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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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62 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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追録3-No.1344文書旧記雑録暫定版確認度 中

松平大隅守申渡書(御太刀献上儀礼と受渡手順)

松平大隅守が佐久間九右衛門へ、年頭の御太刀献上に伴う登城・御礼・使者の手順を指示する。御太刀口上書、使者の取次、正月二日の受渡しと返答の扱いを細かく定める。

登場人物
松平大隅守、佐久間九右衛門、戸田山城守、小林又兵衛、高木主水正
宛先
佐久間九右衛門
キーワード
松平大隅守、御太刀献上、年頭御礼、佐久間九右衛門、使者、受渡
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 233-1覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

米良九右衛門・左近允与太夫連署覚

御納戸奉行の米良九右衛門・左近允与太夫が、二十目の御持筒一挺について、石神源兵衛・重永重次作との銘があることを示し、九字筒の帳面では照合できないため、委細の由緒を知らせるよう求めた連署覚。本文は丑十二月十八日付だが目録年月日欄は空欄。

登場人物
米良九右衛門、左近允与太夫、石神源兵衛、重永重次
宛先
宛先なし(御納戸奉行連署覚)
キーワード
米良九右衛門、左近允与太夫、御納戸奉行、二十目、御持筒一挺、石神源兵衛、重永重次、九字筒、帳面、由緒照会、十二月十八日
附録2-No.70文書確認度 高

島津龍伯書状

銀子百枚を西洞院へ届けるよう依頼し、合田一族をめぐる問題への助力を謝したうえ、井伊直政から上洛を求められながら伊東氏の攻勢で離れられない事情と、上方情勢の報告を求めた書状。

登場人物
島津龍伯、道正宗固、井伊直政、伊東氏、西洞院、美代九右衛門
宛先
道正宗固
キーワード
島津龍伯、道正宗固、井伊直政、伊東氏、西洞院、銀子、上洛要請、領国防衛、上方情勢
追録3-No.1345文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久兵達書

島津久兵が、佐久間九右衛門から太刀・小サ刀の古代作の拵えを求められた件について、手元や神社にある刀とその付属品の状態を吟味し、拵えを調えて差し出すよう関係者へ達する。

登場人物
佐久間九右衛門、鳴津内膳、三宅彌市郎、伊集院蔵人、北郷作左衛門
宛先
佐久間九右衛門、鳴津内膳ほか
キーワード
古代作太刀、小サ刀、献上、刀身、柄、鞘、鍔、別紙
追録3-No.1575覚書旧記雑録暫定版確認度 中

佐久間九右衛門囚人逃亡・追捕覚

台湾の乱で捕らえ福州城内に置かれた囚人が逃亡し、官人らが追捕した経緯と報告の取次ぎを記す。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
—
キーワード
台湾の乱、福州城、囚人逃亡、追捕、佐久間九右衛門
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID B:24日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

高麗入日記

文禄四年十二月下旬の朝鮮在陣中の日記。歳暮の礼として竹嶋・小西・大村・天草らから届いた鳥・樽・肴などの進物、加藤・小西ら諸大名への年末の使者と書状、年男の任命、鳥狩りや鞠、道具衆・中間衆への衣服の給与を日ごとに記す。釜山浦では小西行長・寺沢正成へ進物を届け、末尾に年男らへの肩衣・袴の給与を記す。

登場人物
高麗入日、一又七、龍造寺六郎次郎、一小西作右衛門、荒武九右衛門尉、一加藤、小西、平戸
宛先
一又七殿、龍造寺六郎次郎、一小西作右衛門、一又七、伊東源四郎、一古城、荒武九右衛門尉、一加藤、小西、木脇三右衛門尉、一殿様古城、一大村新人、一天草、聞書頭、御中間衆、一停土口、真徳院、寺津志摩守股、一市来清十郎
キーワード
高麗入日記、寺社・宗教、朝鮮出兵、儀礼・贈答、高麗
追録2-No.91知行所書出旧記雑録暫定版確認度 高

日向国代官所領書出

日向国の御代官所之覚写として、宮崎郡・那珂郡・諸県郡の村々を列記する。庵屋村・船引村の別記・合記の扱いを、郷村帳・内証・郷帳・割付との関係で注記する。那珂郡の江田・新別府・吉・下別府などには郷村帳上の郡所属との異同を付し、同名の南方村についても領主・所在の注記を記す。松永村は郷村帳に見えないと注記する。元禄十年丑六月、今井九右衛門印で、兼直の傍注がある。

登場人物
今井九右衛門(兼直)
宛先
—
キーワード
日向国、御代官所之覚写、宮崎郡、那珂郡、諸県郡、庵屋村、船引村、郷村帳、内証、郷帳、割付、郡所属異同、南方村、松永村、今井九右衛門、兼直傍注
追録6-No.181-77報告書旧記雑録暫定版確認度 高

