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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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39 件 (全巻)/ 1–39件を表示

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前編2-No.43文書確認度 高

島津氏久書下

島津氏久が姫木弥四郎入道に、自方へ参じて忠節を尽くしたため、本領の知行に相違がないことを保証した書下。

登場人物
島津氏久、姫木弥四郎入道
宛先
姫木弥四郎入道殿
キーワード
島津氏久、姫木弥四郎入道、忠節、本領安堵、書下
前編2-No.70文書確認度 高

島津氏久書下

島津氏久が目弥四郎入道に、大隅国桑西郷内鏡原三段を凶徒の知行分であったことから兵粮料所として領掌させ、異議があれば改めて沙汰すると定めた書下。

登場人物
島津氏久、目弥四郎入道
宛先
目弥四郎入道殿
キーワード
島津氏久、目弥四郎入道、大隅国、桑西郷、鏡原、兵粮料所、凶徒、領掌、書下
後編1-No.620記事確認度 高

島津義弘譜

元亀三年五月四日の木崎原合戦を記す。伊東方数千が飯野を越えて加久藤を攻めたため、島津義弘は四、五十騎で木崎原を遮り、久富・遠矢らと迎撃した。長峯氏や伊東文次郎・落合源左衛門らを討ち、田原陣・鬼塚原へ追撃して義弘自身も強敵二人を斬った。島津方にも鎌田大炊助らの戦死者を出したが、少数で伊東方の大軍を破った勝利を天助と評する。

登場人物
島津義弘、伊東義祐、伊東文次郎、落合源左衛門、久富伴五左衛門、遠矢下総守、長峯弥四郎、竹下又左衛門、瀬戸口八郎左衛門、五代友喜、柚木崎丹後守
宛先
飯野、加久藤、木崎原、田原陣、鬼塚原、三山城
キーワード
島津義弘譜、元亀三年、木崎原合戦、飯野、加久藤、伊東義祐、久富伴五左衛門、長峯弥四郎、五代友喜、柚木崎丹後守、少数勝利
前編1-No.1352文書確認度 高

渋谷次郎丸代惟朝重訴状

渋谷次郎丸代惟朝が、伯父弥四郎重経は入来院塔原郷内田薗を証文なく押領し、二度の御教書にも参陳しないとして、違背を処罰し所務を回復するよう求めた重訴状。

登場人物
渋谷次郎丸代惟朝・伯父弥四郎重経
宛先
薩摩国入来院塔原郷
キーワード
渋谷次郎丸、惟朝、重訴状、弥四郎重経、入来院、塔原郷、押領、御教書違背
前編1-No.1513文書確認度 高

本田親兼譲状

本田親兼が弥四郎へ、山門院内針原村の田畠・屋敷と付属所領を、手継本証文とともに永代譲り渡した譲状。道観相伝の所領であることを示し、後日の妨げを禁じる。

登場人物
本田親兼・沙弥道観・弥四郎
宛先
薩摩国山門院
キーワード
本田親兼譲状、弥四郎、山門院、針原村、田畠屋敷、手継本証文
前編1-No.1848文書確認度 高

畠山直顕感状

新田右衛門佐与同の益戸弥四郎行政・同四郎兵衛尉秀名・石河内弁済使らとの新納院岩戸原彦尾合戦で、土持新兵衛尉が忠節を尽くしたことを賞した畠山直顕感状。

登場人物
畠山直顕・益戸弥四郎行政・新田右衛門佐
宛先
薩摩国ほか
キーワード
畠山直顕感状、土持新兵衛尉、益戸弥四郎行政、岩戸原彦尾合戦、新納院、軍忠
前編1-No.1849文書確認度 高

畠山直顕軍勢催促状

新田義貞与同の益戸弥四郎行政以下が楯籠る石城を追討するため、土持新兵衛尉に一族を率い、早く馳せ向かうよう命じた畠山直顕軍勢催促状。

登場人物
畠山直顕・益戸弥四郎行政・新田右衛門佐与同者
宛先
薩摩国ほか
キーワード
畠山直顕軍勢催促状、土持新兵衛尉、益戸弥四郎行政、新田義貞与党、石城、一族、追討
前編1-No.2123文書確認度 高

