HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
右松祐盛
異名・検索語:右松祐盛/右松安右衛門祐盛/右松十郎太/伊東家/惟新公/島津義弘/関ヶ原/大坂/感状/百石/元和七年/理嶽宗心居士
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
右松安右衛門祐盛は、通称を十郎太ともいい、伊東家から薩摩へ来て惟新公島津義弘に召し仕えた。伊東領では一所を与えられていたといい、島津家でも諸戦に軍功があった。関ヶ原後、大坂に残った人数の一人として忠節を尽くし、慶長五年(1600)十月二日、惟新公から感状と知行百石を受けた。元和七年(1621)十二月十四日没、法名は理嶽宗心居士。
系譜・人物関係
伊東家から薩摩へ来る。
奉公・役職
惟新公島津義弘に奉公。
軍役・事績
諸所で軍功。関ヶ原後、大坂残留中に忠節を尽くし感状・百石を受領。
生没・法名等
元和七年十二月十四日没。法名理嶽宗心居士。
- 統合人物ID
- HP-2086
- 原人物ID群
- 09-180-15-02
- 氏・分類
- 右松
- 掲載巻頁
- 巻9:180
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 伊東家から薩摩へ来る。
- 検索キーワード
- 右松祐盛/右松安右衛門祐盛/右松十郎太/伊東家/惟新公/島津義弘/関ヶ原/大坂/感状/百石/元和七年/理嶽宗心居士
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 冊子180頁下段の『一右松安右衛門祐盛』から〇右松五右衛門祐位直前まで。旧09-180-15から独立人物として分離。
- 判読保留
- なし
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』