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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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後編2-No.47文書確認度 中

木脇祐昌辞世

肥後の花之山で鎌田左京亮らとともに戦死した木脇祐昌が、敵も味方も同じく現世の夢を見終えるという趣旨を詠んだ辞世。 激戦の最期を背景に、討つ者と討たれる者を等しく無常の中に置く武将の死生観が表れた、印象的な一首である。

登場人物
木脇祐昌、鎌田左京亮
宛先
—
キーワード
木脇祐昌、鎌田左京亮、肥後、花之山、戦死、辞世、敵味方、無常、死生観
後編5-No.352文書確認度 中

伊東祐昌起請文

命じられた意向を誠実に守り秘密を漏らさないこと、主家・領国に逆心する者が親子親類であっても同心せず報告することを誓った伊東祐昌の起請文。天罰霊社起請事として多数の仏神を勧請し、違背すれば子孫まで神罰を受けるとする。

登場人物
伊東祐昌
宛先
島津家久
キーワード
伊東祐昌、起請文、秘密保持、逆心、忠誠、天罰霊社、神仏、神罰
後編2-No.68記事確認度 中

殉国名薮

天正十三年八月の肥後戦線における島津方の戦没者を、日付・戦場・戦死状況とともに列挙した「殉国名薮」。花山城を守って戦死した鎌田政虎、堅志田城攻めで倒れた木脇祐昌・西俣七郎・村山源太らを記し、矢部兵部左衛門尉が三人に囲まれて戦死したことなど、個別の譜では見えにくい損害の広がりを伝える。

登場人物
鎌田政虎、木脇祐昌、西俣七郎、村山源太、矢部兵部、敷根源六ほか
宛先
—
キーワード
殉国名薮、鎌田政虎、木脇祐昌、花山城、堅志田城、肥後、戦死者、相討ち、島津軍、戦没者名簿
後編2-No.76記録確認度 中

勝部兵右衛門聞書

肥後花山城を阿蘇方の大軍が攻めた際の籠城戦を、勝部兵右衛門が詳細に回想した聞書。三艘の船で入城した島津方は少人数ながら城門から打って出て敵を斬り、城妻子を福島へ退避させつつ、鉄砲・太刀・弓で抗戦した。城内の兵糧不足、味方の負傷と戦死、敵の攻城、退却後の再合流までを生々しく記し、木脇祐昌・鎌田政虎らの最期や、阿蘇方との兵力差が分かる合戦記録である。

登場人物
勝部兵右衛門、木脇祐昌、鎌田政虎、宗運入道、阿蘇方軍勢、島津方守兵
宛先
—
キーワード
勝部兵右衛門聞書、勝部兵右衛門、花山城、木脇祐昌、鎌田政虎、阿蘇方、籠城、兵糧不足、鉄砲、撤退
後編2-No.80記事確認度 高

島津義久譜

木脇刑部左衛門尉祐昌と鎌田左京亮政虎が肥後国花之山で戦死し、祐昌が辞世を残したことを記す島津義久譜の記事。 No.47の辞世本文と対応し、二人の戦死を島津家の公式的な譜記事から確認できる点に史料的価値がある。

登場人物
木脇祐昌、鎌田政虎
宛先
—
キーワード
島津義久譜、木脇祐昌、鎌田政虎、肥後、花之山、戦死、辞世、公式譜記事
後編4-No.1773文書確認度 中

賦山何連歌

『山何』を賦題として、島津家久をはじめ重長・重種・宗可・喜庵・貞守・紹嘉・宗繁・祐昌・忠通・重商らが、春秋の景、月、花、旅、山里、海などを詠み継いだ長編の連歌。

登場人物
島津家久、重長、重種、宗可、喜庵、貞守、紹嘉、宗繁、祐昌、忠通、重商
宛先
—
キーワード
賦山何連歌、島津家久、連歌、重長、重種、宗可、喜庵、貞守、紹嘉、宗繁、祐昌、忠通、重商、元和八年五月二十五日
後編4-No.1806記事確認度 高

児玉氏譜

元和九年七月、島津家久が将軍に従って再び京都へ赴き、児玉利昌も随行したことを記す。本多正純処分を契機に諸大名の国替風説が盛んになるなか、国元留守居の島津久慶・川上久国らと、随行家老の島津久元・伊勢貞昌らが、児玉利昌・伊東祐昌を介して秘密の情報を交わし、八月に家久とともに帰国したとする児玉氏譜の記事。

