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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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35 件 (全巻)/ 1–35件を表示

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追録8-No.724-3右兵衛督・中山前大納言の当職免と御前日参を命じる沙汰旧記雑録暫定版確認度 中

右兵衛督と中山前大納言の当職を免じ、別段の思召で御前日参を命じる

右兵衛督・中山前大納言を名書し、当職を免じ、別段の思召によって今後御前に日参するよう命じる。日付は閏四月二十日。御仮建所から渡された趣の、新納嘉藤二による閏四月二十三日の首尾書があると末に記す。

登場人物
右兵衛督、中山前大納言、朝廷側、新納嘉藤二
宛先
右兵衛督・中山前大納言
キーワード
原724の3右兵衛督中山前大納言被免当職別段思召自今御前日参閏四月廿日御假建所渡新納嘉藤二閏四月廿三首尾
附録1-No.39文書確認度 高

日野町資将書状

日野町資将が、上洛後に会えず残念に思っていたところ書状を受けたことを喜んだ書状。丁子香二斤の贈与を重ねて秘蔵すると述べ、再会を願い、詳しいことは本庄右兵衛尉から伝えるとする。

登場人物
日野町資将、本庄右兵衛尉
宛先
本田紀伊守殿
キーワード
日野町資将、本庄右兵衛尉、上洛、丁子香二斤、秘蔵、再会、贈答
後編1-No.1094文書確認度 高

飛鳥井雅継書状

飛鳥井雅継が北郷時久へ、前年に右兵衛督が急逝したが領元のことは引き続き織田信長から命じられているので安心するよう伝える。日向での時久の軍功が京都にも広く知られていると賞し、必要があれば申し付けるよう述べ、梶井門跡筆の歌と扇二本を贈った。

登場人物
飛鳥井雅継、北郷時久、織田信長、志水入道、右兵衛督
宛先
北郷一雲入道時久
キーワード
飛鳥井雅継書状、北郷時久、織田信長、日向合戦、軍功、京都、梶井門跡、扇子
後編4-No.190文書確認度 中

島津惟新書状

島津義弘が島津忠恒に、在京中の滞在・帰国時期、諸役人の任用、宿所や普請、材木・道路の手配について詳しく申し送った長文書状。福島正則らとの交渉、鹿児島方面の普請、山城の作事、使者や留守居の処置などを指示する。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒、鎌田右兵衛、山口衛尉、福島正則ほか
宛先
島津忠恒
キーワード
島津義弘、惟新、島津忠恒、在京、帰国、役人任用、宿所、普請、材木、道路、福島正則、留守居
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-CONT-A52系譜導入記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

管理表題:右兵衛佐滿頼・記左導入と領地表示

右兵衛佐滿頼の在判書があるとして、以下に記す。 「大隅國本領者」として大祢寢・小祢寢・佐多・田代・邊津賀・姶良・大姶良・西俣・高州・鹿屋・百引・下大隅・大津村・種子島半分を掲げ、他州領地を略すと記す。

登場人物
右兵衛佐滿頼
宛先
—
キーワード
系譜導入、領地表示
追録3-No.343文書旧記雑録暫定版確認度 高

島津吉貴加冠状

島津吉貴が比志嶋藤次郎に加冠を許し、右兵衛の名乗りを与える。文末に吉貴の判を付す。

登場人物
島津吉貴、比志嶋藤次郎、右兵衛
宛先
比志嶋藤次郎
キーワード
島津吉貴、比志嶋藤次郎、右兵衛、加冠、名乗り
追録7-No.1850証状旧記雑録暫定版確認度 高

島津久備証状(焼失文書三通の写し交付)

白木御文書八番箱中四十五番の覚。家にあった三通の文書として、文和二年五月十一日付の尊氏将軍による知覧院宛行の下文一通、その付属の執達状一通、応永四年九月二十日付の渋川右兵衛佐満頼による本領佐多安堵の御教書一通を列記する。これら三通を焼失したため写しを願い出たところ、町田監物久視・新納内蔵久命と相談して上へ申し上げ、御記録所で写すよう命じられたので、後代まで全く保護するよう求める。文政五年午五月二十八日付、嶋津安房久備の判、嶋津本殿(久典と注)宛。包紙には書附写とある。本文は焼失後の写し作成・交付と保存指示を記す覚であり、中世文書の原文全文、焼失日や焼失の原因は本文に記されないため補わない。

