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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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36 件 (全巻)/ 1–36件を表示

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前編2-No.2268文書確認度 中

島津勝久書状

島津勝久が肝付伴兵衛兼屋に、先に申した女性を船で送る件について、船の手配を急ぎ、早く迎え入れるよう求めた書状。

登場人物
島津勝久、肝付伴兵衛兼屋、女性
宛先
肝付伴兵衛兼屋
キーワード
島津勝久、肝付伴兵衛兼屋、女性、船、移送、二月廿五日
前編2-No.1652文書確認度 高

島津忠昌書状

島津忠昌が、前日の合戦で諸将が示した忠節と働きを比類ないものと賞し、その勇戦をねぎらうとともに、今後も状況に応じて尽力するよう伝えた書状。

登場人物
島津忠昌、肝付半兵衛兼屋、合戦参加者
宛先
—
キーワード
島津忠昌書状、肝付半兵衛兼屋、文明十八年、十月五日、合戦、忠節、軍功、慰労
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 115-2書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津久賀外二名連署書状

北郷久加・喜入忠政・島津久賀が島津久頼・肝付兼屋・東郷昌重・吉利忠張へ、全員が急いで渡るよう命じる。荷物は船、人は徒歩とし、陣屋道具を余計に積まないこと、渡り終えるまで吉利忠張・東郷昌重が残ることを指示する。山狩奉行の長谷場兵右衛門・肥後内蔵助には狩りの結果を報告させ、有馬へ伝えるため早く来るよう求める。

登場人物
北郷久加、喜入忠政、島津久賀、島津久頼、肝付兼屋、東郷昌重、吉利忠張、敷根但馬守、伊勢弥市、長谷場兵右衛門、肥後内蔵助
宛先
敷根筑前守久頼殿、肝付三郎四郎兼屋殿、東郷若狭守昌重殿、吉利下総守忠張殿
キーワード
北郷久加、喜入忠政、島津久賀、島津久頼、肝付兼屋、東郷昌重、吉利忠張、荷物は船、人数は徒歩、陣屋道具制限、留守役、山狩奉行、長谷場兵右衛門、肥後内蔵助、有馬
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:119-37連署請文・相論裁許受諾/付随系譜・新田宮執印職継承旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

権執印外二名連署請文

寛文三年六月十九日、新田社家の権執印・大検校・千儀が肝付伴兵衛兼屋へ連署して提出した請文。執印休左衛門との相論で、休左衛門は新田社家の主取を前々から一人で務めてきたと主張し、三名は休左衛門と同役で諸事を勤めてきたと主張したが、双方の口上と古来所持する証文が吟味され、休左衛門に理があると裁許されたため、以後はその下知に従い難渋しないと請け合い、この旨をしかるべく上申するよう求める。付随系譜は第十八代友幸から友賢までを掲げ、友幸の島津綱貴への御目見・継目御礼・新番参勤供奉、友為・友中・友宗がそれぞれ太守へ太刀一腰・馬一疋を献じて御目見または祭祀継承の恩を受けたこと、友為・友中・友宗が指付新番として琉人を江戸へ護送したことなどを記す。

登場人物
執印休左衛門、権執印、大検校、千儀、肝付伴兵衛兼屋、友幸(初名実友、亀千代・久馬・久左衛門尉・丹下)、島津綱貴、友張(久十郎・仁右衛門・吉太・丹下・遊翁)、友為(百平・休左衛門・久馬)、島津重豪、島津小平太、友中(鈴之助・仁右衛門・丹下)、友宗(久四郎・吉太)、島津斉宣、比志島隼人、友賢(丑松・吉左衛門)
宛先
肝付伴兵衛殿(兼屋)
キーワード
権執印外二名連署請文、寛文三年六月十九日、新田社家、執印休左衛門、主取、同役、相論、口上、古証文、裁許、下知遵守、権執印、大検校、千儀、肝付伴兵衛兼屋、友幸、島津綱貴、御目見、継目御礼、新番、参勤供奉、友張、友為、島津重豪、友中、友宗、島津斉宣、祭祀継承、指付新番、琉人護送、江戸、太刀一腰、馬一疋、友賢、新田宮執印職
前編2-No.2254文書確認度 中

