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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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81 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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後編4-No.800文書確認度 高

殉死者交名

慶長十六年二月二十日に島津義久へ追腹した殉死者の交名。新納民部少輔・吉井佐渡入道・山口対馬守・泉朝坊以下について、人数・年齢を付して列挙する。

登場人物
島津義久、殉死者
宛先
—
キーワード
殉死者交名、島津義久、追腹、二月二十日、新納民部少輔、吉井佐渡、山口対馬、泉朝坊、年齢
後編4-No.785記事確認度 高

島津義久譜

島津義久譜の記事。祈祷・医薬・鍼灸の効なく、島津義久(龍伯)が慶長十六年正月二十一日に七十九歳で死去したことを記す。法名・墓所を掲げ、義久を追って殉死した十五人の姓名・役職を列挙する。

登場人物
島津義久、島津家久、殉死者十五名
宛先
—
キーワード
島津義久譜、島津義久、龍伯、正月二十一日、享年七十九、病死、法名、墓所、殉死者十五名
追録1-No.2459書立旧記雑録暫定版確認度 高

殉死契諾人数書立

島津光久の死去に際して殉死を申し出た者を列挙し、肥田木正右衛門・白尾金左衛門らの名を記すとともに、末尾の三名については殉死の神文がなかったと注記した人数書立。

登場人物
島津光久、殉死契諾者
宛先
—
キーワード
島津光久、殉死、契諾者、人数書立、神文、肥田木正右衛門、白尾金左衛門
追録1-No.530日記旧記雑録暫定版確認度 高

某日記抄

某日記から、承応三年二月十七日に大口地頭新納加賀忠清が大口で六十歳で死去し、家来牧山清兵衛その他二、三人が殉死したことを抄出する。同年十二月に忠清の嫡孫新納次郎右衛門が大口地頭を命じられたことも記す。

登場人物
新納忠清、新納次郎右衛門(忠徳注)、牧山清兵衛、その他二、三人の殉死者
宛先
—
キーワード
某日記、新納忠清、新納次郎右衛門、牧山清兵衛、大口地頭、死去、殉死、家督
追録1-No.2455達書旧記雑録暫定版確認度 高

島津綱貴達書

島津綱貴が、光久への厚恩を理由に殉死してはならず、公儀の法度に従い、家族や家中を乱さないよう命じた達書。

登場人物
島津綱貴、島津光久、殉死契諾者
宛先
—
キーワード
島津綱貴、島津光久、殉死、法度、家族、家中、達書
追録1-No.2456伺書旧記雑録暫定版確認度 高

家老衆伺書

家老衆が島津綱貴へ、光久の死去に伴う殉死禁止令を伝達するにあたり、契諾者の確認、召集範囲・席次、立会役、達書の読み聞かせ方など具体的な執行手順を伺った書付。

登場人物
家老衆、島津綱貴、殉死契諾者
宛先
島津綱貴
キーワード
家老衆、島津綱貴、島津光久、殉死禁止、契諾者、召集、席次、立会、達書、伺書
追録1-No.2457達書旧記雑録暫定版確認度 高

島津綱貴達書

島津綱貴が佐多豊前へ、光久への殉死を申し出た者の人数書付を一覧の者へ見せ、殉死禁止の趣旨を速やかに申し渡すよう命じた達書。

登場人物
島津綱貴、佐多豊前、殉死契諾者
宛先
佐多豊前
キーワード
島津綱貴、佐多豊前、島津光久、殉死、人数書付、殉死禁止、申渡、達書
追録1-No.2458達書旧記雑録暫定版確認度 高

島津綱貴達書

島津綱貴が佐多豊前へ、殉死禁止の別紙を申し渡す際、佐多豊前・島津縫殿・伊集院遠江が列座し、契諾者を一人ずつ召し出して右筆に達書を読ませるよう命じた達書。

登場人物
島津綱貴、佐多豊前、島津縫殿、伊集院遠江、殉死契諾者
宛先
佐多豊前
キーワード
島津綱貴、佐多豊前、島津縫殿、伊集院遠江、殉死禁止、列座、召出、右筆、達書
追録1-No.2460日記旧記雑録暫定版確認度 高

