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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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65 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-G000136系譜記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

管理表題:重永譜中記事:○光久公賜花押之簡牘

光久公が花押のある簡牘を賜ったと記す。書状は丁寧で、左方にその内容を載せるという。

登場人物
光久公
宛先
—
キーワード
系譜記事、簡牘
後編4-No.1372記事確認度 高

島津忠朗譜(光久公御譜中)

「光久公御譜中」に、島津忠朗(初名忠平、忠明、又八郎、兵庫)が元和二年十一月七日に誕生し、母は家臣鎌田政重の娘、延宝四年二月十六日に没したことなどを記す。島津光久本人の出生記事ではない。

登場人物
島津忠朗(初忠平・忠明・又八郎・兵庫)、鎌田政重女
宛先
—
キーワード
光久公御譜中、島津忠朗、初忠平、忠明、又八郎、兵庫、誕生、鎌田政重女、元和二年十一月七日、延宝四年二月十六日、系譜
後編4-No.1645記事確認度 高

島津家久女子系譜記事(光久公御譜中)

「光久公御譜中」の系譜に、光久・忠朗・久直と並ぶ女子について、元和五年十月二十日に誕生し、母は家臣鎌田政重の娘、寛永十一年八月十八日に十六歳で早世したと記す。島津光久本人の出生記事ではない。

登場人物
島津家久(忠恒)、島津光久、島津忠朗、島津久直、女子(姓名未詳)、鎌田政重女
宛先
—
キーワード
光久公御譜中、島津家久、島津光久、島津忠朗、島津久直、女子、鎌田政重女、元和五年十月二十日、寛永十一年八月十八日、系譜
追録1-No.475文書旧記雑録暫定版確認度 高

松平信綱外二名、大猷院三回忌軽罪人赦免連署奉書(光久公御譜)

大猷院三回忌に際し、諸国の在々所々で大科以外の軽罪人を放免するよう命じた連署奉書を光久公御譜中に収める。

登場人物
松平信綱・松平乗寿・阿部忠秋
宛先
松平大隅守(島津光久)
キーワード
大猷院、三回忌、軽罪人、赦免、大科、光久公御譜、幕府老中
追録6-No.610証状旧記雑録暫定版確認度 中

樺山久智証状

大龍寺の文書十通の写に関する証状で、白木御文書五番箱にある覚写として掲げる。列挙するのは、将軍義稙公の延徳三年二月二十二日付公文一通、将軍義澄公の文亀二年十一月二十日・同年十二月二十一日付公文二通、将軍義昭公の天正六年八月十六日・同年十月十七日付公文二通、家久公の寛永六年四月八日・同年四月二十二日付公文二通、光久公の慶安三年閏十月五日付公文二通、および貞享三年九月十日付公文一通である。これら大龍寺の文書が失われたため、写の作成を願い出たことについて、島津久金・亡菱刈實詮の相談を経て申し上げ、御記録所で臨写するよう命じられたので、後代まで格護すべき旨を伝える。明和六年丑十一月二十八日付、樺山左京久智の判、大龍寺宛を備える。付記は、包書に朱で四十八・大龍寺格護の文書とあること、同年十一月二十八日に左京から後年の見合せのため御記録所へ渡し置く旨で渡され、東郷次太夫が承知して納め置いたことを記す。

登場人物
樺山左京久智(判)、島津左中久金、亡菱刈藤馬實詮、東郷次太夫、将軍義稙公、将軍義澄公、将軍義昭公、家久公、光久公
宛先
大龍寺
キーワード
大龍寺文書十通、義稙一通・義澄二通・義昭二通・家久二通・光久三通、文書伝失、写作成願、御記録所臨写命令、後代格護、樺山久智判、大龍寺宛、包書朱四十八、東郷次太夫受領納置
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-G000134系譜記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

管理表題:重永譜中記事:○同十八年…高駕於重永之廢府宅

太守大隅守光久公が重永の廃府の宅へ来駕し、島津豊前久賀が御伴した際、光久が七絶を賦し、久賀・忠張・重位・正貞・重將らも佳作を作ったと記す。 重永も和歌を詠み譜端に掲げたと述べ、左方に作品を載せる。短冊に記された名について小字注がある。

