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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

12 件 (全巻)/ 1–12件を表示

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後編2-No.932文書確認度 高

島津晴蓑遺書

島津歳久(晴蓑)が近習衆へ、自分は病で手足も不自由であり、秀吉に反逆する意図はなかったと弁明する遺書。島津家累代を守るため自分一人が自害すると家臣へ繰り返し伝えたが、家臣が承諾しなかった事情も記す。 病身の当主と従臣との葛藤、処断直前の心情を本人の言葉で伝える重要な史料である。

登場人物
島津歳久(晴蓑)、豊臣秀吉、島津義久、歳久の家臣ら
宛先
近習中
キーワード
島津歳久、晴蓑、遺書、近習中、豊臣秀吉、反逆嫌疑、病気、切腹、家臣、島津家
後編2-No.943記録確認度 高

島津義久詠草

島津義久(竜伯)が、歳久(晴蓑)の旧宅跡を訪れて詠んだ追悼歌。「露ではないのに袖が濡れる」と、亡弟を思う涙を露になぞらえて表現する。 政治的には歳久を処断せざるを得なかった義久の、兄としての悲嘆が直接表れた短い詠草である。

登場人物
島津義久(竜伯)、島津歳久(晴蓑)
宛先
—
キーワード
島津義久、竜伯、島津歳久、晴蓑、追悼歌、和歌、旧宅、涙、兄弟
附録2-No.178文書確認度 高

某書状

晴蓑の石塔・霊屋・位牌を立派に造り直し、供をした者の実名に合わせて石塔の銘も彫り直したこと、銀子六十両を渡して霊屋まで整備したことを若い浄土宗僧の働きとともに記した書状。

登場人物
島津常久、島津義弘、晴蓑、浄土宗僧
宛先
—
キーワード
晴蓑、石塔、霊屋、位牌、銘文訂正、銀子六十両、浄土宗、墓所整備、供養
後編2-No.800記事確認度 高

島津歳久譜

島津歳久の譜の記事。太守竜伯が祁答院へ赴いた際、宴席で和漢百韻が催されたことを記す。「ふりも来ぬ雨をこめたるわか葉哉」など参加者の句と名を掲げ、島津家周辺の文芸交流を具体的に伝える。

登場人物
島津歳久、島津竜伯、宗哲、花巌、晴蓑、瑞岳
宛先
—
キーワード
島津歳久、島津竜伯、祁答院、和漢百韻、連歌、宗哲、花巌、晴蓑、瑞岳、文芸
後編2-No.935記事確認度 高

島津常久譜

祖父・島津歳久(晴蓑)が秀吉の意に背いたとして竜ヶ水で討たれ、従った家臣も相次いで戦死した後、幼い島津常久(袈裟菊丸)が家の存続を担うことになった経緯を記す。 六尺にも満たず母の膝を離れない年齢の当主と形容し、残党の籠城で家が滅びかねない危機のなか、義久が歳久を追悼しつつ後継者保護と家の存続を図った事情を伝える。

登場人物
島津常久(袈裟菊丸)、島津歳久(晴蓑)、島津義久、歳久に殉じた家臣ら
宛先
—
キーワード
島津常久、袈裟菊丸、島津歳久、島津義久、竜ヶ水、殉死、幼少当主、宮之城、家督、家の存続
後編2-No.944記事確認度 高

島津義久譜

歳久(晴蓑)の首級以下が京都へ送られ、聚楽第東方の戻橋でさらされた後、秀吉から朱印状が下されたことを島津義久譜から記す。 歳久追討が薩摩国内の処断にとどまらず、首級の京都送付・公開によって豊臣政権への服従を示す政治事件となったことが分かる。続く八月十四日付朱印状群への導入記事である。

登場人物
島津義久、島津歳久(晴蓑)、豊臣秀吉
宛先
—
キーワード
島津歳久、島津義久、豊臣秀吉、首級、京都、聚楽第、戻橋、さらし首、朱印状、歳久事件
後編2-No.936記事確認度 高