伊集院久照入日記

伊集院久照が、光久死去後の殉死申出者に関する人数書付、殉死禁止の達書、神文三通、箱・帳面の保管と引渡しなど、一連の文書と事務処理の経過を記した入日記。

登場人物
伊集院久照、島津綱貴、島津光久、殉死契諾者
宛先
—
キーワード
伊集院久照、島津綱貴、島津光久、殉死、人数書付、達書、神文、文書保管、引渡し、入日記
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID 無番号_0002記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

諸家忠死略抄

伊地知季安が藩命により編んだ、島津氏家臣諸家の「忠死」を列挙する人物録。冒頭目次は戦死四百三十人・子孫二百五十八人と記し、本文は伊集院氏から上井・諏訪氏まで、家ごとに当人の諱・通称、戦死・殉死の年月日と場所・事情、子孫の名と家格を記す。承久の乱や蒙古襲来から戦国期の木崎原・根白坂、朝鮮出兵、関ケ原、庄内、島原の戦いまで及び、主君への殉死や捕盗中の死も収める。

登場人物
伊地知季安(編纂)、島津氏家臣諸家の戦死者・殉死者
宛先
宛先なし(人物録)
キーワード
諸家忠死略抄、伊地知季安、島津家臣、戦死、殉死、子孫、関ケ原、朝鮮出兵、庄内
追録1-No.11記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津久賀へ殉死者名

島津久賀に殉死した家臣の名を掲げる記事。正保元年三月二十七日条に中村茂吉らを記し、鮫島少左衛門など殉死者の名・年齢等を列記する。

登場人物
中村茂吉、鮫島少左衛門ほか
宛先
—
キーワード
島津久賀、殉死、家臣名簿、中村茂吉、鮫島少左衛門、正保元年
追録1-No.12記事旧記雑録暫定版確認度 高

喜入忠続、相良頼屋へ殉死者

喜入忠続・相良頼屋に関わる殉死者を列記する記事。三月二十八日に篠原平左衛門宗次・田代助左衛門、十二月二日に山之内伊右衛門を記し、いずれも殉死とする。

登場人物
篠原平左衛門宗次、田代助左衛門、山之内伊右衛門
宛先
—
キーワード
喜入忠続、相良頼屋、殉死、篠原宗次、田代助左衛門、山之内伊右衛門
追録1-No.121記事旧記雑録暫定版確認度 高

殉死者名

正保四年の殉死者として川崎平左衛門助延・川添但馬重次・原田平右衛門・藤田政右衛門を列記する。十月晦日の坂元九郎左衛門入道将安は、主君島津大膳忠紀が江戸で死去したと聞いて殉死し、最期の歌を長崎貞義へ贈ったと小字で記す。

登場人物
川崎平左衛門助延、川添但馬重次、原田平右衛門、藤田政右衛門、坂元九郎左衛門入道将安
宛先
—
キーワード
川崎平左衛門助延、川添但馬重次、原田平右衛門、藤田政右衛門、坂元九郎左衛門入道将安、忠紀、長崎貞義、殉死、最期の歌
追録1-No.317記事旧記雑録暫定版確認度 高

新納忠秀への殉死者名

慶安三年五月八日、新納刑部大輔忠秀に殉死した田代諸右衛門、源兵衛、西田亀右衛門を挙げる。田代は大口衆、源兵衛は忠秀の小者、亀右衛門は家臣で同じく殉死した旨の注が付く。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
新納忠秀、田代諸右衛門、源兵衛、西田亀右衛門、殉死、大口衆、小者、家臣
追録1-No.367記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津久慶殉死者名

慶安四年八月十八日、荻田隨右衛門を掲げ、島津弾正久慶の家臣で殉死した旨を注す。下に続く上村求馬助・松元山右衛門・奥甚助の三人も同じと記す。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
島津久慶、殉死、荻田隨右衛門、上村求馬助、松元山右衛門、奥甚助
追録1-No.497記事旧記雑録暫定版確認度 高