島津勝久書状

島津勝久が肝付方に、女性をめぐる件について外聞を損なわぬよう配慮を求め、枇山殿・本田同前との調整や船の手配を依頼した書状。

登場人物
島津勝久、肝付伴兵衛兼屋、枇山殿、本田同前
宛先
肝付越前守殿
キーワード
島津勝久、肝付氏、女性、外聞、枇山殿、本田氏、船、十月十八日
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 41-3文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津久賀・喜入忠政連署書状

喜入忠政・島津久賀が亀之河の島津久頼・肝付兼屋・東郷昌重・吉利忠張へ、鹿児島へ照会した条書への返答を知らせる。任意に有馬へ渡る者は自ら飯米と船を用意し、後日処分を受ける場合もあるとの命令なので、条書の写しを送り、当地から直接任意に渡ろうとする者も含め、配下の全員へ漏れなく申し渡すよう求める書状。

登場人物
島津久賀、喜入忠政、島津久頼、肝付兼屋、東郷昌重、吉利忠張
宛先
敷根筑前守(島津久頼)、肝付三郎四郎(兼屋)、東郷若狭守(昌重)、吉利下総守(忠張)
キーワード
喜入忠政、島津久賀、亀之河、鹿児島、条書回答、有馬、任意渡海、自飯米、自船、後日処分、全員周知
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 626家譜・肝付兼屋の島原出陣旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

肝付家譜

肝付家譜。肝付三郎四郎兼屋が正月九日に百余人を率いて出陣し、高尾野・阿多藤代・串木野などの兵と家僕を集め、米之津から船団を出して島原へ向かった経過を記す。

登場人物
肝付三郎四郎兼屋 佐藤仲兵衛尉貞利 阿多藤十郎 相良五右衛門
宛先
なし(家譜)
キーワード
肝付家譜 正月九日 肝付兼屋 島原出陣 米之津
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 749-1覚書・渡海用船の提供旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

記事

肝付兼屋の従臣緒方主殿の覚書。『同十六日』に加世田丸(九端帆)、関舟之頭覚右衛門の御舟を受け渡して渡海したと記す。『下文は十七日也』との参照注がある。

登場人物
緒方主殿 肝付兼屋 関舟頭覚右衛門
宛先
なし(覚書)
キーワード
緒方主殿 肝付兼屋 加世田 九端帆 関船 舟頭 渡海
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 781日記・久玉への移動と陣屋造り旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿日記

肝付兼屋の従臣緒方主殿の日記から、十八日に久玉へ上り、陣屋を造ったと記す一条を抜く。前の人名帳とは別の行動記録。

登場人物
緒方主殿 肝付兼屋
宛先
なし(日記)
キーワード
緒方主殿 肝付兼屋 久玉 陣屋 十八日
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 817記事・肝付兼屋らの久玉滞留旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安記事

この日、肝付兼屋らが久玉に逗留していたことは前日の日記にある、と参照を示す短い編者記事。

登場人物
肝付兼屋
宛先
なし(記事)
キーワード
肝付兼屋 久玉 逗留 前日日記参照
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 823日記・天草高根への着陣旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿日記

同二十一日、天草の高根という場所へ到着して陣を取ったと記す。久玉から六里の距離とする。典拠は肝付兼屋従臣緒方の日記。

登場人物
緒方主殿 肝付兼屋
宛先
なし(日記)
キーワード
緒方日記 肝付兼屋 高根 着陣 久玉 六里
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 199-1矢文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

矢文

肝付兼屋の従臣・緒方主殿介の覚書に写された矢文。城中から寄手の鍋島・肥後・豊後横目衆などを嘲る文句を列ね、二月十二日酉刻に城から付けた矢文とする。末尾に浮武士頭有馬亀之丞時貞・口之津左兵衛正利の名を記す。

登場人物
肝付兼屋、緒方主殿介、有馬亀之丞時貞、口之津左兵衛正利、鍋島殿、肥後殿、豊後横目衆
宛先
宛先なし(緒方主殿介覚書に写す城中からの矢文)
キーワード
肝付兼屋、緒方主殿介、矢文、城中、寄手、鍋島、肥後、豊後横目衆、二月十二日酉刻、有馬亀之丞時貞、口之津左兵衛正利
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 478上津浦からの帰陣・市来湊入津記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿覚書

