高橋甚五兵衛、射術の高田十郎右衛門・東郷長左衛門・伊集院半五右衛門・平田平六・木上源五郎、鎗術の梅田九左衛門・白尾登五右衛門、長刀の田代宗次郎を列記する。これらは師家として置いていたが、諸術の実用の利が少ないという達の評価から、各人の師家を免じる旨を本人と関係先へ伝える。但し望む人にその術を指南することは差し支えないとする。明治二巳九月、知政所。師家の役と私的な指南の但書を区分し、武術自体の全面禁止や各人の能力への現代評価、指南実績は補わない。

登場人物
知政所、比志嶋静馬・町田平・高橋甚五兵衛、高田十郎右衛門・東郷長左衛門・伊集院半五右衛門・平田平六・木上源五郎、梅田九左衛門・白尾登五右衛門、田代宗次郎、指南希望者
宛先
列記した師家本人、関係向々
キーワード
原913の1通達留馬術師家比志嶋静馬町田平高橋甚五兵衛射術高田十郎右衛門東郷長左衛門伊集院半五右衛門平田平六木上源五郎鎗術梅田九左衛門白尾登五右衛門長刀田代宗次郎實用利少評価師家差免但懇望指南可明治二巳九月知政所
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:166系図/惟宗姓大寺氏の家老・官途・養子関係旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

惟宗姓大寺氏系図

惟宗姓大寺氏について、保音(弾正忠入道幸阿)・武幸から元幸、義幸、清幸、高幸、資保、衡幸らを経て近世の後裔へ連なる系図。元幸を島津元久の家老、衡幸を島津久豊の家老と記し、美作守・紀伊守・兵部少輔・治部少輔などの官途と幸善・幸栄・応正・幸朝・幸祐等の法名を添える。衡幸流の宗二郎が梶原氏の養子となったこと、兼幸流と公幸流の房太郎・彦二郎・千代若丸らの分岐も示す。

登場人物
保音、武幸、元幸、島津元久、義幸、清幸、高幸、資保、衡幸、島津久豊、宗次郎、宗二郎、兼幸、保親、公幸、梶原氏
宛先
—
キーワード
惟宗姓大寺氏系図、保音、弾正忠入道幸阿、武幸、元幸、島津元久家老、義幸、清幸、高幸、資保、衡幸、島津久豊家老、宗次郎、宗二郎、梶原氏養子、兼幸、保親、公幸、美作守、紀伊守、兵部少輔、治部少輔、法名
追録1-No.1430記事旧記雑録暫定版確認度 高

北郷忠昭、礼使として参府

寛文十二年六月十四日、北郷宗次郎忠昭が光久帰国の礼使として江府へ赴き、六月二十八日に将軍家綱へ拝謁する。二十九日に再登城して御奉書を頂戴し、羽織一・帷子三(内単衣一)を拝領する。北郷吉兵衛久我が随行したと結ぶ。

登場人物
北郷宗次郎忠昭、光久、将軍家綱、北郷吉兵衛久我
宛先
—
キーワード
北郷忠昭、光久、家綱、帰国礼使、江府、六月二十八日拝謁、二十九日再登城、御奉書、羽織一、帷子三内単衣一、北郷久我
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:31系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

田代氏系図

平清盛―重盛の流れを掲げ、資盛・維盛以下から実盛、国盛、時盛、兼盛、道清らを経て田代氏諸流へ展開する系図。時盛の代に当国へ下り、野上田・百引を知行し、源氏へ改姓して建部を称したとの伝承、兼盛が田代を号したこと、野峯崎・串良院の知行、宝光寺建立、高隈知行などを記す。宗次郎らの官途、島津忠昌・勝久期の加治木・帖佐における戦死と年齢・法名、鹿児島在住、川辺居住、慶長・元和・寛永・延宝期の生没記事を収める。また田代久助が島津元久の代、将軍として博多へ派遣される際に辞退したが、河蘇谷を副将として任ずる旨の御証判を元久から受けた逸話を付記する。

登場人物
平清盛、平重盛、平資盛、平維盛、実盛、国盛、時盛、兼盛、道清、成盛、以久、清久、久助、宗次郎、文清、清定、清光、至清、清親、清千、勝久、清宣、清辰、清秀、清助、清良、田代久助、島津元久
宛先
—
キーワード
田代氏系図、平清盛、平重盛、平資盛、平維盛、建部氏、田代氏、当国下向、野上田、百引、野峯崎、串良院、宝光寺、高隈、鹿児島、川辺、加治木、帖佐、戦死、知行、官途、法名、田代久助、島津元久、九州探題、博多、将軍、副将、河蘇谷、御証判
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::136文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