矢野清香首尾書

御臺様へ一種一荷を献上した首尾を記す。日光山法会の終了への祝儀献上として、本人が使者佐久間九右衛門を同道し、平川口の番所で、奏者久世出雲守の家来田中源右衛門に使者から御目録を渡して献上を済ませた。今朝、使者の案内を勤めた首尾を、四月二十一日に寄御留守居矢野清右衛門が左中様へ報告する。署名には清香の注記がある。目録の清香と本文の署名・注記の対応を示し、御臺への献上先・使者・取次と案内者を区別する。

登場人物
矢野清香(清右衛門)、佐久間九右衛門、久世出雲守、田中源右衛門、御臺、島津久金(左中)
宛先
左中様
キーワード
矢野清香(清右衛門)、佐久間九右衛門、久世出雲守、田中源右衛門、御臺、島津久金(左中)、御臺への法会終了祝儀一種一荷の献上
追録6-No.955申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

小松清香申渡書

嶋津加賀守の妾腹の男子直江が新家に取り立てられ、知行百石を与えられたことを記す。番頭格を望んだことは認められ、家号・実名の見合い、紋所絵形の使用についても淡路守から願いが出され、江府で伝えられて別紙のとおりに命じられたと御記録奉行へ知らせる。先月十三日、彼方の家老名代伊集院吉左衛門を呼び、佐久間九右衛門を介して渡し、紋所絵形・願書等を返却し、淡路守へは左中から書状で知らせたという。別紙の写を渡すので、後年の見合いのため記録しておくよう求める。本文は十二月付、帯刀の名に小松清香との注がある。上包には安永元年辰十二月十九日、帯刀から御記録奉行へ渡した旨があるという。

登場人物
帯刀(小松清香注)、御記録奉行、嶋津加賀守、男子直江、嶋津淡路守、伊集院吉左衛門(彼方家老名代)、佐久間九右衛門、左中
宛先
御記録奉行
キーワード
直江新家取立知行百石、番頭格許可、家号実名見合・紋所絵形使用許可、江府命令、先月十三日伊集院吉左衛門召呼佐久間九右衛門取次、書類返却・左中淡路書状、別紙写交付後年見合記録命、十二月上包安永元辰十九日
追録2-No.826達書旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴達書

島津綱貴が今井九右衛門へ、諸国絵図改訂で日向国清絵図を島津家が調製するため、日州の幕府支配所の絵図を調えて国元へ送るよう命じた達書。境界変更などを検査した絵図三枚を作り、日州・琉球の下絵図と同時に江戸へ出せるよう調製し、赤松甚右衛門を介して相談・受渡しするよう求める。

登場人物
島津綱貴
宛先
今井九右衛門
キーワード
島津綱貴、今井九右衛門、日州、幕府支配所、諸国絵図改訂、日向国、清絵図、支配所絵図、国元、境界変更、絵図三枚、琉球、下絵図、江戸、赤松甚右衛門、相談、受渡し、達書、元禄十三年
追録3-No.1449覚書旧記雑録暫定版確認度 中

上米納付後の御座席に関する伺覚

上米納付後の御座席と納付の取扱いをめぐる達しを記し、金子での納付や御座を得て役入りする場合の席次を尋ねる。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
江戸家老座
キーワード
上米、御座席、金子納付、佐久間九右衛門
追録3-No.1455覚書旧記雑録暫定版確認度 中

御城廻御普請御手伝の記録・申来に関する覚

御城廻の普請御手伝について、過去の記録帳面に該当例が見当たらないことと、元書留・留守居への照会、今後の申来の扱いを述べる。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
江戸家老座
キーワード
御城廻、御普請、御手伝、記録帳面、佐久間九右衛門
追録3-No.1477文書旧記雑録暫定版確認度 中

上米割当てと納付に関する佐久間盛村願書

石高に応じた上米の割当てについて、米の調達と大坂・江戸での納付の扱いを述べ、取扱いの確認を願い出る。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
江戸家老座
キーワード
上米、納付、大坂御蔵、佐久間九右衛門
追録3-No.1478文書旧記雑録暫定版確認度 中

琉球高役と上米納付に関する佐久間盛村願書

琉球高を含む総高をもとにした上米の割当てについて、従来の扱いと納付方法を示し、取扱いを伺う。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
江戸家老座
キーワード
琉球高、上米、納付、佐久間九右衛門
追録3-No.1480文書旧記雑録暫定版確認度 中

