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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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24 件 (全巻)/ 1–24件を表示

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附録2-No.1169文書確認度 高

上井仲五兼政請文

高麗渡海に参加する者へ、志のある人物や技能者を主君に取り次ぎ、帰朝後の扶持を保証し、火箭を持参する者の功績も一途に申し立てると約した上井仲五兼政の請文。約束に違えば諸軍神の罰を受けると誓う。

登場人物
上井仲五兼政、高麗渡海参加者
宛先
高麗立衆中
キーワード
上井仲五兼政、高麗渡海、朝鮮出兵、軍役、推挙、扶持、火箭、帰朝、起請文
後編2-No.864文書確認度 高

豊臣秀吉掟書

高麗へ渡る軍勢のうち兵粮のない者へ切手に応じて三人扶持を渡すこと、帰住した百姓・町人には米銭を相応に支払い、勝手に物資を取らないことを定めた掟書。留守宅の財物管理、犯罪者の上申、誓紙による法度遵守も命じ、占領地での補給と住民・財物の扱いを具体的に規制する。

登場人物
豊臣秀吉、島津義弘、高麗渡海軍
宛先
島津義弘(羽柴薩摩侍従)
キーワード
豊臣秀吉、島津義弘、掟書、高麗、兵粮、三人扶持、百姓、町人、物資徴発、誓紙
後編2-No.626記事確認度 高

天正十八年・十九年覚書

天正十八年の小田原陣に続き、天正十九年正月の貴明公の下向、同年九月の松齢公の伏見からの帰国と人質番組を列挙する。 さらに同年冬の高麗渡海命令、十二月に貞明公が名護屋へ加わったことを記し、豊臣政権下で島津家が相次いで軍事動員を受けた経過を簡潔にまとめた覚書である。

登場人物
貴明公、松齢公、貞明公
宛先
—
キーワード
天正十八年、天正十九年、小田原陣、貴明公、松齢公、伏見、下向、人質番組、高麗渡海、貞明公、名護屋、軍事動員、覚書
後編2-No.718記録確認度 中

樺山紹剣自記

天正十九年、九州衆が名護屋の普請に動員された際の樺山紹剣の自記。武庫様が高麗渡海の支度と普請を進めるなか、紹剣が先に奉公を果たし、帰国や今後の出仕をめぐって指示を受けた経過を記す。朝鮮出兵を目前にした築城・渡海準備と家臣の奉公調整を当事者の言葉で伝える。

登場人物
樺山紹剣、武庫様
宛先
—
キーワード
樺山紹剣、名護屋、普請、高麗渡海、朝鮮出兵、武庫様、奉公、帰国
後編2-No.793文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が島津修理大夫(義弘)へ、鉄砲以下の武具を整え、国元に残した奉公人も召し連れて来春の高麗渡海に備えるよう命じた朱印状。留守居・妻子・扶持方・人数を帳面にして墨付を取り、帰朝まで統制するよう指示し、詳細は浅野長政・石田三成・石田正澄から伝えるとする。

登場人物
豊臣秀吉、島津義弘、浅野長政、石田三成、石田正澄
宛先
島津修理大夫殿(島津義弘)
キーワード
豊臣秀吉、島津義弘、島津修理大夫、浅野長政、石田三成、石田正澄、高麗渡海、鉄砲、奉公人、留守居、人数帳
後編2-No.797文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が、来る三月の高麗渡海と仕置に備え、浅野長政の渡海時に島津義久も同時に渡るよう命じる。新納武蔵は妻子を京都へ差し出したうえで義久に従軍させ、大隅・薩摩・日向に残す留守居の妻子も調査して京都へ置き、在陣者を帳面に載せるよう指示する。渡海しない侍を厳罰に処すとした、出兵と人質管理を一体化した朱印状。

登場人物
豊臣秀吉、島津義久、新納武蔵、浅野長政
宛先
島津義久ほか
キーワード
豊臣秀吉、島津義久、新納武蔵、浅野長政、高麗渡海、朝鮮出兵、妻子、京都、人質、留守居
後編2-No.885文書確認度 高

島津義弘書下

島津義弘が、高麗渡海を果たした船頭の働きを比類ないものとして褒賞し、帰国の際には栗野へ出頭させるよう本田紀伊入道へ命じる。 No.884と同趣旨ながら宛先が異なり、複数の担当者へ船頭の功績と褒美方針を周知した書下である。

登場人物
島津義弘、本田紀伊入道、渡唐船船頭
宛先
本田紀伊入道
キーワード
島津義弘、本田紀伊入道、渡唐船、船頭、高麗渡海、褒美、栗野、同文書状、朝鮮出兵
後編2-No.1037文書確認度 高

