後編2-No.1029記事確認度 高
島津義弘譜
年月日未詳 / 冊子 661頁
平壌退却後、朝鮮の群盗が王城―釜山間の往還を塞いだため、奉行衆が咸鏡道の加藤清正を王城へ戻して鎮圧させる方針を決める。 敷根仲兵衛が使者を志願し、猿渡掃部兵衛と鉄砲の巧者百人を伴って甲山城へ赴き、清正に帰城命令を届けた経過を記す。 島津家臣が危険な連絡路を突破し、全軍の再編命令を伝えた具体的な軍使活動が分かる。
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年月日未詳 / 冊子 661頁
平壌退却後、朝鮮の群盗が王城―釜山間の往還を塞いだため、奉行衆が咸鏡道の加藤清正を王城へ戻して鎮圧させる方針を決める。 敷根仲兵衛が使者を志願し、猿渡掃部兵衛と鉄砲の巧者百人を伴って甲山城へ赴き、清正に帰城命令を届けた経過を記す。 島津家臣が危険な連絡路を突破し、全軍の再編命令を伝えた具体的な軍使活動が分かる。
文禄二年正月 / 冊子 275頁/原整理番号 24の28
『征韓録』巻十一から、文禄二年正月に加藤清正が甲山から帰陣して北青城の相良頼房を救援した記事を抄出する。島津義弘が敵地を通る使者に猿渡掃部兵衛らを選び、鉄砲火の中を突破して軍情を伝えた軍功を考証し、義弘・久保の感状と石田三成書状へ続くことを示す。