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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

14 件 (全巻)/ 1–14件を表示

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後編3-No.533文書確認度 高

長崎六郎右衛門書状

長崎六郎右衛門が慶長三年十月十八日付で安楽大炊助らへ出した書状。泗川城へ唐人二十万ほどが攻め寄せたが、島津勢が城から突撃して四方へ追い崩し、晋州まで広範囲に討ち取った前代未聞の勝利を詳報する。寺沢正成らの到着、唐人側からの和平書状と質人提出の予定にも触れ、兵士や小者が得た銀子などの戦利品、自身の主従が略取しなかったこと、辻助兵の死去なども伝える。

登場人物
長崎六郎右衛門、島津忠長(図書頭)、安楽大炊助、寺沢正成(志摩守)、梁河殿、島津勢、唐人
宛先
安楽大炊助殿人々御中
キーワード
長崎六郎右衛門書状、慶長三年十月十八日、安楽大炊助、島津忠長、図書頭、泗川城、唐人二十万、城外突撃、晋州追撃、前代未聞の勝利、寺沢正成、和平書状、質人、銀子、戦利品、略取、辻助兵死去
後編4-No.334文書確認度 中

新納為舟忠元加増坪付

慶長十二年四月一日、新納忠元が与えた加増坪付。複数の田地について所在地、面積、分米と旧担当者を列記し、新納利兵衛尉に宛てる。

登場人物
新納忠元、園田喜左衛門、筑右衛門、西田六郎右衛門、濱田為兵衛尉ほか
宛先
新納利兵衛尉
キーワード
新納忠元、為舟、加増坪付、新納利兵衛尉、田地、分米、園田喜左衛門、西田六郎右衛門
前編2-No.1298文書確認度 高

伊東祐堯契状

伊東祐堯が一味の衆と、政情が変化しても互いの大事を自分の大事として助け、武力対立や島津氏兄弟の和睦時にも協議し、密かな交渉や相互の城への忍び入りを禁じ、讒言があれば包み隠さず確認し、子孫まで水魚の交わりを守ると神々に誓った契状。

登場人物
伊東祐堯(六郎右衛門尉祐堯)、島津氏兄弟、島津持久、奥州
宛先
—
キーワード
伊東祐堯、契状、相互扶助、島津氏兄弟、島津持久、城、密談禁止、讒言、水魚、子孫、起請
後編6-No.205文書確認度 中

川上久国口上覚

川上因幡守久国が島津家重臣へ、幕府による島津家系図の調査・書写の経過を報告した口上覚。太田備中守へ系図を提出したところ、古文書は家の重宝であるため写本を差し出すよう命じられ、林道春らが北条時政・大江広元の筆跡や島津忠久の系譜を検討したこと、近代部分を詳しく追記する必要があることを伝える。黒田六郎右衛門を筆者として清書を急がせ、図書殿・川上上野介らと相談して完成させるよう求めている。

登場人物
川上久国、太田資宗、林羅山(林道春)、野勢喜庵、黒田六郎右衛門、島津光久、北条時政、大江広元、島津忠久、大友能直
宛先
弾正大弼様・頴娃左馬佐様・鎌田治部少輔様・山田民部少輔様・下野守様
キーワード
川上久国、太田資宗、林羅山、林道春、野勢喜庵、黒田六郎右衛門、島津家系図、古文書、北条時政、大江広元、島津忠久、大友能直、筆跡鑑定、写本、系譜追記、幕府、口上覚
追録7-No.2465記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津忠徹、島津重豪の従三位昇進を賀す記事

重豪公御譜中の記事。天保二年五月三日、島津筑後守忠徹の使者検本六郎右衛門成武が薩府へ来て登城し、太守斉興へ鯛一箱と樽代三百疋を献じ、重豪の従三位昇進を祝った。続いて九日以降、島津但馬久風、二階堂伊豆行典、島津丹波久長、川上久馬久芳、島津東市郎久元、川田信濃佐模らを南林寺・福昌寺・花尾山権現社・郡山一之宮・不斷光院・浄光明寺・日新寺・南泉院などへ派遣し、歴代当主・寺社へ銀や青銭を奉献した。従四位上から従三位への昇進を敬い、六月から琉球国にも太刀・馬代銀・香・布・酒など多数の品を贈った経過と品目・数量を列挙する。

