徳川秀忠御内書
(元和五年)八月廿九日 / 冊子 715頁
徳川秀忠が島津義弘の死去に弔意を示し、島津家久へ花房元則を遣わして詳しく伝えさせる旨を記した御内書。
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(元和五年)八月廿九日 / 冊子 715頁
徳川秀忠が島津義弘の死去に弔意を示し、島津家久へ花房元則を遣わして詳しく伝えさせる旨を記した御内書。
(元和五年)九月六日 / 冊子 716頁
徳川秀忠が重陽の祝儀として島津家久から贈られた小袖五領を受け取ったことを喜び、詳細は本多正純が伝えるとした御内書。
(元和五年)十二月七日 / 冊子 720頁
徳川秀忠が、島津家久から遠路の使者を通じて贈られた硫黄三千斤、焼物、泡盛、熨斗鮑などを受領し、喜びを伝えた御内書。
(元和五年)十二月廿五日 / 冊子 722頁
徳川秀忠が歳暮の贈物として島津家久から贈られた小袖五領を受領し、喜びを伝えた御内書。
(元和六年)正月七日 / 冊子 723頁
徳川秀忠が島津家久から年頭祝儀として贈られた太刀一腰・馬代黄金二枚を受領し、詳細は酒井忠世が伝えるとした御内書。
(元和六年)五月二日 / 冊子 730頁
徳川秀忠が松平薩摩守島津家久に、端午の祝儀として帷子・単物数十を贈られたことへの謝意を伝え、詳しくは本多上野介正純から述べるとした御内書。
(元和九年)十二月廿四日 / 冊子 801頁
徳川秀忠が島津家久へ、歳暮の祝儀として小袖十領を贈られたことを喜び、詳しくは土井大炊頭利勝から伝えるとした御内書。
十二月廿三日 / 冊子 823頁
徳川秀忠が島津家久へ、歳暮の祝儀として小袖五重を贈られたことを喜び、詳しくは本多野介が伝えるとした内書。
年月日未詳 / 冊子 356頁
島津家久譜の記事。龍伯の遺物として長光腰刀・脇刀、定家色紙、来国次刀、茶壺などを徳川秀忠へ献上し、将軍家から台書と本多正純の返書があったことを記す。
年月日未詳 / 冊子 82頁
島津家久が同年正月、礼を欠かさないため徳川秀忠へ奈良酒二荷と別の一品、徳川家光へ硫黄など二品を献上し、それぞれ御内書を賜ったことを記す譜記事。
年月日未詳 / 冊子 239頁
徳川秀忠の不例を見舞うため、島津家久が使者と品物を献上し、徳川家光にも使者と複数の品を贈った。これに対して秀忠・家光の両人から御内書が下されたことを記す家久譜の記事。
年月日未詳 / 冊子 252頁
寛永八年閏十月、坊津の村裏で捕らえた黄鷹を島津家久が中江主水に飼養させ、土井利勝への書状を添えて徳川秀忠へ献上し、十二月十八日に秀忠から喜びを示す返書があったことを記す家久譜の記事。
年月日未詳 / 冊子 164頁
島津義久と家久が徳川家康・秀忠への年賀使節を派遣し、太刀・馬代黄金・緋綸子を献じた。さらに前年十月の駿府城殿舎焼失を見舞う白銀を託し、使者が三月二日に薩摩を発ち、美々津から航海して同月二十二日に大坂へ着いたことを記す系譜記事。
(元和四年)四月廿二日 / 冊子 671頁
島津惟新が、自身の病気について将軍から御内書を受け、急な中風で前後不覚となった身に対する上意を生前の面目として深く感謝した書状。
(慶長八年)四月廿七日 / 冊子 889頁
徳川秀忠が義久から陽春の祝儀として太刀一腰・馬一疋を贈られたことに謝意を示し、詳しい返答は本多佐渡守正信から申し伝えるとした御内書。
(慶長八年)五月四日 / 冊子 892頁
