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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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28 件 (全巻)/ 1–28件を表示

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後編2-No.1618文書確認度 中

島津忠恒書状

忠恒は友枕斎の無事な帰国を祝うため、本田治右衛門尉を使者として遣わした。 長期の在京を終えて帰国したことを喜び、使者を通じて今後の用件や関係者への連絡を取り次ぐ、帰国祝いの書状。

登場人物
島津忠恒、友枕斎、本田治右衛門尉
宛先
友枕斎
キーワード
島津忠恒、友枕斎、本田治右衛門尉、帰国、在京、使者、祝賀、取次、書状、文禄四年
後編3-No.688文書確認度 高

桂忠詮・上井里兼連署状抄

一瀬崎野の御牧に三十余疋がいるため馬見廻役を定めて改めること、帖佐から二階堂伝右衛門尉・野添善兵衛尉を呼び寄せて調査させ、在々の放馬も念入りに捜すことを報告する。また出水城の構えを調べ、市来治右衛門尉に絵図作成を命じたと記す。

登場人物
桂忠詮、上井里兼、二階堂伝右衛門尉、野添善兵衛尉、市来治右衛門尉
宛先
図書頭
キーワード
桂忠詮・上井里兼連署状抄、一瀬崎野、御牧、馬見廻、放馬、二階堂伝右衛門尉、野添善兵衛尉、出水城、城絵図、市来治右衛門尉
後編3-No.1684記事確認度 高

伊地知季安愚考

伊地知季安愚考は、伊集院忠真が加藤清正の威を頼んで再び謀反を企てたことが露見し、川田国鏡の内命を受けた押川則義と渕脇平馬が、慶長七年八月十七日に野尻大津の狩倉で待ち伏せたと記す。案内者の誤りで則義は平田新四郎を鉄砲で射殺し、続いて平馬が忠真を射殺した。忠真は三十三歳で、墓は野尻にあり、法名を法山道機居士という。

登場人物
押川則義(治右衛門)、伊集院忠真(源次郎)、川田国鏡(大膳)、渕脇平馬、加藤清正、平田新四郎
宛先
(伊地知季安愚考)
キーワード
伊地知季安愚考、慶長七年八月十七日、伊集院忠真、源次郎、加藤清正、再謀反、川田国鏡、大膳、押川則義、治右衛門、渕脇平馬、平田新四郎、野尻、大津、狩倉、待伏せ、鉄砲、誤射、射殺、三十三歳、墓所、法山道機居士
追録1-No.502文書旧記雑録暫定版確認度 高

衆中召移引付

町田久則が、橋口七左衛門・長友主水・前田蔵人三人の禄高・屋敷を列記する。三人は新納加賀の大口地頭所で諏方采女が数年預かっていたが、今回大村地頭所へ召し移すので支配するよう、高奉行の高城喜左衛門・有馬治右衛門へ命じる。末に五月二十三日町田久則印、筑前・図書の印がある。

登場人物
町田久則、橋口七左衛門、長友主水、前田蔵人、諏方采女、新納加賀、高城喜左衛門、有馬治右衛門、筑前、図書
宛先
高奉行 高城喜左衛門・有馬治右衛門
キーワード
町田久則、橋口七左衛門、長友主水、前田蔵人、諏方采女、新納加賀、大口、大村、高奉行、高城喜左衛門、有馬治右衛門、引付、禄高、屋敷
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 183書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

大迫尚信書状

其後御無音申移候、去年より我等事も御用に召され、弟子丸播磨守殿へ御用共候として、相調候事難成躰を述べる大迫尚信書状。旧記雑録後編五所収の長文書状で、浮世人帳や切支丹禁制、伊地知治右衛門重時の事績を論じ、卯月十六日、大迫権右衛門尉尚信から伊地知治右衛門宛で結ぶ。

登場人物
大迫尚信、伊地知治右衛門
宛先
伊地知治右衛門
キーワード
大迫尚信書状、大迫尚信、伊地知治右衛門
追録2-No.2781書状旧記雑録暫定版確認度 中

吉貴室の女使と御礼をめぐる奥村治右衛門書状

奥村治右衛門が四月二日、島津帯刀へ、井上河内守への御礼について内々確かめたところ、先に本多正永から示されたとおり既に済んでいるため、今日改めて井上へ礼を伝える必要はないと知らせる。今後、御奥方から女中使を差し上げる件は大奥に問い合わせるのがよく、そのような際は女中使を用いるのが相当との意見を伝える。

