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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

326 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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後編1-No.633文書確認度 中

大口諏訪社段銭反米日記

大口諏訪社の造営・祭祀に充てる段銭と反米の負担を記した日記。各負担者の田地面積に応じて銭・米を割り当て、本文では人名の多くを省略しつつ、十八町分として銭三百二十文・米五斗八升などの集計を掲げる。

登場人物
大口郷の負担者、諏訪社
宛先
大口諏訪社
キーワード
大口諏訪社段銭反米日記、元亀三年、大口郷、諏訪社、段銭、反米、田地、負担、十八町
附録1-No.274文書確認度 中

新納久了覚書

地頭新納加賀の遠行に伴い、当地の仕置に特に注意するよう命じた覚書。法度違反、喧嘩の下知への不服従、地域の妨げとなる者があれば身分を問わず速やかに届け出て、後任地頭が定まるまで警戒するよう求める。本文末の日付は十二月廿七日と読め、目録の二月廿七日と相違する。

登場人物
新納久了、新納加賀、大口横目衆、新又左衛門、地頭、至要衆
宛先
大口横目衆ほか
キーワード
新納久了、新納加賀、大口、地頭、仕置、法度、喧嘩、治安、通報、年月相違
後編5-No.1243文書確認度 中

大口衆合戦太刀打・手負・首注文

寛永十五年二月二十八日の原城本丸攻撃における大口衆の戦功を列挙した注文。槍働き、首級、太刀打ち、負傷、戦死などを人名ごとに記し、福崎新兵衛尉・仁礼左近・三原大蔵・松下源五左衛門尉ら証跡人も付記する。

登場人物
大口衆関係者(注文)
宛先
戦功確認の関係者
キーワード
大口衆、原城、本丸、合戦、槍、首注文、太刀打、手負、戦死、証跡人、福崎新兵衛尉、仁礼左近、三原大蔵
後編1-No.401記録確認度 高

長谷場越前自記

永禄十年十二月二十九日、市山口の足軽が評議なく大口城下へ進んだため、球磨・大口勢が数手に分かれて攻撃したことを記す。西原川口で市来家利・平田加賀守・伊集院久慶が防戦したが多勢に敗れて戦死し、敵は市山城下まで迫ったものの、弓・鉄砲で多数を負傷させられて大口へ退いた。

登場人物
長谷場越前、市来家利、平田加賀守、伊集院久慶、球磨・大口勢
宛先
—
キーワード
長谷場越前自記、永禄十年、市山城、大口城、西原川口、市来家利、平田加賀守、伊集院久慶、球磨勢、戦死、弓、鉄砲
後編1-No.402記録確認度 高

箕輪伊賀自記

永禄十年十二月二十九日、市山口の足軽が無評議で大口城麓へ近づいたところ、球磨・大口勢が大軍で出撃したことを記す。市来家利・平田加賀守・伊集院久慶は西原川口で戦ったが討死し、敵は市山まで追撃したものの鉄砲で大きな損害を受けて大口へ退いた。

登場人物
箕輪伊賀、市来家利、平田加賀守、伊集院久慶、球磨・大口勢
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、永禄十年、市山城、大口城、西原川口、市来家利、平田加賀守、伊集院久慶、球磨勢、討死、鉄砲
後編1-No.407記事確認度 高

島津貴久譜

永禄十一年正月二十日、大口方の兵約三千が堂崎へ出た際、義久・義弘ら若武者が方位・時日を考えずに敵へ向かい戦闘となった記事。敵の多勢に押されて島津軍は敗れ、多数が戦死・負傷した。義弘は前後左右を囲まれながら何度も返し合わせて戦い、大河を渡って曽木へ退いた。

登場人物
島津貴久、島津義久、島津義弘、大口城兵
宛先
—
キーワード
島津貴久譜、永禄十一年、大口城、堂崎、島津義久、島津義弘、若武者、敗戦、包囲、殿軍、曽木
後編1-No.440記録確認度 高

長谷場越前自記

永禄十一年五月上旬、山野・羽月・平泉の番替を大口方が狙って伏兵を仕掛けたため、日新が山野を相良方へ渡して一時和睦するよう勧めたことを記す。味方を多く失えば戦いの進め方が悪くなるとして、天意が巡れば敗れても後に勝てるとの判断から、相良氏との和議を成立させた。

