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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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40 件 (全巻)/ 1–40件を表示

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後編3-No.948文書確認度 高

島津忠恒寄進状

島津忠恒が執印吉左衛門尉に対し、薩州郡隈城西手村の屋敷一か所と、高七十石一斗六升八合五夕のうち五十石を寄進する。当家繁栄・武運長久のため、神前で祈祷するよう命じる。

登場人物
島津忠恒、執印吉左衛門尉
宛先
執印吉左衛門尉殿
キーワード
島津忠恒寄進状、薩州郡、隈城西手村、屋敷、高五十石、当家繁栄、武運長久、神前祈祷、執印吉左衛門尉、慶長四年十月廿八日
後編3-No.1454文書確認度 高

八幡新田宮執印某知行坪付

八幡新田宮執印吉左衛門尉の知行二百石について、各田地の坪付を列記した文書。このうち百石は京都・高麗で忠節を尽くした功による恩賞として与えられたことを記す。

登場人物
八幡新田宮執印吉左衛門尉、島津忠恒(家久)
宛先
八幡新田宮執印吉左衛門尉
キーワード
八幡新田宮執印某知行坪付、慶長六年正月二十四日、八幡新田宮、執印吉左衛門尉、知行二百石、坪付、京都、高麗、忠節、恩賞
後編4-No.351文書確認度 中

新納為舟書状

閏四月二十九日、新納忠元が寺沢氏との会合、馬追、招待客や随行者、宿泊・馬の手配などを岩城吉左衛門尉に相談した書状。関係者への連絡と準備を求める。

登場人物
新納忠元、岩城吉左衛門尉、寺沢志摩守、平吉、与七兵衛尉
宛先
岩城吉左衛門尉
キーワード
新納為舟書状、新納忠元、岩城吉左衛門尉、寺沢志摩守、馬追、会合、随行者、準備
後編2-No.816文書確認度 高

島津竜伯義久覚書

度重なる唐入り準備の命令を受けながら、遠島からの渡海で馬・武者などの仕立てが整わず、十分な軍備が難しい事情を記す。義久は不調法ながら義弘を出立させ、二郎夫婦を上洛させ、自身も秀吉の名護屋着座前に参着すると述べ、安宅・麻生両名に治部少輔・幽斎との取り成しを頼む。

登場人物
島津義久、島津義弘、二郎夫婦、安宅三郎兵衛尉、麻生吉左衛門尉
宛先
安宅三郎兵衛尉・麻生吉左衛門尉
キーワード
島津義久、島津義弘、安宅三郎兵衛尉、麻生吉左衛門尉、唐入り、朝鮮出兵、渡海、馬武者、名護屋、取り成し
後編4-No.1096記事確認度 高

殉国名藪

慶長十九年五月、広津下総守常久の家臣岩元孫兵衛が、木下藤吉左衛門と同じく主君に殉死したことを記す殉国者の記事。

登場人物
岩元孫兵衛、広津下総守常久、木下藤吉左衛門
宛先
—
キーワード
殉国名藪、岩元孫兵衛、広津下総守常久、木下藤吉左衛門、殉死、慶長十九年
後編4-No.1100記事確認度 高

島津常久譜

島津常久が慶長十九年五月二十九日、広島上山城で疱瘡により二十八歳で死去したことを記す譜。法号とともに、瀬戸口兵右衛門・岩本孫兵衛・木下藤吉左衛門が殉死したことを載せる。

登場人物
島津常久、瀬戸口兵右衛門、岩本孫兵衛、木下藤吉左衛門
宛先
—
キーワード
島津常久譜、広島上山城、疱瘡、死去、殉死、瀬戸口兵右衛門、岩本孫兵衛、木下藤吉左衛門、慶長十九年
後編6-No.230文書確認度 高

川上久国・新納久詮連署書状

川上久国・新納久詮が国元の重臣らへ、九州巡回上使の松田善右衛門・蒔田数馬・曽川喜左衛門を迎えるため、国絵図を持参して経路や宿所を協議した結果を報告した連署書状。上使は江戸を正月二十三日に出立し、細島・佐土原・飫肥・志布志・肝付・根占・佐多・種子島・屋久島・永良部島・山川などを巡る見込みで、渡海船・水主・供人数・宿所・賄い・案内人を整え、天候や海上事情に応じた代替経路を準備するよう指示している。追記には、十二月二十六日付の書状が翌年正月十八日に御道具衆によって届けられ、飛脚が立山吉左衛門・末原甚左衛門であったことを記す。

