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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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13 件 (全巻)/ 1–13件を表示

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前編2-No.2343記事確認度 中

殉国名藪

天文八年の紫原・蒲生城・市来城などの合戦で戦死した家臣を、日付・戦場・死因とともに列挙する。本村時貞、蒲生清綱、池上将監、伊地知新四郎らを収める。

登場人物
本村源四郎時貞、蒲生宮内大輔清綱、池上将監、伊地知新四郎、南郷兵部少輔置久
宛先
—
キーワード
殉国名藪、紫原合戦、蒲生城、市来城、戦死者、本村時貞、蒲生清綱、伊地知新四郎
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 729矢文・籠城理由旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

天草四郎時貞矢文

『藤掛集書』所収の原城からの矢文。籠城は国家への反逆や私欲ではなく切支丹宗旨を守るためだと述べる。禁令と迫害によって改宗したものの、後生と天主を背くことへの恐れから信仰を捨てられないと弁明し、単なる身命への執着ではないと訴える。正月十五日、四郎時貞から松平伊豆守に宛てる。726-2と本文を同じくする異本。

登場人物
四郎時貞 松平伊豆守信綱
宛先
松平伊豆守信綱
キーワード
天草四郎 矢文 原城 藤掛集書 信仰 改宗
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 726-2矢文・信仰と籠城理由旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

天草四郎時貞矢文

国家に背くためや私欲による籠城ではなく、切支丹の宗旨を捨てられないためであると訴える矢文。改宗を迫る法度と迫害、後生への恐れから一度は改宗した経緯、なお信仰を守ろうとする理由を述べ、単に身命を惜しむ邪路ではないと弁明する。正月十五日付、松平伊豆守宛。異本の語句を多数付記し、時任氏日記本との関係も注記する。

登場人物
天草四郎時貞 松平伊豆守
宛先
松平伊豆守
キーワード
天草四郎 矢文 切支丹 宗旨 改宗 後生 籠城
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 307日記・戦況記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寛明日記

十三日、兵糧を取り出すために出た島原方の人数が敗北し、足軽大将ら多数が討死した戦況を記す。翌十四日には四郎時貞が五千人を率いて天草へ渡海し、上津浦へ加勢した。

登場人物
足軽大将入江平左衛門、高島治太夫、高橋弥右衛門、四郎時貞
宛先
該当なし(日記記事)
キーワード
寛明日記、兵糧、島原方敗北、四郎時貞、五千人、上津浦
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 130-2矢文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

正月下旬山田右衛門佐矢文

山田右衛門佐が諸大将の被官へ披露を求めた孟春下旬の矢文。四郎時貞らを成敗して乱を鎮めるため、切支丹方へ強制的に加わった百姓八百人を説得済みであるとし、城攻めの際に防戦を装って放火し、味方へ合流して小船で四郎を捕える計画を示して赦免を願う。

登場人物
山田右衛門佐、四郎時貞、切支丹衆、百姓八百人
宛先
諸御大将御披官中披露
キーワード
山田右衛門佐、矢文、孟春下旬、赦免願い、四郎時貞、百姓八百人、城攻め、放火、内応、小船、生捕り
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 199-1矢文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

矢文

肝付兼屋の従臣・緒方主殿介の覚書に写された矢文。城中から寄手の鍋島・肥後・豊後横目衆などを嘲る文句を列ね、二月十二日酉刻に城から付けた矢文とする。末尾に浮武士頭有馬亀之丞時貞・口之津左兵衛正利の名を記す。

登場人物
肝付兼屋、緒方主殿介、有馬亀之丞時貞、口之津左兵衛正利、鍋島殿、肥後殿、豊後横目衆
宛先
宛先なし(緒方主殿介覚書に写す城中からの矢文)
キーワード
肝付兼屋、緒方主殿介、矢文、城中、寄手、鍋島、肥後、豊後横目衆、二月十二日酉刻、有馬亀之丞時貞、口之津左兵衛正利
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 322集書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

藤掛集書

『藤掛集書』の「二月二十七・二十八日原之城落去之事」。二十七日朝、二十八日の城乗りを評定するため諸大将が戸田左門氏鉄の陣所に集まったところ、物見櫓番が鍋島勢の突入を告げ、松平伊豆守が確認して各将を陣所へ戻したため、諸勢が予定外の攻撃に続いた。本文は、軍法に背いた先行突入への批判、若年の近習・家臣らの戦功と戦死、証拠提出・褒賞の経緯を詳述する。また鍋島勢の先手三千人を二手とする編成、第二陣二千五百人、白布旗、梯子・竹束、海辺に潜ませた水練の達者百人などの攻城準備を記す。黒田右衛門佐が退却しないと誓って天草丸へ攻め、黒田美作が機を見て突入させた記事では、黒田勢の討死を上下二百人、手負千人余りとする。細川勢は二十七日巳の下刻、鍋島勢に続いて三の曲輪を破り、海手から二の丸へ入り、詰の丸東端を攻めて九曜旗を立てた。この時の手負・死人は百人。敵前に柵木を結って夜を明かし、二十八日早朝に四郎の居館へ入って焼き、天草四郎時貞の首を陣野佐左衛門が討ち取ったため、本丸一番乗りとして江戸へ注進したと記す。