登場人物
島津忠徹、島津重豪、島津斉興、検本六郎右衛門成武、島津但馬久風、二階堂伊豆行典、島津丹波久長、川上久馬久芳、島津東市郎久元、川田信濃佐模ほか
宛先
—
キーワード
島津忠徹、島津重豪、島津斉興、天保二年五月三日、従三位昇進、検本六郎右衛門成武、薩府、寺社奉献、南林寺、福昌寺、琉球国、贈答品
追録7-No.2466記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津忠徹、島津斉興の祖父重豪の従三位昇進を賀す記事

斉興公御譜中の記事。天保二年夏五月三日、島津筑後守忠徹の使者検本六郎右衛門成武が薩府へ来て登城し、斉興に鯛一箱と樽代三百疋を献じた。これは斉興の祖父に当たる重豪が従三位へ昇進したことを祝うためである。No.2465の重豪公御譜中記事と同じ来府・献上を斉興側の御譜から簡潔に記した記事として区別する。

登場人物
島津忠徹、島津斉興、島津重豪、検本六郎右衛門成武
宛先
—
キーワード
島津忠徹、島津斉興、島津重豪、検本六郎右衛門成武、天保二年五月三日、薩府、鯛一箱、樽代三百疋、従三位昇進祝賀
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:188-1系図/家譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

蒲地四郎左衛門家系図文書写

蒲地五郎左衛門を祖として、伊作市之瀬での戦死と墓所から、伊賀(後号甫心)以下の子孫・婚姻・養子・早世・没年・法名・葬地を系線で記す。伊賀は十三歳から八十三歳まで日新・島津義久に奉仕し、義久出家時に甫心の名を賜り大隅国安妙軒に葬られたとする。帯刀長を国分観音寺、貞隆を福昌寺内花舞軒、貞直らを浄光明寺内江月院等に葬ったこと、貞次が青山主殿の養子となり青山六郎右衛門頼元と記されること、貞隆に実子がなく野田喜兵衛宗綱の二男を養子としたこと、女子の伊作・末吉・曽於郡・出水衆中家への縁組や国分『御上様』への奉仕を収める。

登場人物
蒲地五郎左衛門、蒲地伊賀(甫心)、日新、島津義久(龍伯)、帯刀長、貞次、貞隆、貞直、貞弘、青山六郎右衛門頼元、野田喜兵衛宗綱
宛先
—
キーワード
蒲地氏、蒲地五郎左衛門、伊作市之瀬、蒲地伊賀、甫心、日新、島津義久、奉仕、入道名拝領、帯刀長、貞次、貞隆、貞直、貞弘、青山六郎右衛門頼元、野田喜兵衛宗綱、婚姻、養子、没年、法名、葬地
追録3-No.297文書旧記雑録暫定版確認度 高

松平薩摩守口上覚

松平薩摩守が、鹿児島城下の長屋を近年の火災で焼失してから右隅の長屋を役座として使ってきた事情を述べる。火用心のためその長屋を取り除き、屋敷に隣接する場所を新たな役座にしたいと願い出る。

登場人物
島津吉貴、阿多六郎右衛門
宛先
幕府
キーワード
島津吉貴、阿多六郎右衛門、鹿児島城下、火災、長屋、役座、口上覚
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 772人数差出留・米津到着の各郷軍勢旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島原軍衆人数差出留

正月十七日を中心に米津へ到着した各郷の軍勢を、人躰・卒者・小者・夫丸・玉薬持夫に分けて記す。都之城八十人と小者夫丸七十一人、吉松三十人と夫丸四十二人、栗野七十人と夫丸三十一人、国分八十五人と卒者夫丸百三十四人などを載せ、人物別の負担人数も列記する。後半には十八日条へ分載する旨を注し、十七日到着の大姶良・頴娃・飯野・高原・小林・清水・蒲生・高山などの士と従者を続ける。