登場人物
太守大隅守光久公、重永、島津豐前久賀、忠張、重位、正貞、重將
宛先
—
キーワード
系譜記事、来駕、詠歌
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-G000135系譜記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

管理表題:重永譜中記事:○同十九年…為八番組頭役

光久公の命により八番組頭役となったと記す。

登場人物
光久公
宛先
—
キーワード
系譜記事、八番組頭役
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 562-4記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知重利書状

編者は、権左衛門が寛永十五年に二十二歳で光久の江戸供を勤め、同十七年の年頭使、同十九年三月の上屋敷普請奉行などを務めた経歴を挙げる。正保二年の制度改定後も三十四石で百石・二百石・三百石以上の者に準じる御賦を受けたのは、先祖の光というより、高役に召し仕われた人材を重んじた当時の運用によるものではないかと考証する。目録は延宝六年四月二十八日付伊地知重利書状とするが、本文は日付・署名のない編者記事である。

登場人物
同姓権左衛門重昶、光久公
宛先
—
キーワード
目録延宝六年四月廿八日、目録標題と本文相違、編者記事、権左衛門、光久、江戸供、年頭使、上屋敷普請奉行、三十四石、御賦、高役、人材重視
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 563記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津久通外二名連署廻状

『御役元基』から、正保二年二月に光久が久慶へ、国内のキリシタンを油断なく探索し、唐船・キリシタン対応は弾正ら老中と相談して入港時に十人衆を派遣し、手筈違いは久慶一人の越度になると命じた部分を引く。続けて、寛永十九年十二月に城下士を十二組へ分け、正保三年に六組へ改めたこと、家老組は別に置かれ城近辺の士を組み入れたことを記す。目録は正保二年三月十七日付島津久通外二名連署廻状とするが、本文は複数時点を扱う記事である。

登場人物
光久公、島津久慶、弾正、老中
宛先
—
キーワード
目録正保二年三月十七日、目録標題と本文相違、御役元基、正保二年二月、光久、久慶、キリシタン探索、唐船、弾正、十人衆、寛永十九年十二月、城下士十二組、正保三年六組、家老組
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID C:116-5覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

伊地知季安覚書

季安の行間考証。万治四年の谷山御狩を見物した琉球の中城主を尚貞とし、その渡航・光久への謁見の経緯を記す。また、随行の津崎久左衛門の経歴を調べ、整然とした大人数の狩りを兵法の実地例として賞したという古老の伝承を紹介する。庭園造成に関する伝聞も付す。

登場人物
伊地知季安、光久公綱久、光久、綱久、一番頭樺山長門、岩切六、越清、平山八
宛先
一番頭樺山長門
キーワード
伊地知季安覚書、琉球関係、外交・使者、江戸
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:14記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

諸家旧記

島津運久が日新を養子に迎えたことから説き起こす一族の由緒。後に生まれた実子とその子孫の家督・奉公の経緯、所領を離れて諸国を転々とし、播磨国に移った家系を述べる。

登場人物
諸家旧、一嶋津運久白新、日新、大猷院、光久、飛候、清水源、浪人岩山半兵衛妹御奉
宛先
一嶋津運久白新、日新、之家臣後藤何某所、大猷院、甲州恵林寺、山門、者不居曲目一而京都、清水、而龍雲琉球、陽和院様御娘、智性院、平女中之、一家久公御子式部太輔殿在、而式部殴所、其後圧内、其時奥方、光久公、肥後休右衛門後室、而西田町、後江戸
キーワード
諸家旧記、寺社・宗教、琉球関係、朝鮮出兵、琉球、朝鮮、江戸、京都、肥後、豊後、志布志、清水
追録1-No.1812記事旧記雑録暫定版確認度 中

天和改元記事(光久公御譜中)

光久公御譜中に、延宝九年九月二十一日に年号を天和元年へ改めたと記す記事。編者は本文間で月日の異同があるとして疑義を付す。

登場人物
島津光久
宛先
—
キーワード
島津光久、延宝九年、天和元年、九月二十一日、改元、日付異同、編者注、記事
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W16_77帳抜書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