登場人物
嶋津安房久備、嶋津本殿(久典)、足利尊氏、渋川右兵衛佐満頼、町田監物久視、新納内蔵久命
宛先
嶋津本殿(久典と注記)
キーワード
白木八番箱四十五覚文和二五月十一尊氏将軍知覧院宛行下文執達状応永四九月二十渋川右兵衛佐満頼本領佐多安堵御教書三通焼失写依願町田監物久視新納内蔵久命記録所臨写後代格護文政五五月二十八島津安房久備嶋津本殿久典包紙書附写
追録8-No.746-5五月二十日の参内・書付受領・乗馬叡覧と礼不要を伝える首尾書旧記雑録暫定版確認度 中

新納嘉藤二が参内、議定職免と書付受領、乗馬叡覧・賞賜と礼の扱いを報告する

今日午半刻に召され衣冠で参内し議定の詰席へ通り、八景間で岩倉右兵衛督から別紙の書付と議定職免の書付を渡され承知したと記す。外様一同と御学問所の御前へ召され、馬術を叡覧に供し菓子・包物を頂き、七半時過ぎに帰殿したと報じる。礼の扱いを尋ねたところ申し上げるに及ばない旨を松室土佐から承知したこと、私も供を務めたことを、書付写を添え辰五月二十日に新納嘉藤二が主殿へ知らせる。

登場人物
太守、岩倉右兵衛督、外様一同、主上、松室土佐、新納嘉藤二、主殿様
宛先
主殿様
キーワード
原746の5旧ID746-4今日午半召衣冠車寄参内議定詰席八景別紙議定免岩倉右兵衛督書付受外様御学問所御馬術叡覧菓子包物七半帰殿礼不及松室土佐私供書付写辰五月廿新納嘉藤二主殿
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-G000102系譜記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

管理表題:尊重譜中記事:○文亀三年…任右兵衛尉

右兵衛尉に任じたことを記し、口宣案を左に付す。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
系譜記事、右兵衛尉
前編1-No.359記事確認度 中

肝付譜

肝付譜所収。鎌倉政所・問注所・侍所などの職員名と役職を列挙し、右兵衛尉伴保久、給黎院郡司、泉庄弁済使等の名を記す記事。

登場人物
右兵衛尉伴保久・給黎院郡司ほか
宛先
給黎院・泉庄
キーワード
肝付譜、鎌倉政所、問注所、侍所、伴保久、給黎院郡司
前編1-No.360文書確認度 高

関東下文

関東が右兵衛尉伴保久に対し、亡父伴忠久の譲状に任せ、島津庄薩摩方内泉庄弁済使・給黎院郡司職を安堵し、先例どおり所務を行うよう命じた下文。

登場人物
右兵衛尉保久・給黎院郡司
宛先
島津庄薩摩方内泉庄
キーワード
関東下文、伴保久、伴忠久、泉庄弁済使、給黎院郡司職、安堵
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W05_文書0102書下旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

渋川満頼書下

右兵衛佐渋川満頼が島津元久へ、上総入道久哲との確執が上聞に達したことを甚だ望ましくないとし、まず和睦させたうえで上裁を仰ぐよう命じた書下。

登場人物
渋川満頼(右兵衛佐)、島津元久、島津伊久(久哲)
宛先
島津陸奥守殿(元久)
キーワード
渋川満頼書下、久哲との確執、上聞、和睦命令、上裁
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-G000077安堵導入系譜記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

管理表題:清平譜中記事:○同四年…大隅國本領安堵之事

大隅国本領安堵の件について、鎮西探題渋河右兵衛佐満頼の証帖を後に付すと記す。

登場人物
渋河右兵衛佐滿頼
宛先
—
キーワード
大隅國本領安堵之事、證帖左附之
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-P01-39f4516f-D0237口宣案旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:右中弁藤原宣秀奉口宣案

右兵衛尉建部尊重を大和守に任ずる口宣案。 右中辨藤原宣秀が奉じる。

登場人物
右兵衛尉建部尊重、侍従大納言
宛先
—
キーワード
口宣案、大和守
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-P01-39f4516f-D0244番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:飛鳥井雅縁詠三十首和歌