徳川秀忠が忠恒から端午の祝儀として帷子・単物十領を贈られたことを喜び、詳しい返答は本多佐渡守正信から申し伝えるとした御内書。
(慶長九年)正月晦日 / 冊子 925頁
徳川秀忠が島津忠恒へ、遠路から蜜柑一箱が到来したことを喜び、詳しい返答は本多佐渡守正信から伝えるとした御内書。
(慶長九年)五月朔日 / 冊子 932頁
徳川秀忠が島津忠恒へ、端午の祝儀として帷子など単物数十点が届けられたことを喜び、詳しくは本多佐渡守正信から伝えるとした御内書。
(慶長九年)九月三日 / 冊子 942頁
徳川秀忠が島津忠恒へ、重陽の祝儀として小袖五領が届いたことを喜び、詳細は本多佐渡守正信から伝えるとした御内書。
(慶長九年)十二月晦日 / 冊子 960頁
徳川秀忠が島津忠恒へ、歳暮の祝儀として小袖五重と蜜柑二箱が届いたことを喜び、詳細は本多佐渡守正信から伝えるとした御内書。
(慶長十年)五月十四日 / 冊子 18頁
徳川秀忠が島津忠恒から端午の祝儀として帷子・単物十領が届いたことを喜び、詳しくは本多佐渡守正信から伝えるとした御内書。
九月三日 / 冊子 30頁
徳川秀忠が島津忠恒の昇進を祝い、使者と太刀一腰・馬代黄金十両が届いたことを喜び、詳しくは本多正信から伝えるとした御内書。
(慶長十年)九月十三日 / 冊子 31頁
徳川秀忠が島津忠恒から重陽の祝儀として小袖五領が届いたことを喜び、詳しくは本多正信から伝えるとした御内書。
(慶長十年)十一月晦日 / 冊子 39頁
徳川秀忠が島津忠恒から音信として蜜柑が二度届いたことを喜び、詳しくは本多正信から伝えるとした御内書。
十二月廿一日 / 冊子 43頁
徳川秀忠が島津忠恒から歳暮の祝儀として小袖五重を贈られたことを喜び、詳しくは本多正信から伝えるとした御内書。
慶長十一年正月二日 / 冊子 53頁
徳川秀忠が島津忠恒へ、恒例の蜜柑が遠路から届いたことを喜び、格別の心遣いに謝意を示し、詳細は本多正信(佐渡守)が伝えるとした御内書。
(慶長十一年)四月廿七日 / 冊子 69頁
徳川秀忠が島津忠恒から年甫の祝儀として太刀一腰・馬一疋・緞子五巻を贈られたことを喜び、謝意を示した御内書。
(慶長十一年)九月十七日 / 冊子 90頁
徳川秀忠が島津家久に、重陽の祝儀を喜んで受け取った旨を伝え、詳しくは本多正信から申し伝えるとした御内書。
(慶長十二年)四月廿日 / 冊子 112頁
慶長十二年四月二十日、徳川秀忠が島津家久から陽春の祝儀として届いた太刀一腰、馬一疋、段子十巻を喜び、詳細は本多佐渡守正純に述べさせるとした御内書。
(慶長十二年)五月朔日 / 冊子 116頁
慶長十二年五月一日、徳川秀忠が島津家久から端午の祝儀として単物十領を受け取り喜び、詳細は本多佐渡守正純に述べさせるとした御内書。
(慶長十二年)九月七日 / 冊子 129頁
慶長十二年九月七日、徳川秀忠が島津家久(羽柴陸奥守)へ、年頭祝賀の使者とともに太刀一腰・馬一疋・紅糸五十斤が届いたことを喜び、謝意を示した御内書。
(慶長十二年)十二月廿七日 / 冊子 137頁
慶長十二年十二月二十七日、徳川秀忠が島津家久へ、歳暮祝儀として小袖五領が届いたことを喜んだ御内書。
(慶長十三年)五月十二日 / 冊子 171頁
慶長十三年五月十二日、徳川秀忠が島津家久から端午の祝儀として帷子・単物十領を受領して喜び、詳細は本多正信が伝えるとした御内書。
(慶長十三年)九月十日 / 冊子 187頁
慶長十三年九月十日、徳川秀忠が島津家久から重陽の祝儀として小袖五領が届いたことを喜び、詳細は本多正信が伝えるとした御内書。
