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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

28 件 (全巻)/ 1–28件を表示

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後編1-No.160記録確認度 高

年代記

永禄三年、島津貴久の代に大隅国正八幡宮の遷宮が十二月十一日に行われたことを簡潔に記す年代記記事。

登場人物
島津貴久、正八幡宮
宛先
—
キーワード
年代記、永禄三年、正八幡宮、遷宮、島津貴久、十二月十一日
後編1-No.142記事確認度 高

島津国史

永禄三年、幕府が伊勢備後守貞運を派遣し、島津氏と伊東氏の停戦を調停した経過を記す。貴久が末吉で上使と会い、新納忠元・肝付兼盛・樺山幸久を通じて返答し、飲肥領有と和平条件を折衝した。正八幡宮修造にも触れる。

登場人物
島津貴久、島津義久、伊東義祐、近衛稙家、伊勢貞運、新納忠元、肝付兼盛、樺山幸久
宛先
—
キーワード
島津国史、永禄三年、伊勢貞運、幕府、伊東義祐、和平、末吉、飲肥、正八幡宮
後編1-No.144記事確認度 高

島津義弘譜

島津義弘が飫肥の島津忠親の猶子となり、永禄三年三月十九日に薩摩を発って飫肥へ赴き、防御を固めた経緯を記す。帰薩後に再び伊東勢来襲を聞くと、貴久父子の制止を振り切り、忠親との親子の契約を守るため救援へ駆けつけた。

登場人物
島津義弘、島津忠親、島津貴久、島津義久、伊東氏
宛先
—
キーワード
島津義弘譜、島津忠親、猶子、飫肥、伊東氏、永禄三年、防御、救援、親子契約
後編1-No.149記録確認度 高

田布施大明寺由緒書

田布施大明寺の勝手大明神へ、永禄三年に島津忠良(日新)が自筆の額一枚を奉納し、社を再興したことを記す由緒書。

登場人物
島津忠良(日新)、勝手大明神
宛先
—
キーワード
田布施、大明寺、勝手大明神、島津忠良、日新、自筆額、再興、永禄三年
附録2-No.1167記事確認度 高

山田久武譜

山田氏十二代久武が永禄三年正月二十四日に生まれ、山田忠時に家統を継ぐ子がなかったため猶子となったこと、実父は上総介忠通であることを記した系譜。

登場人物
山田久武、山田忠時、山田忠通
宛先
—
キーワード
山田久武、山田忠時、山田忠通、永禄三年、猶子、家督、山田氏、系譜
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W01_文書0017-5族譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

江夏氏族譜書上

江夏氏を黄帝・陸終の末孫に連なる家として記し、難を避けて日本へ渡って旧族譜を失ったため、後世の証として近代の名ある者を列記する。続頁には永禄三年冬至吉日の年紀と、友賢・栄宗・栄守・栄春らの系譜を掲げる。

登場人物
江夏友賢、江夏栄宗、江夏栄守、江夏栄春
宛先
—
キーワード
江夏氏、江夏友賢、江夏栄宗、黄帝、陸終、日本渡来、族譜、永禄三年
後編1-No.143文書確認度 高

相良頼房書状

相良頼房が島津氏へ新春の祝意を述べ、先の使書への丁寧な返答を喜び、今後も意見を交わしたいと伝えた書状。

登場人物
相良頼房、島津義久
宛先
島津殿
キーワード
相良頼房書状、島津義久、島津殿、新春祝賀、使書、音信、永禄三年
附録1-No.521文書確認度 中

足利義輝御内書

足利義輝が島津修理大夫に、両国間の争いを続けるのは不適当であり、早く和睦して無事に帰すことが肝要だと命じた御内書。同じ趣旨を伊東方にも伝え、詳細は近衛家から説明させるとする。

登場人物
足利義輝、伊東氏、近衛家、島津修理大夫
宛先
島津修理大夫殿
キーワード
足利義輝、御内書、島津修理大夫、伊東氏、両国、争い、和睦、無事、近衛家、永禄三年
附録1-No.522文書確認度 高

