HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
白浜重安
異名・検索語:白浜重安/白浜七助重安/島津義弘/惟新公/朝鮮出兵/泗川城/慶長三年/明兵/関ヶ原/大垣/伊賀山中/船歌/頴娃主水/薩摩帰国
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:泗川で回収した物の名称『山札』と、同役者の名『頴娃主水』の字形。
DESCRIPTION
本文内容説明
白浜七助重安は島津義弘に従って朝鮮へ渡り、泗川では白糸の鎧に毛皮の羽織を着た。慶長三年九月二十九日、翌日の攻撃を告げる明兵の山札を頴娃主水と城内へ取り寄せた。関ヶ原退却にも供奉し、大垣方面へ抜ける難所で船歌を歌って一行を励ましたため、義弘の怒りを受けたという。伊賀山中では堅固な宿を探せと命じられ、茅屋を選び、五十余人の家臣が守れば城同然と説いて義弘を納得させた。OCRの『関ヶ原ニ戦死』は文脈上の誤読で、本文は一行の無事帰国で結ぶ。
系譜・人物関係
島津義弘に従い、泗川・関ヶ原退却をともにした。頴娃主水と敵の山札を回収。
奉公・役職
朝鮮出兵と関ヶ原退却に供奉。
軍役・事績
泗川で明軍の攻撃予告を示す山札を回収。関ヶ原退却中に船歌で同行者を励まし、伊賀山中で宿所を選定。
生没・法名等
本文に戦死記事はなく、義弘一行の無事帰国で結ぶ。生没年・法名・墓所は記載なし。
- 統合人物ID
- HP-1441
- 原人物ID群
- 11-215-09
- 氏・分類
- 白浜
- 掲載巻頁
- 巻11:215
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 島津義弘に従い、泗川・関ヶ原退却をともにした。頴娃主水と敵の山札を回収。
- 検索キーワード
- 白浜重安/白浜七助重安/島津義弘/惟新公/朝鮮出兵/泗川城/慶長三年/明兵/関ヶ原/大垣/伊賀山中/船歌/頴娃主水/薩摩帰国
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 冊子215頁の白浜七助重安見出しから義弘一行帰国の結末まで全1頁。長文だが一貫して重安の泗川・関ヶ原供奉を述べ、別人物境界なし。
- 判読保留
- 泗川で回収した物の名称『山札』と、同役者の名『頴娃主水』の字形。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』