登場人物
島津家久、児玉利昌、本多正純、島津久慶、川上久国、伊東祐昌、島津久元、伊勢貞昌
宛先
児玉氏譜
キーワード
児玉氏譜、島津家久、児玉利昌、本多正純、国替、風説、島津久慶、川上久国、伊東祐昌、島津久元、伊勢貞昌、上洛、帰国
後編4-No.1808文書確認度 高

島津久元・伊勢貞昌連署状

島津久元・伊勢貞昌が伊東祐昌・児玉利昌へ、近隣国の軍勢催促や諸大名国替の風説について内密に情報収集し、必要なら兵三千人ほどを出せるよう兵糧等を準備する一方、正式な人数割はしないよう命じた。将軍在京中のため諸国から注視されているとして警戒を促し、出雲・筑前・越前などの動静や軍馬購入の情報を挙げ、異変があれば注進するよう求めた連署状。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、伊東祐昌、児玉利昌、島津家久、徳川家光、近隣諸国
宛先
島津久元・伊勢貞昌
キーワード
島津久元・伊勢貞昌連署状、伊東祐昌、児玉利昌、国替風説、近隣国、軍勢、三千人、兵糧、出雲、筑前、越前、軍馬、機密、元和九年七月二十八日
後編2-No.77記事確認度 中

日向記

天正十三年春、八代から北川海道を山越えして花山へ根陣を構えた島津方に対し、阿蘇方が八月十日から攻撃した経過を記す「日向記」。木脇刑部左衛門らが防戦するなか、隈庄へ向かった軍勢が呼び戻され、同十三日には甲佐・堅志田両城の陥落へ戦局が進む。花山籠城と周辺の城攻めが連動していたことを示す。

登場人物
木脇祐昌、阿蘇方軍勢、隈部氏、島津方将兵
宛先
—
キーワード
日向記、花山、八代、北川海道、木脇祐昌、阿蘇方、隈庄、甲佐城、堅志田城、肥後戦線
後編4-No.1807文書確認度 中

島津久元・伊勢貞昌連署状

児玉氏所蔵写の島津久元・伊勢貞昌連署状。本文は次号No.1808の連署状と同文であるため、本冊では省略したと注記されている。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、伊東祐昌、児玉利昌
宛先
島津久元・伊勢貞昌
キーワード
島津久元・伊勢貞昌連署状、児玉氏蔵、伊東祐昌、児玉利昌、同文、省略、No.1808、元和九年七月二十八日
後編5-No.245文書確認度 高

懐旧連歌

寛永六年六月二十二日、島津家久らが催した懐旧連歌。涼しさ、露、月、雪、松、旅、別れ、無常、四季の景物などを詠み継ぎ、各句に作者名を付して長い連歌一巻を構成する。

登場人物
島津家久、重高、祐昌、久賀、久元、忠俊、忠政、忠通、重位、元綱、武住ほか
宛先
—
キーワード
懐旧連歌、島津家久、重高、祐昌、久賀、久元、忠俊、忠政、忠通、重位、元綱、武住、四季、旅、無常
追録1-No.534文書旧記雑録暫定版確認度 高

伊東祐昌書状

伊東祐昌が嶋津筑前守へ、寛永二十年十月の後光明天皇即位時に上京使者を務めた際、光久の意向により、嶋津の名字と諱の字を永く名乗ることを赦免された事情を回答した書状。

登場人物
伊東祐昌、島津光久、後光明天皇
宛先
嶋津筑前守
キーワード
伊東祐昌、嶋津筑前守、後光明天皇、即位、上京使者、名字、諱、赦免
後編5-No.335文書確認度 中

和漢聯句

寛永七年十一月二十七日に催された和漢聯句。懐旧を発端に、月・雪・梅・春秋・旅・仏法・忠孝など多様な題を和句と漢句で連ね、家久・貞昌・久元ら多数が参加した。末尾に各参加者の句数を記す。

登場人物
島津家久、伊勢貞昌、島津久元、元綱、政統、為善、為足、久通、久充、祐昌ほか
宛先
—
キーワード
和漢聯句、懐旧、島津家久、伊勢貞昌、島津久元、月、雪、連歌、句数
追録2-No.851連署請書旧記雑録暫定版確認度 中

