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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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41 件 (全巻)/ 1–41件を表示

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附録2-No.1250記事確認度 高

島津久矩譜

薩州家忠清の弟忠栄の後裔である久矩について、承応元年四月十日生まれ、初名久明、幼名・官途、母を相良新右衛門長貞の娘とし、元禄八年二月十六日に没したことを記した譜。

登場人物
島津久矩、島津忠清、島津忠栄、相良長貞
宛先
—
キーワード
島津久矩、島津忠清、島津忠栄、相良長貞、承応元年、元禄八年、薩州家、系譜
後編4-No.1887文書確認度 中

薩州家譜

島津家久の正室を中心に、その出生・母方、家久との間に生まれた島津光久・北郷久直・島津忠記・女子らを示し、さらに家臣家へ嫁した女子や子孫の出生、死亡、法名、養子関係を系図形式で記録した薩州家譜。

登場人物
島津家久、家久正室、島津光久、北郷久直、島津忠記、島津家臣と子女
宛先
系譜
キーワード
薩州家譜、島津家久、家久正室、島津光久、北郷久直、島津忠記、子女、出生、死亡、法名、養子、婚姻、系図
附録2-No.1249記事確認度 高

薩州家系図抄

島津実久の子女と婚姻、将軍から偏諱を受けて陽久・義利から義虎へ改名した経緯、忠継が大田忠綱の養子となったことなどを記した薩州家系図抄。

登場人物
島津実久、島津義虎、島津忠継、菱刈重猛、祁答院義重
宛先
—
キーワード
薩州家、島津実久、島津義虎、島津忠継、菱刈重猛、祁答院義重、偏諱、改名、養子、系図
追録2-No.2868記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津久基の家督・名乗りと家格承認記事

薩州家備前守忠清後嗣久基の記事。久基は新納市正久珍の二男として生まれ、元禄十四年に元服した。宝永六年九月九日、吉貴に側小姓比志島範房から伝えられて出仕する。忠清家が無後断絶した事情とその先祖・家格を述べ、忠清の玄孫久基に三男家ではなく二男家の格で継承させ、家老直触とする。十月十六日家紋衣服拝領、十一月十三日六郎次郎命名、十五日太刀・馬代銀一枚・二種両樽献上を記す。正徳元年十一月二十二日には二男以下の称号を改め栗川とする証帖を賜った。

登場人物
薩州家備前守忠清後嗣の記事
宛先
記載なし
キーワード
忠清家後嗣、久基、新納市正久珍二男、忠清玄孫、家断絶再興、二男家格、家老直触、十月十六日家紋衣服、十一月十三日六郎次郎、十五日馬代銀一枚、正徳元年栗川改称
後編1-No.575文書確認度 高

薩州島津家略系図

薩州島津家の略系図。忠辰を島津歳久の猶子とし、永禄十二年三月十三日生、天正十五年四月十七日に十九歳で死去したと注記する。元亀二年に出水で生まれた忠清は義久長女を母とし、兄忠辰の罪により母・母堂・弟忠富・忠豊とともに小西行長へ預けられ、長年肥後に在住したとする。

登場人物
島津忠辰、島津忠清、島津歳久、島津義久長女、島津忠富、島津忠豊、小西行長
宛先
—
キーワード
薩州島津家略系図、島津忠辰、島津忠清、島津歳久、島津義久長女、元亀二年、出水、小西行長、忠富、忠豊、肥後、系譜
後編1-No.1428文書確認度 高

島津忠清一流系図

島津忠清の一流系図として、女子千鶴が天正十二年七月六日に誕生し、母は島津家久の子であること、初め伊集院忠員の妻となって一女を産み、忠員死後に島津久元へ再嫁したことを記す。

登場人物
島津忠清、千鶴、伊集院忠員、島津久元、島津家久
宛先
—
キーワード
島津忠清一流系図、千鶴、伊集院忠員、島津久元、婚姻、系譜、天正十二年七月六日
後編2-No.1260文書確認度 中

島津忠清書状

島津忠清が、上井神五郎を通じて銀の瓢箪、香箱などを受け取ったことを喜び、秘蔵すると礼を述べる。あわせて種子島方から送られた銀製品についても、祝着の意を伝えてほしいと頼む。 朝鮮在陣期の島津家中で交わされた銀工芸品の贈答と取次関係を示す礼状。

