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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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31 件 (全巻)/ 1–31件を表示

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後編2-No.196記事確認度 高

島津義久譜

島津家久が豊後南郡へ進み、府内近辺の諸城を攻略する一方、大友義統・仙石秀久・長宗我部元親らの大軍が十二月十三日に家久の利光陣へ迫った経過を記す。家久方は河川の増水と地形を利用して伏兵を置き、敵の渡河を待って反撃し、長宗我部信親らを討つ。戸次川合戦から大友方の退却、島津軍の追撃・府内進出までを連続して示す。

登場人物
島津義久、島津家久、大友義統、仙石秀久、長宗我部元親、長宗我部信親、十河存保
宛先
—
キーワード
島津家久、大友義統、仙石秀久、長宗我部元親、長宗我部信親、十河存保、利光、戸次川合戦、伏兵、豊後侵攻
後編2-No.209記録確認度 高

天正十四年豊後へ発向之事

天正十四年末、島津軍が複数路から豊後へ侵攻した経過を、各隊の進路・城攻め・戦死者まで日を追って記す長編軍記。鶴賀城攻防を経て、戸次川では島津家久軍が仙石秀久・長宗我部元親ら四国勢を破り、長宗我部信親・十河存保らを討ち取った。その後、府内へ進み、大友宗麟が籠もる丹生島城をはじめ諸城を攻めるが、鉄砲・夜襲・火攻めを交えた激戦でも堅城の抵抗は続く。島津方の勝利だけでなく、損害・兵站・攻城の難航まで描き、豊後戦役全体を追える中核史料である。

登場人物
島津家久、島津義弘、仙石秀久、長宗我部元親、長宗我部信親、十河存保、大友宗麟、新納忠元
宛先
—
キーワード
天正十四年豊後へ発向之事、豊後侵攻、九州征伐、島津家久、島津義弘、鶴賀城、戸次川の戦い、仙石秀久、長宗我部元親、長宗我部信親、十河存保、府内、大友宗麟、丹生島城、鉄砲、夜襲、火攻め、兵站、攻城戦
後編5-No.252記事確認度 中

平田純正譜

平田盛右衛門純正の出生・母方を記し、若年から島津家久に昼夜勤仕した功により、寛永六年八月十五日に新恩地を拝領し、後年さらに五十石の加増を受けたことを記す譜記事。

登場人物
平田純正、島津家久、八木和泉守信親
宛先
—
キーワード
平田純正、島津家久、八木信親、系譜、勤仕、新恩地、加増、五十石
追録8-No.322老中五名連署書状(公方安否・御鷹之鶴)旧記雑録暫定版確認度 中

公方の機嫌と御鷹之鶴の宿次送付を伝える老中五名の修理大夫宛書状

公方がますます機嫌よく過ごしているので安心するよう伝える老中連署書状。さらに「御鷹之鶴」を拝領したため、宿次で差し送ると記す。二月十八日、松平豊前守信義・本多美濃守忠民・安藤對馬守信行・内藤紀伊守信親・久世大和守廣周の五名が判を据え、松平修理大夫宛。本文に年を記さない。外包は文久元年酉四月十三日、筑後から格護しておく旨を千田伝一郎へ知らせ、白木御文書十番箱に収納した記録。

登場人物
公方、松平豊前守信義、本多美濃守忠民、安藤對馬守信行(原署名)、内藤紀伊守信親、久世大和守廣周、松平修理大夫、筑後殿、千田伝一郎
宛先
松平修理大夫殿
キーワード
老中五名連署、公方御機嫌、御鷹之鶴拝領、宿次差越、二月十八日、松平信義、本多忠民、安藤信行原署名、内藤信親、久世廣周、松平修理大夫宛、文久元年四月十三日、筑後千田伝一郎格護、白木十番箱百十七番
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:57系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