登場人物
川上久国、新納久詮、松田善右衛門、蒔田数馬、曽川喜左衛門、徳川家光(公方様)、島津光久、相良主計助、山田有栄、鎌田治部少、頴娃左馬頭、弾正大弼、立山吉左衛門、末原甚左衛門
宛先
鎌田治部少様、山田民部少様、頴娃左馬頭様、下野守様、弾正大弼様
キーワード
川上久国、新納久詮、松田善右衛門、蒔田数馬、曽川喜左衛門、徳川家光、公方様、島津光久、相良主計助、山田有栄、鎌田治部少、頴娃左馬頭、弾正大弼、立山吉左衛門、末原甚左衛門、九州巡回上使、国絵図、経路、宿所、細島、佐土原、飫肥、志布志、肝付、根占、佐多、種子島、屋久島、永良部島、山川、渡海船、水主、賄い、案内人、連署書状
附録1-No.187文書確認度 高

島津久慶外二名連署書状

島津久慶・川上久國・伊勢貞昌が、根占殿の御蔵入方を會木弥兵衛尉と黒葛原吉左衛門尉へ命じたことを知らせた連署書状。吉左衛門尉は病気で参上が遅れたが当日出仕したため、その事情を披露するよう求める。

登場人物
島津久慶、川上久國、伊勢貞昌、新納仲左衛門尉、市来備前守、根占殿、會木弥兵衛尉、黒葛原吉左衛門尉
宛先
新納仲左衛門尉殿・市来備前守殿御宿所
キーワード
島津久慶、川上久國、伊勢貞昌、根占、御蔵入、會木弥兵衛尉、黒葛原吉左衛門尉、病気、参上
附録2-No.1154文書確認度 高

竪山武兵衛達書

長州から肥後熊本の商人入場定之丞の家に伝わった島津義弘筆の豊臣秀頼宛返書を鮫島吉左衛門が取り次ぎ、島津家の用に供した経緯を記す。掛物として表装したまま御記録所で厳重に保存するよう命じた達書。

登場人物
竪山武兵衛、島津義弘、豊臣秀頼、入場定之丞、鮫島吉左衛門
宛先
御記録奉行
キーワード
竪山武兵衛、島津義弘、豊臣秀頼、入場定之丞、鮫島吉左衛門、返書、掛物、御記録所
後編2-No.471文書確認度 高

島津義弘書状

義弘が上洛航海を又八郎へ詳しく報告する。日向出帆後、豊後佐伯・蒲江付近から瀬戸内海にかけて暴風雨に遭い、島陰や港で幾度も待避した。 船頭・水先案内の判断、潮待ち、塩飽島・家島・坂越・堺への航路に加え、船中の恐怖、神仏への祈り、各地の見聞まで生々しく記す。戦国武将の海上旅行と航海信仰を知る長文の私信。

登場人物
島津義弘、島津又八郎、安宅三兵衛、川瀬吉左衛門
宛先
島津又八郎
キーワード
島津義弘、島津又八郎、上洛、航海、暴風雨、豊後佐伯、塩飽島、家島、坂越、堺
後編3-No.1427文書確認度 高

入来院恒吉(弓市)覚書

入来院恒吉(弓市)が、慶長四年十二月から慶長五年十一月までの使者往来と魚塩荷物の通過を条々に記した覚書。大童仁兵衛らの使者、魚塩七十荷・七荷の輸送、加久藤衆などの動きを記し、鹿児島へ提出したうえ湯尾に控えを置いた。

登場人物
入来院恒吉(弓市)、大童仁兵衛、吉左衛門尉、中嶋源五郎、馬関田、有馬与介、加久藤衆
宛先
鹿児島(提出先)
キーワード
入来院恒吉(弓市)覚書、慶長五年十二月十八日、使者往来、魚塩荷物、大童仁兵衛、中嶋源五郎、馬関田、加久藤衆、鹿児島、湯尾
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID D:164文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 低

新納為舟忠元書状

新納家に伝わる四月十九日付の書状。馬追の見物客や同行者の参会、馬の借用・調達をめぐる相談を記す。取駒のうち良い馬を与えることや、客の接待・座次にも触れる。

登場人物
伊勢貞昌、島津久元、寺沢、御曾尺御馬追兵部少輔、薗田狩野介、従圏分可参由龍伯、岩城吉左衛門、新納武蔵忠元
宛先
寺沢、得有、津殴御曾尺御馬追兵部少輔、薗田狩野介、従圏分可参由龍伯、岩城吉左衛門、公暗号一備、此寺津
キーワード
新納為舟忠元書状、御旧式類抄三、御馬追・牧政、寺社・宗教
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID D:186文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

新納為舟書状抄

四月二日付の書状抄。寺沢殿への応対と御馬追に触れ、馬の用立てを相談する。大月毛の馬を借りたいという依頼を伝える。

登場人物
新納為舟、何今度寺津、従圏分可参由龍伯、新納武蔵、岩城吉左衛門
宛先
何今度寺津、従圏分可参由龍伯、岩城吉左衛門
キーワード
新納為舟書状抄、寺社・宗教、伊勢
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w01:8-2届書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊作奥頭重信吉左衛門届書