登場人物
村田市助 二階堂城之介 津曲狩野介 古墻四郎右衛門 赤池文右衛門 福留七右衛門 佐渡諸右衛門 松山宮内左衛門 米住正右衛門 師々目弓右衛門 縄澤長右衛門 野崎新介 中原土佐守 高野傳左衛門 猿渡弥右衛門 阿多筑後守 前山刑部左衛門 中馬丹後守 原田左近将 宮越賀兵衛 宮永喜兵衛 郡山伊与守 池田為兵衛 久富弥左衛門 和田主殿助 平原永右衛門 指宿佐藤兵衛 松下清左衛門 渡邊権之介 真方兵右衛門 赤崎平右衛門 尾賀藤弥左衛門 長山休介 喜入舎人佐 町田甲斐守 野村三郎兵衛 川上主殿介久清 田中六郎右衛門 ほか各郷士・従者・夫丸
宛先
なし(人数留)
キーワード
島原軍衆 人数差出 米津 着津 人躰 卒者 夫丸 玉薬持夫 各郷
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w2:17-8系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寛永十三年九月鹿児島衆中屋敷検地帳抄

寛永十三年九月の鹿児島衆中屋敷帳から、松崎采女正について『下屋鋪四せ』『下々屋敷四せ廿三分』と記す抄録。続いて松崎貞悦の慶安五年以降の奉公歴を掲げる。慶安五年に上洛を命じられて三月六日に鹿児島を立ち、四月二十五日に江戸へ着いた。承応二年には琉球からの将軍継目祝使である国頭王子に関わり、島津光久に召し連れられて日光参詣へ供奉した。万治二年には進上用の腰物を選ぶため、堀尾正宗・貞宗・左文字・兼光・則光などを江戸へ持参した。寛文三年とみられる光久の上洛には道中跡払いとして供奉し、大坂・江戸の御番割に入った。六月には国許への急用使として江戸から鹿児島へ往復し、九月に再び江戸へ参着した。同年十二月には島津綱久から将軍への寒中伺候使者となり、酒井雅楽頭や老中阿部豊後守・稲葉美濃守・久世大和守を訪ね、江戸城で七島鰹節を進上した。その後も寛文四年の下向供奉、同五年の秋月佐渡家来欠落事件に関する使者、延宝二年の大坂町奉行石丸石見守への使者を務めた。

登場人物
松崎貞悦(小七郎・采女正)、満坂里介、国頭王子、島津光久、島津綱久、島津清太夫、樺山長門、平山次郎右衛門、大山六右衛門、是枝喜右衛門、北条次郎右衛門、上村茂兵衛、奈須五左衛門、平山久馬郎右衛門、本田与兵衛、名越清右衛門、沢崎主水、税所弥□武兵衛、市来次郎左衛門、肥後茂左衛門、相良善左衛門、猿渡□六郎右衛門、宇都八弥左衛門、三雲弥太夫、館小左衛門、白尾金左□采女、伊勢弥五兵衛、森喜兵衛、長尾権兵衛、内藤繁右衛門、岩元清右衛門、黒田加兵衛、左近允四郎左衛門、山崎喜右衛門、税所弥五右衛門、伊勢弥兵衛、酒井雅楽頭、阿部豊後守、稲葉美濃守、久世大和守、松平備前守、北条安房、伊沢隼人、秋月佐渡、川野長兵衛、白井久馬、播磨屋七右衛門、五兵衛、石丸石見守、新納喜右衛門
宛先
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キーワード
寛永十三年鹿児島衆中屋敷帳、松崎采女正、下屋鋪、屋敷検地、慶安五年上洛、承応二年、国頭王子、琉球継目祝使、日光参詣、進上腰物、名刀、寛文三年上洛、道中跡払い、大坂御番、江戸御番、国許急用使、寒中伺候、七島鰹節、寛文四年下向、欠落人、延宝二年、大坂町奉行
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w7:20-1祭礼勤役書上・平田氏後続系図/島原・原城軍役記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

