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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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26 件 (全巻)/ 1–26件を表示

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附録2-No.380文書確認度 高

島津忠恒書状

以前から頼んでいた薫物を早く調製してもらったことへ深謝し、時折焚いて在陣中の窮屈を慰めていると述べた。帰国が延びているなか、相手の在国中に帰りたいので、心底では相手の帰京も少し延びてほしいと率直に記した書状。

登場人物
島津忠恒、進藤大蔵大輔
宛先
進藤大蔵大輔殿
キーワード
島津忠恒、進藤大蔵大輔、薫物、調製、香、在陣、帰国、帰京、望郷
後編3-No.360文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が島津又七郎(島津豊久)へ、明軍が蔚山へ攻め寄せたため後巻として諸将を出動させようとしたが、敵が退いたので派遣に間が生じたと告げた朱印状。受持ちの諸城の普請をいっそう堅固にし、兵粮・玉薬を十分に籠めて不安のないよう備えること、帰朝する者も敵情を確かめ、普請を申し付けたうえで帰ることを命じる。追而書では寒中の労をねぎらい、小袖一領・道服一領を贈った。

登場人物
豊臣秀吉、島津又七郎(島津豊久)、安芸中納言、増田右衛門尉、長束大蔵大輔、徳善院、寺沢志摩守、九鬼父子、因幡衆、大和衆、紀伊国衆
宛先
島津又七郎殿
キーワード
豊臣秀吉朱印状、島津豊久、島津又七郎、蔚山、明軍、後巻、敵退却、城普請、兵粮、玉薬、帰朝、敵情確認、小袖、道服
後編3-No.364文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が島津又八郎へ、明軍が蔚山へ攻め寄せたため後巻として諸将を出動させようとしたが、敵が退いたので派遣に間が生じたと告げた朱印状。受持ちの諸城の普請をいっそう堅固にし、兵粮・玉薬を十分に籠めること、帰朝する者も敵情を確認し、普請を申し付けてから帰ることを命じる。追而書では寒中の労をねぎらい、小袖一領・道服一領を贈った。

登場人物
豊臣秀吉、島津又八郎(島津忠恒)、安芸中納言、増田右衛門尉、長束大蔵大輔、徳善院、寺沢志摩守、九鬼父子、因幡衆、大和衆、紀伊国衆
宛先
島津又八郎殿
キーワード
豊臣秀吉朱印状、島津忠恒、島津又八郎、蔚山、明軍、後巻、敵退却、城普請、兵粮、玉薬、帰朝、敵情確認、小袖、道服
追録8-No.583防長・兵庫両事件の寛開の帰着を説明する朝廷達書旧記雑録暫定版確認度 中

両事件の帰着は同じであり不参者は大樹へ問い合わせるよう伝える朝廷達書

両事件について各人の見込や遅速には違いがあったが、大樹と大蔵大輔・伊豫守らが参内した際、寛開の帰着は同じであったので取捨して命じたと説明する。詳しいそのときの模様は大蔵大輔・伊豫守も承知しているはずで、不参の者は大樹に問い合わせるよう求める。八月四日の朝廷達書。両事件は前後の書付に対応する防長処置と兵庫開港として読み、寛開の帰着が同じという説明は朝廷の文言に帰属させ、個々の意見や具体的な処置を本文にないまま補わない。

登場人物
朝廷、大樹、大蔵大輔、伊豫守、参内者・不参の者
宛先
関係の諸藩・不参の者
キーワード
八月四朝廷達書両事件見込遅速異同大樹大蔵大輔伊豫守参内寛開帰着同様取捨沙汰模様委細不参者大樹問い合わせ
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:107-14書状・上原氏知行/軍役/系譜記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

昌州書状

卯月七日、昌州(傍注では連歌師昌叱か)が某人へ、先日その地へ参上して宿所を訪ねたが留守だったと伝え、京都連歌の『御かし』を平田与進のもとへ送る件について、料紙をまだ用意できないため、まず自分の愚作を差し上げるので書写して返してほしいと頼んだ書状。付属記事は、慶長十六年正月に龍伯が没した後、上原尚氏が鹿府に居住し、食禄百五十一石(国分高帳では百五十三石)で府籍に登ったこと、慶長十八年十二月に大坂事への備えとして老齢のため夫三人を出したこと、元和六年二月の百石以上四分一収公に応じ、残る百五石を食んだことを記す。さらに分家の尚演が家久の御納戸役となり、元和七年の犬追物で四疋を射、寛永九年には食禄七十九石を登録したこと、横川・清水郷・伏見・南林寺等に関わる尚演以下の分家・養子・還俗・御用人・近習役などを系図で示す。連歌書状に上原氏の近世初頭の知行縮減、軍役負担、役職、分家系譜を連ねた構成が特徴である。

