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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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28 件 (全巻)/ 1–28件を表示

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後編3-No.398文書確認度 高

島津忠恒過所

島津忠恒が船改御奉行へ発給した過所。薩摩船一艘に、船頭半左衛門、中乗八十二人、加子十二人、てるま・かくせい三十四人、合計百二十九人を乗せて帰朝させるため、支障なく通行させるよう命じる。

登場人物
島津忠恒(又八郎)、船頭半左衛門、中乗八十二人、加子十二人、てるま・かくせい三十四人、船改御奉行
宛先
船改御奉行中
キーワード
島津忠恒過所、島津忠恒、薩摩船、船頭半左衛門、中乗八十二人、加子十二人、てるま、かくせい、百二十九人、帰朝、船改御奉行、通行許可
前編2-No.1598記事確認度 高

殉國名藪

文明十七年の郡山川田城攻めをはじめ、各地の戦闘で討死した者をまとめた殉死者記事。町田盛久・忠重、厚地半左衛門尉、鮫坂左衛門二郎、寺田平七、木下彦太郎らについて、戦場と没日を対応させて列記し、島津方家臣の戦死記録を残す。

登場人物
町田六郎左衛門尉盛久、町田左京亮忠重、厚地半左衛門尉、鮫坂左衛門二郎、寺田平七、木下彦太郎
宛先
—
キーワード
殉國名藪、文明十七年、川田城、町田氏、厚地氏、鮫坂氏、寺田平七、木下彦太郎、討死
前編2-No.2165記事確認度 中

殉国名藪

享禄三年の諸合戦で、山口重昌・北郷忠眞・井上半左衛門らが戦死し、島津忠明が大口城攻めで戦死したことを月日別に記す。

登場人物
山口将監重昌、北郷忠眞、井上半左衛門、島津出羽守忠明
宛先
—
キーワード
殉国名藪、山口重昌、北郷忠眞、島津忠明、大口城、戦死、享禄三年
追録6-No.2114-1願書旧記雑録暫定版確認度 中

本家・物置の増築を代官所へ願い出る

品川領大井村にある島津家の抱屋敷について、既存の家屋に加えて本家十九坪、東に物置二棟、西に物置一棟を建てる作事を願い出る。別紙の絵図を示して許可を求めた八月二十二日付の文書で、松平薩摩守家来根元政右衛門の名がある。

登場人物
島津重豪、伊奈半左衛門、根元政右衛門
宛先
伊奈半左衛門代官所(願書の提出先)
キーワード
品川領大井村、大井抱屋敷、作事願、本家十九坪、物置三棟、絵図、伊奈半左衛門、根元政右衛門
追録6-No.1841記事旧記雑録暫定版確認度 高

母への孝養を尽くした永田半左衛門に銀五枚を与えた記事

府下士永田半左衛門は貧しい暮らしのなかで母を養い、蚊帳の代用、暑さ寒さへの備え、食事の用意に心を砕いた。母が病むと職務を辞して看病し、回復を祈った。十一月に有司がその孝行を報告し、銀五枚を与えて褒賞したと記す。褒賞の原単位は「銀五枚」であり、半左衛門の扶持高や母の氏名は本文にない。

登場人物
永田半左衛門、母、種子田恕兵衛
宛先
該当なし(記事)
キーワード
島津重豪、永田半左衛門、母、種子田恕兵衛、孝養、褒賞、銀五枚
追録8-No.741-2太守の帰国暇の書付交付を主殿へ報告する首尾書旧記雑録暫定版確認度 中

新納嘉藤二が小野半左衛門の出頭と太守帰国暇の書付受取を報じる

太守の国許への暇を命じられた件につき、非蔵人口からの呼出に出頭し、大原左馬頭から書付一通を渡されたので報告しておく旨を述べる。この用務を留守居附役勤小野半左衛門が勤めたことを、辰六月八日に新納嘉藤二が主殿へ知らせる。