登場人物
戸田左門氏鉄・松平伊豆守(信綱)・鍋島勢・黒田右衛門佐・黒田美作・細川勢・水野美作守・陣野佐左衛門・天草四郎時貞ほか
宛先
宛先なし(集書・軍記記事)
キーワード
藤掛集書、原城落去、二月二十七日、二月二十八日、戸田左門氏鉄陣所、松平伊豆守、鍋島勢、予定外突入、軍法違反、若年者戦功、褒賞、先手三千人、第二陣二千五百人、白布旗、梯子、竹束、水練百人、黒田右衛門佐、黒田美作、天草丸、討死上下二百人、手負千人余り、細川勢、三の曲輪、二の丸、詰の丸、九曜旗、手負・死人百人、天草四郎時貞、陣野佐左衛門、江戸注進
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 334-1日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寛明日記

『寛明日記』が原城陥落時の細川・黒田勢の働きを記した記事。二十八日早朝、細川越中守忠利勢が四郎時貞の居館へ乱入して数百人を討ち取り、火を放ち、細川家臣の陣野佐左衛門が一揆大将四郎時貞を討ち取ったため、本丸一番乗りは細川忠利であると江戸へ注進したという。また黒田右衛門佐忠之勢は未明に本丸へ攻め、鉄砲・石・大木を受けて多数の死傷を出しながら七、八間の石垣を登り、黒田三左衛門ら歴々の者が乗り込んだとする。

登場人物
細川忠利、陣野佐左衛門、黒田忠之、天草四郎時貞ほか
宛先
宛先なし(日記・記録類)
キーワード
寛明日記、二十八日早朝、細川忠利、四郎時貞居館、数百人討取、放火、陣野佐左衛門、天草四郎時貞、首級、本丸一番乗り、江戸注進、黒田忠之、未明、本丸、鉄砲、石、大木、死傷、七八間石垣
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w9:112系図・種子島氏支族国上氏旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

国上氏系図

種子島氏支族・美座対馬守時里の二男から出た国上氏の系図で、時里・時宣・時通以下の系線と婚姻・養子関係を記す。時盛は伊勢長門守貞清の二男で嗣子として養育されたとあり、島津義久の奥向きへの奉仕、小浜村千石の采地拝領、見隆寺建立を記す。後代の時貞は馬術と鉄砲の師範を務めたとされ、時春には高原・羽月の地頭職の記事がある。和田十助正弘の養子になった者や家督を継いだ者、諸家との婚姻も挙げ、国上氏の分流と奉公・知行の継承をたどる。

登場人物
種子島時里、時宣、時通、時盛、時貞、時春、島津義久、伊勢貞清、和田十助正弘
宛先
なし(系図)
キーワード
国上氏系図、種子島氏支族、美座対馬守時里、時宣、時通、時盛、伊勢長門守貞清、島津義久、奥向き奉仕、小浜村千石、見隆寺、時貞、馬術、鉄砲師範、時春、高原地頭、羽月地頭、和田十助正弘、養子、家督
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 423編纂史料・籠城編成記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

藤掛集書

原城一揆籠城の記録。寛永十四年十二月朔日から原古城を修築し春か城と称したとして、各郭の大将・軍人衆・奉行・使番・防火担当などの名と配置人数を列記する。兵勢二万三千余に童女一万余が加わったとし、防壁・銃眼・石や武器の配置、交替警備、矢文と火矢の警戒、四郎の巡回と法度伝達を詳述する。巻尾には高来郡などの村名を付し、一揆衆が在村の名を名字として名乗ったと説明する。

登場人物
天草四郎時貞 芦塚忠右衛門 渡邊傳左衛門 赤星主膳 馬場休意 會津宗印 同右京 毛利平左衛門 林七左衛門 松竹勘右衛門 三宅次郎右衛門 久田七郎右衛門 泰村休澤 折田本之丞 上津浦大藏忠次 有馬龜之允時家 山田右衛門佐 大浦四郎兵衛 有馬掃部頭重正 下津浦左衛門尉清安 葛諸藏人正清 千束善右衛門 加津佐助右衛門 三平 戸島惣右衛門 田嶋刑部 堂嶋對馬次家 大塚四郎兵衛是時 會津左兵衛正則 大江源右衛門 布津吉藏 北有馬久右衛門 大矢野三左衛門 箕村右京 木場作左衛門 深江次右衛門 池田清左衛門光時 松嶋半之允 布津村大右衛門 天草玄札 有江監物貞次 本戸但馬安正 上津浦三郎兵衛種清 柴田六兵衛次重 口之津次郎兵衛家時 千々岩佐左衛門正時 有江市助光家 芝田六藏 會津刑部定重 濱田三吉正為 藤次小左衛門景定 四鬼丹後安吉 栖本左京之時 柳瀬茂右衛門 鹿子木右馬之助 時枝隼人 蟻川左京 森宗意軒 高可權八 楠浦孫兵衛 藤掛勘九郎
宛先
なし(記事)
キーワード
原城 郭別配置 奉行 防備 村名 名字
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 425日記所収・原城物頭名簿旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

