SEARCH THE ARCHIVE
文書を探す
『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。
追録8-No.232伝書目録・秘蔵保管状旧記雑録暫定版確認度 中
安政二年十二月廿八日 / 冊子 166~167頁/原整理番号 232/整理ID 232
鎌倉流犬追物の伝書等を列記し、御記録所での保管と秘蔵を求める書付。犬追物聞書・日記、射手方聞書、騎射聞書・秘抄、検見、笠懸等の冊子と、馬道具日記、矢形、射手方・手組等の巻物を挙げ、小笠原光清・宗中の在判本も記す。原集計は三十冊・十四巻で、同名の聞書・日記を複数含む。従来御伝来として御記録所が格護してきた品について、太守斉彬の思し召しによる御譲と臨写・預置の命があったため、後年も塵埃のないよう秘蔵することを命じる。安政二年十二月二十八日付で嶋津豊後久寶が判を付し、川上十郎左衛門へ宛てる。白木御文書十番箱中六十六番、包紙に書附写の表示を伴う。
- 登場人物
- 太守斉彬、嶋津豊後久寶(署判)、川上十郎左衛門、小笠原光清・小笠原宗中(在判本の表示)、右大将家(書出の表現)、御記録所
- 宛先
- 川上十郎左衛門殿
- キーワード
- 鎌倉流犬追物、伝書目録、三十冊十四巻、聞書日記、騎射秘抄、検見笠懸矢形、小笠原光清宗中在判、御伝来、御譲臨写、御記録所、塵埃なく秘蔵、久寶判、川上十郎左衛門
追録8-No.976俸禄支給の証文通帳と異動死失届の規定旧記雑録暫定版確認度 中
明治3年午8月会計局/8月知政所 / 冊子 755頁/原整理番号 976/整理ID 976
任官時に伝書方から会計へ伝え、裏書証文を交付してきた俸禄支給について、多人数の出入で届出がない例があるため、任官の書付を伝事にも出す。明細書を出し持高を出納方で照合し、裏書に俸禄何拾俵を記す。出納方等の切米対象者には二人組で根帳を作り、証文の首尾に押印し、手形取扱いとは別の者が首尾を確認して出納奉行に習う。行見習からも二人ずつ出し、切米方と相談して根帳の不正な取扱いを防ぐ。兵士等の出入、転官・軍役高の増減には明細帳を会計局へ送り、俸禄通帳を添える。付高五拾石以上・以下の出入者は月末に出納方から会計局へ届ける。死失の際は三日以内に俸禄通帳を出し、以後は死失届を伝事方へ申し出るとともに通帳を添えて会計局へ出す。俸禄を下し置かない者も届出の上組書へ記し、各局へ漏れなく周知する。明治三年午八月会計局、八月知政所の周知文を伴う。
- 登場人物
- 会計局、知政所、伝書方、伝事、出納方、出納方筆者、行見習、出納奉行、切米方、転官・軍役高異動の者、兵士、俸禄受給者
- 宛先
- 俸禄を受ける諸官職、出納方・切米方等、各局、関係向々
- キーワード
- 俸禄渡方、任官書付、伝事、裏書証文、俸禄俵数、明細書持高校合、出納方切米方、二人根帳、首尾証印、手形取扱分離、行見習二人、転官軍役高増減、俸禄通帳、付高五十石、月末届、死失三日内、上組書、会計局
後編5-No.391文書確認度 中
寛永八年四月下旬 / 冊子 209~210頁
報恩・孝行を儒仏共通の教えとして説き、時宗開祖一遍の出自と修行、熊野での霊告を記す。遊行上人が家久の許可を得て薩摩・大隅・日向を巡行し、末寺・堂客殿・道路・橋を再興した功徳を後代へ伝えるため書き残した伝書。
- 登場人物
- 遊行三十五世他阿、一遍上人、河野通広、島津家久
- 宛先
- 島津家久・後世の遊行上人
- キーワード
- 遊行三十五世他阿、一遍上人、河野通広、報恩、孝行、時宗、熊野、三州巡行、寺院再興、神仏習合
後編5-No.384文書確認度 中
(寛永八年)四月十六日 / 冊子 207頁
光久が江戸城で元服し、薩摩守と家光の偏諱を拝領したことを祝う。併せて島津家で代々用いる通字について「家」「久」のどちらと考えるべきか検討を求められ、別紙に所見を書き付けて送った崇伝の書状。
- 登場人物
- 以心崇伝、島津家久、島津光久
- 宛先
- 松平大隅守(島津家久)
