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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

27 件 (全巻)/ 1–27件を表示

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後編4-No.1710文書確認度 中

島津忠広一流系図

島津忠広が義弘の長女御屋地の所領を受け、朝久の二男でありながら延宝五年に光久の命で豊州家を離れ忠朗の次男に準じられ、元禄十六年に没して萬山孤峯大居士と号したこと、および子孫を示す一流系図。

登場人物
島津忠広、島津義弘、島津光久、島津忠朗
宛先
島津忠広
キーワード
島津忠広一流系図、島津義弘、御屋地、豊州家、島津光久、島津忠朗、萬山孤峯大居士、延宝五年、元禄十六年
後編4-No.1709記事確認度 中

島津光久譜

島津光久譜中、忠広が元和六年十二月十八日に生まれ、光久の同母弟で、初め忠弘と称し、東市正を経て入道後に萬山と号したことを記す系譜記事。

登場人物
島津忠広、島津光久、島津忠朗、島津久直
宛先
島津忠広
キーワード
島津光久譜、島津忠広、島津光久、同母、忠弘、東市正、萬山、出生、元和六年十二月十八日
附録2-No.1006文書確認度 高

島津光久判物

豊州家の養子となったものの知行が少なく、当時は私領扱いで別知行がないと聞いたため、黄門へ伺ったうえで光久の持高から五百石を与え、当面の知行とすることを認めた島津光久判物。

登場人物
島津光久、島津忠広、黄門
宛先
島津忠広
キーワード
島津光久、島津忠広、養子、知行、五百石、判物
前編2-No.2618記事確認度 中

豊州島津忠広譜

天文十八年四月五日、飫肥をめぐる伊東方との戦いで豊州島津忠広・北郷方が応戦し、敵方に損害を与えた経過を記す。

登場人物
島津忠広、伊東氏、北郷氏、小杉六郎三郎
宛先
—
キーワード
豊州島津忠広譜、島津忠広、伊東氏、北郷氏、小杉六郎三郎、飫肥、四月五日、合戦
前編2-No.2384記事確認度 中

島津国史

天文九年、長倉上総介・能登守兄弟が伊東氏に背いて川南を押領したため、伊東義祐が北郷忠相らの加勢を得て討伐した経過を記す。島津忠広の援助、両軍の布陣、戦闘と長倉方の処置に及び、地域領主の離反が伊東・北郷・島津各勢を巻き込む戦役となったことを示す。

登場人物
長倉上総介、長倉能登守、伊東義祐、北郷忠相、島津忠広
宛先
—
キーワード
島津国史、天文九年、長倉上総介、長倉能登守、伊東義祐、北郷忠相、島津忠広、合戦
前編2-No.2389記事確認度 中

庄内平治記

天文九年、長倉上総介・能登守兄弟が伊東氏に背いて河南を押領したため、伊東義祐方が北郷忠相へ援軍を求めた合戦を記す『庄内平治記』。島津忠広も長倉方を支援し、清水城周辺で両軍が攻防を重ねた。各勢の布陣と進退を追い、長倉兄弟が敗北して地域支配を失うまでを詳述する。

登場人物
長倉上総介、長倉能登守、伊東義祐、北郷忠相、島津忠広
宛先
—
キーワード
庄内平治記、天文九年、長倉氏、伊東氏、北郷忠相、島津忠広、清水城、合戦
前編2-No.2390記事確認度 中

庄内平治記

天文九年頃、伊東氏に背いた長倉上総介・能登守兄弟が島津忠広へ援軍を求めた事件を記す。北郷方を含む諸勢の出陣、清水城周辺での攻防、双方の戦死者と部隊の退却を追い、伊東領内の内紛が島津・北郷勢の軍事介入へ発展した経過を示す。

登場人物
長倉上総介、長倉能登守、伊東氏、島津忠広、北郷氏
宛先
—
キーワード
庄内平治記、天文九年、長倉氏、伊東氏、島津忠広、清水城、出陣、退却
前編2-No.2391記事確認度 中