伊作の奥頭重信吉左衛門が伊地知小十郎へ、大汝八幡社の宝殿内に龍伯進納の母衣一掛と赤地・青地の二重の錦袋が保管されていることを改めて確かめたと届ける。近く役人が出府する際に持参して差し出す予定を述べる三月二十九日付の返答で、四月一日夕刻の到着記録が付く。

登場人物
伊作奥頭重信吉左衛門、伊地知季安(小十郎)、島津義久(龍伯)
宛先
伊地知小十郎
キーワード
伊作、大汝八幡社、母衣、錦袋、古記録、掛役、届書
追録1-No.2472口上覚旧記雑録暫定版確認度 高

使者口上覚

使者が近藤吉左衛門宅で、光久が十一月二十九日に死去したこと、太守からの書状を届けたこと、幕府への届出について指図を求めることなどを申し述べた口上覚。

登場人物
那須三左衛門、近藤吉左衛門、島津綱貴、島津光久
宛先
—
キーワード
那須三左衛門、近藤吉左衛門、島津綱貴、島津光久、使者、口上、死去届、書状、差図、口上覚
追録6-No.955申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

小松清香申渡書

嶋津加賀守の妾腹の男子直江が新家に取り立てられ、知行百石を与えられたことを記す。番頭格を望んだことは認められ、家号・実名の見合い、紋所絵形の使用についても淡路守から願いが出され、江府で伝えられて別紙のとおりに命じられたと御記録奉行へ知らせる。先月十三日、彼方の家老名代伊集院吉左衛門を呼び、佐久間九右衛門を介して渡し、紋所絵形・願書等を返却し、淡路守へは左中から書状で知らせたという。別紙の写を渡すので、後年の見合いのため記録しておくよう求める。本文は十二月付、帯刀の名に小松清香との注がある。上包には安永元年辰十二月十九日、帯刀から御記録奉行へ渡した旨があるという。

登場人物
帯刀(小松清香注)、御記録奉行、嶋津加賀守、男子直江、嶋津淡路守、伊集院吉左衛門(彼方家老名代)、佐久間九右衛門、左中
宛先
御記録奉行
キーワード
直江新家取立知行百石、番頭格許可、家号実名見合・紋所絵形使用許可、江府命令、先月十三日伊集院吉左衛門召呼佐久間九右衛門取次、書類返却・左中淡路書状、別紙写交付後年見合記録命、十二月上包安永元辰十九日
追録8-No.737大田川・大谷地の戦闘届二件と新納嘉藤二の転送・死傷注旧記雑録暫定版確認度 中

薩藩の二件の戦闘届を、新納嘉藤二が七月2日に死傷注とともに届ける

太政官日誌中の薩州藩届写二件を収める。五月二十六日の届は、昨二十五日に二番・四番半隊と大垣・長州各二十人を大田川宿へ探索に出し、仙台側約百人を撃退して再屯集を防ぐため焼き払い、夕七時に白川へ引き取ったと報じる。二番隊東郷助之丞の戦死、四番隊堅山荘八の深手を記し、七月二日に新納嘉藤二が現地からの別紙を転送する。もう一件は五月十八日、島津式部の届で、昨十七日三字頃から大谷地村方面で二番・四番・足軽隊と大垣・土州が攻め、五字過ぎに相手が退き六字過ぎに引き揚げたとする。白川の要所を焼き払い、大谷地村の戦で十五六人位の死骸、ほかの山中の戦で四斤半大砲一挺と弾薬を分捕り、敵千人ほどがいたとの報を記す。浅手の西吉左衛門・美坂彦八、深手の松崎寛次を掲げ、これも七月二日に新納が届ける。戦況・死傷・概数は各届の報告として示す。

登場人物
薩藩二番隊・四番半隊・足軽隊、大垣・長州・土州、仙台側・敵勢(報告の評価)、東郷助之丞(二番隊戦死)、堅山荘八(四番隊深手)、島津式部(久々原注、二番隊)、西吉左衛門・美坂彦八(二番隊浅手)、松崎寛次(四番隊足軽深手)、新納嘉藤二・薩摩少将
宛先
薩藩各届・新納の届の相手(個別宛名不記)
キーワード
原737太政官日誌薩藩届五月廿六昨廿五二番四番半隊大垣長州二十人大田川仙台凡百撃退焼払白川夕七戦死東郷助之丞深手堅山荘八七月二新納五月十八昨十七三字大谷地二四足軽大垣土州五字退六字帰白川焼払死骸十五六山中四斤半大砲一挺弾薬敵千人計島津式部浅手西吉左衛門美坂彦八深手松崎寛次
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 67-2文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某覚書

