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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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28 件 (全巻)/ 1–28件を表示

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後編2-No.981文書確認度 高

島津義久袖加判町田久倍書状

町田久倍が米屋源三郎へ、父・彦兵衛が京田で奉公したことを理由に、源三郎も引き続き召し抱え、当郡内の知行を与えると通知する。 別紙目録の土地を確実に領知し、今後も奉公に励むよう求める。父の功績を子の召抱えと知行安堵へ結び付けた家臣処遇の書状である。

登場人物
島津義久、町田久倍、米屋源三郎、米屋彦兵衛
宛先
米屋源三郎
キーワード
島津義久、町田久倍、米屋源三郎、米屋彦兵衛、奉公、知行宛行、別紙目録、家臣処遇、父子
後編3-No.176文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が伊集院下野入道へ、旧冬に石田治部少輔が渡海した際に革二枚を贈られた礼と新年の祝意を述べた書状。今回、新納将監・波多彦兵衛尉を使者として渡海させるので、両人の申し入れを聞き届け、諸事に力添えするよう求める。

登場人物
島津義弘、伊集院下野入道、石田治部少輔(三成)、新納将監、波多彦兵衛尉
宛先
伊集院下野入道殿
キーワード
島津義弘、伊集院下野入道、石田三成、革二枚、新年、新納将監、波多彦兵衛尉、使者、渡海、取次、書状
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 182覚・書上旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

市来八左衛門尉覚

覚。貴理師旦宗改衆日記を細々見届け、居候半右衛門道具改、不審者の沙汰、他の必要条書を指示する市来八左衛門尉覚。木上殿への報告と不審者の内証聞合せを命じ、十二月二十九日、市来八左衛門尉から源五左衛門殿・彦兵衛尉殿宛で結ぶ。

登場人物
市来八左衛門尉、源五左衛門・彦兵衛尉
宛先
源五左衛門・彦兵衛尉
キーワード
市来八左衛門尉覚、市来八左衛門尉、源五左衛門・彦兵衛尉
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 336書状・派遣命令旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

町田久則書状

町田久則が、白輪村庄屋満尾弥八左衛門に天草出立が命じられたことを山口源五左衛門尉・酒匂彦兵衛尉へ伝えた書状である。庄屋派遣に必要な手配を促し、天草一乱対応で村役人まで動員された状況を示す。

登場人物
町田久則、満尾弥八左衛門、山口源五左衛門尉、酒匂彦兵衛尉
宛先
山口源五左衛門尉・酒匂彦兵衛尉
キーワード
町田久則、満尾弥八左衛門、白輪村、天草、山口源五左衛門、酒匂彦兵衛
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 200書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

市来宗友書状

市来宗友が松下源五左衛門・酒匂彦兵衛へ、熊野元志摩之助を通じた知らせを披見したと伝え、帰陣を待つ。仮屋用の畳を急いで出すよう求め、殿様の陣屋用や鹿児島御道具持に必要な分を差し引いた上で、残りを調達・差替えするよう指示する。

登場人物
市来八左衛門宗友、熊野元志摩之助、松下源五左衛門、酒匂彦兵衛、鹿児島御道具持
宛先
松下源五左衛門尉殿、酒匂彦兵衛尉殿御宿所
キーワード
市来宗友、熊野元志摩之助、松下源五左衛門、酒匂彦兵衛、帰陣、仮屋、畳、陣屋、鹿児島御道具持
後編3-No.1301文書確認度 高

本田少吉書状

本田少吉が勝一郎へ、扶持に関する音信がなく心細いこと、自身も山口勘兵衛方でいまだ堪忍して助丞の上洛と返事を待っていることを伝える。旅庵と狭い宿で寒さに難儀している近況を述べる一方、川上四郎兵衛・助七・久右衛門・東郷源六・進牟木彦兵衛らが無事であると知らせ、助丞が上洛すれば自分たちの下向も可能になるので急ぐよう求める。

登場人物
本田少吉、勝一郎、助丞、山口勘兵衛、旅庵、川上四郎兵衛、助七、久右衛門、東郷源六、進牟木彦兵衛
宛先
勝一郎殿
キーワード
本田少吉書状、本田少吉、勝一郎、山口勘兵衛、旅庵、助丞、扶持、上洛、下向、京都滞在、近況報告
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w6:520-2記録・覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

肝付彦兵衛奥書

『伴氏并勝部氏系図』の伝来・書写に関する奥書。串良下小原の万八千大明神神主・石塚相模のもとに格護されていた系図を、明和九年壬辰四月二十四日に肝付彦兵衛が写したと記す。