新納忠清へ殉死者名

承応三年二月十七日に新納忠清へ殉死した者として、丸田元心・山下慶右衛門・金丸宇右衛門・牧山清兵衛を掲げ、大口衆または忠清家臣である旨を注記する記事。

登場人物
新納忠清、丸田元心、山下慶右衛門、金丸宇右衛門、牧山清兵衛
宛先
—
キーワード
新納忠清、殉死、丸田元心、山下慶右衛門、金丸宇右衛門、牧山清兵衛、大口衆
追録1-No.928記事旧記雑録暫定版確認度 中

殉死・戦亡者名

寛文元年を中心に、朝倉六兵衛・藤井四郎兵衛らの殉死、長谷場十郎兵衛純堯・山内七右衛門・関田次郎右衛門らの戦傷・死亡について、日付や主家関係を付して列挙した記事。

登場人物
朝倉六兵衛、藤井四郎兵衛、長谷場十郎兵衛純堯、山内七右衛門、関田次郎右衛門
宛先
—
キーワード
朝倉六兵衛、藤井四郎兵衛、長谷場十郎兵衛純堯、山内七右衛門、関田次郎右衛門、寛文元年、殉死、戦死、負傷、死亡、主家関係
前編1-No.29記事確認度 高

島津家譜義朝伝

『御譜中 義朝伝』。保元元年、新院方の謀反に備えて東三条へ武士を集め、源義朝と源義康を内裏警護に配した経過を記す。七月十一日の院御所攻撃は夜半から暁まで決着せず、義朝は火攻めを提案。風下の法勝寺焼失を懸念する意見に対し、勝利後は再建できるとの勅許を得て放火し、西風による延焼で新院・左大臣方を敗走させた。功により義朝は左馬頭となるが、降参した父為義の助命は許されず、弟頼賢・頼仲・為宗・為成・為仲ら九人を船岡山で斬首。幼い弟四人と家臣六人が殉死し、母と乳母も桂川へ投身したと伝える。

登場人物
源義朝、源義康、源為義、源頼賢、源頼仲、源為宗、源為成、源為仲、鎌田次郎正清、新院、左大臣、義朝の母・乳母ほか
宛先
—
キーワード
御譜中、島津家譜、源義朝、保元の乱、新院、左大臣、東三条、内裏警護、源義康、院御所、火攻め、法勝寺、左馬頭、源為義、鎌田正清、七条朱雀、船岡山、斬首、殉死、桂川、投身
前編1-No.2262記事確認度 高

島津久氏譜

島津久氏が足利尊氏の近習として父宗久を師とし、楠正行討伐に出陣して天王寺で戦死した経過を記す。梅花の絵に和歌を添えて尊氏へ献じ扇を賜った逸話、戦死時に家臣が殉死したこと、遺族が薩摩へ移り伊作氏を継いだことも伝える譜記事。

登場人物
島津久氏ほか
宛先
薩摩国・鎮西ほか
キーワード
島津久氏、足利尊氏、楠正行、天王寺合戦、梅花和歌、殉死、伊作氏
前編1-No.2263文書確認度 高

伊作氏後胤信州書

伊作三郎左衛門尉久氏が京都で将軍の御代官を務め、天王寺合戦で京方が敗れた後も退かず、皇居を遥拝して辞世の和歌を書き、切腹したとする後胤伝承。家臣三名の殉死、遺族の薩摩移住、伊作に居住して系統を継いだことまで記す。

登場人物
伊作氏後胤・久氏ほか
宛先
信州・薩摩国
キーワード
伊作久氏、将軍御代官、天王寺合戦、辞世和歌、切腹、家臣殉死、薩摩移住
前編2-No.945記事確認度 高

殉国名藪

応永二十三年正月十三日、千手堂で久世方の侍中太郎らが自害・殉死し、本田伊賀守、小田原弾正、天辰助次郎らを含む二十一人が殉死したと伝える戦死者名記事。姓名不詳者がいることも注記する。

