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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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35 件 (全巻)/ 1–35件を表示

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前編2-No.998文書確認度 高

沙弥通松譲状

沙弥通松が舎弟羽嶋新三郎に、国分寺領内薩摩郡の羽嶋を、代々の文書に基づいて知行するよう譲った文書。

登場人物
沙弥通松(花押)、羽嶋新三郎
宛先
羽嶋新三郎殿
キーワード
沙弥通松、羽嶋新三郎、譲状、国分寺領、薩摩郡、羽嶋、代々文書、知行
前編2-No.1004文書確認度 高

島津存忠宛行状

島津存忠が、薩摩国東郷退治の際の恩賞として、国分で万徳に相当する所領を羽嶋新三郎へ宛行うよう定めた文書。

登場人物
島津存忠(花押)、羽嶋新三郎
宛先
羽嶋新三郎殿
キーワード
島津存忠、羽嶋新三郎、宛行状、薩摩国、東郷退治、国分、万徳、恩賞
前編2-No.991記事確認度 中

島津国史

応永二十八年、島津久豊が兵を徴し、伊集院頼久方の隈城を攻めさせた経過を記す。羽島新三郎・奈良美作らが出兵・攻城し、克久・忠朝ら一族も軍事・所領処置に関与した。落城後の所領給与と反乱勢力の鎮圧を通じて山門院支配を再編した。

登場人物
島津久豊、島津忠朝、伊集院頼久、羽島新三郎、奈良美作、克久
宛先
隈城・山門院
キーワード
島津国史、応永二十八年、島津久豊、島津忠朝、伊集院頼久、羽島新三郎、隈城、山門院、出兵、攻城、反乱鎮圧
後編1-No.602記事確認度 高

島津義久譜

大隅の肝付兼続・禰寝重長・伊地知重興が島津氏への出仕を拒み、廻城主肝付忠勝の死後は伊東氏とも結んで敵対した経緯を述べる。元亀二年十一月二十日、百余艘の船団が鹿児島湾に侵入して瀧水村を攻めたが、平田新三郎ら帖佐衆約五十人が防戦し、敵船を退却させた。

登場人物
島津義久、肝付兼続、禰寝重長、伊地知重興、伊東義祐、平田新三郎
宛先
鹿児島湾、瀧水
キーワード
島津義久譜、元亀二年、肝付兼続、禰寝重長、伊地知重興、伊東氏、鹿児島湾、瀧水、平田新三郎、海戦
後編1-No.603記録確認度 高

長谷場越前自記

伊地知重興が肝付氏に同心し、日向・肝付・禰寝・下大隅の三百余艘で鹿児島方面へ来襲した戦闘を記す。野尻沖で伊集院善左衛門が鉄砲に倒れたのち、敵は瀧水に上陸したが、平田新三郎ら約五十人が撃退した。島津家久は瀬戸の防備を命じ、岸からの一斉射撃を受けた船団は軽石港へ退いた。

登場人物
伊地知重興、肝付氏、禰寝氏、伊東氏、伊集院善左衛門、平田新三郎、島津家久
宛先
野尻、瀧水、瀬戸、軽石港
キーワード
長谷場越前自記、元亀二年、伊地知重興、肝付氏、禰寝氏、伊東氏、野尻、瀧水、平田新三郎、島津家久、鉄砲、海戦
後編1-No.604記録確認度 高

年代記

元亀二年十一月二十日、伊東・肝付・伊地知・禰寝方の百余艘が桜島内へ侵入したが、瀧水を守る平田新三郎ら帖佐衆五十人が迎撃して退けたことを簡潔に記す。

登場人物
伊東氏、肝付氏、伊地知氏、禰寝氏、平田新三郎
宛先
桜島内、瀧水
キーワード
年代記、元亀二年、伊東氏、肝付氏、伊地知氏、禰寝氏、桜島、瀧水、平田新三郎、帖佐衆、海戦
後編1-No.673記事確認度 中

倭文麻環

肝付・伊地知方の大船団が桜島を経て鹿児島湾へ侵入した海戦と、その後の下大隅征討を長文で記す。伊集院善左衛門が海戦で戦死した後、瀧水では平田新三郎ら約五十人が上陸を阻み、島津家久が瀬戸村で追撃して敵船を軽石へ退けた。続いて早崎・小浜城を攻め、伊地知美作守が退去した城へ家久が入り、牛根城も攻撃したが諏訪神事のため一時帰陣したとする。海戦年次には本文内注記との相違がある。