登場人物
太守、非蔵人口、大原左馬頭、留守居附役勤小野半左衛門、新納嘉藤二、主殿様
宛先
主殿様
キーワード
原741の2書付一通太守国許御暇非蔵人口呼出大原左馬頭御渡小野半左衛門留守居附役新納嘉藤二辰六月八主殿右一通
追録6-No.2114-2その他文書旧記雑録暫定版確認度 中

敷地・家屋の坪数と増築計画を口上書で示す

島津家の品川領大井村抱屋敷について、惣地面一万八千四百六十八坪、囲い済み一万五千三百二十二坪、家坪四百四坪と示したうえで、本家十九坪の増築、東の物置二棟各二坪五合、西の物置一棟三坪五合を願う。絵図を添え、現場の見分と願いの取次ぎを求めた九月二日付の口上書。

登場人物
島津重豪、伊奈半左衛門、根元政右衛門、永井傅右衛門、渡辺忠四郎
宛先
伊奈半左衛門代官所関係者(永井・渡辺宛)
キーワード
品川領大井村、抱屋敷、口上書、敷地坪数、家坪四百四坪、本家十九坪、物置三棟、絵図、見分
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 798覚書・谷山衆出陣時の旗竿の先例旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

浜田半左衛門覚書

谷山衆が出陣する際、地頭が衆中を召し連れ諏訪方大明神で首途すること、召し連れた衆中が旧例・吉例であることを述べる。先年の島原一乱でも地頭代東郷長左衛門が衆中を召し連れた例を挙げ、旗竿を申し請けた事情を記す。丑三月二十四日、濱田半左衛門署名。

登場人物
濱田半左衛門 東郷長左衛門尉 谷山地頭・衆中
宛先
不詳
キーワード
谷山衆 出陣 首途 諏訪方大明神 旧例 吉例 地頭代 旗竿
追録6-No.662書状旧記雑録暫定版確認度 高

島津久金・樺山久智家老連署書状

浄岸院様の意向で於綾を太守様の御前様に立てたいとして、甘露寺家へ使者澁谷半左衛門を差し遣わした件を知らせる。半左衛門は去る二日に使いを務め、口上を申し上げて文を差し上げたところ、甘露寺家は委細承知し、満悦との返答を寄せた。双方の縁組願書は、当月二十六日以後晦日までの間にこちらが差し出す日取りを甘露寺家へ伝え、同日に提出してもらうとする。四月中の祝儀に関わる件も、願いだけでは禁裏の差支えにならず、堂上方一統の意向も整わないことはないと承知した旨を、京都留守居が江戸へ即夜の町便で知らせたと記す。於綾の道中・通路は甘露寺家の取計らいで行い、宿札や御前様としての通行に伴う仕向けは内談するよう求め、伏見から出る件を京都留守居に言い含めておく。願書提出の日取りはまだ江戸から来ず、甘露寺家の娘として通行するための関所手判を、先例に従って御諸司代から受ける必要もあるので、出立日程を直ちに決めがたいとする。それでも江戸から知らせたとおり近いうちに願書を差し出し、当地を出立する見込みで、返答を待っている旨を納得のために伝え、諸事が決まれば出立を知らせると結ぶ。三月十三日付、年は明和七年の朱注、樺山左京・島津左中の二署と喜入主馬殿・小松帯刀殿・川田伊織殿宛を備える。控の正文は家老座にあるという。

登場人物
樺山左京(久智)、島津左中(久金)、喜入主馬(久福)、小松帯刀(清香)、川田伊織(国福)、於綾、浄岸院様、太守様、甘露寺家、澁谷半左衛門、京都留守居、御諸司代
宛先
喜入主馬殿、小松帯刀殿、川田伊織殿
キーワード
於綾正室立替、澁谷半左衛門二日使者、甘露寺家承知満悦、双方願書同日提出予定、廿六日以後晦日まで日取、四月祝儀・禁裏、京都留守居即夜町便、宿札・伏見通行、諸司代関所手判、出立日程未確定
追録6-No.668書状旧記雑録暫定版確認度 高