琉球高を含む上米納付の佐久間盛村願書

領国と琉球高を合わせた石高に基づく上米の割当てを示し、御蔵方の証文と納付の扱いについて願い出る。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
江戸家老座
キーワード
上米、琉球高、御蔵証文、佐久間九右衛門
追録3-No.1556覚書旧記雑録暫定版確認度 中

薩州牧場・馬産に関する問答覚

幕府から薩州の牧場・馬産について問われ、牧場の馬数、繁殖・捕獲、飼養場所、献上馬の選定と受渡しの慣行を説明する。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
—
キーワード
薩州牧場、馬産、献上馬、幕府照会、佐久間九右衛門
追録3-No.1673覚書旧記雑録暫定版確認度 中

銅山検分に関する覚

松平大隅守領内の銅山検分について、来訪した役人への応対、銅気の状況や山をめぐる事情を記した覚。

登場人物
佐久間九右衛門ほか
宛先
石河土佐守家中
キーワード
銅山、検分、佐久間九右衛門、石河土佐守、松平大隅守
追録3-No.1761文書旧記雑録暫定版確認度 中

金銀上納申状

江戸家老座に金二千八百十三両三分と銀二匁一分を上納した旨を記し、内訳と上納先の役人名を列挙する。

登場人物
佐久間九右衛門ほか
宛先
松平大隅守役人中
キーワード
江戸家老座、金銀、上納、佐久間九右衛門、松平大隅守
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 67-2文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某覚書

二月朔日に鹿児島へ参る衆28人の覚。四位与四郎以下、北原吉左衛門尉までを列挙する。文書67-1が出発を記す蒲生衆28人に対応する。

登場人物
四位与四郎、染川九右衛門、松田土佐守、別府加右衛門尉、岩下慶左衛門、同名織部佑、清水源太兵衛、石塚休兵衛、原弥右衛門尉、飯牟礼六左衛門尉、古川内蔵丞、内山平内左衛門尉、川北権右衛門尉、桑畑次郎兵衛、福本弥左衛門尉、竹下源七、池田宗左衛門尉、窪田弥左衛門、染川早介、柳元小外記、石牟礼善兵衛、家村仲兵衛、朝倉善兵衛、満尾伝左衛門尉、山下金兵衛、長島早右衛門尉、柳元主殿助、北原吉左衛門尉
宛先
宛先なし(鹿児島参集者名簿)
キーワード
二月朔日、覚、鹿児島参集、蒲生衆28人、四位与四郎、染川九右衛門、松田土佐守、別府加右衛門尉、北原吉左衛門尉、人数名簿
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w11:39-2植木申渡添状旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

富山九右衛門途書

前条の指示を諸郷へ伝え、植木の件を滞りなく実施するよう求める。山田・富山九右衛門らへの伝達が記される。

登場人物
本文記載人物(詳細は本文画像参照)
宛先
―
キーワード
植木、廻文、諸郷、山田、富山九右衛門
追録3-No.1345-2覚書旧記雑録暫定版確認度 中

佐久間盛村覚書

佐久間九右衛門が、古代作の太刀と小サ刀の拵えについて、御城へ差し出す際の手順と刀身・柄・鞘などの状態を記し、御用にかなう品の有無を確かめる。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
—
キーワード
佐久間盛村覚書、目録1345親項目と1345-1~5を構成する物理PDF。個別概要は目録準拠一覧を参照
追録3-No.1345-3文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久貫外三名連署請書

島津久貫ら四名が、佐久間九右衛門の求めに応じ、古代作の太刀と小サ刀を調達し、神社所蔵の刀の状態や差し出し方を吟味して取り計らう旨を連署して請ける。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
—
キーワード
島津久貫外三名連署請書、目録1345親項目と1345-1~5を構成する物理PDF。個別概要は目録準拠一覧を参照
追録3-No.1346-1文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久貫書状

島津久貫が、佐久間九右衛門から求められた古代作の太刀・小サ刀を調べ、神社所蔵品と公儀御用の拵えを比べながら、差出し可能な品や不足する拵えの扱いを問い合わせる。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
—
キーワード
島津久貫書状、目録に1346親番号の独立項目なし。1346-1~1346-26を構成する物理PDF
追録3-No.1346-6文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久兵書状

島津久兵が、公儀御用の太刀・小サ刀を佐久間九右衛門に渡すよう伝え、神社に関わる品や三宅徳恩宅にある拵えも調べ、受渡しの進め方を指示する。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
—
キーワード
島津久兵書状、目録に1346親番号の独立項目なし。1346-1~1346-26を構成する物理PDF
追録3-No.1346-8文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久兵書状