権中納言雅縁の三十首を、春・夏・秋・冬・恋・雑の題に分けて収める。 霞・梅・雁・月・風・紅葉・千鳥・雪など季節の景物を詠み、恋では契り・逢瀬のなさ・つれなさへの嘆きを表す。 雑には富士の煙、夢から覚めた後の世、敷嶋の道への思いを詠む。 末尾で祖父卿の詠歌一巻を祢寢右兵衛尉尊重に授けると記す。

登場人物
権中納言雅縁、祢寢右兵衛尉尊重、飛鳥井雅親(刊本注・比定未確認)
宛先
—
キーワード
詠歌
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P04-NIKAIDO-D0096番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:二階堂行門軍忠状

二階堂隠岐右兵衛丞行門が軍忠を申告する。 今年二月四日の松原城御発向時に田河郡河崎の御陣へ馳参し、宿直・警固をした旨を記す。 三月廿三日・同廿四日の合戦を挙げ、松原城への合戦・忠節を記す。 「若此条偽申候者、八幡大菩薩御罰於可罷蒙候」の起請句を置き、御披露を求める。延文五年卯月五日付。

登場人物
二階堂隱岐右兵衛丞行門(原表記留保・比定未確認)、藤原行門(原表記留保・比定未確認)、八幡大菩薩(原表記留保・比定未確認)、二階堂(刊本注・比定未確認)
宛先
御奉行所
キーワード
軍忠状、松原城、河崎、宿直警固、合戦、御罰、御披露
追録8-No.520叙位・中将任官の礼物一覧旧記雑録暫定版確認度 中

久光の従四位上・権中将昇進に伴う礼物を列記する書付

島津大隅守源久光の従四位上・左近衛権中将昇進に係る礼物の書付。従四位上成と中将成を別欄とし、禁裏御所、上臈・長橋御局、大御乳人と執次、親王御方、高松御局と乳人、准后御方、於八百・於五百御方、内侍所、上卿・職事、位記・御請印・中務省等、主鈴・副使・雑掌・傳奏へ贈る礼物を列記する。例えば叙位の禁裏には黄金一枚、中将任官の禁裏には太刀馬代黄金二枚を記す。黄金・銀子・白銀を枚・両・目・文目で表し、右同断や宛の指示、本マの注を持つ。末尾に請取って差し上げるよう求め、元治元年四月と、各公卿殿家の担当名・印形表示、川上式部宛名を収める。品目・単位と対象を個別に示す一覧で、実際の支払済額は確定できない。

登場人物
島津大隅守源久光朝臣、川上式部、野宮中納言殿家西池主水、飛鳥井中納言殿家木下右兵衛少尉、本多左京、市岡式部、坊城大納言殿家山科筑前守、淺野主膳、各御所・上卿・職事・傳奏・雑掌等
宛先
川上式部殿、礼物を請取差上げる関係者
キーワード
久光従四位上成中将成御礼物、禁裏黄金一枚と太刀馬代黄金二枚、御所御局親王准后内侍所上卿職事位記御請印中務省主鈴副使雑掌傳奏、黄金銀子白銀枚両目文目右同断宛本マ、元治元年四月請取差上川上式部、公卿殿家担当印
追録8-No.696-1本文群(京都留守守護の三藩委任沙汰と内田の首尾・区分追記)旧記雑録暫定版確認度 中

京都守護を三藩に委ね、内田が中ノ京の担当と留守居協議・区分境界を報じる

親征で二十一日に出輦するに当たり、京都は列聖の山陵と桂宮准后の所在があり、浮説・不穏と民を害する者を憂慮するとして、京都守護を薩摩・前田・蜂須賀の三藩へ委任し、民の安堵に努めるよう求める。続く内田の十八日付首尾書は、昨十七日午刻に太守・加賀・阿波の重役が参内して学問所で承知し、菓子を頂戴して岩倉の取次、近藤との面会、御留守居への依頼を受けたと報じる。太守側が中ノ京、加州が上ノ京、阿州が下ノ京を担い、三藩が協議して浮説・不穏を鎮めるよう伝えられたという。追記は、二条通北側より上を上ノ京、同南側から松原通北側までを中ノ京、同南側より下を下ノ京とし、巡邏・取締持場は本営で吟味されると考え、加州・阿州の留守居と相談し裁判所への案内や市中への伝達も掛け合ったと記す。