田部姓土持氏系図

田部姓土持氏の系図。十九代反正天皇(諱瑞歯別)と高部王子を掲げ、武城王―野髪王―直彦宿祢の系線を置く。鳥養(異本は『馬』)の条に田部姓を初めて賜り、宇佐八幡の惣弁官となった由緒を記し、吾津麿―連国―連方、連景―景文―信連―信増、信春―信行―信勝―信親などの諸系線を示す。信厳―信郷―則綱の系では、則綱が日州門川を領して門川七郎を号したとする。宗綱―妙綱―栄妙(後の信綱)の系では、建久八年の日向国田帳に『土持太郎宣綱』とある旨を記す。後半は景綱・道綱・惟綱・政綱・長綱、国綱・栄宣、頼宣(栄景併記)、宣弘・秋綱、金宣・宣綱・金繁、常綱・親栄・親佐などの系線と官途を列挙する。頼宣の条には勢多合戦の功により日州県半分を与えられた記事があり、末尾には親成・親佐の無子・養系注、大友の日州入部に伴う自殺記事、久綱を同氏相模守栄績の嫡子とする注記を載せる。

登場人物
反正天皇(瑞歯別)、高部王子、武城王、野髪王、直彦宿祢、鳥養(異本『馬』)、吾津麿、連国、連方、連景、景文、信連、信増、信春、信行、信勝、信親、信厳、信郷、則綱、宗綱、妙綱、栄妙(後の信綱)、宣綱、景綱、道綱、惟綱、政綱、長綱、国綱、栄宣、頼宣(栄景併記)、宣弘(直綱併記)、秋綱(景綱併記)、金宣、金繁、常綱、親栄、親佐、親成、佐栄、久綱、栄績
宛先
—
キーワード
田部姓土持氏系図、反正天皇、瑞歯別、高部王子、武城王、野髪王、直彦宿祢、鳥養、田部姓、宇佐八幡、惣弁官、吾津麿、連国、連方、連景、景文、信連、信増、信春、信行、信勝、信親、信厳、信郷、則綱、日州門川、門川七郎、宗綱、諸県太夫、妙綱、栄妙、信綱、土持冠者、建久八年、日向国田帳、土持太郎宣綱、景綱、道綱、惟綱、岡富、政綱、長綱、国綱、栄宣、頼宣、栄景、県太郎、勢多合戦、日州県半分、宣弘、直綱、秋綱、金宣、金繁、常綱、親栄、親佐、親成、佐栄、久綱、栄績、大友日州入部、自殺、実弟、養系、官途
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4C-D0528番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:大隅守護北条時直覆勘状

大隅国役所の今津後浜警固番役について、当国御家人佐多孫九郎信親の代兵衛四郎忠弘が勤仕したことを証する。

登場人物
佐多孫九郎信親代兵衛四郎忠弘
宛先
—
キーワード
今津後浜、警固番役、信親
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4D-D0533番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:建部信親避状

建部信親が桑東郷内武安名五分三の田畠・屋敷・山野等について避状を出す。 祖父宗親が未処分で死去したため、関東の配分により知行していた地と述べる。 諸御公事の勤仕が難しいとして、当名を嫡家祢寝郡司清保へ辞進する。 先年の質券については本銭を弁じて知行すべきこと、四至坪付は本証文によることを記す。

登場人物
宗親、祢寝郡司清保
宛先
—
キーワード
建部信親避状
追録7-No.無番号_0050報告書旧記雑録暫定版確認度 高

島津重豪子女実母書付(原本・目録706の2)

706の2。寛二郎は御前様が養ったことを付記し、実母を武田河内守(信親)の支配に属する小普請中根半平(正房)娘、嶋津伊賀(久金)の養女とする。籌姫の実母は浪人鈴木甚五郎娘、甚五郎の家跡は断絶したとの但書を伴う。祀姫の実母は寛二郎と同腹と記す。出生年月等は記録奉行が申し出たとおり相違ないとする。独立した署宛日付は見えず、蓋紙の享和3年8月一件の文書として扱う。養育・養女関係と実母、同腹、家跡断絶注を分ける。

登場人物
寛二郎、御前様、武田河内守(信親注)、中根半平(正房注)娘、嶋津伊賀(久金注)、籌姫、浪人鈴木甚五郎娘、祀姫、御記録奉行
宛先
独立宛名なし
キーワード
706の2、寛二郎御前養育、中根正房娘伊賀久金養女、籌姫鈴木甚五郎娘、家跡断絶、祀姫同腹
追録8-No.274-2老中四名連署状(若年相続者の領国・琉球仕置)旧記雑録暫定版確認度 中