放火狼籍交名注文

放火狼藉の関与者として、渋谷弥四郎本人、西岡弥次郎左衛門尉、重内三郎、山口平次三郎、同平四郎、一渡弥四郎、大井小四郎、同六郎らを列記した交名注文。

登場人物
渋谷弥四郎・西岡弥次郎・山口平次三郎ほか
宛先
薩摩国ほか
キーワード
放火狼籍交名注文、渋谷弥四郎、西岡弥次郎、重内三郎、山口平次三郎、大井小四郎、交名
前編1-No.2411文書確認度 高

足利尊氏感状

足利尊氏が池上弥四郎へ、前年九月八日の筑前国金隈合戦で父池上四郎兵衛尉光久が討死したことを神妙と賞し、今後も戦功を挙げるよう求めた感状。

登場人物
足利尊氏・池上弥四郎ほか
宛先
筑前国金隈ほか
キーワード
足利尊氏、池上弥四郎、池上光久、金隈合戦、父討死、感状
後編6-No.322文書確認度 高

島津久通・新納久詮連署書状

島津久通・新納久詮が、証人衆の評定所出頭と逃亡事件を報じた連署書状。御証人奉行の切紙により証人衆を伴って評定所へ出頭した経緯を伝える。安芸守が主家との争いから国を逃れ、証人として江戸にいた子の弥四郎も留守居衆へ無断で逃亡したため、私怨の有無にかかわらず厳しく捜索・処置するよう求めている。

登場人物
島津久通、新納久詮、御証人奉行、松平右衛門佐、玄番頭、安芸守、弥四郎、留守居衆
宛先
島津下野守様・川上因幡守様・頴娃左馬頭様・山田民部少輔様ほか御中
キーワード
島津久通、新納久詮、御証人奉行、評定所、松平右衛門佐、玄番頭、安芸守、弥四郎、証人、逃亡、留守居、捜索、処置
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:299文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

畠山直顕感状

畠山直顕が、土持新兵衛尉らが五月十日に新納院岩戸原彦尾で、新田義貞方の益戸弥四郎行政・益戸四郎兵衛尉秀名・石河内弁済使以下と合戦して忠節を尽くしたことを賞した感状。建武三年五月十二日付。

登場人物
畠山直顕、土持新兵衛尉、益戸弥四郎行政、益戸四郎兵衛尉秀名、石河内弁済使
宛先
土持新兵衛尉
キーワード
畠山直顕感状、畠山直顕、土持新兵衛尉、益戸弥四郎行政、益戸四郎兵衛尉秀名、石河内弁済使、新田義貞、新納院、岩戸原、彦尾、合戦、忠節、建武三年
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:300文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

畠山直顕軍勢催促状

畠山直顕が、石之城に立て籠もる新田義貞方の益戸弥四郎行政以下を誅伐するため、佐伯備前権守とその一族らとともに同城へ馳せ向かうよう土持新兵衛尉へ命じた軍勢催促状。建武三年五月十五日付。

登場人物
畠山直顕、土持新兵衛尉、益戸弥四郎行政、佐伯備前権守
宛先
土持新兵衛尉
キーワード
畠山直顕軍勢催促状、畠山直顕、土持新兵衛尉、益戸弥四郎行政、佐伯備前権守、新田義貞、石之城、籠城、誅伐、軍勢催促、建武三年
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:294文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

土持宣栄軍忠状

土持新兵衛尉宣栄が、建武二年十二月以来の日向国での軍忠を列挙した軍忠状。伊東祐広らの国富庄侵入、穆佐院・楯籠城などでの合戦、祐広の追討、宣栄・子息時栄らの負傷を記し、証判を求めた。建武三年二月七日付。