- キーワード
- 以心崇伝、島津家久、島津光久、元服、薩摩守、偏諱、通字、家字、久字、別紙
後編6-No.150文書確認度 高
「寛永十七年」七月十日 / 冊子 128~129頁
蓮金院秀伝が相良権兵衛尉・伊地知弥右衛門尉へ、大和守島津久章が七月十日申刻に高野山へ来るとの内報を受け、一人を遣わして事情を確かめたので、詳しい返事を求めた書状写。久章を蓮金院へ直接付けることも心得として伝え、まずは急ぎ連絡したとしている。本文傍注には右の原本表記に関する系譜上の注記がある。
- 登場人物
- 蓮金院秀伝、島津久章、相良権兵衛尉、伊地知弥右衛門尉
- 宛先
- 相良権兵衛尉殿・伊地知弥右衛門尉殿 参
- キーワード
- 蓮金院秀伝、島津久章、相良権兵衛尉、伊地知弥右衛門尉、高野山、申刻、内報、使者、事情確認、蓮金院、書状写、傍注
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w04:38書状写旧記雑録拾遺暫定版確認度 高
寛永十七年七月十日 / 冊子 86~87頁/原整理番号 38
蓮金院秀伝が相良頼員・伊地知重政へ、大和守久章が同日申刻に蓮金院へ来るとの知らせを受けたため、急ぎ一報すると述べる。事情の詳しい返書を求め、直接世話をする旨を追而書に記す七月十日付書状写。
- 登場人物
- 蓮金院秀伝、大和守、相良頼員、伊地知重政
- 宛先
- 相良頼員・伊地知重政
- キーワード
- 蓮金院秀伝、島津久章、高野山、到着予告、急報、七月十日
後編4-No.1844文書確認度 高
元和十年二月廿一日 / 冊子 811頁
四辻季継が島津家久の所望に応じ、禁裏の楽器に関する伝書の写しを授けたことを証明した伝授状。
- 登場人物
- 四辻季継、島津家久
- 宛先
- 四辻季継
- キーワード
- 四辻季継伝授状、島津家久、禁裏、楽器、伝書、写し、伝授、元和十年二月二十一日
附録2-No.1276文書確認度 高
九月二日 / 冊子 577~581頁
新納忠勝の求めに応じ、許容されている故実を確認して認可すると伝え、以前所望された『ゑんひ』の伝書を送る。落髪後に還俗した場合と出家姿のままの場合では様式が異なるため、必要なら別本も手配するとした小笠原晴長書状。
- 登場人物
- 小笠原晴長、新納忠勝
- 宛先
- 新納忠勝
- キーワード
- 小笠原晴長、新納忠勝、故実、伝書、相伝、落髪、還俗、秘伝
附録2-No.1388記事確認度 高
年月日未詳 / 冊子 740頁
北郷敏久の四男信濃守久隆が文亀年間に京都へ三年滞在し、小笠原家から弓馬の術を学んだこと、小笠原光清から伝書の条目を送られたことを記す譜。
- 登場人物
- 北郷久隆、小笠原光清
- 宛先
- —
- キーワード
- 北郷久隆、小笠原光清、文亀、京都、小笠原家、弓馬、相伝、伝書、系譜
附録2-No.1389文書確認度 高
三月五日 / 冊子 740頁
北郷久隆からの書状と贈物を喜び、求められた伝書のうちまず五箇条を書き送る。出陣準備で多忙なため残りは後便で詳しく記すとし、丸山氏からも伝えさせるとした小笠原光清書状。
- 登場人物
- 小笠原光清、北郷久隆、丸山氏
- 宛先
- 北郷源左衛門尉殿
- キーワード
- 小笠原光清、北郷久隆、弓馬、伝書、五箇条、出陣、後便、丸山氏、相伝
前編2-No.1120文書確認度 高
七月十三日 / 冊子 358頁
本文はNo.1119と同文のため省略すると注記された別伝の樺山孝久書状。雑務・所務の争いを大事にせず、忍耐と相談による処置を説く内容として独立行で保持した。
- 登場人物
- 樺山孝久、大人衆、若衆
- 宛先
- 大人若衆之中
- キーワード
- 樺山孝久、大人衆、若衆、同文、省略、雑務、所務論、忍耐、談合、別伝書状
追録1-No.616文書旧記雑録暫定版確認度 中
(明暦二年)三月三日 / 冊子 288頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書0620