島津竜伯義久寄進状

高麗渡海を「一大事」と捉え、無事に帰朝して成就できるよう祈願し、金峯山で千句を興行して奉納すること、鎧一領と長太刀を寄進することを誓う。 朝鮮出兵に際し、島津義久が武具奉納と文芸的な千句興行を組み合わせて戦勝・帰還を祈った寄進状。本文は冊子662頁末から663頁冒頭へ続く。

登場人物
島津義久(竜伯)
宛先
田布施金龍院
キーワード
島津義久、竜伯、田布施、金龍院、金峯山、高麗渡海、千句興行、鎧、長太刀、帰朝祈願
後編3-No.400文書確認度 高

島津家久事書案

島津家久の事書案。留守居の談合衆は諸事を容赦なく法に従って処理し、公領の町・浜に住む者へ公役を怠りなく課すこと、船役は船奉行が現地で船を確認して命じ、高麗渡海船の選定に贔屓・偏頗がないよう入念に行うことを定める。鹿児島衆には従前どおり普請へ出るよう命じ、怠惰や難渋があれば役人が厳しく申し付けて言上すること、代官衆の公役、濱市・帖佐・鹿児島三方の協議による決定も規定する。

登場人物
島津家久、留守居談合衆、代官衆、船奉行、鹿児島衆、濱市・帖佐・鹿児島の三方
宛先
—
キーワード
島津家久事書案、留守居談合衆、公領、町浜、公役、船奉行、船役、高麗渡海船、贔屓偏頗禁止、鹿児島衆、普請、怠惰、難渋、代官衆、濱市、帖佐、鹿児島、三方談合
後編3-No.624文書確認度 高

島津家久事書案

島津家久が、領国留守中の行政・公役・船舶運用について定めた事書案。留守居の協議では容赦なく法度を施行し、公領内の町・浜の住民に公役を滞りなく負担させるよう命じる。船奉行は船元に出向き、高麗渡海船をえこひいきなく監督すること、鹿児島衆は従前どおり普請に出ること、怠慢者や難渋者を報告すること、代官衆は公役を確実に実施すること、濱市・帖佐・鹿児島の三者が協議して決定することを規定する。

登場人物
島津家久(忠恒)、留守居衆、船奉行、鹿児島衆、代官衆、濱市・帖佐・鹿児島の談合衆
宛先
—
キーワード
島津家久事書案、領国留守行政、法度、公役、町・浜、船奉行、高麗渡海船、偏頗禁止、鹿児島衆普請、代官衆、濱市・帖佐・鹿児島協議
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 63-21書状・軍需調達旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

長谷場純知書状

長谷場純知が塚脇次郎右衛門尉へ、又八郎の高麗渡海に備え百石につき五尋の火縄を調達し、十七日に持参するよう求める。火縄五尋十五文、三分出銀は鳥目七十五文と定め、出銀の今日限りの受取りを念押しする。高麗立の人組を知る二人も火縄とともに来るよう求める。

登場人物
長谷場織部佐純知、又八郎殿、塚脇次郎右衛門尉、高麗立の人組
宛先
塚脇次郎右衛門尉殿人々御中
キーワード
長谷場純知、塚脇次郎右衛門尉、又八郎、高麗渡海、火縄、百石五尋、三分出銀、人組
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:107-17覚書・奉公由緒/系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

上原休兵衛覚書

三月二十七日、上原休兵衛が大峯彦兵衛へ、先代上原源右衛門は高麗渡海の際に島津義久の側へ召し置かれて渡海せず、帰朝後、渡海衆への加増とは別に『雨之御旗』に関する使者役の加増として五十石を与えられ、兵具方を勤めたとする家伝を伝え、由緒調査の際には関係文書を見せてほしいと求めた覚書。伊作田を上原氏の本名とする伝承も掲げるが、系図がないため実否は不明と明記する。付属系図は尚益・尚清・尚傳・尚志・尚賢・尚續・尚方らをたどり、延享四年四月十二日に尚益が養子尚清へ家職を譲ったこと、宝暦九年二月二十八日に尚傳が家督を継いだこと、平田家への養子、上原林悦の別家、松元・岸・餅原各家との婚姻などを記す。