登場人物
侍中太郎、本田伊賀守、小田原弾正、天辰助次郎、黒田某、伊駒某、金田某
宛先
—
キーワード
殉国名藪、応永二十三年、侍中太郎、本田伊賀守、小田原弾正、天辰助次郎、千手堂、殉死、二十一人
前編2-No.1100記事確認度 高

殉国名藪

永享二年十一月朔日、島津久林が徳満城で自殺した際、本田石見が殉死し、小田原杢も同じく殉死したことを記す記事。

登場人物
本田石見、島津久林、小田原杢
宛先
—
キーワード
殉国名藪、永享二年、島津久林、徳満城、自殺、本田石見、小田原杢、殉死
前編2-No.1101記事確認度 高

島津久林譜

島津久林が永享二年十一月一日に日向国真幸院へ来て、徳満城で島津忠国の謀略により十八歳で死去し、家臣の本田石見・小田原杢工が殉死したことなどを記す系譜記事。

登場人物
島津久林、島津忠国、本田石見、小田原杢工、島津師久
宛先
—
キーワード
島津久林譜、島津久林、島津忠国、真幸院、徳満城、本田石見、小田原杢工、殉死、系譜
前編2-No.1810記事確認度 高

殉国名藪

永正五年二月十五日に島津忠昌が清水の私宅で自害したのち、奈良原助八が忠昌を追って同月十八日に殉死したことを記す殉国記事。

登場人物
島津忠昌、奈良原助八
宛先
—
キーワード
殉国名藪、島津忠昌、奈良原助八、清水、自害、殉死、永正五年
前編2-No.2233記事確認度 高

殉国名藪

天文四年四月三日、川上大和守昌久が死去し、高木左近・竹迫助左衛門・鍋倉筑後・宮野原助右衛門・肝付兼利ら五人が殉死したことを記す。

登場人物
川上大和守昌久、高木左近、竹迫助左衛門、鍋倉筑後、宮野原助右衛門、肝付刑部少輔兼利
宛先
—
キーワード
殉国名藪、川上昌久、高木左近、竹迫氏、鍋倉氏、宮野原氏、肝付兼利、殉死、天文四年
後編1-No.463記事確認度 高

島津日新譜

日新の死に際して十数人の家臣が追腹を望んだが、貴久が後嗣断絶を伴う厳禁の高札を立てたため、殉死は止められた。ただし二十年前から主君に誓約していた中条二郎右衛門と満留郷右衛門だけは禁制の対象外とされ、市来・加世田でそれぞれ自害し、日新とともに火葬された。

登場人物
島津忠良(日新)、島津貴久、中条二郎右衛門、満留郷右衛門
宛先
—
キーワード
島津日新譜、島津忠良、日新、殉死、追腹、禁制、高札、後嗣断絶、中条二郎右衛門、満留郷右衛門、火葬
後編1-No.618記事確認度 高

島津貴久譜

平田治部少輔純貞入道純喜が、島津貴久(大中良等庵主)の後世菩提を弔うため日本六十六州を巡歴した。翌元亀三年に帰国して、三月二十三日、貴久を追慕して鹿児島の海に身を沈め殉死し、廉州純貞禅伯と号したことを記す。

登場人物
島津貴久、平田純貞入道純喜
宛先
日本六十六州、鹿児島海、南林寺前
キーワード
島津貴久譜、平田純貞、平田純喜、六十六州、廻国、菩提、元亀三年、鹿児島海、殉死、法号
後編1-No.622記事確認度 中

殉国名薮

元亀三年の殉死・戦死者を列記する。三月二十三日に島津貴久を慕って南林寺前の海に入水した平田純貞を掲げ、五月四日の木崎原合戦で戦死した鎌田大炊助政高・鎌田源三・野田越中坊・有馬豊前兵衛純秀・前田主税助範春・富永刑部左衛門・曽木播磨守重治ら多数の名を収録する。