瀬戸口伊豆入道覚書

伊東氏と長倉上総介・能登守兄弟の争いに際し、島津忠広方が福島・志布志などの諸勢を集めて出陣した経過を記す覚書。清嶽・鬼山周辺での兵配置、城攻め、戦死者、援軍到着、撤収までを追い、伊東方支援に動員された大隅・日向国境軍の実態を示す。

登場人物
瀬戸口伊豆入道、島津忠広、伊東氏、長倉上総介、長倉能登守、福島衆、志布志衆
宛先
—
キーワード
瀬戸口伊豆入道覚書、島津忠広、伊東氏、長倉氏、福島、志布志、清嶽、合戦
前編2-No.2413記事確認度 中

殉国名藪

天文十年、島津忠広の臣日置美作守が伊東義祐勢との戦いで討死したことを記す。日付を九月三日または三月三日とする異説や、同族新納氏の戦死者も挙げる。

登場人物
日置美作守、島津忠広、伊東義祐、新納孫四郎忠常、新納伊勢守忠弘
宛先
—
キーワード
殉国名藪、日置美作守、島津忠広、伊東義祐、新納氏、天文十年、戦死、異説
前編2-No.2419記事確認度 高

庄内平治記

同月晦日、島津忠広が肝付領蓬原を攻めるため北郷左馬介らに出陣を命じたが、二家の勢がそろわず敗走し、園田将監らが討たれたことを記す。

登場人物
島津忠広、肝付氏、北郷左馬介、園田将監、祢占八郎左衛門尉
宛先
—
キーワード
庄内平治記、島津忠広、肝付氏、蓬原、北郷左馬介、出陣、敗走、討死
前編2-No.2420記事確認度 中

島津国史

天文十一年以降の北原・本田・北郷諸氏の抗争をまとめる国史記事。溝辺玉利・高松城・生別府の戦闘、養子縁組による同盟と離反を追い、島津忠広・種子島時堯らの動向を記す。諸氏が最終的に島津貴久方へ帰属していく過程を示す。

登場人物
北原祐兼、本田董親、北郷忠相、島津忠広、種子島時堯、島津貴久
宛先
—
キーワード
島津国史、天文十一年、北原祐兼、本田董親、北郷忠相、島津忠広、種子島時堯、合戦、離反
前編2-No.2617記事確認度 中

北郷忠相譜

天文十八年三月廿二日、伊集院忠朗・豊州島津忠広らが飫肥方面へ進み、諸将を率いて攻城・防戦したことを記す。

登場人物
北郷忠相、伊集院忠朗、豊州島津忠広、志布志氏
宛先
—
キーワード
北郷忠相譜、北郷忠相、伊集院忠朗、島津忠広、志布志氏、飫肥、三月廿二日、攻城
前編2-No.2395記事確認度 中

島津忠朝譜

島津忠朝の系譜と事績をまとめ、忠広方と伊東義祐方の戦争を記す。長倉上総介・能登守兄弟をめぐる争いから忠広方が出陣し、清嶽・鬼山などで戦闘を重ねた経過、島津貴久らの仲介を含む交渉を追い、最終的に伊東方との講和へ至ったことを示す。

登場人物
島津忠朝、島津忠広、伊東義祐、長倉上総介、長倉能登守、島津貴久
宛先
—
キーワード
島津忠朝譜、島津忠朝、島津忠広、伊東義祐、長倉氏、清嶽、鬼山、合戦、講和
前編2-No.2460記事確認度 高

日向記

伊東方の鵜戸烏帽子形城攻撃をめぐり、豊州忠広への援軍要請、油津からの出船と東海への着岸、修理大夫義鑑との対面、帰津までの経過を記す。

登場人物
伊東氏、志布志氏、島津忠広、鵜戸烏帽子形城、修理大夫義鑑
宛先
—
キーワード
日向記、伊東氏、島津忠広、鵜戸烏帽子形城、油津、東海、修理大夫義鑑、援軍、航海
後編5-No.148記事確認度 高