光久公の御上洛・参府と家老衆往来記録

正保四年から寛文十二年まで、光久公の御上洛・御参府、出船、家老衆の往来を月日順に列記する。

登場人物
島津光久、家老衆
宛先
島津光久・家老衆
キーワード
島津光久・御上洛・参府・正保4年・寛文12年
後編6-No.26文書確認度 高

島津光久公帖

島津光久が聖護院門跡の許可に基づき、薩摩・大隅・日向諸県郡の年行事職を飯隈山仙光坊へ安堵した公帖。毎年の大峯修行を中断せず、島津家のための祈念を丹精に勤めるよう命じている。

登場人物
島津光久、飯隈山仙光坊、聖護院門跡
宛先
飯隈山仙光坊
キーワード
島津光久、飯隈山仙光坊、聖護院門跡、年行事職、薩摩、大隅、日向、大峯修行、祈念、公帖
追録1-No.350-1補任状旧記雑録暫定版確認度 高

島津光久公帖(正興寺住持職)

島津光久が、大隅国正興寺の住持職について、先例どおり職務を執行するよう命じた補任状。

登場人物
島津光久
宛先
正興寺
キーワード
島津光久、正興寺、大隅国、住持職、補任
追録1-No.350-2補任状旧記雑録暫定版確認度 高

島津光久公帖(建長寺住持職)

建長寺の住持職について、先例どおり執務するよう守栄西堂へ命じた島津光久の補任状。

登場人物
島津光久
宛先
守栄西堂
キーワード
島津光久、建長寺、守栄西堂、住持職、補任
追録1-No.678公帖旧記雑録暫定版確認度 高

島津光久公帖

島津光久が柴喜西堂へ、正興寺の住持職について先例どおり執務するよう命じた公帖。

登場人物
島津光久、柴喜西堂
宛先
柴喜西堂
キーワード
島津光久、柴喜西堂、正興寺、住持職、公帖、任命
追録1-No.1463公帖旧記雑録暫定版確認度 高

島津光久公帖

島津光久が守芳西堂へ、正興寺の住持職を先例のとおり務めるよう命じた公帖。

登場人物
島津光久、守芳西堂
宛先
守芳西堂
キーワード
島津光久、守芳西堂、正興寺、住持職、先例、公帖
追録1-No.1822記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴、琉球使者を伴い参府す(光久公御譜中)

島津綱貴が天和二年正月六日に鹿児島を発ち、中山王尚貞が将軍綱吉の就任を祝うため派遣した名護按司ら琉球使節を伴って参府し、江戸城での拝謁・献上、帰路までを取り計らった記事。

登場人物
島津綱貴、島津光久、尚貞、名護按司、北郷忠昭、徳川綱吉
宛先
—
キーワード
島津綱貴、島津光久、尚貞、名護按司、北郷忠昭、徳川綱吉、琉球使節、将軍就任、慶賀、参府、拝謁、献上
後編5-No.1005文書確認度 低

島津光久書状

「光久公御譜中」の記事。前年冬に父・島津家久が病臥した際、光久は江戸にいて見舞えなかった。寛永十四年二月、家久は平田盛右衛門純正を介し、島津家伝来の愛染明王像・摩利支天像・鷹之巣の御刀・鳥利作の太刀・光忠作の腰刀を光久へ譲った。愛染明王像は弘法大師作で「谷渡愛染」と呼ばれ、源頼朝が所持したのち信濃深草山の光忍を経て家久へ伝来したと記す。本文は宛所・署名のない譜記事であり、索引の「文書・島津光久書状」と形式が相違する。

登場人物
島津光久、島津家久、平田盛右衛門純正、弘法大師、源頼朝、光忍
宛先
—(譜記事・宛所なし)
キーワード
島津光久、島津家久、平田盛右衛門純正、光久公御譜中、譜記事、江戸、病臥、愛染明王、摩利支天、谷渡愛染、鷹之巣の御刀、鳥利作太刀、光忠作腰刀、弘法大師、源頼朝、信濃深草山、光忍、家宝、譲渡、索引形式相違、寛永十四年二月
後編6-No.16文書確認度 高