論勝負之犬追物稽古手組

同じ十月十七日の「論勝負之犬追物稽古手組」。島津藤次郎・北郷宗次郎・三原彦五郎らの射手と、島津主税の検見、伊勢亘・西怡之助の喚次を掲げる。犬数の記入はない。

登場人物
島津藤次郎、北郷宗次郎、三原彦五郎、富山弥右衛門、本田七次郎ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬追物、論勝負、稽古手組、天明七年十月十七日
後編2-No.1557記事確認度 高

島津竜伯・同義弘連署証状

北郷忠虎の実子が幼少のため、宗次郎こと北郷三久を名代として諸職を勤めさせ、長千代丸が十七歳になるまで家督を補佐するよう認める。 若年相続人を保護しつつ家の継続を保証した、竜伯・義弘連署の家督証状。

登場人物
島津竜伯、島津義弘、北郷三久、北郷忠虎、長千代丸
宛先
北郷左衛門入道・北郷宗次郎
キーワード
島津竜伯、島津義弘、北郷三久、北郷忠虎、長千代丸、名代、家督、補佐、連署証状
追録1-No.2文書旧記雑録暫定版確認度 高

北郷久加・新納久詮連署書状

北郷久加・新納久詮が、若君の元服に備えて能役者らを早急に召し寄せること、職務不履行の大寺喜左衛門に代えて海江田仲左衛門尉を秋目地頭に任じること、知行高に応じた乗馬・小荷駄の奉公基準を伝えた連署書状。

登場人物
北郷久加、新納久詮、伊尻覚兵衛、玉利佐渡守、上村九郎兵衛、舟木宗次郎、大寺喜左衛門、海江田仲左衛門尉
宛先
山田民部少輔、頴娃左馬頭、川上因幡守、島津図書頭ほか
キーワード
北郷久加、新納久詮、若君元服、能、秋目地頭、海江田仲左衛門尉、知行高、乗馬役
追録1-No.1965-2記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津光久帰国・謝礼使記事(重複印字枝番2)

光久公御譜中に、貞享三年四月十二日に帰国を許され恩賜を受け、四月二十五日に江戸を辞し、大坂・京泊を経て七月朔日に帰城したことと、家老・用人の随行を記す。家臣桂外記忠剰が命を受け江府へ至り、九月朔日に恒例の錬芭蕉百端・塩鯛一箱・するめ(原鰑)一箱・昆布一箱・樽二荷を献上し、将軍が光久の使者に恒例どおり恩給した。

登場人物
光久、島津帯刀久元、北郷宗次郎忠昭、喜入次兵衛久甫、福屋助左衛門兼貞、村田伊左衛門経景、桂外記忠剰、将軍家
宛先
—
キーワード
光久、貞享三年四月十二日帰国告、四月二十五日江戸辞、七月朔日帰城、桂外記忠剰、九月朔日帰国礼、錬芭蕉百端、塩鯛一箱、鰑するめ一箱、昆布一箱、樽二荷、恒例恩給、重複1965枝番2
追録2-No.21記事旧記雑録暫定版確認度 高

綱貴参勤ス

島津綱貴の参勤について閏二月二十七日に一族・家老・番頭・用人らの供役を定め、三月二日に川内京泊津から出船し、同月二十一日に大坂へ着船したことを記す記事。

登場人物
島津綱貴、佐多豊前久達、喜入安房久亮、北郷宗次郎忠嘉、村田伊左衛門経智、大山権左衛門廣安
宛先
宛先なし(記事)
キーワード
元禄十年、島津綱貴、参勤、川内京泊津、大坂、佐多久達、喜入久亮、北郷忠嘉
追録3-No.1075記事旧記雑録暫定版確認度 中

将軍吉宗の使者来薩と薩摩領内巡行記事

享保四年六月十一日、将軍吉宗の使者が薩摩を訪れ、島津家から贈答を受けたのち、領内各地と東海路を巡って帰着した経過を記す記事。

登場人物
徳川吉宗、井上河内守正岑、島津吉貴、北郷宗次郎久度
宛先
—
キーワード
徳川吉宗、井上正岑、島津吉貴、使者、薩摩、巡行、贈答
追録7-No.19式次第旧記雑録暫定版確認度 高