島津久金・樺山久智家老連署書状

於綾を御前様に立てる件で、浄岸院様の使者澁谷半左衛門の勤めが済み、甘露寺家の返答一通が届いたことは先便のとおりとする。使いの際に直接返答があり、別紙写のとおりの請書を半左衛門へ渡したと記す。縁組願書提出や旅中の通路等は、細かなこともすべてこちらで取り計らう意向で、別紙の条書を渡して知らせる。於綾の京都からの出立に関し、表向きは甘露寺家の取計らいとなり、道中は甘露寺家の娘として通行したい旨があるため、伏見の横山権右衛門に言い含め内談したところ、意向どおり表向きは相手方の取計らいとするとの返答書が届いた。甘露寺家の娘として江戸へ下ることは決まったので、本日の便で二階堂源太夫へ知らせたと報告する。詳細は国元から源太夫へ知らせること、御守殿へは半左衛門が着いた際に申し上げる予定であることを記し、別紙四通を添えて御女中様方へ伝えるよう求める。三月二十七日付、年は明和七年の朱注、樺山左京・嶋津左中の二署と喜入主馬殿・小松帯刀殿・川田伊織殿宛を備える。控の正文は家老座にあるという。

登場人物
樺山左京(久智)、嶋津左中(久金)、喜入主馬(久福)、小松帯刀(清香)、川田伊織(国福)、於綾、浄岸院様、甘露寺家、澁谷半左衛門、横山権右衛門、二階堂源太夫、御守殿
宛先
喜入主馬殿、小松帯刀殿、川田伊織殿
キーワード
於綾正室立替、澁谷半左衛門勤方終了、甘露寺返答一通・請書、縁組願・道中条書、京都出立・甘露寺家娘として江戸下向、伏見横山権右衛門内談返答、二階堂源太夫本日便、御守殿報告予定、別紙四通
追録6-No.2162書状旧記雑録暫定版確認度 中

海辺新田の抱屋敷に長屋を建てた経緯と追願を説明する

伊奈半左衛門の代官所西葛西領海辺新田にある三万三千三百八十七坪の抱屋敷で、長屋四十坪五合の建築を四月に願い、そのうち十三坪を家作し二十七坪五合は当年建て終えたため、国許からの申付けを踏まえて届出と後続の作事を取り計らうよう説明する。辰正月十二日の追記は、堀田相模守家来西淳甫の敷地隣接地での長屋と門の建直しについて、先の許可と内申、見分依頼、御願不要とされた経緯、残坪数の建築後に再度取り計らう必要を述べる。

登場人物
島津久起、島津久健、二階堂主計、宮之原主膳、伊奈半左衛門忠尊、堀田相模守、西淳甫、柴源五右衛門、忠四郎、矢野清右衛門
宛先
御名家来柴源五右衛門(後半追記は留守居への説明)
キーワード
島津久起、島津久健、二階堂主計、宮之原主膳、伊奈半左衛門忠尊、堀田相模守、西淳甫、柴源五右衛門、忠四郎、矢野清右衛門、海辺新田、抱屋敷、西葛西、長屋、四十坪五合、十三坪、二十七坪五合、作事、届出、追願
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w6:511系図・系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

肝付弥八左衛門家系図

末吉の肝付弥八左衛門家系図。上世の出所は不明とし、肝付石見の実名も不詳とする。兼重(弥八左衛門)は肝付弥左衛門の次男で、八郎兵衛の養子となった。後裔の母方・婚姻を記し、別系の八郎兵衛は井之前半左衛門の次男から養子に入り、法号を教心善阿信士とする。

登場人物
肝付石見、兼重、弥八左衛門、八郎兵衛、井之前半左衛門
宛先
—
キーワード
肝付弥八左衛門家系図、末吉、肝付石見、兼重、弥八左衛門、肝付弥左衛門、八郎兵衛、井之前半左衛門、養子、教心善阿信士、婚姻
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID A:6-18文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某書状

田中藤次兵衛の交替人について相談し、不慣れな者では勤まらないとして長崎長右衛門と徳永半左衛門の起用を提案し、同意があれば申し渡すと伝えた九月十八日付の書状。追伸では、程村紙の紙漉き枠一つを川野長右衛門方から受け取れると知らせる。