登場人物
嶋津少将、前田中納言(加州)・蜂須賀少将(阿州)、主上、桂宮准后、父子(忠勳の表示)、太守・重役、岩倉前中将ほか二卿、近藤右兵衛尉、御用の松室伊賀、内田仲之助・伊勢様、中将、辨事参与職東園中将(基敬注)・坊城侍従、加州阿州留守居・裁判所・本営役所
宛先
守護沙汰:嶋津少将。首尾:内田仲之助から伊勢様
キーワード
原696の1嶋津少将三月親征来廿一出輦列聖山陵桂宮准后浮説不穏良民害懸念三藩京都守護前田中納言蜂須賀少将父子忠勳留守精励辰三月十八内田伊勢昨十七午参内学問所岩倉菓子近藤面会松室伊賀太守中京加州上京阿州下京三藩協議東園基敬坊城二条北上二条南松原北中松原南下本営吟味裁判所案内市中達
追録8-No.698主殿・伊勢連署の参内受命・京都留守守護と伝達取扱い報告書状旧記雑録暫定版確認度 中

主殿・伊勢が十七日の参内と京都三藩守護の受命、留守居協議と書類伝達の取扱いを報じる

十七日午刻に太守が重役を召し連れて参内し、衣冠で伊勢を伴い、加賀・阿波も同様に学問所で別紙の趣旨を承知したと報じる。菓子を頂戴し岩倉前中将の取次を受け、近藤との面会や留守居中への依頼を経て帰殿したという。さらに伊勢と加州・阿州の重役が岩倉ほか二卿から、御留守中の京都警衛と三藩の協議を命じられたと記す。加州上ノ京、太守側中ノ京、阿州下ノ京の区分で浮説・不穏を鎮めることを伝え、中将が承知した上で東園中将・坊城侍従へ飛札で礼を申上げる意向と、留守居から出す書付を右筆頭が吟味し飛札・日積で差し出す取扱いを求める。大奥其外にも申上げ、許しの伝達等を取り計らってほしいとして勅語・留守居首尾書を添え、二十六日に主殿・伊勢が家老ら五名へ報じる。

登場人物
嶋津主殿・嶋津伊勢(広兼原注)、太守、加賀中納言・阿波少将と重役、岩倉前中将・ほか二卿、近藤右兵衛尉、加州阿州留守居、中将、辨事参与職東園中将・坊城侍従、右筆頭、大奥其外(原の報告先表示)、五家老(嶋津圖書・桂右衛門・川上龍衛・新納刑部・町田内膳)
宛先
嶋津圖書殿・桂右衛門殿・川上龍衛殿・新納刑部殿・町田内膳殿
キーワード
原698雑録中辰三月廿六嶋津主殿伊勢広兼去十七午刻太守衣冠重役参内加賀阿波学問所承知菓子岩倉近藤面会留守居依頼二卿京都警衛三藩加州上京太守中京阿州下京浮説不穏協議中将承知東園坊城飛札礼留守居書付右筆頭吟味飛札差越日積差出大奥其外御聴許伝達勅語首尾添五家老
追録8-No.741-3参内軍列叡覧・賜品と急報による進発変更を報じる首尾書旧記雑録暫定版確認度 中

新納嘉藤二が六月5日の参内・賜品受領と兵隊進発の変更、礼の取次を報告する

天杯、錦御旗一流、御剣一振、扇子一本、反物一疋、勅筆御写一通、御直衣一領、御襯袖(ママ)一領、書付を添えた金三万両、達書一通の一覧を掲げる。当初は六月五日の辰刻に参内し、そのまま東征へ出馬して南門で軍列を叡覧する予定と承知していたとする。細袖細袴の軍装で議定職の席へ通り、天杯を頂き、中山前大納言を通じ賜品を受けたと報じる。勅筆は拝見後返上して御写を受け、酒肴を頂いた後、江戸大総督府の急報により太守の進発は追って沙汰し兵隊だけを直ちに出す旨が伝えられたとする。南門で軍列叡覧が済み七ツ時に帰殿し、賜品の礼を岩倉側が取り次ぎ奏聞したこと、中将側の礼も重臣と雑掌を通じたことを記す。私も供を務めたとして、辰六月五日に新納嘉藤二が主殿へ報告する。