八朔進上太刀并中紙進上次第

八月朔日の太刀および中紙目録進上の作法を、在国・在府と身分別に定めた次第。一門方は御座之間で、太刀を二之間上の敷居から下二畳目に側御用人が備え、その下で礼をした後、縁頬側に着座して祝儀を述べ、家老の取合を受けて退座する。若年寄・大目付は太刀一腰、島津藤馬・相馬・多門、伊集院伊膳、畠山内膳、鎌田蔵人は太刀を「五腰充」とし、奏者番が取り、着座・退座の場所をそれぞれ定める。島津左衛門・美濃・図書・筑後、所持・所持格、川上主鈴、新納次郎四郎・五郎右衛門、町田主馬、伊集院平治、諸地頭、桂外記等も列挙し、敷居・畳目と太刀・中紙目録の扱いを示す。在地不在・病気の者は名代を立てて太刀・目録を納める。江戸詰、江戸での進上、一門方・役家格の在府時の扱いも規定し、末尾は従来使者によった八朔進上を太刀持参へ改める旨と、書付二通・石見殿添書一通を記す。

登場人物
島津藤馬、島津相馬、島津多門、伊集院伊膳、畠山内膳、鎌田蔵人、義岡宗次郎、島津左衛門、島津美濃、島津図書、島津筑後、川上主鈴、新納次郎四郎、新納五郎右衛門、町田主馬、伊集院平治、桂外記、家老、若年寄、大目付、所持、所持格、大番頭、側御用人、奏者番
宛先
本文に独立宛名なし
キーワード
八朔、八月朔日、太刀進上、中紙目録、御座之間、二之間、三之間、敷舞台、畳目、御一門、若年寄、大目付、奏者番、名代、江戸、在国、在府、礼式
追録7-No.1897書上旧記雑録暫定版確認度 高

吹上御庭拝見内祝能組(能・狂言演目と名列)

十二月十五日、吹上御庭拝見が滞りなく済んだ内祝として、亀之甲舞台で能を催し、有馬玄蕃・水野甲斐(忠実注)・有馬臺作を招いた記録。能組には岩船・俊成忠度・綾鼓・船弁慶・海士・乱を挙げ、虎之助・又三郎・玄蕃頭・桃次郎・甲斐守・豊後守などの名を各曲の下に配列し、狂言・間として末廣・宗八・福の神および船弁慶間の幸之助を記す。「乱」の欄には溪山の名がある。囃子方や地謡等に当たる名列もあり、曲ごとに出演者の名列を添える。夕暮れまで無事に済み、赤羽からの供頭へ初めて見せ、装束所に二、三人が来たため甲斐の仕なども一緒に見せたと結ぶ。名列の役割の細分と、卯太郎・覺次郎と読める二名の第一字は未確定。この記録の十二月十五日と、次の贈答覚書の十月十五日とは月が異なる。

登場人物
有馬玄蕃、水野甲斐(忠実注)、有馬臺作、虎之助、金之助、鏡之助、新八、喜太郎、覺太夫、吉左衛門、新十郎、半蔵、仁右衛門、鍵次郎、彦右衛門、又三郎、太刀平之丞、宗次郎、如粒、其太郎、喜多次、七之丞、権之丞、健次郎、善八郎、萬作、長右衛門、助五郎、増太、喜藤太、桃次郎、卯太郎(第一字留保)、斧太郎、勝太郎、新之助、又次郎、治五郎、八右衛門、林蔵、権兵衛、十之助、次郎右衛門、長右衛門、仲右衛門、小三郎、覺次郎(第一字留保)、才次郎、豊後守(能組表記)、七左衛門、幸之助、溪山(乱の名列)
宛先
—
キーワード
吹上御庭、内祝、亀之甲舞台、能組、岩船、俊成忠度、綾鼓、船弁慶、海士、乱、末廣、宗八、福の神、溪山、装束所、赤羽
追録8-No.780会津進撃の戦死・手負名簿と京都本営の戦死手負書等送状旧記雑録暫定版確認度 中

会津の戦死・負傷と病院死を隊別に掲げ、国許へ書冊等を送る

雑録中の会津進撃に関する隊別死亡・負傷名簿と、京都本営の送状。九番・十一番・十二番隊等の戦死者を掲げ、十二番隊では三春の村人や庄屋支配下の者も含め、即死・戦死を記す。諸隊の死者には手負の後に三春病院で死亡した者があり、続く手負人数では深手・浅手・薄手と、負傷した日・場所を区別する。田村小太郎、伊佐敷金之進、加藤郷兵衛、上原正八郎らのほか、道案内、隊付夫卒、地元村人などを列記する。原文内の異日付や前の名簿との異同は残し、同名を別人として合算しない。末尾の十月四日京都本営送状は、戦死手負書一冊・降伏状一帖・問合二通を掲げ、去る九月二十二日に会津へ進撃して終に降伏したとの報知を述べる。通行允許を携えて到京した日須峯敬二郎ほか一人に封書を託して国許へ送り、披露等を取り計らうよう御国許陸軍所へ依頼する。死亡・負傷の区分と送付の叙述は各名簿・送状に帰属させる。