登場人物
田中藤次兵衛、長崎長右衛門、徳永半左衛門、平田清右衛門、川野長右衛門
宛先
平田清右衛門
キーワード
田中藤次兵衛、長崎長右衛門、徳永半左衛門、平田清右衛門、川野長右衛門、人員交替、程村紙、紙漉き枠
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID A:6-37返答書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某返答書

田中藤次兵衛の役渡し後に亀の役を免じ、後任に徳永半左衛門を充てると指示する。御記録の外題は福昌寺内の長田という出家に書かせるよう命じた返答書。

登場人物
田中藤次兵衛、徳永半左衛門、長田、平田清右衛門
宛先
平田清右衛門
キーワード
田中藤次兵衛、徳永半左衛門、平田清右衛門、福昌寺、長田、御記録外題、役替、書写
追録7-No.2423覚書旧記雑録暫定版確認度 高

島津重豪覚書

島津重豪が、時刻と場所の記載に続き、奉文を拝領してから鷹部屋へ赴く経路を指示した覚書。翌日の吹上御鷹部屋で大野丹次・小野半左衛門へ挨拶し、途中の麻袴・高輪・表開披式臺を経て門内で待つよう記す。手明の村越守藏、鎌田覺右衛門、大野磯吉らの役割も署宛とともに残す。年次は天保二年の朱注、月日はない。

登場人物
松平榮翁(島津重豪)
宛先
大野丹次、小野半左衛門、村越守藏ほか
キーワード
島津重豪、奉文拝領、鷹部屋、吹上、大野丹次、小野半左衛門、村越守藏、鎌田覺右衛門、大野磯吉、使者経路
追録6-No.2114表紙・所在注旧記雑録暫定版確認度 中

品川領大井村の抱屋敷作事をめぐる四文書

品川領大井村の島津家抱屋敷で行う本家・物置の増築と、その許可申請・受領・後日の説明をまとめた一件。第一枝は八月二十二日の作事願い、第二枝は九月二日の建物・敷地を具体化した口上書、第三枝は名主からの受領返答、第四枝は九月七日から十一日にかけての許可・見分・近隣調整をめぐる経緯書である。

登場人物
島津重豪、根元政右衛門、渋谷五郎右衛門、伊奈半左衛門、渡辺忠四郎、名主貫蔵
宛先
各枝の宛先を参照
キーワード
大井屋敷、品川領大井村、抱屋敷、作事願、口上書、本家、物置、伊奈半左衛門、名主、渡辺忠四郎
追録6-No.2195-10書上旧記雑録暫定版確認度 中

三月六日の招請人七十二記載を席の区分別に列記する

将軍転任祝儀の招請人名を72件列記する。三月六日・御次第不同とし、大書院・表書院御取持・勝手之間・小書院・居間書院・居間・勝手の区分と各人の断注を記す。同名の再出を含む。掲載数は出席人数を表さない。

