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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

26 件 (全巻)/ 1–26件を表示

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後編1-No.243文書確認度 高

水引泰平寺薬師堂推鐘銘

薩摩国高城郡の千華医王山泰平寺薬師堂へ奉納した推鐘の銘。住持・大檀那・奉行・大願主・勧進沙門・作者の名を列記し、永禄六年二月八日の年紀を刻む。

登場人物
水引地頭源信乗、正智院宥鎮、平重綱、野崎兼定、高野山長乗、藤原信続、藤原信直
宛先
水引泰平寺薬師如来宝前
キーワード
水引泰平寺薬師堂推鐘銘、永禄六年、高城郡、泰平寺、薬師如来、水引地頭、野崎兼定、高野山長乗、鐘銘
後編1-No.244記録確認度 高

年代記

永禄六年二月十日、守護方の軍勢が三山へ進み、敵陣を破って勝利し、多数の敵を討ち取ったことを記す年代記事。新藤殿が下向したことも付記する。

登場人物
島津貴久、新藤殿、伊東氏
宛先
—
キーワード
年代記、永禄六年、三山合戦、守護方、勝利、討取、新藤殿、下向
後編1-No.245記事確認度 高

島津貴久譜

永禄六年二月十日、島津貴久が薩摩・大隅両国の軍勢を三山城へ向けて伊東勢と戦わせ、多数の首級を得たことを記す。球磨へ退いていた北原兼親を真幸へ復帰させたのち、薩摩国伊集院上神殿村へ移した。

登場人物
島津貴久、北原兼親、伊東氏
宛先
—
キーワード
島津貴久譜、永禄六年、三山城、薩隅軍勢、伊東氏、北原兼親、真幸、上神殿村
後編1-No.242記事確認度 高

島津国史

永禄六年、島津貴久が飯野へ赴き、二月十日に三山の伊東勢を攻めて勝利したことを記す。北原兼親の飯野入城後、島津・相良両方の兵が守備し、十一月十六日には貴久が肝付兼盛の飯野での功を感賞した。

登場人物
島津貴久、島津義久、島津義弘、肝付兼盛、北原兼親、相良氏
宛先
—
キーワード
島津国史、永禄六年、島津貴久、飯野、三山合戦、北原兼親、相良氏、肝付兼盛、感状
後編1-No.247記事確認度 高

樺山玄佐譜

永禄六年、貴久が飯野へ赴き、三山へ軍勢を送って勝利したことを記す。北原兼親の伯父が相良兵を吉松へ入れて島津方番兵を討とうとした企てが露見し、兼親の側近も離反したため、兼親を伊集院へ移し、真幸院を島津家領として義弘を飯野に置いた。

登場人物
樺山玄佐、島津貴久、北原兼親、北原左兵衛尉、北原八郎右衛門尉、白坂興一左衛門尉、菱刈天眼、相良氏、伊東氏
宛先
—
キーワード
樺山玄佐譜、永禄六年、三山合戦、北原兼親、吉松、相良氏、伊東氏、真幸院、島津義弘、飯野
後編1-No.255記事確認度 高

島津義久譜

永禄六年六月十六日に生まれた島津義久の女子について、島津義虎および島津彰久の室となったこと、母は種子島氏の女子であることを記す。寛永十八年八月十五日に新城で七十九歳で死去し、法名も載せる系図記事。

登場人物
島津義久の女子、島津義虎、島津彰久、島津家久、種子島時堯の女子
宛先
—
キーワード
島津義久女子系図、永禄六年、島津義虎、島津彰久、種子島氏、誕生、寛永十八年、新城、法名
後編1-No.267記事確認度 高

島津義弘伝

島津義弘が真幸院飯野を領して居城とし、永禄六年に鹿児島から移って二十八年間在城したことを記す。飯野で家老・地頭職を務めた五代友慶や、有川・上井・川上・宮原ら家老・使衆を列挙する。

登場人物
島津義弘、五代友慶、有川雅楽助、上井次郎左衛門、川上肱枕、宮原伊賀
宛先
—
キーワード
島津義弘伝、真幸院、飯野、永禄六年、二十八年在城、五代友慶、家老、地頭、家臣団
後編6-No.203記事確認度 高

島津彰久室譜

島津彰久室の譜記事。島津義久の二女で新城君と称し、永禄六年六月十六日に種子島左近大夫時堯の娘を母として生まれた。寛永十八年八月十五日に新城で死去し、享年七十九、法号を珠月浄珊庵主としたことを記す。

登場人物
島津義久、島津彰久、義久二女(新城君)、種子島時堯
宛先
—
キーワード
島津義久、島津彰久、新城君、種子島時堯、永禄六年、寛永十八年、新城、七十九歳、珠月浄珊庵主、譜記事
後編1-No.248文書確認度 高