島津竜伯書状

島津義久(竜伯)が大慈寺へ、歳久が秀吉の九州下向時に兵糧提出を拒み矢を射掛けたことなどから処断命令を受け、一身を犠牲にして家を残そうとしたと説明する。 歳久の家臣が殉死し、さらに宮之城へ籠城する動きが続いたため、龍雲寺の一岳和尚とも連携し、残党を説得して国家と家を存続させるよう依頼した書状である。

登場人物
島津義久(竜伯)、島津歳久(晴蓑)、豊臣秀吉、細川幽斎、龍雲寺一岳和尚、宮之城籠城衆
宛先
大慈寺
キーワード
島津義久、島津歳久、豊臣秀吉、細川幽斎、大慈寺、龍雲寺、宮之城籠城、兵糧、殉死、説得
後編2-No.937文書確認度 高

島津竜伯書状

島津義久(竜伯)が大慈寺へ、歳久の処断によって島津家の安全を図ったにもかかわらず、家臣たちが戦死し、残る衆が宮之城に籠城したことを「天道を恐れず君臣の法に背く」と厳しく非難する。 大慈寺に対し、袈裟菊丸以下の者が下城すれば安全を保障すると伝え、籠城衆を説得するよう求める。武力衝突の回避と歳久家の救済を僧侶へ託した書状である。

登場人物
島津義久(竜伯)、島津歳久(晴蓑)、袈裟菊丸、宮之城籠城衆
宛先
大慈寺
キーワード
島津義久、島津歳久、袈裟菊丸、大慈寺、宮之城籠城、下城、安全保障、説得、君臣の法
後編2-No.968文書確認度 高

島津久保書状

島津久保が比志島紀伊守へ、通路が危険で報告が遅れたと断ったうえで、梅北国兼の反乱、歳久の自害、細川幽斎の薩摩下向と領国処置について所感を述べる。 薩摩勢に先立って朝鮮へ渡ったのは義久と島津家を守るためだったと弁明するが、国元から兵船が来ず借船で渡海し、兵・船とも不足して軍役が立たない窮状を詳述する。追加渡海と兵站整備を求める長文書状である。

登場人物
島津久保、比志島紀伊守、島津義久(竜伯)、島津歳久(晴蓑)、細川幽斎、梅北国兼
宛先
比志島紀伊守
キーワード
島津久保、比志島紀伊守、梅北一揆、島津歳久、細川幽斎、朝鮮出兵、渡海、兵船不足、兵力不足、軍役
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:78文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

伊勢貞昌書状

伊勢兵部少輔の書状。家中三名の召し出しと扶持・知行、祢答院や真崎・庄内をめぐる扱いについて、先年の書付や相談の経緯を挙げて回答を求める。寛永十六年六月二十八日付。

登場人物
伊勢貞昌、先年晴蓑、東郷御領受候、御支配之、伊東二、霜蓋
宛先
先年晴蓑、御支配之、霜蓋
キーワード
伊勢貞昌書状、領地・地頭職、儀礼・贈答、目録・所蔵、伊勢
後編2-No.925文書確認度 高

島津晴蓑歳久辞世

島津歳久(晴蓑)が、「晴蓑めが魂の在り処を人が尋ねても、白雲の行方のように分からないだろう」と詠んだ辞世。 死後の魂の行方を白雲に託した簡潔な歌で、追討を受けて死を迎える歳久の覚悟と無常観を直接伝える。白浜次郎左衛門・比志島紀伊守宛の形で残る。

登場人物
島津歳久、白浜次郎左衛門、比志島紀伊守
宛先
白浜次郎左衛門、比志島紀伊守
キーワード
島津歳久、晴蓑、辞世、和歌、白雲、白浜次郎左衛門、比志島紀伊守、竜ヶ水、死生観
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:79文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島津久元・伊勢貞昌連書状

島津久元・伊勢貞昌の連署書状。先年の祢答院の件について久顕公の意向を受けたことを述べ、東郷への出入りや知行の扱いについて老中らに早く申達するよう求める。寛永十年六月十八日付。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌連、晴蓑、可従龍伯
宛先
可従龍伯
キーワード
島津久元・伊勢貞昌連書状、領地・地頭職、伊勢