登場人物
島津義久、島津家久、肝付省釣、伊地知重興、伊集院善左衛門、平田新三郎、勝部与左衛門、指宿四郎次郎、肥後平次郎、伊集院久春
宛先
鹿児島湾、桜島、横山、赤水、野尻、瀧水、瀬戸村、軽石、早崎、小浜、牛根
キーワード
倭文麻環、瀧水合戦、鹿児島湾、桜島、伊地知重興、伊集院善左衛門、平田新三郎、島津家久、早崎、小浜城、牛根城、諏訪神事、年次相違
後編4-No.298文書確認度 中

犬追物手組

慶長十一年十一月二十七日の犬追物手組を記した別一覧。殿以下、島津河内守・島津式部太輔・島津勘解由次官・平田新三郎らの射手名と割当てを列挙する。

登場人物
島津家久、島津河内守、島津式部太輔、島津勘解由次官、平田新三郎ほか
宛先
—
キーワード
犬追物手組、三日目、島津家久、島津河内守、島津式部太輔、島津勘解由次官、平田新三郎、射手
附録2-No.1283文書確認度 高

伊集院忠倉書状

先日新三郎が礼のため参上したので取り次いだことを伝え、岩川の領地について満足できるよう尽力すると約し、境目での苦労を察した伊集院忠倉書状。

登場人物
伊集院忠倉、新納忠勝、新三郎
宛先
新納忠勝
キーワード
伊集院忠倉、新納忠勝、新三郎、岩川、領地、取次、境目、労苦
追録6-No.2114-3書状旧記雑録暫定版確認度 中

大井屋敷作事願を承知した旨を返答する

大井屋敷の作事願いについて使者から伝えられた趣旨を承知したと名主貫蔵が返答する短い書状。宛先に安部次郎兵衛・鵜殿新三郎の名がある。独立した『の3』であり、作事許可の裁定そのものではない。

登場人物
名主貫蔵、安部次郎兵衛、鵜殿新三郎
宛先
安部次郎兵衛・鵜殿新三郎
キーワード
大井屋敷、作事願、使者、名主貫蔵、安部次郎兵衛、鵜殿新三郎、受領返答
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:149文書・仮名書譲状/国分寺領内羽島の舎弟新三郎への譲与旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

沙弥通松譲状

応永二十八年五月三日、沙弥通松(羽島豊後守友平)が舎弟新三郎へ、国分寺領内の薩摩郡羽島を譲与した仮名書の譲状。坪付などの細目は代々の文書に記載されているため重ねて詳述せず、早く知行するよう命じ、後日の証文として作成する。『旧記雑録前編二』九九八号文書と同一文書と注記される。

登場人物
沙弥通松(羽島豊後守友平)、舎弟新三郎
宛先
舎弟新三郎
キーワード
沙弥通松譲状、応永二十八年五月三日、沙弥通松、羽島豊後守友平、舎弟新三郎、国分寺領、薩摩郡、羽島、坪付、代々文書、所領譲与、早期知行、後日の証文、仮名書、旧記雑録前編二九九八号
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:151文書・宛行状/東郷退治時の国分取計い命令旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津存忠宛行状

応永二十八年八月九日、島津久豊(存忠)が羽島新三郎へ、薩摩国内の東郷退治時に、国分を万徳の代として取り計らうよう命じた宛行状。軍事行動に際する国分の処置を、特定の代理関係とともに短く指示する。『旧記雑録前編二』一〇〇四号文書と同一文書と注記される。

登場人物
島津久豊(存忠)、羽島新三郎、万徳
宛先
羽島新三郎殿
キーワード
島津存忠宛行状、応永二十八年八月九日、島津久豊、存忠、羽島新三郎、万徳、薩摩国、東郷、東郷退治、国分、代理、取計い、軍事命令、旧記雑録前編二一〇〇四号
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:152文書・宛行状/薩摩郡羽島本領の当知行安堵旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津存忠宛行状

応永二十八年八月十三日、島津久豊(存忠)が羽島新三郎へ、薩摩郡内羽島の本領について現状どおり知行することを認めた宛行状。領掌に相違があってはならないと、簡潔に本領を安堵する。『旧記雑録前編二』一〇〇五号文書と同一文書と注記される。