肝付兼屋家臣緒方主殿の覚書は、三月十八日、上津浦から帰陣し、市来の湊へ入津したと記す。帰陣者の名は本文に明記されない。

登場人物
肝付兼屋、緒方主殿
宛先
宛先記載なし
キーワード
緒方主殿覚書、肝付兼屋家臣、緒方主殿、本文三月十八日、上津浦、帰陣、市来湊、入津、主体名明記なし
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID A:6-29返答書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

鎌田政直返答書

鎌田政直は、都城から提出された島津家文書百四通の写しを文箱に入れて北郷家へ返し、肝付伴兵衛から提出された同数の写しも本人方へ返却するよう指示した。文書の預かり先ごとに返却方法を分けて記す返答書。

登場人物
鎌田政直、北郷氏、肝付兼屋、平田清右衛門
宛先
平田清右衛門
キーワード
鎌田政直、北郷氏、肝付兼屋、平田清右衛門、都城、文書百四通、写本、返却、文箱
追録1-No.567記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津久雄誕生

光久の子女を並べた同胞横列で、綱久を先頭に女子三人・男子四人を略し久雄を掲げる。久雄は明暦元年六月二十三日生、母は津留筑右衛門正将の娘で、島津又助忠清の後嗣となる。異本の注は室を肝付伴兵衛兼屋の娘とする。

登場人物
光久、綱久、久雄、津留筑右衛門正将、島津又助忠清、肝付伴兵衛兼屋
宛先
—
キーワード
光久、綱久、久雄、同胞横列、誕生、母、津留正将、島津忠清、後嗣、異本、室
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 316覚書・戦場見聞・地誌旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿覚書

肝付兼屋の従臣緒方主殿が天草戦場を見分し、本戸大橋口などでの戦闘・討死者の伝承と石塔の所在を記した覚書である。後半は天草・島原各地の村浦間の里程を列挙し、戦場の地理関係を示す。

登場人物
緒方主殿、肝付兼屋、三宅藤兵衛、川崎伊右衛門、内衆山元五兵衛
宛先
該当なし(覚書)
キーワード
緒方主殿、天草戦場、本戸大橋、討死者、石塔、里程
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 425日記所収・原城物頭名簿旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

時任氏日記

島津久賀に従軍した時任氏の日記所収「有馬一起物語」。本丸の有馬四郎をはじめ、二・三の丸、出丸の将や侍大将・使番・鉄砲頭・武士頭・普請奉行の名を列記する。物頭は合計二十一人、年齢は二十から五十まで、勢は一万騎とする。肝付兼屋の従臣緒方主殿の日記にも大同小異の名書きがあり、異なる箇所を傍記したと説明する。

登場人物
島津久賀 時任氏 有馬四郎時貞 有馬掃部助定正 道崎對馬介次家 有江監物助貞次 池田清左衛門貞吉 有江市介光家 口之津次郎兵衛次家 芝田六藏種久 千石作右衛門正時 左馬滿安 上津浦大藏忠頼 大浦三左衛門清成 楠浦藏人正清 本戸但馬忠正 大塚次郎兵衛安光 有馬龜之丞時貞 上津浦三郎兵衛安平 口之津左兵衛正利 芝田六兵衛次重 濱田三吉忠安 藤崎小左衛門貞次 肝付兼屋 緒方主殿
宛先
なし(名簿)
キーワード
物頭二十一人 役職名簿 一万騎 人名異同
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 551覚書・武具歌と島原籠城歌の考証旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿覚書

肝付兼屋家臣・緒方主殿の覚書に収める、いろはを冠した弓・矢・鉄砲・玉薬などの歌を掲げる。伊地知季安は、城中からの矢文とみられる歌や板倉重昌討死後の兵糧攻めに関する歌を考証し、鹿籠の従臣から聞いた書にも同歌があると注記する。

登場人物
緒方主殿 肝付兼屋 伊地知季安 板倉重昌 鹿籠従臣
宛先
なし(覚書)
キーワード
緒方主殿覚書 いろは歌 弓矢 鉄砲 玉薬 矢文 兵糧攻め
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 628覚書・天草一揆征討軍の集結行程旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿覚書

肝付三郎四郎兼屋の従臣緒方主殿介の覚書。天草百姓一揆征討のため諸士・人数が集結し、鹿児島から木田を経て山崎へ着いて一宿した道程を記す。

登場人物
緒方主殿介 肝付三郎四郎兼屋
宛先
なし(覚書)
キーワード
緒方主殿覚書 天草百姓一揆 征討 鹿児島 木田 山崎
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 644覚書・木田から紫尾への行程旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿覚書