登場人物
長谷場越前、島津忠良(日新)、相良氏、大口勢
宛先
—
キーワード
長谷場越前自記、永禄十一年、山野、羽月、平泉、番替、大口勢、伏兵、島津忠良、日新、相良氏、和睦、戦略
後編1-No.441記録確認度 高

箕輪伊賀覚書

永禄十一年五月上旬、山野・羽月・平泉の番替えが行われる時機を狙い、大口城から野伏が仕掛けられたことを記す簡潔な覚書。

登場人物
箕輪伊賀、大口城兵、山野・羽月・平泉守兵
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、永禄十一年、山野、羽月、平泉、番替、大口城、野伏、伏兵
後編1-No.442記事確認度 高

島津義久譜

本文ではNo.460記事の前半と同文のため省略される譜中記事。大口方の勢力が増して島津方の戦死者が多くなったことから、日新の意見に従い、山野を相良氏へ渡して和睦を成立させた内容に当たる。

登場人物
島津義久、島津忠良(日新)、相良氏、大口城兵
宛先
—
キーワード
島津義久譜、永禄十一年、大口城、島津忠良、日新、相良氏、山野、領地譲渡、和睦、同文省略、No.460
後編1-No.450記事確認度 高

島津貴久譜

永禄十一年八月九日、大口方が前約に背いて堂崎の通路へ陣を築き、伊東義祐も相良氏と結んで飯野桶比良へ陣を構えたことを記す。加久藤・馬関田の百姓が敵方へ心変わりしたため、義弘が飯野の守備を固め、桶比良攻撃を企てたが長雨で実行できなかった。島津方の武士が伊東陣を嘲る狂歌を陣下へ立てた。

登場人物
島津貴久、島津義弘、伊東義祐、相良氏、大口城兵、加久藤・馬関田百姓
宛先
—
キーワード
島津貴久譜、永禄十一年、大口、堂崎、伊東義祐、相良氏、桶比良、飯野、加久藤、馬関田、島津義弘、長雨、狂歌
後編1-No.481記事確認度 高

島津義久譜

本文は「全上」とのみ記され、直前のNo.480と同文であることを示す省略記事。和睦破綻後、家久を囮として戸神尾・稲荷山の伏兵へ大口方を誘い、百三十六の首級を得て敵勢を削いだ内容に当たる。

登場人物
島津義久、島津家久、肝付兼寛、新納忠元、相良氏、大口城兵
宛先
—
キーワード
島津義久譜、永禄十二年、大口、戸神尾、稲荷山、島津家久、肝付兼寛、新納忠元、伏兵、同文省略、No.480
後編1-No.498記事確認度 高

雑本記事

戸神尾・稲荷山に二段の伏兵を置き、家久と大野・宮原勢が大口・相良勢を破って百三十六首を得たとする雑本の記事。八月十八日に大口城を包囲し、敵の降参後、九月に城内で太平の祝宴を行ったことも記す。

登場人物
島津家久、大野駿河守、宮原筑前守、大口・相良勢
宛先
—
キーワード
雑本記事、永禄十二年、戸神尾、稲荷山、島津家久、大野駿河守、宮原筑前守、伏兵、百三十六首、大口城、降参、太平祝宴
後編1-No.1265文書確認度 高

新納忠元書状

新納忠元が樺山権左衛門尉へ、芦北方面から百姓を帰還させる件について、残留者は現地で不忠を働いた者で帰れないと申し立てていることや、出家まで百姓として日記に載せる扱いに疑問を呈した書状。出水・大口双方の縁者を調べ、境目の事情に即して帰還を相談すべきだとする。本文注は編年を誤り慶長五年の文書と指摘する。

登場人物
新納忠元、樺山権左衛門尉、加藤氏、出水衆、大口衆
宛先
樺山権左衛門尉
キーワード
新納忠元書状、樺山権左衛門尉、芦北、百姓帰還、加藤氏、出水、大口、境目、編年誤り、慶長五年
後編3-No.1915文書確認度 高

島津忠恒書状

島津忠恒が島津義弘へ、川内までの道筋は難しいとし、新弥太の病状が快方に向かえば大口へ向かう予定を述べる。関係者と相談して判断し、指示どおり面会・出立の調整を進めると伝えた。