島津久元・伊勢貞昌連署書状

出典見出し「御文庫拾九番箱中」「光久公御譜中三在り」の連署書状。島津久元(下野守)と伊勢貞昌(伊勢兵部少輔)が国元重臣へ、相良某に与えられていた米之津の屋敷の処置について協議を求めた。相良の上洛時に設けられた屋敷について、返還または預置の可否、屋敷守・商人の往来・隠し置かれた物品、国元と江戸双方の用向きを検討し、相良へ問い合わせたうえで返答するよう求めている。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、相良某、三原左衛門、鎌田出雲、山田民部少、川上将監(川上久国)、弾正大弼
宛先
三原左衛門様・鎌田出雲様・山田民部少様・川上将監様(川上久国)・弾正大弼様参人々御中
キーワード
御文庫拾九番箱中、光久公御譜中三在り、島津久元、下野守、伊勢貞昌、伊勢兵部少輔、相良、米之津、屋敷、屋敷守、商人往来、江戸、返還、預置、三原左衛門、鎌田出雲、山田民部少、川上将監、川上久国、弾正大弼、寛永十六年三月十二日
後編6-No.46文書確認度 高

細川忠利書状

出典見出し「御文庫拾九番箱三拾九巻中」「光久公御譜中二在り」の細川忠利書状。細川忠利(越中守)が島津光久へ、八月十一日の江戸城本丸火災で天守だけが残り、将軍が西の丸へ移ったこと、下々の者まで無事であることを知らせた。進物等について申し入れたので、早々に使者を下して礼を述べるよう伝えている。

登場人物
細川忠利、徳川家光、島津光久
宛先
松さつま様人々中(島津光久)
キーワード
御文庫拾九番箱三拾九巻中、光久公御譜中二在り、細川忠利、越中守、徳川家光、島津光久、松さつま様、江戸城、本丸火災、天守、西の丸、無事、進物、使者、返礼、寛永十六年八月十二日
後編6-No.47文書確認度 高

島津久元書状

出典見出し「御文庫拾九番箱三拾四巻中」「光久公御譜中二在り」の島津久元書状。島津久元(下野守)が国元重臣へ、江戸城本丸火災の焼失範囲、将軍の西の丸移動、姫君らの避難と無事を報告した。松平伊豆守・松平薩摩守の留守居衆らと、火災見舞いの登城・御目見や進物を相談し、御成蔵の品や材木などの候補を検討して国元の意向を求めている。

登場人物
島津久元、松平河内守、松平筑前守、松平伊豆守、島津光久、深栖九郎右衛門尉
宛先
三原左衛門佐様・鎌田治部少輔様・山田民部少輔様・伊勢兵部少輔様・川上因幡守様・弾正大弼様参人々御中
キーワード
御文庫拾九番箱三拾四巻中、光久公御譜中二在り、島津久元、下野守、松平河内守、松平筑前守、松平伊豆守、島津光久、松平薩摩守、深栖九郎右衛門尉、江戸城、本丸火災、西の丸、姫君、火災見舞い、進物、御成蔵、材木、三原左衛門佐、鎌田治部少輔、山田民部少輔、伊勢兵部少輔、川上因幡守、弾正大弼、寛永十六年八月十二日
後編6-No.449文書確認度 高

松平信綱外二名連署書状

松平信綱・阿部忠秋・阿部重次の連署書状。「御文庫拾二番箱中」に収められ、「光久公御譜中二在り」と注記される。翌日の四つ時ごろに登城するよう上意があったので、その旨を承知するよう島津光久へ伝える。

登場人物
松平信綱、阿部忠秋、阿部重次、島津光久
宛先
松平薩摩守(島津光久)
キーワード
松平信綱、阿部忠秋、阿部重次、島津光久、松平薩摩守、登城、四つ時、上意、連署書状、御文庫拾二番箱中、光久公御譜中、正保元年十二月二十二日
後編6-No.451文書確認度 高

徳川家光御内書

出典見出し「光久公御譜中」の徳川家光御内書。歳暮の佳慶として島津光久(薩摩侍従)から小袖五重が届いたことを喜び、詳細は酒井讃岐守(酒井忠勝)から伝えるとした返礼。