登場人物
奥村治右衛門
宛先
島津帯刀
キーワード
奥村治右衛門、島津帯刀、井上河内守、本多正永、御礼済、今日重ねて礼不要、御奥方女中使、大奥へ伺い、四月二日
後編3-No.490記事確認度 高

島津家久譜

『家久公御譜』が、慶長三年十月朔日の新寨決戦を島津忠恒(家久)の働きを中心に記す記事。忠恒は明軍を城壁近くまで引きつけて鉄炮を撃たせ、白狐・赤狐の出現を稲荷明神の加護と受け止めて出撃した。自ら敵中へ進み、肩に千戈の傷を負いながら首級を得た後、義弘の援兵と合流して明軍を晋州川方面へ追撃する。戦後は父子の首実検と勝利の儀礼、十月二日の敵首集計を記す。

登場人物
島津忠恒(家久)、島津義弘、董一元、孟老爺、茅国器、平田新左衛門宗位、寺山久兼、黒田加兵衛尉、本田治右衛門尉、明軍
宛先
—
キーワード
島津家久譜、島津家久、島津忠恒、島津義弘、慶長三年十月朔日、新寨、董一元、孟老爺、茅国器、明軍、接近射撃、白狐、赤狐、稲荷明神、敵中突入、肩負傷、首級、援兵、晋州川、追撃、首実検、勝利儀礼
後編3-No.501記事確認度 高

御譜雑抄

『御譜雑抄』に収められた記事。本冊では本文がNo.490の記事の一部と同文であるため省略されており、島津忠恒(家久)の接近射撃・敵中突入・追撃を中心とする新寨決戦記事を参照する構成となっている。

登場人物
島津忠恒(家久)、島津義弘、董一元、孟老爺、茅国器、平田新左衛門宗位、寺山久兼、黒田加兵衛尉、本田治右衛門尉、明軍
宛先
—
キーワード
御譜雑抄、No.490一部同文、本文省略、島津忠恒、家久、新寨決戦、接近射撃、敵中突入、追撃、参照記事
後編3-No.690文書確認度 高

桂忠詮・上井里兼連署状

桂忠詮・上井里兼が、大坂出船後に出水へ到着し、鹿児島への通報と出水城の城祝を行ったことを報告する。肥後境目や各城・港、御牧と放馬、在々の侍・中間・百姓・職人の人数を調査し、城絵図・知行帳・目録を提出するとした。さらに寺沢志摩守の代官高嶋新三と百姓・入江・橋本との紛争、高嶋の逃亡、水俣の小西方への引渡しなど、出水郡の仕置と引継ぎの状況を詳述する。

登場人物
桂忠詮、上井里兼、北郷作左衛門尉、比志島紀伊守、入江、橋本、二階堂伝右衛門尉、野添善兵衛尉、市来治右衛門尉、寺沢志摩守、高嶋新三、小西作右衛門尉
宛先
図書頭
キーワード
桂忠詮・上井里兼連署状、出水、城祝、肥後境目、御牧、放馬、城絵図、知行帳、人数目録、寺沢志摩守、高嶋新三、百姓訴訟、水俣、小西作右衛門尉、領国引継ぎ
追録2-No.2764文書旧記雑録暫定版確認度 中

琉球代替祝儀使節と支配・絵図由緒書を報じる島津帯刀書状

島津帯刀仲休が三月十二日、薩摩家老五名へ、琉球中山王使者の代替祝儀を先例どおりとする照会経過を報じる。朝鮮は隣国の交好による挨拶だが琉球は先祖の武威で支配したため格別とし、琉球使者の来聘は日本の威光に関わる重要事とする。海路・風に応じ早く通知し、来夏の使者を認めた件を国元へ書き留めるよう求める。方角絵図は先方に留め置かれ、口上書のみ返却されたので絵図写と琉球由緒書を追送し、奥村治右衛門を介して照会するよう伝える。

登場人物
島津帯刀仲休・島津大藏・島津中務・島津将監・新納市正・種子島藏人・間部越前守詮房・本多伯耆守正永・奥村治右衛門
宛先
島津大藏・島津中務・島津将監・新納市正・種子島藏人
キーワード
島津帯刀仲休、琉球中山王、代替祝儀使節、朝鮮との格別、武威支配、威光、間部詮房、本多正永、方角絵図、琉球由緒書、奥村治右衛門、三月十二日
追録7-No.2743記事旧記雑録暫定版確認度 高