登場人物
京都本営、御国許陸軍所、各隊兵士・隊付夫卒・道案内・村民等、伊佐敷金之進・田村小太郎・肱岡藤八・小左衛門・富次・藤右衛門・勝三郎・林太郎・藤助・傳藏・木幡孝之介・福留嘉右衛門・加藤郷兵衛・加藤次左衛門・上原正八郎・川上彦八郎・園田勇吉・中嶋岩次郎・松藏・米良仲之丞・猪保壮七郎・川崎休右衛門・萩原強之丞・松崎壮八・喜之助・山本中助・竹内正介・藤四郎・山口彦八・西田藤助・諏訪次郎右衛門・川上四郎次・半右衛門・丸田喜右衛門・山之内次郎・榮藏・木原藤一郎・奈良原彌六左衛門・岩右衛門・米良清之介・吉井七之丞・川上嘉次郎・源八・西佐一郎・松元彦十郎・松太郎・佐々木清藏・種子嶋宗之丞・仲助・喜助・仲藏・市之丞・大脇源左衛門・益山次左衛門・清次郎・長藏・村山源左衛門・甚太・郡山甚後左衛門・山形龍次郎・向井納四郎・肥田軍右衛門・豊丸與藤次・武郷兵衛・簗瀬源次郎・村岡源助・毛利權之丞・筒井清五郎・左近允新六・川崎仲之丞・蒲生彦四郎・榎本源次郎・市来宗次郎・福島良介・讃良竹五郎・市成彦右衛門・金助・民助・加治木彦太郎・二階堂彦太郎・松田健四郎・竹内惣七・大山彌介・新納壮右衛門・木藤吉左衛門・小次郎・藤崎勇藏・山田直四郎・小出健齋・岩松喜介・白濱助之進・奥書輔・松方長作・飯牟禮休左衛門・梅北八郎右衛門・淵邊彦二・竹山藤右衛門・藤崎清之丞・和田乘太郎・廻新次郎・仁助・汾陽直次郎・肥後平八・梅北伊八郎・東郷已之助・谷村孫七・土師孫一・大山十郎次・淺田政次郎・川上源七郎・平田九十郎・有馬七郎左衛門・山口直右衛門・古川源助・川南東右衛門・種子嶋宇左衛門・畠山源七・桐野藤太郎・柏原吉左衛門・石原七郎太・曾木彦二・伊助・勘太郎・日須峯敬二郎
宛先
御国許陸軍所(十月4日京都本営送状)
キーワード
原780雑録会津進撃戦死人手負人数隊別即死戦死深手後三春病院死現地夫卒村民案内深手浅手薄手加藤郷兵衛九月廿四十四誤注九月二十二会津進撃降伏報知戦死手負一冊降伏状一帖問合二通日須峯敬二郎外壹人京着通行允許封送披露十月四京都本営国許陸軍所
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 747-6考証記事・取払帳の発見と筆者確認旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安記事

島原の役で小原織部佑らが米銭出納を担った取払帳の来歴を考証する。表紙・巻末を失った横折小冊を享和三年の転居時に煤けた小桶から発見し、後に家伝・史館記録を調べて出陣記事を採録した経緯を述べる。織部自筆か疑う人もいたが、天保三年に子孫宅を調査し、承応元年の知行名寄や八月十二日付文書の筆跡・印形を帳簿と比較して筆者を確認したと記す。

登場人物
伊地知季安 伊地知重政 小原織部佑 中馬八右衛門 本田大史 本田親標(村右衛門) 伊地知宗之助 小原宗次郎 小原次郎助 新納忠清 伊地知重頼 石川本氏
宛先
なし(考証記事)
キーワード
伊地知季安 小原織部 取払帳 米銭出納 古文書発見 筆跡 印形 考証
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::135文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

犬追物稽古手組

天明七年十月十七日の犬追物稽古手組。上手組と次手組に射手を分け、島津藤次郎・栗川弥七・森六郎らを記す。両組の検見を川上十郎左衛門・カワカミ十郎左衛門、喚次を瀬川作平次らとして列記する。

登場人物
島津藤次郎、栗川弥七、森六郎、伊地知新太夫、北郷宗次郎ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬追物、稽古手組、天明七年十月十七日、上手組、次手組
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::138文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

納之犬稽古手組

天明七年十二月二十三日の「納之犬稽古手組」。一番に島津圖書・伊地知新太夫・伊勢平八郎ら、二番に島津藤次郎・富山弥右衛門・堀八百助らを配し、それぞれ検見と喚次の担当者を示す。

