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旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 322集書旧記雑録拾遺暫定版・確認中

藤掛集書

二月廿五日/原整理番号 322

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

『藤掛集書』の「二月二十七・二十八日原之城落去之事」。二十七日朝、二十八日の城乗りを評定するため諸大将が戸田左門氏鉄の陣所に集まったところ、物見櫓番が鍋島勢の突入を告げ、松平伊豆守が確認して各将を陣所へ戻したため、諸勢が予定外の攻撃に続いた。本文は、軍法に背いた先行突入への批判、若年の近習・家臣らの戦功と戦死、証拠提出・褒賞の経緯を詳述する。また鍋島勢の先手三千人を二手とする編成、第二陣二千五百人、白布旗、梯子・竹束、海辺に潜ませた水練の達者百人などの攻城準備を記す。黒田右衛門佐が退却しないと誓って天草丸へ攻め、黒田美作が機を見て突入させた記事では、黒田勢の討死を上下二百人、手負千人余りとする。細川勢は二十七日巳の下刻、鍋島勢に続いて三の曲輪を破り、海手から二の丸へ入り、詰の丸東端を攻めて九曜旗を立てた。この時の手負・死人は百人。敵前に柵木を結って夜を明かし、二十八日早朝に四郎の居館へ入って焼き、天草四郎時貞の首を陣野佐左衛門が討ち取ったため、本丸一番乗りとして江戸へ注進したと記す。

登場人物

戸田左門氏鉄・松平伊豆守(信綱)・鍋島勢・黒田右衛門佐・黒田美作・細川勢・水野美作守・陣野佐左衛門・天草四郎時貞ほか

宛先

宛先なし(集書・軍記記事)

キーワード

藤掛集書、原城落去、二月二十七日、二月二十八日、戸田左門氏鉄陣所、松平伊豆守、鍋島勢、予定外突入、軍法違反、若年者戦功、褒賞、先手三千人、第二陣二千五百人、白布旗、梯子、竹束、水練百人、黒田右衛門佐、黒田美作、天草丸、討死上下二百人、手負千人余り、細川勢、三の曲輪、二の丸、詰の丸、九曜旗、手負・死人百人、天草四郎時貞、陣野佐左衛門、江戸注進

冊子頁

203~212頁

読込量

特大

面白さ

★★★★☆

原文を確認

(2)177~354頁(寛永軍徴16・17・18の上・18の下).pdf