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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID sar:24-13記録・覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

『貴久公御軍記』加世田城合戦記事等抄并猿渡氏考証

『貴久公御軍記』から天文七年霜月二十八日の加世田城攻撃を抄出し、猿渡筑前守らの戦功を記す。軍記・旧記・寺社記録と村山自伯家の伝承を照合し、猿渡宗阿弥の所領・奉公と、自伯家が宗阿弥流に当たるという系譜を考証する。

登場人物
島津貴久、猿渡筑前守、猿渡宗阿弥、村山自伯、市来衛門、税所助十郎
宛先
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キーワード
貴久公御軍記、天文七年霜月二十八日、加世田城、島津貴久、猿渡筑前守、猿渡宗阿弥、村山自伯、市来、寺社記録、系譜考証
前編2-No.2317記事確認度 中

島津国史

天文七年、北郷忠相が財部院を奪還し、大崎城・安楽城などを攻めた戦役を諸譜からまとめる。島津忠朝・忠勝方との攻防、援軍と守兵の配置、各城の陥落を追い、攻城で戦死した家臣を列挙して、北郷方が庄内周辺の支配を拡大した経過を示す。

登場人物
北郷忠相、島津忠朝、島津忠勝、安楽城、大崎城、財部院
宛先
—
キーワード
島津国史、北郷忠相、財部院、大崎城、安楽城、城攻め、天文七年
前編2-No.2321記事確認度 高

壱岐賀州年代記

天文七年、新納氏の没落後に四郎兄弟が日新方へ加わり、十二月二十九日の加世田城攻めで大寺越前守・鎌田加賀守・右馬頭忠将が軍功を立てたことを記す。

登場人物
新納殿、新納四郎兄弟、大寺越前守、鎌田加賀守、島津忠将
宛先
—
キーワード
壱岐賀州年代記、新納氏、加世田城、大寺越前守、鎌田加賀守、島津忠将、天文七年
前編2-No.2323記事確認度 高

新納忠元譜

天文七年秋七月、宗子忠勝が城を失って一族・家臣が離散した際、十三歳の安萬が父祐久に従って田布施へ移り、梅岳君に仕えたことを記す。

登場人物
新納忠元(安萬)、新納祐久、新納忠勝、梅岳君
宛先
—
キーワード
新納忠元譜、新納忠元、安萬、新納祐久、新納忠勝、田布施、梅岳君、天文七年
前編2-No.2327記事確認度 中

島津日新譜

天文七年十二月晦日、日新公が軍勢を招集して加世田攻めを告げ、父子三人と選抜した兵が夜襲を敢行したことを記す。狐火を頼りに城壁へ密進し、激戦の末に新城を陥落させた。

登場人物
島津忠良(日新公)、島津貴久、島津忠将
宛先
—
キーワード
島津日新譜、島津忠良、島津貴久、島津忠将、加世田城、夜襲、狐火、天文七年
前編2-No.2331記事確認度 中

庄内平治記

天文七年、北郷忠相が梅北城を攻めて掌中に収め、安楽・末吉・志布志方面へ戦線を広げた経過を記す。諸城の陥落、戦死者、豊州や新納忠勝らの移動も記録する。

登場人物
北郷忠相、梅北衆、島津豊後守、新納近江守忠勝、来住源七郎秀光
宛先
—
キーワード
庄内平治記、北郷忠相、梅北城、安楽城、末吉城、志布志、新納忠勝、天文七年
前編2-No.2333記事確認度 中

新納忠元勲功記

天文七年、十三歳の忠元が籠城中の志布志で領主北郷忠相らと攻防し、城を退くに際して父祖以来の家臣とともに戦った若年時の勲功を記す。

登場人物
新納忠元、新納忠勝、北郷忠相、伊作江、祐久叔父、忠清
宛先
—
キーワード
新納忠元勲功記、新納忠元、志布志、北郷忠相、籠城、退城、若武者、天文七年
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:58系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊東作太夫家系図