島津久兵が、佐久間九右衛門からの太刀・小サ刀の拵えの照会に答え、古い刀には適合する拵えがないこと、代用の拵えや神社の刀の扱いを検討することを伝える。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
—
キーワード
島津久兵書状、目録に1346親番号の独立項目なし。1346-1~1346-26を構成する物理PDF
追録3-No.1346-9文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久貫書状

島津久貫が、佐久間九右衛門から伝えられた太刀・小サ刀の拵えに関する幕府側の意向を受け、神社に残す刀と差し出す刀の選択、古代作と新しい拵えの整合を再度吟味する。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
—
キーワード
島津久貫書状、目録に1346親番号の独立項目なし。1346-1~1346-26を構成する物理PDF
追録3-No.1346-21文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久兵書状

島津久兵が、御戸丸の太刀・木形・拵えを佐久間九右衛門へ届けたこと、差し出した品が幕府側で御機嫌よく受け取られたことを報告する。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
—
キーワード
島津久兵書状、目録に1346親番号の独立項目なし。1346-1~1346-26を構成する物理PDF
追録3-No.1586-1覚書旧記雑録暫定版確認度 中

佐久間盛村覚書

佐久間九右衛門が、水野和泉守の御用人からの召出しを受け、島津但馬守の留守居ともに御用の書付を受ける手順と挨拶の段取りを記す。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
—
キーワード
佐久間盛村覚書、1586親項目と1586-1を含む物理PDF。枝番概要は目録準拠一覧を参照
追録3-No.2046記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津継豊の日光社参賀使派遣記事

徳川吉宗の日光社参を受け、島津継豊が堀萬右衛門貞皎を江戸城への賀使とし、佐久間九右衛門盛村を留守居役へ派遣した経緯を記す。二十五日の使節の登城・献上と、在国・在府の使者からの賀儀にも触れる。

登場人物
島津継豊、徳川吉宗、堀萬右衛門貞皎、佐久間九右衛門盛村
宛先
—
キーワード
島津継豊、徳川吉宗、日光社参、賀使、江戸城、登城、献上
追録5-No.975御譜記事旧記雑録暫定版確認度 高

継豊、重年ノ帰国ヲ礼謝ス

九月十九日、家重が重年の襲封後初の帰国を祝い、安否を問うため佳肴、鮭十尺と老中宿次奉書・驛路證印を授けた記事。騎馬士・歩行士・軽卒らが警衛して江戸を発ち、東海・山陽・西海路を昼夜休まず進み、十月十五日に鹿城へ着いた。同日、重年は一門島津周防忠紀を恩賜への謝使として鹿城から江戸へ遣わし、継豊も物頭中江九右衛門員張を、重年の拝賜を謝するため忠紀と同行させた。員張は十一月十八日に江戸芝邸へ着き、二十一日に用番老中酒井忠寄の邸で継豊の家重・家治宛連署二通を届けた。また西尾忠尚の邸で継豊の格書を渡し、執政・若年寄各位の邸にも継豊の書牘を届けて献物を行わせた。十二月十三日に武元の邸へ、十八日に西尾忠尚の邸へ召され、それぞれ用人から報書を手渡され、謝使の役目を終えた。員張は二十六日に芝邸を発ち、翌三月十七日に薩府へ帰って復命した。

登場人物
島津継豊・徳川家重・島津重年・島津周防忠紀・中江九右衛門員張・酒井左衛門尉忠寄・徳川家治・西尾隠岐守忠尚・松平右近将監武元
宛先
—
キーワード
継豊、重年、家重、鮭十尺、奉書、驛路證印、島津忠紀、中江員張、謝恩使、十一月十八日芝邸着、連署二通、酒井忠寄、西尾忠尚、松平武元、報書、十二月二十六日出発、三月十七日復命
追録5-No.1531重年公御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要確認

重年・継豊、家治ノ婚儀ヲ賀ス(記事)

重年公御譜は、閑院弾正尹直仁親王の姫宮と大納言家治の婚儀を記す。今年六月二十三日に結納、十一月十一日に入輿があり、重年は事前に許可を得て姫宮へ料紙箱一箇を献じ、継豊も茶弁当一荷を献じた。十二月朔日に入輿の事が済み、家治の上使土岐伊豫守頼熙が芝第へ来て二種一荷を賜り、姫宮の上使永井九右衛門も同じ品を賜る。両者から継豊にも同じ品を賜り、重年は執政各々の邸へ赴いて礼を述べる。同日の婚礼大礼が済んだため、家重・家治へ二種十四于、御簾中へ二種五百四于と記す品を献じて祝う。姫宮について宮務御簾中との注がある。五日には柳営で猿楽があり、諸侯が幕府の招きに応じて営中で賀し、重年は折一合を献じた。朔日の婚礼祝賀に伴う献上・拝領と、五日の猿楽での折一合献上を記す。