登場人物
肝付彦兵衛、石塚相模
宛先
—
キーワード
肝付彦兵衛奥書、伴氏并勝部氏系図、串良、下小原、万八千大明神、神主、石塚相模、格護、書写、明和九年、壬辰、四月二十四日
後編1-No.86記録確認度 高

壱岐賀州年代記

弘治三年の飫肥東光寺・新山をめぐる合戦を記す。肝付勢の志布志口出兵、六月十六日の新山攻めと宮田織部らの戦死、九月二十日の飫肥・北郷勢による東光寺攻撃を伝える。

登場人物
伊東義祐、長倉勘解由、肝付氏、宮田織部、北郷衆、平郡彦兵衛
宛先
—
キーワード
壱岐賀州年代記、弘治三年、飫肥、東光寺、新山、伊東氏、肝付氏、北郷氏、戦死
附録2-No.1005文書確認度 高

島津光久書状

本田仲左衛門尉が評定所の秘密を知って申し出た件について、老中衆の議題を誰から聞いたのかを徹底して究明し、隠せば処罰すると申し渡すよう命じた島津光久書状。捜査できなければ老中の一人と仲左衛門尉を直接対決させる方針も示す。

登場人物
島津光久、本田仲左衛門尉、岩切彦兵衛、北郷佐渡守、頴娃左馬守、山田民部少輔
宛先
北郷佐渡守・頴娃左馬守・山田民部少輔
キーワード
島津光久、本田仲左衛門尉、評定所、機密漏洩、老中、穿鑿、処罰
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 458-5書状・渡海経路伺い旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

市来宗友書状

市来宗友が松下源五左衛門尉・酒匂彦兵衛尉へ送った書状。山奉行衆の書物を持参したことを報じ、水鳥越を通る渡海の可否、鳥ノ儀を被仰越候との事情、天草・島原方面の動静と人数を尋ね、指示を求める。

登場人物
市来宗友 松下源五左衛門尉 酒匂彦兵衛尉 山奉行衆
宛先
松下源五左衛門尉・酒匂彦兵衛尉
キーワード
山奉行衆 書物 渡海 水鳥越 天草 島原 人数伺い
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:107-17覚書・奉公由緒/系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

上原休兵衛覚書

三月二十七日、上原休兵衛が大峯彦兵衛へ、先代上原源右衛門は高麗渡海の際に島津義久の側へ召し置かれて渡海せず、帰朝後、渡海衆への加増とは別に『雨之御旗』に関する使者役の加増として五十石を与えられ、兵具方を勤めたとする家伝を伝え、由緒調査の際には関係文書を見せてほしいと求めた覚書。伊作田を上原氏の本名とする伝承も掲げるが、系図がないため実否は不明と明記する。付属系図は尚益・尚清・尚傳・尚志・尚賢・尚續・尚方らをたどり、延享四年四月十二日に尚益が養子尚清へ家職を譲ったこと、宝暦九年二月二十八日に尚傳が家督を継いだこと、平田家への養子、上原林悦の別家、松元・岸・餅原各家との婚姻などを記す。

登場人物
上原休兵衛、上原源右衛門、島津義久、義久公、大峯彦兵衛、上原尚益、上原尚清、新納次郎四郎久某、上原尚傳、上原尚志、上原尚賢、弥九郎善蔵、平田彦左衛門、上原林悦、上原尚續、上原尚方、松元孝右衛門、岸喜右衛門、市兵衛、市太郎、餅原十蔵
宛先
大峯彦兵衛殿
キーワード
上原休兵衛覚書、三月二十七日、上原源右衛門、高麗渡海、島津義久、義久近侍、渡海不参加、雨之御旗、使者役、加増五十石、兵具方、伊作田、上原氏本名伝承、系図不在、実否不明、由緒文書、延享四年、養子尚清、家職譲渡、新納次郎四郎、宝暦九年、尚傳家督、平田家養子、上原林悦別家、婚姻、系図
追録7-No.2469覚書旧記雑録暫定版確認度 高

島津重豪覚書

重豪公御譜中の覚書。五月九日に女房奉書が到着したため、同日京都へ飛脚を立てることから記事を始める。使者を迎える家老・側役・表用人・留守居の装束、高輪表門から書院までの出迎え、奉書を捧げ持つ越彦兵衛の役割、客間・書院での家老の差添え、女房奉書文臺の設置、重豪の出座と拝見、右筆への受渡し、箱への収納と記録方での格護までを箇条書きで記す。