島津貴久立願条々

島津貴久が敵城の破却と諸願成就を霧島六所大権現へ祈った立願。小林城への攻撃について、直ちに一度攻める、時機を見て二度攻める、先例どおり白攻めを行うという三案を示し、神意を仰ぐ。

登場人物
島津貴久、霧島六所大権現
宛先
霧島六所大権現
キーワード
島津貴久立願条々、永禄六年、霧島六所大権現、小林城、敵城破却、神意、三案、立願
後編1-No.250文書確認度 高

島津貴久琉球渡海朱印状

日向国櫛間湊の天神丸船頭・日高但馬守が琉球へ渡海することを島津貴久が認め、朱印を据えた航海許可状。

登場人物
島津貴久、日高但馬守
宛先
日向国櫛間湊天神丸船頭日高但馬守
キーワード
島津貴久琉球渡海朱印状、永禄六年、島津貴久、櫛間湊、天神丸、日高但馬守、琉球、渡海許可、朱印
後編1-No.252文書確認度 高

島津氏老臣連署坪付

大隅国宮内の観音屋付水田五町について、その坪付を示した島津氏老臣の連署文書。肝付兼盛・伊集院孤舟・勝軍坊が署判する。

登場人物
肝付兼盛、伊集院忠朗(孤舟)、勝軍坊
宛先
—
キーワード
島津氏老臣連署坪付、永禄六年、大隅国、宮内、観音屋、水田五町、肝付兼盛、伊集院孤舟、勝軍坊
後編1-No.253文書確認度 高

若宮託宣条々

長期化する合戦への備えを説く若宮の託宣。軍議を慎重にし、敵方から心を寄せる者にも用心し、当面の出動を延期すること、貴久の帰陣時期や義久の病後の回復、祈念の方法、先の合戦での金峯山若宮の加護などを条々に示す。

登場人物
島津貴久、島津義久、金峯山若宮
宛先
—
キーワード
若宮託宣条々、永禄六年、軍議、敵方、出動延期、島津貴久、島津義久、病気平癒、金峯山若宮、神託
後編1-No.254文書確認度 高

北郷一雲時久書状

北郷時久が喜入季久からの返書を受け取り、貴久が当地へ来訪して軍事相談中であるため、遠方ながら今後も支援を求めた書状。追伸で飫肥・福島境に変化はないが、福島浦の都井で勝利し敵七十人ほどを討ったと報じる。

登場人物
北郷時久(一雲)、喜入季久、島津貴久
宛先
喜入式部大輔季久
キーワード
北郷一雲時久書状、永禄六年、北郷時久、喜入季久、島津貴久、軍議、飫肥、福島、都井、七十人討取
後編1-No.256文書確認度 高

島津家重物目録

島津家の重宝・文書類を列挙した目録。御幡、十文字立物、銀、兵書十六巻、鳳凰の羽、鎧・甲・太刀・鞍鐙、諸大名目録、神仏画像、論旨・御内書・足利尊氏判形などと、櫛間院給分坪付の関係者を記す。

登場人物
高崎播磨守、高崎兵部少輔、川上丹波守、中村隼人助、重由美濃守、篠原佐渡守
宛先
—
キーワード
島津家重物目録、永禄六年、御幡、兵書、鎧、太刀、鞍、論旨、御内書、足利尊氏判形、櫛間院坪付
後編1-No.258文書確認度 高

正親町天皇綸旨

専修寺における仏法興隆を神妙と評価し、今後いっそう天皇の寿命長久を祈るよう命じた正親町天皇の綸旨。左大弁俊光が奉じて弥阿上人へ伝達した。

登場人物
正親町天皇、左大弁俊光、専修寺弥阿上人
宛先
専修寺弥阿上人
キーワード
正親町天皇綸旨、永禄六年、専修寺、弥阿上人、仏法興隆、宝祚延長、左大弁俊光
後編1-No.260文書確認度 高

肝付省釣兼続証状

肝付省釣兼続が安楽因幡守の望みにより、野柄・合爪・中救仁・樋下・薗草・橋崎などの田地と堀町・小原の屋敷を含む所領を、従前の扶持分として認めた証状。

登場人物
肝付兼続(省釣)、安楽因幡守
宛先
安楽因幡守
キーワード
肝付省釣兼続証状、永禄六年、肝付兼続、省釣、安楽因幡守、所領、田地、堀町屋敷、安堵
後編1-No.264文書確認度 高