登場人物
昌州(連歌師昌叱か)、平田与進、上原尚氏、島津義久(龍伯)、島津家久、上原尚昌、上原尚演、三原大蔵大輔重朗、上原尚道、上原尚宣
宛先
—
キーワード
昌州書状、正本家蔵、卯月七日、昌州、連歌師昌叱か、不在訪問、宿所、京都連歌、御かし、御懐紙か、平田与進、料紙未用意、愚作、書写、返却依頼、上原尚氏、島津義久、龍伯、慶長十六年、鹿府、食禄百五十一石、国分高帳百五十三石、慶長十八年、大坂事、夫三人、島津家久、元和六年、四分一収公、残百五石、上原尚昌、上原尚演、御納戸役、元和七年、犬追物、四疋、寛永九年、七十九石、三原大蔵大輔重朗、横川、清水郷、伏見、南林寺、分家系譜
追録8-No.654-2越前宰相の大蔵大輔辞退と今後の呼称を伝える連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

大蔵大輔の辞退が聞き入れられ、今後の官名呼称を用いるよう越前宰相家が知らせる

越前宰相が大蔵大輔を辞退したところ、聞き入れられた旨を仰せ出されたため、今後は御官名を称することを知らせる。知人にも伝えるよう命じられたとして、二月七日に越前宰相家の島津十太夫・伊東友四郎が御名様の留守居中へ連署で送る。御官名と御名様は原の表示を保持し、本文にない新しい官名や具体的な宛人を補わない。

登場人物
越前宰相、島津十太夫、伊東友四郎、御名様・御留守居中様(原表示)
宛先
御名様御留守居中様、その他宛先は略す
キーワード
二月七越前宰相様内島津十太夫伊東友四郎連署大蔵大輔辞退被聞召向後御官名呼称御名様留守居中外様略
追録5-No.2698記事旧記雑録暫定版確認度 要

重豪参勤ス

重豪は五月六日に府城を出発して阿久根から舟行し、九日に島津求馬を若年寄に任じ、七月十八日に芝邸へ着く前に、高輪にいる淨岸院へ挨拶した。二十一日に将軍の使者松平右近将監が慰労に来て、二十八日には川田伊織に従来の職務のまま江戸城へ出仕するよう命があり、八月十五日に朝覲の礼を行い、二十一日は午刻に西門から出て表門へ入り、芝邸に移った。淨岸院は十月朔日に高輪邸から芝邸へ戻り、十一月朔日に一橋家との結納、二十五日に新奥への移転が行われ、十二月三日には将軍使者市橋大膳から鶴が贈られた。四日の婚礼では巳刻に一橋から輿を出し、午刻に東門から入り、松平主計頭が出迎え、松平大蔵大輔が輿添を務め、六日には将軍と御台所の使者が新奥を祝い、十八日に淨岸院が新奥を訪れた。

登場人物
重豪・島津求馬・淨岸院・松平右近将監・川田伊織・市橋大膳・松平主計頭・松平大蔵大輔・将軍・御台所
宛先
記載なし(年譜記事)
キーワード
五月六府城発阿久根舟行、九求馬若年寄、七月十八高輪淨岸先謁芝邸二十一慰労二十八川田原職出仕、八月十五朝覲二十一午刻西門出表門入移邸、十月朔淨岸帰芝、十一月朔結納二十五新奥、十二月三鶴四婚礼六賀十八淨岸臨
追録8-No.1110-1戊辰戦争の戦功者・戦死者等への賞典米増額を願う書旧記雑録暫定版確認度 中

戊辰戦功・戦死者賞典米増額願

奥羽・北越へ出征した戦功者、戦死者、負傷等で廃人となった者への賞典米について、人数と石高を示し、旧鹿児島藩管轄高で賄ってきた分を政府の賞典に加算するよう大蔵大輔井上馨へ願い出る。

登場人物
鹿児島県権参事桂久武、大蔵大輔井上馨、戊辰戦功者、戦死者、廃人
宛先
戊辰戦争出征者・遺族
キーワード
戊辰戦争、奥羽、北越、戦功者、戦死者、廃人、賞典米、桂久武、井上馨、増額願
追録8-No.22-3交名旧記雑録暫定版確認度 中