登場人物
太守、中将、主上、中山前大納言(忠能原注)、正親町三條(実愛原注)、岩倉右兵衛督・岩倉側雑掌、江戸大総督府、留守居附役才領、新納嘉藤二、主殿様
宛先
主殿様
キーワード
原741の3天杯錦旗一流剣一振扇一本反物一疋勅筆御写一通直衣一領襯袖ママ一領金三萬両書附達一通辰刻参内軍装細袖細袴議定席中山忠能勅筆拝見返上御写正親町三條実愛酒肴江戸急報太守進発追沙汰兵隊直繰出南門叡覧七ツ帰殿才領岩倉礼取次奏聞中将重臣礼私供辰六月五新納嘉藤二主殿
追録8-No.753東行・参内賜品の藩内周知、議定免、忠勤・進発日限をまとめる通達留旧記雑録暫定版確認度 中

内命・参内賜品を向々と琉球中山王へ伝え、東行忠勤と五月28日の進発日限を周知する

通達留の原1~5を一行に収める。第一は先月十七日の重臣呼出と太守東行の内命拝承、同二十日の参内・議定職免、関東鎮定の書付二通、乗馬叡覧と菓子・包物を報じ、向々と大奥へ知らせ、中山王にも琉球館を通じ承知させるよう指示する。第二は内閣役・仮屋守へ伝えることを慶応四年辰六月の六署で命じ、御名宛に五月の議定職免除を伝える短書付も掲げる。第三は739の2と同文のため正文を略す。第四は東行の朝命を受け近日に進発するので、一統に忠勤を求める。第五は辰五月二十八日辰半刻の関東進発日限が届いたとして向々へ知らせ、広敷御用人・附小納戸を通じ大奥等にも伝えるよう命じる。叡覧・受領等は通達の報告として、進発は日限の指定として記す。第五項の末には辰六月、備後と記す。

登場人物
太守、正親町三條大納言、岩倉右兵衛督・辨事衆、大惣督宮、備後・圖書・龍衛・刑部・内膳・隼人(六署)、御名(免職書付)、内閣役・仮屋守・広敷御用人・附小納戸、大奥、琉球館・中山王
宛先
向々、内閣役・仮屋守、大奥ほか、琉球館を介する中山王、免職書付は御名
キーワード
原753通達留五印先月十七内命同二十参内議定免二書付馬術菓子包物向々大奥広敷附小納戸中山王琉球館内閣役仮屋守慶応四辰六月六署備後圖書龍衛刑部内膳隼人五月御名議定免第三7392同文略第四東行一統忠勤第五辰五月廿八辰半進発日限伝達
追録8-No.759-1太守の参内賜品・兵隊進発変更と帰国暇を周知する通達旧記雑録暫定版確認度 中

六月5日の叡覧賜品と進発変更、8日の帰国書付受取を伝え祝儀を求める

太守が去る五日辰刻の参内後に東征する予定と軍列叡覧を承知し、軍装で参内して天杯、錦旗一流・剣一振・扇一本・反物一疋を中山前大納言の取次で受けたと報じる。勅筆の拝見後に原本を返し写を受け、御直衣・御擣帛各一領と金三万両、酒肴を賜った記事を続ける。総督府急報により本人の進発は追って沙汰し兵隊を直ちに出すと伝えられ、軍列叡覧後七ツ時に帰館、兵隊は嶋津伊勢が率い即日出軍し礼も奏聞したとする。去る八日に非蔵人口の呼出で留守居が大原左馬頭から帰国・海路東行の書付を受けたことを伝え、御兩殿への祝儀を向々に求める。末は朱慶応四辰六月十五日、備後と外四人を略す表示。経過・受領は通達の報告として示す。

登場人物
太守、主上、中山前大納言、正親町三條、岩倉右兵衛督、大総督府、嶋津伊勢、大原左馬頭、嶋津信濃・諸大身分、御兩殿、備後(外四人略)
宛先
向々・嶋津信濃一列ほか諸大身分、御兩殿への祝儀を担う側
キーワード
原759の1通達留去五辰参内軍装南門天杯錦旗一流剣一振扇一本反物一疋中山勅筆拝見返上写正親町三條直衣擣帛一領ずつ金三万麝香酒肴急報本人進発追沙汰兵隊即繰出叡覧七ツ帰館伊勢即日兵礼奏聞去八大原国許帰国海路書付御兩殿祝義朱慶応四辰六月十五備後外四人略
追録8-No.761-2参内賜品・進発変更と帰国暇を伝え祝儀を求める六署通達旧記雑録暫定版確認度 中