登場人物
平田純貞、鎌田政高、鎌田源三、野田越中坊、有馬純秀、前田範春、富永刑部左衛門、曽木重治、島田彦十郎、財部盛弘、樺山純慶
宛先
南林寺前、木崎原
キーワード
殉国名薮、元亀三年、平田純貞、殉死、木崎原合戦、鎌田政高、野田越中坊、曽木重治、戦死者名簿
後編2-No.928記事確認度 高

島津歳久生害書

秀吉方から歳久処罰の厳命が下る一方、義久が病気を理由に助命を求めた経緯と、梅北一揆・邪答院での事件などが歳久の罪状として扱われた事情を詳述する。 家臣たちは城中で防戦や人質策を相談するが、歳久は領民を戦乱に巻き込むことを避けて退去し、病身で逃れる途中も自害を望む。最終的な死と首級の扱い、従者の殉死、追善供養・葬送関係者まで記し、処断の政治過程と現場の混乱を併せて伝える。

登場人物
島津歳久、島津義久、豊臣秀吉、細川幽斎、伊集院幸侃、歳久の家臣ら
宛先
—
キーワード
島津歳久、豊臣秀吉、島津義久、細川幽斎、梅北一揆、邪答院、追討、自害、殉死、追善供養
後編2-No.936記事確認度 高

島津竜伯書状

島津義久(竜伯)が大慈寺へ、歳久が秀吉の九州下向時に兵糧提出を拒み矢を射掛けたことなどから処断命令を受け、一身を犠牲にして家を残そうとしたと説明する。 歳久の家臣が殉死し、さらに宮之城へ籠城する動きが続いたため、龍雲寺の一岳和尚とも連携し、残党を説得して国家と家を存続させるよう依頼した書状である。

登場人物
島津義久(竜伯)、島津歳久(晴蓑)、豊臣秀吉、細川幽斎、龍雲寺一岳和尚、宮之城籠城衆
宛先
大慈寺
キーワード
島津義久、島津歳久、豊臣秀吉、細川幽斎、大慈寺、龍雲寺、宮之城籠城、兵糧、殉死、説得
後編2-No.1135記事確認度 中

殉国名藪

六月に山下周防が主君に従って死に、坂元伴助・福永八・藤井右馬丞・川野太兵衛ら六人も殉死したことを記す。 その一人である久木崎佐弥太は朝鮮で戦死したとの注記もあり、島津家臣団における殉死者と朝鮮出兵の人的損失を伝える記事。

登場人物
山下周防、坂元伴助、福永八、藤井右馬丞、川野太兵衛、久木崎佐弥太ほか
宛先
—
キーワード
山下周防、坂元伴助、福永八、藤井右馬丞、川野太兵衛、久木崎佐弥太、殉死、従死、朝鮮戦死、島津家臣団
後編2-No.1362記事確認度 高

北郷忠虎譜

秀吉の上使が薩摩・大隅・日向を検地し、北郷忠虎領では田中吉政らが都城・安永・高城・末吉・財部など十五か所、計六万九千二百余石を調査したと記す。 同年冬、忠虎は巨済城で寒気と軍務の疲労から病を得て、十二月十四日に三十九歳で死去した。鶴田貞明が殉死したことも記し、検地による領地確定と朝鮮陣中での最期を一続きに伝える家譜記事。

登場人物
北郷忠虎、豊臣秀吉、田中吉政、白井三郎右衛門尉、友田新允、富森九介、鶴田貞明
宛先
宛先なし(譜の記事)
キーワード
北郷忠虎、太閤検地、都城、六万九千二百石、田中吉政、巨済城、陣中病没、鶴田貞明、殉死、朝鮮出兵
後編2-No.1558記事確認度 高

島津彰久譜

島津彰久が文禄四年七月五日に朝鮮で病死し、享年二十九、法号を天宗慈雲大禅定門としたことを記す。 家臣の安田次郎兵衛が主君の死を追って殉死した逸話も載せ、朝鮮在陣の人的損失と主従関係を伝える。

登場人物
島津彰久、安田次郎兵衛
宛先
—
キーワード
島津彰久、朝鮮出兵、病死、安田次郎兵衛、殉死、法号、享年二十九、主従関係
後編2-No.1575記事確認度 高