登場人物
島津圖書、伊地知新太夫、伊勢平八郎、島津藤次郎、北郷宗次郎ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
納之犬、稽古手組、天明七年十二月廿三日、一番、二番
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::139文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

論之犬稽古手組

天明七年十二月二十三日の「論之犬稽古手組」。島津圖書・本田七次郎らを「九ツノ免」「四ツノ免」などの区分で列記し、検見を伊勢亘、喚次を汾陽八右衛門とする。

登場人物
島津圖書、本田七次郎、和田乗太郎、三原彦五郎、清水源左衛門、北郷宗次郎ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬稽古、論之、天明七年十二月廿三日、免
追録1-No.922記事旧記雑録暫定版確認度 中

萬鶴(光久女)誕生

『綱久公御譜中』は、寛文元年三月九日に女子萬鶴が家の女房を母として誕生し、のち家臣北郷宗次郎忠昭の室となったと記す記事。

登場人物
萬鶴、島津綱久、北郷忠昭
宛先
—
キーワード
萬鶴、島津綱久、北郷宗次郎忠昭、寛文元年三月九日、誕生、母家之女房、家臣、室、綱久公御譜中、目録本文相違
追録2-No.651記事旧記雑録暫定版確認度 中

北郷久度、綱貴を久嘉邸に迎える記事

島津綱貴が北郷久嘉の邸へ赴いた際、綱貴が北郷久度に金子五百疋を与え、久度も金子三百疋を献じて謝意を示したことを、北郷宗次郎久度の譜中から記す記事。

登場人物
北郷久度・島津綱貴・北郷久嘉
宛先
—
キーワード
島津綱貴、北郷久嘉、北郷久度、北郷宗次郎、久嘉邸、金子五百疋、金子三百疋、下賜、献上、謝意、系譜
後編2-No.1556記事確認度 中

北郷三久譜

北郷三久の幼名・通称・官途と、天正元年三月十日の出生、母が北郷左馬助忠孝の娘であることを記す。 北郷家の系譜上の位置と、後続する家督補佐・相続関係を理解するための基礎となる譜記事。

登場人物
北郷三久、北郷忠孝
宛先
—
キーワード
北郷三久、千代鶴丸、宗次郎、作左衛門、佐渡守、加賀守、北郷忠孝、出生、系譜
追録1-No.1253記事旧記雑録暫定版確認度 高

北郷久我、光久ニ謁ス

寛文八年十月、島津光久の娘が北郷宗次郎忠昭へ嫁いだ祝賀のため北郷久我が武州へ赴き、島津綱久に拝謁して金一分を賜った。翌寛文九年二月八日、忠昭邸へ招かれた光久にも拝謁し、青銅百疋を賜った記事。

登場人物
北郷久我、島津光久、島津綱久、北郷忠昭
宛先
宛先なし(北郷氏庶流系図中の記事)
キーワード
北郷久我、島津光久、島津綱久、北郷忠昭、婚姻、武州、拝謁、金一分、青銅百疋、系図記事
追録1-No.1543記事旧記雑録暫定版確認度 高

北郷忠昭、綱貴ノ参府ニ供奉ス

北郷宗次郎忠昭譜中に、延宝二年四月六日、忠昭が綱貴の参勤に供奉し、御番頭を勤め、久我がこれに従ったと記す。久我譜中にはないとの注を伴う。

登場人物
北郷忠昭、島津綱貴
宛先
—
キーワード
北郷忠昭、島津綱貴、参府、参勤、供奉、御番頭、久我譜、記事
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::131文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

神事犬追物手組

天明六年十一月二十八日の神事犬追物手組。上手組・次手組・下手組ごとに射手を「九ツノ免」「六ツノ免」「四ツノ免」などに分け、各組の検見・喚次を付す。上手組には島津出雲・島津藤次郎ら、下手組には北郷宗次郎らを配する。

登場人物
島津出雲、島津藤次郎、相良弥千母、北郷賀門、川上十郎左衛門ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
神事犬追物、天明六年十一月廿八日、上手組、次手組、下手組、免
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::134文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

論勝負之犬追物初稽古手組

天明六年十二月十一日の「論勝負之犬追物初稽古手組」。島津藤次郎・島津出雲らを「九ツノ免」、本田信次郎・相良弥千母らを「四ツノ免」などの区分で示す。検見を北郷宗次郎、喚次を市来十郎右衛門とする。

登場人物
島津藤次郎、島津出雲、本田信次郎、伊勢亘、市来十郎右衛門ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬追物、論勝負、初稽古、天明六年十二月十一日、免