又次郎の遺領相続を認め斉興に当分の政務補助を命じる老中状

松平大隅守宛の老中四名連署状。薩摩守の願いどおり遺領を相違なく養子又次郎へ与えるが、又次郎が若年なので、領分と琉球国の仕置等は諸事先格を違えないよう、大隅守が当分心を付けて取り計らう旨の上意を伝える。十二月廿八日、脇坂中務大輔安宅・内藤紀伊守信親・松平和泉守乘全・太田備後守資始の判を記す。包紙では大隅守を斉興、本文注では薩摩守を斉彬とする。外包は安政六年二月八日、登殿から渡され、川上四郎左衛門が格護を承知して白木御文書十番箱へ収納した記録。本文と翌年の収納日を区別する。

登場人物
松平大隅守(注:島津斉興)、薩摩守(注:斉彬)、養子又次郎、脇坂中務大輔安宅、内藤紀伊守信親、松平和泉守乘全、太田備後守資始、登殿、川上四郎左衛門
宛先
松平大隅守殿
キーワード
老中四名連署、松平大隅守斉興、薩摩守斉彬、養子又次郎、遺領相続、若年、領分琉球国仕置、先格維持、当分政務補助、十二月廿八日、安政六年二月八日格護
追録8-No.276忠義公御系図抄(出生・家督相続)旧記雑録暫定版確認度 中

忠義の出生・旧名官位と斉彬の遺命による家督継承記事

忠義公の御系図抄。忠徳・茂久・壮之助・又次郎の旧名と官位等を列記し、天保十一年四月二十一日に重富第で生まれ、母は島津山城忠公の女と記す。安政五年十二月に家督を継いだ経緯として、斉彬の病が篤く、世子哲丸が二歳で重任を承けられないため、周防忠教の嫡男島津又次郎忠徳を後とし、文暉姫を妻とし哲丸をその世子に立てる遺命を述べる。その後幕府へ請い、忠徳は十一月四日に鹿児島を発ち、十二月二十五日に江府へ着き、二十八日に登城する。老中内藤紀伊守信親が、斉彬養子となり薩隅二州・日州諸縣郡と琉球国を従前の願いどおり領する旨を伝えたとする。奥平大膳大夫昌服の代拝も記す。冒頭の官位列記をすべて襲封当日の授与とはしない。

登場人物
忠義(旧名忠徳・茂久・壮之助・又次郎)、島津山城忠公の女(母)、斉彬、哲丸、周防忠教、文暉姫(字形留保)、内藤紀伊守信親、奥平大膳大夫昌服
宛先
宛先なし(忠義公御系図抄)
キーワード
忠義御系図、旧名忠徳茂久壮之助又次郎、重富出生、母忠公女、斉彬遺命、哲丸二歳、周防忠教嫡男、文暉姫、哲丸世子、十一月四日発、十二月二十五日着、十二月廿八日襲封、斉彬養子、薩隅日州諸縣琉球、昌服代拝
追録8-No.299老中四名連署状(家督帰国後の安否伺い)旧記雑録暫定版確認度 中

家督後帰国した茂久の安否を尋ね肴一種を賜る老中状

公方はますます御機嫌がよいので安心するよう伝え、家督を受けて帰国した後も変わりなく過ごしているかを尋ね、肴一種を賜る旨の老中四名連署状。九月十九日、脇坂中務大輔安宅・内藤紀伊守信親・松平和泉守乘全・間部下総守詮勝の判、松平修理大夫殿宛を記す。原注で修理大夫は茂久とする。包紙は安政六年十月十九日に宿次で到来したため、駿河から格護を命じ、森喜藤太が承知した記録。書状の日付と到来・格護の日を区別する。

登場人物
公方(本文姓名不記)、松平修理大夫(注:茂久)、脇坂中務大輔安宅、内藤紀伊守信親、松平和泉守乘全、間部下総守詮勝、駿河、森喜藤太
宛先
松平修理大夫殿
キーワード
老中四名連署、松平修理大夫茂久、公方御機嫌、家督帰国後安否、御尋、肴一種、九月十九日、十月十九日宿次到来、駿河森喜藤太格護
追録8-No.300-1老中四名連署状(養生の上意)旧記雑録暫定版確認度 中

