HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
敷根頼豊
異名・検索語:敷根頼豊/敷根仲兵衛頼豊/敷根三左衛門/加藤清正/猿渡信豊/島津義弘/島津久保/石田三成/金海城/甲山/朝鮮出兵/庄内陣
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:系譜中の中間人物名、義弘・久保からの恩賞高。
DESCRIPTION
本文内容説明
敷根仲兵衛頼豊は三左衛門とも称した。朝鮮役で、五奉行の命により猿渡掃部兵衛信豊と足軽二百人を率い、金海城から敵地二十余里を十余日かけて進み、明国境に近い甲山の加藤清正陣へ書状を届けた。使者を無事に務めた忠節により義弘・久保から感状を受け、石田三成からも褒美の書状を与えられた。慶長三年の朝鮮撤退に従い、帰陣後は庄内陣でも軍功を挙げた。生没年は記載しない。
系譜・人物関係
敷根備前守頼次の次男とする系譜を載せる。猿渡掃部兵衛信豊と使者を務めた。
奉公・役職
朝鮮役で加藤清正陣への使者。島津義弘・久保に奉公。
軍役・事績
足軽二百人で敵地を踏破して書状を届け、感状を受けた。庄内陣でも軍功。
生没・法名等
生没年・法名・墓所は本文に記載なし。
- 統合人物ID
- HP-1529
- 原人物ID群
- 11-214-03
- 氏・分類
- 敷根
- 掲載巻頁
- 巻11:214
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 敷根備前守頼次の次男とする系譜を載せる。猿渡掃部兵衛信豊と使者を務めた。
- 検索キーワード
- 敷根頼豊/敷根仲兵衛頼豊/敷根三左衛門/加藤清正/猿渡信豊/島津義弘/島津久保/石田三成/金海城/甲山/朝鮮出兵/庄内陣
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 冊子214頁の敷根仲兵衛頼豊見出しから庄内陣軍功まで全1頁。加藤清正・猿渡信豊・石田三成は頼豊の使者奉公を示す関連人物。次の敷根越中守は別項。
- 判読保留
- 系譜中の中間人物名、義弘・久保からの恩賞高。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』