伊東作太夫家の系図。祐康は井尻を号し源兵衛を称し、祐能は孫右衛門として伊作久逸に仕え、加世田で戦死したと記す。傍注はその時を久逸が戦死した明応九年庚申十一月十一日であろうとする。祐秀は四郎左衛門で間瀬川に戦死。祐貞は伊賀守として日新公に仕え、天文七年戊戌に日州日知屋へ移って地頭となった。別系の祐盛は伊賀守で功があり、祐盈は太郎四郎を称して京都で没した。末尾の祐義は伊左衛門、寛永十一年生まれで母を仁礼蔵人の女とし、養子で実は喜入休右衛門久守の三男、伊東へ改号したと記す。島津光久の江戸下向時に平戸で没した。

登場人物
祐康、祐能、伊作久逸、祐秀、島津忠良(日新)、祐貞、祐盛、祐盈、祐義、仁礼蔵人、喜入休右衛門久守、島津光久
宛先
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キーワード
伊東作太夫家系図、祐康、井尻、源兵衛、祐能、孫右衛門、伊作久逸、加世田戦死、明応九年十一月十一日、祐秀、四郎左衛門、間瀬川戦死、祐貞、伊賀守、日新公、天文七年、日州日知屋、移住、地頭、祐盛、有功、祐盈、太郎四郎、京都死去、祐義、伊左衛門、寛永十一年、仁礼蔵人女、養子、喜入休右衛門久守、三男、伊東改号、島津光久、江戸下向、平戸死去
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:67系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

莫根氏系図

巻末目録では『莫根氏系図』、本文見出しでは『莫根系図』とする系図。平良文(村岡五郎・従五位下)から忠朝・孝輔・貞道へ続き、貞道を伊作平三、源頼光四天王の一人と記す。貞言・貞元・季基・為賢、兼輔・兼重・季兼・良忠、成道・兼時、成兼以下の諸系線を展開し、河崎・神崎・山口・浜田・樋脇などの名字・居所、官途・位階・法名を添える。成綱―成友の系では鎌倉の長崎圓浄阿闍梨との関係を記し、成友以下から成行・成長・貞友、貞勝・伊成らへ分岐する。貞勝は兵部少輔で筑後にて討死、成政の子成郡は兵部少輔で隈城にて討死とする。成義は山崎八郎左衛門尉・法名浄圓、成智は豊前守で薩州から百次地頭と所領三十町を給わったと記し、成通・成清へ続く。末尾は丹波守成清が天文七年三月に百次で討死した記事で終わる。

登場人物
平良文、忠朝、孝輔、貞道、源頼光、貞言、貞元、季基、為賢、河崎平太夫、兼輔、兼重、季兼、良忠、成道、兼時、成兼、成秀、成光、成次、成綱、成友、長崎圓浄阿闍梨、成忠、成重、成盛、成家、成玖、成基、成續、成通、成豊、成行、成長、貞友、貞勝、伊成、貞成、成政、成郡、成村、良忠、良守、良速、成直、成棟、成義、成智、良正、成清
宛先
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キーワード
莫根氏系図、莫根系図、平良文、村岡五郎、忠朝、駿河介、孝輔、貞道、伊作平三、源頼光四天王、貞言、貞元、季基、兼輔、兼重、成兼、成綱、成友、長崎圓浄阿闍梨、鎌倉、河崎、神崎、山口、浜田、樋脇、阿久根、山崎、筑後討死、隈城討死、百次地頭、所領三十町、天文七年三月、百次討死、官途、位階、法名、分流
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:114系図・家伝/軍功・奉行・地頭歴旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

三原藤次流系図

上祖不詳で直重の裔族とする三原藤次流の系図。三原藤次は日新公に仕え、天文七年、日新公と島津実久の抗争時に加世田城で戦死し、その後の伊豆守は貴久公の納殿役を務めた。重長は貴久公の御荷内役・御納戸奉行を経て本府へ移り、牛根地頭職と三百石を与えられ、天正七年に家久が佐土原へ移封されると家久の家臣・家老となった。重長の二子は一人が山田城で、藤七が慶長五年に豊久へ従って関ヶ原で戦死したため、垂水の川崎内膳良光の嫡子・重正を後嗣に迎えた。重吉は山奉行となり万治二年に二百九石を知行し、般若院行者堂造営では普請奉行を務め、重時は御納戸奉行・物奉行、重矩(後の経明)は高奉行・御普請奉行寄役・小番を歴任した。後代は重共・経儔・経福・経豊・経載へ続き、児玉家への養子、長崎・入江・児玉各家との婚姻、出生・初見・分家時の四十八石などを記す。