大広間諸大名交名

大広間諸大名の交名と、武家諸法度の写しが届いた家・次に順達した家を記す一覧。「次第不同」とし、松平越前守・大膳大夫・三河守・因幡守などを掲げ、松平大隅守(島津斉興)に続いて松平陸奥守・阿波守・大和守・右近将監・上総介らの順達先を列記する。書込によれば、有馬玄蕃頭から二月二十五日に松平越前守へ、松平大膳大夫から二十四日に松平大和守へ、上杉伊予守から二十三日昼に上杉弾正大弼へなど、複数の経路で送られた。回覧の個々の到着日と送り先を追える史料であり、単独の差出人・宛先を持つ書状ではない。

登場人物
松平越前守、松平大膳大夫、松平三河守、松平因幡守、松平陸奥守、松平大和守、松平右近将監、松平上総介、松平淡路守、松平大蔵大輔、有馬玄蕃頭、上杉弾正大弼、松平土佐守、松平豊後守、細川越中守、松平肥前守、松平因幡守、松平安芸守、松平伊予守、南部信濃守、松平対馬守、上杉式部大輔、松平肥前守、松平筑前守、南部甲斐守、松平大隅守(島津斉興。本文人物注)、松平阿波守、上杉式部大輔
宛先
宛先記載なし(順達先交名)
キーワード
武家諸法度、諸大名交名、大広間、順達、回覧、二月廿三日、二月廿四日、二月廿五日
追録8-No.22-8次第書旧記雑録暫定版確認度 高

武家諸法度頒布次第書

代替わりに伴う武家諸法度頒布の、二月二十一日の儀礼次第。御三家、万石以上の領主、交替寄合が登城し、御座間では紀伊・尾張・水戸の順、黒書院では田安ら、御上段では松平加賀守以下の諸侯へ、将軍が法令を出す旨を伝えた経過を記す。大広間へ渡る際の先導、将軍の着座位置、掃部頭・老中・奏者番・若年寄らの席次、嫡子や菊之間縁の人々の配置も詳しく定める。老中太田備後守が法令を出す旨を伝えた後、将軍と出席者はいったん退出する。御法令を文台に載せて置き、林大学頭が読み上げ、諸侯が謹んで聞いて挨拶の後に退出した。松平三河守は養父看病による御暇との注がある。

登場人物
徳川家慶、紀伊大納言徳川斉順、尾張大納言徳川斉温、水戸中納言徳川斉昭、田安中納言徳川斉荘、徳川宮内卿斉疆、徳川刑部卿慶昌、松平加賀守、水野越前守、掃部頭、和泉守、越前守、中務大輔、伯耆守、備中守、松平讃岐守、松平越中守、酒井左衛門尉、小笠原大膳大夫、林大学頭、御目付・年寄・御取合・若年寄(実名なし)、松平右京大夫、井伊玄蕃頭、松平近江守、松平式部大輔、松平三河守、松平越前守、松平大和守、松平右近将監、松平上総介、松平左兵衛督、松平淡路守、松平大蔵大輔、松平兵部大輔、松平阿波守
宛先
宛先記載なし(儀礼次第書)
キーワード
武家諸法度、頒布次第、御三家、御座間、黒書院、大広間、席次、林大学頭、文台
追録8-No.584-1防長・兵庫の裁断理由を問い直す両藩伺書旧記雑録暫定版確認度 中

防長復旧と開港の順序が寛開の同じ帰着だとされた理由を尋ねる両藩伺書

兵庫開港の許可後に両事件の見込や遅速が異なっても寛開の帰着は同じなので取捨して命じたとの達書を読み、さらに問う伺書。防長では大膳父子の官位復旧・平常の扱いを実現して幕府が公正に戻る実跡を示し、人心の安堵と国内の基礎を立てた後、第二に外夷の事を扱い、兵庫開港を時務に応じて処置する順序を提案したとして、単に帰着が同じとは異なると訴える。朝廷が取捨する公裁を受けるが、どの意味でやむを得ず許可したのか、当時の模様を大樹へ問い合わせても道理を承知し難いため、改めて明確な説明を願う。八月六日、嶋津中将・宇和嶋少将の連署。政策の順序・評価と戸惑いは両藩の主張として示す。

登場人物
嶋津中将(久光注)、宇和嶋少将(伊達宗城注)、朝廷、大樹、大蔵大輔、伊豫守、大膳父子
宛先
朝廷への伺書
キーワード
先般兵庫開港許可朝廷達両事件遅速帰着同様取捨、防長大膳父子官位復旧平常幕府反正人心安堵国内基本第一外夷兵庫時務第二順序、不得止差許理由大樹承合道理不明再聖諭願、八月六嶋津中将久光宇和嶋少将伊達宗城
追録8-No.1110-2戊辰戦死者等への賞典米支給方法を定める大蔵省指令旧記雑録暫定版確認度 中