登場人物
徳川家光、島津光久、酒井忠勝
宛先
島津光久
キーワード
光久公御譜中、徳川家光、島津光久、薩摩侍従、酒井忠勝、酒井讃岐守、歳暮、佳慶、小袖五重、進物、返礼、御内書、正保元年十二月二十七日
追録1-No.913内意書旧記雑録暫定版確認度 中

島津光久内意書

光久公御譜中の仰出写二条。十二月十六日、島津図書(久通注)・町田勘解由(久則注)・鎌田源左衛門(政有注)に鷹を赦免し、場をさい原・柴原・谷山と定める。同月十七日、鷹野御免の衆に札三を渡し、首尾よく取り計らうよう命じ、但書で鷹犬まで免ずる。末尾十二月二十一日付で伊勢兵部が島津図書へ二条を伝える。

登場人物
島津光久、島津久通、町田勘解由、鎌田源左衛門、伊勢兵部
宛先
島津図書(島津久通)殿
キーワード
光久公御譜、島津図書、町田勘解由、鎌田源左衛門、伊勢兵部、鷹赦免、さい原、柴原、谷山、十二月十六日、十七日、廿一日、札三、鷹犬
追録1-No.932記事旧記雑録暫定版確認度 高

寛文改元

『光久公御譜中』が、万治四年四月二十五日に元号を寛文へ改めたと記す記事。

登場人物
島津光久
宛先
—
キーワード
島津光久、万治四年四月二十五日、寛文、改元、光久公御譜中、記事
追録1-No.1107書上旧記雑録暫定版確認度 高

琉球諸島名書上

光久公御譜中に琉球関係の島名を列挙した書上。大嶋・鬼界嶋・土久嶋・永良部嶋・与論嶋などから、本琉球と注記された沖縄、久米嶋・宮古嶋・八重山嶋まで続き、読みの傍訓や伊平屋等の注記を付す。土久嶋には徳之島、本ママの注がある。末尾に寛文五年閏五月廿三日と記す。

登場人物
島津光久
宛先
—
キーワード
光久公御譜、琉球諸島、島名一覧、読み傍訓、大嶋、鬼界嶋、土久嶋、徳之島本ママ、永良部嶋、与論嶋、本琉球、沖縄、久米嶋、宮古嶋、八重山嶋、閏五月廿三日
追録2-No.384記事旧記雑録暫定版確認度 高

市来久雄鹿屋地頭職補任記事

久雄が元禄十二年三月二十七日に鹿屋地頭職へ補任されたことを記す記事。出典は市太夫久雄譜中で、傍注に此久雄光久公ノ二十男ナリとある。光久を名乗ったとする記事ではなく、久雄を書状宛先として扱わない。

登場人物
久雄(出典:市太夫久雄譜中)、光久(系譜傍注)
宛先
—
キーワード
久雄、市太夫久雄譜中、元禄十二年三月二十七日、鹿屋地頭職、補任、光久公ノ二十男、系譜傍注、旧二男訂正
追録1-No.2083書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津光久書状

中将がちよつる・とよ松方へ、消息を披見し、自身の願いどおり隠居を命じられ、家督を薩摩へ仰せ付けられたことを喜ぶ。諸衆に示して念を入れたことに謝し、こちらの一門も心安くしていると伝える。追書では、隠居の上で首尾よく暇を得て今日当地を発ち、やがて無事に下った後に詳しく伝えると述べる。

登場人物
島津光久、中将、ちよつる、とよ松
宛先
ちよつる・とよ松方
キーワード
中将、光久公御譜、ちよつる、とよ松、返書、願通隠居、家督薩摩へ、諸衆、一門安堵、暇、今日出立、追書
追録1-No.216記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久、家光・家綱に樽肴を献す

国元にいた光久が、家綱の初めての御中剃を聞き、使者を急派して樽肴を進献し、将軍家・大納言家を祝賀したという光久公譜の記事。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
光久、家綱、御中剃、将軍家、大納言家、樽肴、使者、祝賀
追録1-No.227記事旧記雑録暫定版確認度 中