登場人物
土持宣栄、伊東藤内左衛門尉祐広、益戸弥四郎行政、土持時栄、島津左兵衛尉秀信
宛先
島津庄惣政所
キーワード
土持宣栄軍忠状、土持宣栄、伊東藤内左衛門尉祐広、益戸弥四郎行政、土持時栄、島津左兵衛尉秀信、日向国、国富庄、穆佐院、楯籠城、軍忠、合戦、負傷、建武三年
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:295文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

土持宣栄軍忠状

土持宣栄が、新田義貞方の伊東祐広らによる穆佐院攻撃に対し、一族とともに建武二年十二月末から翌年二月まで各地で戦い、肝付兼重方の城攻めや合戦で自身・子息・若党が負傷した軍忠を申告し、証判を求めた文書。建武三年二月七日付。

登場人物
土持宣栄、伊東藤内左衛門尉祐広、肝付八郎兼重、土持時栄、小串弥四郎重行、若林大炊兵衛尉秀信
宛先
守護御奉行所
キーワード
土持宣栄軍忠状、土持宣栄、伊東藤内左衛門尉祐広、肝付八郎兼重、土持時栄、小串弥四郎重行、若林大炊兵衛尉秀信、新田義貞、穆佐院、城攻め、軍忠、負傷、建武三年
前編1-No.1397文書確認度 高

沙弥円也守護狩夫支配状

中津河湯原での狩に備え、祢寝院・郡司・佐多弥四郎・同九郎・田代大掾・伊佐敷らへ各五~十一人、計数十人の歩兵・狩夫を割り当てた沙弥円也の支配状。

登場人物
沙弥円也・祢寝院・郡司・佐多弥四郎・同九郎・田代大掾・伊佐敷
宛先
薩摩国中津河湯原
キーワード
沙弥円也、守護狩夫支配状、中津河湯原、祢寝院、佐多氏、田代氏、伊佐敷、狩夫
前編1-No.1491文書確認度 高

鎮西御教書

薩摩国入来院寄原南方の田畠・在家などをめぐる訴訟で、渋谷弥四郎重名代祐信に対し、訴えへの陳状を提出するよう催促し、違背すれば処分すると命じた鎮西御教書。

登場人物
渋谷弥四郎重名代祐信・修理亮
宛先
薩摩国伊力院・寄原南方
キーワード
鎮西御教書、入来院、寄原南方、渋谷重名、祐信、田畠在家、陳状
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 95支配状・守護狩夫割当旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

沙弥円也守護狩夫支配状

来る21日の守護狩に備え、弥寝院・佐多弥四郎・同九郎・田代大掾・伊佐敷らに歩兵狩人を割り当てる支配状。中津川湯原に集まり、三日分を用意して早参するよう命じる。

登場人物
沙弥円也、弥寝院、佐多弥四郎、同九郎、田代大掾、伊佐敷
宛先
なし(支配状)
キーワード
守護狩夫、支配状、沙弥円也、弥寝院、佐多、中津川湯原
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w2:18系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

矢上氏系図抄

『慶応四年戊辰三月写終 伊地知季通 藤原姓長谷場氏系図』とする中表紙・冒頭系図に続く、矢上氏の短い系図抄。冒頭系図には貞満・貞国と五郎左衛門、助七、喜右衛門らを配し、貞満を中村勘解由左衛門義康の三男と記して、郡奉行・御書物奉行・公事奉行の官歴を添える。印刷番号18の本体は矢上五郎時澄から沙弥阿妙・阿実へ続く系線を示し、下段では沙弥純阿、兵庫允久純、鶴一九、覚阿、弥六氏純、弥五郎久武、六郎久純、十郎兵衛尉幸純、千代熊丸、弥四郎、実純、道阿、元恵、乙房丸らを、建武・康永・正平・貞和・貞治・文明などの年代注記とともに配する。