登場人物
重年・継豊・家重・大納言家治・閑院弾正尹直仁親王・姫宮(宮務御簾中の注)・土岐伊豫守頼熙・永井九右衛門・御簾中・諸侯
宛先
記載なし(記事)
キーワード
六月二十三日、十一月十一日、十二月朔日、五日、家治、姫宮、入輿、料紙箱一箇、茶弁当一荷、折一合
追録6-No.180記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪、日光山家康ノ法会ヲ賀ス

神祖家康の百五十回忌法会が野州日光山で行われるため、重豪は家老高橋此面種寿を登山させ、四月十七日に日光山本坊へ太刀一腰・馬代黄金十両を献納した。留守居東郷源五実孝が種寿に同行して取次を務めた。法会終了後の同月廿一日、側用人島津矢柄久籌を登城させて家治へ二種一荷を、勝手方用人岩下佐次右衛門方峯を登城させて儲君へ一種一荷を、用人格佐久間九右衛門盛邦を通じて御台所へ同品を献上し祝賀した。久籌には仮為番頭、方峯には同久籌、盛邦には亦同久籌の注がある。目録は記事で年月日欄なし。出典注は重豪公御譜中。

登場人物
重豪、神祖家康、家老高橋此面種寿、留守居東郷源五実孝、側用人島津矢柄久籌、勝手方用人岩下佐次右衛門方峯、用人格佐久間九右衛門盛邦、家治公、儲君、御台様
宛先
—
キーワード
家康百五十回忌、日光山法会、四月十七日、家老高橋種寿登山、太刀一腰、馬代黄金十両、日光山本坊、留守居東郷実孝取次、四月廿一日、島津久籌家治二種一荷、岩下方峯儲君一種一荷、佐久間盛邦御台同品、法会終了祝賀、仮番頭注
追録6-No.181-47申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

島津久金申渡書

日光山で権現の百五十回御法会が済んだ祝儀として、来る二十一日に御番頭の使者を通じて献上する贈物を定め、御使番へ申し渡して首尾懸にも伝えるよう指示する。配分は将軍へ二種一荷、御台所と若君へ一種一荷ずつであり、品物の種類は記されていない。正文は四月付、左中名。四月七日の朱書には、本文のとおり御使番へ申し渡し、首尾懸にも伝えたとあり、取次を岩下佐次右衛門とする。四月八日の朱書は、この件により御側御用人島津矢柄、御用人岩下佐次右衛門、御用人格佐久間九右衛門を使者に命じ、相談して勤めるよう口達で申し渡したことを記す。献上先ごとの数量、予定日、申し渡しの記録と使者三人の任命を分けて示す。

登場人物
島津久金(左中)、将軍(公方)、御台所、若君、岩下佐次右衛門、島津矢柄、佐久間九右衛門
宛先
御使番
キーワード
日光山、権現百五十回御法会、終了祝儀、四月二十一日、二種一荷、一種一荷宛、御台所、若君、御番頭使者、御使番、首尾懸、使者三人、口達
追録6-No.268記事旧記雑録暫定版確認度 中

重豪参勤・将軍世子家基着袴始祝賀の記事

明和三年丙戌正月二十三日、重豪が参勤のため国を発し、大口筋を通った記事。家老の川田伊織国福・高橋此面種寿、側用人の山岡斎宮久澄・二階堂蔀行旦、近習役の関山新左衛門金郷らが供奉した。二十四日に山箇野金山を周覧し、二十六日に肥後州へ出て西海道を経由、二月四日に豊前大里に到着して同日乗船した。十八日に播州坂越へ着船し、翌朝から陸路で播磨路を経て二十三日に大坂へ至り三日留滞。二十七日に舟で川をさかのぼって枚方に繋ぎ、二十八日に伏見へ着いた。三月二日に伏見を発して伊勢路・東海道を経由し、十九日に芝邸へ到着、老中の宅へ使者を遣わして参府を報告した。二十一日には月番老中松平周防守康福及び西丸附秋元但馬守涼朝の宅へ赴き、将軍・世子の起居を伺って廻勤した。参勤は四月を期とするが、先に中山王聘使を率いたため孟秋へ延期されており、持病により炎暑の旅行が適さないとしてあらかじめ早い参府を願ったことも記す。続く着袴の条は「同月廿八日」とし、正月廿八日に行われた儲君家基の着袴始に諸侯が祝賀したと記す。重豪は側用人仁礼仲右衛門仲古を城へ、用人佐久間九右衛門盛邦を御臺へ、勝手方用人岩下佐次右衛門方峯を西城の儲君へ遣わし、それぞれ二種二荷を献じた。儲君の生母・年寄女等にも品を贈り、その内容には差があった。翌二十九日には夫人が女使を遣わし、将軍・御臺へ各一種、儲君へ一種三百匹を献じた。同日、将軍は留守居の注が付く駒木根大内記政親を芝邸へ遣わし、浄岸院主に二種一荷を賜った。御臺も同じく二種一荷、儲君は二種二荷を賜り、重豪は途上で聞いて書簡により拝賜の恩を謝した。