二月朔日に鹿児島へ参る衆28人の覚。四位与四郎以下、北原吉左衛門尉までを列挙する。文書67-1が出発を記す蒲生衆28人に対応する。

登場人物
四位与四郎、染川九右衛門、松田土佐守、別府加右衛門尉、岩下慶左衛門、同名織部佑、清水源太兵衛、石塚休兵衛、原弥右衛門尉、飯牟礼六左衛門尉、古川内蔵丞、内山平内左衛門尉、川北権右衛門尉、桑畑次郎兵衛、福本弥左衛門尉、竹下源七、池田宗左衛門尉、窪田弥左衛門、染川早介、柳元小外記、石牟礼善兵衛、家村仲兵衛、朝倉善兵衛、満尾伝左衛門尉、山下金兵衛、長島早右衛門尉、柳元主殿助、北原吉左衛門尉
宛先
宛先なし(鹿児島参集者名簿)
キーワード
二月朔日、覚、鹿児島参集、蒲生衆28人、四位与四郎、染川九右衛門、松田土佐守、別府加右衛門尉、北原吉左衛門尉、人数名簿
追録2-No.822連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

喜入久亮外二名連署書状

喜入久亮・種子島久時・肝付久兼が延岡の戸村惣右衛門・久見崎吉左衛門へ、諸国絵図改訂に伴い、中川因幡守方から江戸の薩摩藩留守居へ届いた日向・豊後国境絵図と添付書類を使者に持参させたと通知した連署書状。詳しくは使者の口上で伝えるとする。

登場人物
喜入久亮・種子島久時・肝付久兼
宛先
戸村惣右衛門・久見崎吉左衛門
キーワード
喜入久亮、種子島久時、肝付久兼、戸村惣右衛門、久見崎吉左衛門、延岡、中川因幡守、江戸、薩摩藩留守居、諸国絵図改訂、日向国、豊後国、国境絵図、添付書類、使者、口上、元禄十三年
追録2-No.833連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

種子島久時・肝付久兼連署書状

種子島久時・肝付久兼が延岡の戸村惣右衛門・久見崎吉左衛門・伴浅右衛門へ、日向・豊後国境絵図に関する返書を江戸留守居へ送ると答えた連署書状。指宿郡の船頭が難風で破船した際、延岡領尾末村の番人や村人が世話をしたことについて、関係者への礼を取り次いだ相手方の配慮にも謝意を述べる。

登場人物
種子島久時・肝付久兼
宛先
戸村惣右衛門・久見崎吉左衛門・伴浅右衛門
キーワード
種子島久時、肝付久兼、戸村惣右衛門、久見崎吉左衛門、伴浅右衛門、延岡、日向国、豊後国、国境絵図、返書、江戸留守居、指宿郡、船頭、難風、破船、尾末村、番人、村人、取持、謝意、元禄十三年
追録2-No.1334達書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久明外三名連署達書

島津久明・久輝・久珍・久重が連署して戸村惣右衛門・九津見吉左衛門へ、江戸で調製を終えた日向国絵図の控を各担当者へ書き写して渡すと伝えた達書。領内分の絵図が広く年内に調わない場合は、翌春まで引き延ばして渡してよいと指示する。

登場人物
島津久明・島津久輝・島津久珍・島津久重
宛先
戸村惣右衛門・九津見吉左衛門
キーワード
島津久明、島津久輝、島津久珍、島津久重、戸村惣右衛門、九津見吉左衛門、江戸、日向国絵図、控、書写、領内、年内、延引、翌春、元禄十五年十一月二十三日、達書
追録1-No.2013覚書旧記雑録暫定版確認度 高

伊勢貞以覚書

伊勢貞以が、大久保加賀守からの返事として、島津久寿家来の出入について使者の口上を承知したこと、大隅守からの使者を待つので直ちに重ねて報告する必要はなく、詳報到着後に改めて届ける旨を記した覚書。

登場人物
伊勢貞以、大久保忠朝、島津久寿、松平大隅守、近藤吉左衛門
宛先
—
キーワード
伊勢貞以、大久保忠朝、島津久寿、松平大隅守、近藤吉左衛門、佐土原、家来出入、使者、返事、覚書
追録1-No.2030口上覚書旧記雑録暫定版確認度 高

伊勢貞以口上書

伊勢貞以が、大久保忠朝から松木左門と二男・三男の処置について直接相談を受け、三郎五郎・村上三太夫の佐土原での逆意を踏まえ切腹を命じる内意を承知し、当面は三人を従来どおり拘置して中将へ伝えるよう求められた経過を記した口上覚書。

登場人物
伊勢貞以、大久保忠朝、近藤吉左衛門、松木左門父子、松木三郎五郎、村上三太夫
宛先
—
キーワード
伊勢貞以、大久保忠朝、近藤吉左衛門、松木左門、松木三郎五郎、村上三太夫、佐土原、切腹、拘置、口上覚書
追録1-No.2219覚書旧記雑録暫定版確認度 中

赤松則茂覚書

赤松則茂が、中将の帰国御礼使に関し、老中への献上物・目録・口上書・先例書付の提出、連署衆への書状、使者の礼服・時服・献上品、登城と御目見の手順を記した覚書。

登場人物
赤松則茂、大久保加賀守、近藤吉左衛門、帰国御礼使
宛先
幕府関係者
キーワード
赤松則茂、帰国御礼使、老中、大久保加賀守、近藤吉左衛門、献上物、口上書、先例、登城、御目見、覚書
追録1-No.2592覚書旧記雑録暫定版確認度 中