斉興、御鷹の鶴を拝領

斉興公御譜中の記事。天保六年乙未春正月二十七日、大御所から上使安藤治右衛門を通じて、斉興へ御鷹の鶴が与えられたことを記す。

登場人物
島津斉興、安藤治右衛門、大御所
宛先
—
キーワード
島津斉興、大御所、上使、安藤治右衛門、御鷹の鶴、拝領、天保六年正月二十七日
追録8-No.727根岸辺での斥候三名と彰義隊の戦闘についての薩摩藩暫報旧記雑録暫定版確認度 中

薩摩藩が斥候三名の根岸辺での戦闘を伝聞で届け、確証を得て詳報するとする

五月八日付の薩摩藩の届写。斥候の有吉庄之丞・湯地治右衛門・有馬早八郎が昨七日夕に根岸辺で彰義隊の者八九人と出会い、屯集へ同行するよう囲まれ、断ると斬り掛かられて戦ったという由を報じる。三人のうち一人がその場で斬り伏せられ、敵二人を討ち六人に傷を負わせたとの報を述べる。残る二人は脱出し駒込千駄木観音堂前まで退いたが、深手を負い追撃を受け、一人が切腹し、他の一人も割腹しようとしたところ早く鉄砲で撃ち伏せられたとする。探索の者が届け出たため、追って確証を得て詳細を報じるが、まず知らせておくと結ぶ。死傷の認定は届書の暫報として示し、三名のうち誰が各記載に当たるかは割り当てない。

登場人物
有吉庄之丞、湯地治右衛門、有馬早八郎(斥候三名)、彰義隊の者八九人、探索の者、薩摩藩
宛先
御届の受け手(個別宛名不記)
キーワード
原727薩州届写有吉庄之丞湯地治右衛門有馬早八郎斥候三昨七夕根岸彰義隊八九囲同行要求拒否切掛一人切伏敵二打果六負傷両人切抜駒込千駄木観音堂前深手追重一人切腹一人割腹前鉄砲打伏探索届追確証詳報五月八薩摩藩
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 486有馬引陣用船借用・坊津片浦派遣記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

小川監物日記

『小川監物日記』は、卯月二十七日、上使の有馬引陣に船が必要なため分国から借りることとなり、舟追立として宮里壱岐守を坊津へ送ったと記す。二十八日には津留新左衛門尉・伊集院治右衛門尉を片浦へ通した。

登場人物
宮里壱岐守、津留新左衛門尉、伊集院治右衛門尉
宛先
宛先記載なし
キーワード
小川監物日記、本文卯月二十七日、上使、有馬、引陣、船、分国借用、舟追立、宮里壱岐守、坊津、二十八日、津留新左衛門尉、伊集院治右衛門尉、片浦
追録2-No.503連署状旧記雑録暫定版確認度 中

島津図書ほか三名連署状

島津図書・島津中務・喜入安房・肝付主殿が町田彌次右衛門・浅山治右衛門・神宮司外記へ、伊集院三右衛門・酒匂源左衛門が島津左京の願書と口上を届け、その内容を中将へ披露した結果、米五千石の扶助が認められ、左京へ別紙の書付を遣わしたと伝えた連署状。詳しくは両使者から聞くよう指示する。

登場人物
島津図書・島津中務・喜入安房・肝付主殿
宛先
町田彌次右衛門・浅山治右衛門・神宮司外記
キーワード
島津図書、島津中務、喜入安房、肝付主殿、町田彌次右衛門、浅山治右衛門、神宮司外記、伊集院三右衛門、酒匂源左衛門、島津左京、願書、口上、中将、米五千石、扶助、別紙書付、両使者
追録2-No.506書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津図書書状

島津図書が町田彌次右衛門・浅山治右衛門・神宮司外記へ、伊集院三右衛門・酒匂源左衛門が島津左京の願書を持参したため、同役中で相談して中将へ披露し、その意向を連署状で伝えたと知らせる書状。詳しくは両使者から聞くよう告げる。

登場人物
島津図書
宛先
町田彌次右衛門・浅山治右衛門・神宮司外記
キーワード
島津図書、町田彌次右衛門、浅山治右衛門、神宮司外記、伊集院三右衛門、酒匂源左衛門、島津左京、願書、同役中、相談、中将、連署状、両使者
追録2-No.523口上覚旧記雑録暫定版確認度 中