斉興の病気を上聞し無油断の養生を命じる老中状

松平大隅守の病気が上聞されたところ、油断なく養生するよう上意があった旨を伝える老中四名連署状。十月十五日、脇坂中務大輔安宅・内藤紀伊守信親・松平和泉守乘全・間部下総守詮勝の判、松平大隅守殿宛を記す。原注で大隅守は斉興とする。本文に年は記さない。

登場人物
松平大隅守(注:斉興)、脇坂中務大輔安宅、内藤紀伊守信親、松平和泉守乘全、間部下総守詮勝
宛先
松平大隅守殿
キーワード
松平大隅守斉興、病気上聞、無油断養生、上意伝達、老中四名連署、十月十五日
追録8-No.300-2老中四名連署状(病気への賜魚)旧記雑録暫定版確認度 中

斉興の病気を尋ね生干鱸を下す旨の老中状

松平大隅守の病気がよくないことが上聞され、重ねて御尋として生干鱸を賜る旨を伝える老中四名連署状。十月十六日、脇坂中務大輔安宅・内藤紀伊守信親・松平和泉守乘全・間部下総守詮勝の判を記す。大隅守宛で、本文年は記さない。養生を命じる前通と、見舞いの魚を下す本通を区別する。

登場人物
松平大隅守、脇坂中務大輔安宅、内藤紀伊守信親、松平和泉守乘全、間部下総守詮勝
宛先
松平大隅守殿
キーワード
松平大隅守、病気不相勝、上聞、御尋、生干鱸賜物、十月十六日、老中四名連署
追録8-No.300-3老中四名連署状(死去への弔意)旧記雑録暫定版確認度 中

斉興死去への弔意を茂久へ伝える老中状と三通の包箱注記

同氏大隅守の死去が上聞され、愁傷に思し召すのでその旨を伝えるよう上意があったとする老中四名連署状。十月十七日、脇坂中務大輔安宅・内藤紀伊守信親・松平和泉守乘全・間部下総守詮勝の判、松平修理大夫殿宛を記す。養生・賜魚の二通が大隅守宛なのに対し、この弔意は修理大夫へ通知する。末尾には三通とも上包に宛所と四名の名を記し、三箱に入れ箱にも宛所と四名の名があるとする注が付く。本文年は記さない。

登場人物
松平大隅守(卒去者)、松平修理大夫、脇坂中務大輔安宅、内藤紀伊守信親、松平和泉守乘全、間部下総守詮勝
宛先
松平修理大夫殿
キーワード
大隅守卒去上聞、弔意愁傷、上意伝達、松平修理大夫宛、十月十七日、老中四名連署、三通上包、三箱宛所四名注
島津世禄記-A28記事関連史料(外伝)確認度 高

豊後征伐之事 付 九州配分之事 并 秀吉公発向九州事

伊東氏を保護した大友氏が秀吉へ島津征伐を求めたことに対し、義久が先に豊後へ攻め入った経過と、秀吉の九州国分け・征伐命令を記す。入田宗和・志賀道益ら大友方内部の離反を受け、新納忠元が密使を送り、天正十四年十月、義弘を大将とする三万七百余騎が肥後側から豊後へ進む。義弘勢は野尻・高城・津賀牟礼・松尾・鳥嶽などを攻略し、家久勢も日向側から三重方面へ進んだ。秀吉は島津・伊東・大友らの所領を配分する調停案を示して戦争停止を求めるが、島津方は従わず、十二月の戸次川方面の戦いで大友義鎮・仙石秀久・長宗我部信親・十河存保らの軍を破り、信親・存保を討つ。翌天正十五年、秀吉はこれを命令違反として九州征伐軍を進める。島津勢は府内・野上・玖珠方面から撤退を決め、義弘・家久は日向路、歳久・征久・忠元・伊集院久春らは肥後路へ分かれる。清田・三重・梅の隘・坂無・谷山・八代で追撃を受けながら防戦し、忠元らは国人の離反と豊臣方の海陸大軍の接近を見て、人吉を経て薩摩へ帰る。豊後侵攻の進展、戸次川での勝利、秀吉の国分け命令違反、豊臣軍来襲による撤退を一連の転換として描く。