川上久国が伊地知権左衛門へ、同家の書物を閲覧し、高麗で祖父勘解由が奉公したことや父左近将監久辰入道の記事を確認したが、不明点もあるため関係者に尋ね、御沙汰の通り取り扱うよう伝えた書状。
- 登場人物
- 川上久国、川上久辰
- 宛先
- 伊地知権左衛門
- キーワード
- 川上久国、川上久辰、伊地知権左衛門、家伝書物、高麗、祖父勘解由、奉公、由緒確認
後編2-No.97文書確認度 高
天正13年10月20日 / 冊子 114頁
島津義久が羽柴美濃守へ、伊集院忠棟・本田親貞宛の伝書を披見したことに謝し、関白就任によって天下が静謐となったことを祝う書状案。前年夏の厚意への返礼が遅れたと詫び、礼の使節を上洛させて幽斎にも申し入れたと述べ、取り成しを依頼する。生糸十斤を贈り、秀吉政権成立後も中央人脈との関係維持を図る外交文書である。
- 登場人物
- 島津義久、羽柴美濃守、伊集院忠棟、本田親貞、関白(豊臣秀吉)、幽斎
- 宛先
- 羽柴美濃守殿御宿所
- キーワード
- 島津義久書状案、島津義久、羽柴美濃守、伊集院忠棟、本田親貞、豊臣秀吉、関白、幽斎、生糸十斤、中央外交
後編3-No.922文書確認度 高
(慶長四年)十月四日 / 冊子 454頁
島津義久が安国寺に、毛利輝元の書状と伝書を受け、大坂へ着いた内府の置目などを詳しく注進した厚意に謝する。源二郎の進退をめぐって内府の使者が下国して説諭したが承引せず、使者の上洛後に志和池・野々見谷の城へ押し寄せて陣を据えたので、早急に勝利を得られるだろうと伝える。
- 登場人物
- 島津義久、毛利輝元、内府、伊集院源二郎、安国寺
- 宛先
- 安国寺御返報
- キーワード
- 島津義久書状、島津義久、毛利輝元、内府、大坂、置目、伊集院源二郎、内府使者、下国、説諭、志和池城、野々見谷城、着陣、勝利、安国寺、慶長四年十月四日
後編3-No.1872文書確認度 高
(慶長八年)十月十八日 / 冊子 911頁
島津義久が、長年の厚意と休復の助命・赦免に深く感謝し、今後も島津家への取成しを願う書状案。少将忠恒の使者喜入摂津守に伝書を持たせ、礼物として新渡りの伽羅三両と白糸二斤を贈った。
- 登場人物
- 島津義久、宇喜多秀家(休復)、島津忠恒(少将)、喜入摂津守、徳川家康
- 宛先
- (宛所不詳)
- キーワード
- 島津義久書状案、慶長八年十月十八日、島津義久、宇喜多秀家、休復、助命、赦免、島津忠恒、少将、喜入摂津守、謝礼使者、徳川家康、取成依頼、伽羅三両、白糸二斤、贈答
追録2-No.2126文書旧記雑録暫定版確認度 中
十一月六日 / 冊子 622頁/整理ID 2126
島津吉貴が米良藤右衛門へ、神当流馬術に多年精励し、音拾巻・管天巻・外巻・岩波巻・馬原記一枚・馬書教輪巻・信誠巻などを柴崎十郎右衛門から伝授され、奥儀秘術まで残らず相伝したことを認定した免許状。今後は器量ある門人へ誓紙の上で相伝してよいと許し、関係書付・伝書を残らず授けた。
- 登場人物
- 島津吉貴
- 宛先
- 米良藤右衛門
- キーワード
- 島津吉貴、米良藤右衛門、神当流馬術、柴崎十郎右衛門、音拾巻、管天巻、外巻、岩波巻、馬原記、馬書教輪巻、信誠巻、奥儀秘術、相伝、門人、誓紙、免許状、宝永二年十一月六日
附録2-No.637文書確認度 高
十月十五日 / 冊子 295~296頁
家久から二、三度受けた質問への回答を一巻にまとめ、箙への矢の差し方、立ち上がる際の弓の持ち方、鳴弦などを図・文章で説明した小笠原流弓馬故実の秘伝書状。従来伝授例のない最上の秘事とする。
- 登場人物
- 小笠原植盛、島津家久
- 宛先
- 島津家久(陸奥守)
- キーワード
- 小笠原植盛、島津家久、小笠原流、弓馬故実、箙、矢、鳴弦、秘伝、伝授
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w1:14-2系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 中