島津家久譜

後掲の島津久元・伊勢貞昌連署書状に見える「加治木之大隅守」は、島津市正忠広の幼名に当たると考証する短い系譜記事。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、島津忠広
宛先
—
キーワード
島津久元、伊勢貞昌、島津忠広、加治木、大隅守、市正、幼名、考証
後編5-No.149文書確認度 中

島津久元・伊勢貞昌連署書状

島津久元・伊勢貞昌が、加治木大隅守と川上式部大輔の官名変更を提案し、吉日を選んで改めるよう求める。また国中の飢饉で米価が高騰し民衆が困窮しないよう、適正価格を示して違反者を処罰すること、家久の暇が近い見込みであることを伝える。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、島津忠広、川上式部大輔、徳川頼房
宛先
不明
キーワード
島津久元、伊勢貞昌、島津忠広、川上式部大輔、官名、改名、飢饉、米価、価格統制、徳川頼房、要確認
附録2-No.719文書確認度 高

島津家久書状

文箱を贈り、先に頼んだ竹は加治木から届くと思っていたがこちらにもあるため、先方から送ってほしいと求め、当日の用件の様子も尋ねた島津家久書状。

登場人物
島津家久、島津忠広
宛先
宝鏡院か
キーワード
島津家久、島津忠広、文箱、竹、加治木、用件照会
追録1-No.1217記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津忠広家老職ニ任ス

島津家久の四男である島津忠広が、寛文七年十二月十四日に家老職へ任じられたことを記す記事。

登場人物
島津忠広、島津家久
宛先
宛先なし(譜中記事)
キーワード
島津忠広、島津家久、市正、家老職、任命、寛文七年、譜中記事
追録1-No.1632連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津忠広・新納久了連署書状

島津忠広と新納久了が伊地知権左衛門へ、子が男女いずれでも御台所で養育し、乳母と女房を付け、養育・仕置の担当者や取次を定めることなどを、島津光久の意向として急ぎ申し達するよう命じた連署書状。

登場人物
島津忠広、新納久了、伊地知権左衛門、島津光久
宛先
伊地知権左衛門殿御宿所
キーワード
島津忠広、新納久了、伊地知権左衛門、島津光久、子、御台所、養育、乳母、女房、仕置、連署書状
追録1-No.1633連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津忠広・新納久了連署書状

新納久了・島津忠広が御台所役の伊地知権左衛門へ、出産を控える子について、男子でも女子でも台所で養育し、乳一人と女房衆を付け、中将光久方の幼少の子と同様に養育する旨を伝える。中将の子分として万事を軽く扱わず、両殿の意向として詳細を早急に報告するよう求める。

登場人物
島津忠広、新納久了、伊地知権左衛門、島津光久
宛先
伊地知権左衛門殿御宿所
キーワード
島津忠広、新納久了、伊地知権左衛門、島津光久、御台所、養育、乳母、女房、担当者、連署書状
追録1-No.174記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津忠広、犬追物の射手に列す

正保四年十一月十三日、王子村の犬追物で忠広が射手に列し、将軍家光の台覧に備えた。十六日に登城して奉拝し小袖三襲を賜り、十二月二日には二丸で家綱に拝謁して小袖二重を拝戴したという市正忠広譜の記事。

登場人物
島津忠広、島津光久、家光、家綱
宛先
—
キーワード
島津忠広、徳川家光、王子村、犬追物、射手、拝謁、小袖
追録1-No.1739系譜抄旧記雑録暫定版確認度 中

島津忠広系譜抄

市正忠広譜中に、忠広が初め御屋地の養子となり豊州家の二男家として一家を立てた後、延宝六年二月十六日に光久の命で豊州家を辞し宗室の庶流へ復帰して、平兵庫忠朗の次弟として三男家に準じ一家を立てたと記す。延宝七年四月六日に家老職を辞し、元禄十六年八月三日に死去する。