近衛植家書状

近衛植家が島津修理大夫に、日向方との争いは不適当なので和睦すべき旨の御内書が発給され、使者として伊勢備後守が派遣されたと伝えた書状。是非をいったん置いて受諾することを求める。

登場人物
近衛植家、伊勢備後守、島津修理大夫、日向方関係者
宛先
島津修理大夫殿
キーワード
近衛植家、島津修理大夫、日向国、争い、和睦、御内書、伊勢備後守、使者、受諾、永禄三年
附録1-No.830文書確認度 高

島津貴久書状

島津貴久が講堂完成の報を喜び、完成までの力添えを依頼した書状。伊集院大和守を担当として申し付けるので、郷衆と協力し、分国の面目を損なわないよう尽力することを求める。

登場人物
島津貴久、学校侍衣禅師、伊集院大和守、郷衆
宛先
学校侍衣禅師
キーワード
島津貴久、講堂、学校侍衣禅師、伊集院大和守、郷衆、造営、分国、永禄三年
後編1-No.153文書確認度 高

樺山善久筆記

永禄三年十月四日から二十七日まで、幕府上使伊勢貞運が末吉へ下向し、島津・伊東両氏の飫肥をめぐる和平を調停した経過を樺山善久が日次で記録する。島津方は飫肥を公領として伊東へ渡さないことを主張し、上使との会見・返答・贈答を重ねた。

登場人物
樺山善久、島津貴久、新納忠元、肝付兼寛、伊勢貞運、川井豊前守、岡元某、伊東氏
宛先
—
キーワード
樺山善久筆記、伊勢貞運、幕府上使、末吉、島津貴久、伊東氏、飫肥、和平交渉、贈答
後編1-No.158記事確認度 高

島津貴久譜

島津貴久が正八幡宮再興を進め、日秀上人を本願として国内で勧進し、知定坊を上京させて神体を造立、叡覧を経て下向させた経過を記す。永禄三年十二月十三日に遷宮し、二十五菩薩の面具、獅子皮文飾、金襴の幡二十五流、白銀の幣一流などを奉納し、八幡七字を冠した和歌十一首を詠んだ。

登場人物
島津貴久、日秀上人、知定坊、正八幡宮、天皇
宛先
—
キーワード
島津貴久譜、正八幡宮、再興、日秀上人、知定坊、神体造立、遷宮、二十五菩薩面具、金襴幡、和歌
後編1-No.150記録確認度 高

箕輪伊賀自記

永禄三年夏頃、伊集院忠純の家臣の言動を発端に肝付兼続が島津貴久を怨み、鹿児島を去った経緯を詳述する。兼続方は廻伊豆守の城を奇襲して奪い、伊豆守を討ち、兼続自身も廻城へ入って島津方と対立した。

登場人物
箕輪伊賀、肝付兼続、島津貴久、伊集院忠純、肝付治部左衛門、廻伊豆守
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、肝付兼続、伊集院忠純、島津貴久、廻城、奇襲、占拠、対立
後編1-No.152記事確認度 高

新納忠元譜

永禄三年、足利義輝が伊勢貞運を派遣して島津・伊東両氏の和平を図った際、新納忠元が樺山幸久・肝付兼寛らと末吉で応接し、調停に功績を挙げたことを記す。

登場人物
新納忠元、島津貴久、足利義輝、伊勢貞運、樺山幸久、肝付兼寛、伊東氏
宛先
—
キーワード
新納忠元譜、足利義輝、伊勢貞運、島津氏、伊東氏、和平、末吉、幕府使者
後編1-No.154記事確認度 高

新納忠元勲功記

永禄三年十月、将軍足利義輝の命で伊勢貞運が島津・伊東両氏の和談を調停した際、島津貴久が末吉で会見し、新納忠元・樺山幸久・肝付兼寛に応答を任せたことを功績として記す。

