SEARCH THE ARCHIVE

文書を探す

『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

検索範囲
すべての文書
読込量の目安
小
数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

14 件 (全巻)/ 1–14件を表示

ページ 1 / 1

前編2-No.1591記事確認度 高

島津忠昌譜

修理亮忠廉が庄内から平山へ帰り、二月十一日に鹿島内の川田城を攻めたが、川田飛弾守らが籠城して抵抗したこと、村田肥前守らの援軍と退却を記す譜記事。

登場人物
島津忠昌、修理亮忠廉、川田飛弾守、村田肥前守、伊集院氏、正八幡宮留主
宛先
—
キーワード
島津忠昌譜、修理亮忠廉、川田城、鹿島、川田飛弾守、村田肥前守、籠城、援軍、退却
前編2-No.2402文書確認度 高

犬追物手組

嶋津上野入道・武蔵守以下を左右に配置し、各人の射数を記した犬追物の手組。

登場人物
島津貴久、嶋津上野入道、嶋津武蔵守、三郎左衛門尉、河田飛弾守
宛先
—
キーワード
犬追物手組、島津貴久、嶋津上野入道、嶋津武蔵守、河田飛弾守、射手、射数
追録6-No.112書状旧記雑録暫定版確認度 高

松平武元外二名連署奉書

松平康福・松平輝高・松平武元が連署し、阿部飛弾守に宛て、松平薩摩守を従四位下少将から従四位上中将にする旨が仰せ付けられたので、口宣などを調えるよう伝奏衆へ申し入れることを命じる。明和元申十一月十三日付、三名の判。宛名には所司代・正允の人物注がある。出典注は全御譜中・写、写正文在右筆所。

登場人物
松平周防守康福、松平右京大夫輝高、松平右近将監武元、松平薩摩守、阿部飛弾守(所司代正允、人物注)、伝奏衆
宛先
阿部飛弾守殿(所司代正允、人物注)
キーワード
従四位下少将、従四位上中将、口宣、伝奏衆、調達、申入れ、所司代、三名連署、写
追録6-No.181-71報告書旧記雑録暫定版確認度 高

東郷実孝(留守居)首尾書

東照宮百五拾回御神忌法会に際し、日光山へ使者高橋此面を派遣して、御太刀一腰と御馬代黄金拾両を献納した首尾を記す。四月十七日、東郷源五が日光の本坊へ使者を案内した。御門主は御書院に出座し、老中松平右近将監、寺社奉行土岐美濃守・酒井飛弾守、大御目付筒井大和守、勘定奉行小野日向守、御目付松平庄九郎・松平縫殿頭・夏目藤四郎・新庄織部が出席した。別紙の御順書のとおり、使者が御太刀目録を持参して御書院の敷居内に備え、敷居外で平伏して退去し、奏者は東叡山執当であった。献納を済ませ、本人が案内した首尾を四月二十一日に左中様へ報告し、御順書一通を添付して差し上げる旨を申し添える。

登場人物
東郷実孝(源五)、高橋此面、御門主、松平右近将監、土岐美濃守、酒井飛弾守、筒井大和守、小野日向守、松平庄九郎、松平縫殿頭、夏目藤四郎、新庄織部、東叡山執当、島津久金(左中)
宛先
左中様
キーワード
東郷実孝(源五)、高橋此面、御門主、松平右近将監、土岐美濃守、酒井飛弾守、筒井大和守、小野日向守、松平庄九郎、松平縫殿頭、夏目藤四郎、新庄織部、東叡山執当、島津久金(左中)、御太刀一腰・御馬代黄金拾両の献納儀礼と案内首尾
追録7-No.1339書状旧記雑録暫定版確認度 高

松平仲雅書状(名代での恩旨・御礼)

扣正文在文庫。榮翁が参府したので上使の慰労という上意を受けありがたく述べる。榮翁に不快があるため自分を名代として申し上げ、豊後守にも不快があるので御礼を自分が申し上げるという。文化10年朱注、閏11月13日、松平飛弾守署、仲雅の名は目録。本書の両名の不快と名代御礼を採録し、独立宛名や症状診断は補わず、1338の上使土井・老中巡礼等を本書自体の記載に移さない。

登場人物
松平飛弾守(仲雅は目録)、松平榮翁、豊後守、上使
宛先
独立宛名なし(名代御礼書)
キーワード
榮翁参府上使慰上意、榮翁豊後守不快私名代御礼、閏十一月十三飛弾守仲雅目録
追録6-No.181-72書上旧記雑録暫定版確認度 高