登場人物
島津重豪、女房奉書の奉者、家老・側役・表用人・留守居、千麻袴、高輪表門の出迎え役、越彦兵衛ほか
宛先
—
キーワード
島津重豪、天保二年五月九日、女房奉書、京都飛脚、家老、側役、表用人、留守居、高輪表門、書院、越彦兵衛、儀礼次第、格護
追録2-No.2784記事旧記雑録暫定版確認度 中

家宣代替に伴う吉貴拝礼と太刀代馬代等献上の記事

吉貴公譜は、四月二日から五日の家宣代替拝礼を記す。三日に吉貴が登営し、太刀一腰〈備前国綱代金十五枚〉・御馬一疋〈代金二十両〉を献じて着座し、井上正岑と間部詮房の館へ礼に赴く。六日、若松彦兵衛久亀を使者として御台君へ白銀三十枚・箱肴一種、竹姫へ白銀二十枚を進上する。

登場人物
吉貴・徳川家宣・井上正岑・間部詮房・若松彦兵衛久亀・御台君・竹姫
宛先
—
キーワード
吉貴、家宣代替拝礼、四月三日登営、備前国綱太刀代金十五枚、御馬一疋代金二十両、井上正岑、間部詮房、若松久亀、御台君白銀三十枚箱肴一種、竹姫白銀二十枚献上
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 360編纂史料・戦記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

藤掛集書

霜月二十二日の城攻めを記す。並河太左衛門・嶋田十郎左衛門らが守る伊勢丸に一揆勢が竹束を寄せると、六匁筒の鉄砲で撃退する。一揆勢が裏へ回って水の手を断つなか、岡原彦兵衛・上月八助の戦死、呼子平右衛門や古川傳右衛門らの出撃を叙述する。十六歳の古川九市郎が負傷した傳右衛門を担いで戻り、後に水谷伊勢守から五百石で召し抱えられ古川浅右衛門と名乗ったことを記す。守備側の奮戦で一揆勢は有馬方面へ移ったと結ぶ。

登場人物
並河太左衛門 嶋田十郎左衛門 関善左衛門 渡邊与次右衛門 小笠原斉 柴田弥五兵衛 柳元五郎左衛門 岡原彦兵衛 上月八助 呼子平右衛門 古川傳右衛門 古川九市郎 水谷伊勢守 古川浅右衛門 河岸茂右衛門 澤木七郎兵衛
宛先
なし(戦闘記事)
キーワード
藤掛集書 伊勢丸 六匁筒 水の手 古川九市郎 古川浅右衛門 有馬
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 364編纂史料・戦記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寛明日記

二十二日未明、一揆勢が富岡城の伊勢殿丸へ竹束を寄せて攻めたが、並河太左衛門・島田十郎左衛門が大筒で竹束を倒し、多くを討って退けたと記す。一揆勢は搦手へ回り水の手を断ち、城中は一、二日渇水した。岡原彦兵衛・上月八助・呼子平右衛門・河岸茂右衛門・澤木七郎兵衛らが出撃して城を守り、岡原彦兵衛には討死と注する。末尾に二十三日戊子を掲げる。

登場人物
並河太左衛門 島田十郎左衛門 岡原彦兵衛 上月八助 呼子平右衛門 河岸茂右衛門 澤木七郎兵衛
宛先
なし(戦闘記事)
キーワード
寛明日記 富岡城 大筒 竹束 水の手
追録7-No.無番号_0042報告書旧記雑録暫定版確認度 高

犬追物上覧旧記大概(目録621の1)

大猷院の代、大隅守光久が家伝犬追物の上覧を願い、正保4年11月13日に武州王子村で行った旧記を、享和元年5月にまとめる。前年4月7日には試しとして老中・大名・旗本を芝屋敷へ招き二手組で実施。正保3年4月18日の国元への暇と帰国挨拶、翌年3月射手参府、9月12日の上覧命令・13日光久登城、18日会場普請の命令と家老・地引担当、28日の上覧許可再通知、11月3日射手の修行、10日の酒井讃岐守による図書召出しと13日実施決定を記す。光久側の膳進上願は不要とされ、射手は12騎ずつ三手に分け計36騎、別に射手以外の検見・喚次ら12騎と記す。会場は竹垣、東西42間・南北40間、三か所の口。烏帽子・素袍・小刀・籠手・鞢・行縢・沓、馬上弓・蟇目矢、奉行・記録役と二童子の装束を記す。己上刻、尾張・紀伊・水戸父子らが桟敷、光久・又三郎が御目見・献上、12騎ずつ三手組の犬追物を開始。一手組の追加希望も叶い、終了後は茶亭で再召、光久へ脇差、又三郎へ腰物、射手・掛役へ膳と時服を賜った。申上刻過ぎ帰還、16日に父子・家老・射手が登城謝礼し太刀等を献上、時服を頂戴、12月2日にも上覧御礼、二丸大納言への御目見・献上・腰物拝領を経て本丸へ登城した。各準備日、人数、寸法、当日の進行と複数回の謝礼を分ける。

