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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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57 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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後編2-No.1549文書確認度 中

島津以久朱印知行方目録

島津以久に対し、諸給人の知行所、三殿の蔵入、上方兵粮分三万石などを含む領地配分を示す。 所付を割り替えるか据え置くかは裁量に委ね、無役の蔵入として扶助し領知させることを定めた朱印知行方目録。

登場人物
島津以久、豊臣秀吉、石田三成
宛先
島津以久
キーワード
島津以久、豊臣秀吉、知行方目録、給人知行、蔵入、上方兵粮、無役、所付、石高、朱印
後編3-No.1876記事確認度 高

島津以久譜

島津以久譜は、以久が徳川家康に拝謁して秘蔵の肩衝茶入「奈良柴」を献上し、その返礼として日向国那珂郡佐土原三万石を与えられ、佐土原へ移住したと記す。

登場人物
島津以久、徳川家康、島津忠恒
宛先
(島津以久譜)
キーワード
島津以久譜、慶長八年、島津以久、徳川家康、拝謁、肩衝茶入、奈良柴、献上、日向国、那珂郡、佐土原、三万石、領地宛行、移住
後編3-No.1877記事確認度 高

島津以久譜

島津以久譜は、島津氏の三州旧領と佐土原の沿革を詳述する。伊東氏の占領、豊臣政権下での島津豊久領有、関ヶ原での豊久戦死後の請願を経て、徳川家康が以久へ佐土原三万石を与えた経緯を記す。

登場人物
島津以久(右馬頭)、島津豊久、島津忠恒、徳川家康、山口直友、新納旅庵、伊東氏
宛先
(島津以久譜)
キーワード
島津以久譜、島津以久、右馬頭、薩摩、大隅、日向、佐土原、伊東氏、豊臣秀吉、島津豊久、関ヶ原合戦、戦死、島津忠恒、新納旅庵、山口直友、徳川家康、三万石、領地宛行
後編1-No.1022記事確認度 高

島津以久譜

大友宗麟・義統が高城を包囲したため、十一月十一日に島津義久が根白坂へ進み軍容を示した。決戦で本田親治・北郷久盛が戦死し大友軍が追撃に出たが、義弘が自ら矛を執って立ちはだかり、島津以久と忠長が敵軍を横撃して崩した。その二人の大功を称える。

登場人物
島津以久、島津義久、島津義弘、島津忠長、本田親治、北郷久盛、大友宗麟、大友義統
宛先
—
キーワード
島津以久譜、高城合戦、根白坂、島津以久、島津義弘、島津忠長、本田親治、北郷久盛、横撃、大功
後編2-No.1550記事確認度 高

島津以久譜

秀吉の薩摩・大隅・日向三州検地に際し、島津以久が大隅国熊毛郡の種子島・永良部島・屋久島三島一万石を領知する朱印を受けたことを記す。 島嶼部支配が太閤検地後の知行として確定した経緯を示す譜記事。

登場人物
島津以久、豊臣秀吉
宛先
—
キーワード
島津以久、豊臣秀吉、太閤検地、大隅国熊毛郡、種子島、永良部島、屋久島、一万石、朱印状
後編3-No.292記事確認度 高

島津以久譜

『島津以久譜』から、慶長二年八月、義弘・忠恒ら日本諸将が南原城を攻撃して守備軍を破り、同城を占領したことを簡潔に記す。

登場人物
島津以久、島津義弘、島津忠恒、日本諸将
宛先
—
キーワード
島津以久譜、島津義弘、島津忠恒、南原城、攻城、占領
後編3-No.383文書確認度 高

島津以久起請文

島津以久が、龍伯・義弘・忠恒の三殿へ二心なく奉公し、その忠節を子孫にも守らせると誓った天罰起請文。親子兄弟であっても三殿へ逆心する者には同心せず、三殿から聞いた隠密を他言せず、世上の動きで注意すべきことは残らず報告するとする。また御家へ悪心を抱く者との誓紙交換をせず、進退について疑いを受けた場合は胸中を残さず糺明してもらうと約し、違反すれば諸神の罰を受けると誓う。