登場人物
島津忠清、島津義弘、上井神五郎、種子島衆
宛先
島津義弘宛
キーワード
島津忠清、島津義弘、上井神五郎、種子島、銀製品、瓢箪、香箱、贈答、礼状、取次
後編2-No.1523文書確認度 中

島津忠清書状

忠清は、義弘が帰朝して直ちに上洛したと聞いて喜び、長い旅と渡海の苦労をねぎらう。 自身も暇を得て五月十日に国元へ戻り、前年以来の体調不良を竜伯の薬と養生でかなり回復したと報告し、詳細を使者に託す。

登場人物
島津忠清、島津義弘、島津竜伯
宛先
島津義弘(義弘様)
キーワード
島津忠清、島津義弘、島津竜伯、帰朝、上洛、渡海、国元、療養、薬、使者
後編2-No.1524文書確認度 中

島津忠清書状

忠清は、帰国して上洛した一行の労苦をねぎらい、島津忠恒がなお在番しているため気遣われると伝える。 漢国と日本の和睦をめぐる使節が目前に来ているとの風聞に触れ、自身の病状は竜伯の薬と養生で快方に向かったと報告する。

登場人物
島津忠清、伊勢弥九郎、島津忠恒、島津竜伯
宛先
伊勢弥九郎
キーワード
島津忠清、伊勢弥九郎、島津忠恒、島津竜伯、在番、日明和睦、使節、帰朝、療養、書状
後編3-No.751文書確認度 高

薩州島津氏系図

薩州島津氏の系譜を図示し、忠辰・忠隣・忠清・忠栄らの系統と、久基、久弘、久近らへの分岐を示す。各人の通称・官途として又太郎、三郎次郎、備前守、越前守、民部少輔、弥市郎などを付記する。

登場人物
島津忠辰、島津忠隣、島津忠清、島津忠栄、島津久基、島津忠富、島津忠豊、島津久弘、島津久近
宛先
—
キーワード
薩州島津氏系図、島津忠辰、島津忠隣、島津忠清、島津忠栄、島津久基、島津久弘、島津久近、系譜、官途
後編4-No.633記事確認度 高

新納忠元勲功記

新納忠元勲功記。忠元が十六歳から島津氏に仕え、多くの合戦で先陣・一騎討ち・首級獲得などの武功を重ね、身体に十九か所の傷を負ったこと、子孫も軍功を立てたことを列挙する。

登場人物
新納忠元、島津貴久、島津義久、島津家久、島津忠清、島津忠隣
宛先
—
キーワード
新納忠元勲功記、新納忠元、島津貴久、島津義久、戦功、先陣、一騎討ち、首級、負傷、武勇
後編4-No.639記事確認度 高

島津忠清譜

島津忠清譜の記事。関ヶ原後に肥後熊本へ移った忠清が島津義久の招きで慶長十四年十二月三日に子女を伴って阿久根へ帰国し、娘が島津家久の室となって光久を生み、忠清が厚遇されたことを記す。

登場人物
島津忠清、島津義久、島津家久、島津忠隣、島津光久、加藤清正
宛先
—
キーワード
島津忠清譜、島津忠清、島津義久、島津家久、島津光久、関ヶ原、肥後熊本、阿久根、帰国、婚姻、系譜
後編4-No.949文書確認度 高

島津忠清一流系図

島津忠清一流の系図。忠清の弟忠栄の子孫として久基・鎌菊・弥市郎・美作守・民部少輔らの名と出生・母・養子関係を記す。

登場人物
島津忠清、忠栄、久基、鎌菊、弥市郎、美作守、民部少輔
宛先
—
キーワード
島津忠清一流系図、忠清、忠栄、久基、鎌菊、弥市郎、美作守、民部少輔、系譜
後編4-No.985文書確認度 高

島津家久息女譜

島津家久の長女が慶長十八年二月十五日に生まれ、母は家臣島津備前忠清の娘で、元和元年三月十五日に三歳で死去したことを記す系譜記事。

登場人物
島津家久息女、島津備前忠清女
宛先
—
キーワード
島津家久息女譜、島津備前忠清、誕生、夭折、系譜
後編4-No.1351記事確認度 高

島津光久譜

元和二年六月二日に鹿児島で島津光久が誕生し、母が島津忠清の娘であったこと、幼名・官位などを記す島津光久譜の記事。

登場人物
島津光久、島津家久、島津忠清女
宛先
—
キーワード
島津光久譜、誕生、鹿児島、島津家久、島津忠清女、元和二年六月二日、系譜
後編4-No.1662記事確認度 高