登場人物
島津忠恒(少将)、島津義弘(惟新)、新弥太、川内、大口
宛先
惟新様
キーワード
島津忠恒書状、慶長九年三月十二日、島津忠恒、少将、島津義弘、惟新、川内、道筋、新弥太、快気、大口、相談、出立調整
後編5-No.659文書確認度 中

伊勢貞昌書状

伊勢貞昌が国元家老へ、大口・高岡などへの移封、地頭所の交換、加増、知行人の配置と家臣の処遇について、関係者に伝達して実施するよう求めた書状。

登場人物
伊勢貞昌、島津久元、喜入忠続、川上久国、大口・高岡・鹿児島関係者
宛先
島津下野守殿・喜入摂津守殿・川上左近将監殿
キーワード
伊勢貞昌、島津久元、喜入忠続、川上久国、大口、高岡、鹿児島、移封、地頭、加増、知行、人事
後編5-No.702記事確認度 中

島津家久譜

大口青木村裏の茶を求摩衆が毎年摘んでいたことから、求摩側が当地を自領と主張し、大口側と国境争論になったため、伊勢貞昌が島津久元・川上久国へ書状を送ったことを記す。

登場人物
島津家久、伊勢貞昌、島津久元、川上久国、大口衆、求摩衆
宛先
―
キーワード
島津家久、伊勢貞昌、島津久元、川上久国、大口、青木村、求摩、茶摘み、国境争論
後編5-No.703文書確認度 低

伊勢貞昌書状

伊勢貞昌が島津久元・川上久国へ、大口青木村裏の茶地をめぐる求摩側との国境争論について双方の主張を示し、上使の裁定までは先例どおりに扱って争いを止めるよう求めた書状。

登場人物
伊勢貞昌、島津久元、川上久国、大口衆、求摩衆、肥後仲右衛門
宛先
島津下野守様・川上左近将監様
キーワード
伊勢貞昌、島津久元、川上久国、大口、青木村、求摩、茶地、国境争論、上使、先例
附録1-No.374文書確認度 高

入来院重高書状

入来院重高が下村左衛門尉に、船の建造について大口・高尾野両所と相談するよう求めた書状。自身の帰宅後に木材・軍役人数などを具体的に決めるとし、年内は日数がないため無理に進めず、改めて指示すると伝える。

登場人物
入来院重高、下村左衛門尉、大口、高尾野
宛先
下村左衛門尉殿御返報
キーワード
入来院重高、下村左衛門尉、船作、大口、高尾野、木材、軍役、人数、相談
後編4-No.202文書確認度 中

新納拙斎忠元署判知行目録

新納忠元が署判した知行目録。内門二つ分の役分を含む総高百七石余を掲げ、外小屋敷三つと高九拾九石余の定役など、知行高と負担を列記する。

登場人物
新納忠元(新納拙斎)、大口衆・知行関係者
宛先
—
キーワード
新納忠元、新納拙斎、知行目録、大口、石高、役分、小屋敷、定役、署判
追録1-No.499文書旧記雑録暫定版確認度 高

新納久了達書

大口横目衆が、新納忠清死去後の地頭未定期間について、大口衆中へ当地の仕置に入念し、法度違反・喧嘩・地域の障害となる者があれば身分を問わず早急に届け出るよう命じた達書。

登場人物
大口横目衆、新又左衛門、新納忠清
宛先
大口衆中
キーワード
大口横目衆、新又左衛門、新納忠清、大口、地頭不在、仕置、法度、喧嘩、届出
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 573手形・大口衆の島原加勢人数割付旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

鹿児島賦所手形

大口地頭仮屋に伝来した鹿児島賦所手形。島原加勢の人数を定め、鉄砲・弓・鑓、飯米、水船などを準備して指定どおり差し出すよう命じる。寛永十五年正月五日付。

登場人物
新納加賀守 大口衆 鹿児島賦所
宛先
新納加賀守・大口衆中
キーワード
鹿児島賦所手形 寛永十五年正月五日 大口衆 島原加勢 人数割付 武具
後編1-No.452記録確認度 高

長谷場越前自記

永禄十一年八月十九日、大口勢が堂崎の通路に陣を構え、伊東勢も桶比良に進出して加久藤・馬関田の村々へ放火した。貴久・義久は菱刈表から援兵を送り、伏兵で誘い出そうとしたが大雨で失敗した。のち大口方が田中河内に伏兵を置き、番替え中の川上丹波守・堀之内某を討ち、救援した是枝大膳坊も戦死した。長陣に疲れた相良方は出水感応寺の僧を介して和議を求めた。