六月5日の参内と賜品・兵隊即出軍、8日書付を六月15日に周知する

去る五日辰刻に太守が参内し東征する予定と軍列叡覧を承知していたところ、軍装で参内し天杯、錦旗一流・剣一振・扇一本・反物一疋を受け、勅筆を拝見後返上して写を受け、御直衣・御擣帛各一領と金三万両、酒肴を賜ったと報じる。総督府急報で本人の進発は追って沙汰し兵隊を直ちに出すとされ、軍列叡覧後七ツ時に帰殿、兵は嶋津伊勢が率いて出軍し礼は奏聞したとする。去る八日の非蔵人口の呼出で帰国・海路東行の書付を大原左馬頭から受けたことも知らせる。身分に応じて家老へ祝儀を述べ、大奥では京都への飛脚で随真院・お盛にも伝え、地頭は書状とするなど一部を略して掲げ、御兩殿への祝儀を周知する。六月十五日、備後ほか六署。受領・進発変更は通達の報告として記す。

登場人物
太守・御兩殿、主上、中山前大納言、正親町三條、岩倉右兵衛督、大総督府、嶋津伊勢、大原左馬頭、嶋津信濃一列・諸大身分、随真院・お盛、大奥、地頭、備後・圖書・龍衛・刑部・内膳・隼人
宛先
向々、祝儀を申上げる者、大奥・京都へ知らせる担当
キーワード
原761の2去五辰参内軍装南門天杯旗一流剣一振扇一本反物一疋中山勅筆拝見返上写正親町三條直衣擣帛一領金三万麝香酒肴急報本人追沙汰兵即出伊勢叡覧七ツ帰殿礼奏聞去八大原帰国海路書付祝儀大奥京都随真院お盛地頭書状外ヶ条略六月十五六署
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 30-4人数留旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

鉄炮衆人数留

加久藤衆の指出帳(文書30)の資料群に属する人数留。自分鉄炮衆と御物鉄炮衆を区分して人名を列挙し、御物鉄炮衆を十四人と集計する。末尾に申八月十二日と「茄へ参候留」を記す。

登場人物
前田内蔵人、赤川兵左衛門尉、瀬戸山摂津介、宮内右兵衛尉、池田内蔵允、竹内志摩允、岩崎弾之允ほか
宛先
なし
キーワード
鉄炮衆、御物鉄炮衆、人数留、加久藤、軍役
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 416編纂史料・籠城編成記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平塞録

熊本勢の接近を受け、一揆勢が天草上津浦を退き、島原側と合流して原城へ籠る経緯を記す。伊勢貞昌の本月十五日の江戸状も引用し、薩摩への出兵指示や肥後勢の進出を伝える。続いて天草四郎を本丸大将とする各郭の大将・番頭・鉄砲大将、武者・旗・鑓・使武者・夜廻・普請などの担当者と配置人数を詳記する。兵糧・兵器の取り込み、夜回り、防火、布製小旗、石積み・堀裏の穴など籠城防御の実施状況を述べ、総人数や一部の人物・日付には他史料の異説を併記する。