禰寝清賢覚書

禰寝清賢が、島津中務久輝の御目見願について大久保忠朝方へ書付を提出した経過、由緒書・先例・参府付上使との関係をめぐる幕府側の吟味と書付調整、差図書の扱いを記した覚書。

登場人物
禰寝清賢、島津久輝、大久保忠朝、赤松甚右衛門、近藤吉左衛門
宛先
—
キーワード
禰寝清賢、島津久輝、大久保忠朝、赤松甚右衛門、近藤吉左衛門、御目見願、由緒書、先例、参府付上使、書付、覚書
追録2-No.1339連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

戸村愛忠・九津見定春連署書状

戸村愛忠と九津見定春が連署して島津大蔵ら四名へ、江戸で調製を終えた日向国絵図の控を各担当者に書写させ、翌春にこちらへ渡すとの通知を了承した書状。その内容を関係者へ伝えたと報告する。

登場人物
戸村愛忠(惣右衛門)・九津見定春(吉左衛門)
宛先
島津大蔵・島津中務・新納市正・川上式部
キーワード
戸村愛忠、惣右衛門、九津見定春、吉左衛門、島津大蔵、島津中務、新納市正、川上式部、江戸、日向国絵図、控、書写、翌春、通知、了承、元禄十五年十二月二日、書状
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 577証文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某証文

以前に異国の漂流船が来たのを披露せず留め置いたことはないかとの尋ねに対し、浦中の者へ繰り返し申し聞かせたが、津浦はもちろん海上でも見かけた事実はないと証言する。申告に相違があれば処罰を受けるとして後証のため提出する。

登場人物
差出人某
宛先
御使二階堂右衛門兵衛、山田吉左衛門
キーワード
正保四年七月四日、某証文、異国流船、未披露留置、浦中、津浦、海上、未見、相違時処罰、後証、二階堂右衛門兵衛、山田吉左衛門
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 613記事・島原従軍者の船便移送旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安記事

久永吉左衛門らが家僕を率いて船で小湊へ回り、加世田・谷山・鹿籠など各地の従軍者を乗せて米之津へ向かった経過を記す。各船の人数と指揮者を列挙し、十一日の到着までを追う。

登場人物
久永吉左衛門 長野助左衛門 武宮内左衛門 重永 石神吉兵衛
宛先
なし(記事)
キーワード
伊地知季安記事 島原従軍 船便 小湊 米之津 加世田
後編6-No.220文書確認度 高

佐多門弥外十一名連署起請文

佐多門弥ら十二名が、召し出された際には命令に従い、内密の事柄を漏らさず、徒党や企てに与せず、不正を知れば申し上げ、親類・縁者をえこひいきしないことなどを誓った連署起請文。違背した場合には梵天・帝釈、国内諸神、熊野権現ほか多数の神仏の罰を受けるとする。

登場人物
佐多門弥、上井采女正兼延、町田次兵衛久次、廣瀬吉左衛門宗親、海老原宇左衛門為、細江内匠助吉、竹下前後宗長、岩城求馬助重廣、向井主馬首友次、伊地知軍弥重詮、河口平左衛門、本田小吉親次、島津光久
宛先
—
キーワード
佐多門弥、上井兼延、町田久次、廣瀬宗親、海老原、細江、竹下、岩城、向井、伊地知、河口、本田、島津光久、起請文、連署、内密、徒党、不正告発、親類縁者、神文
追録2-No.1402連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

伴良錦・九津見定春・戸村愛忠連署書状

伴良錦・九津見定春・戸村愛忠が嶋津大蔵ら六名へ、三浦壱岐守領分の控絵図を渡すとの先の命令について、今回絵図方役人へ使者をもって申し入れたので、適切に引き渡すよう命じてほしいと頼む。二月十一日付。

登場人物
伴良錦(浅右衛門)・九津見定春(吉左衛門)・戸村愛忠(惣右衛門)
宛先
島津大蔵・島津中務・島津助之丞・新納市正・川上式部・種子島蔵人
キーワード
伴良錦、九津見定春、戸村愛忠、三浦壱岐守、領分控絵図、先の命令、絵図方役人、使者、申入、引渡依頼、二月十一日
追録7-No.1897書上旧記雑録暫定版確認度 高

吹上御庭拝見内祝能組(能・狂言演目と名列)