登場人物
新納忠元、島津貴久、足利義輝、伊勢貞運、樺山幸久、肝付兼寛
宛先
—
キーワード
新納忠元勲功記、足利義輝、伊勢貞運、和談、島津貴久、末吉、応接、功績
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 49-1役人交名・由緒書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津忠久下向時役人交名

忠久下向時以来の役人の由緒を記す。本田を御幡奉行、酒匂を御沓役人、猿渡を御剣役人とし、東条・西条・鎌田・山田とあわせ下向役人七人という。旗指は真幸ツハノの相京方(原注は愛甲)にあったが、氏久代の國合合戦で討死し、その後左近が旗指となったと伝える。永禄三年十月吉日付で、正文は貴久公御譜にあるとの注記を伴う。

登場人物
島津忠久、島津氏久、島津貴久(御譜出典)、猿渡、村山、外山、本田、酒匂、東条、西条、鎌田、山田、愛甲、左近尉(原注「充也」)
宛先
なし
キーワード
島津忠久、下向役人、御幡奉行、御沓役人、御剣役人、愛甲、左近、旗役継承
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 49-2史料考証記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

伊地知季安記事

伊地知季安が永正頃の清水城の年中御式五十九ヶ条と役人の由緒を考証する。評議に加わる老臣や下向役人、愛甲から左近への旗役継承を、聖栄自記などの記録と比較し、永禄三年の書付の年代には考え難い点があるとする。さらに藤野家伝来の錦直垂・御旗に関する今川了俊書状について、肝付譜の水島説や南山巡狩録の記述を検討し、天授元年・永和元年八月二十九日の記事とあわせて掲げる。

登場人物
伊地知季安、田島駿河守、伊地知越後守、本田因幡守、本田、酒匂、猿渡、東条、西条、鎌田、山田、愛甲、左近允、梶原新兵衛、北原、渡邊、二宮、立山、蓮香、島津氏久、島津越後守、今川了俊(貞世)、藤野氏
宛先
なし
キーワード
古書抜書、年中御式五十九ヶ条、評議、御旗差、年代考証、国合戦
島津世禄記-A14記事関連史料(外伝)確認度 高

島津忠廉住日州飫肥事 付 肝付謀叛之事

島津忠国の弟季久の子忠廉が文明十八年から日向飫肥に居住した由緒と、永禄三年の将軍上使伊勢備後守による島津・伊東間和平交渉を詳録する。上使は飫肥を公領として和睦させようとするが、樺山善久ら島津方は、飫肥が頼朝以来の島津領であり伊東領ではないと反論し、伊東が飫肥へ手を出さないことや大友氏との協調を条件として確認する。続いて貴久は忠廉の孫忠廣の継子として忠平(のち義弘)を飫肥へ送る。忠平は一年後に薩摩へ戻り、その隙に伊東勢が飫肥を囲むと救援を望むが、貴久・義久に止められ、養父忠廣との関係に苦悩する。後半では肝付兼続が貴久への礼を欠き、廻城を奪って伊地知重興・禰寝重長と結び反乱したため、島津軍が竹原山・廻城で戦う。忠将は制止を聞かず敵中へ突入して戦死し、町田忠林ら七十余人も討死した。肝付方は敗れて恒吉へ退く。忠平は忠廣の勧めで薩摩へ帰り、忠廣は北郷八代系の忠親を養子とする。忠親はいったん飫肥城を伊東氏へ渡すが、同年九月に策を用いて再入城した。和平外交、忠平の養子関係、肝付反乱、忠将戦死、飫肥家継承を結ぶ記事である。

登場人物
島津忠廉、島津忠廣、島津忠平(義弘)、島津貴久、島津義久、樺山安芸守善久、伊勢備後守、伊東義祐、肝付兼続、島津忠将、町田加賀守忠林、伊地知重興、禰寝重長、北郷忠親
宛先
—
キーワード
飫肥和平交渉、伊勢備後守、島津忠廉、忠廣養子、肝付兼続、忠将戦死、北郷忠親
後編1-No.146文書確認度 高