登場人物
島津久豊(存忠)、羽島新三郎
宛先
羽島新三郎殿
キーワード
島津存忠宛行状、応永二十八年八月十三日、島津久豊、存忠、羽島新三郎、薩摩郡、羽島、本領、当知行、領掌、相違なし、所領安堵、御判、旧記雑録前編二一〇〇五号
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:263文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津存忠豊安堵状

島津存忠(久豊)が羽島新三郎に、薩摩郡内羽島の本領当知行について領掌に相違がないよう安堵した文書。応永廿八年八月十三日付。

登場人物
島津存忠(久豊)、羽島新三郎
宛先
羽島新三郎殿
キーワード
島津存忠豊安堵状、島津存忠、島津久豊、羽島新三郎、薩摩郡、羽島、本領、当知行、安堵、領掌
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:264文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津存忠豊宛行状

島津存忠(久豊)が羽島新三郎に、薩摩国内の東郷退治の際、国分万徳の代として取り計らうよう命じた宛行状。応永廿八年八月九日付。

登場人物
島津存忠(久豊)、羽島新三郎、国分万徳
宛先
羽島新三郎殿
キーワード
島津存忠豊宛行状、島津存忠、島津久豊、羽島新三郎、国分万徳、薩摩国、東郷退治、代役、軍事命令、応永廿八年
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:281文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

沙弥通松譲状

沙弥通松が舎弟新三郎に、国分寺領内薩摩郡の羽島を、代々の坪付文書に従って譲与し、知行させるとした譲状。応永廿八年五月三日付。

登場人物
沙弥通松、新三郎
宛先
新三郎
キーワード
沙弥通松譲状、沙弥通松、新三郎、舎弟、国分寺領、薩摩郡、羽島、坪付、代々文書、譲与、知行、応永廿八年
後編4-No.295文書確認度 中

犬追物手組

慶長十一年十一月二十七日、犬追物三日目第三番の手組を記した一覧。殿以下、島津河内守・島津式部太輔・島津勘解由次官・平田新三郎らの射手名と割当てを列挙する。

登場人物
島津家久、島津河内守、島津式部太輔、島津勘解由次官、平田新三郎ほか
宛先
—
キーワード
犬追物手組、三日目、第三番、島津家久、島津河内守、島津式部太輔、島津勘解由次官、射手
追録2-No.842覚書旧記雑録暫定版確認度 中

菊池新三郎覚書

菊池新三郎が菊池藤助へ、九月四日に林大学頭を訪ねた際、島津家譜略は石野八兵衛からまだ届かず清書中だと答えたことを報告した覚書。島津忠久が源頼朝の子であることを『吾妻鏡』だけでは確認しにくいとの問いに対し、奥州陣や畠山重忠に関する記事などを含む系図を後世に残すべき重宝として念入りに整える趣旨を伝える。

登場人物
菊池新三郎
宛先
菊池藤助
キーワード
菊池新三郎、菊池藤助、林大学頭、島津家譜略、石野八兵衛、清書、島津忠久、源頼朝、吾妻鏡、奥州陣、畠山重忠、系図、家の重宝、後世、元禄十三年
前編2-No.1781文書確認度 高

大田忠福寄進状

大田忠福が薩摩国南郷内の塩屋一間を坊津龍厳寺一乗院へ永代寄進し、末代の亀鏡として証文を残した寄進状。

登場人物
大田忠福、島津新三郎藤原朝臣忠福
宛先
坊津龍厳寺一乗院
キーワード
大田忠福、寄進状、薩摩国、南郷、塩屋、坊津、龍厳寺、一乗院、永代寄進、文亀二年
後編4-No.909文書確認度 高

島津義弘書状

慶長十七年六月二十二日、島津義弘が相良左兵衛佐へ、上洛後の無音を詫び、東国の平穏と大名衆の屋形普請、今後の下向予定などを伝えた書状。

登場人物
島津義弘、相良左兵衛佐、大童新三郎
宛先
相良左兵衛佐
キーワード
島津義弘書状、相良左兵衛佐、上洛、東国、大名屋形普請、下向、使者
後編5-No.606記事確認度 中

島津久雄譜

島津久雄譜の記事。忠将流系図として、久雄が寛永十年三月四日に生まれたこと、母、幼少で父を失ったのち将軍徳川家光の命により父の遺領を安堵され、江戸城で拝謁して刀を献じたことなどを記す。