登場人物
島津重豪、川田国福(伊織)、高橋種寿(此面)、山岡久澄(斎宮)、二階堂行旦(蔀)、関山金郷(新左衛門)、松平康福、秋元涼朝、将軍、儲君家基、御臺、夫人(名なし)、仁礼仲古(仲右衛門)、佐久間盛邦(九右衛門)、岩下方峯(佐次右衛門)、儲君生母・年寄女等、駒木根政親(大内記)、浄岸院主
宛先
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キーワード
参勤行程、大口筋、山箇野金山、大里乗船、坂越着船、大坂三日、枚方、伏見、伊勢路、東海道、三月十九日芝邸、老中宅、持病、早い参府、家基着袴始、二種二荷、女使、儲君へ一種三百匹、浄岸院主、二種一荷、謝恩
追録6-No.383記事旧記雑録暫定版確認度 高

圓徳院・吉宗法事記事

同年六月十六日、福昌寺で圓徳院殿の十三年忌法事を修したと記し、十二日から十六日までとの日注がある。圓徳院には重年の小字注がある。十二日は島津播磨久敦、十四日は島津杢久峯を代参とし、同夜の頓写は島津玄蕃貴澄が代わり、十六日は島津大學久尚を代参とする。満散寄合の式もあり、久敦を「余」の代としたという。続いて六月二十日、大家が東叡山で有徳院殿の十七回忌法事を修したため、二十一日、重豪は用人佐久間九右衛門盛邦を遣わし、香奠銀十枚を献納して拝礼させた。有徳院には徳川吉宗の注がある。

登場人物
圓徳院(重年の注)、島津播磨久敦、島津杢久峯、島津玄蕃貴澄、島津大學久尚、大家、有徳院(徳川吉宗の注)、重豪、佐久間九右衛門盛邦(用人)
宛先
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キーワード
圓徳院十三年忌、重年注、福昌寺、十二~十六日法事、日別代参、同夜頓写、満散寄合、余の代、有徳院十七回忌、徳川吉宗、東叡山、佐久間盛邦、香奠銀十枚
追録6-No.918記事旧記雑録暫定版確認度 中

重豪、塔之沢・熱海で湯治す

江府にいる重豪はこの頃寒温の疾があり、相州塔之沢で温泉に浴して治したいと願い、大家が許した。九月六日に江戸を発ち、八日に相州塔之沢へ到着して二十余日湯治した。十月二日に塔之沢を去り、豆州熱海へ向かって二日浴湯し、五日に熱海を発ち、八日に江府芝邸へ戻った。その後も痾はまだ癒えず、朝へ出ることができなかったため、官をもって用人格佐久間九右衛門盛邦を城へ遣わし、大家と儲君へ一筐を献じて湯治の恩を謝したと記す。

登場人物
重豪、大家、儲君、佐久間九右衛門盛邦(用人格)
宛先
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キーワード
寒温の疾、塔之沢湯治願と許可、九月6江戸発・8塔之沢到着・二十余日、十月2塔之沢発熱海二日浴湯・5熱海発・8芝邸帰、未癒・不能造朝、佐久間盛邦城へ遣・一筐献謝
追録6-No.952目録旧記雑録暫定版確認度 高

聖堂献備書目録

聖堂へ献備する唐本六通を二箱に収めた目録。礼記義疏八十二冊、儀礼義疏五十冊、周官義疏四十九冊を一箱十八帙とし、周易述義四冊、詩義折中八冊、春秋直解八冊を一箱三帙と記す。松平薩摩守の献備で、明和九年十一月の朱注があり、箱銘を金泥で調え、年月日は明和九年十一月廿一日と記すという。二箱に鍵二通と書銘覚書一通を添え、蓋の献備件書にも同じ年号・日付があったが、その間に改元したため、聖堂献備の使者勤方は安永元年十一月廿七日と記したと説明する。使者は番頭の佐久間九右衛門で、盛邦との注と熨斗目長上下の服装記載がある。控正文は江戸家老座にあるという。