登場人物
島津忠広、島津光久、島津忠朗
宛先
—
キーワード
島津忠広、島津光久、島津忠朗、豊州家、宗室、庶流、一家創設、系譜、死去
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID old2:66-1自記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

瀬戸口壱岐入道自記

瀬戸口壱岐入道の自記。日向の南之郷・福島之院・志布志・梅北や大隅末吉などをめぐる島津忠広らの動向を起点に、伊東方との抗争、城郭・所領、軍勢の移動、攻防と退却を物語る。文書冒頭は前段から続く形で、末尾は水之手郷から退く場面に至る。

登場人物
瀬戸口壱岐入道、島津忠広、伊東氏、島津氏家臣団
宛先
—
キーワード
瀬戸口壱岐入道自記、瀬戸口氏、島津忠広、伊東氏、日向、南之郷、福島之院、志布志、梅北、大隅、末吉、軍忠、合戦
追録1-No.1757証状旧記雑録暫定版確認度 中

島津久胤外五名連署証状

島津久胤ら六名が、御自分家の知行相続と女性の跡目、久四郎家からの名字相続に関する系図と関係者の年齢を掲げ、その由緒と相続方針を証した連署証状。

登場人物
島津久胤、島津忠広、島津久元、島津久馮、町田忠貞、肝付久兼
宛先
—
キーワード
島津久胤、島津忠広、島津久元、島津久馮、町田忠貞、肝付久兼、知行相続、女性跡目、名字相続、系図、連署証状
追録2-No.161系譜記事旧記雑録暫定版確認度 高

市正忠広一流助之丞久白譜中

島津久白の出生、母、元服、加冠、脇刀拝領などを記す系譜記事。

登場人物
島津久白、島津忠広、太守光久、島津久輝
宛先
—
キーワード
島津久白、島津忠広、島津光久、島津久輝、出生、元服、加冠
追録1-No.1404連署状旧記雑録暫定版確認度 高

島津久通外三名連署状

光久譜所収の肝付兼方・島津久馮・島津忠廣・島津久通四名連署状が羽地按司へ、去年夏に金武王子が襲封謝恩使として薩府へ来て、今年夏には太守光久が王子を伴って江府へ赴いた経緯を伝える。王子は七月二十八日に幕下へ拝謁して国司の謝礼を献じ、八月九日に再び暇を賜り、国司への白銀・精綿と王子以下従官への品物をそれぞれ下賜されたとする。威儀・法度にそぐう応接を喜び、国司以下は太守への忠誠を尽くし、朝聘を怠らず、職務と仁政に努め国人を安んじるよう勧める。

登場人物
肝付兼方、島津久馮、島津忠廣、島津久通、羽地按司、琉球国司、金武王子、太守光久、幕下
宛先
羽地按司
キーワード
島津久通、島津忠広、肝付兼方、羽地按司、尚貞、金武王子、襲封、謝恩使、江戸、拝謁、法度、連署状
追録1-No.1405連署状旧記雑録暫定版確認度 高

島津久通外三名連署状

肝付兼方・島津久馮・島津忠廣・島津久通が三司官へ、去年夏に襲封謝恩使金武王子が薩府へ来て、今年夏に太守光久が王子を伴い江府へ赴き、七月二十八日の拝謁・謝礼献上と八月九日の再拝謁・暇、国司への白銀精綿と従官への品物下賜を得たと伝える。威儀と法度にかなう応接を喜び、国司以下の忠誠、朝聘・職務・仁政と国人安堵を勧める。

登場人物
肝付兼方、島津久馮、島津忠廣、島津久通、三司官、琉球国司、金武王子、太守光久、幕下
宛先
三司官
キーワード
島津久通、島津忠広、肝付兼方、三司官、尚貞、金武王子、襲封、謝恩使、江戸、拝謁、法度、連署状