登場人物
三原藤次、島津日新公、島津実久、島津貴久、三原伊豆守、重長、島津家久、重吉、九兵衛、藤七、島津豊久、重正、川崎内膳良光、重時、重貞、重明、重矩(経明)、重共、経儔、経福、経豊、経載、有富公、町田郷九郎久張、児玉四郎兵衛利常、島津中務久運、鎌田源左衛門政昌
宛先
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キーワード
三原藤次流系図、上祖不詳、直重裔族、日新公、島津実久、天文七年、加世田城、戦死、島津貴久、納殿役、重長、御荷内役、御納戸奉行、牛根地頭、三百石、天正七年、佐土原、島津家久、家老、山田城、島津豊久、慶長五年、関ヶ原、重正、川崎氏、垂水、山奉行、二百九石、般若院行者堂、普請奉行、物奉行、高奉行、御普請奉行寄役、小番、四十八石、養子、婚姻
後編3-No.1648記事確認度 高

時任義高系図

時任義高の系譜記事。初名・法号、生年を記し、高原城攻めや大友軍との戦いで軍功を立てたこと、慶長十年に六十八歳で没したことと法名を掲げる。

登場人物
時任義高(金蔵坊・明学坊・源左衛門)
宛先
(時任氏系図)
キーワード
時任義高系図、時任義高、金蔵坊、明学坊、源左衛門、天文七年生、高原城攻め、大友軍、軍功、慶長十年死去、六十八歳、勝山永久居士
前編2-No.2324記事確認度 中

殉国名藪

天文七年の末吉・加世田などの合戦で戦死した家臣を列挙する『殉国名藪』記事。山崎民部左衛門成通、城ヶ崎右衛門儀実、井尻祐秀、猿渡信資らについて戦死日と戦場を記し、北郷忠栄の藤野原での戦死にも触れる。複数戦役の死者情報を人物別に検索できる。

登場人物
山崎民部左衛門成通、城ヶ崎右衛門儀実、北郷忠相、井尻四郎左衛門尉祐秀、猿渡与市左衛門信資、北郷刑部少輔忠栄
宛先
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キーワード
殉国名藪、末吉城、加世田城、戦死者、山崎成通、城ヶ崎儀実、猿渡信資、北郷忠栄
前編2-No.2330文書確認度 中

加世田大中庵由緒書

加世田の道仲軒住持・照岳有鑑が天文七年の出陣で日新公に陣僧として供奉し、誠訪大明神へ案内して難を避けさせた由緒を記す。その忠節により天文八年に寺が再興され、山号を誠訪山、寺号を大中庵とした。

登場人物
照岳有鑑庵主、島津忠良(日新公)、伯圃公
宛先
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キーワード
加世田大中庵由緒書、大中庵、道仲軒、照岳有鑑、島津忠良、誠訪大明神、陣僧、寺院由緒
前編2-No.2334文書確認度 高

阿多稲荷大明神由緒書

永正九年に日新公が建立した阿多花瀬村の稲荷社について、天文七年十二月二十九日の加世田出陣時に狐火が進路を照らし、社の加護として所領・棟札・銘書が与えられた由緒を記す。

登場人物
島津忠良(日新公)、願主嶋津藤原朝臣忠幸、忠良
宛先
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キーワード
阿多稲荷大明神由緒書、稲荷社、島津忠良、狐火、加世田、阿多花瀬村、棟札
前編2-No.2335文書確認度 高

阿多高良八幡宮由緒書

天文七年十二月二十九日の加世田出陣に際し、日新公が高良八幡へ参詣して誓願し、阿多花瀬村立本原で軍勢を集めたこと、落城後に社を移して造営したことを記す。

登場人物
島津忠良(日新公)、高良八幡、阿多花瀬村衆
宛先
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キーワード
阿多高良八幡宮由緒書、島津忠良、高良八幡、阿多花瀬村、立本原、加世田、社殿造営
前編2-No.2336文書確認度 高

阿多稲荷大明神由緒書

永正九年建立の阿多花瀬村稲荷社について、天文七年十二月二十九日夜の加世田出陣で狐火が大手口への道を照らし、その加護により勝利したとして社領・棟札を与えた由緒を記す。