十二月十五日、吹上御庭拝見が滞りなく済んだ内祝として、亀之甲舞台で能を催し、有馬玄蕃・水野甲斐(忠実注)・有馬臺作を招いた記録。能組には岩船・俊成忠度・綾鼓・船弁慶・海士・乱を挙げ、虎之助・又三郎・玄蕃頭・桃次郎・甲斐守・豊後守などの名を各曲の下に配列し、狂言・間として末廣・宗八・福の神および船弁慶間の幸之助を記す。「乱」の欄には溪山の名がある。囃子方や地謡等に当たる名列もあり、曲ごとに出演者の名列を添える。夕暮れまで無事に済み、赤羽からの供頭へ初めて見せ、装束所に二、三人が来たため甲斐の仕なども一緒に見せたと結ぶ。名列の役割の細分と、卯太郎・覺次郎と読める二名の第一字は未確定。この記録の十二月十五日と、次の贈答覚書の十月十五日とは月が異なる。

登場人物
有馬玄蕃、水野甲斐(忠実注)、有馬臺作、虎之助、金之助、鏡之助、新八、喜太郎、覺太夫、吉左衛門、新十郎、半蔵、仁右衛門、鍵次郎、彦右衛門、又三郎、太刀平之丞、宗次郎、如粒、其太郎、喜多次、七之丞、権之丞、健次郎、善八郎、萬作、長右衛門、助五郎、増太、喜藤太、桃次郎、卯太郎(第一字留保)、斧太郎、勝太郎、新之助、又次郎、治五郎、八右衛門、林蔵、権兵衛、十之助、次郎右衛門、長右衛門、仲右衛門、小三郎、覺次郎(第一字留保)、才次郎、豊後守(能組表記)、七左衛門、幸之助、溪山(乱の名列)
宛先
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キーワード
吹上御庭、内祝、亀之甲舞台、能組、岩船、俊成忠度、綾鼓、船弁慶、海士、乱、末廣、宗八、福の神、溪山、装束所、赤羽
追録8-No.780会津進撃の戦死・手負名簿と京都本営の戦死手負書等送状旧記雑録暫定版確認度 中

会津の戦死・負傷と病院死を隊別に掲げ、国許へ書冊等を送る

雑録中の会津進撃に関する隊別死亡・負傷名簿と、京都本営の送状。九番・十一番・十二番隊等の戦死者を掲げ、十二番隊では三春の村人や庄屋支配下の者も含め、即死・戦死を記す。諸隊の死者には手負の後に三春病院で死亡した者があり、続く手負人数では深手・浅手・薄手と、負傷した日・場所を区別する。田村小太郎、伊佐敷金之進、加藤郷兵衛、上原正八郎らのほか、道案内、隊付夫卒、地元村人などを列記する。原文内の異日付や前の名簿との異同は残し、同名を別人として合算しない。末尾の十月四日京都本営送状は、戦死手負書一冊・降伏状一帖・問合二通を掲げ、去る九月二十二日に会津へ進撃して終に降伏したとの報知を述べる。通行允許を携えて到京した日須峯敬二郎ほか一人に封書を託して国許へ送り、披露等を取り計らうよう御国許陸軍所へ依頼する。死亡・負傷の区分と送付の叙述は各名簿・送状に帰属させる。

登場人物
京都本営、御国許陸軍所、各隊兵士・隊付夫卒・道案内・村民等、伊佐敷金之進・田村小太郎・肱岡藤八・小左衛門・富次・藤右衛門・勝三郎・林太郎・藤助・傳藏・木幡孝之介・福留嘉右衛門・加藤郷兵衛・加藤次左衛門・上原正八郎・川上彦八郎・園田勇吉・中嶋岩次郎・松藏・米良仲之丞・猪保壮七郎・川崎休右衛門・萩原強之丞・松崎壮八・喜之助・山本中助・竹内正介・藤四郎・山口彦八・西田藤助・諏訪次郎右衛門・川上四郎次・半右衛門・丸田喜右衛門・山之内次郎・榮藏・木原藤一郎・奈良原彌六左衛門・岩右衛門・米良清之介・吉井七之丞・川上嘉次郎・源八・西佐一郎・松元彦十郎・松太郎・佐々木清藏・種子嶋宗之丞・仲助・喜助・仲藏・市之丞・大脇源左衛門・益山次左衛門・清次郎・長藏・村山源左衛門・甚太・郡山甚後左衛門・山形龍次郎・向井納四郎・肥田軍右衛門・豊丸與藤次・武郷兵衛・簗瀬源次郎・村岡源助・毛利權之丞・筒井清五郎・左近允新六・川崎仲之丞・蒲生彦四郎・榎本源次郎・市来宗次郎・福島良介・讃良竹五郎・市成彦右衛門・金助・民助・加治木彦太郎・二階堂彦太郎・松田健四郎・竹内惣七・大山彌介・新納壮右衛門・木藤吉左衛門・小次郎・藤崎勇藏・山田直四郎・小出健齋・岩松喜介・白濱助之進・奥書輔・松方長作・飯牟禮休左衛門・梅北八郎右衛門・淵邊彦二・竹山藤右衛門・藤崎清之丞・和田乘太郎・廻新次郎・仁助・汾陽直次郎・肥後平八・梅北伊八郎・東郷已之助・谷村孫七・土師孫一・大山十郎次・淺田政次郎・川上源七郎・平田九十郎・有馬七郎左衛門・山口直右衛門・古川源助・川南東右衛門・種子嶋宇左衛門・畠山源七・桐野藤太郎・柏原吉左衛門・石原七郎太・曾木彦二・伊助・勘太郎・日須峯敬二郎
宛先
御国許陸軍所(十月4日京都本営送状)
キーワード
原780雑録会津進撃戦死人手負人数隊別即死戦死深手後三春病院死現地夫卒村民案内深手浅手薄手加藤郷兵衛九月廿四十四誤注九月二十二会津進撃降伏報知戦死手負一冊降伏状一帖問合二通日須峯敬二郎外壹人京着通行允許封送披露十月四京都本営国許陸軍所
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 371帳簿・船賦旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平田宗直船賦帳 船賦出船申付状