登場人物
伊地知季通、貞満、中村勘解由左衛門義康、貞国、助七、喜右衛門、五郎左衛門、矢上五郎時澄、沙弥阿妙、阿実、沙弥純阿、某、兵庫允久純、鶴一九、覚阿、弥六氏純、弥五郎久武、六郎久純、十郎兵衛尉幸純、千代熊丸、弥四郎、実純、道阿、元恵、乙房丸
宛先
—
キーワード
矢上氏系図抄、藤原姓長谷場氏系図、中表紙、慶応四年三月写終、伊地知季通、矢上五郎時澄、沙弥阿妙、阿実、貞満、貞国、郡奉行、御書物奉行、公事奉行、系線、年代注記
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4C-D0514番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:大隅守護千葉宗胤裁許下知状

祢寝南俣佐汰村本地頭弥四郎親治と、佐汰西方本地頭弥九郎定親が異国警固番役について相論する。 双方は子細を申すが、定親は別の御家人で、安堵の御下文を帯びると記す。 警固番役は各々別に勤めるよう命じる。 その旨を下知する。

登場人物
弥四郎親治、弥九郎定親
宛先
—
キーワード
相論、異国警固、番役、安堵、各別勤仕
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4C-D0515番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:大隅守護代道意書下

佐汰弥四郎と弥九郎が相論する警固番役について、双方の申子細と御下知状を踏まえて書き下す。 定親は各別の御家人であり、安堵の御下文を帯びるとする。 警固番役も各別に勤仕すべき旨を述べる。

登場人物
佐汰弥四郎殿、弥九郎殿、定親
宛先
丹比小次郎殿
キーワード
警固番役、相論、御家人、安堵
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4C-D0523番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:関東下知状

定親代了親と弥四郎治〔刊本注「親脱カ」〕の、大隅国佐多村内田柒段園一所をめぐる相論。 建部氏の跡を宗親・親綱が和与し、正嘉二年の下知後すでに三十年を経たとして、改めて沙汰に及ばず、和与状と先下知を守って領知すべきとする。 親治が奉行人状を称して謀書を出したとする件を挙げ、正文がないため沙汰の限りではないとする。 鎌倉殿の仰せにより以上を下知したと記す。

登場人物
同弥四郎治(親脱カ)(括弧名は刊本注・比定未確認)
宛先
—
キーワード
相論、佐多村、和与、謀書(史料上の記載語・事実認定未確認)、正文
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P03-NENESAITO-D0668沙弥行智讓狀案旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:沙弥行智讓狀案

橋口土蔵を三郎次郎清武の分とし、他の子らの競望を禁ずる。女房得分の倉・稲以下の進退と邊津賀に関する条に、当年納足三十余石と知行を記す。 女房存生中、邊津賀得分内から毎年麦二石・米三石を請け取る旨を記す。 亀壽力房の倉を佐藤三弥四郎等へ預け置く旨、他の子らの競望禁止、女房方および清武得分の所従の譲与を列挙する。その他は先年の譲りに任せて知行すべきことを記す。

登場人物
沙弥行智、三郎次郎清武、女房、亀壽力房、佐藤三弥四郎、四郎太郎入道子息三郎男(原表記・比定未確認)、犬二郎童(原表記・比定未確認)、女太郎(原表記・比定未確認)、河崎犬房(原表記・比定未確認)、愛房(原表記・比定未確認)、又五郎(原表記・比定未確認)、犬太郎(原表記・比定未確認)
宛先
—
キーワード
土蔵、競望、所従
前編1-No.1816文書確認度 高

足利尊氏奉行人連署奉書

大隅式部三郎忠能が多々良浜合戦で敵の首を取った軍功について、実否を見知者に問い、起請文を付して注進させるよう命じた足利尊氏奉行人連署奉書。

登場人物
斎藤弥四郎左衛門尉利泰・島津豊後守実忠・高尾張守師泰
宛先
大隅国ほか
キーワード
足利尊氏奉行人連署奉書、島津忠能、多々良浜合戦、敵首、軍功、見知、起請文、注進
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 362-3送状・兵站文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