登場人物
島津貴久、島津義久、伊東氏、大口勢、深水三河守、川上丹波守、堀之内某、是枝大膳坊、相良頼房、出水感応寺西堂
宛先
—
キーワード
長谷場越前自記、永禄十一年、堂崎、桶比良、加久藤、馬関田、放火、伏兵、番替、川上丹波守、是枝大膳坊、感応寺、和議
後編1-No.484記事確認度 高

島津義久譜

本文はNo.480記事の後半と同文のため省略される。羽月守備と、家久を囮に戸神尾・稲荷山の伏兵で大口方を破り、百三十六の首級を得た合戦の内容に当たる。

登場人物
島津義久、島津家久、肝付兼寛、新納忠元、大口城兵
宛先
—
キーワード
島津義久譜、永禄十二年、羽月、島津家久、肝付兼寛、新納忠元、戸神尾、稲荷山、伏兵、同文省略、後半、No.480
後編1-No.495記録確認度 高

長谷場越前自記

五月六日、家久を一番の伏兵大将として戸神尾に、大野・宮原勢三千騎を稲荷山に置き、番替え部隊を餌に大口・相良勢を誘った。敵が荷物を奪おうと戸神尾へ殺到すると、家久の合図で伏兵が起こり、前田豊前守を太刀初めとして敵を崩し、百三十六首と捕虜一人を得た。家久の装束・武具・月毛の馬を詳しく描き、その姿を摩利支天のようだと称える。

登場人物
島津家久、新納忠元、肝付兼寛、大野駿河守、宮原筑前守、前田豊前守、島津義久、大口・相良勢
宛先
—
キーワード
長谷場越前自記、永禄十二年、島津家久、戸神尾、稲荷山、伏兵、番替、前田豊前守、百三十六首、捕虜、装束、月毛、摩利支天
後編1-No.499記事確認度 高

島津中務大輔家久譜

羽月城を守る新納忠元・肝付兼寛から伏兵策への同意を求められた家久が、五月六日に戸神尾・稲荷山へ兵を伏せた。敵が城から出なかったため家久は大口城下で鉄砲を放って挑発し、雲霞のように追う敵を戸神尾西へ誘導、自ら敵首を取った。合図で伏兵が四方から攻め、百三十六人を斬り一人を捕虜として大口方を弱体化させた。

登場人物
島津家久、新納忠元、肝付兼寛、大野忠宗、宮原筑前守、大口城兵
宛先
—
キーワード
島津家久譜、永禄十二年、羽月城、新納忠元、肝付兼寛、戸神尾、稲荷山、伏兵、鉄砲、挑発、敵首百三十六、捕虜
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 371大口衆軍功・首注文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

大口衆合戦太刀打・手負・首注文

寛永十五年二月二十八日未刻、肥前有馬原城本丸で鑓を働かせた大口衆を中心に、手負、首取得、射撃、屏越、戦死などを列記した注文。高城七郎左衛門尉、肱岡左近丞、松下惣左衛門尉、濱川西市丞らの手負と各証跡人を記し、続く『首注文』では松木平兵衛、小城弥左衛門尉、寺師刑部左衛門尉、帖佐喜兵衛、原田新兵衛らについて首一つずつと証跡人または無証跡を区別する。さらに敵への弓射、敵の鑓・道具の取得、屏越、加賀守鑓場・本丸での戦死を記す。本文に作成者、宛所、差出日はなく、目録年月日欄も空欄。編者注は『旧記雑録後編五』二一四三号文書と同文とする。

登場人物
作成者記載なし(大口衆軍功名簿)
宛先
宛先記載なし
キーワード
大口衆、大口衆軍功注文、寛永十五年二月二十八日未刻、肥前有馬原城本丸、鑓、手負、首注文、首1、証跡人、無証跡、弓射、屏越、敵鑓取得、敵道具取得、加賀守鑓場、戦死、高城七郎左衛門尉、肱岡左近丞、松下惣左衛門尉、濱川西市丞、松木平兵衛、小城弥左衛門尉、寺師刑部左衛門尉、帖佐喜兵衛、原田新兵衛、目録日付空欄、宛先なし、旧記雑録後編五2143号同文
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0118神社仏閣帳抄旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