日光山本坊への金品献納者名書

四月十七日、本坊で御太刀目録・金馬代を献納する者の名順を、侍従以上として書き付ける。松平加賀守・松平讃岐守・御名から、諸大名と隠居、喜連川金王丸・喜連川秀翁までを列記する。松平越前守には「服」、井伊掃部頭と松平右近将監には「於御宮献納」の注記がある。隠居については、松平空山を内蔵頭隠居、松平監物を左京大夫隠居、松平丹後守を信濃守隠居、松平杢頭を阿波守隠居、松平但馬守を安藝守隠居、宗式部大輔を対馬守隠居、酒井靈岳を修理大夫隠居と注記する。個別の服・御宮献納・隠居の注を名順とともに保持し、全員が同じ場所・条件で献納したと一括しない。

登場人物
松平加賀守、松平讃岐守、御名、松平越前守、井伊掃部頭、松平左京大夫、松平中務大輔、藤堂和泉守、松平弾正大弼、松平筑前守、松平相模守、松平左兵衛佐、松平信濃守、宗対馬守、佐竹右京大夫、松平内蔵頭、松平安藝守、松平佐渡守、松平光丸、松平右近将監、松平右京大夫、松平周防守、阿部伊豫守、阿部飛弾守、松平出羽守、松平陸奥守、松平肥後守、酒井雅楽頭、松平土佐守、有馬中務大輔、松平播磨守、上杉大炊頭、細川越中守、松平上総介、松平大膳大夫、伊達遠江守、松平阿波守、松平兵部大輔、酒井左衛門尉、秋元但馬守、井上大和守、本多伯耆守、松平空山、松平監物、松平丹後守、松平杢頭、松平但馬守、宗式部大輔、酒井靈岳、喜連川金王丸、喜連川秀翁
宛先
—
キーワード
松平加賀守、松平讃岐守、御名、松平越前守、井伊掃部頭、松平左京大夫、松平中務大輔、藤堂和泉守、松平弾正大弼、松平筑前守、松平相模守、松平左兵衛佐、松平信濃守、宗対馬守、佐竹右京大夫、松平内蔵頭、松平安藝守、松平佐渡守、松平光丸、松平右近将監、松平右京大夫、松平周防守、阿部伊豫守、阿部飛弾守、松平出羽守、松平陸奥守、松平肥後守、酒井雅楽頭、松平土佐守、有馬中務大輔、松平播磨守、上杉大炊頭、細川越中守、松平上総介、松平大膳大夫、伊達遠江守、松平阿波守、松平兵部大輔、酒井左衛門尉、秋元但馬守、井上大和守、本多伯耆守、松平空山、松平監物、松平丹後守、松平杢頭、松平但馬守、宗式部大輔、酒井靈岳、喜連川金王丸、喜連川秀翁、御太刀目録・金馬代献納者の名順と服・隠居の注記
追録6-No.125記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪官位昇進ノ口宣ヲ受ク

同年十一月廿八日、重豪が登営し、白書院で将軍家治に太刀一腰・馬代黄金一枚・縮緬十巻を献じて官位昇進の礼を述べた。御台所には白銀五枚・干鯛一匣、若君には太刀一腰・馬代黄金一枚を献じて拝礼した。同日、老中から所司代阿部飛弾守正允宛の奉書を賜った。十二月九日に高橋七郎右衛門種央・小倉仲之丞知澄を京都へ遣わし、奉書を正允に届けた。閏十二月十五日に伝奏姉小路前大納言公文宅で献上物・官物を呈し、公文が口宣を請い取り、種央に渡した。種央は翌乙酉正月十一日に芝邸へ戻り、重豪は大書院で口宣を受領した。知澄は年を越して京都に少し滞在し、二月十九日、近衛内前の執奏により黄金百両・絹三十疋を禁裏へ献じ、女房奉書を付けて三月九日に芝邸へ帰り復命した。出典は全御譜中。目録は記事で年月日欄を空欄とする。

登場人物
重豪、将軍家治、御台所、若君、所司代阿部飛弾守正允、高橋七郎右衛門種央、小倉仲之丞知澄、伝奏姉小路前大納言公文、近衛殿下内前
宛先
—
キーワード
十一月廿八日、官位昇進御礼、太刀一腰、馬代黄金一枚、縮緬十巻、白銀五枚、干鯛一匣、所司代奉書、十二月九日京都遣使、閏十二月十五日、口宣請取、乙酉正月十一日帰着、二月十九日禁裏献上、黄金百両、絹三十疋、女房奉書、三月九日復命
追録6-No.128書状旧記雑録暫定版確認度 高