『平田宗直船賦留』所収の出船指示。十三端帆三艘・十一端帆二艘・十端帆一艘・六端帆一艘の船頭・水手数と上乗を列記する。鹿児島町太兵衛尉の六端帆船は大坂への商買帰りに片浦へ来ており、他の運賃船も上米の積込を終えながら順風がなく滞在していると説明する。天草出兵の人衆乗船として米を積んだまま出水へ出すこと、残る運賃船にも同様に出船を命ずることを記す。

登場人物
菊野少五郎 五郎左衛門 山下九兵衛尉 吉左衛門 本田弥八郎 惣次郎 野村治部左衛門 孫左衛門 大窪大蔵助 喜左衛門 太兵衛尉 春成利介 休次郎
宛先
なし(帳簿記事)
キーワード
船賦 運賃船 七艘 上米 順風 出水
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 733人数賦・武具編成旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島原立人数賦

国分士杢田十左衛門家蔵の島原出陣人数賦。町田甲斐守以下、各人の主従人数と鉄砲・鑓・弓・具足、鍬・斧などの携行品を列記する。末尾に合85人(うち18人自身立)、合134人披官と記し、杢田十左衛門景親に請うて採録したと結ぶ。

登場人物
杢田十左衛門景親 町田甲斐守 市成弥右衛門 中馬清大左衛門 有馬清左衛門 松下番左衛門 岩切与兵衛 河野郷氏 佐土原狩野介 鎌田新左衛門 南雲新一郎 伊地知金右衛門 野村伊賀守 安楽伊豫守 松元織部介 有馬主膳正 木佐貫吉左衛門 西郷志摩之丞 渕脇西市之丞 伊集院平左衛門 山崎庄蔵 ほか従軍者
宛先
なし(人数賦)
キーワード
島原立 人数賦 主従 鉄砲 鑓 弓 具足 鍬 被官
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:119-36連署書状・相論処置/惣官職執務命令/付随系譜・新田宮執印職継承旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

村田経安・平田兼宗連署書状

五月十日、村田経安と平田兼宗が執印友秀に連署して、今度の相論を宥恕の扱いによって従前どおり差し置いたことを神妙とし、惣官職は従来の筋目に任せて執務すること、社司・神官らも先規どおり友秀の下知に従うこと、この趣旨に基づいて成敗することを伝えた書状。付随系譜は公友以下を掲げ、康舩が天文三年四月三日に水引内九禮橋で主従十二人と討死したこと、良友が永禄七年頃に新田宮執印職を襲ったこと、友則が文禄元年に島津義弘に従って朝鮮へ渡海し、水引星原の御船手で山鹿越右衛門と同役の御船奉行を務め、慶長四年の庄内出陣と慶長十九年から元和元年までの大坂への二度の出陣に供奉したことを記す。さらに新田宮執印職の友春とその子女、友春に継子がなかったため日野内膳資治の二男を養子とした友慶を載せ、友慶が寛永十三年、六歳で島津家久に御目見し、久左衛門の拝領名を与えられたとする。書状は『旧記雑録附録一』238号文書と同一と注記される。

登場人物
村田経安、平田兼宗、執印友秀、公友、康舩(三郎二郎、法名玉保)、良友(河内守)、友則(本名康国、改名清友、亀千代丸・吉太・吉左衛門・丹波守、法名清心)、島津義弘、山鹿越右衛門、友春(丹波守、法名松岳)、新納伊勢守康久入道一珪斎、日野内膳、友次(縫殿之助)、上床杢之助某、友慶(国熊・久左衛門)、日野内膳資治、島津家久
宛先
執印殿(友秀に当たる)
キーワード
村田経安・平田兼宗連署書状、五月十日、村田経安、平田兼宗、執印友秀、相論、宥恕、惣官職、筋目、執務、社司、神官、先規、下知、成敗、公友、康舩、天文三年四月三日、水引内九禮橋、主従十二人討死、良友、永禄七年頃、新田宮執印職、友則、康国、清友、文禄元年、島津義弘、朝鮮渡海、水引星原、御船手、山鹿越右衛門、御船奉行、慶長四年、庄内出陣、慶長十九年、元和元年、大坂出陣、友春、友慶、日野内膳資治、養子、寛永十三年、島津家久、久左衛門拝領名、旧記雑録附録一238号
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:119-37連署請文・相論裁許受諾/付随系譜・新田宮執印職継承旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