浦水手送状

十一月二十二日、片浦から立てた浦水手の受取を命ずる送状。船頭壱岐・蔵右衛門・市右衛門・弥九郎と宇兵衛尉以下を列記し、第一群を三十二人とする。さらに助之丞・与介・惣五郎・弥右衛門・三右衛門尉・神介・少右衛門・杢之介の八人を別に掲げ、永山覚兵衛尉・三原源右衛門へ受取を申し付ける。

登場人物
壱岐 蔵右衛門 市右衛門 弥九郎 宇兵衛尉 市十郎 長三郎 善十郎 宗三郎 大蔵 彦助 長左衛門尉 小平次 助三郎 助太郎 弥介 拾三郎 宇左衛門尉 杢左衛門 助拾郎 弥四郎 長右衛門 弥五郎 長十郎 源兵衛尉 三次郎 河右衛門 五郎左衛門 源右衛門 長吉 清三郎 勝八 助之丞 与介 惣五郎 弥右衛門 三右衛門尉 神介 少右衛門 杢之介 永山覚兵衛尉 三原源右衛門
宛先
永山覚兵衛尉・三原源右衛門
キーワード
浦水手 片浦 三十二人 八人 船頭
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 725人数帳・飯米支給記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島原軍衆人数差出留

村田市助家蔵本による、正月十三・十四日頃の島原出陣軍衆の人数と飯米処理の記録。川内百次・高城・中郷、阿多、恒吉、須木、水引、松山などの衆および個々の家の主従・人躰・小者・夫丸、到着日、米津・市来湊の兵糧支給や返上を列記する。合人数1799人を人躰550人・内之者1249人とし、別に鹿児島衆254人(人躰90人)、他者夫丸964人を記す。末尾には十四日の追加到着・出船を記し、十五日条へ読み継ぐよう注記する。

登場人物
永吉官右衛門 西吉次 土持平左衛門 川崎次左衛門 伊地知太郎左衛門 蒲生外記 岸良内蔵助 外山弥右衛門 久留万左衛門 伊勢弥市 市来十左衛門 堀弥四郎 野村傳左衛門 大寺甚右衛門 肥後主膳正 有河十右衛門 三雲権之介 皿良善介 森喜右衛門 中江八左衛門 相良満右衛門 三原源右衛門 四元少監物助 村尾源左衛門 蘭田隠岐介 中山源太左衛門 北郷佐渡守 山口内蔵助 梶山主水左衛門 帖佐次左衛門 長谷場兵右衛門 竹内備前守 伊地知新十郎 伊勢右京 阿多藤十郎 園田清左衛門 福崎新兵衛 本田甚右衛門 ほか各差出人
宛先
なし(差出留)
キーワード
島原 軍衆 人数差出留 主従 人躰 小者 夫丸 飯米 米津
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W05_文書0170軍衆賦抄旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島原陣加勢軍衆賦抄

島原陣に加勢する軍勢の割り当てを列挙した抄。軍大将は山田民部少輔と渋谷四郎左衛門、乗馬は豊後守と渋谷石見守とし、川上・堀・児玉・柏原・大嶋・福屋・始良・田上・福崎・上持・田原・村尾・佐藤・長谷場・深栖などの軍衆を配している。

登場人物
山田民部少輔、渋谷四郎左衛門、豊後守、渋谷石見守、川上源三郎、堀弥四郎、児玉四郎兵衛、柏原西市之丞、大嶋久左衛門、福屋助左衛門、始良三郎兵衛、田上覚左衛門、福崎新兵衛、上持平左衛門、田原主膳正、村尾源左衛門、佐藤仲兵衛、長谷場少右衛門、始良萬兵衛、深栖内膳正
宛先
—
キーワード
島原陣加勢軍衆賦抄、島原陣加勢、軍大将、乗馬、軍衆の配置
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0064勲功記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