(慶長十三年)十二月廿四日 / 冊子 198頁
十二月二十四日、徳川秀忠が島津家久から遠国の珍産である龍眼の菓子二箱を贈られたことを喜び、詳しくは土井大炊助が述べるとした御内書。
(慶長十三年)十二月廿六日 / 冊子 199頁
十二月二十六日、徳川秀忠が島津家久から歳暮祝いの小袖十領を贈られたことを喜び、詳しくは本多佐渡守正信が述べるとした御内書。
(慶長十四年)四月廿一日 / 冊子 217頁
四月二十一日、徳川秀忠が島津家久から年頭祝儀として使者を通じ太刀一腰・馬代黄金・段子を贈られたことを喜び、詳しくは本多正純が述べるとした御内書。
(慶長十四年)五月九日 / 冊子 220頁
五月九日、徳川秀忠が島津家久から端午の祝儀として帷子・単物十領を贈られたことを喜び、詳しくは大久保相模守忠隣が述べるとした御内書。
(慶長十四年)七月五日 / 冊子 226頁
七月五日、徳川秀忠が島津義久に、琉球へ差し向けた軍船が多数の敵を討ち、国王と三司官以下が降参して近日着岸するとの報告を希有の成果と称え、詳細は本多正信が伝えるとした御内書。
(慶長十四年)七月五日 / 冊子 226頁
七月五日、徳川秀忠が島津義弘に、琉球派遣軍が多数の敵を討ち、国王と三司官以下を降参させ近日着岸するとの知らせを希有の次第として賞し、委細を本多正信に託した御内書。
(慶長十四年)七月五日 / 冊子 226頁
七月五日、徳川秀忠が島津家久に、琉球へ差し向けた軍船が敵を討ち、国王と三司官以下を降参させて近日着岸するとの注進を希有の成果と賞し、詳細は本多正信が述べるとした御内書。
七月五日 / 冊子 227頁
七月五日付の徳川秀忠御内書。本文はNo.593と同文であるため、本巻では重複を避けて省略した旨のみを記す。
(慶長十四年)七月廿九日 / 冊子 239頁
七月二十九日、徳川秀忠が島津家久から使者として敷根中務少輔を遣わされ、虎皮五枚・熊皮十枚・焼酒二壺を受領したことを喜び、詳細は本多正信が述べるとした御内書。
(慶長十四年)九月四日 / 冊子 244頁
九月四日、徳川秀忠が島津家久から重陽の祝儀として小袖五領を贈られたことを喜び、詳細は本多正信が述べるとした御内書。
(慶長十四年)十二月 / 冊子 249頁
慶長十四年十二月、徳川秀忠が島津家久に、先の琉球平定報告に対する内書に続き、太刀一腰・馬一疋・段子十巻を恩賞として与え、詳細は本多正信が述べるとした御内書。
(慶長十四年)十二月十五日 / 冊子 249頁
十二月十五日、徳川秀忠が島津家久に、琉球を早速平定した報告に続いて贈られた青貝の調度・屏風・段子十端を受領して喜び、詳細は本多正信が伝えるとした御内書。
(慶長十四年)十二月廿四日 / 冊子 250頁
十二月二十四日、徳川秀忠が島津家久から歳暮の祝儀として小袖十領を受領して喜び、詳しくは本多正信が述べると伝えた御内書。
(慶長十六年)十二月廿六日 / 冊子 251頁
徳川秀忠から島津家久への御内書。本文はNo.885と同文であるため、本巻では重複を避けて省略した旨のみを記す。
(慶長十五年)二月廿一日 / 冊子 268頁
慶長十五年二月二十一日、徳川秀忠が島津家久から贈られた国産の蜜柑二箱を受領し、遠路の心遣いを喜び、詳しくは本多正信が述べると伝えた御内書。
年月日未詳 / 冊子 281頁
慶長十五年七月八日、徳川秀忠が島津領に外国の黒船が着岸し、使者を添えて報告が届いたことを了承し、詳細は本多正信が伝えるとした御内書。