島津彰久譜

島津彰久が文禄四年七月五日、朝鮮巨済島の陣中で病没し、殉死者を伴って葬られた経緯を記す。 法号「天宗慈雲大禅定門」と、同年八月十日に義久が追悼文を贈ったことを掲げ、朝鮮在陣中の死と島津家の服喪を結びつける譜記事。

登場人物
島津彰久、安田次郎兵衛、瀧川糸右衛門、島津義久
宛先
—
キーワード
島津彰久、巨済島、朝鮮出兵、陣没、病死、殉死、安田次郎兵衛、瀧川糸右衛門、天宗慈雲大禅定門、島津義久
後編3-No.8記事確認度 高

殉国名藪

築山伴五郎が文禄五年正月十八日に朝鮮渡海中に戦死し、長峯伊予入道宗珍が同年二月二日に主を慕って殉死したことを記す『殉国名藪』の記事。

登場人物
築山伴五郎、長峯伊予入道宗珍
宛先
—
キーワード
築山伴五郎、長峯伊予入道宗珍、朝鮮渡海、戦死、殉死、殉国名藪
後編3-No.1303記事確認度 高

殉国名薮

慶長五年九月十五日の関ヶ原合戦を中心に、島津豊久・長寿院盛淳をはじめ島津勢の戦死者・殉死者を多数列挙する殉国者名簿である。九月十八日・二十三日、十月四日・二十三日など後続の日付の戦死者も追記し、各人の実名・役職・家臣や従者、戦死地・法名等を注記する。

登場人物
島津豊久(中務大輔)、長寿院盛淳、島津義弘(惟新)配下将兵、伊集院久通、山内義次、吉野家行ほか
宛先
該当なし
キーワード
殉国名薮、関ヶ原合戦、戦死者名簿、島津豊久、長寿院盛淳、島津軍、九月十五日、殉死、家臣、従者、法名
後編4-No.45記事確認度 高

殉国名藪

本出源右衛門親商の家臣である神田藤兵衛が、主人親商の死後、その跡を慕って慶長十年四月二十日に殉死したことを記す記事。

登場人物
神田藤兵衛、本出源右衛門親商
宛先
—
キーワード
神田藤兵衛、本出源右衛門親商、家臣、主人、殉死、殉国名藪
後編4-No.561記事確認度 高

殉国名薮

『殉国名薮』の記事。慶長十四年の琉球戦役で、首里城攻略などに際して戦死・殉死した梅北照存坊、小松彦九郎、山元弾右衛門らの名と没日・戦死地を記す。

登場人物
梅北照存坊、小松彦九郎、山元弾右衛門ほか
宛先
—
キーワード
殉国名薮、琉球戦役、首里城、戦死者、梅北照存坊、小松彦九郎、山元弾右衛門、殉死
後編4-No.576記事確認度 高

島津忠倍譜

島津忠倍譜の記事。慶長十四年五月十八日、宅地造営中に病となった忠倍が死去し、法号を覚翁大圓居士として青龍山大圓寺に葬られ、家臣の阿久根右衛門・山本弾右衛門・有川慶助も追跡殉死したことを記す。

登場人物
島津忠倍、新納近江守、阿久根右衛門、山本弾右衛門、有川慶助
宛先
—
キーワード
島津忠倍譜、島津忠倍、新納近江守、大圓寺、病死、葬送、追跡殉死、阿久根右衛門
後編4-No.669記事確認度 高

殉国名薮

殉国名薮の記事。慶長十五年四月九日の久保権兵衛重次をはじめ、島津以久に仕えた猿渡左近、肝付治部左衛門兼家、日高大炊左衛門重勝ら、主君に従って殉死した家臣を列挙する。

登場人物
久保権兵衛重次、猿渡左近、肝付治部左衛門兼家、日高大炊左衛門重勝、島津以久
宛先
—
キーワード
殉国名薮、殉死、久保権兵衛重次、猿渡左近、肝付兼家、日高重勝、島津以久、家臣、追腹
後編4-No.769記事確認度 高