登場人物
松平左近将監、松平左京大夫、佐竹右京大夫、松平内蔵頭、松平安藝守、藤堂和泉守、有馬中務大輔、酒井雅楽頭、丹羽加賀守、松平出雲守、酒井修理大夫、松平左兵衛佐、稲葉能登守、毛利甲斐守、諏訪伊勢守、秋月佐渡守、本多豊後守、牧野兵部少輔、柳澤信濃守、立花丹後守、小笠原伊豫守、秋月山城守、酒井大学頭、永谷但馬守、林肥後守、土屋伊豫守、松平隠岐守、名取半左衛門、林百助、山口勘兵衛、守山八十郎、永井傳右衛門、鈴木清兵衛、諏訪部文九郎、長野善三郎、橘宗仙院、河野良以、桂川甫周、長谷川太郎兵衛、倉橋三左衛門、長田甚左衛門、酒依清左衛門、土方宇源太、篠山吉之助、原田順阿彌、平井専阿彌、石井栄阿彌、松平隠岐守、池原長仙院、松平伊豫守、松平左兵衛、河野仙寿院、山添熙春院、阿部備中守、奥平大膳大夫、鳥居播磨守、酒井相模守、水野壱岐守、松平靭負、橋本阿波守、青山但馬守、戸田五助、水谷彌十郎、橋本数馬、戸田久次郎、堀本一甫、田村元長、嶋津淡路守、嶋津式部少輔、嶋津又吉郎、深見久太夫、伊勢萬助
宛先
三月六日招請名簿(個別宛所なし)
キーワード
松平左近将監、松平左京大夫、佐竹右京大夫、松平内蔵頭、松平安藝守、藤堂和泉守、有馬中務大輔、酒井雅楽頭、丹羽加賀守、松平出雲守、酒井修理大夫、松平左兵衛佐、稲葉能登守、毛利甲斐守、諏訪伊勢守、秋月佐渡守、本多豊後守、牧野兵部少輔、柳澤信濃守、立花丹後守、小笠原伊豫守、秋月山城守、酒井大学頭、永谷但馬守、林肥後守、土屋伊豫守、松平隠岐守、名取半左衛門、林百助、山口勘兵衛、守山八十郎、永井傳右衛門、鈴木清兵衛、諏訪部文九郎、長野善三郎、橘宗仙院、河野良以、桂川甫周、長谷川太郎兵衛、倉橋三左衛門、長田甚左衛門、酒依清左衛門、土方宇源太、篠山吉之助、原田順阿彌、平井専阿彌、石井栄阿彌、松平隠岐守、池原長仙院、松平伊豫守、松平左兵衛、河野仙寿院、山添熙春院、阿部備中守、奥平大膳大夫、鳥居播磨守、酒井相模守、水野壱岐守、松平靭負、橋本阿波守、青山但馬守、戸田五助、水谷彌十郎、橋本数馬、戸田久次郎、堀本一甫、田村元長、嶋津淡路守、嶋津式部少輔、嶋津又吉郎、深見久太夫、伊勢萬助、将軍転任、右大臣、祝儀、招請、人名書、断注
追録5-No.2747保姫入輿祝宴次第旧記雑録暫定版確認度 高

保姫入輿并祝宴次第

保姫の婚礼当日、新奥の蘭之間・寝所・化粧之間などに掛物・立花・立松・棚飾りを設け、三之間で下輿した保姫を女中・年寄が化粧之間へ案内し、御待上臈が迎えて着座させる次第を定める。結熨斗と御愛敬の御守の受渡し、太守・新造・御待上臈の式三献を記し、盃は三献それぞれ三度、計九度上げ、熨斗・鶴の吸物・亀之甲五種・鴨羽盛などの献立と器を列挙する。新造から太守、太守から新造への盃を御待上臈が取り次ぎ、色直しの衣類を受け渡した後、太守を客居、新造を主居とし、三汁九菜の料理を出す。上臈・年寄・局・若年寄、刑部卿方の大崎、土岐五郎左衛門、新海半左衛門、随行女中や表の使者にも、それぞれ三献、雑煮、吸物、二汁五菜・二汁六菜・二汁三菜などを供する手順を示す。

登場人物
保姫(新造)・太守・御待上臈・年寄・局・若年寄・大崎・土岐五郎左衛門・新海半左衛門・女中・使者
宛先
記載なし(独立宛名なし)
キーワード
婚姻当日新奥床飾り三間下輿化粧間案内、結熨斗御愛敬守受渡、式三献九度献立器物、結酌夫婦盃色直、太守客居新造主居三汁九菜、女中年寄御用人使者配膳別次第、夫婦相互盃を待上臈取次
追録6-No.655書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津久金・樺山久智家老連署書状