新納忠元勲功記

菱刈重猛が伊東方と結び、三之山城が攻められた後、幼い鶴千代の所領処分を相談したことを記す。内応が続いたため島津方が飯野から馬越へ夜襲し、井手籠一族を討ち取る際、忠元も働いた。菱刈方は八城を放棄して大口へ退き、島津方は守備隊を配置した。大口は相良の加勢を得て市山へ攻め、守将らが討死した。忠元は大中から守備を命じられ、所領も受けたが、市山へ軍勢を移す下知が出た時の難儀も記す。

登場人物
新納忠元、菱刈重猛、重任、鶴千代、菱刈大膳完隆秋、島津貴久(大中)、義久(貴明)、井手籠駿河守重之、兵部少輔重房、弥四郎重陣、市山、伊集院久慶、家利、相良義陽
宛先
—
キーワード
新納忠元勲功記、菱刈の伊東への内通、鶴千代の降参、馬越の夜襲、忠元の働き、城の放棄、番手の配置、相良の加勢、市山の攻囲
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0067自記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

長谷場越前自記

求麻・大口・入来院・祁答院・東郷勢が曾木へ攻め寄せた時、佐多を大将として若武者と遠見隊が防戦した記事。忠元も備えたが、敵はその支度を見て退いたとする。続く永福寺・白坂口での諸隊の働きと死傷、守備隊の交替を詳記する。五月には山野から野伏を試み、八月には加久藤・田中河内方面で陣を取り、大雨で攻撃を中止した。長陣の後、感應寺の西堂を頼って和平を申し入れたという。

登場人物
島津義久、新納刑部太輔忠元、佐多、宮原筑前守景種、越中守、西田主馬、吉田治部少輔、本田掃部兵衛尉、川野玄蕃允、長谷場弥四郎、伊地知新二郎、日高甚五郎、貴久、日新、川上丹波守
宛先
—
キーワード
長谷場越前自記、三月廿三日の攻城、物具の支度、遠見隊、鉄炮、守備交替、五月の野伏、大雨による中止、加久藤・大山の陣、僧の和平仲介
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0085寺院由来旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

馬越黒坂寺由来帳抄

馬越黒坂寺の由来として、僧盛良の生涯と菱刈・大口攻めでの仲介を記す。使僧が傷つけられて往来が絶えたため、盛良が代わって交渉した。忠元が捕らえた子供を預かり、鎧を持たせて城へ遣わして信用を得ると、自身も城へ入り、大将の意向を穏やかに伝えた。やがて和平が成立し、忠元が大口地頭となり、盛良の居た黒坂寺に田を与えた。寺の繁栄と帰依した人々を記して結ぶ。

登場人物
釈盛良、俊盛、随宝、龍伯(義久)、新納忠元、菱刈弥四郎、田貫盛、成和與
宛先
—
キーワード
馬越黒坂寺由来帳抄、盛良の生涯、僧の和議仲介、断絶した使僧、子供の捕獲と保護、鎧の提示、城への潜入、和平、忠元の地頭就任、黒坂寺の寺領
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0095祭方帳抄旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

諏方社祭方古帳抄

大口郷に残る諏方社の祭方古帳の抄録。元亀二年七月十六日のしめおろしに用いる酒米一斗・飯米一斗三升・花米三升と、注連など各所への米の配分を記す。地頭組の肴銭百文、御頭の人足積日記に載る三町分の人数と米、十八町分六組なども抜き出す。末尾に同年七月吉日と伊集院弥六左衛門尉・新納刑部太輔・春成の名を記し、途中の人名・数行は省略されている。

登場人物
伊集院弥六左衛門尉、新納刑部太輔、春成、新納五郎左衛門尉、佐藤弥四郎
宛先
—
キーワード
諏方社祭方古帳抄、しめおろし、酒米一斗、飯米一斗三升、花米三升、注連各所の米配分、地頭組の肴銭、御頭人足積日記、十八町分六組
前編1-No.1778文書確認度 高