大蔵省指令(戊辰戦死者賞典米)

戦功者・廃人の賞典米は従前どおりとし、戦死者四百六十八人には祭資として従来の給米三年分を一括支給する。壬申年限りで給米を終え、米為替・受領証等の手続を定める。

登場人物
大蔵大輔井上馨、鹿児島県、戊辰戦功者、戦死者遺族、廃人
宛先
戊辰戦争関係者・遺族
キーワード
戊辰戦争、戦功者、戦死者、廃人、賞典米、祭資、三年分、一括支給、井上馨、大蔵省
前編2-No.1981文書確認度 高

島津忠朝書状

島津忠朝が吉見長井に、父忠兼の上洛時以来の厚意と扶助への謝意を述べ、今後も取り計らいを求めた書状。

登場人物
島津忠朝、吉見長井、島津忠兼
宛先
吉見大蔵大輔殿
キーワード
島津忠朝、吉見長井、島津忠兼、上洛、扶助、書状、大永三年
後編2-No.1191文書確認度 高

島津義弘書状案

薩摩・大隅の没収地を義久・義弘の蔵入地とする秀吉朱印に反し、細川幽斎が代官や在国者へ新知を重複して与え、合計一万一千余を配分したと訴える。 その配分が秀吉の意思でないなら、残る没収地を又一郎久保の蔵入地とする新たな朱印を得たいとして、長束正家に披露を頼む義弘書状案。

登場人物
島津義弘、島津義久、島津久保(又一郎)、細川幽斎、長束正家
宛先
長束正家(長束大蔵大輔)
キーワード
島津義弘、島津義久、島津久保、細川幽斎、長束正家、没収地、蔵入地、新知、一万一千余、書状案
後編2-No.1245文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が嶋津又七郎(島津豊久)へ、縫工一人を進上したことを喜び、手配に力を尽くして送り届けた働きを「神妙」と評価した朱印状。詳細は長束大蔵大輔(長束正家)から伝えるとしており、朝鮮出兵期に技術を持つ職人そのものが贈答・人員供給の対象となっていたことを示す珍しい史料。

登場人物
豊臣秀吉、島津豊久、縫工、長束正家
宛先
嶋津又七郎殿(島津豊久)
キーワード
豊臣秀吉朱印状、豊臣秀吉、嶋津又七郎、島津豊久、縫工、職人献上、人員供給、神妙、長束大蔵大輔、長束正家、文禄の役
後編2-No.1246文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が嶋津又七郎(島津豊久)へ、歳暮の祝儀として秀吉用の呉服一重と北政所用の呉服一重が届いたことを喜び、受領を伝えた朱印状。詳しい返答は長束大蔵大輔(長束正家)に託しており、豊久が秀吉夫妻へ同時に歳暮を贈った、豊臣政権下の贈答関係を具体的に示す文書。

登場人物
豊臣秀吉、島津豊久、北政所、長束正家
宛先
嶋津又七郎殿(島津豊久)
キーワード
豊臣秀吉朱印状、豊臣秀吉、嶋津又七郎、島津豊久、北政所、歳暮、呉服、贈答、受領、長束大蔵大輔、長束正家、豊臣政権
後編2-No.1434文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が嶋津又七郎(島津豊久)へ、歳暮の祝儀として秀吉用の呉服一重と北政所用の一重が届いたことを喜び、受領を伝えた朱印状。詳細は長束大蔵大輔(長束正家)から申し伝えるとしている。前年のNo.1246と同様、豊久が秀吉夫妻へ継続して歳暮を贈っていたことが分かり、豊臣政権下の年中贈答関係を示す文書。

登場人物
豊臣秀吉、島津豊久、北政所、長束正家
宛先
嶋津又七郎殿(島津豊久)
キーワード
豊臣秀吉朱印状、豊臣秀吉、嶋津又七郎、島津豊久、北政所、歳暮、呉服、贈答、受領、年中儀礼、長束大蔵大輔、長束正家、豊臣政権
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 348一番乗・戦闘証文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

仁礼景頼差出

仁礼左近将監景頼が、有馬原城本丸へ一番乗し、敵三人と鑓を合わせたことを届ける証文。証人として出水衆入来源左衛門尉、大口衆肱岡左近、濱川西市丞を挙げ、立会人は三原大蔵大輔・伊集院衆西郷壱岐守とする。寛永十五年二月二十八日付で、新納佐左衛門尉・上原貞右衛門尉宛。編者注は『旧記雑録後編五』二一三九号文書と同文とする。