大口郷神社仏閣帳抄

大口麓の愛宕について、天正二年に地頭忠元が建立したと伝える由緒帳の抄録。私家代として名寄高に加えた四石分の務米を祭米に用い、毎年六月二十四日に茶を立ててきたという。検地などの際にも妨げられなかったとし、宝殿・石櫃籠所の寸法と村中の修理、愛宕山勝軍院薬師寺の山号寺号を記す。萬延元年二月に別当が御郷士年寄衆へ届けた内容で、他の条項は省略している。

登場人物
新納武蔵守忠元、別当篠原恵法院、大口御郷士年寄衆
宛先
—
キーワード
大口郷神社仏閣帳抄、天正二年建立、祭米四石分、六月廿四日茶立、検地時の取扱い、宝殿と石櫃籠所、村中修理、萬延元年由緒調
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0135請用日記抄旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

天正五年大口郷地頭請用日記抄

大口郷に残る天正五年六月の請用日記。地頭と家中の請用を分け、米・酒米・味噌・もち米や、干物・鮑・海老・塩・鯛・飛魚・鰹、宿賃などの数量と銭を列記する。濱之市での干物代も含む。地頭参会時の祭事入用は行数を省略し、久仰が別に写し置いたとしている。

登場人物
大口郷地頭、大口郷家中、新納久仰
宛先
—
キーワード
天正五年大口郷地頭請用日記抄、六月の地頭請用、家中請用、米と酒米、味噌、もち米、干物、塩、宿賃、飛魚、鰹、参会時の入用
後編4-No.456記事確認度 高

新納忠元勲功記

慶長十三年、新納忠元が年頭祝儀のため加治木へ参上し、八月には家久へ月毛の馬を献上した。家久は帷子三領・酒二樽を与え、忠元の長年の武功と忠勤を称賛して、八十三歳の老齢をいたわったことを記す勲功記。

登場人物
新納忠元、島津家久、大口衆、肥後仲左衛門盛良、中嶋孫右衛門
宛先
—
キーワード
新納忠元勲功記、年頭祝儀、加治木、献馬、月毛馬、帷子、酒、武功、忠勤、八十三歳
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 399島原落城時の死傷原因伝承旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

旧伝集

旧伝集は、島原一揆の城攻めで討死した者は、鉄砲・弓・槍の三種の武器による傷で大方が死亡し、それ以外の深手や、手などを突然切り落とされる例はなかったという伝承を記す。大口衆の黒木三右衛門が若年に島原へ出陣し、長命して語った話だという。

登場人物
黒木三右衛門(大口衆、伝承者)
宛先
宛先記載なし
キーワード
旧伝集、島原一揆、城攻め、討死、鉄砲、弓、槍、三種の武器、傷、黒木三右衛門、大口衆、若年出陣、口伝
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0079自記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

長谷場越前自記

大口と眞幸の敵を圧迫し、伊東の楠比良の陣も崩れたことを記す。八月十八日から大口を包囲して秋作を妨げ、求麻・八代・大口の兵が出るたびに戦ったため、敵は疲弊して和平を申し入れた。菱刈方の命を助け、九月中旬に大口の番衆を引くと籠城側も降った。城内で太平を祝い、鎌田尾張守の働きを賞し、諸城に地頭を置いて軍勢を帰したという。

登場人物
島津貴久、義久、歳久、幸久、鎌田尾張守、相良氏、求麻衆、八代衆、大口衆
宛先
—
キーワード
長谷場越前自記、伊東陣の崩壊、大口の包囲、秋作の妨害、敵の疲弊、相良の和議、九月中旬の撤退、太平
後編1-No.621記事確認度 高

新納忠元勲功記

元亀三年五月の木崎原合戦で、新納忠元が大口から兵を直ちに差し立てて島津義弘を援けたとする。後日、飯野城移徒の祝席へ向かう途中で盗賊を討ったため遅参した忠元に対し、義弘は事情を聞いて賞賛した。また祝いの席で火に通じる名を避けた刀を用いた心配りから、武事に限らず万事に配慮する人物と重ねて褒めたという逸話を載せる。

登場人物
新納忠元、島津義弘
宛先
飯野、大口、吉松、般若寺越
キーワード
新納忠元勲功記、元亀三年、木崎原合戦、新納忠元、島津義弘、大口、援軍、飯野城移徒、盗賊、刀、賞賛
後編1-No.1122文書確認度 高