肝付兼屋の従臣緒方主殿の覚書。十日、曇天のなか木田を午刻に出立して紫尾へ申刻に到着し、一宿した四里の行程を記す。

登場人物
緒方主殿 肝付兼屋
宛先
なし(覚書)
キーワード
緒方主殿覚書 十日 木田 紫尾 四里 悪天候
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 690覚書・渡海延期旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

緒方主殿覚書

正月十三日・十四日・十五日は船がなかったため渡海できなかったことを記し、続く十六日の記事を参照させる短い覚書。本文見出しには肝付兼屋と兵糧方主殿に関する覚書である旨が見える。

登場人物
肝付兼屋 兵糧方主殿
宛先
なし(覚書)
キーワード
緒方主殿覚書 正月十三日 十四日 十五日 舟 渡海 兵糧方
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 764日記・久玉への渡海旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿日記

十七日、五枚帆船の受渡しがあり、人数は安楽縫殿介を主取として出船し、久玉へ着津したと記す。緒方自身は賄役に留め置かれてその船には乗らなかった。兼屋は長崎の宮之浦の三の口に一泊した後、十七日に出船して天草久玉へ到着し、船中で一泊したと記す。舟路は八里。

登場人物
緒方主殿 肝付兼屋 安楽縫殿介
宛先
なし(日記)
キーワード
五枚帆 出船 安楽縫殿介 賄役 久玉 船中泊
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 24記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安記事

伊地知季安の考証。山々の狩は薩州らに命じられ、在郷改は二月四日に寺沢・松倉両家へ、領内の百姓竈を調べ、邪宗に陥った人数と残留者の内訳を詳しく報告するよう命じられ、同十日・十二日に報告されたと述べる。また、細川忠利が正月二十六日に有馬へ着いたことから、同日か翌二十七日に島津久元の陣所を見舞い、それを川野監物が見て同夜上津浦へ帰って報告したのだろうと推量する。鹿児島から来た御袖判条書は二十七日条の七か条に当たると比定し、亀之川の物頭として吉利忠張・東郷昌重・肝付兼屋・敷根久頼らを挙げる。

登場人物
伊地知季安、薩州、寺沢氏、松倉氏、細川忠利、島津久元、川野監物、吉利忠張、東郷昌重、肝付兼屋、敷根久頼
宛先
宛先なし(編者考証)
キーワード
伊地知季安考証、山狩、在郷改、寺沢氏、松倉氏、百姓竈、邪宗、二月四日、細川忠利、有馬、島津久元陣所、川野監物、御袖判七か条、亀之川、物頭
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 199-2記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安記事

伊地知季安が、時任氏日記と肝付兼屋従臣・緒方主殿介の覚書を校合し、互いの誤りを訂して載せた記事。城中からの矢文の日付・歌の異同、島原への援軍不要との情報、寄手側の動向が城中へ漏れた経路を考証し、捕虜・間者などを通じた情報流入を指摘する。

登場人物
伊地知季安、時任氏、肝付兼屋、緒方主殿介、松平信綱、戸田氏鉄、有馬康純
宛先
宛先なし(伊地知季安記事)
キーワード
伊地知季安、時任氏日記、緒方主殿介覚書、校合、矢文、島原、情報漏洩、捕虜、間者、松平信綱、戸田氏鉄、有馬康純
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 63-25覚書・馬船考証旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

緒方主殿覚書

緒方主殿の島原従軍覚書から、四枚帆一隻に馬を乗せ、船頭室田利左エ門が天草久玉へ着いた記事を引く。後続考証では寛永九年の高割による騎馬五百騎と乗船・馬草の用意について、確かな証跡がないことや田中綱紀翁の言伝を述べる。忠恒の書状と新納忠増の船不足の記事を参照し、遠征先への馬輸送の困難を論じる。

登場人物
緒方主殿、肝付兼屋(見出し)、室田利左エ門、田中綱紀翁・忠恒・新納忠増(後続考証)
宛先
なし(覚書のため宛先なし)
キーワード
緒方主殿、島原従軍、四枚帆、室田利左エ門、天草久玉、騎馬五百騎、馬草、田中綱紀、新納忠増
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 656記事・各地出陣衆の米之津集結旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安記事

