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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w1:14-2系図旧記雑録拾遺暫定版・確認中

田布施金蔵院旧記

明応7年、永正8年10月21日、寛永15年正月11日、慶安元年11月18日、慶安2年7月20日、寛文2年冬、寛文4年12月11日・16日、寛文6年12月29日、延宝5年、延宝8年2月11日・3月4日、元禄元年9月13日・12月17日、元禄10~12年、宝永元~7年、正徳元年12月29日、享保5年正月28日、享保10年7月8日、享保11年、宝暦3年・6年・7年・11年・12年、明和4年・6年・7年、安永5年・7年、寛政2年9月15日/原整理番号 14-2

確認度中
この文書は暫定版です

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概要

二階堂氏正統系譜の近世部分。行次の記事を受け、行治・行存の代に田布施の封邑と家勢が衰えたことを記し、定行が寛永十五年に島原の乱へ従軍した経歴へ続く。養子として正統を継いだ行格は、古系図・伝来文書を島津光久へ提出し、家の由緒を認められて寛文四年に田布施から鹿児島府下へ移住した。島津綱貴から扶助米を受け、御記録所で古系図・文書の総点検と新装・蔵函を施されたこと、御番免除や綱貴の御成を記す。行宅・行道は奥小姓・側小姓・小納戸・納殿役などを務め、家督・扶助米を継承した。末尾は行旦とその子女・養子・婚姻、家伝書留や長倉ト山覚書等の伝来を掲げ、安永七年生まれの子までを収める。

登場人物

二階堂行次、二階堂行治、島津貴久、二階堂行存、二階堂定行、徳川家光、二階堂行家、二階堂行格、島津光久、鎌田正勝、喜入久治、島津綱貴、島津久竹、諏訪兼延、佐多久達、渋谷重依、二階堂行宅、島津吉貴、二階堂行道、島津継豊、二階堂行旦、相良長意、平松時行、二階堂行篤、二階堂行充、二階堂行孝、二階堂行都、二階堂行典

宛先

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キーワード

二階堂氏正統、田布施、島原の乱、二階堂定行、二階堂行格、古系図、伝来文書、島津光久、鹿児島移住、島津綱貴、御記録所、御番免除、扶助米、奥御小姓、御側御小姓、御小納戸、納殿役、家督相続、二階堂行旦

冊子頁

55~62頁

読込量

特大

面白さ

★★★★★

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(1)解題・例言・目次・本文1~216頁(諸家系図1~3).pdf