登場人物
島津義久、島津義弘、島津家久、島津歳久、島津征久、島津忠長、新納忠元、伊集院忠棟、伊集院久春、入田宗和、志賀道益、大友義鎮、豊臣秀吉、仙石秀久、長宗我部信親、十河存保、伊勢貞昌、大野久高
宛先
—
キーワード
豊後征伐、九州国分け、戸次川合戦、秀吉九州征伐、豊後撤退、肥後路・日向路
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4D-D0530番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:大隅守護北条時直覆勘状

大隅国役所の今津後浜警固番役について、佐多孫九郎信親の代である兵衛四郎忠弘が勤仕した旨を証する。

登場人物
佐多孫九郎信親、兵衛四郎忠弘
宛先
—
キーワード
警固
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4D-D0531番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:大隅守護北条時直覆勘状

大隅国役所の今津後浜警固番役について、佐多孫九郎信親の代である兵衛四郎忠弘が勤仕した旨を証する。

登場人物
佐多孫九郎信親、兵衛四郎忠弘
宛先
—
キーワード
警固
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4D-D0541番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:建部親治和与状案

建部親治が桑東郷武安名の古作田地・東迫田畠について、本主心妙の識状に任せた訴えと、各主等代朝盛との訴陳を経た和与を記す。 原避状の地目・数量を挙げ、古作田一段・東迫三分一畠地を「親治又信親之方」へ避与する旨を記す。 以後は違乱せず各々領知し、違乱時には相互に罪科を行うことを定める。

登場人物
心妙、朝盛、信親
宛先
—
キーワード
和与状(刊本標題の種別)
追録8-No.217-1代替誓詞出席通知・準備書付の本文群(の1~の2)旧記雑録暫定版確認度 中

代替誓詞の出席通知と判形・血判準備書付

白木御文書十番箱中六十二番の代替誓詞一件の冒頭書付二件。五月十日付の「の1」は大目付柳生播磨守が薩摩守・内蔵頭へ、翌十一日の朝六半時に松平伊賀守宅で代替誓詞を行うので遅れず出席するよう知らせる。出席を断る場合は伊賀守への届出に加え、柳生自身も出席するためその旨を早く伝え、回状を順達して留めず返すよう求める。追啓は誓詞の宛先を阿部伊勢守から内藤紀伊守までとする。五月十日付の「の2」は、翌朝六半時に私宅で誓詞をすること、罰文まで調えて持参し、宛所は老中六人の座並どおりに認めること、判形は手前で行い血判は此方で行うことを指示する。

登場人物
大目付柳生播磨守久包、松平薩摩守斉彬、松平内蔵頭、松平伊賀守忠優、老中阿部伊勢守正弘、内藤紀伊守信親、留守居、老中六人
宛先
「の1」は松平薩摩守・松平内蔵頭へ。「の2」は松平薩摩守宛の準備書付
キーワード
代替誓詞一件、柳生久包、薩摩守内蔵頭、伊賀守宅、朝六半時、欠席届、回状順達、老中六人座並、罰文持参、判形血判
追録8-No.217-4起請文前書(代替誓詞)旧記雑録暫定版確認度 中

島津斉彬代替起請文前書(琉球条項附)

御代替に際して松平薩摩守斉彬が判を付した起請文前書。公方への忠勤を専一にして表裏を持たないこと、一門・公家・親類縁者等に野心のある者がいれば速やかに言上し一味同心しないこと、御代替後も公義の仕置を疎略にせず守ることを誓う。附条として、琉球国が仕置に背いて邪な企てをする場合には荷担しないとする。条々に違背すれば梵天帝釈・四大天王、日本の神祇、伊豆箱根権現・三島大明神・八幡・天満大自在天神等の冥罰を受けるとの神文を付す。嘉永七年五月十一日付で、阿部以下老中六名へ宛てる。