登場人物
大猷院、豊後守、大隅守光久、阿部豊後守(忠秋)、阿部対馬守(重次)、島津図書(久通)、新納右衛門(久詮)、川上芳庵(久慶)、相良主税、有川与左衛門、鎌田源左衛門(政純)、平田藤右衛門、酒井讃岐守(忠勝)、伊那半十郎、熊澤彦兵衛、松平伊豆守(信綱)、又三郎久平、尾張(光義)・紀伊(光貞)・水戸(頼房)、射手・奉行・童子
宛先
独立宛名なし
キーワード
正保犬追物上覧、王子村、準備日程、射手各手12騎・三手36騎、別役12騎、会場42間40間、装束弓矢、桟敷、追加一手、時服腰物、登城謝礼
追録8-No.501-3帰国許可者の急派名書と発足・到着注旧記雑録暫定版確認度 中

帰国許可者を御用のため急派する名書と発足・到着記録を伝える書付

樺山市郎・鎌田郷左衛門・川上平九郎・有馬藤太・井上直次郎ら、帰国を許可された者の名書。御用があるため来る廿日に急いで当地へ差し立てるよう命じる三月式部の書付で、名書は三列に二十六名を列記する。続く注は十七日に命じ、廿日子刻に発足するよう申し合わせたことと、甲子四月二日・三日に追々着いたことを記す。有川十左衛門には右かという原注がある。許可、急派の指示、発足時刻の取決め、到着の後記を分け、御用の具体内容や勤務地は補わない。

登場人物
樺山市郎、鎌田郷左衛門、川上平九郎、有馬藤太、井上直次郎、染川伊兵衛、村瀬彦兵衛、鈴木源五左衛門、上原藤十郎、大山彦次郎、有川十左衛門(右カ注)、椎原助八、白尾彦助、中村新兵衛、谷山彦右衛門、鶴丸彌兵衛、池之上仲右衛門、簗瀬善兵衛(姓字形留保)、日高軍次郎、河野半藏、加藤清次郎、大田八郎、春山越右衛門、黒木直左衛門、川村與四郎、毛利喜平太、式部(注:川上久美)
宛先
列記された帰国許可者
キーワード
帰国許可者急派名書二十六名、樺山市郎鎌田郷左衛門川上平九郎、御用来廿日当地差立、三月式部川上久美、十七申付廿日子刻発足、甲子四月二日三日追々到着、有川十左衛門右カ注
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 39連署書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

山田七郎右衛門尉外二名連署書状

山田七郎右衛門尉ら三名が川因幡守へ、本丸・二之丸の間を埋める普請、堀や出入口、五つの口の守備配置と昼夜の巡回を報告する。紀之国様・尾張様の不和や兵具用意の風聞、江戸飛脚、伊東殿の帰宅、秋月殿の福島到着予定も伝える。八郎ヶ野番衆の海老原源助から孫六へ状況を伝え、急変時に連絡する段取りを記す。

登場人物
山田七郎右衛門尉、伊集院彦兵衛尉、床次少左衛門尉、川上久国、海老原源助、孫六、紀之国様、尾張様、伊東殿、秋月殿
宛先
川上因幡守
キーワード
山田七郎右衛門尉、城普請、門番、兵具、江戸飛脚、秋月氏
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 311集書・戦況記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

藤掛集書

夜明けに海手・山手から小嶋子の一揆勢を攻め、上津浦へ追撃した経過と、味方が本戸・富岡へ引き取った戦況を記す。富岡籠城後の足軽配置、火矢・鉄砲による応戦、討死者と防備の混乱まで詳述する。