登場人物
島津以久(右馬頭)、島津義久(龍伯)、島津義弘、島津忠恒、圖書頭(忠長)、以久の子孫
宛先
圖書頭殿
キーワード
島津以久起請文、右馬頭、圖書頭、島津義久、龍伯、島津義弘、島津忠恒、三殿、忠節、子孫、逆心不同心、隠密、他言禁止、世上情報、誓紙、糺明、天罰
後編3-No.384文書確認度 高

島津以久起請文

本文はNo.383と同文であるため本冊では省略されている。No.383は、島津以久が龍伯・義弘・忠恒の三殿へ忠節を尽くし、逆心者への不同心、隠密の他言禁止、注意すべき世上情報の報告、悪心ある者との誓紙交換禁止などを子孫に至るまで守ると誓った起請文。

登場人物
島津以久、島津義久、島津義弘、島津忠恒
宛先
—
キーワード
島津以久起請文、No.383同文、本文省略、島津義久、島津義弘、島津忠恒、忠節、隠密、逆心不同心、誓紙禁止、子孫
後編3-No.543文書確認度 高

島津以久書状

島津以久(右馬頭)が(慶長三年)十一月二日付で島津図書頭忠長へ出した書状。江南の軍勢数万騎が襲来したとの報に心配して加勢を命じたが、島津勢の大勝と忠長の手柄を聞いて祝う。自身は病気のため出仕できず、早く祝意を述べられないことを惜しみ、代わりに少人数を派遣して軽微ながら銀子二枚を贈る。

登場人物
島津以久(右馬頭)、島津忠長(図書頭)、江南軍
宛先
図書頭殿
キーワード
島津以久書状、島津以久、右馬頭、十一月二日、島津忠長、図書頭、江南軍、数万騎、大勝、手柄、病気、加勢、人数派遣、銀子二枚
後編3-No.670記事確認度 高

島津以久譜

慶長四年三月五日、島津以久が種子島から大隅垂水へ移され、島津忠恒から一万一千六百八十七石の知行に関する判物を与えられたことを記す。続く文面では、合計一万一千石のうち千石を無役、残る一万石を役儀負担とし、図書頭に勤務を命じる。

登場人物
島津以久(右馬頭)、島津忠恒、図書頭
宛先
—
キーワード
島津以久譜、右馬頭、種子島、大隅垂水、知行、一万一千六百八十七石、判物、無役千石、役儀一万石、図書頭
後編3-No.684記事確認度 高

島津以久譜

慶長四年春、島津忠恒が伏見の邸で家老伊集院忠棟を手討ちにした後、その子忠真が主命に従わず都城に籠って十二の砦を構えたため、忠恒が大軍を率いて進発し、島津以久も従軍して庄内各所で戦ったことを記す。

登場人物
島津以久、島津忠恒、伊集院忠棟(幸侃)、伊集院忠真
宛先
—
キーワード
島津以久譜、島津忠恒、伊集院忠棟、伊集院忠真、都城、十二砦、庄内の乱、出陣、従軍
後編3-No.1013記事確認度 高

島津以久譜

慶長五年正月十六日、志和池城の岩之上を守る敵兵が出城して戦った記事。島津以久の家臣たちは敵と槍を合わせ、強敵の首級を得るなど奮戦して敵軍を撃破し、城内へ追い込んだが、味方にも多数の負傷者・戦死者が出た。

登場人物
島津以久、以久家臣、志和池城守兵
宛先
—
キーワード
島津以久譜、島津以久、志和池城、岩之上、出城、槍合わせ、首級、敵軍撃破、城内追入、味方負傷、戦死、正月十六日
後編3-No.1034文書確認度 高

島津以久書状

島津以久が伊勢貞昌の書状と使者を受けた礼を述べ、人数に関する談合へ出席したことを伝える。志和地が当日下城したことを千秋万歳の吉事として祝い、趣旨を披露するよう求める。