神宮司外記ほか四名連署口上覚

神宮司外記ほか佐土原側五名が家老五名へ、島津左京の上野中堂御手伝で生じた借金、扶助米五千石と運賃米七百石、銀への換算、十年年賦による返済、知行・扶持方の削減、家中倹約を整理して申し上げた口上覚。新たな借金を避け、家老が正道を守って家中を統制し、財政を立て直す方針を示す。

登場人物
神宮司外記・浅山治右衛門・町田彌次右衛門・伊集院三右衛門・宇宿傳左衛門
宛先
島津図書・島津中務・新納美作・喜入安房・肝付主殿
キーワード
神宮司外記、浅山治右衛門、町田彌次右衛門、伊集院三右衛門、宇宿傳左衛門、島津図書、島津中務、新納美作、喜入安房、肝付主殿、島津左京、上野中堂御手伝、借金、扶助米五千石、運賃米七百石、十年年賦、知行、扶持方、倹約、財政再建
追録2-No.525連署証文旧記雑録暫定版確認度 中

神宮司外記ほか四名連署証文

神宮司外記ら計五名が高橋左門・野村太左衛門へ、島津左京方が銀五百五十六貫目と米五千石を借りたことを証した連署証文。米は一石六十匁替で代銀三百貫目、二口合計銀八百五十六貫目とする。来辰年から毎年銀八十五貫六百目ずつ十年年賦、毎年極月までに大坂御蔵屋敷へ滞りなく返すと定める。神宮寺外記の署には司との傍注がある。

登場人物
神宮寺外記(司との傍注)、浅山治右衛門、町田彌次右衛門、伊集院三右衛門、宇宿傳左衛門(計五署)、高橋左門、野村太左衛門(宛所)、島津左京方
宛先
高橋左門・野村太左衛門
キーワード
神宮司外記、浅山治右衛門、町田彌次右衛門、伊集院三右衛門、宇宿傳左衛門、高橋左門、野村太左衛門、島津左京、銀五百五十六貫目、米五千石、一石六十匁替、代銀三百貫目、翌辰年、銀八十五貫六百目、十年年賦、極月、大坂御蔵屋敷、返済
追録2-No.2782書状旧記雑録暫定版確認度 中

吉貴室の女使献上と御礼次第を詳報する書状

島津帯刀仲休・種子島弾正伊時が四月三日、国元家老四名へ、吉貴室の女使・献上手続を詳報する。三月二十五日本多正永の指示、四月朔日井上正岑の確認を経て、二日四ツ半に岡村が西丸へ参上し、豊原の取次で家宣に御目見し、八重姫・松姫らに続き上がった。一行は十六人を二段に召し出され、岡村へ銀十枚の目録、御台君から小袖一重と銀五枚、部屋から銀二枚等を受けた経緯を記す。重ねて礼使を出す要否を照会したが不要とされ、今後の献上物も表方へ問い合わせず大奥の差図に従う旨を奥村の連絡で確認した。

登場人物
島津帯刀仲休・種子島弾正伊時・赤松甚右衛門則茂・岡村・豊原・井上正岑・本多正永・間部詮房・奥村治右衛門・八重姫・松姫
宛先
島津中務・島津将監・新納市正・種子島藏人
キーワード
島津帯刀仲休、種子島弾正伊時、女使岡村、豊原、西丸、四ツ半、十六人二段、銀十枚目録、小袖一重、銀五枚、銀二枚、謝礼使不要、大奥差図、四月三日
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 734人数賦・飯米支給旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島原立人数賦

加世田士人相徳新介蔵本による人数賦。仁禮右京亮以下の主従人数を次第不同で列記し、追加申出や乗船勤務、夫丸の割付、小松原・出水米之津での飯米支給を注記する。途中に軍士156人・外117人夫と記す。末尾では正月十二日以来二十日分の飯米として真米15石・赤米10石7斗を出水六月田御蔵から受け取り、人躰一人に真米一斗、夫丸一人に赤米一斗ずつ渡したと記す。寛永十五年正月十五日付。