伊東祐秋外三名連署請書

伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗成・伊東祐周が肝付主殿久兼へ、日向国絵図調製に伴い、大和守領分の下絵図を照合するため在地の絵図役人を派遣し、江戸から来た二使者とも相談させると答えた連署請書。薩摩側の本図担当者や調製方法を教示し、完成図を早く提出できるよう指図してほしいと求める。

登場人物
伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗成・伊東祐周
宛先
肝付久兼(主殿)
キーワード
伊東祐秋、川崎祐昌、山田宗成、伊東祐周、肝付久兼、肝付主殿、日向国絵図、大和守領分、下絵図、照合、在地絵図役人、江戸、二使者、薩摩側、本図、調製方法、早期提出、指図、連署請書、元禄十三年
追録2-No.860連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

伊東祐秋外三名連署書状

伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗成・伊東祐周が島津久輝ら五名へ、大和守領内の二か村は旧来伊東主膳の分地だったため正保国絵図では自家の図に入れたが、近年幕府領となり代官今井九右衛門の支配所になったと説明した連署書状。今井の転任と後任への引継ぎを控え、二か村を今回の絵図から除くには後任代官との相談と境界合意が必要で調製が遅れるため、双方の絵図役人を呼んで処理するか指図を求める。

登場人物
伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗成・伊東祐周
宛先
島津久輝・島津忠守・喜入久亮・種子島久時・肝付久兼
キーワード
伊東祐秋、川崎祐昌、山田宗成、伊東祐周、島津久輝、島津忠守、喜入久亮、種子島久時、肝付久兼、大和守領、二か村、伊東主膳、分地、正保国絵図、幕府領、代官、今井九右衛門、転任、後任、境界合意、絵図役人、指図、連署書状、元禄十三年
追録2-No.896連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

伊東祐秋外二名連署書状

伊東祐秋・山田宗春・川崎祐昌が島津中務ら六名へ、先に相談した大和守領分の絵図を調製し、松浦助右衛門に持参させると伝えた連署書状。薩摩側の絵図方役人が諸事を指図するよう求め、詳細は松浦に申し含めたとする。

登場人物
伊東祐秋・山田宗春・川崎祐昌
宛先
島津中務・島津勘解由・島津助之丞・喜入安房・種子島蔵人・肝付主殿
キーワード
伊東祐秋、山田宗春、川崎祐昌、島津中務、島津勘解由、島津助之丞、喜入安房、種子島蔵人、肝付主殿、大和守領分、領分絵図、調製、松浦助右衛門、持参、薩摩側、絵図方役人、指図、連署書状、元禄十四年
追録2-No.951連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

伊東祐秋外二名連署書状

伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗武が嶋津助之丞・喜入安房・種子嶋蔵人・肝付主殿へ、国絵図用務で先に派遣した松浦助右衛門への馳走と人馬の手配に重ねて謝した連署書状。再び絵図相談のため松浦と木脇小三郎を派遣するので、相手方絵図役人に遠慮なく指導するよう頼む。

登場人物
伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗武
宛先
嶋津助之丞・喜入安房・種子嶋蔵人・肝付主殿(原宛所表記)
キーワード
伊東祐秋、川崎祐昌、山田宗武、嶋津助之丞、喜入安房、種子嶋蔵人、肝付主殿、松浦助右衛門、木脇小三郎、国絵図、馳走、人馬手配、再派遣、指導依頼、三月二十一日
追録2-No.952連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

伊東祐秋外二名連署書状

伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗武が嶋津主計へ、国絵図本図の調製を労い、先に派遣した松浦助右衛門への懇切な指示に謝した連署書状。再び絵図相談のため松浦と木脇小三郎を派遣するので、遠慮なく指導するよう頼む。

登場人物
伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗武
宛先
嶋津主計様(原宛所表記)
キーワード
伊東祐秋、川崎祐昌、山田宗武、嶋津主計、国絵図御本通、松浦助右衛門、木脇小三郎、再派遣、指導依頼、三月二十一日
追録2-No.997連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

伊東祐秋外二名連署書状

伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗武が嶋津主計へ、先の絵図担当者派遣時の指図に謝す。提出した大和守領分図の松永村・南方村・福嶋村は代官側との協議が整わず、除外する張紙を置いていたが、その後山木與惣左衛門の手代と絵図写しを照合し、村高等の書入れに相違はなかったとする。手代側が相手方へ断り、当方絵図への書入れを相談したい由なので、適切に相談し、判断を飛札で知らせてほしいと依頼する。