登場人物
島津以久、伊勢貞昌
宛先
伊勢兵部少輔殿
キーワード
島津以久書状、伊勢貞昌、人数談合、志和地、下城、祝賀、御披露
後編4-No.179記事確認度 中

島津以久譜

慶長十一年三月、島津以久が参勤のため上洛して徳川家康に拝謁し、その後東国へ赴いて徳川秀忠にも拝謁したことを記す記事。江戸城普請に際して栗石を献上し、帰国の暇と脇指・小袖・白銀などを賜った。

登場人物
島津以久、徳川家康、徳川秀忠
宛先
—
キーワード
島津以久、参勤、上洛、徳川家康、徳川秀忠、江戸、江戸城普請、栗石、帰国、拝領品
後編4-No.683記事確認度 高

島津以久譜

島津以久譜の記事。慶長十五年、丹波篠山城普請のため上洛して伏見に滞在中、病により四月九日に六十一歳で死去したことを記す。法名・葬地、忠興の哀悼、諸僧・文人による多数の追悼詩歌も収める。

登場人物
島津以久、徳川家康、島津忠興
宛先
—
キーワード
島津以久譜、島津以久、丹波篠山城、普請、伏見、病死、法名、葬儀、島津忠興、追悼詩歌
後編4-No.684記事確認度 高

島津以久譜

島津以久譜の記事。慶長十五年四月九日、以久が伏見で病死し、享年六十一、法名を高月院仁雄宗恕居士とし、洛陽四条寺町の大雲院に葬ったことを簡潔に記す。

登場人物
島津以久
宛先
—
キーワード
島津以久譜、島津以久、伏見、病死、享年六十一、高月院仁雄宗恕居士、大雲院、葬地
後編1-No.320記事確認度 高

島津以久征久譜

永禄八年八月二十四日、島津義久が大隅国帖佐郷を文四郎幸久へ与えたことを記す。幸久が後に以久・征久とも称したことを注記する譜中記事。

登場人物
島津以久(幸久・征久)、島津義久
宛先
—
キーワード
島津以久征久譜、永禄八年、島津以久、幸久、征久、島津義久、帖佐郷、宛行
後編1-No.665記事確認度 中

島津以久譜

天正元年三月、島津軍が肝付兼続方を攻めた際に以久も従軍した。十八日の西俣合戦では先頭に立ち、兼続が亡父の仇であり今日の戦いこそ望むところだと士卒を励まし、疾風迅雷の勢いで諸将とともに敵軍を撃破して首級を得たとする。

登場人物
島津以久、肝付兼続、島津軍
宛先
西俣
キーワード
島津以久譜、天正元年、島津以久、肝付兼続、西俣合戦、従軍、亡父の仇、先陣、撃破、首級
後編2-No.517記事確認度 高

島津以久征久譜

天正十六年、以久が大隅国清水の所領を嫡子・彰久へ譲り、自身は上井城へ移ったことを記す。 この年に秀吉から判物を受けたことも添え、豊臣政権下での島津一族の家督・所領再編を伝える譜記事。

登場人物
島津以久(征久)、島津彰久、豊臣秀吉
宛先
—
キーワード
島津以久、島津征久、島津彰久、豊臣秀吉、大隅国清水、上井城、家督、所領譲与、判物
後編1-No.362系図確認度 高

島津忠将一流系図

島津忠将一流の系譜として、島津以久の子彰久が永禄十年に生まれ、母は北郷左衛門尉時久の長女であったことを記す。彰久の通称を又四郎、官途を右衛門尉とする。

登場人物
島津彰久、島津以久、北郷時久長女
宛先
—
キーワード
島津忠将一流系図、島津彰久、島津以久、北郷時久、永禄十年、又四郎、右衛門尉、系図
後編1-No.712文書確認度 中

近衛信輔書状

近衛信輔が島津以久に初めて書状を送り、京都の不慮の錯乱で諸事に頼る先がないため、使者を通じて依頼した匠作への支援を求める。詳しい事情は進藤筑後守が説明するとする。本文の日付は十一月二十六日と読め、確定版年月日と一月の差がある。

登場人物
近衛信輔、島津以久、匠作、進藤筑後守
宛先
島津右馬頭以久
キーワード
近衛信輔書状、島津以久、京都錯乱、匠作、進藤筑後守、日付相違
後編1-No.784文書確認度 高