登場人物
仁禮右京亮 鮫島民部左衛門 川村覚右衛門 桑畑杢之助 指宿仁右衛門 井尻九郎左衛門 田實五右衛門 黒川民部左衛門 竹之内善左衛門 愛徳四郎兵衛 宮原傳兵衛 加世田土佐守 本田民部左衛門 二宮藤右衛門 岩崎弥右衛門 森田喜左衛門 有川治右衛門 佐伯戸左衛門 小川少監物 長崎茂右衛門 窪田作右衛門 鮫島助右衛門 佐伯新九郎 小川監物 相徳新介 ほか各従軍者
宛先
なし(人数賦)
キーワード
島原立 人数賦 主従 夫丸 飯米 真米 赤米 御蔵
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 746人数帳・飯米支給旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島原軍衆人数差出留

正月十六日を中心とする島原軍衆の人数差出留。前日到着の本田らの主従人数、始良衆・佐多衆・新納らの軍衆と夫丸、乗船勤務・到着地を記し、頴娃御蔵からの米受領、各人への米支給を注記する。季安は以後を十七日条へ分けたと説明し、十六日に米津へ到着した二階堂家中・敷根・福山・須木の人数を追記する。

登場人物
本田隼人親紀 山路太郎右衛門 吉田新右衛門 上村弥左衛門行定 濱田主水 求仁郷四郎左衛門 有川治部左衛門 愛甲次右衛門 新納小右衛門久盛 加治木松右衛門 中村源介 東郷宗兵衛 岡村治右衛門 八木戸左衛門 田中善之丞 田中後藤兵衛 鳥丸兵右衛門 山城新介 伊地知季安
宛先
なし(人数帳)
キーワード
島原軍衆 主従 夫丸 飯米 頴娃御蔵 乗船 米津
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 794人数差出留・十九日前後の着津者と飯米旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島原軍衆人数差出留

村田市助家蔵の模本から、三原喜太郎・里村十左衛門や谷山・加治木・財部・末吉・大崎・志布志・頴娃・指宿・飯野・高原などの人躰、卒者・夫丸、個人別の随伴人数と着津日を記す。飯米は十日または二十日分を渡し、長嶋ふくら蔵元と米津で分けて支給する例もある。末吉衆中の検見崎兼堯について、家系・移住と島原出陣時の行動を元禄七年の系図申出により補注する。末尾は二十三日条へ続く旨の注。

登場人物
村田市助 三原喜太郎 里村十左衛門 木脇三右衛門 江浪勘兵衛 有川源右衛門 柏原但某 鎌田豊前守 鎌田傳左衛門 是枝長左衛門 川上助左衛門 波多与兵衛 池田右近将 市来勘解由 前田喜兵衛 恒吉主膳正 有馬茂右衛門 法元内蔵助 寺師九左衛門 大村次左衛門 有川長二郎 壱岐五兵衛 岩下渡右衛門 圖師平兵衛 江田新兵衛 宮内盛右衛門 新納杢右衛門 二階堂傳右衛門 菱田四市丞 川原正左衛門 川崎拾左衛門 池田五郎右衛門 鳥井与右衛門 黒田清介 野田喜左衛門 山口与四郎 川内主馬允 古郷次兵衛 中神喜右衛門 寺原主馬 竹之内神介 小野傳左衛門 本田九郎左衛門 中山早右衛門 鎌田少右衛門 中戸藤五左衛門 白尾七左衛門 竹下主膳 岩切宗左衛門 田口七兵衛 松下十郎左衛門 久長新左衛門 山城与八左衛門 鎌田孫右衛門 大慶坊 検見崎権之介兼堯 肝付兼泰 村田経宣寿仙 子権左ヱ門兼近 長田勘左衛門 久木元吉右衛門 谷口喜兵衛 松下四郎左衛門 青山治右衛門 落合新十郎 有馬勘解由左衛門 溝辺弥兵衛 黒木孫兵衛 田嶋治部左衛門 原兵右衛門 市来主水 本山分右衛門 岩元丹波守 鎌田新蔵 瀬戸山五右衛門 玉泉坊 伊集院五兵衛 伊十院兵右衛門 大乗院 持寶院 堀内主膳正 肥後吉右衛門 有馬安右衛門 山下勘右衛門 二見傳次郎 大弐坊 山本藤七兵衛 日高二右衛門 中村百左衛門 小城銀右衛門 中嶋七左衛門 岩崎三五郎 木下小左衛門 菱輪軍介 北原半介 田中休兵衛 山口右京 大脇右京 安庄織部佑 瀬崎安右衛門 鎌田少兵衛 長谷五兵衛 坂元才兵衛 大重六左衛門 有留大蔵助 田中六郎左衛門 柳田為左衛門 三石弥九郎 郡山監物助 谷口大蔵卿 柏木縫殿助 相良五右衛門
宛先
なし(人数留)
キーワード
人数差出留 着津 人躰 卒者夫丸 相之夫 飯米 十日 二十日 検見崎兼堯 系図
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w2:17-6系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