登場人物
松平薩摩守斉彬、公方、御一門方、公家衆、親類縁者、阿部伊勢守正弘、牧野備前守忠雅、松平和泉守乘全、松平伊賀守忠優、久世大和守廣周、内藤紀伊守信親
宛先
阿部伊勢守・牧野備前守・松平和泉守・松平伊賀守・久世大和守・内藤紀伊守殿
キーワード
御代替起請文前書、斉彬判、公方忠勤表裏なし、野心族言上、一味同心禁止、公義仕置遵守、琉球邪儀荷担禁止、神文冥罰、老中六名宛
追録8-No.289-3~5本文群(起請文前書・神文・準備連絡)旧記雑録暫定版確認度 中

公方への忠勤・公義仕置と琉球遵守を誓う前書神文、準備連絡

印刷の3~5の本文群。起請文前書は公方への忠勤を専一とし表裏を持たないと誓う。神文では一門・公家・親類縁者等に野心の者があれば早く言上し同心しないこと、御代替に際し公義の仕置を守ること、附属の琉球国について仕置に背く企てに加担しないことを述べ、違背時の神罰を掲げる。安政六年三月十一日、松平修理大夫の御判、掃部頭と老中五人の宛所を記す。続く未三月八日付早川務の主水宛書状は、来る十一日頃の誓詞出席と故障時の連絡、大目付伊澤美作守側への通知を求め、来書を添える。誓約本文と事前の手続連絡を区別する。

登場人物
松平修理大夫(御判)、井伊掃部頭直弼、太田備後守資始、間部下総守詮勝、松平和泉守乘全、内藤紀伊守信親、脇坂中務大輔安宅、早川務、主水、大目付伊澤美作守
宛先
起請文:掃部頭・老中五人へ;早川務書状:主水様
キーワード
起請文前書、公方忠勤表裏なし、野心通報不与同心、公義仕置、琉球国不荷担、神文、三月十一日御判、掃部頭老中五人宛、早川務三月八日、出席連絡
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w7:21-1序文・藤原姓平田氏系図/純貞殉死・後裔履歴旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平田純正序

元禄十三年秋、藤原純音が藤原姓平田氏の由来と純貞以下の履歴を記した序・系図。家は古く薩摩国牛屎院と大隅国太良院の境に住み、平良氏から平田氏へ改姓した藤原姓の家であって、平姓平田氏とは別系統だと口碑に基づいて論じるが、旧記が失われたため純貞以前の祖名は不明とする。純貞は島津貴久に仕え、貴久が元亀二年六月二十三日に没すると、その冥福のため六十六州を巡礼し、翌元亀三年の帰国後に殉死を望んで三月二十三日に南林の海へ歩み入り溺死した。遺体が数日後に南林の砂浜へ上がり、その地に葬られたこと、墓碑・法名を伝える。後半は九郎右衛門純昌、休右衛門純次、朝鮮国巨済で病死した女子、幼少から家久に奉仕し寛永六年に新恩地五十石を拝領した純正らの出生・婚姻・没年・法名を系譜化する。

登場人物
藤原純音、藤原純貞(平田治部少輔・純真)、島津貴久、平田盛右衛門、純昌(九郎右衛門・安処)、純次(休右衛門)、八木和泉守信親(宗琢)、貴島源四郎頼高、平田純正、島津家久、園田喜左衛門長時
宛先
—
キーワード
藤原姓平田氏、平良氏、牛屎院、太良院、平姓平田氏との別系統、口碑、旧記散逸、藤原純音、純貞、島津貴久、六十六州巡礼、殉死、南林の海、溺死、南林砂浜、墓碑、純昌、純次、貴島源四郎頼高、朝鮮国巨済、純正、島津家久、新恩地五十石
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4D-D0534番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:建部信親沽却状

建部信親が先祖相伝所領の祢寝南俣佐多村内四段大田を、定代銭拾貳貫文で祢寝殿へ永代売り渡し、関東御下知を添える。 御領物銭伍拾文、雑事米壹舛、御佃米柒舛の勤仕を定める。 信親子息親類の違乱時にはこの状により罪科を申し行い、証文に従って相伝知行すべきとする。