島津忠清譜

島津忠清が、子の忠影による新納家相続を支えたこと、元和六年正月五日に病没し、島津家久夫妻が弔問して葬送・法要が営まれたことを記す譜記事。

登場人物
島津忠清、島津忠影、島津家久、新納家
宛先
島津忠清
キーワード
島津忠清譜、島津忠清、島津忠影、新納家、病没、弔問、葬送、元和六年正月五日
後編4-No.1670記事確認度 高

島津家久譜

島津備前守忠清が家臣であると同時に一族で、光久の母・慶安大姉の父でもあったため、家久がその死を深く哀しみ和歌を詠んだことを記す系譜記事。続く追悼和歌は譜中で全文を欠くと注記する。

登場人物
島津家久、島津忠清、島津光久、慶安大姉
宛先
島津家久
キーワード
島津家久譜、島津忠清、島津光久、慶安大姉、死去、追悼和歌、系譜記事、元和六年
後編4-No.1671文書確認度 高

島津家久追悼和歌

元和六年春に死去した前備前守島津忠清を悼み、老少不定の世を嘆きつつ、春夏秋冬に寄せた八首を手向けた追薦和歌。

登場人物
島津家久、島津忠清
宛先
島津家久
キーワード
島津家久追悼和歌、島津忠清、前備前守、追薦、四季、八首、元和六年
後編4-No.1774文書確認度 中

島津忠清一流系図

島津忠清の一流について、忠清・久近らの系統を図示し、元和八年六月十一日に生まれた久近の父を島津久元、母を島津義弘の第七女とすること、寛永十三年に十五歳で没したこと、後に島津光久の命で忠清の後嗣とされたことなどを記す系図。

登場人物
島津忠清、久近、武千代、又五郎、島津久元、島津義弘、島津光久
宛先
—
キーワード
島津忠清一流系図、島津忠清、久近、武千代、又五郎、島津久元、島津義弘、島津光久、出生、後嗣、寛永十三年
後編5-No.376記事確認度 中

島津忠紀譜

忠紀は元和八年、島津忠清の娘を母として生まれ、早世して継子のなかった又四郎久敏の猶子となった家久の実子である。寛永八年四月一日、光久の任官時に玄蕃頭・諸大夫従五位下となり、秀忠・家光から刀剣を拝領し、太刀・銀・衣服を献上した。

登場人物
島津忠紀、島津家久、島津忠清、島津久敏、徳川秀忠、徳川家光
宛先
—
キーワード
島津忠紀、島津家久、島津忠清、島津久敏、猶子、玄蕃頭、従五位下、徳川秀忠、徳川家光、拝領刀剣
後編6-No.280記事確認度 高

島津忠栄譜

島津忠栄の譜記事。天正二年に忠清の弟として生まれ、豊臣秀吉の西征時に人質となって細川幽斎に預けられ、小倉に滞在した。忠辰改易後は佐土原で島津豊久を頼り、その姉を妻としたが、関ヶ原後の家臣一揆を逃れて国府へ移り、龍伯公から母の領地を与えられた。高原・飯野・牛根などの地頭を務め、寛永十九年九月晦日に牛根で六十九歳で没した。

登場人物
島津忠栄、島津忠清、島津忠辰、細川幽斎、島津豊久、龍伯公
宛先
—
キーワード
島津忠栄、島津忠清、島津忠辰、細川幽斎、島津豊久、龍伯公、人質、小倉、佐土原、関ヶ原、一揆、国府、高原、飯野、牛根、地頭、系譜
後編6-No.294記事確認度 高

島津久基譜

島津久基の譜記事。久基は忠清の弟・忠栄の子で、初名を久盛、幼名を鎌菊、通称を弥市郎、官途を美作守・民部少輔といい、実父は入来院伯耆守重国であったと記す。伊集院源助久朝とともに六番組の与頭を務め、隅州牛根・薩州高尾野などの地頭を歴任し、延宝八年正月十二日に没した。

登場人物
島津久基、島津忠栄、島津忠清、入来院重国、伊集院久朝
宛先
—
キーワード
島津久基、島津忠栄、島津忠清、入来院重国、伊集院久朝、久盛、鎌菊、弥市郎、美作守、民部少輔、六番組、与頭、牛根、高尾野、地頭、系譜
附録2-No.330文書確認度 高