登場人物
島津久雄、島津忠興、丹生新三郎の女子、徳川家光
宛先
―
キーワード
島津久雄譜、島津久雄、島津忠興、出生、遺領安堵、徳川家光、江戸城、拝謁、相続、系譜
後編5-No.607記事確認度 中

島津久雄譜

島津久雄譜の記事。忠興流系図として、久雄が寛永十年三月二十一日に佐土原で生まれ、幼名・官途と母を記し、寛永十四年に将軍家光の命で父忠興の遺跡を相続したことを述べる。

登場人物
島津久雄、島津忠興、丹生新三郎信房の女子、徳川家光
宛先
―
キーワード
島津久雄譜、島津久雄、島津忠興、佐土原、出生、幼名、官途、遺跡相続、徳川家光、系譜
前編1-No.1565文書確認度 高

鎮西御教書

新田宮雑掌が段米以下の件を重ねて訴えたため、先に催促したにもかかわらず返答しない大隅新三郎へ、来月十五日以前に事情を明らかにするよう命じた鎮西御教書。

登場人物
鎮西探題・大隅新三郎・新田宮雑掌
宛先
薩摩国新田宮
キーワード
鎮西御教書、新田宮雑掌、段米、大隅新三郎、重申状、催促、返答
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:99犬追物手組・馬匹割当旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

文亀四年三月廿二日犬追物手組

文亀四年三月二十二日の犬追物手組。番号付きの項目として「一 島津備前守」九疋、「二 島津左馬助」十八疋、「三 渋谷藤次郎」五疋、「四 島津次郎四郎」五疋を記し、ほかに豊後守殿十四疋、梁瀬源五十一疋、島津治部少輔十疋、村田与次郎九疋、柏原助七郎十一疋、羽嶋新三郎三疋、羽嶋越前守三疋、上原又七六疋を割り当てる。検見を餅原駿河守、喚次を吉田六郎三郎が務め、前掲の延徳二年手組と同じく参加者・馬匹数・役割を表形式で示す。正本は家蔵され、『旧記雑録前編二』一七八九号文書と同一と注記される。

登場人物
島津備前守、渋谷藤次郎、豊後守殿、梁瀬源五、島津治部少輔、村田与次郎、柏原助七郎、羽嶋新三郎、羽嶋越前守、上原又七、島津左馬助、島津次郎四郎、餅原駿河守、吉田六郎三郎
宛先
—
キーワード
文亀四年三月二十二日、犬追物、手組、島津備前守、九疋、島津左馬助、十八疋、渋谷藤次郎、五疋、島津次郎四郎、豊後守殿、十四疋、梁瀬源五、十一疋、島津治部少輔、十疋、村田与次郎、柏原助七郎、羽嶋新三郎、三疋、羽嶋越前守、上原又七、六疋、検見、餅原駿河守、喚次、吉田六郎三郎、正本家蔵、旧記雑録前編二、一七八九号文書
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W15_98社寺由緒・覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

穆佐稲荷社の社殿・祭祀に関する覚書

穆佐の稲荷大明神宮と拝殿の寸法、祭礼日、永両村の祭祀、社殿の修補を記す。忠国が穆佐城にいた頃の建立と伝え、火災後の再建や社領の変遷にも触れる。明暦元年九月上旬に下倉永村の祝子野田新三郎が記す。

登場人物
下倉永村正祝子・野田新三郎
宛先
宛先明示なし
キーワード
古副本在地頭仮屋・明暦元年9月・穆佐・稲荷大明神・野田新三郎
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:188-8墓所調査記録/家由緒旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

加世田浄福寺蒲地氏墓所調査記録

宝暦十一年、蒲地四郎左衛門貞留が、焼失した加世田浄福寺の再建に普請検者として赴いた際、同寺にある蒲地氏先祖の墓を調査した記録。浄福寺の戦亡帳を借り、蒲地帯刀・蒲地左衛門四郎・蒲地新三郎・蒲地越中の四名を確認し、暖土持十兵衛から忠国公下馬札後方の塚について聞き取った。本田用右衛門家が蒲地先祖の墓として花香を手向けてきたとの本田与市左衛門の証言を得て、野町源右衛門の案内で現地を確認し、荒れた墓を整えて道を設け、四霊位の菩提・月忌料として青銅一貫文を納めたことを記す。貞留自身の書留等とも照合できると付記する。