登場人物
祢寝殿
宛先
—
キーワード
所領
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4D-D0548番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:建部信親譲状

信親が、佐多村西方五分三の田畠・山野・河海等を養子力壽殿に譲る。 重代相伝の所領であり、力壽殿を一門嫡家の清保の子息と記す。 関東御下文以下の証文を添え、永代の譲与とする。

登場人物
清保、力壽殿
宛先
力壽殿
キーワード
所領、譲与、養子
追録5-No.515文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津宗信親類名書

相詰める一類として、松平越中守・阿部伊豫守・鳥居伊賀守・水野肥前守・松平河内守・島津加賀守・同姓又四郎・山本大膳の八名を列記する。八月付で、相談に加わる関係者を示す名書である。

登場人物
島津宗信家
宛先
—
キーワード
島津宗信、親類名書、松平越中守、阿部伊豫守、鳥居伊賀守、水野肥前守、松平河内守、島津加賀守、島津又四郎、山本大膳
追録5-No.542文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津宗信親類名書

宗信の一類として、松平越中守、阿部伊豫守、鳥居伊賀守、水野肥前守、松平河内守、島津加賀守、同姓又四郎、山本大膳の八名を列記する。冒頭は「相詰罷在候一類共」で、列挙された者が詰めている旨を記す。八月の年記があり、控えの正文は右筆所にある。本文は名書で、家督や弔礼の相談・通知先として作成されたという具体的な目的までは記していない。

登場人物
島津宗信家
宛先
—
キーワード
宗信、一類、親類名書、松平河内守、八名、右筆所
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4D-D0547番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:建部信親沽却状

桑東郷武安名の宮田三段・三角田一段・小犬丸、計五段について、先年の木房次郎に関わる沽却を挙げる。 公事・御祭の無沙汰を挙げ、本物(代金)の返却と本名での知行について記す。

登場人物
木房次郎
宛先
—
キーワード
沽却
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4D-D0535番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:鎮西下知状

祢寝院郡司清保法師の代長圓の申状に関し、佐多村西方五分三・桑東郷武安名等の知行を扱う。 信親の避状・沽券や行智の申立、道智の相伝所領と公事難堪の陳述を挙げる。 公事難堪の実否を加治木郡司政平を用いて尋問した経過と、清保への避与証文などから、前の沙汰に疑いなしとする。 当該田畠・屋敷等は正和四・五年の道智避状・沽券に従い、行智の知行に相違があってはならないと下知する。

登場人物
清保法師、長圓、行智、道智、加治木郡司政平
宛先
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キーワード
鎮西下知状、所領
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4C-D0529番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:鎮西探題裁下知状

信親代季長と弥四郎親治の、大隅国桑東郷武安名内の古作・東迫田畠に関する相論。 正応四年十一月二十五日の関東御教書につき沙汰するところ、去る十月二十五日に双方が和与状を出したとする。 互いにその和与状を守って知行するよう命じる。

登場人物
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宛先
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キーワード
相論、桑東郷、武安名、古作、東迫、和与状、知行
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4E-D0561番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:佐多塚親治代建部親純申狀案

建部親純が佐多塚親治の代として申し立てる。 親明・信親後家分二方奈古代官孫三郎清貫等が八幡宮造営廻廊一間の修理用途を弁ぜず、惣領親治の支配に従わないと訴える。 御下知状案・大工請取状案・檜皮請取状案・難渋人等交名注文を副進する。 親明の御下知違背について罪科を求め、注文に従い公人数輩による修理用途の責渡しを求める。

登場人物
佐多塚親治、奈古代官孫三郎清貫
宛先
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キーワード
八幡宮、造営、修理用途、責渡
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P03-NENESAITO-D0665沙弥行智讓狀案旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:沙弥行智讓狀案

沙弥行智が次男力壽丸へ郡本内西本の諸薗、竹崎・大多牧、別府分・田地分・光松内等を譲る。関東御下文・御下知以下証文と信親の去状等を添え、信親知行分等の永代領掌、郡本公事の御佃米五斗・御饋物十足とその他の御公事の沙汰を記す。

登場人物
力寿丸
宛先
次男力寿丸
キーワード
次男、田地、証文、公事