鹿児府衆中高究之帳抄

鹿児府衆中高究之帳から松崎杢右衛門入道の高七十五石を掲げ、同人と後継の貞綱の家歴を続記する。慶長十八年の江戸質開始に、杢右衛門入道は島津義弘の姫の上洛代官として役人十人を伴い、六月二十四日に鹿児島を出発し、十一月十六日に江戸桜田屋敷へ入った。四年間勤め、本文に『元和元年丙辰(ママ)』とある四月に暇を得て、御盃と小袖を拝領して六月七日に帰着した。元和五年から蔵入代官を務め、同六年の質様下向時にも谷山で代官となり、島津下野守久元への祝儀まで処理した。寛永十二年十一月二十五日に八十四歳で没し、幼少時に父貞充と伯父貞清を戦死で失いながら家を中興したとし、法名を覚翁宗泉と記す。貞綱は天正十六年正月二日生まれ、指宿左近女を妻とし、元和三年・七年の島津家久上洛と日光参詣に供奉し、能書として知られ、寛永十年七月十一日に四十六歳で没して法名を松屋常青とした。

登場人物
松崎杢右衛門入道(法名覚翁宗泉)、島津義弘、義弘公御姫様、四本金右衛門、淵辺領右衛門、鳥井与右衛門、竪山丹後、青山与次右衛門、迫田源右衛門、山下治右衛門、田尻小左衛門、本田彦左衛門、村田源左衛門、島津久元(下野守)、松崎貞充、松崎貞清、松崎貞綱(熊徳・助七・喜右衛門尉)、指宿左近女、島津家久
宛先
—
キーワード
鹿児府衆中高究之帳、松崎杢右衛門入道、高七十五石、慶長十八年江戸質、義弘公御姫様、上洛代官、江戸桜田屋敷、元和元年丙辰ママ、御盃・小袖拝領、蔵入代官、谷山、家中興、覚翁宗泉、松崎貞綱、島津家久上洛、日光供奉、能書、松屋常青
追録1-No.1981連署書状旧記雑録暫定版確認度 高

相良長清外二名連署書状

中神内蔵丞・村田為左衛門経景・相良主税長清が椛山主馬らへ、御用を命じられ翌二十五日に赴くと伝える。式部少輔と島津右京が同座して各人に命令を申し伝えるよう指示されたが、右京は当分遠所にいるので、こちらから参るよう望まれた場合には面会できると知らせる。

登場人物
中神内蔵、村田経景、相良長清、椛山久孝、宇宿久運、浅山高重、島津久寿、島津久也
宛先
椛山主馬様、宇宿伝左衛門様、浅山治右衛門様
キーワード
中神内蔵、村田経景、相良長清、椛山久孝、宇宿久運、浅山高重、島津久寿、島津久也、佐土原、使者、面談、連署書状
追録2-No.2423文書旧記雑録暫定版確認度 中

相承院口上書

相承院が島津帯刀へ、頼朝公の鬢髪は類のない寺宝で焼失・紛失を恐れるとして、一部を国元の白幡社へ奉納するよう願う口上書。鬢髪二、三本を本尊の首にも納めたいとし、瀬治右衛門へ詳しく話したと記す。

登場人物
相承院
宛先
島津帯刀
キーワード
相承院、島津帯刀、頼朝公、鬢髪、白幡社、寺宝、本尊、瀬治右衛門、奉納、宝永四年、文書
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w2:22-3系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

肝付兼清流系図

兼清治右衛門を起点とする肝付氏庶流系図。兼清は没年月・法名不詳とし、志布志士永山主計の二男兼陳を嗣子がないため養子に迎えたことを記す。兼陳は慶長二年生、万治三年没・六十四歳、法名亭月陳長上坐。兼林・兼高以下についても、寛永・明暦・寛文・天和・宝永・享保・宝暦・明和期の出生・没年、法名、母方を列記する。志布志士川野・久保・愛甲・瀬戸口、皿良・大脇・平田・大迫・吉国・坂元などとの婚姻を示し、別家、肥後源五左衛門・河野佐市兵衛・吉国次郎右衛門への養子、女子の嫁家を系線で整理する。末尾は兼典四郎の明和九年五月二十九日出生記事で終わる。