登場人物
伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗武
宛先
嶋津主計(忠雄傍注)様・人々御中
キーワード
伊東祐秋、川崎祐昌、山田宗武、嶋津主計、松永村、南方村、福嶋村、大和守領分絵図、代官、協議不調、除外張紙、山木與惣左衛門手代、絵図写照合、村高相違なし、書入相談、飛札回答、五月十七日
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 231覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

吉田与三右衛門覚書

吉田与三右衛門の覚書。島原一揆の際、病中の島津家久を見舞うため初めて江戸から帰国した光久が、そのまま島原へ加勢しようとし、家久から御召の鎧二領を託された伊東祐昌が光久の陣で待ったが、加勢に及ばず帰国したと語る。宝永六年八月二十四日、八十一歳の吉田の話を家来坂元武右衛門が書き留めたもの。

登場人物
島津家久、島津光久、伊東祐昌、吉田与三右衛門、坂元武右衛門
宛先
宛先なし(吉田与三右衛門覚書)
キーワード
吉田与三右衛門、島津家久、島津光久、伊東祐昌、島原一揆、江戸、帰国、加勢、鎧二領、宝永六年八月二十四日、八十一歳、坂元武右衛門
追録2-No.903連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津忠守外二名連署書状

島津忠守・種子島久時・肝付久兼が伊東祐秋・山田宗春・川崎祐昌へ、大和守領分の絵図を調製し、使者松浦助右衛門に持参させるとの書状を受け、その趣旨を承知したと答えた連署書状。薩摩側の絵図方担当者から松浦へ指示を伝えるため、詳しい説明は不要とする。

登場人物
島津忠守・種子島久時・肝付久兼
宛先
伊東祐秋・山田宗春・川崎祐昌
キーワード
島津忠守、種子島久時、肝付久兼、伊東祐秋、山田宗春、川崎祐昌、大和守領分、領分絵図、調製、松浦助右衛門、使者、持参、了承、薩摩側、絵図方、指示、連署書状、元禄十四年
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 596書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某書状

差出人不詳の書状で、長崎へ立つ衆の飯米と、随行する夫丸の出所を記した書物2通を調えて送る。地頭は翌三日に当地を出立する予定で、詳細は直接指示されているため省略すると伝える。

登場人物
—
宛先
野村一郎右衛門直綱、伊藤壱岐入道祐昌、山田主計助有真
キーワード
七月二日、長崎立衆、飯米、夫丸、出所、書物2通、地頭、翌三日出立、野村直綱、伊藤祐昌、山田有真
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 607書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

弟子丸宗方書状

弟子丸宗方は、瀬之浦に到着し、長崎への南蛮船来航のため急行していると伝える。翌晩に会って相談する意向を述べ、奉行所から届いた条書を閲覧後に返送するよう山田主計助・伊藤壱岐入道へ求める。目録年月日は『七月日』を維持し、本文の七月三日とは区別する。

登場人物
弟子丸市左衛門宗方
宛先
山田主計助有真、伊藤壱岐入道祐昌
キーワード
目録七月日、本文七月三日、弟子丸宗方、瀬之浦、長崎、南蛮船、急行、翌晩、相談、奉行所、条書、閲覧、返送、山田有真、伊藤祐昌
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 610書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寺師宗俊外二名連署書状

大口の宮原乗泰ら3人は、今朝寅刻に長崎行きを命じられたと伝え、帰宅していると思われる山田民部少輔へ諸事を伺うよう廻文で指示されたため使者を下し、詳細な返答を求める。追而書で、新納加賀守が鹿児島へ参上して当地を留守にしていることも知らせる。

登場人物
宮原狩野介乗泰、今村右京亮重年、寺師半右衛門宗俊
宛先
山田主計助有真、野村市郎右衛門、伊藤壱岐入道祐昌
キーワード
七月三日、大口、宮原乗泰、今村重年、寺師宗俊、今朝寅刻、長崎行、山田民部少輔、廻文、使者、詳細返答、新納加賀守、鹿児島、留守、山田有真、野村市郎右衛門、伊藤祐昌
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 622書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

山田主計助有真書状

山田有真が、鹿児島の家老衆から長岡式部少輔へ文箱を送るため遠竹大炊頭・鈴木主馬首が派遣されたことを知らせる。こちらには賦銀がないので受取側で用意し、往来五日分の賦銀を渡すこと、使者が鹿児島へ戻る時に渡す案もあるが急用のため即刻渡すよう相談してほしいと求める。