権執印外二名連署請文

寛文三年六月十九日、新田社家の権執印・大検校・千儀が肝付伴兵衛兼屋へ連署して提出した請文。執印休左衛門との相論で、休左衛門は新田社家の主取を前々から一人で務めてきたと主張し、三名は休左衛門と同役で諸事を勤めてきたと主張したが、双方の口上と古来所持する証文が吟味され、休左衛門に理があると裁許されたため、以後はその下知に従い難渋しないと請け合い、この旨をしかるべく上申するよう求める。付随系譜は第十八代友幸から友賢までを掲げ、友幸の島津綱貴への御目見・継目御礼・新番参勤供奉、友為・友中・友宗がそれぞれ太守へ太刀一腰・馬一疋を献じて御目見または祭祀継承の恩を受けたこと、友為・友中・友宗が指付新番として琉人を江戸へ護送したことなどを記す。

登場人物
執印休左衛門、権執印、大検校、千儀、肝付伴兵衛兼屋、友幸(初名実友、亀千代・久馬・久左衛門尉・丹下)、島津綱貴、友張(久十郎・仁右衛門・吉太・丹下・遊翁)、友為(百平・休左衛門・久馬)、島津重豪、島津小平太、友中(鈴之助・仁右衛門・丹下)、友宗(久四郎・吉太)、島津斉宣、比志島隼人、友賢(丑松・吉左衛門)
宛先
肝付伴兵衛殿(兼屋)
キーワード
権執印外二名連署請文、寛文三年六月十九日、新田社家、執印休左衛門、主取、同役、相論、口上、古証文、裁許、下知遵守、権執印、大検校、千儀、肝付伴兵衛兼屋、友幸、島津綱貴、御目見、継目御礼、新番、参勤供奉、友張、友為、島津重豪、友中、友宗、島津斉宣、祭祀継承、指付新番、琉人護送、江戸、太刀一腰、馬一疋、友賢、新田宮執印職
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w01:8-3届書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊作寺社方掛・組頭届書

伊作の寺社方掛・組頭が、龍伯進納の母衣一掛を赤地・青地の錦袋とその外側のなめし皮袋に入れ、郷役出府の便で伊地知小十郎の宅へ届けたと報告する。四月朔日付で、同月二日に伊地知が受け取り、請取書を置いた旨の付記がある。

登場人物
伊作寺社方掛、組頭重信吉左衛門、濱田彦七、伊地知小十郎
宛先
伊地知小十郎
キーワード
伊作、大汝八幡社、母衣、赤地錦袋、青地錦袋、なめし皮袋、現物送付、請取
追録2-No.1041連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

宇宿久明外三名連署書状

神宮寺純正・町田久置・伊集院久美・宇宿久明が嶋主計(忠雄傍注)と与力衆へ、嶋津式部少輔(久寿傍注)・同氏主税(久武傍注)が分知後に判物や知行書出などを受けたかとの照会に答える。自分たちは承知せず、念のため主税役人の和田吉左衛門を呼んで尋ねると、式部少輔・主税方でその種の文書を受けたことはなく、近頃のことは知らないとの回答だったと報告する。

登場人物
宇宿久明・伊集院久美・町田久置・神宮寺純正
宛先
嶋主計(嶋津忠雄傍注)様・御与力衆中
キーワード
神宮寺純正、町田久置、伊集院久美、宇宿久明、嶋主計忠雄、与力衆、式部少輔久寿、主税久武、分知、判物、知行書出、和田吉左衛門、照会、近頃不明
後編6-No.25記事確認度 高

北郷久加譜

島津光久が家督後初めて帰国を許された際、北郷久加が礼使として江戸城へ赴き、単衣四領を拝領して帰国したことを記す譜記事。久加は江戸滞在中に伊集院地頭職へ補任され、北郷吉左衛門忠盈が随行した。

登場人物
北郷久加、島津光久、北郷忠盈
宛先
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キーワード
北郷久加、島津光久、北郷忠盈、江戸城、礼使、単衣、伊集院、地頭職、帰国、譜記事
追録1-No.49記事旧記雑録暫定版確認度 高

北郷久加帰国す

北郷久加が暇を賜って帰国し、御物奉行として諸役を総括する命と御条書を受け、北郷吉左衛門忠郷を伴って下向した記事。

登場人物
北郷久加、北郷忠郷
宛先
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キーワード
北郷久加、北郷忠郷、帰国、御物奉行、御条書、諸役総括