島津義久書状

島津義久が飯野の重大事に際し、肝付兼盛が急に留め置かれながら長期間にわたり辛労したことへ深い感謝を示し、今後もいっそう力を尽くすよう求めた書状。

登場人物
島津義久、肝付兼盛
宛先
肝付弾正忠兼盛
キーワード
島津義久書状、永禄六年、肝付兼盛、飯野、抑留、長期辛労、感謝
後編1-No.265文書確認度 高

島津義久書状

義久が歳久のもとを訪れる意向を伝え、道筋に不案内なので迎えの案内人を一人付けるよう求めた書状。十二日に境へ到着し、十三日に歳久方へ赴く予定を知らせる。

登場人物
島津義久、島津歳久、島津義弘
宛先
又六郎歳久
キーワード
島津義久書状、永禄六年、島津歳久、訪問、道案内、閏十二月、日程
後編1-No.470文書確認度 高

北郷一雲時久書状

北郷時久が喜入季久に、飫肥・福島境では大きな変化はないが、福島浦の都井で勝利し敵七十人ほどを討ち取ったと報じた書状。先の返書への礼を述べ、屋形が当地へ来訪して軍事相談中であることを知らせ、遠隔地ながら今後も支援してほしいと頼んでいる。

登場人物
北郷時久(一雲)、喜入季久、屋形
宛先
喜入式部太輔殿(喜入季久)
キーワード
北郷時久書状、永禄六年、喜入季久、飫肥、福島、都井、勝利、敵七十人、屋形、軍事相談、支援要請
附録1-No.829文書確認度 高

島津貴久書状

島津貴久が多年の懇意、とりわけ北原境での協力に謝意を表した書状。恩顧によって本望を遂げたとして取次ぎを頼み、軽微ながら品物と紅糸一斤を進呈する。

登場人物
島津貴久、勝軍坊、北原氏
宛先
勝軍坊
キーワード
島津貴久、勝軍坊、北原境、懇意、協力、取次、贈答、紅糸、永禄六年
後編1-No.246記事確認度 高

島津義弘譜

貴久の飯野在陣と三山での勝利後、北原兼親の伯父が吉松城へ相良兵を招き、伊東氏と通じて島津方番兵を討とうとした陰謀が露見した経過を記す。兼親の勢力が衰え、相良氏も領地を狙ったため、兼親を上神殿村へ移し、真幸院を島津家直轄とした。

登場人物
島津義弘、島津貴久、北原兼親、北原左兵衛尉、北原八郎右衛門尉、白坂興一左衛門尉、相良氏、伊東氏
宛先
—
キーワード
島津義弘譜、永禄六年、飯野、三山合戦、北原兼親、吉松城、相良氏、伊東氏、上神殿村、真幸院
後編1-No.259文書確認度 高

島津征久年忌偈文

島津征久が父・島津忠将の大祥忌に際し、私宅で三日間にわたり茶菓・法筵を設け、諸山諸宗の僧二百余人を招いて法会と論議を行ったことを記す偈文。近津が心翁大安居士の六字を冠した六首の偈を作り、霊前へ捧げた。

登場人物
島津征久、島津忠将(心翁大安居士)、近津、諸宗僧侶
宛先
—
キーワード
島津征久年忌偈文、島津忠将、心翁大安居士、大祥忌、法会、二百余僧、論議、近津、偈頌
後編1-No.263-1文書確認度 高

佐々木宗綱書状

佐々木宗綱が島津方からの要請を大友氏の重臣へ伝え、各人が了承して上聞に達したことを報じた書状。日向へ一軍を送る予定は豊前の戦争で遅れているが、終結後は豊後・肥後勢を残して派遣すると伝える。

登場人物
佐々木宗綱、本田弾正忠、大友氏宿老、豊後・肥後諸勢
宛先
本田弾正忠
キーワード
佐々木宗綱書状、十月廿一日、本田弾正忠、大友氏、日向派兵、豊前合戦、豊後勢、肥後勢
後編1-No.263-2文書確認度 高

佐々木宗綱書状追而書

戸次山城守から具足一領が進上され、当地でも特別に心を添えているため、重ねて書状を送り、その厚意を祝着として披露するよう求めた佐々木宗綱書状の追而書。

登場人物
佐々木宗綱、本田弾正忠、戸次山城守
宛先
本田弾正忠
キーワード
佐々木宗綱書状追而書、十月廿一日、戸次山城守、本田弾正忠、具足一領、進上、披露
後編1-No.263-3文書確認度 高

佐々木宗綱書状追而書

戸次伯耆守方の南郡八人が連署を整え、陣中へ加わること、豊後側でも親類衆を同心させて派遣することを伝え、親方から改めて書状を出すとした追而書。

登場人物
佐々木宗綱、戸次伯耆守、南郡八人、豊州親類衆
宛先
本田弾正忠
キーワード
佐々木宗綱書状追而書、十月廿一日、戸次伯耆守、南郡八人、連署、陣中、豊後親類衆、派遣