島津氏老臣連署寄進坪付

島津義久が肥後矢崎城出陣の際に立てた誓願に基づき、勝利後、大隅国一山のうち浮免五反を大口苗代薬師へ新寄進した坪付。市来宗左衛門先・樋渡し・奈良木・比良田などを掲げ、老臣五人が連署する。

登場人物
本田親貞、上井覚兼、平田光宗、村田経定、伊集院忠棟、市来宗左衛門
宛先
大口苗代薬師
キーワード
島津氏老臣連署寄進坪付、大口苗代薬師、矢崎城、誓願、浮免五反、本田親貞、上井覚兼、伊集院忠棟
後編1-No.1410記録確認度 中

上井覚兼日記

天正十二年五月一日から二十一日までの日記。覚兼は荒廃した温泉山を巡拝し、大村・長崎・南蛮僧側からの使者や質人問題に対応した。島原・三会の番衆配置、有馬方諸城の警固、神代氏の質人を八代へ送ることを調整し、五月十七日に有馬を出帆、佐敷・大口・飯野を経て宮崎へ帰着した。帰国後は馬追・参詣・饗応を記す。確定版標題は『土井覚兼日記』だが、本文標柱は『上井日記』である。

登場人物
上井覚兼、新納忠元、有馬鎮貴、伊集院忠棟、川上忠智、鎌田政近、神代氏、島津義虎、肝付兼寛
宛先
温泉山、井福、島原、安徳、佐敷、大口、飯野、宮崎
キーワード
上井覚兼日記、温泉山、長崎、南蛮僧、質人、島原番衆、有馬、帰帆、佐敷、大口、宮崎
追録1-No.495文書旧記雑録暫定版確認度 高

人別請取手形

伊地知主膳正に付けられた松坂金右衛門と家族三人が当地へ移ったため、新納加賀守方の人別帳から除くよう大口衆へ求め、切支丹宗門ではないことを保証した人別請取手形。

登場人物
松坂金右衛門と家族、伊地知主膳正、伊知地佐左衛門、西田和泉守、白坂左京
宛先
大口御衆中
キーワード
人別請取手形、松坂金右衛門、伊地知主膳正、大口、人別帳、移住、切支丹宗門
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 624-2廻状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

鎌田大炊助政慶廻状

鎌田政慶が、召し置いた人数の名書には主取の名と派遣先を記し、この状を確認後に順次回送するよう命じる。郡山以下十三か所の御曖衆中を回覧先とし、十四日未刻に大口へ次渡したとの追記がある。

登場人物
鎌田大炊助政慶
宛先
郡山・清敷・山田・百次・隈之城・中郷・水引・高江・高城・阿久根・高尾野・出水・大口の御曖衆中
キーワード
八月十二日、鎌田政慶、人数名書、主取、派遣先、廻状、郡山、清敷、山田、百次、隈之城、中郷、水引、高江、高城、阿久根、高尾野、出水、大口、十四日未刻
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 598廻状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津久慶外二名連署廻状

長崎への黒船来航により、隠岐守・馬場三郎左衛門・高木摂津守・日根野織部からの連絡次第で人数を差し出すため、遠方の南潟衆を来る五日に向田へ集合させるよう命じる。山田民部少輔は出水へ赴き、高奉行から人数賦書立が届くので各人を見分して受け取るよう付記する。

登場人物
北郷佐渡守久加、川上因幡守久国、島津弾正大弼久慶
宛先
阿久根・高尾野・出水・大口御曖衆中
キーワード
七月朔日、北郷久加、川上久国、島津久慶、長崎、黒船、隠岐守、馬場三郎左衛門、高木摂津守、日根野織部、南潟衆、来る五日、向田、山田民部少輔、出水、高奉行、人数賦書立、阿久根、高尾野、大口
後編1-No.389記録確認度 高

大口士浜川西市丞覚書

永禄十年十一月二十四日、義弘が般若寺越から馬越城へ押し寄せ、城兵を多数討って攻略した結果、横川・本城・曽木・湯尾・羽月・平和泉・青木・市山が同日に島津方へ入ったとする覚書。大口城は球磨の援軍を得て永禄十二年五月まで抗戦したが、援軍が引き揚げて開城し、新納忠元が地頭となったこと、各地から住民が移されたことも記す。