登場人物
藤掛勘九郎、三宅藤右衛門、岡原彦兵衛、渡辺與次右衛門、古橋庄助
宛先
該当なし(集書記事)
キーワード
藤掛集書、小嶋子、上津浦、富岡籠城、火矢、鉄砲、追撃
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 314日記・戦況記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寛明日記

十四日未明、一揆勢が小島子へ押し寄せ、油断していた唐津勢が敗走した戦況を記す。富岡へ退いた残兵と筒城を守った人数、三宅藤兵衛以下の討死者・守備者を列挙する。

登場人物
三宅藤兵衛、入江平左衛門、並河九兵衛、原田伊豫、岡原彦兵衛
宛先
該当なし(日記記事)
キーワード
寛明日記、十四日夜襲、小島子、唐津勢、筒城、討死
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 359編纂史料・戦記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平塞録

二十二日、天草四郎ら一万余の一揆勢が富岡城を再攻撃した経過を記す。十九日の退却後に攻撃を予告した一揆勢は志岐村で竹束などを準備して押し寄せ、城兵は鉄砲・大木・大石で防戦する。攻撃が水口へ回ると原田伊豫や島田・並河らの指揮下で諸士が出撃し、岡原・上月の戦死、古川の負傷と十六歳の九郎市による救出などを列挙する。多勢に圧迫された守備側が本丸内へ引き入るところまで叙述する。

登場人物
天草四郎 原田伊豫 島田 並河 津田五郎八 古橋権太夫 原田主馬 大竹新助 呼子平右衛門 澤木七郎兵衛 原彦兵衛 上月八助 吉川傳右衛門 塩田市右衛門 井上角右衛門 福永六郎左衛門 野藤助之丞 松本七左衛門 山原作右衛門 川岸茂右衛門 山彦右衛門 古川 傳右衛門 九郎市
宛先
なし(戦闘記事)
キーワード
平塞録 富岡城 天草四郎 竹束攻め 水口 防戦 九郎市
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w7:22-2系図・酒匂氏左衛門尉家/軍歴・伝来什物・家例復興旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

酒匂氏左衛門尉系図

酒匂氏左衛門尉家の系譜・軍歴・伝来什物の家例を記す。新左衛門尉から治部少輔へ続き、日州目白坂で戦死した人物を置く。源左衛門尉は鎌田尾張守政年とも称し、島津義久に仕え、伊集院忠朗・島津忠将の移動に従った後、永禄四年七月十二日の竹原山合戦で忠将とともに戦死し、配下三十余人も討死した。景宗は義久から正嫡と認められ、肝属郡串良など八町を知行したが、肝属一郡が伊集院幸侃へ与えられると子らは蒲生、のち出水へ移った。景政を猶子、景明を婿養子とする家督継承、後裔の婚姻・早世・地頭職も載せる。酒匂家伝来の観音像と『天之御母衣』は、家督者が千日潔斎・七か月別火を行って一度拝し、太刀・樽肴を献じて藩主へ披露する家例であった。景明・景義の代に中断したが、景安が旧例復興を訴え、宝永元年三月三日に儀礼を再興し、宝永五年閏正月十六日には忠久伝来什物を収めた筥蔵の小番を代々務めるよう命じられた。

登場人物
新左衛門尉、治部少輔、源左衛門尉、鎌田尾張守政年、島津義久、島津忠久、伊集院大和守忠朗(孤舟)、島津右馬頭忠将、新次郎、景国、景政(志摩之助)、景近(彦兵衛)、彦左衛門、景宗(次郎・新左衛門尉)、町田出羽守久倍、本田因幡守親治、島津図書頭忠長、伊集院幸侃、景明、景義、景安、島津綱貴、酒匂景堅、景春
宛先
—
キーワード
酒匂氏左衛門尉家、日州目白坂、源左衛門尉、鎌田尾張守政年、島津義久、伊集院忠朗、島津忠将、竹原山合戦、永禄四年七月十二日、三十余人戦死、景宗、正嫡、肝属郡串良、八町知行、伊集院幸侃、蒲生、出水、猶子、婿養子、観音像、天之御母衣、千日潔斎、七か月別火、太刀・樽肴、景安、家例復興、筥蔵、小番
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:102系図・前田茂右衛門家旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

前田茂右衛門家系図

加世田士前田茂右衛門家の系図。祖先の前田兵部左衛門尉兼政が加世田に住み、天正七年に日州飫肥へ召し移され、同十四年七月二十七日に飫肥で戦死したと伝える。家伝では三代前まで肝付を称したが、家が盛んでなかったため前田を名乗ったといい、兼政の弟兼定は谷山へ移り、弟兼長は加世田に住んだと分けて記す。後続の兼昌・兼逸・兼通・兼明・兼治らの系線には、日向から母と姉妹が加世田へ移った話、幼くして知行を受けた記事、宮原・若松・河野・相徳武などへの女子の婚姻と早世も添える。