清色・鶴田・東郷・渋谷・阿久根・伊集院・種子島など各地から米之津へ集まった出陣衆について、領主・地頭と家衆・供夫の人数を列記し、船で久見崎へ向かった経過を記す。

登場人物
伊地知季安 清色地頭入来院石見守 肝付三郎四郎兼屋 田原主膳正 阿久根地頭
宛先
なし(記事)
キーワード
伊地知季安記事 米之津 出陣衆 人数 集結 久見崎
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 658覚書・紫尾から出水方面への行程旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿覚書

十一日、紫尾を卯刻に出立し、七里を進んで宿泊したのち、米之津へ向かう諸軍勢のため宿所を手配した行程を記す。

登場人物
緒方主殿 肝付兼屋 山田土佐殿
宛先
なし(覚書)
キーワード
緒方主殿覚書 十一日 紫尾 出水 米之津 宿所
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 661記事・各地出陣衆の米之津集結旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安記事

加世田・種子島など各地から米之津へ集まった出陣衆について、地頭・家衆・供夫の人数を列記し、船で久見崎へ向かった経過を記す。

登場人物
伊地知季安 喜入忠政 肝付兼屋 種子島左近
宛先
なし(記事)
キーワード
伊地知季安記事 米之津 出陣衆 人数 久見崎
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 663覚書・天草方面の渡海と船の差配旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿覚書

十二日、天草方面での渡海、船頭・加子を伴う船の運用、帰着後の使者・指示に関する経過を記した覚書。

登場人物
緒方主殿 肝付兼屋 平田民部
宛先
なし(覚書)
キーワード
緒方主殿覚書 十二日 天草 渡海 船頭 加子
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 797日記・天草出陣軍衆の組別人数旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿日記

十九・二十日は逗留したと記し、出水米之津と志ぐ戸で定めた天草出陣人数を掲げる。久元3,707人、久賀3,609人、久加3,692人、浮衆・船奉行と廻りの分245人、鹿児島兵糧渡衆主従15人とする。総計表記は10,268人だが、組別人数および人躰5,235人・卒者夫丸6,033人の和はいずれも11,268人となる。人数が未確定の者も注記し、寛永十五年正月十九日賦所と結ぶ。

登場人物
緒方主殿 肝付兼屋 島津下野守久元 島津豊後守久賀 北郷佐渡守久加 曽木甚右衛門 町田五右衛門 船奉行
宛先
なし(日記・人数賦)
キーワード
緒方主殿日記 天草立 組別人数 浮衆 船奉行 兵糧渡 総計不一致
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 834日記・三十人の山狩と亀之川への渡航旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

緒方主殿日記

同二十二日、軍衆三十人をキリシタンの山狩に登らせたと記す。高根から亀之川という所へ船で渡って陣を取り、道のりは六里、狩衆は往来四日で帰ったとする。

登場人物
緒方主殿 肝付兼屋 軍衆三十人
宛先
なし(日記)
キーワード
軍衆三十人 キリシタン 山狩 高根 亀之川 六里 四日
前編2-No.853文書確認度 高

島津久豊証状

島津久豊が樺山方の今回の忠節に報い、闕所が生じた際には最優先で二十町を宛行うと約した証状。肝付半兵衛兼屋家記に正文があると注記される。

登場人物
島津久豊(花押)、樺山教宗
宛先
樺山殿
キーワード
島津久豊、樺山教宗、証状、忠節、闕所、二十町、宛行、肝付兼屋
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 267-1記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

記事

肝付兼屋の従臣・緒方主殿の覚書に、原城から矢文を封じて射出したとあることを記す。次の文書267-2がその矢文。

登場人物
緒方主殿、原城
宛先
宛先なし(緒方主殿覚書の記事)
キーワード
肝付兼屋、緒方主殿、原城、矢文、封出、267-2
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 493覚書・島原陣中和歌風記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

緒方主殿覚書

肝付兼屋従臣緒方主殿の覚書。旅、細川、春城の霞、敵城、長岡、鍋島などを織り込んだ和歌風の文言で、島原陣中の心情と敵城に臨む覚悟を述べる。末尾に十二月十九日と記す。

登場人物
緒方主殿 鍋島勢 長岡勢
宛先
なし(覚書)
キーワード
緒方主殿 覚書 和歌 陣中心情 敵城 十二月十九日