登場人物
蒲地四郎左衛門貞留、浄福寺三世了典和尚、蒲地帯刀、蒲地左衛門四郎、蒲地新三郎、蒲地越中、暖土持十兵衛、本田用右衛門、本田与市左衛門、野町源右衛門、島津忠国
宛先
—
キーワード
宝暦十一年、蒲地四郎左衛門貞留、加世田、浄福寺、焼失再建、普請検者、戦亡帳、蒲地帯刀、忠国公下馬札、墓所調査、本田与市左衛門、野町源右衛門、四霊位、青銅一貫文、月忌料
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::20文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

犬追物手組

前欠の犬追物手組の断片。蒲生十郎三郎・島津新三郎・長野助五郎らの射手と犬数を記し、検見を島津十郎左衛門尉とする。年月日は本文に残らない。

登場人物
蒲生十郎三郎、島津新三郎、長野助五郎、島津十郎左衛門尉ほか
宛先
宛先なし(手組)
キーワード
犬追物手組、前欠、射手、犬数、検見
追録6-No.2114-4報告書旧記雑録暫定版確認度 中

大井抱屋敷の造作をめぐる許可・見分・取次の経緯を記す

大井抱屋敷の本家・物置の造作について、根元政右衛門が九月七日付で、願書・絵図の取次ぎ、代官所の見分、隣接する抱屋敷との調整などの経緯を申し出る。未許可の新規作事や見分をめぐる懸念を記し、作事方に意向を確かめて改めて願い出る必要を述べる。続く渋谷五郎右衛門の九月十一日付申出は、屋敷方・代官所・取次役の間で作事と見分の進め方を調整した事情を記す。

登場人物
根元政右衛門、渋谷五郎右衛門、渡辺忠四郎、鵜殿新三郎、永井傅右衛門、伊奈半左衛門
宛先
代官所・家老座関係者(文中の取次先)
キーワード
大井抱屋敷、作事、増築、願書、絵図、見分、代官所、近隣調整、根元政右衛門、渋谷五郎右衛門、渡辺忠四郎
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 813日記・出水滞留と島原からの注進旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

杢田十左衛門日記

出水滞留中の正月二十日、喜入吉兵衛付衆の到着と、三原左衛門佐からの注進次第出船する旨を記す。落城間近との取沙汰や、南雲・市成・東郷三人の島原行、三原与力野元源左衛門と伊集院衆帖佐小兵衛の戦死注進を載せる。自力立以外には一人一日黒米五合を支給するとし、二十一日に書き留めたと結ぶ。

登場人物
杢田十左衛門 喜入吉兵衛 有馬喜兵衛 本林坊 上野九右衛門 川上久五郎 三原左衛門佐 南雲新三郎 市成弥太左衛門 東郷少監物 野元源左衛門 帖佐小兵衛
宛先
なし(日記)
キーワード
出水滞留 付衆 到着 出船待機 落城風聞 戦死 黒米五合
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:131系図/惟宗姓羽島氏・国分氏諸流旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

惟宗姓羽島氏系図

末吉羽島氏に真本があると注記する惟宗姓羽島氏の長大な系図で、聖武天皇から惟宗氏へつなぐ系譜を掲げ、伊賀守・紀中納言(宗大納言)・陰陽頭・能登守などの祖先から、羽島・国分・郡山・神崎等の諸流を系線で整理する。康友が島津豊後前司忠久を養子とし、忠久を源頼朝の子、丹後局を康友の妹とする伝承を載せ、国分寺職・天満宮沙汰人・執印職の相伝、筑前岡元庄への居住や分家を記す。国分豊後守宗友は島津忠国の伊東退治で山東においてたびたび忠節を尽くし、日向国海江田庄八十町・上別府ほかの地頭職と自筆判を与えられたとする。後代には島津伊久への奉公、神崎合戦・郡山・平佐・筑後・肥後隈城等での討死、日向上別府への移住、養子・婚姻・出家・法名を多数記し、中世薩摩の宗教職・所領継承と軍役を一系譜内に集積する。

