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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:102系図・前田茂右衛門家旧記雑録拾遺暫定版・確認中

前田茂右衛門家系図

系図全体は無年次(天正7年の飫肥移住・同14年7月27日の戦死を記載)/原整理番号 102

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

加世田士前田茂右衛門家の系図。祖先の前田兵部左衛門尉兼政が加世田に住み、天正七年に日州飫肥へ召し移され、同十四年七月二十七日に飫肥で戦死したと伝える。家伝では三代前まで肝付を称したが、家が盛んでなかったため前田を名乗ったといい、兼政の弟兼定は谷山へ移り、弟兼長は加世田に住んだと分けて記す。後続の兼昌・兼逸・兼通・兼明・兼治らの系線には、日向から母と姉妹が加世田へ移った話、幼くして知行を受けた記事、宮原・若松・河野・相徳武などへの女子の婚姻と早世も添える。

登場人物

前田茂右衛門、兼政、兼定、兼長、兼昌、兼逸、兼通、兼明、兼治、宮原傳左衛門頼常、相徳武左衛門全延、若松十左衛門忠秀、河野彦兵衛

宛先

なし(系図)

キーワード

前田茂右衛門家系図、加世田士、前田兵部左衛門尉兼政、肝付から前田への改姓、天正7年飫肥移住、天正14年飫肥戦死、兼定谷山移住、兼長加世田居住、幼年知行、女子婚姻

冊子頁

598~599頁

読込量

中

面白さ

★★★★☆

原文を確認

(3)383~603頁(諸家系図文書1~3).pdf