島津忠清書状

帰国許可を得て五月十日に国元へ着き安堵したこと、忠恒は合戦場で在番中だが、中国・日本の講和使節が朝鮮へ出されたとの風聞から勝利と早い帰国を期待すると報告した。前年以来の病も龍伯から薬を与えられて半ば回復し、在国療養で全快する見込みだと伝えた書状。

登場人物
島津忠清、島津忠恒、島津龍伯、伊勢弥九郎
宛先
伊勢弥九郎殿
キーワード
島津忠清、島津忠恒、島津龍伯、伊勢弥九郎、帰国、朝鮮出兵、在番、日明講和、講和使節、病気、薬、療養
附録2-No.331文書確認度 高

島津忠清書状

義弘の帰朝と直後の上洛を祝い、自身も暇を得て五月十日に国元へ着いたと報告した。前年以来の体調不良は龍伯の薬と養生により半ば回復し、在国中に全快する見込みだと伝え、詳細を久保右衛門尉に託した書状。

登場人物
島津忠清、島津義弘、島津龍伯、久保右衛門尉
宛先
義弘様参御報人々御中
キーワード
島津忠清、島津義弘、島津龍伯、帰朝、上洛、帰国、病気、薬、養生、久保右衛門尉
附録2-No.393文書確認度 高

島津忠清書状

忠恒の書状を拝読し、武庫義弘からの書状も取り次いでもらって頂戴した礼を述べ、高麗で引き続き心配事がないとの知らせを忠恒と同じく喜んだ島津忠清書状。

登場人物
島津忠清、島津忠恒、島津義弘
宛先
忠恒様人々御中
キーワード
島津忠清、島津忠恒、島津義弘、武庫、高麗、朝鮮出兵、安堵、書状受領
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:1記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

諸家旧記

「諸旧記文書」の冒頭で喜入家の来歴を述べる家譜記事。喜入家六代式部太輔久道に男子がなく、義弘の子万千代丸を養子に迎えたことや、久道・久亮らの系譜と改名、島津家への奉公を記す。

登場人物
諸家旧、義弘、太守光久、之女子奉嫁兵庫頭忠平、圃書忠長落紹正拾龍伯、一文禄年中惟新、於封馬惟新、益之三男中務藤
宛先
法名湖月宗、一文禄年中惟新様朝鮮、於封馬惟新、一敷根、者京都、右之両人薩刀加、肥前平戸、児嶋、宮之城、薩州家
キーワード
諸家旧記、家譜編集、寺社・宗教、朝鮮出兵、朝鮮、京都
前編2-No.1235文書確認度 中

樺山教久段銭等差出控

樺山教久の段銭等差出控として目録に掲げられた文書。本文頁には樺山家所蔵で薩州家用久譜中にも載るとの注記だけがあり、本文は再録されていないため、具体的な差出内容は補わない。

登場人物
樺山教久
宛先
—
キーワード
樺山教久、段銭、差出控、樺山家、薩州家、用久譜、本文欠載、所在注記
後編2-No.58記事確認度 中

薩州島津義虎譜

薩州家の島津義虎が天正十三年七月二十五日に没したことと、子女・妻の系統を簡潔に示す譜記事。 法号や妻が母川上上野守忠克の娘であることなどを掲げ、薩州島津家の親族構成と後継関係を確認できる。

登場人物
島津義虎、異伯、島津忠辰、島津忠続
宛先
—
キーワード
島津義虎、薩州家、島津忠辰、島津忠続、異伯、系譜、法号、川上忠克、親族関係
後編6-No.175文書確認度 中

島津久雄書状

島津久雄が下野守へ、将軍徳川家光が諸大名家の元祖を尋ねた際に薩州家から差し出した系図・文書の写しを受領したことへの謝意を述べた書状。拝領した系図を秘蔵し、子孫へ代々譲り渡す意向を示し、宇宿傳左衛門らの尽力にも礼を述べている。幼少のため萬寿丸忠次の印判を用いたとの注記がある。

登場人物
島津久雄、萬寿丸(忠次)、徳川家光、宇宿傳左衛門
宛先
下野守殿
キーワード
島津久雄、萬寿丸、忠次、徳川家光、薩州家、系図、由緒文書、拝領、秘蔵、子孫相伝、宇宿傳左衛門、幼少、印判、書状
追録1-No.175系譜抄旧記雑録暫定版確認度 高