登場人物
浜川西市丞、島津義弘、菱刈氏、相良氏、新納忠元
宛先
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キーワード
大口士浜川西市丞覚書、永禄十年、馬越城、島津義弘、菱刈氏、大口城、球磨援軍、永禄十二年、新納忠元、地頭、移住
後編1-No.494記録確認度 高

大口戸神尾合戦従軍者交名

永禄十二年五月六日の大口戸神尾・稲荷山伏兵戦に参加した島津一門・諸将を列挙する交名。島津義久・貴久・家久、新納忠元、肝付兼寛、大野駿河守、宮原景種、前田豊前守らを掲げ、同月二十五日の祁答院長野城攻めで勇功を挙げた比志島氏、新納久鏡、鎌田政年らも付記する。

登場人物
島津義久、島津貴久、島津家久、島津歳久、島津幸久、島津忠長、新納忠元、肝付兼寛、大野駿河守、宮原景種、前田豊前守、比志島国貞、鎌田政年ほか
宛先
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キーワード
大口戸神尾合戦従軍者交名、永禄十二年、戸神尾、稲荷山、伏兵、島津家久、新納忠元、肝付兼寛、大野忠宗、宮原景種、前田豊前守、長野城、従軍者
後編1-No.634文書確認度 高

大口天満天神厨子裏書

大口郷篠原村の天満天神木像を納める厨子の裏書。像は高さ七寸五分で、新納武蔵が建立したとの伝承を記し、当旦那藤原忠元、大宮司久甫、大工宇戸藤助藤原忠重の名と、元亀三年八月二十五日の造立を記載する。

登場人物
新納武蔵、藤原忠元、大宮司久甫、宇戸藤助藤原忠重、新納五郎左衛門尉、新納刑部大輔
宛先
天満天神
キーワード
大口天満天神厨子裏書、元亀三年、篠原村、天満天神、木像、新納武蔵、藤原忠元、大宮司久甫、宇戸藤助、造立
後編1-No.816文書確認度 中

大口泉徳寺勝軍地蔵光背銘

大口泉徳寺本尊の勝軍地蔵木像・光背・蓮台の寸法を記し、大檀那新納忠元・忠恒の武運長久と家門繁栄を願って華厳意曇が造立した旨を刻む。確定版年月日は天正元年だが、本文銘文は天正三年乙亥菊月二十八日と読める。

登場人物
新納忠元、新納忠恒、華厳意曇
宛先
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キーワード
大口泉徳寺、勝軍地蔵、光背銘、新納忠元、新納忠恒、華厳意曇、武運長久、家門繁栄、年次相違
追録8-No.922-3大口羽月山野等を合郷し牛山太良菱刈の名称を定める達旧記雑録暫定版確認度 中

大口・羽月・山野を牛山郷、本城・曾木を太良郷、馬越・湯之尾を菱刈郷とする

薩州伊佐郡内の大口・羽月・山野を合郷して牛山郷、隅州菱刈郡内の本城・曾木を合郷して太良郷、同郡の馬越・湯之尾を合郷して菱刈郷と称するよう定める。原「菱刈七ヶ郷」が小郷であること、兵隊編制・治事上の理由を挙げ、旧名の由緒によって合郷と名称を命じ、地頭と関係先へ通知する。朱明治二巳十月十日、知政所。伊佐郡と菱刈郡の原区分、三組の合郷対応を保持し、七郷全てを菱刈郡へ移し替えず、人口・兵員数・現代自治体との一致や実施完了は補わない。

登場人物
知政所、各郷の地頭、承知すべき関係向々、兵隊(実人数不記)
宛先
地頭、承知すべき関係向々
キーワード
原922の3薩州伊佐郡大口羽月山野合郷牛山郷隅州菱刈郡本城曾木合郷太良郷馬越湯之尾合郷菱刈郷原菱刈七ヶ郷小郷兵隊編制治事舊名由緒朱十月十日
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0070覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

大口士濵川西市丞覚書

馬越城を攻め落とし、五百余騎を討ち取ったとする覚書。その日のうちに周辺の八城が島津方へ参じたが、大口は求麻から入った八千余騎とともに籠城した。翌年五月六日の戸神の戦いで相良方の入番兵を破ると加勢も引き退き、籠城側は薩摩へ城を下した。忠元が大口の地頭を命じられ、各地から兵や移住者が集まったことも記す。