島津忠長譜

島津忠長譜の記事。忠長が病床にあり、諸医の治療や祈祷も効かず、慶長十五年十一月九日に六十歳で死去したことを記す。法号・墓所を掲げ、家臣尾辻次郎兵衛尉と藍田分太が追跡殉死したことも載せる。

登場人物
島津忠長、尾辻次郎兵衛尉、藍田分太
宛先
—
キーワード
島津忠長譜、島津忠長、病死、慶長十五年、享年六十、法号、宗功寺、尾辻次郎兵衛尉、藍田分太、殉死
後編4-No.786記事確認度 高

殉国名藪

殉国名薮の記事。慶長十六年二月二十日に島津義久へ殉死した市来清左衛門・濱田民部左衛門らについて、年齢・役職・姓名を列挙し、義久への殉死者名簿を補う。

登場人物
市来清左衛門、濱田民部左衛門、新納式部少輔、春田佐渡、岡本讃岐、吉井佐渡、村岡豊膳、山口対馬、赤塚吉右衛門
宛先
—
キーワード
殉国名薮、島津義久、殉死、市来清左衛門、濱田民部左衛門、新納式部少輔、春田佐渡、山口対馬、殉死者名簿
後編4-No.1096記事確認度 高

殉国名藪

慶長十九年五月、広津下総守常久の家臣岩元孫兵衛が、木下藤吉左衛門と同じく主君に殉死したことを記す殉国者の記事。

登場人物
岩元孫兵衛、広津下総守常久、木下藤吉左衛門
宛先
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キーワード
殉国名藪、岩元孫兵衛、広津下総守常久、木下藤吉左衛門、殉死、慶長十九年
後編4-No.1100記事確認度 高

島津常久譜

島津常久が慶長十九年五月二十九日、広島上山城で疱瘡により二十八歳で死去したことを記す譜。法号とともに、瀬戸口兵右衛門・岩本孫兵衛・木下藤吉左衛門が殉死したことを載せる。

登場人物
島津常久、瀬戸口兵右衛門、岩本孫兵衛、木下藤吉左衛門
宛先
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キーワード
島津常久譜、広島上山城、疱瘡、死去、殉死、瀬戸口兵右衛門、岩本孫兵衛、木下藤吉左衛門、慶長十九年
後編4-No.1624記事確認度 高

殉国名藪

島津義弘の死に際して殉死した家臣たちについて、氏名・年齢・没日を列記した殉国者名簿。

登場人物
島津義弘、池田六左衛門貞秀、北郷三久、折田和泉守、山路後藤兵衛ほか
宛先
島津義弘
キーワード
殉国名藪、島津義弘、殉死、家臣、氏名、年齢、没日、元和五年
後編5-No.159文書確認度 中

島津久元・伊勢貞昌連署書状

比志島国隆に近侍して不正を助長したとされる折田四郎右衛門・家村四郎左衛門について、高岡の者も責任を訴えているとして、死罪ではなく流罪とする方針を伝える。国隆に殉死すると称した者や種子島へ従わなかった者の扱いも含め、山田土佐守らと協議するよう求める。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、折田四郎右衛門、家村四郎左衛門、比志島宮内少輔国隆、伊地知四郎兵衛、鎌田監物、山田土佐守
宛先
喜入摂津守
キーワード
島津久元、伊勢貞昌、比志島国隆、折田四郎右衛門、家村四郎左衛門、高岡、流罪、殉死、山田土佐守、要確認
後編5-No.354記事確認度 中

殉国名藪

北郷讃岐守忠能が二月五日に死去した後、家臣の土屋七左衛門宗武が同月十七日に後を追って殉死し、紀藤丹波守光繁も同様であったことを記す。

登場人物
土屋七左衛門宗武、北郷忠能、紀藤丹波守光繁
宛先
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キーワード
土屋七左衛門宗武、北郷忠能、紀藤丹波守光繁、殉死、追腹、殉国名藪