明応7年、永正8年10月21日、寛永15年正月11日、慶安元年11月18日、慶安2年7月20日、寛文2年冬、寛文4年12月11日・16日、寛文6年12月29日、延宝5年、延宝8年2月11日・3月4日、元禄元年9月13日・12月17日、元禄10~12年、宝永元~7年、正徳元年12月29日、享保5年正月28日、享保10年7月8日、享保11年、宝暦3年・6年・7年・11年・12年、明和4年・6年・7年、安永5年・7年、寛政2年9月15日 / 冊子 55~62頁/原整理番号 14-2
二階堂氏正統系譜の近世部分。行次の記事を受け、行治・行存の代に田布施の封邑と家勢が衰えたことを記し、定行が寛永十五年に島原の乱へ従軍した経歴へ続く。養子として正統を継いだ行格は、古系図・伝来文書を島津光久へ提出し、家の由緒を認められて寛文四年に田布施から鹿児島府下へ移住した。島津綱貴から扶助米を受け、御記録所で古系図・文書の総点検と新装・蔵函を施されたこと、御番免除や綱貴の御成を記す。行宅・行道は奥小姓・側小姓・小納戸・納殿役などを務め、家督・扶助米を継承した。末尾は行旦とその子女・養子・婚姻、家伝書留や長倉ト山覚書等の伝来を掲げ、安永七年生まれの子までを収める。
- 登場人物
- 二階堂行次、二階堂行治、島津貴久、二階堂行存、二階堂定行、徳川家光、二階堂行家、二階堂行格、島津光久、鎌田正勝、喜入久治、島津綱貴、島津久竹、諏訪兼延、佐多久達、渋谷重依、二階堂行宅、島津吉貴、二階堂行道、島津継豊、二階堂行旦、相良長意、平松時行、二階堂行篤、二階堂行充、二階堂行孝、二階堂行都、二階堂行典
- 宛先
- —
- キーワード
- 二階堂氏正統、田布施、島原の乱、二階堂定行、二階堂行格、古系図、伝来文書、島津光久、鹿児島移住、島津綱貴、御記録所、御番免除、扶助米、奥御小姓、御側御小姓、御小納戸、納殿役、家督相続、二階堂行旦
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w01:7覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高
(慶応二年)三月 / 冊子 5~6頁/原整理番号 7
伊地知季安が前掲条書の蔵人を伊集院久近、美作守を野村良綱と推定し、両人の兵道の師や伝書に触れる。国分金剛寺の御ほろと、伊作大汝八幡社の白母衣を包む二重の錦袋を検討し、その母衣が古くからの伝来品か義久の新製品かはなお吟味を要すると述べる。
- 登場人物
- 伊地知季安(小十郎)、伊集院久近、野村良綱、川田義朗、岩切可春、町田乗、蓑田傳兵衛
- 宛先
- 蓑田傳兵衛
- キーワード
- 伊地知季安、伊集院久近、野村良綱、川田義朗、兵道、御ほろ、母衣袋、人物比定
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W04_文書0001跋文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高
文化十四年八月 / 冊子 236~247頁/原整理番号 1
伊地知季安が、郡山遜志の未完成の家譜抄録を伊勢貞顕から借り、互いに校正して三冊に分け「諸家調抄」と題した経緯を記す跋文。郡山が理学を学び大史に仕え、諸家の伝書を調べて得た記録と、なお漏れが多いことを述べ、後日の考証に備えて蔵する。続く「伊地知季安増補」では、伊地知・福崎・有川・亀山・市来・小田等、多数の家系を樹状に示し、実子・養子・分家、所属・役・勤務を付記する。医師・大工・炭焼・狂言・料理・細工・船造・船手などの技芸奉公、功による府士・附士への昇格も記し、疑いがある系譜は不繋・不詳と留める。
- 登場人物
- 伊地知季安、郡山遜志、伊勢貞顕、亀山・市来・小田ほか増補諸家
- 宛先
- —
- キーワード
- 諸家調抄、伊地知季安、郡山遜志、伊勢貞顕、跋文、増補系図、技芸奉公、府士、附士