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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

11 件 (全巻)/ 1–11件を表示

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後編3-No.494記事確認度 高

寺山久兼譜

『寺山久兼譜』が、慶長三年十月朔日の泗川・新寨決戦での寺山久兼の戦功を記す記事。義弘・忠恒父子が開門して明軍へ突入した際、島津忠長と対峙する敵将が現れると、久兼は兵を横隊にしてその後軍を攻めさせた。これにより前軍も崩れ、島津勢が敵首を斬獲する契機となったとする。末尾に久兼が慶長十六年十月晦日、四十五歳で没したことを付記する。

登場人物
寺山久兼、島津義弘、島津忠恒、島津忠長、明軍
宛先
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キーワード
寺山久兼譜、寺山久兼、島津義弘、島津忠恒、島津忠長、慶長三年十月朔日、泗川、新寨、開門突撃、敵将、横隊、後軍攻撃、前軍崩壊、斬獲、慶長十六年十月晦日、四十五歳
後編3-No.478記事確認度 高

島津義弘譜

『島津義弘譜』が、島津忠恒配下の寺山久兼が望津の守備中、明・朝鮮軍の兵力を偵察し、猛暑時に兵を川辺へ伏せて敵の人馬が水に入るところを鉄砲で一斉射撃し、多数を倒したと記す記事。さらに山谷に火を放って大軍が潜むように見せるなど奇策を重ねたため、董一元は九月十九日に晋州へ進出しても島津義弘の武勇と城の堅固さを恐れ、攻撃を控えたとする。

登場人物
寺山久兼(四郎左衛門尉)、島津忠恒、島津義弘、董一元、明軍、朝鮮軍
宛先
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キーワード
島津義弘譜、寺山久兼、四郎左衛門尉、島津忠恒、望津、明軍、朝鮮軍、偵察、伏兵、川辺、鉄砲、一斉射撃、山谷放火、偽装、董一元、晋州、島津義弘、攻撃回避
後編3-No.493記事確認度 高

川上久辰譜

『川上久辰譜』が、泗川・新寨決戦での川上久辰の働きを記す記事。董一元らの大軍に対し、義弘・忠恒が七千余の兵を率いて反撃し、忠長も小勢で紅巾の兵を支えた。諸将が追撃に出て義弘の周囲が手薄になると、久辰がその側へ進み、義弘は祖先川上久朗が菱刈で両君のため命を懸けた故事になぞらえて称えた。寺山久兼の鉄炮隊による後陣攻撃で敵を崩し、茅国器側が弟を人質として講和を請うたとする。

登場人物
川上久辰、島津義弘、島津忠恒、島津忠長、川上久朗、寺山久兼、董一元、孟老爺、茅国器、明軍
宛先
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キーワード
川上久辰譜、川上久辰、島津義弘、島津忠恒、島津忠長、泗川、新寨、七千余、董一元、孟老爺、茅国器、紅巾兵、義弘護衛、川上久朗、菱刈、寺山久兼、鉄炮隊、後陣攻撃、明軍敗走、人質、講和
後編3-No.777文書確認度 高

寺山氏系図

寺山氏系図は、廣田某の猶子となった寺山四郎左衛門久兼が、慶長四年の庄内山田の戦いで三十三歳で戦死したと記す。法号を良翁玄張居士とする。

登場人物
寺山久兼、廣田某
宛先
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キーワード
寺山氏系図、寺山久兼、廣田某、庄内の乱、山田城、戦死、三十三歳、良翁玄張居士、慶長四年
附録2-No.1255記事確認度 高

寺山氏系図抄(二)

寺山氏三代久兼の子女から久豊・久堅・忠昌を経て、養子久任・久長・久繁・久年・用長へ続く系統を記す。忠昌が佐多忠充の三男として養子に入り、坊津・姶良の地頭を務めたことなどを載せる。

登場人物
寺山久兼、寺山久豊、寺山久堅、寺山忠昌、寺山久任、寺山久長、北郷久嘉
宛先
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キーワード
寺山氏、寺山久兼、寺山久豊、寺山久堅、寺山忠昌、佐多忠充、坊津、姶良、養子、系図
後編3-No.488記事確認度 高

島津義弘譜

『島津義弘譜』が、慶長三年十月朔日の泗川・新寨決戦を詳述する記事。董一元ら率いる明軍が新寨を包囲すると、島津義弘は敵が城壁へ近づくまで鉄炮を撃たせず、白狐一疋と赤狐二疋の出現を稲荷明神の加護と信じて、大鉄炮の一斉射撃と開門突撃に転じた。義弘・忠恒父子や忠長らが敵を北へ追い、晋州川付近まで潰走させた後、首実検と勝利の儀礼を行い、翌二日に敵首三万八千七百十七級と算したとする。