於綾を御前様に立てたいとの浄岸院様の意向を太守様が承知した旨を先月十九日に江戸へ知らせたため、御守殿が京都への使者澁谷半左衛門を去る十三日に差し立て、甘露寺家へ申し上げる内容を別紙のとおり言い含め、さらに浄岸院様からの文をもって伝えることを記す。届出には及ばないとの指図があるので、甘露寺家が決着すれば直ちに江戸へ飛脚で知らせ、京都までの往復日数を考えて双方の縁組願書を同日に差し出す日程を整えるよう求める。於綾の国元出立は縁組許可の承知がなくても可能であるとの浄岸院様の意向があり、願書案文を見ても異存がなく、甘露寺家の返答後には御用番へ提出し、日限は京都と同日に出すのがよいとする。甘露寺家の返答と願書提出の日限を京都へ伝える件などを内用書付で申し上げ、去る十三日の極急飛脚で報告したところ、日取りを決め、甘露寺家の返答が来れば双方の願書提出を進めるよう命じられた。太守様は於綾出立につき御守殿の意向を承知しており、縁組の命令をまだ承知していないことを理由に出立できないということはないとする。願書を差し出す日取りが決まれば極急飛脚で同日江戸へ返答するよう求め、内用書付写、半左衛門へ渡した書付、京都留守居への書付、願書案文など都合七通を添えると記す。願書提出と日取りが決まった旨が来れば、滞りなく出立できるよう委細申し上げ、手当を整えるよう結ぶ。二月二十四日付、年は明和七年の朱注、樺山左京・島津左中の署注、喜入主馬殿・小松帯刀殿・川田伊織殿宛を備える。控の正文は家老座にあるという。

登場人物
島津左中(久金注)、樺山左京(久智注)、喜入主馬(久福注)、小松帯刀(清香注)、川田伊織(国福注)、於綾、浄岸院様、太守様、御守殿、澁谷半左衛門、甘露寺家、京都留守居、御用番右近将監
宛先
喜入主馬殿、小松帯刀殿、川田伊織殿
キーワード
於綾正室立替、浄岸太守御守殿意向、先月19江戸報知・13澁谷京都差立、甘露寺家返答、双方願書同日提出予定、用番提出・京都江戸急便、縁組許可承知前の出立、日取決定、書付願案等七通添付、手当、二署三宛
追録6-No.1566記事旧記雑録暫定版確認度 高

淨岸院七回忌の香奠銀を大家・儲后・御部屋から賜り福昌寺へ納めた記事

同年十月十日、大家と儲后が奏者井上河内守岑有を芝邸へ遣わし、淨岸院の香奠銀を賜ったと記す。小注では大家が銀三十枚、儲后が銀二十枚を与えたとし、この年の十二月五日が淨岸院の七回忌日なのでこの賜物があったと説明する。翌十一日には、儲后の生母津田氏、当時御部屋と称された者が、用人羽根半左衛門を使いとして香奠銀五枚を贈った。重豪は人にこれを持たせ、鹿児島の福昌寺へ納めさせた。十日・十一日の使者と贈り主、三十枚・二十枚・五枚、十二月五日の忌日、福昌寺への送納を分ける。銀の枚数を両に換えず、名代の御礼書二通という別の記載から拝領額を倍加しない。福昌寺へ納めた特定日は本文にない。

登場人物
重豪、大家、儲后、奏者井上河内守岑有、儲后生母津田氏(時に御部屋と称す原注)、用人羽根半左衛門、淨岸院
宛先
独立宛所記載なし
キーワード
十月10大家銀30枚儲后銀20枚井上使芝邸、11御部屋津田氏銀5枚羽根使、十二月5淨岸7忌・福昌寺納
追録6-No.1983達書旧記雑録暫定版確認度 高

薩摩守帰国の人馬・川の支障を防ぐ指示を宿々へ急送させる

松平薩摩守の帰国に際し、宿駅の人馬や川で支障がないよう、道中筋の御料・私領の宿々から薩州まで申し送ることを命じる触書。薩摩守は既に出立しているため昼夜を限らず急送して途中で追い越すよう取り計らい、各宿の請書を求める。天明三年卯九月九日付、半左衛門役所印、品川宿の問屋・年寄の記載を伴う。

登場人物
松平薩摩守、勘定方、半左衛門役所、品川宿問屋・年寄
宛先
道中筋御料・私領の宿々
キーワード
幕府触書、薩摩守、帰国、宿駅、人馬、川、御料、私領、薩州、昼夜急送、追越、請書、品川宿、九月九日
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 731日記・宿手当と軍需輸送旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

