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HP-1441巻11:215注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

白浜重安

異名・検索語:白浜重安/白浜七助重安/島津義弘/惟新公/朝鮮出兵/泗川城/慶長三年/明兵/関ヶ原/大垣/伊賀山中/船歌/頴娃主水/薩摩帰国

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:泗川で回収した物の名称『山札』と、同役者の名『頴娃主水』の字形。

DESCRIPTION

本文内容説明

白浜七助重安は島津義弘に従って朝鮮へ渡り、泗川では白糸の鎧に毛皮の羽織を着た。慶長三年九月二十九日、翌日の攻撃を告げる明兵の山札を頴娃主水と城内へ取り寄せた。関ヶ原退却にも供奉し、大垣方面へ抜ける難所で船歌を歌って一行を励ましたため、義弘の怒りを受けたという。伊賀山中では堅固な宿を探せと命じられ、茅屋を選び、五十余人の家臣が守れば城同然と説いて義弘を納得させた。OCRの『関ヶ原ニ戦死』は文脈上の誤読で、本文は一行の無事帰国で結ぶ。

系譜・人物関係

島津義弘に従い、泗川・関ヶ原退却をともにした。頴娃主水と敵の山札を回収。

奉公・役職

朝鮮出兵と関ヶ原退却に供奉。

軍役・事績

泗川で明軍の攻撃予告を示す山札を回収。関ヶ原退却中に船歌で同行者を励まし、伊賀山中で宿所を選定。

生没・法名等

本文に戦死記事はなく、義弘一行の無事帰国で結ぶ。生没年・法名・墓所は記載なし。

統合人物ID
HP-1441
原人物ID群
11-215-09
氏・分類
白浜
掲載巻頁
巻11:215
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
島津義弘に従い、泗川・関ヶ原退却をともにした。頴娃主水と敵の山札を回収。
検索キーワード
白浜重安/白浜七助重安/島津義弘/惟新公/朝鮮出兵/泗川城/慶長三年/明兵/関ヶ原/大垣/伊賀山中/船歌/頴娃主水/薩摩帰国
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
公開判定根拠
既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
冊子215頁の白浜七助重安見出しから義弘一行帰国の結末まで全1頁。長文だが一貫して重安の泗川・関ヶ原供奉を述べ、別人物境界なし。
判読保留
泗川で回収した物の名称『山札』と、同役者の名『頴娃主水』の字形。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』