登場人物
董一元、孟老爺、茅国器、島津義弘、島津忠恒、島津忠長、川上久高、寺山久兼、本田與兵衛、平田新左衛門宗位、明軍、朝鮮軍
宛先
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キーワード
島津義弘譜、慶長三年十月朔日、泗川、新寨、董一元、孟老爺、茅国器、島津義弘、島津忠恒、島津忠長、明軍包囲、白狐、赤狐、稲荷明神、大鉄炮、一斉射撃、開門突撃、晋州川、敵軍潰走、首実検、勝利儀礼、三万八千七百十七級
後編3-No.490記事確認度 高

島津家久譜

『家久公御譜』が、慶長三年十月朔日の新寨決戦を島津忠恒(家久)の働きを中心に記す記事。忠恒は明軍を城壁近くまで引きつけて鉄炮を撃たせ、白狐・赤狐の出現を稲荷明神の加護と受け止めて出撃した。自ら敵中へ進み、肩に千戈の傷を負いながら首級を得た後、義弘の援兵と合流して明軍を晋州川方面へ追撃する。戦後は父子の首実検と勝利の儀礼、十月二日の敵首集計を記す。

登場人物
島津忠恒(家久)、島津義弘、董一元、孟老爺、茅国器、平田新左衛門宗位、寺山久兼、黒田加兵衛尉、本田治右衛門尉、明軍
宛先
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キーワード
島津家久譜、島津家久、島津忠恒、島津義弘、慶長三年十月朔日、新寨、董一元、孟老爺、茅国器、明軍、接近射撃、白狐、赤狐、稲荷明神、敵中突入、肩負傷、首級、援兵、晋州川、追撃、首実検、勝利儀礼
後編3-No.499記事確認度 高

御譜雑抄

『御譜雑抄』に収められた記事。本冊では本文がNo.488の記事の一部と同文であるため省略されており、島津義弘譜に記された慶長三年十月朔日の泗川・新寨決戦記事を参照する構成となっている。

登場人物
董一元、孟老爺、茅国器、島津義弘、島津忠恒、島津忠長、川上久高、寺山久兼、本田與兵衛、平田新左衛門宗位、明軍、朝鮮軍
宛先
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キーワード
御譜雑抄、No.488一部同文、本文省略、島津義弘譜、慶長三年十月朔日、泗川、新寨決戦、参照記事
後編3-No.500記事確認度 高

御譜雑抄

『御譜雑抄』に収められた記事。本冊では本文がNo.488の記事の一部と同文であるため省略されている。同じ参照先を持つNo.499とは別番号で掲げられ、泗川・新寨決戦記事の一部分に対応する。

登場人物
董一元、孟老爺、茅国器、島津義弘、島津忠恒、島津忠長、川上久高、寺山久兼、本田與兵衛、平田新左衛門宗位、明軍、朝鮮軍
宛先
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キーワード
御譜雑抄、No.488一部同文、本文省略、No.499別番号、泗川、新寨決戦、参照記事
後編3-No.501記事確認度 高

御譜雑抄

『御譜雑抄』に収められた記事。本冊では本文がNo.490の記事の一部と同文であるため省略されており、島津忠恒(家久)の接近射撃・敵中突入・追撃を中心とする新寨決戦記事を参照する構成となっている。

登場人物
島津忠恒(家久)、島津義弘、董一元、孟老爺、茅国器、平田新左衛門宗位、寺山久兼、黒田加兵衛尉、本田治右衛門尉、明軍
宛先
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キーワード
御譜雑抄、No.490一部同文、本文省略、島津忠恒、家久、新寨決戦、接近射撃、敵中突入、追撃、参照記事
後編3-No.485記事確認度 高

盛香集

『盛香集』が、寺山四郎左衛門久兼の望津での対陣と家来神宮矢兵衛の射撃を伝える記事。久兼は漢南の大軍を前に、晋州の川を隔て約二百人で六月廿日から対陣し、人数の多少を悟らせない計略で敵を悩ませた。九月廿日の命令で望津陣を払い新寨へ移る際に敵が渡河を試みたといい、鉄炮上手の神宮矢兵衛が川越しに撃つ弾だけは外れず、唐人が大いに恐れたとする。

登場人物
寺山四郎左衛門久兼、神宮矢兵衛、漢南衆、唐人
宛先
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キーワード
盛香集、寺山四郎左衛門久兼、寺山久兼、神宮矢兵衛、望津、晋州川、漢南衆、二百人、六月廿日、九月廿日、対陣、渡河、鉄炮上手、川越し射撃、唐人