諏訪大明神御祭会勤役書上

慶長五年・七年の諏訪大明神祭会について、御頭屋・御頭人、左右の居頭、初献・二献・三献、相伴、御幣、敷皮などの勤役者を列挙した書上。高城・寺山・国分・新納・平田・加治木・本田・猿渡らの人名と、嫡子・二男・内衆などの続柄や立場を具体的に記す。後半は平田氏の後続系図で、伊東肥後守祐辰女を妻とした人物の没年・葬地に続き、内田才右衛門正重の嫡子・宗宣が宗敏の婿となって家を継いだことを記す。宗宣は寛永十四年の肥前有馬におけるキリシタン一揆で軍使を務め、翌年二月二十八日の原城攻めでは自ら枝書右衛門を召し取り、分捕りの証状を得たとし、その後の宗模・宗貞・宗明・宗喜らについて妻の出自、出生・没年、幼名・通称を延宝年間まで載せる。

登場人物
高城六郎右衛門、寺山四郎左衛門二男、国分五右衛門二男、新納勘解由自官、喜兵衛、作右衛門、源十郎、平田久兵衛、次左衛門、加治木賀右衛門、三代主膳正、国書頭、本田与兵衛、新納助右衛門嫡子、猿渡賀左衛門嫡子、平田与九郎、平田五次右衛門、宗敏、宗宣(与九郎・弥左衛門尉・刑部左衛門尉・宗真)、肥後喜右衛門盛康、内田才右衛門正重、宗模、宗貞、宗明、宗喜
宛先
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キーワード
諏訪大明神御祭会、慶長五年、慶長七年、御頭屋、御頭人、居頭、初献、二献、三献、相伴、御幣、敷皮、寺山、国分、新納、平田、加治木、本田、猿渡、宗敏、宗宣、婿相続、内田才右衛門正重、肥前有馬、キリシタン一揆、原城攻め、軍使、分捕、証状、松原山南林禅刹、平田氏系図
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W15_74契約状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

樺山氏蔵の伊東祐堯契約状

世情が変転しても共に相談する衆中の大綱を守り、私心なく申談を遂げることを約す。文安元年十月十二日付で伊東祐堯が判を据え、椛山殿へ宛てる。p53の追記は、同趣の守護を敬う申談と旧記の引用を続ける。

登場人物
伊東祐堯(六郎右衛門尉・判)
宛先
椛山殿
キーワード
樺山氏蔵・文安元年10月12日・伊東祐堯・椛山殿・契約・衆中
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W05_文書0169覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

児玉四郎右衛門覚書

児玉四郎右衛門が常盤谷での御能を記した覚書。綱貴の任官祝いに前年も江戸で能が催され、今回は寛陽院と親しい者たちへ見物が許された。自身の病状を踏まえて参上し、料理・酒・茶の振る舞いと席の進行、御前での拝見、能・狂言の番組を記録する。島津万山老・町田・伊集院らの観客、川上将監や山田政國、碇山次右衛門などの名簿、能の役者組も列挙している。

登場人物
児玉四郎右衛門、島津綱貴、寛陽院、鎌田後藤兵衛、山田政國、吉田六郎右衛門、喜入安房(久元)、町田勘解由(忠佐)、伊集院十右衛門、川上将監、山下喜右衛門、碇山次右衛門
宛先
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キーワード
児玉四郎右衛門覚書、能見物、任官祝い、寛陽院の心安い者、料理と酒、茶、能狂言の番組、観客名簿、役者組
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:50系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

橘姓東山藤崎系図

橘諸兄の末流とする東山藤崎氏の系図。小四郎公紀は従五位下美濃守で藤崎を号し、鎌倉合戦では宮方として新田陣に加わり、初めて薩州へ下って向島および諸所を領したとする。公辰(美濃守・橘次)―公明(備前・小四郎)―公兼(肥前守・平六兵衛)の系線、公範(豊前守・小四郎)―公行(善六左衛門・但馬守・小四郎)―公昌(助右衛門・吉次)の系線、公朝(六郎右衛門)―公常(善六左衛門)の系線を掲げ、公朝の母を島津左近将監忠富の娘と記す。子孫は六太夫。

登場人物
橘諸兄、公紀、公辰、公明、公兼、公範、公行、公昌、公朝、公常、島津左近将監忠富
宛先
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キーワード
橘姓東山藤崎系図、橘諸兄末流、公紀、従五位下、美濃守、藤崎号、鎌倉合戦、宮方、新田陣、薩州下向、向島領有、公辰、公明、公兼、肥前守、公範、豊前守、公行、但馬守、公昌、公朝、公常、島津左近将監忠富女、婚姻、六太夫