光久、御鷹の雲雀を拝領す

慶安元年七月三日、上使大久保平四郎忠興を介し、恩賜の御鷹が捕らえた雲雀を光久が謹んで拝受し、高城に登って奉謝したという光久公譜の記事。

登場人物
光久、大久保平四郎忠興
宛先
—
キーワード
光久、大久保平四郎忠興、上使、御鷹所執之雲雀、雲雀、拝受、高城、奉謝
追録1-No.241記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久、犬追物を張行す

九月二十六日、光久が犬追物を張行し、自らも射たという光久公譜の記事。代始めの犬追物であり、当家では家督を相続すると張行する旧例であると説明する。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
光久、犬追物、九月二十六日、代始、家督相続、旧例
追録1-No.254記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久、御鷹の鶴を拝領す

光久公御譜中に、同年十一月十三日、家光公から御鷹之鶴一を恵まれ、執政が書を添えて駅路で薩府へ贈ったと記す。光久は恭しく拝戴し、鎌田又七郎政由を江府へ急派して謝礼した。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
島津光久、徳川家光、御鷹、鶴、鎌田政由、拝領、江戸
追録1-No.304記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津氏国絵図を献ず

光久公御譜中に、幕府の命による薩摩・大隅・日向・琉球の領国絵図を諸家で取りまとめ、慶安二年十一月十五日に奉行井上筑後守政清へ献上したと記す。さらに同年十二月六日、家光が下曽根三十郎信由を通じて御鷹所撃の鶴一双を恵んだとの付記がある。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
光久、領国絵図、井上政清、薩摩、大隅、日向、琉球、慶安二年十一月十五日献上、十二月六日、家光、下曽根三十郎信由、御鷹所撃、鶴一双
追録1-No.337記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久、家綱の西丸移徙を賀す

慶安三年九月二十日、家綱が西丸へ移ったことを記す光久公譜の記事。光久は家光に籠三十間と肴三種・樽三荷を進め、家綱に太刀一腰・馬代黄金十両を献じて祝賀した。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
光久、家光、家綱、西丸移徙、籠三十間、肴三種、樽三荷、太刀一腰、馬代黄金十両
追録1-No.446記事旧記雑録暫定版確認度 高

慶安から承応への改元記事

慶安五年九月二十八日に年号を慶安から承応元年へ改めたことを島津光久公御譜中に記す。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
慶安五年、承応元年、改元、九月二十八日、島津光久御譜
追録1-No.463記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津光久、御鷹の鶴拝領記事

光久公御譜中に、承応二年二月二十一日、御鷹之鶴一隻が給され、執政が奉書を添えて駅路で薩州へ送ったと記す。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
島津光久、御鷹、鶴、拝領、幕府執政、奉書、駅路
追録1-No.492記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久御鷹ノ鶴拝領ス

光久公御譜中に、同年十一月十八日、御鷹が撃った鶴一隻を拝領し、斎藤佐源太が上使を務めたと記す。

登場人物
島津光久、斎藤佐源太
宛先
—
キーワード
島津光久、御鷹所撃之鶴、鶴一隻、拝領、斎藤佐源太、上使
追録1-No.526記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久御鷹ノ鶴拝領ス

光久公御譜中に、同年十二月十二日、奉書により御鷹之鶴一が給され、駅路で薩州へ送られたと記す。光久は家臣佐多又四郎久孝を使者にして謝し、肴一種を献上した。

登場人物
島津光久、佐多久孝
宛先
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キーワード
島津光久、佐多久孝、御鷹、鶴一〈単位なし〉、駅路、謝礼使、肴一種
追録1-No.554記事旧記雑録暫定版確認度 高

卜部兼起答状句解

光久公御譜中の句解として、前条の氏瀬を龍神であろうと説明し、贖物による罪の償い、悪神をスサノヲノミコトの類とする解釈、社頭に書物などを納めて祈念する啓白、鎮札、毎月の祭を注解する。毎月の祭は各人の分限に従い油断なく行う意味とする。

登場人物
光久、龍神、スサノヲノミコト
宛先
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キーワード
卜部兼起答状、句解、氏瀬、龍神、贖物、悪神、スサノヲノミコト、啓白、鎮札、毎月祭
追録1-No.688記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久参勤途上ニ帰国ヲ許サル