犬追物手組

天正三年三月十六日の犬追物手組として、島津以久・新納忠実・頴娃久虎らの射手、各人の射犬数、検見・喚次を列挙する。

登場人物
島津以久、新納忠実、頴娃久虎、新納武久、肝付兼寛、島津忠長、税所篤和、新納久憲、鎌田政景、伊集院忠棟、川上久隅、比志島国親
宛先
—
キーワード
犬追物手組、天正三年、島津以久、新納忠実、頴娃久虎、島津忠長、射手、射犬数、検見、喚次
後編1-No.1095文書確認度 高

田原鎮忠書状

田原鎮忠が町田忠房へ、土持氏旧領の処置や門川に滞在する土持次郎九郎、同地へ送った女中親子について尋ねる。高城で大友方の将兵が戦死し再戦を求める声が強いため豊薩両家の永代静謐が難しくなるとして、島津以久とも相談し和談を調達するよう求めた。

登場人物
田原鎮忠、町田忠房、土持次郎九郎、島津以久、大友氏
宛先
町田周防介忠房
キーワード
田原鎮忠書状、町田忠房、土持次郎九郎、門川、高城合戦、島津以久、豊薩和議、和平交渉
後編3-No.380文書確認度 高

島津忠恒家久起請文

島津忠恒が島津以久へ、以久が御家の家督に関し、龍伯・武庫と同様に忠恒へ末永く別心なく忠節を尽くすと神前に誓ったことを喜び、今後も相談して家の相続を図ると約した起請文。以久側に違背がない限り、忠恒も少しも処遇を変えないと誓い、偽りがあれば梵天・帝釈、薩州新田八幡、諏訪上下、開聞正一位、霧島、春日、稲荷など諸神の罰を受けるとする。

登場人物
島津忠恒(家久)、島津以久(右馬頭)、島津義久(龍伯)、島津義弘(武庫)
宛先
右馬頭殿
キーワード
島津忠恒家久起請文、島津以久、右馬頭、島津義久、龍伯、島津義弘、武庫、家督、忠節、別心なし、家相続、処遇維持、神文、薩州新田八幡、諏訪、開聞、霧島
後編3-No.1878記事確認度 高

島津忠輿譜

島津忠輿譜は、祖父島津忠興の家系と佐土原領有の由緒を記す。島津以久が慶長六年に佐土原城番を命じられ、同八年に徳川家康から佐土原三万石を拝領したのち、嫡子彰久の没後に忠興へ家督を譲った経緯を述べる。

登場人物
島津忠輿、島津忠興、島津以久、島津彰久、島津久信、徳川家康
宛先
(島津忠輿譜)
キーワード
島津忠輿譜、島津忠興、島津以久、島津彰久、島津久信、慶長六年、佐土原城、城番、慶長八年、徳川家康、佐土原三万石、家督相続、系譜
後編3-No.1880文書確認度 高

島津宗恕以久書状

島津以久が島津忠恒の書状を拝見し、比志島紀伊守と山口勘兵衛への働きかけによって佐土原の件が解決したことを喜ぶ。近日中の帰国を予告し、忠恒が当年の上洛を見合わせたことも祝している。

登場人物
島津以久(宗恕・右馬入道)、島津忠恒(少将)、比志島国貞(紀伊守)、山口直友(勘兵衛)
宛先
少将様
キーワード
島津宗恕以久書状、慶長八年十月二十日、島津以久、宗恕、右馬入道、島津忠恒、少将、比志島国貞、紀伊守、山口直友、勘兵衛、佐土原、訴訟解決、帰国、上洛見合わせ
後編3-No.1883文書確認度 高

山口直友書状

山口直友が島津忠恒へ、佐土原城を島津以久へ引き渡す決定と、そのため使者を以久に同行させたことを報じる。また又四郎を伏見へ在府させる方針を伝え、早々に上洛させるよう求めた。