土持宣栄軍忠状

土持宣栄が、正月廿九日の祐広城攻め、二月一日・三日・四日の合戦で一族とともに戦い、若党らが負傷・戦死した経過を述べた軍忠状。小串弥四郎らの働きを挙げ、左兵衛尉秀信の証判を受ける。

登場人物
土持宣栄・祐広親類・若党
宛先
日向国祐広城・猪野見城
キーワード
土持宣栄軍忠状、祐広城、一族、若党、小串弥四郎、負傷、戦死、証判
前編1-No.2122文書確認度 高

渋谷千代童丸代信政申状

渋谷千代童丸代信政が、渋谷石見権守重棟の子息弥四郎重春以下の一族が祢答院太郎名長野宿所へ押し寄せ、放火狼藉・合戦を行い、さらに東郷内鳥丸村で夜討・殺害に及んだとして、狼藉人の召出しと糾明を求めた申状。

登場人物
渋谷千代童丸・信政・長野宿所関係者ほか
宛先
長野宿所・薩摩国ほか
キーワード
渋谷千代童丸代信政申状、渋谷重棟、弥四郎重春、祢答院、長野宿所、放火狼藉、鳥丸村、夜討、殺害
前編1-No.1157文書確認度 高

薩摩国守護代本性裁許状

薩摩国満家院内上原三郎基員と同院中保弥四郎入道らの相論について、提出書状が細密で所詮が明確でないため、現地の道証を糺し、理由を付して返答するよう命じた守護代本性の裁許状。基員方・相手方双方の証文と道証を再審する。

登場人物
守護代本性・比志嶋孫太郎忠範
宛先
薩摩国満家院
キーワード
守護代本性、裁許状、満家院、上原基員、相論、道証、再審
前編1-No.1562記事確認度 高

和泉忠氏系図

和泉忠氏(初名実忠)を島津忠宗の二男とし、三郎兵衛尉・左兵衛尉・豊後守・下野守などの称を掲げる系図。建武年間、高越後守師泰・斎藤弥四郎左衛門尉利泰ら三人が鎮西成敗職として博多に在ったことも記す。

登場人物
和泉忠氏・初実忠・太守下野守忠宗
宛先
和泉・鎮西
キーワード
和泉忠氏系図、島津実忠、島津忠宗、建武年間、高師泰、斎藤利泰、鎮西成敗職、博多
前編1-No.2252文書確認度 高

渋谷重名軍忠状

渋谷弥四郎重名が、五月十九日夜に薩州鹿児島院方の敵が東福寺城へ来襲した際の合戦、六月三日に熊野海賊以下数千人が海陸から攻め寄せた際の防戦、同六日の追撃を列挙し、子細を後日の証拠とするため御判を求めた軍忠状。

登場人物
渋谷重名ほか
宛先
東福寺城・濱崎城ほか
キーワード
渋谷重名、軍忠状、東福寺城、熊野海賊、海陸合戦、追撃、証判
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID C:57文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

沙弥円也守護狩夫支配状

元亨二年四月十八日付、沙弥円也による守護狩夫の支配状。来る二十一日の狩りに向け、祢寝院郡司に歩兵狩人二十人、佐多弥四郎・同九郎・田代大掾・伊佐敷に所定の人数を割り当てる。中津川湯原に三日間の準備をして早く参集させ、雨天なら翌日に延ばす。

登場人物
沙弥円也守護狩夫支配状
宛先
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キーワード
沙弥円也守護狩夫支配状、史料内容
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P02-NENE4C-D0529番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:鎮西探題裁下知状

信親代季長と弥四郎親治の、大隅国桑東郷武安名内の古作・東迫田畠に関する相論。 正応四年十一月二十五日の関東御教書につき沙汰するところ、去る十月二十五日に双方が和与状を出したとする。 互いにその和与状を守って知行するよう命じる。

登場人物
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宛先
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キーワード
相論、桑東郷、武安名、古作、東迫、和与状、知行