島津久金・高橋種寿連署状

島津左中・高橋此面の連署状。十一月晦日付、朱注年記は明和元年で、目録は久金・高橋種寿とする。前日の老中連名奉書により廿八日朝六半時、重豪が熨斗目長袴で登城し、白書院で官位の御礼を述べ、土岐美濃守の取次ぎと輝高の処置で西丸でも御礼を済ませたと報告する。公方様へ太刀一腰・馬代金一枚・縮緬十巻、御台様へ白銀五枚・干鯛一箱、若君へ太刀一腰・馬代金一枚を献じ、老女七人へ白銀三枚ずつ、表御使衆四人へ二枚ずつ、若君附へ三枚ずつという贈答記載がある。岩橋・御乳人も記す。老中・板倉勝清・若年寄への御礼も記す。内証の御勤について本丸へ川井を送り、公方・御台・若君・万寿姫へ御礼を述べ、前例のない官位祝儀も、浄岸院の懇望により許されたことを伝える。公方へ香一折と重豪の直文、浄岸院への依頼献上、本丸からの差図、御前様から公方・御台・若君への香一折ずつ、万寿姫への口上、老女七人へ銀三枚ずつ、客会釈衆等へ銀二枚ずつを記す。長崎奉行宛の書状・祝物は後で照会するとする。口宣等の老中奉書を阿部飛弾守へ届けるため、高橋七郎種央と右筆小倉仲之丞知澄を来月九日に京都へ遣わし、官物・進物を先例通り手配するよう京都留守居へ申し送った。近隣国への通知、内輪祝物の取替え、家老・諸士への祝儀、女中方からの便書についても依頼する。出典注は全上・扣正文在家老座。

登場人物
島津左中(目録久金)、高橋此面(朱注上七郎、目録種寿)、島津山城久定、樺山左京久智、菱刈藤馬華臣、島津土鈴久郷、重豪、公方様、御台様、若君様、万寿姫君様、松平右京大夫、牧野遠江守康満、板倉佐渡守勝清、土岐美濃守定経、岩橋、御乳人、浄岸院、高橋七郎種央、小倉仲之丞知澄、阿部飛弾守、島津淡路守
宛先
島津山城殿、樺山左京殿、菱刈藤馬殿、島津土鈴殿
キーワード
十一月晦日、廿八日朝六半時、官位御礼、熨斗目長袴、白書院、西丸、太刀、馬代金、縮緬、白銀、干鯛、老女七人、表御使衆四人、御内証、浄岸院の願、香一折、直文、御勤、口宣、京都遣使、来月九日、官物進物、長崎奉行、近隣国通知、祝儀、便書
追録6-No.1351達書旧記雑録暫定版確認度 高

六月参勤の遠国大名は日光社参後に国元発足するよう通達

六月に一同参勤する者のうち、国元が遠く、例年早く国元を出立する者がいると聞いたので、この年は日光御社参が済んでから国元を発足するよう通達する。本文は安永五年二月、朱年の表示がある。続く大目付の廻状は松平右京大夫から渡された書付の写一通を送り、趣旨を承知して滞りなく順達し、最後から松平対馬守方へ返すよう求める。廻状の日付は二月二十五日、松平薩摩守殿奉ほか連名略す、右留守居宛。朱の小字注は、有馬中務大輔の家臣から廻状・書付写が到来したので大田原飛弾守の家臣へ順達し、写しを差し上げた旨と、同二十五日有川勇馬・左中様への記載を持つ。本文の二月と廻状・写送の二十五日を分け、六月参勤の遠国という対象条件、日光社参完了後という条件を保つ。実際に社参や発足を済ませた記事とはしない。

登場人物
松平右京大夫(輝高)、大目付、松平対馬守、有馬中務大輔、大田原飛弾守(原呼称)、松平薩摩守、有川勇馬、左中、留守居
宛先
大目付へ御渡し、松平薩摩守ほか(連名略す)の留守居
キーワード
六月参勤、遠国例年早出、日光社参相済上国元発足、右京大夫書付写一通、順達返却、二月二十五日、有馬大田原、有川左中
追録7-No.1338記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪が参府を礼謝し献物する記事

重豪公御譜中。閏11月13日、大家が老中土井大炊頭利厚を芝邸へ遣わし参府を労問した。宿痾がなお癒えない重豪は松平飛弾守仲雅に代わって恩旨を拝させ、老中各邸へ礼謝し、自身は病のため登城できないとする。15日に島津内膳久長を城へ遣わし、大家へ太刀1腰・縮緬10巻・白銀30枚、儲君へ太刀1腰・白銀30枚、御臺・御簾中へ白銀各5枚を献じ、いずれも参府を謝すと記す。年は目録文化10年。上使の来訪、本人不登城、仲雅の代謝礼、久長による相手別礼品を分け、帰国礼の縮緬5巻等を混ぜない。