時任氏日記

島津久賀に従軍した時任氏の日記所収「有馬一起物語」。本丸の有馬四郎をはじめ、二・三の丸、出丸の将や侍大将・使番・鉄砲頭・武士頭・普請奉行の名を列記する。物頭は合計二十一人、年齢は二十から五十まで、勢は一万騎とする。肝付兼屋の従臣緒方主殿の日記にも大同小異の名書きがあり、異なる箇所を傍記したと説明する。

登場人物
島津久賀 時任氏 有馬四郎時貞 有馬掃部助定正 道崎對馬介次家 有江監物助貞次 池田清左衛門貞吉 有江市介光家 口之津次郎兵衛次家 芝田六藏種久 千石作右衛門正時 左馬滿安 上津浦大藏忠頼 大浦三左衛門清成 楠浦藏人正清 本戸但馬忠正 大塚次郎兵衛安光 有馬龜之丞時貞 上津浦三郎兵衛安平 口之津左兵衛正利 芝田六兵衛次重 濱田三吉忠安 藤崎小左衛門貞次 肝付兼屋 緒方主殿
宛先
なし(名簿)
キーワード
物頭二十一人 役職名簿 一万騎 人名異同
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 336-2覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

落城時寄手討取首数覚

原城落城時に寄手が討ち取った首数を諸将別に列挙した覚。細川越中守285首(小字に四郎時貞の首と陣佐左衛門の討取りを記す)、黒田右衛門佐576首、鍋島信濃守692首、有馬玄蕃頭125首、立花飛騨守157首、松倉長門守47首、小笠原右近大夫25首、同信濃守15首、松平丹波守13首、寺沢兵庫頭108首、有馬左衛門佐83首、戸田左門18首、松平伊豆守15首、諸家使者中15首とし、末尾に「合二千四百四十余首」、松平伊豆守の首帳にこのとおりと記す。読取可能な14明細の合計は2,174首で、原記載の総数2,440余首とは一致しないため、数値を改めず差異を留保する。

登場人物
細川越中守・黒田右衛門佐・鍋島信濃守ら寄手諸将
宛先
宛先なし(覚書・記録類)
キーワード
原城、落城、寄手、討取首数、細川越中守285首、四郎時貞、陣佐左衛門、黒田右衛門佐576首、鍋島信濃守692首、有馬玄蕃頭125首、立花飛騨守157首、松倉長門守47首、小笠原右近大夫25首、同信濃守15首、松平丹波守13首、寺沢兵庫頭108首、有馬左衛門佐83首、戸田左門18首、松平伊豆守15首、諸家使者中15首、明細合計2174首、原記載合二千四百四十余首、首帳、数量不一致
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 337-4覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

落城時討取敵首数覚

原城落城時に寄手が討ち取った敵の首数を諸将別に列挙した覚。鍋島信濃守692首、黒田右衛門佐576首、細川越中守285首(内、大将天草四郎時貞の首を陣野佐左衛門が討ち取った旨を付記)、立花飛騨守157首、有馬玄蕃頭125首、松倉長門守47首、小笠原右近大夫25首、同信濃守15首、松平丹後守13首、寺沢兵庫頭108首、有馬左衛門佐83首、戸田左門18首、松平伊豆守15首、諸家使者中15首とし、総数を2,440余首、松平伊豆守の首帳に付けた内容とする。読取可能な14明細は計2,174首で総数と一致せず、原記載を保持する。336-2とほぼ同文。

登場人物
鍋島信濃守・黒田右衛門佐・細川越中守ら寄手諸将
宛先
宛先なし(覚書・記録類)
キーワード
原城落城、討取敵首数、鍋島信濃守692首、黒田右衛門佐576首、細川越中守285首、天草四郎時貞、陣野佐左衛門、立花飛騨守157首、有馬玄蕃頭125首、松倉長門守47首、小笠原右近大夫25首、小笠原信濃守15首、松平丹後守13首、寺沢兵庫頭108首、有馬左衛門佐83首、戸田左門18首、松平伊豆守15首、諸家使者中15首、明細合計2174首、原記載2440余首、首帳、336-2ほぼ同文