登場人物
島津忠良(日新公)、願主嶋津藤原朝臣忠幸、忠良
宛先
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キーワード
阿多稲荷大明神由緒書、稲荷社、狐火、島津忠良、加世田、大手口、社領、棟札
前編2-No.2337記事確認度 高

貴久公記

天文七年十二月二十八日、忠良・貴久・忠将の父子三人が雪中に加世田へ出陣し、道中で垂れた蜘蛛の糸を三人そろって見たことや、夜半の鐘声を記す。忠将を大手口の大将として攻め、敵の反撃を受けながら諸将が救援し、新城では未明までの激戦の末に城兵を討ち取って落城させた経過を伝える貴久公記。

登場人物
島津忠良(日新公)、島津貴久、島津忠将、阿多飛騨守、大山内蔵助、鎌田加賀守
宛先
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キーワード
貴久公記、島津忠良、島津貴久、島津忠将、加世田城、新城、雪中戦、蜘蛛の糸、鐘声、夜戦、城攻め
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0014勲功記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

新納忠元勲功記

忠元が十三歳の天文七年、志布志城の忠勝と飫肥方の北郷忠相が攻め合っていたため、父祐久が同年七月に城を退いたと記す。忠元と弟忠清らは伊作方に召し出され、祐久の叔父漁隠を頼って田布施へ出た。日新は山城守忠光を頼っていた縁で祐久を召し、久しい後には子孫も日新の家老として仕えたという。

登場人物
新納忠元、島津忠勝、北郷忠相、島津祐久、忠元の弟忠清、島津忠良(日新)、島津貴久、大中様、山城守忠光、漁隠
宛先
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キーワード
新納忠元勲功記、忠元十三歳、志布志城と飫肥方の対立、父の退城、田布施への移住、伊作家への奉公、日新と大中の家臣
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0016年譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

新納忠元年譜

忠元の年譜が、天文七年に忠勝の敗落で家臣が離散し、安萬も父祐久に従って田布施へ移ったと記す。十四年、大中公が伊集院にいた時に入来院重朝が背き、八月七日頃に神殿から兵を出して郡山城を夜襲した。忠元は諸将とともに城へ迫り、先に柵を登って山口某と刀で戦い首を取った。初めての従軍で槍傷を負い、その時は十九歳だったという。

登場人物
新納忠元(安萬)、島津忠勝、島津祐久、梅岳、島津貴久、入来院重朝、南郷四郎忠□、市来小四郎家、川上十郎左衛門経久、阿弥忠政、野村民部少輔是綱、山口某
宛先
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キーワード
新納忠元年譜、宗子の敗落、安萬の同行、十四年の郡山攻め、夜間の城攻め、先登、山口との刀戦、槍創
島津世禄記-A05記事関連史料(外伝)確認度 高

陥伊集院事 付 忠良会実久後陥加世田城事

天文五年、忠良父子が伊集院攻略を進め、伊集院大和守を将として大田原の塁を襲い、神殿・石谷・竹山などの拠点を相次いで服属させた。雨中の進軍時に火光のような瑞兆が現れ、稲荷大明神の加護と解釈されたことも記す。実久勢は鹿児島・谷山から川辺方面へ退き、忠良は実久と会見して、伊集院・鹿児島・谷山と加世田・川辺の交換による和睦を提案したが、実久は応じず、祁答院らと再び謀略を構えた。天文七年、忠良父子は蜘蛛の瑞を得て加世田へ出陣し、本城を急攻して落とし、新城も激戦の末に攻略した。富松左京亮・大山宮内少輔・阿多飛騨守ら実久方の戦死者と、市来備前守ら忠良方の戦死者を列挙し、忠良の祖父久逸が戦死した地で宿怨を晴らした戦いとして位置づける。

登場人物
島津忠良、島津貴久、島津実久、伊集院大和守、桑波田孫六左衛門尉、石谷伊賀守、島津忠将、富松左京亮、大山宮内少輔、阿多飛騨守、市来備前守
宛先
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キーワード
伊集院攻略、稲荷瑞兆、実久との和睦交渉、加世田本城、新城、南薩支配