登場人物
山口直友(勘兵衛)、島津忠恒、島津以久(右馬頭)、本多正純(上野介)、庄三太、又四郎
宛先
島津忠恒
キーワード
山口直友書状、慶長八年十月晦日、山口直友、勘兵衛、島津忠恒、島津以久、右馬頭、本多正純、上野介、佐土原城、城受取、引渡し、使者、又四郎、伏見在府、上洛
後編4-No.198記事確認度 中

島津家久譜

四月二十二日、島津以久が伏見へ登って徳川家康に拝謁した際、島津忠恒が供奉し、山口直友が装束などを整えたことを記す島津家久譜の記事。

登場人物
島津以久、島津忠恒、山口直友
宛先
—
キーワード
島津以久、島津忠恒、山口直友、伏見、徳川家康、拝謁、供奉、装束
後編4-No.662記事確認度 高

島津忠興譜

島津忠興の譜。慶長十五年、十二歳で父島津以久を失った忠興が家を継ぎ、駿府城で徳川家康、続いて江戸城で徳川秀忠に拝謁して礼を述べたのち帰国したことを記す。

登場人物
島津忠興、島津以久、徳川家康、徳川秀忠
宛先
—
キーワード
島津忠興譜、島津忠興、島津以久、徳川家康、徳川秀忠、家督、駿府城、江戸城、拝謁
後編4-No.669記事確認度 高

殉国名薮

殉国名薮の記事。慶長十五年四月九日の久保権兵衛重次をはじめ、島津以久に仕えた猿渡左近、肝付治部左衛門兼家、日高大炊左衛門重勝ら、主君に従って殉死した家臣を列挙する。

登場人物
久保権兵衛重次、猿渡左近、肝付治部左衛門兼家、日高大炊左衛門重勝、島津以久
宛先
—
キーワード
殉国名薮、殉死、久保権兵衛重次、猿渡左近、肝付兼家、日高重勝、島津以久、家臣、追腹
後編4-No.685文書確認度 高

島津忠興一流系図

島津忠興一流系図。忠興・忠仍らの出自、母が島津義久の第二女であること、祖父島津以久から佐土原領を譲られた経緯など、一流の系譜と所領継承を記す。

登場人物
島津忠興、島津忠仍、島津以久、島津義久
宛先
—
キーワード
島津忠興一流系図、島津忠興、島津忠仍、島津以久、島津義久、系譜、佐土原、所領継承
後編4-No.686記事確認度 高

島津忠興譜

島津忠興譜の記事。父島津以久が伏見で死去した際、将軍家は嫡孫忠仍に佐土原を与えようとしたが忠仍が固辞したため、忠興が父の遺領を継いで佐土原城主となったことを記す。

登場人物
島津忠興、島津忠仍、島津以久、徳川家康
宛先
—
キーワード
島津忠興譜、島津忠興、島津忠仍、島津以久、佐土原、遺領、相続、城主、固辞
後編4-No.758記事確認度 中

島津久信譜

島津久信譜の記事。慶長十五年四月に祖父島津以久が伏見で没し、将軍家から忠仍へ遺領が与えられたが、龍伯の病気と忠仍の母の高齢を理由に辞退し、本宗家への帰属を願ったこと、以久の三男尭舜房忠興が佐土原へ置かれたことを記す。

登場人物
島津久信、島津以久、島津義久、島津忠仍、尭舜房忠興
宛先
—
キーワード
島津久信譜、島津久信、島津以久、伏見、遺領、島津忠仍、島津義久、尭舜房忠興、佐土原、本宗家
後編1-No.319文書確認度 高

島津義久書下

島津義久が大隅国帖佐郷について、文四郎幸久(のち以久・征久)が堅固に知行するよう命じた書下。

登場人物
島津義久、島津以久(幸久・征久)
宛先
文四郎殿
キーワード
島津義久書下、永禄八年、島津以久、文四郎、大隅国、帖佐郷、知行、宛行
後編1-No.702記録確認度 高