登場人物
肝付兼清、兼林、兼高、兼陳、兼泓、兼孚、兼通、兼易、兼典、永山主計、川野新右衛門、久保清左衛門行祖、愛甲勘左衛門季貫、瀬戸口源左衛門、野村新蔵、皿良金左衛門、平田半之丞、肥後源五左衛門、河野佐市兵衛、大迫新左衛門、吉国次郎右衛門、坂元甚兵衛、瀬戸口源次郎、坂元正助
宛先
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キーワード
肝付兼清流系図、兼清治右衛門、兼陳、養子相続、慶長二年、万治三年、亭月陳長上坐、兼林、兼高、志布志士、川野氏、久保氏、愛甲氏、瀬戸口氏、皿良氏、平田氏、大迫氏、吉国氏、坂元氏、別家、他家養子、婚姻、出生、没年、法名、明和九年
追録8-No.572先帝崩御・新帝幼年を受けた上京と領内の備えの四署通知旧記雑録暫定版確認度 中

中将・太守の上京と領内の備え・職掌励行を知らせる四署通知

近年の皇国の難しい形勢に加え、先帝が崩御し新帝が幼年となったことを嘆息すると述べ、天朝の高恩を受ける当家として傍観し難いため、太守との相談の上、中将が天気を伺い今後の策を建てるべく上京することを伝える。太守も上京する予定で、在国の間は領内一同がこの趣旨を体し、職掌を励み、内外の備えを十分に行き届かせるよう命じる。丁卯正月、圖書・右衛門・龍衛・伊勢の四署の通知。感情・臣子としての責務と天朝への高恩は通知の叙述として示し、上京予定や備えの指示を実行済みの成果としない。本文を慶明雑録によって補正したとの編纂注がある。

登場人物
先帝、新帝、太守、中将、圖書(島津久治注)、右衛門(桂久武注)、龍衛(川上久齡注)、伊勢(諏訪武盛注)、御領内一同
宛先
御領内一同、関係の向々
キーワード
丁卯正月先帝崩御新帝幼年皇国形勢嘆息当家天朝高恩臣子責務太守相談中将天気御伺後年策上京太守も上京在国領内一同趣旨職掌勉励内外手当、圖書島津久治右衛門桂久武龍衛川上久齡伊勢諏訪武盛四署慶明雑録補正注
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w2:22-2系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

源盛富段書

肝付氏嫡流古系図の巻頭を掲げて当流の出自伝承を説明する、天明七年正月吉祥日付の源盛富段書。河内守兼続入道省釣の致仕後、豊前守兼隆の弟・治右衛門尉兼清を鼻祖とする伝承を示す。ただし古系図には兼隆・兼清を確認できず、年代が隔たり徴すべき文献もないため系線を接続できないと判断し、兼清を肇祖として後代の再撰の助けとなるよう、見聞に基づき世系を訂考した旨を記す。

登場人物
肝付兼続(省釣)、肝付兼隆、肝付兼清、源盛富
宛先
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キーワード
源盛富段書、天明七年、肝付氏嫡流、古系図、肝付兼続、省釣、致仕、肝付兼隆、肝付兼清、鼻祖、肇祖、系線、文献不足、世系訂考、再撰、山縣遠流、源盛富
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w6:505系図・系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

肝付覚左衛門家系図

末吉の肝付覚左衛門家系図。上世の出所は不明と注記し、権之助豊前守兼隆が十七歳で伊東河内守を討ち、恩賞として知行六町を得たこと、二十三歳から兵道を行い、岩屋城攻めで敵三人を討ち取ったことを記す。兼隆が肝付郡高山から末吉へ移った由緒を述べ、治右衛門兼清・覚左衛門兼豊以下、伴右衛門・権右衛門らの分岐と婚姻を列記する。

登場人物
肝付兼隆、兼清、兼豊、兼昌、兼満、兼門、兼彌
宛先
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キーワード
肝付覚左衛門家系図、末吉、肝付兼隆、豊前守、伊東河内守、知行六町、兵道、岩屋城、肝付郡高山、兼清、兼豊、兼昌、兼満、婚姻