登場人物
松平薩摩守、佐久間九右衛門(盛邦注・御使者御番頭)
宛先
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キーワード
聖堂献備、唐本六通二箱、礼記義疏82冊儀礼義疏50冊周官義疏49冊一箱十八帙、周易述義4冊詩義折中8冊春秋直解8冊一箱三帙、鍵二通書銘覚書一通、金泥箱銘明和9十一月廿一・改元後使者勤方安永元十一月廿七、佐久間盛邦
追録6-No.960式次第旧記雑録暫定版確認度 高

礼物献上次第

湯治帰の御礼を使者によって献上した次第を記す。公方には干鯛一箱を佐久間九右衛門が使者として届け、本丸の檜の間で奏者番戸田長門守が出席し、使者から目録を差し上げたところ披露する旨を告げられ、目付本目隼人に尋ねられた。使者の着服は紗物麻袴と記す。大納言にも干鯛一箱を同じ使者が届け、西丸の蘇鉄の間で、奏者番本多伊勢守の家来廣田孫太夫に目録を渡して献上を済ませた。九右衛門には盛邦、戸田には忠言、本目には親英との注がある。安永元年の朱注を備え、独立の月日は記さない。控正文は文庫にあるという。

登場人物
松平薩摩守(編年)、公方、大納言、佐久間九右衛門(盛邦注・使者)、戸田長門守(忠言注・奏者番)、本目隼人(親英注・目付)、本多伊勢守(奏者番)、廣田孫太夫(本多家来)
宛先
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キーワード
湯治帰礼物献上、公方干鯛一箱・大納言干鯛一箱、使者佐久間盛邦、本丸檜之間戸田長門忠言出席目録披露・目付本目親英問、西丸蘇鉄之間本多伊勢家来廣田孫太夫目録渡・献上済、使者紗物麻袴
追録6-No.1024申渡書旧記雑録暫定版確認度 中

樺山左京申渡―江戸聖堂へ寄附する六書の冊数・箱分けと献備

江戸聖堂への太守の寄附書を列挙した申渡。周易述義四冊・詩義折中八冊・春秋眞解八冊を一箱、礼記八十二冊・儀礼五十冊・周官四十九冊を一箱に入れると記す。以前から「御合表」をしていたところ、公儀から寄附物についての通知があり、しかるべく扱うよう命じられた。去年三月に寄附する予定だったが、火災で聖堂を焼失したため献備が延引し、建物の普請もまだ出来ないまま準備を整えたという。改元以前の年号で十一月十一日付の書付を、佐久間九右衛門を使者として渡し、去年十一月二十七日に献備が済んだ旨の申出があったので、この経緯を申し渡す。末尾は閏三月、左京、朱に安永二年。朱の包紙には巳閏三月二十五日に藤野休左衛門から黒田嘉右衛門へ渡したものを納める旨がある。正文は文庫、写しは白木御文書五番箱中にある。

登場人物
左京(目録は樺山久智)、太守、御記録奉行、佐久間九右衛門、藤野休左衛門、黒田嘉右衛門
宛先
御記録奉行(伝達先)
キーワード
六書の寄附、冊数・箱分け、聖堂火災、普請・献備、使者・包紙
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 821日記・米之津への飛脚と仕銭旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

国分賦所日記

出水米之津へ出立した人々の消息を聞くため飛脚を遣わし、書状も持たせたと記す。飛脚は正月二十一日の八つ時頃に出発して帰参し、その仕銭五百文を上野九右衛門の手前から差し出した。夜昼急いで往来させる旨も記す。

登場人物
上野九右衛門 飛脚 出水米之津へ立衆
宛先
なし(日記)
キーワード
国分賦所日記 飛脚 消息 書状 五百文 仕銭 夜昼
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:14-17感状・関ヶ原合戦/帰国供奉・知行百石宛行+後続系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

慶長五年十月十日島津惟新感状

島津惟新が指宿清左衛門尉へ、美濃国関ヶ原合戦で粉骨し、伊勢・近江・伊賀・大和・河内・和泉を経る帰国途上も片時も側を離れず奉公したことを賞して、知行百石を宛行った慶長五年十月十日付感状。後続系譜には、出水の八重尾因幡守家、蒲生の野村九右衛門家への婚姻、福山居住、忠易夫妻の出水での没年・法名などを記す。

登場人物
島津惟新(義弘)、指宿清左衛門尉、八重尾因幡守、野村九右衛門、忠易、平田氏女、九郎左衛門尉、曽兵衛尉、九郎介、九吉
宛先
指宿清左衛門尉
キーワード
慶長五年十月十日、島津惟新、島津義弘、指宿清左衛門尉、美濃国関ヶ原合戦、粉骨、伊勢、近江、伊賀、大和、河内、和泉、帰国路次、側近供奉、奉公、知行百石、惟新御印、出水、蒲生、福山、婚姻、法名
追録3-No.1346文書旧記雑録暫定版確認度 中