箕輪伊賀覚書

天正元年九月二十七日の早崎・咲花平着陣と小浜城攻略を詳述する。島津方は激戦の末に城柵を破り、伊地知美作守を退去させたが、伊集院久春が重傷、肥後平三郎らが戦死した。牛根城包囲中の野戦では白胴服の武者が単騎で敵首を挙げ、周囲を叱咤した逸話を載せる。肝付領の通路を遮断するため、十一月中旬に歳久・以久を大将として平床へ陣を進めた。

登場人物
島津義久、伊地知重興、肝付良兼、伊地知美作守、伊集院久春、肥後平三郎、桑波田孫太郎、河野玄蕃允、梅北宮内左衛門、島津歳久、島津以久
宛先
早崎、咲花平、小浜、牛根、平床、茶園尾
キーワード
箕輪伊賀覚書、天正元年、早崎、咲花平、小浜城、伊地知美作守、伊集院久春、牛根城、白胴服武者、平床陣、島津歳久、島津以久
後編1-No.708記録確認度 中

長谷場越前自記

十一月中旬、島津軍が肝付領内の通路を遮断する要地平床に陣所を設け、歳久・以久を大将とした。牛根城より奥の難所である平床を後巻するため伊地知・肝付勢が来援し、茶園尾へ陣を取ろうとしたと記す。記事年次は元亀三年・天正元年の双方に重出し、編者は前後関係から天正元年に置く。

登場人物
島津歳久、島津以久、伊地知氏、肝付氏
宛先
平床、二川、廻、市成、恒吉、牛根、茶園尾
キーワード
長谷場越前自記、平床陣、島津歳久、島津以久、伊地知氏、肝付氏、二川、廻、市成、恒吉、牛根、茶園尾、年次重出
後編2-No.518文書確認度 高

豊臣秀吉判物

秀吉が島津右馬頭(以久)に対し、従来の本知・領地を以前どおり相違なく領有することを認めた判物。 以久が清水を彰久へ譲って上井城へ移った後も、その所領権を豊臣政権が正式に安堵した文書である。

登場人物
豊臣秀吉、島津以久
宛先
島津右馬頭(以久)
キーワード
豊臣秀吉、島津以久、島津右馬頭、本知、領地、所領安堵、判物、豊臣政権
後編3-No.671文書確認度 高

島津忠恒宛行状

島津忠恒が右馬頭以久に、種子島の繰替えに対する返地として所領を宛行い、そのうち一千六百八十七石を加増分とする。以後も先例に従い、一千七百石を無役、残る九千九百八十七石を役儀負担として勤めるよう命じる。正文は向島衆萩原右京に伝来したと注記する。

登場人物
島津忠恒、島津以久(右馬頭)、萩原右京
宛先
右馬頭殿
キーワード
島津忠恒宛行状、島津以久、右馬頭、種子島、繰替、返地、加増一千六百八十七石、無役一千七百石、役儀九千九百八十七石、萩原右京
後編3-No.692文書確認度 高

島津竜伯書状

竜伯が又八郎に、大坂出船後の帰着、当所へ移す衆と屋敷配分、馬術に優れた入来院又六を当地に置く希望を伝える。荒地が多く当年の耕作が進まないこと、種子島左近大夫の知行を検地高五千二百余石と内検高八千五百石の中間である七千石(うち三百石加増)とする案、右馬頭の返地後に種子島を与える段取りを述べ、京都の息女の件を石田治部少輔や小西へ働きかけるよう依頼する。

登場人物
島津竜伯、島津忠恒(又八郎)、入来院又六、種子島左近大夫、島津以久(右馬頭)、石田治部少輔、小西
宛先
又八郎
キーワード
島津竜伯書状、又八郎、入来院又六、屋敷配分、荒地、種子島左近大夫、検地高、七千石、加増、島津以久、返地、京都息女、石田治部少輔、小西
後編3-No.753文書確認度 高

島津忠将一流系図

島津忠将の一流を記す系図で、右馬頭以久の三男である忠興について、字を堯舜房、官途を右馬頭とする。忠興は慶長四年五月廿九日に種子島で生まれ、母は松木貞右衛門尉の姉であったと記す。

登場人物
島津忠将、島津以久、島津忠興、松木貞右衛門尉
宛先
—
キーワード
島津忠将一流系図、島津以久、島津忠興、堯舜房、右馬頭、種子島、松木貞右衛門尉、慶長四年五月廿九日
後編3-No.1049文書確認度 高