本田十左衛門日記

正月十五日九つ時に出水へ着き、翌日は米之津町人半左衛門の宿へ移ったと記す。叔父杢田清兵衛・伊地知金右衛門や肝煎酒匂吉右衛門の来着、喜入吉兵衛からの宿手当書状、弓・鉄砲・具足の名簿送付を記録する。飯米も十七日に届き、諸勢は十七・十八日までに出水へ集まり喜入の到着次第出船する予定で、日々城攻めの鉄砲音が激しく聞こえたと伝える。

登場人物
本田十左衛門 竹之内六介 半左衛門 杢田清兵衛 伊地知金右衛門 酒匂吉右衛門 佐土原氏 町田氏 喜入吉兵衛 礼権八 矢野八左衛門
宛先
なし(日記)
キーワード
本田十左衛門 出水 宿手当 弓 鉄砲 具足 飯米
追録5-No.2763高橋種寿・島津久郷(在国家老)連署申渡書旧記雑録暫定版確認度 要

高橋種寿・島津久郷連署申渡書

高橋種寿・島津久郷が十二月、二十一日に重豪と御前が一橋へ赴く三ツ目祝・里披の手配を申し渡す。玄関・書院・大奥での役人配置、太刀・目録の受渡し、刑部卿・民部卿・隼之助・鎌三郎との三献、保姫との対面、太守への三汁十菜、長袴・半上下等の服装と道筋・供廻りを定める。太守から刑部卿へ太刀一腰・馬代金一枚・縮緬十巻、民部卿へ太刀一腰・馬代金一枚・縮緬五巻、隼之助・鎌三郎へ各太刀一腰・馬代金一枚を進める。太守・御前別に家老・番頭・用人・女中らへの贈物を配し、御前から刑部卿へ縮緬三巻・鯛一箱、民部卿へ縮緬三巻・鯛一折・樽代千疋、女中三十一人への銀二十枚(朱十五枚)等を記し、帰館時の出迎え・祝詞も指示する。

登場人物
高橋縫殿(種寿)・島津主鈴(久郷)・太守(重豪)・御前(保姫)・刑部卿・民部卿・隼之助・鎌三郎・越前守・山澤小左衛門・田沼能登守・田中出羽守・高林彌兵衛・末吉善左衛門・石川孫太郎・小宮山利助・成田八右衛門・鈴木彦八郎・鈴木治左衛門・守山八十郎・細井幸次郎・加藤權左衛門・笹瀬助右衛門・本庄藏・新海半左衛門・土岐五郎左衛門
宛先
記載なし(婚姻祝儀の手配申渡し)
キーワード
十二月二十一日三ツ目祝御里披、太守御前一橋、三献太刀目録三汁十菜、服装供廻帰館祝詞、太守刑部縮緬十民部五隼鎌太刀馬代、御前刑部三巻鯛箱民部三巻鯛折千疋、女中三十一銀二十朱十五
追録6-No.2114-4報告書旧記雑録暫定版確認度 中

大井抱屋敷の造作をめぐる許可・見分・取次の経緯を記す

大井抱屋敷の本家・物置の造作について、根元政右衛門が九月七日付で、願書・絵図の取次ぎ、代官所の見分、隣接する抱屋敷との調整などの経緯を申し出る。未許可の新規作事や見分をめぐる懸念を記し、作事方に意向を確かめて改めて願い出る必要を述べる。続く渋谷五郎右衛門の九月十一日付申出は、屋敷方・代官所・取次役の間で作事と見分の進め方を調整した事情を記す。

登場人物
根元政右衛門、渋谷五郎右衛門、渡辺忠四郎、鵜殿新三郎、永井傅右衛門、伊奈半左衛門
宛先
代官所・家老座関係者(文中の取次先)
キーワード
大井抱屋敷、作事、増築、願書、絵図、見分、代官所、近隣調整、根元政右衛門、渋谷五郎右衛門、渡辺忠四郎
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 780覚書・人躰と小者の氏名帳旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