古代作太刀・小サ刀の差出し一件(1346-1~26の集合)

古代作の太刀と小サ刀を差し出すため、久貫・久兵らが拵えや神社所蔵品の適否を検討した一連の書状・覚書。職人による鍔・柄・鞘などの仕様書、古記録の引用、御納戸への受渡しも含む。

登場人物
鳴津内膳、三宅彌市郎、佐久間九右衛門、新田宮、木村探元、御納戸奉行
宛先
鳴津内膳、名越右膳、北郷作左衛門ほか
キーワード
古代作太刀、小サ刀、献上、拵え、鍔、柄、神社、御納戸、受渡し
追録3-No.1347文書旧記雑録暫定版確認度 中

鳴津内記書付(太刀・小サ刀作の由緒)

鳴津内記が古代作太刀・小サ刀の製作や差出しに関する経緯を記す。薩州頴娃郷の新田宮社内への刀剣奉納を引き、木形・拵え・御道具の照会、太刀の申渡し、記録所への書付を述べる。

登場人物
鳴津内記、佐久間九右衛門、彌市郎、江戸御納戸
宛先
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キーワード
鳴津内記、古代作太刀、小サ刀、新田宮、御納戸、拵え
追録3-No.1365文書旧記雑録暫定版確認度 中

江戸家老口上覚(刀二腰献上)

江戸家老が、前年に領内で刀二腰の打調えを許され、到着後に献上する段取りを記す。三月十一日に戸田山城守へ申出、翌朝の献上・披露と、刀身や柄・鞘などの品目を列記する。

登場人物
松平大隅守、戸田山城守、佐久間九右衛門
宛先
松平大隅守
キーワード
江戸家老、口上覚、新身御刀二腰、献上、戸田山城守
追録3-No.1485覚書旧記雑録暫定版確認度 中

清朝の官服・甲鎧・兵杖等の照会覚

清朝の官服・平服、甲鎧・兵杖とその図形について幕府から尋ねられ、琉球人の所持品や書物を調べて回答する経緯を記す。

登場人物
佐久間九右衛門
宛先
江戸家老座
キーワード
清朝、官服、甲鎧、兵杖、琉球
追録3-No.2312文書旧記雑録暫定版確認度 中

芝屋敷拝領地引渡し顛末書

芝屋敷の拝領地引渡しをめぐる経緯を詳記。八月九日・十一日の引渡し、幕構や道の改変、屋敷境界と隣家との折衝、御用人らの協議、図面の確認を記す。末尾に八月二十六日付の関係役人への照会・連絡を掲げ、続いて屋敷地と道路の図を載せる。

登場人物
島津継豊(松平大隅守)、稲葉出雲守、山澤十太夫、向井四郎右衛門、佐久間九右衛門
宛先
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キーワード
芝屋敷、拝領地、引渡し、幕構、屋敷境界、道、図面、稲葉出雲守
追録4-No.878目録旧記雑録暫定版確認度 高

太守より又三郎へ贈る大小拵・祝物目録

太守から又三郎へ贈る大小の刀装具一式と金品・衣類・食品などの元服祝物を列記し、先例との相違も注記する。

登場人物
島津継豊、島津又三郎宗信、佐久間九右衛門、石原佐司右衛門
宛先
島津又三郎宗信
キーワード
太守、又三郎、刀装具、祝物、目録
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 673人数究帳・鹿児島衆有馬出陣の人数日数集計旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

鹿児島衆有馬立軍衆人数究帳

寛永十五年正月から三月まで、鹿児島衆から有馬へ出陣した諸士について、一人ごとに主従の内訳、従軍期間、延べ日数を列記した人数究帳。末尾で総人数五万七千七百四十一人、その内訳を人躰三千七百五人・小者夫五万四千三十六人と集計し、寛永二十一年正月二十六日に一日賦として照合した旨を記す。

登場人物
吉田次郎兵衛 山田民部少輔 川上左近将監 柏原市之允 新納加賀守 新納次郎四郎 西田九右衛門 四本六左衛門 深栖内膳 大田五兵衛 間世田七左衛門 木佐貫伴右衛門 児玉四郎兵衛 花田権兵衛 田中後藤兵衛 吐師孫兵衛 山城新助 大重傳左衛門 鳥丸六左衛門 国分平次郎 市来新左衛門 二階堂城之介 相良満右衛門 三原源右衛門 平田傳兵衛 東郷喜右衛門 有河新右衛門 村尾源左衛門 今井一兵衛 関主殿
宛先
なし(人数究帳)
キーワード
鹿児島衆有馬立軍衆人数究帳 寛永十五年 正月 三月 有馬 主従 人躰 小者夫 従軍日数