島津久弘系譜抄

薩州家島津久弘の出生・系統を掲げ、武州王子村の犬追物で射手に列して将軍家光へ奉仕したことを記す系譜抄。

登場人物
島津久弘
宛先
—
キーワード
島津久弘、薩州家、王子村、犬追物、射手、系譜
追録1-No.1181書状旧記雑録暫定版確認度 高

牧野正秀書状

牧野正秀が薩州家中へ、将軍が今朝疱瘡を発したものの容体は良好であり、詳報とその後の吉報を追って知らせると伝えた書状。

登場人物
牧野正秀、徳川家綱、島津家中
宛先
薩州様参人々御中
キーワード
牧野正秀、徳川家綱、疱瘡、将軍病気、容体、吉報、薩州家中、書状
附録2-No.1244記事確認度 高

島津国久一流系図

薩州家二代国久を起点に、延久・成久・実久らの実名、幼名、官途、法名、婚姻、各支流の祖を記した島津国久一流系図。

登場人物
島津国久、島津延久、島津成久、島津実久
宛先
—
キーワード
島津国久、島津延久、島津成久、島津実久、薩州家、官途、法名、婚姻、系図
附録2-No.1258記事確認度 高

大田氏系図抄(三)

薩州家支流大田氏の忠角以後、忠正・用好・用信・久知らの生没年、幼名・官途、母方、婚姻を記した系図抄。

登場人物
大田忠角、大田忠正、大田用好、大田用信、大田久知
宛先
—
キーワード
大田氏、大田忠角、大田忠正、大田用好、大田用信、大田久知、薩州家、婚姻、系図
附録2-No.1260記事確認度 高

西川氏系図

薩州家四代忠興の後裔から西川を称した久興・忠則らを起点に、忠陽・久吉・久首・用磨へ続く生没年、幼名・官途、婚姻を記す薩州庶子西川氏系図。忠陽が天正九年の水俣合戦で戦死したことも載せる。

登場人物
西川忠興、西川久興、西川忠則、西川忠陽、西川久吉
宛先
—
キーワード
西川氏、西川忠興、西川久興、西川忠則、西川忠陽、西川久吉、薩州家、水俣合戦、戦死、系図
附録2-No.1251記事確認度 高

島津久矩一流系図

島津久矩の子久近を起点に、経東・久昌・用鎌らの生年月日、母方、幼名・官途を記した一流系図。経東が村田経武の養子となったことも載せる。

登場人物
島津久矩、島津久近、島津経東、島津久昌、村田経武
宛先
—
キーワード
島津久矩、島津久近、島津経東、島津久昌、村田経武、薩州家、養子、系図
前編2-No.1138文書確認度 高

薩州島津用久系図

薩州家用久一流の系図記事で、用久は初め好久、中頃に持久と称し、薩摩守で、母は伊東氏の女、九代太守島津久豊の二男であることを記す。

登場人物
島津用久(初名好久・中頃持久)、島津久豊、伊東氏女
宛先
—
キーワード
薩州島津氏、島津用久、島津好久、島津持久、島津久豊、伊東氏、薩摩守、系図
前編2-No.1233文書確認度 中

島津持久袖判証状

福昌寺に正文があり、薩州家用久の袖判を伴って用久譜中にも載る島津持久袖判証状。本文はNo.1216と同文のため省略されており、慧燈院の寄進状・寺領関係文書を列挙して持久が証明した文書に当たる。

登場人物
島津持久(用久)
宛先
慧燈院
キーワード
島津持久、用久、袖判証状、慧燈院、福昌寺、用久譜、No.1216、同文省略、寺領、寄進状
後編6-No.226文書確認度 高

島津久雄書状

本文注記は「No.275の文書と同文のため省略」とするが、No.275は寛永十九年八月十三日付の南蛮人捕獲・尋問に関する島津久通外二名連署書状であり、本書状とは一致しない。標題・日付・発給者が一致する実質的な参照先はNo.175である。No.175の本文によれば、島津久雄が下野守へ、将軍徳川家光の命により薩州家から提出された系図・由緒文書の写しを受領したことへの謝意を述べ、拝領した系図を秘蔵して子孫へ相伝する意向と、宇宿傳左衛門らへの礼を伝えた書状である。

登場人物
島津久雄、萬寿丸(忠次)、徳川家光、宇宿傳左衛門
宛先
下野守殿
キーワード
島津久雄、萬寿丸、忠次、徳川家光、宇宿傳左衛門、下野守、系図、由緒文書、拝領、秘蔵、子孫相伝、本文省略、印刷上No.275、実質No.175、参照番号誤記