登場人物
新納忠元(武蔵殿)、兵庫頭、相良氏
宛先
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キーワード
大口士濵川西市丞覚書、馬越攻城、五百余騎の損害、八城の帰服、大口籠城、戸神の戦い、忠元の地頭就任、移住
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0091神社由緒帳抄旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

大口郷神社由緒調帳抄

長峯の諏方大明神について、忠元の勧請、男女二体の神体、社殿と附属社、祭礼の運営を記す由緒調帳。大口への移住年と建立年には記載の食い違いがあるとし、古帳を参照している。嘉永三年の火災で神体と古札を失い再興したが、延宝年間の棟札写は残った。七月十八日の祭礼、前夜の夕祭、祭米三十五升の下付、五月朔日の頭屋・諸役の決定、地頭代参、神馬などを伝える。末尾には古帳の社殿寸法と神主の勤務由来、萬延元年六月の由緒調を載せる。

登場人物
新納武蔵守忠元、新納久仰、仏師大塔良政、神主二之宮清左衛門
宛先
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キーワード
大口郷神社由緒調帳抄、諏方の勧請、神体、移住と建立年の異同、嘉永三年の社頭火災、再興、延宝棟札、七月十八日祭、頭屋と役割、祭米三十五升、社殿寸法
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0097段銭反米日記抄旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

大口諏方社段銭反米日記抄

大口郷に残る諏方社の段銭・反米の日記の抄録。一町五反分の米三升五合・銭四十文を新納五郎左衛門尉、十八町分の銭三百廿文・米五斗八升を新納刑部太輔の名とともに記す。途中の人名・数行などは省略されている。

登場人物
新納五郎左衛門尉、新納刑部太輔
宛先
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キーワード
大口諏方社段銭反米日記抄、段銭、反米、一町五反分、十八町分、米三升五合、銭四十文、米五斗八升、銭三百廿文
島津世禄記-A19記事関連史料(外伝)確認度 高

大口凶徒再変和而伊東築陣事付忠良逝去之事并大口退治之事

大口勢が和議を破り、伊東氏も飯野・桶比良へ陣を築いたことから再戦となった経緯を記す。島津方は伊東陣を揶揄する狂歌を送り、貴久も出陣を図るが、長雨や兵の動揺のため作戦は進まなかった。その間に大口勢が守兵を襲い、双方に死者を出す。同年十二月、島津忠良が死去し、法号・称号が記される。翌年、忠平の弟家久、新納忠元、肝付兼寛らは二段の伏兵を設け、家久が大口城下で敵を挑発して神尾方面へ誘い込み、大勝して多数を討った。さらに祁答院長野城を攻め、補比良の伊東陣も撤退させる。大口城は兵器・糧食を失って降伏し、相良方から人質が出され、貴久・義久が入城した。忠良の死という家中の転機と、伏兵・鉄砲を用いた大口平定を一体として記す。

登場人物
島津貴久、島津義久、島津忠良、島津義弘(忠平)、島津家久、新納忠元、肝付兼寛、鎌田政年、相良氏、菱刈氏、伊東義祐
宛先
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キーワード
和議破棄、忠良死去、伏兵、大口平定、人質、家久
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0061自記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

長谷場越前自記

十二月廿九日に山口の足軽が大口城の麓へ迫ると、求麻・大口の兵が四、五手に分かれて攻撃したことを記す。西原河口では市来・平田・伊集院の隊も戦い、敵の大勢に押されて密集した中で討死者を出した。一山城へも攻めたが弓と鉄炮で大きな損害を受け、大口へ引き退いたという。

登場人物
山口足軽、求麻衆、大口衆、市来備後守家利、平田加賀守、伊集院刑部少輔久慶
宛先
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キーワード
長谷場越前自記、十二月廿九日の攻囲、四五手の出撃、密集、討死、弓鉄炮、撤退
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0062自記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

箕輪伊賀自記

山口の足軽が十二月廿九日に大口の城麓へ掛かると、求麻・大口から三千人ほどが出撃したと記す。西原川口では市来・平田・伊集院の隊が攻めたが、大勢に打ち負けて討死者を出した。さらに一山へ進むと鉄炮で多数が負傷したため、皆が大口へ引き退いたという。

登場人物
山口足軽、求麻衆、大口衆、市来備後守、平田加賀守、伊集院刑部少輔
宛先
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キーワード
箕輪伊賀自記、十二月廿九日の出撃、三千人、黒煙、敵の大勢、討死、一山城の鉄炮、撤退