登場人物
前田茂右衛門、兼政、兼定、兼長、兼昌、兼逸、兼通、兼明、兼治、宮原傳左衛門頼常、相徳武左衛門全延、若松十左衛門忠秀、河野彦兵衛
宛先
なし(系図)
キーワード
前田茂右衛門家系図、加世田士、前田兵部左衛門尉兼政、肝付から前田への改姓、天正7年飫肥移住、天正14年飫肥戦死、兼定谷山移住、兼長加世田居住、幼年知行、女子婚姻
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:15-1文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島津源兵衛願書

播磨国に住む島津源兵衛の願書。先祖の系譜と感状を根拠に島津家との同族関係を訴え、困窮した家筋を取り立てて奉公を許してほしいと薩摩の役人に願い出る。明和七年十月付。

登場人物
島津源兵衛、彦兵衛家嫡三、三右衛門嫡子次郎、次郎、御太守、家系相績仕候、御役人衆中
宛先
次郎右衛門上揖保庄龍野町、之内女子壱人他家、御太守、御役人衆中
キーワード
島津源兵衛願書、系図・由緒、寺社・宗教、役職・人事
前編1-No.1201文書確認度 高

大隅守護北条時直書下

大隅国肝付弁済使入道殿尊阿が申す富郷飯熊別当并同扶持人彦兵衛尉兼村の船間事について、訴状どおり糺明し、早く権進・論人らの状を取るよう救仁郷地頭代へ命じた書下。

登場人物
北条時直・大隅国肝付弁済使
宛先
大隅国肝付郡
キーワード
北条時直、書下、肝付弁済使、飯熊別当、彦兵衛尉兼村、船間、救仁郷
追録2-No.1868文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津吉貴書状

吉貴が十二月二十六日、若松彦兵衛へ、公方の機嫌を喜び、今月十一日に少将任命を仰せ出されたことに謝す。口宣等の奉書を受けて使者を差し上せるので、その扱いについて指図を願い、祝儀品として太刀・馬代黄金十両・時服十を進覧すると伝える。細事は使者の口上によるとする。

登場人物
島津吉貴
宛先
若松彦兵衞
キーワード
吉貴、若松彦兵衛、公方、少将任官、今月十一日、口宣、奉書、使者派遣、指図、太刀、馬代黄金十両、時服十、祝儀品、進覧、使者口上、十二月二十六日
追録2-No.2874記事旧記雑録暫定版確認度 中

家宣の本丸移徙を祝う島津吉貴の献上

十一月二日、家宣が西丸から本丸へ移徙した。吉貴は四日、在江戸の家老島津大藏久明を使者に、塩鶴一箱・鰯一箱・昆布一箱・樽三荷を献じて祝う。御台君には二種干疋子を贈り、若松彦兵衛久亀が使者となって二丸で納めた。

登場人物
吉貴・家宣・御台君・大藏久明・若松久亀
宛先
—
キーワード
吉貴、家宣西丸本丸移徙、十一月二日、四日祝儀、久明使者、塩鶴一箱、鰯一箱、昆布一箱、樽三荷、御台君、二種干疋子、若松久亀、二丸納
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W04_文書0000-1系譜・家譜集成旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

諸家調抄 上

郡山遜志が調えた薩摩藩士諸家の由緒・系譜・奉公履歴の抄録上巻。冒頭に家名をいろは順に掲げ、市来新左衛門・岩切彦兵衛から名越斧右衛門まで、同姓の別家・庶流も個別に記す。父祖・子孫・養子・婚姻、家督継承・別立・改姓を軸に、知行・移住・地頭職、納戸・右筆・奉行・番役、江戸や京都での勤めを追う。朝鮮出兵・関ヶ原・琉球渡海・島原等の軍役、戦死・帰参・処罰・赦免や出家も収め、系図・伝授系統、調書・朱書等の異説・未詳注を伴う。

登場人物
郡山遜志(編)、市来・伊集院・伊地知・新納・本田・東郷・川上・種子島・土持・中村ほか各家
宛先
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キーワード
諸家調抄 上、郡山遜志、藩士家譜、いろは順、養子、別立、知行、奉公履歴、軍役、異説注