登場人物
天草四郎太夫貞時 益田甚兵衛 天草玄札 芦塚忠兵衛貞春 伊勢貞昌 山田右衛門佐 大浦四郎兵衛 上津浦助藏忠次 有馬亀之丞時家 堂崎村玄蕃次郎右衛門長助 芦塚忠右衛門貞家 渡邊傳兵衛還 赤星主膳道重 馬場監物入道休意 會津宗印 右京吉國 毛利平左衛門元貞 林七左衛門道家 松竹勘左衛門次元 次郎左衛門重徳 久田七彦右衛門有正 安村五郎八入道休宅 内田杢之丞並常 有馬掃部重正 千束善右衛門 上總助右衛門 三平 葛尾藏人正清 丹波清次郎 久太夫 田島刑部重吉 堂崎対馬次家 會津左兵衛正則 大塚四兵衛是時 大江源右衛門實光 布津吉藏吉重 北有馬久左衛門 有家三右衛門 清七 甚右衛門 本渡但馬安正 上津浦三郎兵衛種清 芝田六兵衛次重 大矢野三左衛門近守 大矢野七左衛門有定 栖本吉兵衛清春 蓑村右兵衛 木場作左衛門 深江次右衛門吉光 池田清左衛門光時 松島半之丞時元 布津村代右衛門 高来權八 楠浦孫兵衛 蟻川左京 森宗意 有江市之丞元家 芝田六藏種重 會津刑部定重 口津次郎兵衛 會津左兵衛 柳瀬茂右衛門 鹿子右馬 時枝隼人 大矢野善左衛門 片山善右衛門 志岐丹波 栖本右京 濱田三吉 柴田孫兵衛 藤頭小右衛門 蓑田仁兵衛
宛先
なし(記事)
キーワード
原城籠城 郭別配置 大将 奉行 兵糧 防火 異説
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 759指出・加久藤衆の人数と飯米旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島原立人数差出

加久藤衆の島原立人数として人躰五十人、内衆四十二人等を記し、残る二十九人を伊地知弥右衛門ら十一名の人数に分けて列記する。十七日夜に米津へ到着したので飯米を引き渡してほしいと求める。伊地知杢右衛門尉から村田郷左衛門尉・猪俣猪右衛門尉宛。副本は加久藤地頭役屋に所在すると注記する。

登場人物
伊地知杢右衛門尉 村田郷左衛門尉 猪俣猪右衛門尉 伊地知弥右衛門尉 西田和泉守 河野与右衛門尉 宮内右兵衛尉 谷口弥兵衛尉 前田内蔵助 東郷作左衛門尉 瀬戸山摂津介 前田彦左衛門尉 宮竹越右衛門尉 萩原甚介
宛先
村田郷左衛門尉 猪俣猪右衛門尉
キーワード
加久藤衆 島原立 人数差出 米津 飯米 副本
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-P01-39f4516f-D0204安堵書下旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:渋川満頼安堵書下

大隅国本領地の知行に相違があってはならない旨を、祢寝山城守殿に示す。

登場人物
右兵衛佐、祢寝山城守殿、清平(刊本注・比定未確認)、右兵衛佐滿頼
宛先
祢寝山城守殿
キーワード
大隅國本領地事、知行不可有相違之狀如件
追録1-No.1209書状旧記雑録暫定版確認度 中

徳川義直書状

尾張大納言義直が松平薩摩守へ、右兵衛督(光友傍注)の所への輿入れについて、祝儀の使者と三種三荷を贈られたことを喜び、詳しくは後の便りの折に述べると返答する。

登場人物
徳川義直、徳川光友、松平薩摩守
宛先
松平薩摩守殿御宿所
キーワード
徳川義直、徳川光友、松平薩摩守、右兵衛督、輿入れ、祝儀使者、三種三荷、贈答、書状
追録1-No.1210書状旧記雑録暫定版確認度 中

徳川光義書状

徳川右兵衛督光義(光友傍注)が松平薩摩守御宿所へ、祝儀の使者と太刀・馬代黄金十両・小袖十を贈られたことを喜び、遠路の懇意に謝し、詳しくは島津中務方へ伝えると返答する。

登場人物
徳川光義、島津光久、島津中務
宛先
松平薩摩守(島津光久)殿御宿所
キーワード
徳川右兵衛督光義、光友傍注、松平薩摩守、島津中務、祝儀使者、太刀、馬代黄金十両、小袖十、受贈礼、寛永十六年カ、編年疑義
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:106系図・官位官途法名・移住記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

上原康基流系図

『系図抄』として上原康基を起点に、康忠・貞安・康時・惟康・康宗・尚康・尚宗・康続以下の諸流を縦系図で示し、各人の官位・官途・法名を付記する。康基は右衛門督・蔵人頭・従五位上、康忠は右兵衛督・長官・蔵人・従四位上、貞安は右兵衛督・従四位上とし、尚康を兵部少輔・従五位上・法名大全、尚宗を刑部大輔・従四位上・安房守とする。信康は若狭守・法名窓鑑で「始遷薩州」と記され、康純は大学頭・大和守で日州へ移住したとされるため、上原氏祖系の薩摩・日向への移動を示す。後段には治尚・尚定、安成・安常、行安・康高・康将、康元・康輔・康保、康衡(号尚永)などを掲げ、尚弘を上原美作守、尚重を上原清右衛門と明記し、尚純(主税助)を含む末流へ続ける。