登場人物
山田主計助有真
宛先
野村一郎右衛門直綱、伊藤壱岐入道祐昌
キーワード
七月廿九日、山田有真、鹿児島家老衆、長岡式部少輔、文箱、遠竹大炊頭、鈴木主馬首、賦銀、往来五日、使者、野村直綱、伊藤祐昌
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 69-2文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島原立重人数賦帳

寛永十五年二月朔日の島原出陣に際する人員賦帳。乗馬衆13人と御陸衆49人を石高付きで列記し、定衆6人、御中間8人、諸役人32人、大工5人、茶湯坊主3人を合わせて惣計116人とする。別に詰夫丸21人を記す。日高十兵衛は御陸衆に含まれる。

登場人物
伊勢兵部少輔貞昌、伊東仁右衛門祐昌、本田弥五郎親平、日高十兵衛ほか(乗馬衆13人・御陸衆49人等)
宛先
宛先なし(人数賦帳)
キーワード
寛永十五年、島原立重、人数賦帳、乗馬衆、御陸衆、定衆、御中間衆、諸役人衆、大工衆、茶湯坊主衆、詰夫丸、石高
追録2-No.956連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

喜入久亮外二名連署書状

喜入久亮・種子島久時・肝付久兼が伊東権左衛門・川崎大膳・山田次郎左衛門へ、絵図相談のため松浦助右衛門・木脇小三郎を派遣し、当方役人と遠慮なく相談させるとの通知を了承する。先の松浦派遣時には十分な馳走ができなかったという謙辞を述べ、謝礼を受けたことに恐縮する。嶋津助之丞はその場にいないため連署できないと付記する。

登場人物
喜入久亮・種子島久時・肝付久兼
宛先
伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗武
キーワード
喜入久亮、種子島久時、肝付久兼、伊東権左衛門、川崎大膳、山田次郎左衛門、松浦助右衛門、木脇小三郎、絵図相談、馳走謙辞、謝礼、嶋津助之丞、不有合、連署なし
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 603書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

山田有栄書状

山田有栄は、長崎への黒船来航により出水衆138人を選び、4人ごとに夫丸1人を御蔵入から出すよう命じる。飯米は福之江の蔵衆から渡し、物主は山田主計助とする。五日・六日の間に出立し、かせだうで乗船できるよう遅滞なく準備させる。

登場人物
山田民部少輔有栄
宛先
山田主計助有真、野村一郎右衛門直綱、伊藤壱岐入道祐昌
キーワード
七月二日、山田有栄、長崎、黒船、出水衆138人、4人ごと夫丸1人、御蔵入、証文、飯米、福之江、蔵衆、山田主計助、五日・六日、かせだう、乗船、遅滞禁止
後編5-No.991記事確認度 中

児玉利昌譜

寛永十四年の家久の療養経過を記す。久志本式部少輔が江戸へ帰った後、将軍家から外科の祐慶法印が遣わされ、伊東仁右衛門祐昌らが受け入れに当たり、児玉利昌や東郷重位らが昼夜近侍して治療を支えた。

登場人物
児玉利昌譜(記事)
宛先
(記事)
キーワード
児玉利昌、島津家久、久志本式部少輔、祐慶法印、板倉重宗、伊東仁右衛門祐昌、東郷重位、外科、医師派遣、療養、近侍
後編2-No.20記事確認度 高

島津世録記

天正十三年、忠平(島津義弘)を守護代として花山に置いた後、甲斐宗運の次子相模守ら阿蘇勢が花山を攻め、政虎・祐昌らが戦死した。報を受けた島津義久は数万を率いて八代へ進み、隈庄で二百余の首級を挙げ、甲佐・堅志田方面を攻略する。さらに甲斐親乗・満永宗甫らの離反、伊集院久春の不在を突いた津守城の失陥、新納忠元らによる翌年の奪還までを記す。肥後制圧が一進一退の城郭戦と在地勢力の去就によって進んだことを示す戦況記事。

登場人物
島津義久、島津義弘、甲斐宗運次子相模守、甲斐親乗、伊集院久春、新納忠元
宛先
該当なし
キーワード
島津世録記、島津義久、島津義弘、肥後、八代、花山、隈庄、津守城、伊集院久春、新納忠元