登場人物
重豪、大家、土井大炊頭利厚、松平飛弾守仲雅、老中、島津内膳久長、儲君、御臺、御簾中
宛先
独立宛名なし(重豪公御譜)
キーワード
閏十一月十三土井利厚芝邸慰参府宿痾未癒仲雅代老中礼、十五久長大家太刀一縮緬十白銀三十・儲君太刀一銀三十・御臺御簾中各五、参府礼
追録8-No.673-2・674-1~2本文群(諸家協力通知・日田長崎兵引揚の報告書状・願書)旧記雑録暫定版確認度 中

諸家との親睦・助成を伝え、日田・長崎等の兵引揚の申出と取次を収める

原673の2は、秋月・相良・久留嶋・五嶋・米良との依頼・親睦と、伊東左京大夫が家老使者をもって一層助成すると伝えたことを通知し、王室への忠勤に協力すること、役人が国威を借りて境界の人民を軽蔑・苛酷に扱わないことを諸郷・私領にも知らせるよう求める。二月、龍衛・右衛門の表示がある。原674の1は、日田・長崎に出した兵の引揚げについて先月二十九日に松室伊勢へ書付を提出し、披露する旨を聞いたことを、辰二月十七日に関山が四家老へ報じる。唐津・天草の兵と本田圭兵衛への連絡、中将への伝達も記す。原674の2は、日田・長崎の司吏が逃れ人民が騒然としたため少しの兵を出して鎮撫し、民心が落ち着いているので兵を引き揚げたいと述べる御官名の願書。末尾は正月二十九日で、宜しく執奏を願う。

登場人物
龍衛・右衛門、秋月長門守・相良遠江守・久留嶋伊豫守・五嶋飛弾守・米良主膳・伊東左京大夫、関山、中将、非蔵人松室伊勢、本田圭兵衛、四家老(嶋津圖書・桂右衛門・川上龍衛・町田内膳)、御官名、日田長崎の司吏・人民(願書の叙述)
宛先
原673の2は向々・諸郷私領の地頭領主等への通達。原674の1は四家老。原674の2は執奏取次側
キーワード
原673の2二月龍衛右衛門秋月相良久留嶋五嶋米良伊東親睦助成忠勤役人国威軽蔑苛酷禁止諸郷私領原674親表示原674の1辰二月十七関山豊後日田長崎兵引揚先月廿九松室伊勢参与役所披露中将唐津天草本田圭兵衛原674の2正月廿九御官名司吏逃人民騒然少兵鎮撫民心相定人数引揚願執奏
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 710-2覚書・持口配分旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

戦場持口間数定覚

切支丹徒党の処置に関する前文を省略し、持口の間数と配分を記す。総182間の内訳に有馬36間・松倉146間を掲げ、146間の内25間を道に引くとする。続く持口渡覚は細川91間・松倉7間半・有馬39間・立花19間、原計157間と記す。内訳の計算値は156.5間で半間差がある。

登場人物
細川肥後守 松倉長門守 有馬兵部太輔 立花飛弾守
宛先
不詳
キーワード
戦場 持口 間数 道 切支丹
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 744日記・将軍による九州大名召集旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寛明日記

十六日、将軍が九州大名を召し、島原がまだ鎮まらないため急行して早期に討伐するよう命じ、馬や衣服を与えたと記す。土井・酒井・堀田・阿部らが上使を務め、大名は暇を賜って鎮西へ向かった。細川・黒田・鍋島・有馬・立花・小笠原・水野・榊原らを列挙し、人名訂注や榊原の子の年齢・父への随行を付記する。

登場人物
将軍 土井大炊頭利勝 酒井讃岐守忠勝 堀田加賀守正盛 阿部豊後守忠秋 細川忠利 黒田忠之 鍋島信濃守 有馬豊氏 立花宗茂 小笠原信濃守 同右近大夫 有馬左衛門佐 水野日向守 榊原飛弾守 同息左衛門
宛先
なし(日記)
キーワード
寛明日記 将軍 九州大名 召集 島原 討伐 上使 下賜
追録1-No.2271願書旧記雑録暫定版確認度 高

島津久寿願書

島津式部少輔久寿が老中三名へ、先年、同姓飛弾守の願いどおり自分へ跡式相続を命じられた厚意に謝する。又次郎が当年十五歳になったため、その家督相続を願い、自分もまだ若いので登城を許されたいと求める。

登場人物
島津久寿、島津惟久
宛先
大久保加賀守殿、阿部豊後守殿、戸田山城守殿
キーワード
島津久寿、島津惟久、先年跡式相続、十五歳、家督相続、登城、幕府老中、願書