某覚書

蒲生有馬氏に正文が所在する覚書。谷口助右衛門らの氏名を三段組で列記し、随所に下人の名前や本人名の訂正・異記を添える。末尾の合計は人躰八十人、小者四十九人。文書独自の日付・宛先・作成者は記されず、名簿の対象集団や出陣先は、この覚書単独からは断定しない。旧切り抜きで774~782へ分散していた名簿を、本文の連続する三つの全高切片に復元した。

登場人物
蒲生有馬氏 谷口助右衛門(六左衛門) 相良古右衛門 元野大学介 赤塚主水佑 赤塚源太左衛門 酒匂彦左衛門 野村与右衛門 野村新兵衛(喜右衛門) 小山田対馬守 同名壱岐守 松田早兵衛 竹之内二郎兵衛 川崎杢之允 山下金兵衛 谷山諸右衛門 田代治部左衛門 黒江次郎介 同名五兵衛 酒匂吉右衛門 緒方対馬介 小田真左衛門 山下金兵衛 長田辰兵衛 持原才藤 同名助六 嶺崎弥右衛門 山本喜左衛門 海老原甚介 村田五右衛門 馬渡四郎兵衛 野添右近将 大脇佐渡守 石塚二介 松下源五左衛門 連続坊 野村九右衛門 吉元善二郎 帖佐軍八 金子織部介 梶原宇右衛門 長野勝左衛門 桑幡六右衛門 朝隈半左衛門 高木藤左衛門 市来方左衛門 三光院 海江田加兵衛 長谷川少作 同名七左衛門 金丸乗兵衛 福崎半兵衛 松下源介 和田孫兵衛 家村佐右衛門 長野助左衛門 北村舎人佑 黒木神左衛門 池田源左衛門 田中為左衛門(甚右衛門) 川内盛右衛門 指宿盛左衛門 湯田平右衛門 帆足舎人佐 厚地為右衛門 大光坊 吉留藤内 草野千左衛門 高野六左衛門 福崎新兵衛 木原郷右衛門 楠元次右衛門 蘭牟田平兵衛 北原半三郎 大山右近将 長谷場孫右衛門(五郎左衛門) 池田主馬 有村二郎太郎 山田孫八 上原十兵衛 帖佐軍八 有村市左衛門 川原林彦右衛門 新穂五兵衛 西郷主水 ほか各人の下人
宛先
なし(名簿)
キーワード
某覚書 蒲生有馬氏 氏名帳 人躰八十 小者四十九 下人 名の異記 三段組
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w02:23受取写旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

満尾堅介外二名連署受取写

加久藤地頭狩夫二百人分の前年冬の代銭として銭拾貫文を受け取ったことを、満尾堅介ら三名が竹内権左衛門へ示す八月四日付受取写。

登場人物
満尾堅介、大山九郎兵衛、川村半左衛門、竹内権左衛門、加久藤地頭狩夫
宛先
竹内権左衛門
キーワード
加久藤、地頭狩夫、二百人、銭拾貫文、受取
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID A:6-42文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

平田純正伺書

万治三年正月三日夜の火事に際し、徳永半左衛門、御記録方細工人の慶覚坊、市後崎長右衛門、宮越新兵衛らが御記録所を見回った。平田清右衛門は、後日のために彼らの労をねぎらうべきか伺う。

登場人物
平田純正、徳永半、市後崎長、子正月三日平田清
宛先
御記録所、之条彼衆
キーワード
平田純正伺書、記録・文書管理、災害・普請
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID C:92文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

満尾堅介外二名連署受取

寛永二十一年八月四日付、加久藤の行司竹内権左衛門尉宛ての受取写。加久藤地頭の前年冬の狩夫代銭について、二百人分に当たる納入分を山奉行が引き付けたことを記す。川村半左衛門尉・大山九郎兵衛・満尾堅介の名がある。

登場人物
満尾堅介外二名、川村半、竹内権左衛門尉
宛先
竹内権左衛門尉
キーワード
満尾堅介外二名連署受取、領地・地頭職、役職・人事、目録・所蔵