登場人物
上原康基、康忠、貞安、藤原安次女、康時、惟康、康宗、尚康、尚宗、康続、尚家、尚長、尚有、尚純、信康、信尚、治尚、尚定、康純、安成、安常、行安、康高、康将、康元、康輔、康保、康衡(号尚永)、尚弘(上原美作守)、尚重(上原清右衛門)
宛先
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キーワード
上原康基流系図、系図抄、上原康基、右衛門督、蔵人頭、従五位上、康忠、右兵衛督、従四位上、貞安、藤原安次女、康時、惟康、康宗、尚康、兵部少輔、法名大全、尚宗、刑部大輔、安房守、康続、尚家、尚長、尚有、尚純、信康、若狭守、法名窓鑑、始遷薩州、信尚、三河守、治尚、尾張守、尚定、宮内少輔、康純、大学頭、大和守、移于日州、安成、肥前守、安常、対馬守、行安、但馬守、康高、因幡守、康将、式部、康元、康輔、康保、康衡、号尚永、尚弘、上原美作守、尚重、上原清右衛門
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-P01-39f4516f-D0236口宣案旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:右中弁藤原宣秀奉口宣案

建部尊重を右兵衛尉に任ずる口宣案。 右中弁藤原朝臣宣秀が奉じる。

登場人物
建部尊重、菅中納言
宛先
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キーワード
口宣案、右兵衛尉
附録2-No.8文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

重陽の祝儀として小袖二重が到来したことを喜び、詳しくは長谷川右兵衛尉守知と玄旨細川藤孝から伝えるとした朱印状。

登場人物
豊臣秀吉、島津修理大夫、長谷川守知、細川藤孝
宛先
島津修理大夫殿
キーワード
豊臣秀吉、島津修理大夫、重陽、祝儀、小袖二重、長谷川守知、細川藤孝、朱印状
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:43系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

菱刈氏略系図

菱刈氏嫡家十二代の家督重時から始まる略系図。重時を左兵衛佐、重衆を右兵衛佐とし、女子が肥州阿蘇惟永、島津出羽守忠明、相良伊勢守長皎へ嫁いだ婚姻関係を示す。重副は大和守で両院を知行し嫡家を継いだ。重政は次郎・伊勢守を称し、父重時の命で大口地頭職に補され大口に在城、法名を徳翁道盛居士とする。重根は兵庫頭で大口地頭職を相続し、法名天真道龍居士、天龍寺葬。重清は右衛門太夫で花北氏の猶子となり、肥州久木野で戦死した。重昌は四郎・越後守を称し、嫡家の大和守重猛が所知を島津義久へ献じて降った際に同じく旗下へ入り、曽木一所を賜ったのち花北へ替地され居住した。末尾は、この処遇について国老伊集院忠金・川上忠克(意釣)・三原重秋が新納忠元へ送った書簡を次文書として導く。

登場人物
重時、重衆、阿蘇惟永、重副、島津忠明、相良伊勢守長皎、重政、重根、重清、重昌、重猛、島津義久、伊集院忠金、川上忠克(意釣)、三原重秋、新納忠元
宛先
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キーワード
菱刈氏略系図、嫡家十二代、重時、重衆、阿蘇惟永、島津忠明、相良長皎、重副、両院知行、重政、大口地頭、大口在城、徳翁道盛居士、重根、天真道龍居士、天龍寺、重清、花北氏猶子、肥州久木野戦死、重昌、重猛、島津義久、降参、曽木一所、花北替地、伊集院忠金、川上意釣、三原重秋、新納忠元
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W11_文書0002袖判下文旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

源頼朝袖判下文

元暦元年十一月廿八日の三井寺への寄進状。平家没官領で院から給わった若狭国の所領一か所を、寺の仏法を崇めるため寄進する。下司職は鎌倉が沙汰すると定め、前右兵衛佐源朝臣(頼朝)が署す。

登場人物
源頼朝
宛先
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キーワード
三井寺、若狭国、平家没官領、寄進、下司職、鎌倉沙汰