島津貴久書状

島津貴久が歳久に、蒲生から九郎をその方へ移すことを知らせ、加世田での談合後に末吉へ上る予定や、鹿児島で迎え、月末には境へ出陣する覚悟を伝え、用心を促した書状。

登場人物
島津貴久、島津歳久、九郎
宛先
島津又六郎(歳久)
キーワード
島津貴久書状、島津歳久、蒲生、九郎、加世田、末吉、鹿児島、出陣、用心
後編1-No.151文書確認度 高

某論旨副状

大隅国桑原郡の正八幡宮三所大菩薩の神体九躰を造立して叡覧に備えたことを賞し、檀那島津貴久の尽力を神妙・懇志大切と伝えた論旨副状。

登場人物
智定坊、島津貴久、正八幡宮三所大菩薩
宛先
島津貴久
キーワード
某論旨副状、正八幡宮、三所大菩薩、神体造立、叡覧、島津貴久、智定坊
後編1-No.156文書確認度 高

島津忠久下向時役人交名

島津忠久が薩摩へ下向した際に従った役人七人の職掌と氏名を記した交名。No.157と同文の別本で、本文は省略される。

登場人物
島津忠久、本田氏、酒匂氏、猿渡氏、村山氏、外山氏、鎌田氏、山田氏
宛先
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キーワード
島津忠久、下向、役人交名、本田、酒匂、猿渡、村山、外山、鎌田、山田
後編1-No.157文書確認度 高

島津忠久下向時役人交名

島津忠久下向時の七役人を列挙し、本田を御幡奉行、酒匂を御沓役人、猿渡を御鎧役人などとする職掌の由来や、合戦での役目継承を記す。

登場人物
島津忠久、本田氏、酒匂氏、猿渡氏、村山氏、外山氏、鎌田氏、山田氏
宛先
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キーワード
島津忠久、下向、役人交名、御幡奉行、御沓役人、御鎧役人、七人、職掌
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0045筆記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

樺山善久筆記

伊勢備後守の下向に伴う島津・伊東間の和議交渉を、十月七日から十七日にわたり記す筆記。貴久らは上意への奉公、所領の沙汰、日向の和平、飫肥の境界と退陣を話し合う。伊東方が三国守護職を受けたとの説に対して、島津側は守護職の証文と先例を示し、仲介者が理解するまで応答を重ねた。酒宴・衣服の交換・刀剣や道具の贈答、境界料所の扱いも記す。末尾では縁組の風説を否定し、伊東との和平と所領問題を扱う調法を備後守に依頼する。

登場人物
樺山善久、島津貴久、忠将、忠元、肝付弾正忠、伊勢備後守貞運、川井豊前守、岡元、北郷左衛門尉、村田越前守、大友氏、伊東氏
宛先
—
キーワード
樺山善久筆記、幕府の和議仲介、所領沙汰、日向の平和、飫肥境界、三国守護職、退陣、贈答、縁組、交渉の反復
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0046書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

伊勢貞運書状

伊勢貞運が新納・樺山・肝付に、帰国後の和議の取りまとめを依頼する書状。和議が延期しているため飛脚を出し、伊東方の請書と入道殿種々の件を厳重に扱うよう求める。料所の件では意向を承り、召集する住民にも通知したいとする。下知などの調整を受けて貞運が飫肥へ向かい、豊州側も来ること、双方の年寄衆を派遣して大方で取りまとめる会合を相談する。

登場人物
伊勢貞運、新納刑部太輔忠元、樺山安藝守、肝付弾正忠、川井、入道殿、豊州
宛先
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キーワード
伊勢貞運書状、和議の延期、飛脚、請書、料所、住民の召集、飫肥での会合、年寄衆の派遣