登場人物
聖武天皇、惟宗氏、伊賀守、紀中納言(宗大納言)、孝親(能登守)、孝言(掃部助)、忠親、知国、友尚、迎阿、友成、友兼、友賢、康友、島津忠久、源頼朝、丹後局、国分豊後守宗友、島津忠国、友経、友門、島津伊久、友通、越中守、新三郎友平、友成、友道、吉友
宛先
—
キーワード
惟宗姓羽島氏系図、末吉羽島氏、聖武天皇、惟宗氏、伊賀守、紀中納言、宗大納言、陰陽頭、能登守、羽島氏、国分氏、康友、島津忠久、源頼朝、丹後局、養子、国分寺職、天満宮沙汰人、執印職、筑前岡元庄、国分豊後守宗友、島津忠国、伊東退治、山東、日向国海江田庄八十町、上別府、地頭職、自筆御判、島津伊久、神崎合戦、郡山、平佐、筑後、肥後隈城、討死、婚姻、分家、出家、法名
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:8系図・秩父氏後裔/伊地知淡路守心岳流旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

秩父氏二十四代又太郎重豊四男淡路守入道心岳系図

秩父氏二十四代又太郎重豊の四男・淡路守入道心岳を祖とし、出羽守・淡路守重宗以下へ分かれる伊地知氏庶流の系図。重政は門川地頭として島津義久に仕え、天正十五年に豊後で戦死し、重張は朝鮮で戦死したと記すほか、種子島氏からの養子が義久・義弘・家久の三代に仕えたこと、各支流の官途・婚姻・養子・戦死を載せる。後半は手串良・牛根・栗野・曽木・飯野・倉岡・国分などへの移住、根城攻めでの戦功と前田給付、前田家との由緒から前田または伊地知を称した重悦・重通の系統、重氏・重行・元重・重慶・季定らの系線を示す。

登場人物
重豊、淡路守入道心岳、出羽守、淡路守重宗、重英、重政、新三郎、伊地知門川地頭、島津義久、重次、重張、島津義弘、島津家久、種子島氏、重倫、重意、伊予守、隼人介、重悦、重通、重氏、重行、元重、重慶、季定
宛先
—
キーワード
秩父氏二十四代、又太郎重豊、淡路守入道心岳、伊地知氏庶流、出羽守、淡路守重宗、重政、門川地頭、島津義久、天正十五年、豊後戦死、重張、朝鮮戦死、種子島氏養子、島津義弘、島津家久、手串良、牛根、栗野、曽木、飯野、倉岡、国分、根城攻め、前田給付、前田氏、伊地知称号、婚姻、養子、官途
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::73日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

大的日記

天文三年正月十六日の大的日記。島津近江守殿・島津孫四郎・島津駿河守ら射手ごとに黒丸・白丸の記号と数を示す。末尾に三度弓のときの日記である旨の記述を伴う。

登場人物
島津近江守殿、島津孫四郎、島津駿河守、島津十郎、島津右馬助、島津新三郎ほか
宛先
宛先なし(日記)
キーワード
大的日記、天文三年、射手、三度弓、黒丸、白丸
後編1-No.289記録確認度 高

永禄七年戦死者交名

永禄七年の戦死者交名。三月十四日および五月晦日の今城合戦で戦死した宇都源十郎、大河平隆次・隆堅・隆光以下の一族・郎党を多数列挙し、七月十八日に櫛間桂原で戦死した新納新三郎忠衡も付記する。

登場人物
大河平隆次、大河平隆堅、大河平隆光ほか今城戦死者、新納忠衡
宛先
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キーワード
永禄七年戦死者交名、三月十四日、五月晦日、今城合戦、宇都源十郎、大河平隆次、大河平隆堅、大河平隆光、七月十八日、櫛間桂原、新納忠衡
後編1-No.586記事確認度 高

島津国史

元亀二年六月二十三日、島津貴久が加世田の本宅で没し、二十九日に日新寺で荼毘に付されたことを記す。日新寺境内の釈迦堂を忠良・貴久父子の廟所とする伝承、平田純貞が貴久の冥福のため六十六州を巡歴し翌年鹿児島海中で入水した話を載せる。十一月二十日には肝付・禰寝・伊地知連合軍が船百余艘で鹿児島内海へ侵入して帖佐・瀧水を攻め、平田新三郎らが防いで退却させた。

登場人物
島津貴久、島津義久、島津歳久、島津征久、平田純貞、肝付氏、禰寝氏、伊地知氏、平田歳宗
宛先
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キーワード
島津国史、元亀二年、島津貴久、加世田、死去、日新寺、荼毘、廟所、平田純貞、六十六州、入水、肝付氏、禰寝氏、伊地知氏、瀧水、海戦