登場人物
上原休兵衛、上原源右衛門、島津義久、義久公、大峯彦兵衛、上原尚益、上原尚清、新納次郎四郎久某、上原尚傳、上原尚志、上原尚賢、弥九郎善蔵、平田彦左衛門、上原林悦、上原尚續、上原尚方、松元孝右衛門、岸喜右衛門、市兵衛、市太郎、餅原十蔵
宛先
大峯彦兵衛殿
キーワード
上原休兵衛覚書、三月二十七日、上原源右衛門、高麗渡海、島津義久、義久近侍、渡海不参加、雨之御旗、使者役、加増五十石、兵具方、伊作田、上原氏本名伝承、系図不在、実否不明、由緒文書、延享四年、養子尚清、家職譲渡、新納次郎四郎、宝暦九年、尚傳家督、平田家養子、上原林悦別家、婚姻、系図
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID F::6文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が島津義久に、翌春の高麗渡海に備えて鉄砲以下の軍備を整え、留守居や妻子らの質人を手配するよう命じる十二月十四日付の朱印状。

登場人物
豊臣秀吉
宛先
島津修理大夫(義久)
キーワード
豊臣秀吉朱印状、天正十九年、十二月十四日、島津義久、高麗渡海、鉄砲、質人
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w09:72島津義弘書状抄と一向宗禁制の考証旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島津義弘書状抄

島津義弘が高麗渡海直後に川上忠智へ送った書状の抜書を掲げ、伊集院幸侃への警戒を読み取る。季安はその後の本願寺との接触や家中の事情を引き、一向宗禁制の理由を考える。

登場人物
本文記載人物(詳細は本文画像参照)
宛先
―
キーワード
島津義弘、川上忠智、高麗渡海、伊集院幸侃、本願寺、一向宗禁制
後編2-No.884文書確認度 高

島津義弘書下

島津義弘が、渡唐船が一艘も戻らない状況下で高麗へ渡海した船頭の働きを「粉骨無比類」と評価し、帰国時に栗野へ出頭させるよう伊勢長門入道へ命じる。 危険な朝鮮航路を担った船頭への褒美を約した書下で、渡海船員の功績認定を具体的に示す。

登場人物
島津義弘、伊勢長門入道、渡唐船船頭
宛先
伊勢長門入道
キーワード
島津義弘、伊勢長門入道、渡唐船、船頭、高麗渡海、粉骨、褒美、栗野、朝鮮出兵
後編2-No.923文書確認度 中

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が、義久の到着前に梅北一類を捕らえて首を差し出した処置を認め、残党への警戒と厳罰を徹底するよう島津修理大夫入道へ命じた朱印状。家道院・兵庫頭の従前の赦免にも触れつつ、高麗へ渡る本人は助命しても、家中の悪逆者は十人・二十人でも斬首して進上せよと迫る。本文末の文禄元年七月十七日付に基づき、梅北一揆後の処分を秀吉が直接統制した厳しい命令として位置づけられる。

登場人物
豊臣秀吉、島津義久、島津兵庫頭、家道院、梅北一類
宛先
島津修理大夫入道(島津義久)
キーワード
豊臣秀吉、朱印状、島津義久、梅北一揆、残党処分、斬首、島津兵庫頭、家道院、高麗渡海、文禄元年七月十七日
後編2-No.1271文書確認度 高

後陽成天皇宸翰

後陽成天皇が大閤・豊臣秀吉へ、近衛信尹(前左府)が高麗への渡海を志しているとの話を聞き、摂家の家統が絶えかねないと案じて、思い止まらせるのがよいのではないかと意向を示した宸翰。 末尾には、この件によって信尹が勅勘を蒙り、配流にまで及んだとの注記がある。朝鮮出兵期における天皇・秀吉・近衛信尹の緊張関係を伝える史料である。

登場人物
後陽成天皇、豊臣秀吉、近衛信尹
宛先
豊臣秀吉(大閤殿)
キーワード
後陽成天皇、豊臣秀吉、近衛信尹、前左府、太閤、宸翰、高麗渡海、摂家、勅勘、薩摩配流、朝鮮出兵
後編2-No.1282文書確認度 高

島津義弘書状

義弘が、又八郎の秀吉への謁見が済んだかを尋ね、石田三成の後押しにより近日中に実現することを待ち望む。謁見後は高麗へ渡る予定で、若輩の在陣を支える供衆の手配も頼む。 又八郎は生来の下戸なので、座興を損ねても酒を一切口にさせないよう強く依頼する。源次郎の健康にも触れた、父親としての細かな心遣いが際立つ書状。

登場人物
島津義弘、伊集院右衛門大夫入道、又八郎、源次郎、石田三成
宛先
伊集院右衛門大夫入道殿
キーワード
島津義弘、伊集院右衛門大夫入道、又八郎、源次郎、石田三成、秀吉謁見、高麗渡海、下戸、禁酒、供衆
後編3-No.1060文書確認度 高