山口直友書状

山口直友が濱市で進む交渉は一両日中におおむね決着する見込みだと報じ、その間は軍事行動を控えるよう要請する。竜伯父子にも同様に伝え、濱市へ戻って現地の状況を追って知らせるとする。

登場人物
山口直友(勘兵衛尉)、島津以久(右馬頭)、島津忠長(中務少輔)、島津竜伯
宛先
嶋津右馬頭殿・嶋津中務少輔殿人々御中
キーワード
山口直友書状、濱市、交渉、軍事行動延期、島津以久、島津忠長、島津竜伯、続報
後編3-No.1674文書確認度 高

島津宗恕以久起請文

島津宗恕以久が、協議内容を一切漏らさないこと、肥後方面からの書状を隠さず提出し今後は計策に同心しないこと、前年の佐土原交渉で三殿に不利な言上をしていないことを神仏に誓った起請文。

登場人物
島津以久(宗恕)、島津義久(龍伯)、島津義弘(惟新)、島津忠恒(少将)
宛先
島津三殿
キーワード
島津宗恕以久起請文、慶長七年八月九日、島津以久、宗恕、島津義久、龍伯、島津義弘、惟新、島津忠恒、少将、秘密保持、肥後書状、謀略禁止、佐土原、忠節、神罰
附録2-No.552文書確認度 高

井伊直継書状

家久の使札と太刀・馬代・鉄砲一挺・緞子十巻の贈物に感謝し、上洛を祝うとともに、兵部少輔との関係についても今後変わらず知らせてほしいと述べた井伊直継書状。

登場人物
井伊直継、島津家久、島津以久
宛先
島津家久
キーワード
井伊直継、島津家久、島津以久、太刀、馬代、鉄砲、緞子、上洛、贈答
附録2-No.1398文書確認度 高

元吉書状

加運老との閑談を機に初めて書状を送り、遠方の親族が島津家中で扶助され島津を称しているかを尋ね、今後も一族への許容を願った元吉書状。詳細は加運老が説明するとする。

登場人物
元吉、島津以久、加運老、一族
宛先
島津右馬頭殿
キーワード
元吉、島津以久、加運老、一族、島津家中、扶助、島津姓、許容、遠方、取次
附録2-No.1399文書確認度 高

島津家久書状

庄内との親密さ、庄内から鹿屋への度々の使者、又四郎が恒吉で碇地を打ったことなどの風聞を列挙し、伊集院幸侃と石田氏をめぐる件では油断せず即答しないよう内密に忠告する。世評を案じ、読後焼却を命じた島津家久書状。

登場人物
島津家久、島津以久、伊集院幸侃、石田氏、又四郎
宛先
右馬頭様
キーワード
島津家久、島津以久、伊集院幸侃、石田氏、庄内、鹿屋、恒吉、碇地、風聞、内密、即答回避、火中、機密
附録2-No.1402記事確認度 高

島津忠将一流系図

島津忠勝一流の系図。右馬頭以久の子彰久・久信・久敏以下、島津家久の娘を母とする忠清、島津光久の諸子忠顕・久侶・久雄・久治らが北郷家などへ養子相続した経緯を記す。

登場人物
島津忠勝、島津以久、島津久信、島津久敏、島津彰久、島津光久、島津忠顕
宛先
—
キーワード
島津忠勝、島津以久、島津久信、島津久敏、島津彰久、島津光久、島津忠顕、養子、家督、系図
後編2-No.1551記録確認度 中

豊臣秀吉朱印知行方目録抄

種子島・屋久島・永良部島など島嶼部の役米・出米と石高を抜き出し、合計一万石となる内訳を示した目録抄。 島津以久へ与えられた三島知行について、島ごとの負担と算定根拠を数量で確認できる。

登場人物
豊臣秀吉、島津以久
宛先
—
キーワード
豊臣秀吉、知行方目録抄、種子島、屋久島、永良部島、役米、出米、一万石、島嶼支配