光久公御譜中に、明暦三年正月十九日の江戸新鷹匠町からの火災が強風で城本丸へ及び、光久の屋敷も池魚之災に罹ったと記す。同年二月一日に参勤のため鹿児島を出て日州を進んでいた光久へ、参勤は六月・七月頃まで延期し、既に出発していても城へ戻るよう奉書が届き、帰城した。

登場人物
島津光久、徳川家綱
宛先
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キーワード
明暦三年正月十九日、江戸新鷹匠町、本丸炎上、光久邸類焼、池魚之災、比喩、二月一日参勤出発、日州、六月七月延期、帰城
追録1-No.730記事旧記雑録暫定版確認度 中

光久江戸城修復ノ材木ヲ進献ス

光久公譜中の記事。明暦三年、江戸城修復に用いる材木の目録を高城経営が執政へ願い、同年七月朔日の奉書で認められたとする。そのため翌年に杉戸・大坂(板カの刊本注)・樟板・松挽物を進献したと記す。

登場人物
島津光久、高城経営
宛先
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キーワード
光久、高城経営、材木目録、執政、奉書、許可、翌年進献、杉戸、樟板、松挽物
追録1-No.754記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久参勤ス

光久公譜中の記事。十月六日に居城を発し薩摩西岸から乗船して大坂を経由、十二月十日に江府へ到着し、新納久詮・鎌田政昭らが供した。上使松平信綱が迎え、翌十一日登城で太刀一腰・馬一匹(黄金四十両注)・時服十二を献上したと記す。例年の進上物として太刀一腰、馬代銀百両、猩々皮十間、羅紗十間を挙げるが、当年は江戸大火のため減免され家老が再拝したとする。

登場人物
光久、新納久詮、鎌田政昭、松平信綱
宛先
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キーワード
光久、参勤、大坂、江府、登城、御馬一匹、馬代銀百両、猩々皮十間、時服十二、減免
追録1-No.810記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久御鷹ノ鶴拝領ス

光久公御譜中に、同年閏十二月十九日、御鷹が撃った鶴一を恩賜され、執政が奉書で伝えたと記す。使者を馳せて恩に謝し、肴一種を献上した。

登場人物
島津光久、幕府執政、使者
宛先
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キーワード
島津光久、御鷹、鶴、拝領、執政、奉書、使者、謝礼、御肴一種
追録1-No.904記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久御鷹ノ鶴拝領ス

光久公御譜中に、同年十一月七日、御鷹が捉えた鶴一を拝賜し、執政が奉書で贈ったと記す。光久は使者を走らせて謝礼し、肴一種を献上した。

登場人物
島津光久、徳川家綱、執政
宛先
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キーワード
島津光久、徳川家綱、執政、十一月七日、御鷹、鶴一〈単位なし〉、拝領、奉書、謝礼使者、肴一種、献上、記事
追録1-No.966記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久帰国ス

光久公御譜中の記事。同年(前条から寛文二年)の四月十八日、上使が来て告げ、光久は「御給」百・白銀千枚・御馬一匹を拝戴する。五月二十五日に江戸を発し、驛路と渡海を経て七月十九日に鹿府へ到着し、家老島津中務久茂・島津筑前久頼が随行する。この折も種子島三郎次郎久時を東武へ派遣して賜暇の恩を謝し、羅紗五間・御樽肴を進める。久時の謁見・賜暇と家綱公からの例の受賜にも触れる。

登場人物
島津光久、島津中務久茂、島津筑前久頼、種子島三郎次郎久時、徳川家綱
宛先
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キーワード
光久、「御給」百、白銀千枚、御馬一匹、四月十八日、五月二十五日、七月十九日、江戸、驛路、渡海、鹿府、中務久茂、筑前久頼、種子島久時、東武、羅紗五間、樽肴、家綱
追録1-No.1030記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津光久御鷹の鶴拝領記事

光久公御譜中に、同年十月十三日、御鷹之鶴一隻を賜り、執政の奉書で通知され薩州へ送られたと記す。光久が使者を馳せて謝し、鰹節一匣を献上した。

登場人物
島津光久、幕府執政
宛先
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キーワード
島津光久、御鷹、鶴一隻、拝領、幕府執政、奉書、薩摩、使者、謝礼、献上、鰹節一匣、刊本欠字