朝鮮人等上書

朝鮮人らが島津義弘に、朝鮮王の虐政で民衆が困窮していると訴え、朝鮮人捕虜一万人を集め、王孫李亀生を奉じて日本の威勢を背景に高麗へ渡り、旧来の苛政を改める構想を上申する。成功後は毎年聘礼を通じて和睦するとし、薩摩単独で難しければ徳川家康へ申し入れるよう求める。

登場人物
朝鮮人等、李亀生、朝鮮王、徳川家康(内府)、島津義弘
宛先
島津義弘(御前)
キーワード
朝鮮人等上書、島津義弘、李亀生、朝鮮人捕虜、朝鮮王、苛政改革、高麗渡海、聘礼、日朝和睦、徳川家康
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID sar:1系図・系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

勝部宗将書付並猿渡越中流系図

勝目宗将の書付と猿渡越中守流の系図。猿渡掃部兵衛が羽月地頭時代に高麗へ渡海し、十一月十八日に四十四歳で戦病死したこと、法名、弟による跡目相続、四百石の知行、加治木・帖佐への移動、子女・養子関係を記す。延宝五年九月二十五日、勝目助左衛門宗将から山元孝右衛門へ提出した系譜書付。

登場人物
勝目宗将、猿渡越中守、猿渡掃部兵衛、猿渡喜右衛門、山元孝右衛門
宛先
山元孝右衛門
キーワード
勝部宗将書付並猿渡越中流系図、勝目宗将、猿渡越中守、猿渡掃部兵衛、羽月地頭、高麗渡海、戦病死、法名、跡目、四百石、加治木、帖佐、山元孝右衛門、延宝五年
後編2-No.820文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

高麗渡海を急ぐ秀吉が、小西行長・対馬守宗義智を先行させ、島津義弘にも対馬へ着陣するよう命じた朱印状。四国衆を壱岐に置き、異国相手に手ぬるくしてはならないと戒め、秀吉自身の出馬が遅れても早船で名護屋へ向かうので、油断なく準備するよう督促する。

登場人物
豊臣秀吉、島津義弘、小西行長、宗義智
宛先
島津義弘(薩摩侍従)
キーワード
豊臣秀吉、島津義弘、小西行長、宗義智、高麗、対馬、壱岐、朝鮮出兵、渡海、出陣命令
後編2-No.861文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

秀吉が高麗渡海に用いる九州・四国・中国の船団に対し、諸将が相談して一斉に海を渡り、高麗側の舟着場へ陣取って注進するよう命じた朱印状。順風を十分に見極めて越度のないよう慎重に渡海することを求め、先勢の行き詰まりを受けて秀吉自身が四月十九日に小倉へ着いたことも知らせる。

登場人物
豊臣秀吉、島津義弘、九州・四国・中国衆
宛先
島津義弘(羽柴薩摩侍従)
キーワード
豊臣秀吉、島津義弘、朱印状、高麗、九州衆、四国衆、中国衆、船団、順風、小倉
後編2-No.907文書確認度 中

麻植長通書状

麻植長通が、梅北国兼・田尻荒兵衛の逆意と佐敷での鎮圧を報じ、妻子の成敗のため龍伯と細川幽斎が薩摩へ向かうことを伊勢雅楽入道へ知らせる。 一揆が朝鮮渡海軍の遅参を招いたことを嘆き、義久・義弘・久保ら島津父子の高麗渡海を急ぐよう求めており、梅北一揆と出兵動員の直結を示す書状である。

登場人物
麻植長通、伊勢雅楽入道、島津義久、細川幽斎、梅北国兼、田尻荒兵衛、加藤清正留守居衆、島津義弘・久保父子
宛先
伊勢雅楽入道
キーワード
麻植長通、伊勢雅楽入道、梅北一揆、梅北国兼、田尻荒兵衛、佐敷、細川幽斎、島津義久、朝鮮出兵、渡海遅参
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 63-23日記・渡海輸送記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

新納忠増日記

文禄元年三月から七月の移動と高麗渡海を記す。大口出立、久保・義弘の渡海、船不足での御供不能、船の雑作と荷積み、金山浦着船を記録する。馬船不足で徒歩随行する者の悲哀、遅れての乗馬到着、増水した川の渡渉、雨中の移動にも触れる。伝聞を示す「云」の記述を含む。

登場人物
新納忠増(日記標題)、島津義弘、久保様、安田弥蔵、安弥殿(本文表記)
宛先
なし(日記のため宛先なし)
キーワード
新納忠増、文禄元年、島津義弘、渡海、船不足、船修理、馬、荷物、輸送遅延