登場人物
仁礼景頼(仁礼左近将監)
宛先
新納佐左衛門尉殿・上原貞右衛門尉殿
キーワード
仁礼景頼、仁礼左近将監、一番乗、有馬原城本丸、敵3人、鑓合、出水衆入来源左衛門尉、大口衆肱岡左近、濱川西市丞、三原大蔵大輔、伊集院衆西郷壱岐守、新納佐左衛門尉、上原貞右衛門尉、寛永十五年二月二十八日、旧記雑録後編五2139号同文
後編2-No.450文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

端午の祝儀として生衣・帷子三領が届いたことを喜び、受領の意を伝える。 秀吉が島津豊久の季節の贈答に応え、詳細は長束大蔵大輔(正家)から申し伝えるとした朱印状。

登場人物
豊臣秀吉、島津豊久、長束正家
宛先
島津又七郎(豊久)
キーワード
豊臣秀吉、島津豊久、端午、祝儀、生衣、帷子、贈答、長束正家、朱印状
後編2-No.558文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が、歳暮の祝儀として島津豊久から小袖一重が届いたことを喜び、受領を伝えた朱印状。 詳しい返答は長束大蔵大輔(正家)から申し伝えるとしており、在京中の豊久と秀吉の贈答関係を示す。

登場人物
豊臣秀吉、島津豊久、長束正家
宛先
島津又七郎(豊久)
キーワード
豊臣秀吉、島津豊久、島津又七郎、長束正家、歳暮、小袖、贈答、朱印状
後編2-No.1182文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

島津豊久から鹿皮三十枚が届いたことを喜び、遠路からの厚意と長期在番の苦労をねぎらう。 近く帰朝を命じる予定なので、それまでは引き続き在城に励むよう求め、詳細は長束大蔵大輔正家から伝えるとした朱印状。

登場人物
豊臣秀吉、島津豊久(又七郎)、長束正家
宛先
島津豊久(又七郎)
キーワード
豊臣秀吉、島津豊久、又七郎、鹿皮、三十枚、在番、帰朝、在城、長束正家、朱印状
後編2-No.1232文書確認度 中

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が、長期在陣の苦労をねぎらい、普請を堅固に進めて油断しないよう命じる。主人から下々まで焚火を用意して寒さや病を防ぎ、必要があれば長束大蔵大輔・木下大膳大夫を通じて申し出よと指示する。 朝鮮在陣中の防寒・健康管理を具体的に命じた朱印状。

登場人物
豊臣秀吉、長束正家、木下吉隆
宛先
島津義弘宛か(本文宛名欠・要確認)
キーワード
豊臣秀吉、島津義弘、長束正家、木下吉隆、朝鮮在陣、普請、防寒、焚火、疾病予防、朱印状
後編2-No.1423文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が嶋津又七郎(島津豊久)へ、献上された弟鷹一羽が届き、念を入れて運んだため尾羽に損傷がないことを「無類」と高く評価して、格別に喜んだ朱印状。あわせて、寒い時期まで長く在陣している豊久の苦労をねぎらい、詳細は長束大蔵大輔(長束正家)から伝えるとしている。鷹献上の品質評価と在陣慰労が一通に収められた特徴的な史料。

登場人物
豊臣秀吉、島津豊久、長束正家
宛先
嶋津又七郎殿(島津豊久)
キーワード
豊臣秀吉朱印状、豊臣秀吉、嶋津又七郎、島津豊久、弟鷹、鷹献上、尾羽、無損傷、贈答、長期在陣、寒天、苦労慰労、長束正家、文禄の役
後編2-No.1443文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が島津又七郎(島津豊久)へ、年頭の祝儀として白鳥一羽が届いたことを喜び、受領の謝意を伝えた朱印状。詳しい返答は長束大蔵大輔(正家)から伝えさせるとしており、文禄四年正月の豊久と秀吉の贈答関係を示す。

登場人物
豊臣秀吉、島津豊久、長束正家
宛先
島津又七郎殿(島津豊久)
キーワード
豊臣秀吉朱印状、豊臣秀吉、嶋津又七郎、島津豊久、長束正家、年頭祝儀、白鳥一羽、献上品、贈答、文禄四年
後編3-No.345文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が島津豊久(又七郎)へ、歳暮の祝儀として秀吉と北政所に呉服各一重が届いたことを喜び、詳細は長束大蔵大輔正家から伝えるとした礼状形式の朱印状。

登場人物
豊臣秀吉、島津豊久(又七郎)、北政所、長束正家
宛先
島津豊久(又七郎)
キーワード
豊臣秀吉朱印状、慶長三年十二月廿七日、豊臣秀吉、島津豊久、又七郎、歳暮、祝儀、呉服、北政所、長束正家、贈答